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現代伝説考(1)
---恐怖と願望のフォークロア---
****** 目次 ******
*** まえがき ***
第1章.異空間伝説
1.試着室・トイレ・風呂場
1-1.試着室
1-2.トイレ
1-3.風呂場
2.学校・寮・下宿
2-1.学校
2-2.寮・下宿
3.医学伝説
4.劇場系
5.特異空間
5-1.特異な空間
5-2.自殺の名所
5-3.縁切り伝説
6.異国・異界・境界
6-1.外国
6-2.異界
6-3.トンネル・川
7.密室の世界
7-1.民家・アパート
7-2.事業所関連
7-3.ホテル・旅館
7-4.百貨店
8.二次元空間
8-1.鏡の中
8-2.ブラウン管の向こう
第2章.高速移動する密室・現代カー伝説
1.事故と霊
2.妖しげな事故
3.車とともに移動する霊・妖怪
3-1.高速伴走するお化け
3-2.消えるタクシー客
3-3.つれ去られる話
4.車とジンクス
第3章.人体と人格のメタモルフォーシス
1.人体断裂
2.人体消滅
3.人体の部分
4.異形の人
5.人体異常
6.人形
6-1.リカちゃん人形解体
6-2.動く人形の怪
6-3.福と呪いの人形
第4章.食の怪
1.不気味な食品
2.人肉食品
3.インチキ食品
4.食事行為
5.ビジネスと食品
第5章.奇人・変人・怪人伝
1.奇人・変人
2.怪人
3.あやしげな行為
4.著名人・職業柄・県民性
4-1.著名人伝説
4-2.職業柄
4-3.県民性
第6章.美女と湖水のフォークロア
1.水と女
1-1.深泥池伝説
1-2.水と女性の霊
2.水と死体
3.水と霊・祟り
3-1.水の特異空間
3-2.過去の水・現代の水
4.水と妖怪
4-1.河童
4-2.蛇
4-3.ペットボトルと現代伝説
*** まえがき ***
これは、1994年10月から3ヶ月間にわたってNIFTY SERVE「現代思想フォーラム(FSHISO)」に設けられた、「現代伝説研究会議室」での投稿発言を素材としたものです。その投稿ログから噂話を抜粋整理し、筆者の観点から論考を加え独立した作品といたしました。
備考
・投稿からの引用文は字下げインデントしてあります。
・『 』内は投稿番号と筆者が付けた仮見出です。
・《 》の部分が投稿文からの引用です。
・引用文の投稿者は巻末にNIFTYハンドル名を一覧記載します。
[一覧] ⇒
現代伝説考(1)
---恐怖と願望のフォークロア---
第1章.異空間伝説
かつての伝統的な村落共同体は、それ自体がひとつの閉鎖空間であった。外部との交流がすくなく自足的で閉じた社会をなしていた。そのような閉じられた空間で、独自の民話が語り継がれてきたのである。
しかし現代の都市文明ではそのような地域的閉鎖性はほとんど解体され、共同体の構成員のあいだで共有されていた伝説は成りたたなくなっている。では、そのような現代都市空間でいまなお語りつづけられる伝説とはどのようなものだろうか。
地域的閉鎖空間が崩壊する一方で、近代の都市には疑似密室的な空間が多くみられるようになってきている。新宿副都心にそびえ立つ高層ビルのひとつひとつも、それ自体がある種の密室だろう。ビル内のエレベーターやトイレも、当然ながら密室性をもっている。また高速道路を疾走する自動車も、かつては見られなかった移動する密室空間だとも考えられる。
このように共同体的な閉鎖性が消えていく一方で、現代の都市生活では個別的な密室空間が増殖しつつある。それは、われわれの現代都市文明の特長のひとつであるだろう。そのような観点から、現代伝説にあらわれる特異空間に着目してこの考察をはじめてみたい。もちろんここでいう空間とは、現代人がもつ「意識」の別名でもある。
1.試着室・トイレ・風呂場
ここにあげた空間の共通性は、人が裸になる場所だというところにある。現代人は他人に裸を見せる機会がすくなくなる傾向にあり、やむをえず裸になる場所は多かれ少なかれ個室性・密室性をおびてくる。
1-1.試着室
おもえば人が身にものをまとうという行為は、人間が他の動物と分かたれる文化的原初のひとつであろう。とすれば、人は衣服を脱ぎ裸になるとき、日常性の中で隠ぺいされている遠い原初の秘密をかすかに想い起こすのかもしれない。いまこの秘密を正鵠にいいあてることはできないが、このような日常の切れ目から、潜在的な物語がつむぎだされてもおかしくはないだろう。まずは投稿の中から、このような裸になる場所にまつわる噂話をいくつか挙げることからはじめてみよう。
『#190-2試着室ダルマ』
《それから十数年前から結構何度も聞いた、パリの都市伝説を思い出しました。パリのブティックに入った日本の女の子が、試着室へ入ったまま、行方不明になった。しばらくして見せ物小屋に、手も足も切られてだるまのようになり、口もきけない女の見せ物が現れたが、顔を見ると、ブティックでいなくなったあの子だったというものです。
パリを素材にした話ですが、東京に流布している伝説です。》
『試着室ダルマ』と称されて、若い女性のあいだを中心に流れている有名な噂話である。『オルレアンのうわさ(*1)』がその源流にあることは想像に難くないし、『うわさの本(*2)』でもとりあげられている。このように、書籍などを通じて二次的に流布していくのが現代伝説の一特長でもあるのだが、いまはこの点には立ち入らないでおこう。
『#211-2試着室ダルマ』
《ブティックだるまの話。私も高校生の時、英語の授業のときに先生から聞きました。そのバージョンでは、日本人の観光客女性がハンブルクのブティックの試着室に入ると、奥の鏡ががんどう返しになっていて、そのまま裏へ引き込まれ、手足を切り落として、アラブの大金持ちの閨房に売り飛ばされるという内容でした。話者がアメリカ遊学歴のある若い女の先生で、学校にフルサイズのアメ車(それもボロ)で乗り付ける、という変わった人だったので、こういう話にも妙な信憑性があって、生徒は真剣に聞き入ったものでした。》
このようにいくつものバリエーションがみられるが、日本人の若い女性がヨーロッパなどの都市のブティック試着室から誘拐され、東南アジアやアラブなどの途上国であられもない姿で発見されるというところが共通している。
試着室のもつ象徴的な意味はいくつも考えられるだろう。ただここでは、多くの人が出入りするブティックのなかでの個室・密室であること、そして若い女性が衣装を着がえる場所であることに注目しておきたい。
個室・密室ではなにが起きるかわからないという不安がある。それがこの話題の伏線となっていると考えられる。また、衣装を着がえるというのはある種の変身でもある。美しく着飾るという快をもつとともに、自分が自分でなくなっていくという潜在的な不安も考えられる。そのような願望と恐怖のアンビバレントな気持ちで鏡に映るわが身をながめているとき、突然どこかへつれ去られたとしたら……。
自分がこれからどうなっていくかわからないという不安は、まだ身の定まらない若者、とくに若い女性には共有されやすい心情であろう。それが海外旅行中のブティック試着室から消失するというドラマティックな舞台設定と共鳴現象をおこして、噂を語りついでゆく原動力になっていると考えてもおかしくはないであろう。
そして結末は一転して、手足を切られた人間ダルマで見せ物にされるという無惨な状況で発見される。しかし、この話は主人公の女性に同情するような悲劇としては語られていない。むしろ、海外旅行という晴れやかな場から極端な落差のあるオチは、突き放した滑稽ささえ感じさせる。おそらくこの噂をつたえあう場では、軽い笑い話として終わる状況が想像される。現代伝説は、このような恐怖と滑稽が抱きあわされたところで生命をもつのであろうか。
またこの話題には、二重の変身が重ねあわされているところにも注目しておきたい。美しい衣装に着替えるという望ましい変身と、人間ダルマにされてしまうといういささかグロテスクな恐怖の人体変形とが。このようなロマンと恐怖のメタモルフォーシスは、人格の変貌と多種多様化といった現代の思潮とも接点をもってくると考えられる。このあたりの主題は、あらためて人体変形と人格変成の章で取りあげることになるだろう。
なお、この種の話がたんに書物などの受け売りではなく、口づての噂話として語られているという証言をいくつかあげてつぎの話題にうつろう。
『#57-3試着室ダルマ』
《よくあるインドで発見された日本人女性ネタ
友人でよくヨーロッパに行く当時20代後半の女性から2〜3年前聞きました。どこでもよく聞く(例の、手足をもがれて見せ物にされた日本人旅行者の話)ネタなので、「じゃあ具体的に誰に聞いたの?」と突っ込むと「友達からよ。これはホントの話なんだよ」と真剣な顔で返事が返ってきました。この手の話に突っ込むもんじゃないと反省しました。》
