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現代伝説考(4)

---恐怖と願望のフォークロア---

****** 目次 ******

*** まえがき ***

第1章.異空間伝説
 1.試着室・トイレ・風呂場
  1-1.試着室
  1-2.トイレ
  1-3.風呂場
 2.学校・寮・下宿
  2-1.学校
  2-2.寮・下宿
 3.医学伝説
 4.劇場系
 5.特異空間
  5-1.特異な空間
  5-2.自殺の名所
  5-3.縁切り伝説
 6.異国・異界・境界
  6-1.外国
  6-2.異界
  6-3.トンネル・川
 7.密室の世界
  7-1.民家・アパート
  7-2.事業所関連
  7-3.ホテル・旅館
  7-4.百貨店
 8.二次元空間
  8-1.鏡の中
  8-2.ブラウン管の向こう

第2章.高速移動する密室・現代カー伝説
 1.事故と霊
 2.妖しげな事故
 3.車とともに移動する霊・妖怪
  3-1.高速伴走するお化け
  3-2.消えるタクシー客
  3-3.つれ去られる話
 4.車とジンクス

第3章.人体と人格のメタモルフォーシス
 1.人体断裂
 2.人体消滅
 3.人体の部分
 4.異形の人
 5.人体異常
 6.人形
  6-1.リカちゃん人形解体
  6-2.動く人形の怪
  6-3.福と呪いの人形

第4章.食の怪
 1.不気味な食品
 2.人肉食品
 3.インチキ食品
 4.食事行為
 5.ビジネスと食品

第5章.奇人・変人・怪人伝
 1.奇人・変人
 2.怪人
 3.あやしげな行為
 4.著名人・職業柄・県民性
  4-1.著名人伝説
  4-2.職業柄
  4-3.県民性

第6章.美女と湖水のフォークロア
 1.水と女
  1-1.深泥池伝説
  1-2.水と女性の霊
 2.水と死体
 3.水と霊・祟り
  3-1.水の特異空間
  3-2.過去の水・現代の水
 4.水と妖怪
  4-1.河童
  4-2.蛇
  4-3.ペットボトルと現代伝説


現代伝説考(4)

---恐怖と願望のフォークロア---

第4章.食の怪

 食事行為というものは生殖行為とともに、人間が自らの自然性・動物性と直面するひとつの場面である。日常の自然から切り離された生活のなかでふと生々しい自然と向き合う時間、それが食事行為のもう一方の側面でもあろう。それが逆に日常生活での自然との乖離を意識させ、無意識のうちに不安がよぎっていくとも考えられる。そして自分が目の前にしている食品の多くは、人手によって複雑に加工されたものばかりである。このような食事行為におけるなにげない不安が、「食の怪」のフォークロアをうみだす内的な源泉と見なしてもよいのではなかろうか。

1.不気味な食品

 集計してみて、やはり圧倒的に多かったのが「異常な原料の加工食品」というネタであった。それもほとんどが「変な肉」の入った食品のたぐいで、典型的なのがジャンクフードの代表ハンバーガー。ネズミ、ネコ、ミミズ、カンガルー肉といろいろでてくる。店に入って即座に差し出されるファーストフードだけあって話もお手軽そのもの、牛肉以外の変な肉が入っているというだけのものがほとんどであった。

 かくしてバラエティーに富んだ変な肉のハンバーガーが出そろった。どこか知らない場所の大量生産工場で作られたハンバーグ。たぶん多量の化学調味料で一定に味付けされたであろう加工肉食品が、かならずしも牛肉でなくてもわからないという連想を呼び起こすのであろうか。

 加工食品であるというのは、この種の「食品伝説」のひとつのポイントであるだろう。都市生活者は食料の生産現場に居合わせることはまずない。農業・牧畜などの一次的現場はもちろんのこと、その加工される工場にも一般の人が出くわす機会はすくない。ただただ、その「結果」だけを口にほうり込むという状況におかれているわけである。

 となると、いったい何を食べているのか自ら確認することは、ほとんど不可能に近いであろう。そのあたりから、さまざまな疑問や不安がやってくるのは想像に難くない。そして、そのような情報の欠落を埋めるのが「噂」のひとつの機能でもある。