『#375-3試着室ダルマ』
《OL時代、同僚から聞いたのが最初です。その後、母も知り合いから聞いてきました。もっぱら、女性の友人を中心に噂が広がっていたのが特徴的でした。》
(*1)『オルレアンのうわさ』エドガール・モラン 著(みすず書房 1973)
(*2)『うわさの本』別冊宝島(92)(JICC出版局 1989)
1-2.トイレ
トイレという場所も、部分的にであれ肌をあらわにする密室である。今回の投稿にはトイレに関する噂は比較的少なかったが、古くには、カワヤの神さまが現れるとか河童にシリコダマをぬかれるといった数多くのカワヤ伝説があった。この河童伝説と関連がありそうな話をひとつあげてみよう。
『#121-2トイレの手』
《 熊本市内のI商業高校のトイレから夜中に手がにゅうっと出てくる。そんな話しがあって、ある人が確かめてやると、そのトイレで手が出るのを待ち受けていました。やがて、話しのとおり、便器の中から手が出てきたそうです。そこでその人は手を掴んでおもいっきりひっぱたら腕だけが抜けて来たそうです。とれた腕を良くみるとその手は、猿の手だったとか。》
便器からでてきた猿の手というのもある種の妖怪にちかく、シリコダマをぬきにくる河童と共通性がある。ひとむかし前まで、民家のトイレは母屋から廊下づたいにはなれた場所にあったり独立した小屋であったりした。そのような薄暗い個室で不安定な姿勢で尻をだしていたりすれば、気味のわるい妖怪がせまってくるような妄想をいだいてもおかしくはない。そのような雰囲気のなかで、さまざまなカワヤ伝説がうまれたのであろう。
ところが現代の住宅では、日常の生活の場に明るく清潔なトイレがしつらえられている。かつてのような汲み取り式ではなく清潔に水洗化され、洋式の座式が大勢を占めさらにはシャワー式洗浄器なども普及する時代である。このような環境では、もはや妖怪たちは棲息する余地もないだろう。たしかに、現代は妖怪には棲みづらい時代となっている。
そんななかで、学校にだけはいまでもトイレ伝説が命脈をたもっている。上記の話も高校が舞台であるが、どちらかというと小中学校の子供たちのあいだで活発な噂が語られている。いわく「トイレの花子さん」、「赤い紙青い紙」、またその変種とおもえる「赤マント青マント」などなど、このような話が現実的な恐怖感をもともなって流されているのである。
噂を形成しやすい学校空間の特殊性はあとでふれるとして、投稿された「トイレの花子さん」の例を引いてみる。
『#27-2トイレの花子さん』
《小学校の 1年生用のトイレの北から2番目の個室は,普通に使っているとなんともないが,<はなこさん>とよびかけると,なかから誰かが返事をする。
誰も確かめた人はいない。
小学校にいる時,普通に言われていた》
雑誌などにもよく紹介されている有名な怪談である。そういう意味では、二次情報が全国的に展開されている例ではある。しかし大半の子供たちは、あくまでもそれを噂として耳にし、また口づてにつたえていくのである。そのようすを示す証言をあげておこう。
『#257-1トイレの花子さん』
《今日トイレの花子さんに関する 簡易アンケートを実施しました
5中学のうち 2中学で,噂の存在を確認しました
一つの中学では 理科室にいってからトイレにいくと
花子さん が出現するということでした》
『#257-2赤い紙青い紙』
《赤い紙,青い紙 の噂は きいたことがあるというこが
数人いることもわかりました》
ついでにもうひとつ、なんでもない話ではあるが。
『#24-3トイレの変なおじさん』
《そういえば、中学の頃、一人でトイレに行くと変なオジサンがオチンチンをのぞきにくるという伝説がありました(これは西宮ですが)。学校の理事だという話しも出ていましたが(^^;)》
ここで出てくるのは妖怪ではなく、ちょいと変なおじさん、すなわち変人奇人である。さきにふれた「トイレの花子さん」や「赤マント青マント」もその姿は具体的には報告されていないが、なにがしか人の姿かたちをしていることが想像される。すくなくとも、河童などのように他の動物をグロテスク化したような妖怪の姿をしていることはない。
現代の伝説では、かつてのように自然と密接なつながりをもって空想されたような、動物の姿をデフォルメした妖怪はあまり登場しない。有名な「口さけ女」にしても、戦前から存在していた「怪人赤マント」にしても、あくまで怪人・奇人・変人の系列につらなる「ヒト」であるとみなせる。妖怪よりも人間そのものが恐怖化の対象とされやすいところに、現代人の心性が見いだされるようにおもわれる。
話題をトイレにもどすと、一般家庭のトイレは明るく快適になりもはや怪談の発生の余地はなくなった。そして、学校のトイレのような公共性のある場所で、しかも閉鎖的な同質集団が利用する特殊な状況でのみ怪談が発生するのであるかと考えられる。しかもそこに登場するのは、かつてのように自然との境界に棲息するような妖怪ではなく、人間そのものが恐怖化されて表象されているかのようにおもわれる。
1-3.風呂場
裸になる場所といえば当然風呂場があげられる。風呂場には、温泉や公衆浴場のように多数がいっしょにはいる公共性のあるものと、家風呂のように個別性をもったものとがある。前者は密室とはいえないが、後者はトイレとならんで個室性・密室性をもったプライバシーの場でもあろう。まずは後者の例からあげてみよう。
『#128-2風呂場で人間ちり鍋』
《岸和田市民病院に勤務する知人に聞いた話。入浴中に、ぬるかったのでガスをつけたまま、心臓発作か何かで死んだ人がいた。知人が発見した時には、湯がグラグラ煮立っていた。慌てて救急車を呼んだ。やってきた救急隊は、とりあえず引き上げようとして、両肩を持って引き上げたら、湯につかっている部分の骨だけがズルズルっと持ち上がり、身は残ったそうだ。ちりなべを食べている時に聞いた。》
この投稿に触発されてでてきた、よく似た事例をもうひとつ。
『#145-2風呂場で人間スープ』
《たぶん、その温泉? は、気持ちよくなるなにか、温度だとか雰囲気、あるいはガス分圧などの状態がときとしてうっとりしてしまうようなことになっていて、ほんとに老人などが沈んでしまうのかもしれないな、と、思います。親戚が話てたけど、知人のおじいさんがガス風呂で「追い炊き」している最中に往生を遂げたらしく、そのまま湯が煮立って、人間スープになってしまったということです。》
浴室で老人などが亡くなることは、少なくはないとおもえる。浴槽に浮かぶ老人死体の光景からは、なにがしかの孤独感と悲惨さがうかがえる。また、それを発見した家族の衝撃も大きなものであるはずだ。そのような家族から、出来事が積極的に口外されることは考えにくい。
ところがいずこともなしに話がもれると、部外者の口さがない噂話へと発展されていく。そのような過程をへて、このような「人間ちり鍋」や「人間スープ」が作られていくのであろう。「試着室ダルマ」のような若い女性だと、いくばくかのロマンやエロスも共有される余地があるが、浴槽の孤独な老人死体にはそのようなロマンは含まれようもない。
ロマンなき恐怖は無惨なだけである。とすれば、そのような状況はできるだけ遠ざけておきたいという心理がはたらく。それには、滑稽化して笑いとばすのがいちばんということになろうか。試着室から消えさる若い女性にはいささかの秘密のにおいが漂うが、浴槽での老人死体のプライバシーなど一顧もされようがない。同じ密室であっても、主人公によってはまったく意味の異なった物語となるようである。
多数の出入りする公衆の浴場にも「老人死体」は登場する。
『#98温泉の老人死体』
《東京の品川区と大田区の境界付近にM温泉という銭湯があります(新幹線から煙突が見えるので御存じの方もいらっしゃるかもしれません)。
ここは、温泉といっても地下の化石化した海水を温め直して浴槽に張っている方式のようで、入浴料金は通常の銭湯と同じです(関係ないか…)。
特徴的なのはお湯の色です。殆ど醤油同然の色合い、底のタイルは全く見えず、湯舟に浸かっても水面下20cmほどの我が身さえもう見えません。どんな成分なのか、入っていると肌がスベスベするからたいしたものです(これも関係ないですね…)。
ここに、年に数度は救急車が呼ばれることがあります。湯あたり等で倒れた人を運ぶのですからどうということもないといえばそれまでですが、近所で、永年、酒屋を営んでいるご主人の話によると、そのうち一度や二度は、湯舟の底に沈んでいた爺さん婆さんの死体をそっと運ぶんだそうです。
「笑っちゃだめだよ、*** さん。入ってる人の膝に触って『?! ワーッ! 』ってこともあるしさ、湯をしまって、お湯を抜きはじめて見えてきたりするんだから…」》
この投稿に連動して後日に掲載されたコメント投稿を、続けてあげてみよう。噂話の伝わり方に妙があるので、長めに引用してみる。