 もちろんハンバーガーのほかにも、「あやしげな食べ物」の噂はいっぱいある。

 「手軽な軽食で安くてうまい」、こういった特長がこの手の噂の食べ物の共通項でもある。

 さきのマクドナルドに代表されるように、有名チェーン店・系列店の具体的な名前と連動して語られることも多く見うけられる。統一化されシステム化された店舗の外装や看板、誰もがしょっちゅう目や耳にする名前、こういった一般性が噂の流通に寄与しているのであろう。

 同じ形・同じ味という規格化は現代の「複製時代」の特長であるが、一方で食事行為というのは人間の個別性をいやがうえでも指し示してくる。そのような標準化と個別性のギャップは、なにか不自然であり違和感をかもしだす。こういった違和も、噂の背景にあるかもしれない。

 以下のものも、いずれも有名食堂チェーンの噂である。

2.人肉食品

 究極の不気味な食品といえば、やはり人肉のはいった食べ物であろう。さきに紹介した噂のなかにも、「人間ダシラーメン」や「人の熔けたキャラメル」といった人間混入食品の話題があった。この手の人肉食品の不気味さと「ネズミバーガー」のような異常食品との差異はどこにあるのだろうか。

 意識的な人肉食と、しらずに人肉を食べさせられてしまうことの間の開きは大きい。前者はカニバリズムのような異常嗜好であったり飢餓による特殊状況であったりと、常人にはさしあたって縁のとおい話である。そのような話題に好奇心が旺盛であるとしても、直接わが身にてらして考えることは少ないであろう。

 他方後者の場合には、いつのまにか食べさせられているかも知れないという不安がある。「人肉ソーセージ」などは、ひょっとしたらすでに食べてしまっているかも知れないのである。この「ひょっとしたら」という可能性が、この種の噂にあやしげなリアリティをもたせている。とはいえ、同じ「ひょっとしたら」であっても、人肉ソーセージとネズミバーガーとの間にはまだ隔たりがある。

 結局は、このタブーの問題に収斂していくのであろうか。食習慣についての禁忌はそれぞれの文化風土によりさまざまである。イスラム圏では豚肉がタブーであっても、わが国では豚肉は安価な蛋白源として店頭に氾濫している。そもそも文明開化以前には、わが国でも四つ足の動物は食せられなかったはずである。となれば、牛肉・豚肉とネズミ肉・ミミズ肉とのあいだの境界は紙ひとえであろう。

 ここで「人間の精神」という主題をもちこめば、ことは簡単に氷解するようにみえる。精神を持つ人間を食することは、特別なタブーの位置をしめるということになる。しかしダーウィンの進化論の登場以来、人間と他の動物との境界はかぎりなく取り払われつつある。人間が高度な精神活動をするとはいえ、牛や豚に心理過程がまったくないわけでもないだろう。となれば「人間の精神」を特別なものとするのは、「人間」そのものを特別視するのと同じことで同義反復以外のなにものでもない。

 このように考えてくると、人肉食の禁忌には特別な根拠がなくなってしまう。人肉を食べないのは、単にうまいまずいの問題かせいぜい親近感をもったペットを食べないといった、「程度の差異」の問題になってくる。人肉と牛肉の間には、明確な境界がなくなってしまうのである。かくのごとく人肉食の恐怖には、うっかりすると境界を踏み越えてしまうかもしれないという不安がはらまれているのである。

 つぎのような、「事故死体などを食べた生物はうまい」といった話題もいくつかある。これは、間接的な「人体混入食品」とも考えられるであろう。

 蟹、イカ、シャコ、鮭と海の生き物に片寄っている点が特長のひとつ。また、直接人肉の入ったものがおおむね「まずい」とされるのに、こちらが「うまい」というのもおもしろいところである。うまければ、あえてそれを珍重して食べる人がでてくるかもしれない。怖いところである。