『#304-1温泉の老人死体』
《えー、実は私、大田区M込には数年前まで住んでおりまして、今でも、週に一度はお稽古事で通っているのですが、残念ながら、M温泉に入った事(お肌がつべつべになるなら、いっぺん行ってみたかったな〜)も、その噂も知りませんでした。
で、先日、お稽古の先生(戦後よりM込在住、初老のご婦人)に、
「センセ、わたし、M温泉の、こーゆー話を聞いたんですけど…」
「ええっ! 私、M温泉には、何度も行ったことあるのに、まあ、嫌だ!ホントなの?」(初耳だったらしい)
「…あ、その、多分、ウソです(^_^;)」
「んまあっ! 何て悪趣味な。 一体何処の誰なの、そんなデマを言うのは!」(そのまま、苦情を言いに飛んでいきそうな勢い)
「…えと、えと(^_^;)」(必死で話題を変える私)
その時「でも、お年寄りが、温泉に入っている時に亡くなる、ってのは、良く有る事なのね。 実は、ウチの隣もそうなのよ」 と話して下さったのが、十数年前、先生のお宅のお隣のご隠居さんが、正月、寒川神社へ参拝に行ったついでに、そこの温泉(何でしたっけ?名前)に入ったら、そこで、ぽっくりいってしまい、浴槽の底に沈んでいたのを、後から入って来たお客に発見された。 …と、いう話。
「それを聞いた時にはねぇ、私、失礼だけど、なんてバカな死に方、と思ったものですよ。」
と、先生。 うーむ、これはホントの話なんでしょーか? それとも、お返しにひっかけられたのでしょーか(^_^;)》
この「お稽古の先生」からさらに別の人に伝わっていくとき、「M温泉で実際にあった話」となってしまうのかもしれない。それにしても、このお師匠さんの言葉をかりるまでもなく、この老人死体もたぶんに突きはなされた語られかたをしてゆくことが想像される。たくさんの人が出入りする公衆浴場や温泉の浴槽で、ひとり寂しく沈んでいる老人の死体。これには、大都会の雑踏のなかでの孤独といった、都会生活者の疎外感のような意識が重ねあわされているとも考えられるのではなかろうか。
さて、この論考では「水」のもつ意味がひとつの主要テーマになる予定である。ここでは、風呂の水ないし湯がもつ意味に簡単にふれてみよう。都会生活は、かつての伝統的社会とくらべれば相対的に自由ではある。しかし、当然のことながら無際限の自由などはなく、われわれは目には見えにくいさまざまな糸にしばられている。このような都会生活者を水族館の魚にたとえてみればどうだろうか。目には見えない透明な水、しかし魚はその外に出ることはできない。
もちろん物理的には都会から出ることはできる。しかしながら、たとえ外に出たところで、さまざまな都会生活のしがらみから完全に自由になることはないだろう。かつての田園生活はノスタルジーのなかにだけあって、たとえ物理的には田園にもどったとしても、それはかつて存在したような田園生活ではない。また村落で生まれそだって生活しているとしても、TVをはじめとする都会の情報がかれらを取りかこんでいる。われわれのまわりには、すでにそのような象徴的な意味での「都会」が蔓延しているのである。
このような目には見えない透明な「都会」を水族館の水にたとえれば、現代人が水族館の魚として生活せざるをえない状況もうかびあがってくる。ここで風呂の水底に沈む孤独な老人死体は、群衆のなかでの孤独をかこつ現代都会人と重ねあわさって見えてくるのではないだろうか。もちろんここで都会とは、目にはさだかに映らないもうひとつの大きな密室、という意味をおびてくるのである。
この項では、都会・水・密室という象徴的な関連を指摘するにとどめてつぎにうつろう。
2.学校・寮・下宿
2-1.学校
ここでは、学校・寮・下宿といった同年齢同質的な人間のあつまる場所での伝説を取りあげてみよう。
学校の噂話が、一冊の書物にもなるぐらい(*1)たくさんあることには注目すべきだろう。全国の公立小中学校はほぼ同じような造りになっていて、そこに同年齢の同質的な生徒たちが長時間をすごしている。かつての伝説をうみだした閉鎖的な地域共同体が崩壊したいま、その疑似的な機能を学校がになっているとも考えられる。
(*1)『学校の怪談:口承文芸の展開と諸相』常光徹 著(ミネルヴァ書房1993)
ただし、伝統社会で長老から子供へ語りつたえられたような垂直的な関係はなく、子供どうしのあいだで水平的な共鳴現象をおこすような形で伝播していくのが大きな特長である。さらに、TV雑誌などのマス媒体が仲介して全国に転移していく。そしてその受け皿となる学校には、全国どこへいっても同じような構造のトイレや理科室などが造られていて恰好の怪談の培養地となる。
典型的な学校怪談としては、さきにふれた「トイレの花子さん」「赤い紙青い紙」「赤マント青マント」などのほかに、つぎの「こっくりさん」もあげられる。
『#191-13こっくりさん』
《先にご紹介した『怪談の心理学』の中に書いてあったのですが、本当にこっくりさんは流行りましたよね。小生が小学生の高学年の頃ですから1970年代なのですが、この本にも昭和48年からの流行の報告がされていました。何でも、この流行の発信元が群馬県だったというのです。群馬県のお隣の埼玉県でも、小生たちがこっくりさんを同じ頃やっていたはずで、どうも眉唾ものですが、どんなものでしょうか。あの頃、こっくりさんをはじめたきっかけは、少年まんが誌に連載されていた『恐怖新聞』や『うしろの百太郎』に載っていたからだったと思うのですが、いかがでしょうか。『漂流教室』も怖かった!》
この投稿には具体的な流れは書かれていないが、子供たちが机の上においた硬貨などに指を重ねあわせてじっと神経を集中しているとその硬貨が動いたりするといった話である。その結果、だれかに「こっくりさん」がとり憑いたといって、一種の集団催眠のような現象がおこる。このように、同質的な集団が共鳴現象をおこして恐怖を増幅していくのが学校怪談の特長であろう。
この恐怖の源泉は、閉鎖空間に同質集団が閉じこめられているという状況自体にあると考えられる。同質的な集団はその内部自体のみでは活性化しにくいし、また内部にはストレスなどの圧力がたまる。外部との直接的な交流があればこのような状況は解消されやすいが、そうでない場合には内部的に「異者」をつくりだしてその代替とする傾向がある。
特定の仲間を「徴つき」の異者と見なしてしてひき起こされる、いわゆる「いじめ問題」などはそのような構造をもっていると考えられる。積極的に異者をつくりだしかつ排除することで、同質集団は活性化されたりまた緊張も放出されたりするのだろう。伝統的な閉鎖社会ではそれが固定化されて異人や妖怪の伝説になっていたこととの相同性をみれば、学校伝説のはたしている機能もうかびあがってくるとおもえる。
「こっくりさん」の例でいえば、だれにでもこっくりさんがとり憑く可能性があるという前提のゲームである。そのようななかでお互いが牽制しあいながら「徴つき」をつくりだすといった不安とスリルが、この噂を成りたたせていると考えられる。
また学校のトイレのような妖しげな密室は、異界との境界であり通行の接点とも見なせる。そのような場所に、異人としての「トイレの花子さん」や「怪人赤マント」はあらわれるのである。もちろんこのような異人は外部からの闖入者などではなく、そこに生活する同質集団の不安の投影にほかならないであろう。
以上はまだ性的な意識が顕在化しない小学生などに多い事例であったが、これに性意識がくわわると恐怖というより艶笑小咄ふうの噂になってくる。かといってただの笑い話でもなく、まことしやかに伝えられなかば信じているような雰囲気もただよっている。そのような事例をあげてみよう。
『#118-1保健室エッチ』
《私の小学校から中学校時代に根強くあった噂です。
「H中で、生徒同士が保健室でSEXしていて、抜けなくなって救急車で運ばれた」というものです。これは「H中事件」として固有名詞化していたほど、ポピュラーな噂でした。東京都大田区の中学校です。
で、高校に入って同級生にH中の卒業生が居たので訊いてみると、
「それはN中事件だろ」
と言われました。どうやら当のH中では、N中であった事件として噂されていたようです。ちなみに私はS中でした。》
具体的な学校名をそえて語られているところに、半分は事実として信じられていることがうかがえる。また学校の保健室というのも理科室・音楽室・体育館などとともに、噂の発生しやすい特殊な空間だということも指摘しておこう。
これが女子高ともなると妊娠出産の不安ともからまって、切実さと滑稽が同居してくるようでもある。
『#396-1女子高のうわさ』
《「女性のなかで流通している特有の噂」というもので、女子高などで聞く「避妊または妊娠にまつわるもの」というのをころっと忘れておりました。
「事後にコーラで洗浄する」
「飛び跳ねる」
という避妊法!を聞いたことがあります。今の高校生はこんなこと信じてるかしら。
また、「顔つきがきつくなると胎児は男」「お腹がとがった形になると胎児は男」などというのも、年配の女性がしたり顔で言ったりします。
週刊女性雑誌で、「出産」にまつわる記事は人気があるようです。有名人のであれ、一般人のであれ。出産したことはありませんが、一種臨死体験のようなところがあるんでしょうか。とても特殊な時間帯というかんじがします。
ところで、水子地蔵というのはつい最近始まった風習(商売?)なのでしょうか?》
2-2.寮・下宿
学生などの寮や下宿も、同年輩の単身者が同じようなつくりの個室で生活するという同質性をもっている。若者のひとり暮らしということでそれなりの孤独感が強いであろうし、自殺者なども比較的でやすい環境にある。また同じような構造の生活空間にあるということは、噂を共有し伝えやすいともいえる。
自殺者を発生源にした噂を二例をあげる。まずは、開かずの間という「いわく因縁」に結びついた事例から。
『#83-2学生寮の開かずの部屋』
《 今から7年ぐらい前の話
S賀大の,学生寮が芹川河口の橋の右岸に建っています。
そこの103号室は,昔そこで自殺した学生がおり,私が学生の頃誰も入っているものがいなくて,ドアーが開かないということです。
話者 30才ぐらいの男性》
また自殺者の幽霊がでるというのも典型的な噂であり、それが現在寮として使われていない理由になったりもする。
『#117-1元女子寮の幽霊』
《資料館の幽霊
現在資料館として使われている建物は以前は女子寮だったそうで、二人で一部屋の普通の寮でした。
あるとき、作品のアイディアを盗んだとか盗まないとかで同じ部屋の二人が争い、疑われた方の女学生が自殺したそうです。
以来、幽霊がでるとか。》
自殺者以外の噂もひとつあげておこう。
『#23-4押し入れから手が』
《そういえば、下宿してる時代の話しを思い出しました。ワンルーム・マンションなんかない頃ですから、襖ひとつで仕切られた下宿屋です。下宿のおばさんが、ときどき気をきかして学校へ行った下宿生の部屋を掃除してくれてたんですが、ある学生の部屋の押入から、どうも変な匂いがする。空けてみると、ダンボール箱の中から人間の腕が、にゅーーーっと・・・。
もちろん、おばさんは腰を抜かしてフガフガー(^^)。医学部の学生で、解剖実習用の「腕」を持ち帰ってたそうで、そこの下宿生の間だけでで「ローカル伝説」となってたようです。》
学生寮・下宿ともに人の入れ替わりははげしいが、先輩から後輩へと語りつがれて独自のローカル伝説を形成する。このような噂を共有することで、めでたく共同体の一員としてみとめられるのであろうか。古老から子供たちへと語られたかつての在郷伝説の、ある種の縮小版とみなしてもおもしろいとおもえる。
3.医学伝説
いうまでもなく医学関係は、病気という生死の境界をとりあつかう世界である。しかも現在では、大半の人間がその死を病院でむかえるような状況となっている。とすれば、そのような死とむかいあう病院・医療関係に、多くの怪談があるのに不思議はない。
そのうえ医療世界は、われわれ一般人には閉ざされた密室空間でもある。診察をうけ検査をうけ治療をうけるとしても、自分のカルテになにが書かれているか知るべくもないし、薬をもらってもそれがどのように機能するのかよくはわからない。患者はひたすら、医師という専門技術者の指示にしたがうしかすべをもたない。
生死の境界に位置しながらその内実にはふれられない密室、このような医療世界のもつ境界性と密室性からさまざまな噂話が生まれでてくるのであろうか。まずは、もっともよく知られている医学伝説からとりあげてみよう。
『#16-2死体洗いのバイト』
《さて、養老先生の本を読んでいる途中ですが、「死体洗いのバイト」について
きじゅつがでてきました。
わたしもこの話と言うか、そんなものがあるというのは聞いたことがあります。
この話の仕組みは、とても常人には出来ないようなことをさせるバイトがあるが、それだけに料金も高い、という仕組みになってますね。お金の欲と、恐怖心とのせめぎが、ポイントになるのでしょう。》
大学病院などで、解剖用の死体を洗うという高給のアルバイトがあるという噂で、自分も聞いたことがあるというたくさんの証言があげられている。いくつか引いてみよう。
『#23-2死体洗いのバイト』
《高校時代の事ですが、同級生の悪友が実際に大学病院に尋ねに行ったことがあります。向こうの人いわく、「あんたもだまされて来やはったんどすか。そんなもん、おまへん。だいたい、死体関係は、おたくらみたいな若い人には扱ってもらいまへん。1日やったらうなされて寝られんようになりまんがな。」
同級生の話しだと、「死体洗い」ではなく、解剖用の死体を水槽でホルマリン処理する仕事だそうです。時間が経つと死体がプカ〜と浮かんでくる。それを、竹竿かなんかでつついて沈めるだけでいいらしい。「楽そうな仕事なんやがな〜」と残念そうにほざいておりました(^^;。》
大江健三郎の小説『死者の奢り』の一シーンが噂の発生源だという説もあるが、それはともかく実際にそのアルバイトをしたという人はいない。
『#106-8死体洗いのバイト』
《 京大付属病院のバイトということで伝わっておりました。また、他に、人間モルモットのバイトの話も、ワリのいいバイト話として伝わっておりました。》
このように、地元の有名な大病院の名前をかぶせてまことしやかにささやかれる。
『#116-2死体洗いのバイト』
《高校生の頃、友人から(加藤という奴だった)死体洗いのバイトしないかと誘いがありました。聞くと、恐いがかなり高額のバイト料なるらしく、実際にK大学付属病院にで募集してると言います。それじゃ、やろうと言う事でその友人と、申込にいって、そんな話しはデマだって言われた経験があります。25年程昔の事です。》
外界からは見えない密室で洗浄される死体、あるいはホルマリンの浴槽に浮かぶ死体といった情景は、だれも見たことのないはずなのに不思議な現実感をもっている。このリアリティがこの噂の浸透力の強さなのであろう。
実際にはありえないのがあきらかな噂が多いなかで、医学伝説にはひょっとしたらと思わせるものが少なくない。これは実際にはのぞけない密室的な世界の出来事であるだけに、逆に現実的な可能性を感じさせるのであろう。つぎの話も、奇妙な現実感をもってつたえられる現代医学伝説のひとつである。
『#40-5解剖教室の壁に耳あり』
《<壁に耳あり>って,解剖教室で実験して,退学させられた医学生ってのは,(出典は永井 明)やっぱ噂なんでしょうね。誰か,当人をしってる人がいるのでしょうか?》
ここにあげられた出典が噂の起源になったのか、それとも先行してあった噂が書物を経由してさらに広がっていったのかはさだかではない。いずれにせよこの話も、噂として聞いたことがあるという人がつぎつぎにあわられる。
『#41-1解剖教室の壁に耳あり』
《うーん。そうかあ。「壁に耳あり」の話には出典があったのですね。でもそれ、いつの本ですか?私は10年以上前にこの話を知り合いから聞きましたよ。私の聞いたヴァージョンは
「ある医大で、解剖実習の最中に、学生のひとりが、御遺体の耳を切り取って壁に叩き付けて『壁に耳あり!』と言った。秀逸なジョークで実習室の雰囲気は和んだが、その学生は退学になった」
というものです。》
『#48-1解剖教室の壁に耳あり』
《壁に耳あり、のネタは、どこの大学でもあるらしく、どこの医学部生も、「それは自分の学校の話だ」といってはばかりません。本当はどこなんですかねぇ。》
『#52-2解剖教室の壁に耳あり』
《壁に耳ありネタ
現役の看護学生さんから聞きましたが、「献体なんかやめた方がいいよ」といってこの話をしてくれたんです。つい最近聞きました。
一般論であるかのような口ぶりでした。》
まさにこのように噂が広がっていくのかと思われるぐらい、投稿の連鎖は興味ぶかい。死体の解剖という常人からすれば異様な光景と、死体をただのモノとして取り扱う当事者とのあいだにあるイメージの落差からこのような伝説がつむぎだされるのであろう。
主人公の医学生は、遺体をモノとしてしか感じられなくなって玩具にするという、常人感覚の麻痺した医療関係者の代表としてとらえることもできる。また他方では、そのような感覚になじみきれない初心の学生の異常行動として、噂を伝えあう一般人の批判感覚をあらわしているともみなせる。そのようなイメージのねじれがこの話にリアリティをもたせている。いずれにせよ、噂の伝達者にとってこの解剖教室は、かいまみることのできない異空間としてグロテスクに想像されることはまちがいない。
治療現場では患者はすべてを医者にゆだねるほかはなく、あなたまかせの密室でどうされるかわからないという不安を、極端に拡大した噂話をひとつ紹介しよう。歯科医での話である。