3.インチキ食品

 この章のはじめの「不気味な食品」もインチキ商品の系列であろうが、ここではそのような不気味さの少ないものを取りあげる。不気味ではないだけに滑稽ばなしの傾向が強い。

 「安いものは何か怪しい」というテーマのものが多い。これは「首チョンパソアラ」の例にもみられるように、なにも食品に限定した主題ではない。しかし口に入れるものであるだけに、「異常食品」と同様の不気味さがあるのであろう。これといった分析の余地もないので連ねて引用しておく。それぞれの話題の滑稽味を味わっていただこう。

4.食事行為

 食習慣は文化風土によってさまざまである。場所が変われば食べるものも変わるし、調理法・食事作法などもいろいろ違ってくる。特に外国ともなれば、自分たちと大幅に異なる食習慣が笑い話の素材になりやすい。すでに紹介したなかにも、犬を食べる食文化を揶揄した「香港で食べられてしまったペット犬」の話、豚食が禁忌になっているイスラム圏が話題の「インドネシアのラード混入事件」といった話題があった。なかでも、豊かな食文化をほこる中国人の食生活は恰好の噂ネタでもある。

 国内でも、伝統的な食習慣にはいろいろなバリエーションがある。うどん・蕎麦論争をまつまでもなく、とりわけ関西と関東の食べ物の対比は話題になりやすい。こと食文化に関しては圧倒的な先進性をほこる関西と、後発ながら政治文化の中心となった関東地域は、おたがいのやっかみもからんで食論争を展開する。歴史的な食文化の違いは、現在でもさまざまな方面に残されている。

 食風土の違いばかりでなく、特異な食行動も話題の材料となる。これまでにでた「就職試験でマヨネーズ一気呑み」する学生や「お相撲さんの異常な食欲」なども、この特異な食行動にはいるであろう。つぎのような変人さんの食行動もある。

 食事中にグロテスクな話題がでると食欲が減退してしまうのは、おうおうにして経験することである。

 食事とは、基本的には動物の栄養摂取行為であるにすぎない。食行為は生殖・排泄行為とならんで、人間のもっとも動物的な要素が露呈してくる場面である。となれば食事行動は、本来グロテスクな要素から免れえないものである。獣の内臓をむさぼる肉食獣の姿はグロテスクであろうが、われわれの食生活の本質はそれと一向に変わりのないものであろう。

 蓄積された食文化にのっとって調理され様式化された食卓の光景は、そのような生々しさを忘れさせてくれている。食欲という原初的な肉体の快楽は、様式化された食文化によって人間の精神の快楽にまで演出され高められている。しかしながら上記のような死体の内臓を思いおこさせる話題ひとつで、グロテスクさが表面化してしまうのである。「文化」とは、人間の動物性に着せかけられたひとつの「衣装」にすぎないのであろうか。

5.ビジネスと食品

 加工食品への不安はこの章のはじめにのべたとおりであるが、その不安の一端には製造販売業者の商業主義への不信があげられるだろう。食品にかぎったことではないが、異常に売れている特定の大ブランドが話題にのぼりやすいという傾向がみてとれる。マクドナルド・味の素・コカコーラといったブランドがよく俎上のせられるが、売れすぎるのは「何かあやしい」と感じられるのであろうか。

 コーラの原液の製法が厳格な機密で守られているといったあたりから、この種の噂が発生するのであろうか。ほかにも、「味の素伝説」とでもいうべき有名なものもある。

 心配なのは、なにも加工食品にかぎられたことではない。身のまわりの生鮮食料品にもたくさんの人工がくわえられている。

 かつて高級魚であったハマチが、養殖技術の開発によってきわめて身近な魚になったのはいうまでもない。そして、そこには「何かがある」と考えるのは人の常であろう。それが、現代人の脅威であるエイズなどとむすびつけられて現代伝説となる。抗生物質がない時代、結核が死の病とおそれられたころは想像もできない噂である。

 業者の販売努力も噂話の種になる。ここでも味の素の登場。

 「瓢箪から駒」的な発想が、この噂の根強さをささえているのかもしれない。そして、栄光の成功譚の陰には悲惨な失敗例も存在する。

 都会のど真ん中に突如出現する巨大な蟹、ぎこぎこと動くあの奇っ怪な「蟹道楽」の看板からは、噂話のひとつやふたつが生まれてもおかしくはない。


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