『#317-1歯医者での怪』
《小学生時代に見聞した噂を思い出しました。
当時住んでた地方の市の私のテリトリィには2軒の歯医者がありまして
誰言うとなく□□歯科は善い歯医者で、○○歯科は悪い歯医者だ、
ということになっておりました。
どうしてそうなのか子供目には識別できなかったものですが、
あるとき、悪い歯医者の擦硝子窓の下をクラスメイトと通りがかりました。
すると級友は徐に、最近あったことだがと断りながら次の話をしてくれました。
何事が起こったものか、突然恐ろしい悲鳴が通りまで聞こえ、
なにやら金槌か木槌でゴンゴン打ちつける音が聞こえ、
続いて「助けて〜」の絶叫が聞こえてきた。
ゴンゴンという音は次第に凄みを増し、
ついにはグオングオン鳴り始め、
と、急に病院の玄関の戸がばたんと開かれ、
顎を両手で押さえたおじさんが裸足で飛び出してきて脱兎のごとく逃げていった。》
医学関係者は常人の生理感覚を超越しなければやってられない、といった主題の噂も多くある。つぎの話も、一般人の感覚とのギャップが伝説のエッセンスとなっている。
『#128-1医学生は尿もなめる』
《ある教授が学生の前でコップを手に語ったそうです。医学者には旺盛な好奇心が必要だ。このコップには糖尿病の疑いのある患者の尿が入っている。簡単に確かめるには、こうすればよい。と言ってコップの液に指をつけ、ペロリとなめた。そして、君達の中で、誰かやるか。次の試験で10点、上乗せしよう。と言ったので、一人の学生が手を上げ、やってみた後、その教授は言ったそうです。医学者には冷静な観察力も必要だ。私がコップに入れたのは中指で、なめたのは人差し指だ。
20年くらい前、京大医学部学生に聞いた話。》
これには、ローカルな世界で20年間も語りつがれているというつぎのような証言もえられた。
『#139-1医学生は尿もなめる』
《糖尿病の患者さんの尿の話は、私も大学の知人に聞いたことがあります。私は現在学生なので、その話は、二十年前から現在まで語り継がれているって言うことですねぇ。あらまぁ、すごい。》
最後に、艶笑小咄ふうの話題をひとつ紹介してつぎの課題にうつろう。
『#41-2歯垢中の見慣れない菌』
《折角ですからもうひとつ紹介しておきましょう。これも「或る医大」でのお話。
授業で、お互いに向かいの学生の歯垢を採取して顕微鏡で観察する、というのをやった。或る学生の向かいは女子学生だったのだが、その彼女の歯垢に見たことのない細菌があったので彼は教授を呼んで質問した
『先生、見慣れない菌があるのですが』
教授がやってきて顕微鏡を覗いて一言
『君、これは精子だよ』》
4.劇場系
劇場やライブハウスといったパーフォーマンス空間には、やたらに霊や怪異現象の噂が多い。ほとんどすべての劇場にひとつやふたつの怪異譚があるといってもいいだろう。とりあえず「でる」といわれる劇場の報告を羅列してみよう。
『#130-1東京青山劇場に*でる*』
《その1。東京の青山劇場は、以前、墓地があった所に建っている。その柿落としの時には、打ち上げを劇場の中でやった。すると、外部からは誰も入って来ないはずなのに、なぜかカウボーイ・ハットをかぶった見しらぬ人たちが大勢参加していた。以降も、ここには、よく出るそうな。》
『#130-2サンシャイン劇場に*でる*』
《その2。サンシャイン劇場も、以前に墓地だった所であり、よく出るそうな。商業劇場では、深夜に仕込をすることは普通だが、ここは、よく出るので禁止されている》
『#130-3新橋演舞場の回り舞台に*でる*』
《その3。新橋演舞場には、廻り舞台の下で見かけたという話がたくさんあるそうな。》
『#130-4明治座に*でる*』
《その4。明治座は、改装前、舞台袖の奥に建物の都合で隙間があいていた。そこは薄暗く、よく出たそうだ。》
『#130-5こまつ座の小道具部屋に*でる*』
《その5。劇場ではないが、こまつ座の小道具室は、幽霊のたまり場になっているという話。》
ここまでは同一人の報告であるが、これを見ただけでも劇場にはやたらに「でる」という気がする。なにはともあれ、劇場という場所の特異空間性を確認しておかなければなるまい。
まず舞台が劇場の中心であり、文字どおりハレの場であることはいうまでもない。すべてのスポットライト・フットライトがあつめられ、演者・観客ともに全員の意識が集中される場所である。しかも、演者にとっては聖なる場所でもある。
ところが一歩舞台裏にはいると大道具・小道具部屋、舞台の袖、さらには地獄を想像させるところから名付けられた奈落と呼ばれる場所まで、とたんに妖しげな雰囲気のただよう猥雑な空間になる。このような極端な落差こそ、幽霊たちにとってはそれこそ恰好の舞台装置であろう。役者が舞台に登場するのと同じように、幽霊たちも自分たちの「舞台」に登場する。
また、舞台は演者たちが変身する場所でもある。役者たちが、その架空の役割に神憑り的に魂を入れこむ霊的空間でもある。他方観客席は、普通の人々がさまざまなパーフォーマンスを楽しみにくる娯楽の場である。このような両者の対照的な心理の落差もまた、異様な雰囲気をかもしだす。
さらには、興行がうたれているときの熱気と対比すれば、観客のいない劇場はがらんとした虚空間であろう。ハレの舞台のときのために黙々と稽古というケのときをすごす役者や舞台関係者たち。そしてひと気のすくない舞台裏の薄暗い空間。こういった状況から劇場伝説は生成してくるのであろうと考えられる。
青山劇場やサンシャイン劇場の噂に指摘されているように、もと墓地であったりという立地の因縁と怪異現象がむすびつけられることも多い。あるいは、劇場の舞台裏というのはさなざまな事故のおこりやすいところでもあり、過去の事故死者や自殺者の霊が伝説に登場したりもする。こうして舞台関係者のあいだでささやかれ出した噂が、外部にひろがるにつれてさらに尾ひれがついていくことであろう。
このような劇場伝説と似たようなシチュエーションで、ライブハウスの音楽関係者のあいだでも同様の噂が発生すると考えられる。
『#57-6ライブハウスの幽霊』
《目黒駅前のライブハウス「SONOKA」は、日本のジャズクラブの草分け的存在だそうですが、友人から聞いた話。彼女の同居人は活躍中のドラマーですが、SONOKAには「出る」というのがミュージシャンの間で定説になっている。0時を過ぎると聴こえる、ライブが終わって掃除をしていると聴こえる(ピアノの音など)、というのがその内容。前のオーナーの何かである、というようなことを言っていました。幽霊ネタは埒外かもしれませんが、話者が音楽関係者であること、場所がライブハウスであることなどから並べてみました。
劇場などでも同様の話があると聞きます。聞いたのは去年、友人はやはり音楽をやっている20代の女性です。》
さすがにライブハウスだけあって、ピアノなどの音が重要な役割をはたしているのが特異なところであろうか。
墓地という因縁のかわりに、もと監獄という歴史が反映された奇っ怪な劇場伝説をも紹介しておこう。あの極東軍事裁判でさばかれた、A級戦犯たちの記憶につながる巣鴨プリズンとむすびついた話である。
『#133-1監獄跡のサンシャイン劇場に*でる*』
《池袋にあるサンシャイン劇場は、墓場ではなく、軍隊の関係施設かなにかがあって(正確なものを忘れてしまった。ごめんなさい)、「でる」というのは有名です。
スーパーエキセントリックシアターのゲネプロで、幕をあけたら、誰もいないはずの客席に軍服姿の方々がずらっといたというのが、私の聞いた話です。
ああ、思いだした。巣鴨プリズンがあったんだ。そうそう。たしか、そうだったと思います。昔のことはよくわからない世代なので、(なにせ東京オリンピックもしらん)もしかしたら、違う施設かも知れませんが。》
もうひとつ、建物そのものの外観の異様さとむすびついた話を引用して、つぎの稿にうつろう。京都大学西部講堂という、大学の講堂とはおもえない寺院の本堂のような瓦葺きの木造建築での伝説である。かつての大学紛争の舞台にもなり、その屋根瓦には色とりどりのペンキが塗られているという不思議な外観からしても、噂のひとつやふたつあってもおかしくないとおもわれる。
『#177-1京大西部講堂の怪』
《それはともかく、京都大学の西部講堂の怪談の話はもう出ましたか? とにかく、この話がしたくてはるばるやってきたので、まあ聞いてください。
実名は出しませんが、これをぼくに語ってくれたのは、友人の女性ピアニストです。ぼくはちょっと芸人のまね事もやるので、彼女と一緒に西部講堂でイベントをやったこともあります。その時は、講堂の客席真ん中にコンクリートの台みたいなものがあって、そこでぼくは演技をしたのです。さて、そのコンクリートの下には、何があると思います?
西部講堂は中世の寺院の一部をどこかから移築したものだとか。だから、昔から居ついた幽霊がいっぱいいるんですね。講堂でお芝居をやると、そういう幽霊が見物に出てくるので、もぎりを通った人は少ないのに、暗い客席の中は静かな観客たちでいっぱいになっていることが、しばしばあるそうです。また、そういう時は、悲しい場面でもないのに、俳優の声がみんな泣き声になってしまう現象も起きると聞いています。
その西部講堂に、ぼくもよく知っているパフォーマーが、ある時出演しました。この人は語り手であるピアニストのご主人で、パフォーマンスの分野では世界的に有名な人です。
その彼が出演した時、客席、といっても土間ですが、そこに穴を掘り、幽霊を穴に封じ込める儀式を演じた後、そこにしっかりと杭を打ち込んだのだそうです。終演後、その講堂を管理している学生たちに彼は「この杭は抜かない方がいいよ」と、なにげなく言ったのだとか。しかし、学生たちはそれを気にとめず、杭をぽいっと抜いてしまいました。
その夜、学生たちが講堂の中で眠っていて、一人がふと目覚めると、その穴からぶわーっとものすごい勢いで、たくさんの幽霊たちが飛び出してくるではありませんか。わわわわ・・・! そして、学生に「こっちへおいで、こっちへおいで」と手招きするんですって。ふらふらとそっちへ行きかけた学生。その彼をからくも止めたのは、最後に穴から出てきた学生の祖母の幽霊でした。彼女は生前キリスト教徒だったのですね。「こっちへ来てはいけない」。制止する祖母の姿に、学生ははっと我に返りました。間一髪、彼は救われたのです。
翌朝、彼から事の次第を聞いた学生たちは驚き、神社から神主を呼んできて、おはらいをしました。そして、そこをぶ厚いコンクリートでしっかりと塗り固めたのでした。あのコンクリートの台はそうやって、できあがったものなのです。それから、幽霊たちはどうなったかって? さあ、その後のことは知らないのですけどね。》
5.特異空間
5-1.特異な空間
ここで取りあげるのは、明確に仕切られた閉鎖空間ではないが、ほかとは違った特異な現象がみられるような空間である。まずは、荒唐無稽な噂の引用からはじめてみよう。
『#32-2超能力研究所』
《所謂「深夜ドライブ」ネタ。
「狭山湖周辺を深夜ドライブしていると、道端に[超能力研究所→]という朽ちた看板を見つけることがある。矢印の方向に車を進めると、
*突然の豪雨に襲われるが雨が止むと車は乾いたまま
とか
*『ドーン』という車の屋根になにか大きなものが落ちた音と衝撃を感じるのだが、車は何ともないし別に大きなものも落ちていない
とか
*細い一車線の道で向こうからヘッドライトが見えるのに、いくら走ってもその対向車に近づかない
とかの不思議な体験ができる。別に身の危険はないし、引き返せば元の道に戻れる」
これは5〜10年程前に東京の学生(免許を取って深夜のドライブをしたくなる年頃)の間で結構広まっていた噂話です。》
この話のおもしろいところは、「超能力研究所の看板」というひとつの創作だけで、不思議な現象のおこる空間ができてしまう点であろう。なにしろ原因が超能力なのだから、いくらでも不思議な現象の話はつけ加えていくことができるのである。そういう意味では、きわめて発展性の大きい噂であるといえる。
このような超能力ではなくても、電磁力・放射線といった目に見えない力のはたらく場が噂の原因となっている話は多い。
『#88-1レーダーの電磁波で』
《成田空港開港前の話だったと思います。どこで聞いたのか、読んだのか忘れてしまいました。正確な話があったら教えてもらいたくもあります。
開港準備に取り掛かっているころの事だそうです。
木枯らしが強く吹き付ける中、一日の仕事が終るった鳶職人さんが、コントロールタワー近くのビルの屋上にやってきました。夕日が真正面に見える、眺めの良い場所です。そこで沈む太陽を見ていると、身体の芯からあたたまってくるようで、なかなか居心地が良かったのです。
その後突然、一週間ほどして、その鳶職の人は亡くなったのだそうです。
鳶職の息抜きの場所は、レーダーのアンテナの正面。普段は立入禁止区域です。
言うまでもなく、レーダーは電子レンジと類似の強い電磁波を使った機械です。そこは危険区域でもあったのです。》
われわれのまわりには、目には見えない電磁波が飛びかっているのは間違いない。しかしその人体への影響は、素人にはよくわからないしまたその量も測定しようがない。そんな不安が噂をつむぎだすのであろう。次のような、プラスにはたらく影響の噂もある。
『#76-1高圧電線で賢い子ができる』
《私の前すんでいた町は,小さい町なのに,賢い子がようけでてます。医者が2人に大学の先生。
これは,町の上を通っている高圧電線の磁気の影響です。》
また、放射線の脅威は一般に知れわたっている。したがって、原子力を取りあつかう機関についてはその安全性が強調される。それが逆に不安をあおり噂の発生源にもなる。そしてまた、その内部情報がほとんど表にでてこないことも、噂を増幅するようにはたらくであろう。
『#129-2原発銀座の道路遮断機』
《福井県の若狭地方の国道には、やたらと積雪用の遮断機が充実しているのは、原発事故の時に封鎖をするためだそうだ。
(2年ほど前、国道27号線を走る車の中で、運転しているデザイン会社の社員に聞いた)》
かつての伝統社会では、内と外を明瞭に区画する結界があった。ところが上にしめしたような現代伝説では、そのような結界が目に見えなくなり、いつのまにかその結界を踏み越えて危険な領域にはいり込む不安を物語っているようにおもわれる。現代の都市空間にも、そのような目には見えない結界が張りめぐらされているのではないだろうか。
また、ファクシミリやパソコン通信ネットなど情報伝達媒体の発達により、物理的には遠くへだたった地域も瞬時につながれることになり、独特の特異空間が形成されている。この論考もパソコン通信で集められた噂が素材となっているが、つぎの例はファクシミリで全国に広がっている噂である。「電子伝説」とでも名付けるべき、あらたなフォークロアであろうか。
『#65-1関西当たり屋ファックス』
《また、「例のFAXネタ」に関しては、わたしがかつて勤務していた会社にも同じFAXが流れてきたことがありましたので掲げておきます。
2〜3年前でしたね? あれが流行ったのは。どなたかがおっしゃっていたと同様の文面「関西方面からクルマの当たりや集団が関東方面(首都圏?)に進出してきているので十分気を付けましょう」が、送付者名なしで流れてきました。車種は忘れましたが、「白いクラウン」「泉州ナンバー」(こんなのありましたっけ)などと特定されていたと記憶しています。総務の女性(東京下町に生まれたときから住んでいる)が、さかんにいろいろな人に宣伝して回っていました。》
まずは、首都圏方面からみた関西という土地柄のイメージの特異性を指摘しておきたい。このあたり異界性については次項以下でふれる。このファクシミリを使って流される噂も、つぎつぎと追認情報がよせられた。
『#66-1関西当たり屋ファックス』
《○ 時期を置いて、色々なところで(小)流行するらしい。私が最後に見たのは、***さんの説明よりももっと最近です。
○ 車のナンバーや車種がもっともらしい。和泉(いずみ)とか難波(なんば)とか河内(かわち)とか、いかにも「ヤバそうな(族車に多いとされる)」ナンバーが並んでいる。
○ この手のファックスは総務部門に届いた後(黙殺されなければ)、各部門に現物のコピーを添えて回覧されます。各部門に回覧されるコピーが、また、新たな怪ファックスの元になるように思います。私が見たのはファックスとしてもかなり不鮮明でしたから。黒い斑点がぽちぽちしていてコピーを繰り返した感じでした。
○ 後、差し出し人は実際には不明であるにも関わらず、コピーに付く前書き(総務が作った説明書き)では、いつのまにか、『所轄警察署からの通達』になっていたりします(本当)。》
ファクシミリだけではなく、つぎのようにパソコン通信ネット上でも確認もされているようである。
『#69-1関西当たり屋ファックス』
《これって、再FAXされるだけではなくって、ネットワークにも流れてくるんです。旧 junet でも数ヶ月に一度この種の情報をみかけたらしく、今ログを調べて見ると、1990年11月ごろの記録がありました。》
これがデマではなく、信用できる情報としてあつかわれているることも多いようだ。
『#375-2関西当たり屋ファックス』
《実はこの部屋を覗くまで、流言だとは思っていませんでした。というのも、この記事、以前勤めていた会社で、堂々と社内回覧板の中に閉じ込んで対応策まで朱書きしてあったものですから・・・(^_^;。ここでログを読んだ時、一瞬、まさかうちの会社の人が面白がって外部にFAXで流していたのではあるまいな?と、思ってしまったほどです。》
このような新しい情報空間をながれる噂と、従来にみられた流言飛語などの噂とを比較対照してみるのも大きなテーマとなるとおもわれる。それにはあらためてふれる機会もあるだろうが、ここでは独特の噂空間を形成する可能性を指摘するだけにとどめておこう。
生き馬の目をぬくとも言われる株式市場や金融市場では、日常の生活感覚とは異なった金銭感覚や雰囲気が支配しているようである。そのような世界に生きる人たちの間でも、利害が密接にからんだ噂やデマがみだれ飛ぶであろうと想像される。ここでの噂は、もっぱら意図と狙いをもってながされるのが特長であろうか。この世界もまた、特異空間といっておかしくはない。
『#43-1兜町に流れる噂』
《俺は 株やってないけど,日本の資本市場の本拠地の兜町では,噂がしゅちゅう.意図的であったり. 例えば,今では,「JT株で多量の失権株が発生する」なんて,まことしやかにささやかれるし.》
この世界では、多くの自殺者を出した噂やデマも多いにちがいない。しかし自殺者はいったん死んでしまった以上、利害で動くこの空間ではもはや噂の種にもならないのかもしれない。ここでは、戦後もっとも大きな噂で幾人もの死者も出したとされる、いわゆる「M資金」の話も忘れるわけにはいかないであろう。
『#53-6M資金の謎』
《現代日本のフォークロア(??)と言えば、よく、色々な詐欺事件やら有名人の自殺やらで名前が出てくる「M資金」を忘れるわけにはいきません。と、いいつつ、この関係の話を直接聞いたという話もないし .... (^^)。誰か、M資金の話を本当に誰かから*直接*聞いた人はいませんか?》
5-2.自殺の名所
自殺者の集中するメッカとでもいうべき場所が各地にたくさんある。投稿の話題に出てきただけでも三原山・華厳の滝・青木ヶ原・東尋坊などなど、ふるくから自然の自殺の名所がいくつもある。それらの投稿でもふれられているが、自殺が自殺を呼び寄せるという傾向がある。ここでは高層住宅団地など、あらたにできた自殺多発地での噂の流され方をみてみよう。
『#248-1高層住宅での自殺者』
《うちのカミさんが今年の夏に、今は辞めているバイト先の不動産屋から仕入れて来た話。
小生、かつて自殺の名所としてマスコミを騒がせた某高層住宅の住人で(ミエミエだ(冷汗笑))、こちらに移って以来2年間、自殺のうわさなど聞いたことがありませんでした。
しかし、依然自殺はよくあるらしく、ただ入居者が入居に際して二の足を踏むのを恐れて、役所ぐるみ伏せているだけだそうな。
「パトカーも救急車も、サイレンを鳴らさず出動するということか」などとトンチンカンな質問でカミさんを悩ませ、再度聞いてくるように頼んだのですが断わられました(惜笑)。
こういう住宅は、人が密集しているわりに隣近所の交流が極度に希薄で、このことがこの手のうわさに奇妙なリアリティーを与える条件になっているような気がします。つまり確かめようがないということです。
以前、確か3人目までが地元の人で、以後は外部から自殺者を呼び込むようになったというのを本で読んだことがあります。現在は、その本にも書かれていたように、玄関側の共用通路の手すりから上にかけて格子がはめ込んであり、屋上にも出られないようになっております。飛び降りようと思えば、玄関を入ってベランダからということにどうしてもなるはずです。つまり地元住民しか自殺は可能でない。
疑問は尽きませんが、「やっぱり」のたぐいより「ウソでしょ、でも......」のような話の方が、一般には伝播力はあるように思います。》
「情報の欠落が噂を増大させる」という法則がある。事実が伏せられる結果噂がより増幅されるという状況は、この投稿者の手によって如実にしめされている。あえて長文を引用した所以である。つぎのレスポンスも同様の理由で引用させていただこう。
『#249-1高層住宅での自殺者』
《ぼくも11階建ての高層住宅に住んでいますが、飛び降り自殺のニュースはやはり完全に伏せられてしまいますね。「天井が剥がれて落下した」とか「火事になった」という話は必ず掲示板などにお知らせが出るんですが、自殺だけはたとえ衆人環視の中で起こっても黙殺されます。
たとえば引っ越してきた最初の頃、したがってもう20年近く前ですが、うちの真下に未明に飛び降りた人がいて、新聞配達が死体を発見したそうです。その現場で線香を炊いてお坊さんが読経をしたので、事実であることが分かったんですが、正式発表がないもんですから、死んだのは男性だ、いや女子高生だとさんざん噂が飛び交いました。
また、つい最近も午後の買い物をする奥さんたちで人通りの多い時間に、飛び降りた人がいて大騒ぎになったそうです。でも、やっぱり黙殺。》
自然の名所が伝統的な自殺場所にえらばれたのだとすると、巨大な高層住宅群の無機的な景観は、現代の自殺者の無表情な心性をあらわしているといえよう。そのような人工の虚空間が、思いつめた自殺志願者の心をひき寄せる磁場をもち特異な空間として彼らの前にあらわれる。そしてまた、その噂を語りあう都市住民たちも、噂に接することで日頃は生活におわれて忘れている都市生活の無機質性を想い起こすことであろう。
5-3.縁切り伝説
この節で最後に取りあげるのが「縁切り伝説」のある特異空間である。その場所で男女カップルがデートをすると縁が切れるという噂であって、特にストーリーのある伝説というよりはほとんどジンクスに近いものである。まずは有名な井の頭公園の別れ伝説の紹介から。
『#253-7井の頭公園の縁切り伝説』
《●カップルでお参りしてはいけない場所 …ってゆーと、関東でメジャーなのは、通称「縁切り寺」だと思うのですが、バラバラ事件のあった(^_^;)井の頭公園の弁天様も、霊験あらたかだそうです。 もともと弁天様は、未婚の女性の神様なので、夫婦や恋人が揃ってお参りすると嫉妬されるので、良くないとか?(だったら、全国の弁天さまに同じ逸話が有るのかな?)正しいお参りのしかたは、男女バラバラに、時間差をつけて行くのだそうです。》
このほか投稿にあわられた場所をすべて羅列してみよう。
東京井の頭公園弁天池・埼玉大宮公園のひょうたん池・東京ディズニーランド・津田梅子のお墓・関東の通称「縁切り寺」・京都嵐山の渡月橋・京都植物園・大阪万博公園エキスポランド・神戸ポートピアランド・名古屋東山公園「東山タワー」・太宰府天満宮・伊勢神宮
どれもこれも各地の行楽観光の名所がずらりとならんでいる。若い男女がデートをする場所なのだから当然のことである。また、その多くのカップルがその後なんらかの理由で別れていくのも自然のながれであろう。とすれば、多くの観光名所に縁切り伝説があるのになんの不思議もない。
しかしここでは、そのような噂の存在の合理的な理由をみつけるのが狙いではない。むしろ噂とは、しばしば非合理な状況から発生し伝播していくものである。またそのような非合理性にむけて、それなりの納得をあたえる役割をももっていることが多い。
恋愛に終局があるのは事実だとしても、いままさに恋愛中のカップルにとって別れにおもいをむけるのは不合理なことだ。また恋愛そのものが多くの偶然によりはじまるのと同じく、両者とも納得のいくような別れがあるわけでもないだろう。これらはそもそも、恋愛そのもの自体にはらまれている偶然性であり非合理性であろう。
とすれば、そのような偶然性に支配されている恋愛に、さまざまな占いやジンクスがともなっているのも不思議ではない。恋い占いに熱中する男女があれば、その一方で別れにささやかな理由づけをしてくれるジンクスも必要なのかもしれない。水の上に浮かぶ木の葉のような不安定な状況では、タロットカードの恋い占いに願いをかける少女もいるだろうし、弁天さまの嫉妬に別れの原因をみつけて苦笑する男の子がいてもおかしくはないであろう。
投稿中で、別れ伝説を取りあげた資料も紹介された。
『#134-1縁切り場所アラカルト』
《現代風俗研究会の年報『現代風俗'92 恋愛空間』で、岩井正也さんが「別離伝説のフォークロア」というのを書いておられます。カップルが別れるといわれる場所についての噂を、弁天さんなどの女の神様に起源を求めたりしていますが、おもしろいのは噂を集めたデータです。関西では嵐山・エキスポランド・ポートピアランドなど、東京近辺では井の頭公園・東京ディズニーランドなど、あと伊勢神宮などがあげられています。ボートがあるというのがキーになっているでのはという推理をされています。そこへいったときの救済方法についての噂もあるようです。各地の噂を集めたら、このジャンルだけでもおもしろいかもしれませんね。ご参考までに。(リブロポート 1991.11.30 発行 ISBN:4-8457-0686 / 2,474 円)》
この資料にはまだ直接あたる機会がないが、ボートのある場所という指摘は興味深い。前にあげたジンクスのある場所をざっと見わたしても、ほとんどが水とむすびつけることができる。そして、その多くには遊覧用のボートがあるようだ。さきに恋愛心理を水にただよう木の葉にたとえてみたが、ボートそのものが木の葉と見なすこともできる。恋愛の不安定な心理状態とボートをむすびつけるのも、ひとつの視点ではなかろうかとおもう。
ここでも水にたいする解釈が重要なポイントだとおもわれる。水の分析はあとの章の課題となるが、ここでは、海ではなく池・川といった陸水がほとんどであることを指摘しておこう。
6.異国・異界・境界
6-1.外国
『試着室ダルマ』のところでふれたが、主人公の若い女性はヨーロッパなどの都市の試着室からつれ去られ、東南アジアやアラブ世界などの第三世界でダルマとなって発見されることが多い。ここで、われわれ日本人が抱く「外国」には、対称的な二つのイメージがあるのが容易に想像される。
明治維新以来尊敬と模倣の対象としてきたエキゾチックな西欧世界と、一方ではわれわれがそこからの脱出を目指した遅れて野蛮な第三世界。もちろんこれは正しい事実認識ではないが、「脱亜入欧」のスローガン以来われわれの意識に沈潜している「二つの外国」イメージであることは間違いない。
うら若い女性が手足をもがれた悲惨な姿にされるという落差とともに、あこがれの対象である西欧から妖しげな第三世界へ売り飛ばされるという、噂の舞台のもつイメージの落差も物語の印象に寄与しているといえよう。『オルレアンのうわさ』の登場するユダヤ人が特殊な意味をもたされているのと同じように、物語の本筋にひそませるかたちで無自覚な差別意識に訴えかけるような舞台装置が仕組まれている。
このような「あやしげな外国」のもつ意味を指摘した投稿を引用して、その投稿者の見解に賛意をしめしておこう。
『#524-1怪しく怖い外国』
《ドイツのフォークロアにも「海外旅行で妻子が行方不明になる」「病院で臓器を抜き取られる」といった「だるま」の類話の一群があります。これらの舞台は、あちらではトルコ、モロッコなんですよね。
日本 −− 東南アジア(含・香港)
欧州 −− 近東、アフリカ
(米国 −− 中南米)
といった「身近だか何か怪しい、怖い外国」の対応関係があるような気がします。》
かつての伝統社会での伝説では、自分たちと異なった生活文化・風土をもつ人々が異人や妖怪として排除の物語に組み込まれることが多かったが、世界のグローバル化とともに「あやしげな外国人」が第二の異人とされる可能性も増大していくのであろうか。
国民性、文化風土のちがいが下敷きになった噂を、二つほど紹介してみよう。
『#69-2香港で食べられたペット犬』
《そうそう、電子レンジに猫といえば、「イギリスから香港にペットの犬を送ったら『おいしくいただきました』と、お礼状が返ってきた」というのも、「伝説」なんでしょうか。》
『#84-1インドネシアのラード』
《1〜2年前、インドネシアの回教徒の間で、某食品メーカーの製品に、ラード(豚の脂)が使用されているという噂が立ちましたね。回教徒が大多数を占める国のことですから、インスタント食品であっても、パッケージにはおそらく「ハラル済み」マークが入っていたのではないかと思います。不買運動が起きたり、何かと大騒ぎになり(ああ! どういう騒動が起きたか忘れてしまいました)、とうとうイスラムの高位者がテレビ出演して、そのメーカーの食品を食べてみせ、「安全性」を保証する、というオチがつく事件でした。
このメーカーというのがご存じの通り華僑経営で、一連の噂は常日頃からの華僑への反感が作り上げたもの、というのが当時のマスコミなどの見解でした。
このころ、「市場の食品にラードを入れる女性がいる」という別な噂も流れ、誤解を受けてけがをさせられた若い女性の記事を読んだこともあります。》
6-2.異界
日本国内でも、特殊な場所やその住民を噂の素材にしたものがある。もちろん、この手の噂には差別意識を土台にしたものが多く、その取扱いには慎重を期さなければならない。今回の試みでは、パソコン・ネットという開かれた場なので、露骨に差別的な噂は遠慮されたかとおもわれる。しかし、その種の噂が影で根づよくかたられているのも事実であろう。となれば、噂と差別の切り離しがたい関係にメスをいれるのも大きな主題となる。
次の投稿はその種の噂だとおもわれる。ことの性格上、投稿者もかなり慎重に扱っているので引用してもゆるされるであろう。
『#167-1当たられやすい土地』
《私が,当地に引っ越してきて,衝撃だった<噂>です。これは,今でも生きています。
私の家から,A地内をとおって,B地に通じている道があります。その道を走るときはA地内では,最徐行しなくてはなりません。いつなんどき人があたりにくるか解らないからです。あたられたら,ひと身上なくなるからです。
この,20年間に,この道の,この部分で,事故は起こってないようですが,そういえば,例の<当たりやグループ>ファックスのときにも,車にのっているのは,ここの人だといわれていました。
40才ぐらいから上の人は,ほとんど知っているようです。
表立って言われることはありませんが,,,》
北海道や沖縄がその歴史的経緯から、本土とは異なった特殊な異界として噂の舞台とされることもある。たとえば、簡単な笑い話のたぐいであるが。
『#97-6北海道の幽霊標識』
《北海道には?の標識があって、意味は「幽霊が出るので注意」
「クマが出る」は、私も見たことがありますが。》
また東京都心のど真ん中、風俗化し無国籍化しつつある新宿歌舞伎町のような街も、異界として噂の恰好の舞台となる。
『#196-1歌舞伎町で目が合ったら香港に』
《ある女子大生(話してくれた子の、例によって友達の友達)がたまたま夜の歌舞伎町を歩いていたら、一人のヤクザと目が合ってしまった。次に気が付いたとき、彼女は香港にいた。(10年前、女子大生)》
無国籍化した街とあやしげな第三世界とが、闇の地下水路でつながっているかような想像をさせる噂である。
6-3.トンネル・川
異人や妖怪が棲むと空想される世界を異界だとすると、それらのもっとも登場しやすい場所はわれわれの住む世界と異界のあいだにある「境界」であろう。それらの境界は、かつての伝統的な地域社会では国境などにある峠や川であったことが多い。したがって妖怪なども、そのような峠や川によくあらわれた。
そのうちでも峠は、近年の道路整備などにともない多くがトンネルでバイパスされるようになった。とすれば、出没する妖怪・幽霊のたぐいもそのトンネルに移行していることが想像される。たしかにトンネルにまつわる現代伝説は、あちこちに多くみられるのである。
トンネル伝説の中でも代表的なのが、バイク仲間でささやかれる幽霊の噂である。薄暗いトンネルの中の冷気に直接肌がふれるバイクのほうが、自動車よりも霊と遭遇しやすいということはうなずける。
『#262-1重くなる二人乗りシート』
《徳島県のどこかのトンネル。夜中。原付で集団で走る高校生4、5人。
トンネルの中で前を走るKの後ろに誰かが乗っている。誰か友達だろうと思ったが、次に見るといなくなっていた。
「おい、さっき誰乗せてた」と聞くと、
「ええ?おれずっと一人だ」とむきになって否定する。
「確かに誰か乗っていた」と重ねて主張すると青くなって、
「実はトンネル通ってからな、後ろの荷台重かったんだ。気のせいかと思ってたけど」》
この種の自動車やバイクにまつわる噂は、つぎの『カー伝説』の章であらためて取りあげる。ほかにも二つほど、トンネルに出る幽霊の例をあげておこう。
『#83-1トンネルの幽霊』
《幽霊がでるという場所
S賀県 K津大崎 いくつかあるトンネルの一つ
H根市大君畑 旧さめトンネル内(?)
いずれも,たっているだけだが女の幽霊がでるという》
『#169-1トンネル(元峠)の幽霊』
《山梨県でのお話です。私も詳しい場所は忘れてしまいましたが(むかし習ったのに(;_;))、太宰治が・・・には月見草がよく似合うなどと言ったというお茶屋さんの横のトンネルのなかで幽霊が出るそうです。友人の友人が俗に霊感が強いというような人で見えたそうです、その人はよくあそこにいるとか言うそうですが(^_^;)》
峠やトンネルと並んで、川も境界とされやすい地形であろう。そして、その境界を往来する場所にはおもに橋がある。となれば、橋にまつわる噂が多いのも当然であろうか。
『#114-2嵐山渡月橋は振り返れない』
《この「渡月橋」は「十三参り」に行くとき渡るので有名ですね。お参りで橋を渡るとき「絶対に振り向いてはいけない」という言い伝えがあります(親から聞いたような)。振り返ったらどうなるかは聞いた記憶がありません(だれか知らない?)。自分がお参りするときには振り返ってみてやろう、と企んでいたんですが、どうも連れて行ってもらえなかったようです(^^;。
その後トシゴロになってからこの橋を渡るときには、ベッピンサンを見かけるたびに「振り返って」しまうのは、この時の怨念からでしょうか(^^)。》
十三参りでは一般に「振り返ってはいけない」と言われるが、とくに橋で振り返れないとなると別の意味が付加されているのかもしれない。橋は境界のこちらからあちら側に渡っていくことになるから、境界を越えるときの特別な儀式としての意味あいを考えてみてもよいだろう。
また、流されやすい橋のために人柱がたてられたという伝説も各地にあるだろう。
『#428-2錦帯橋の人柱』
《たしか、岩国の錦帯橋の話だったと思いますが、この場所にかかっていた橋がすぐに流されてしまうので、通りかかった座頭を人柱にして橋をつくったとか、あるいはそれを止めさせるために、流されない構造の橋を考案したとか。》
これらの橋にまつわる話しは、伝統的な噂の範疇に入れておいてもよいだろう。では峠がトンネルに移行したように、現代伝説としての橋はどのように変化したのだろうか。これはあくまでも仮説であるが、高速道路のような橋脚をもった建造物が「あらたな橋」として噂の素材となるかもしれない。あるいは車の流れを水とたとえれば、高速道路自体を境界をつくる「川」と見なしてもおかしくはないであろう。高速道路に出る妖怪の例をひとつあげる。
『#129-4高速並走老婆』
《誰に聞いたか忘れましたが、北陸道の滋賀県と福井県の境あたりには、夜、高速で走る車に併走する老婆がいるそうです。もちろん老婆というのは高齢の女性で、何とかローバーの類ではありません。》
最後に、噂ではなく創作の中の話ではあるが、川のもつ境界性を象徴するような逸話をあげてつぎの話題ににうつろうとおもう。
『#428-1土左衛門の押しつけあい』
《つかこうへいの戯曲(そして小説も)に、こんな逸話が載っていたのを思い出しました。
戸田橋付近(東京都と埼玉県の境界をなす荒川にかかる橋)に水死体が流れ着き、その死体を、警視庁と埼玉県警とが、竹竿で押し合って、相手方の事件にしようとする話なのですが。
これを読んだ時には、大笑いしてしまいました。毎日、通勤で通っていることもあって、身近に感じられたからかも知れません。川上から流れ着いた土左衛門は、捜査も難しいのでしょう。まあ、お役所仕事で、面倒を回避したいという気質を風刺したものでしょうが。》
7.密室の世界
7-1.民家・アパート
一般の住居にも怪異にまつわる話はたくさんある。借家・アパートなどで、あらたに移り住んだところ霊がいたという流れの話が多いようだ。
『#122-3二階の部屋にモノの気配』
《秋田市銀の町の家
妹夫婦が,秋田に転勤して,たってから少したっている家を借り生活するようになった年,私と娘Y子,で,その家にあそびに行ったときです。夜ねることになって,Y子は2階の3間続きの一番奥の部屋に寝ることになったのですが,<この部屋に,何か居る>と言いだしました。妹の子供もいぜんから同じことを感じてその部屋はつかわれていない部屋だったのだそうです。
翌年,妹夫婦が,私の家にあそびにきたとき,その話をきいたら<あれはいつのまにかいなくなった>ということで,今は普通になったそうです。
以上2話 40才ぐらいの女性》
この種の霊はだれにでも感じとれるというものではなく、とくに霊に敏感な人にだけわかるようである。つぎの例もそうである。
『#246-1新居アパートの魑魅魍魎』
《私の友人が一昨年の暮れ、結婚しました。で、新居となるアパートにいよいよ引っ越しの当日、手伝いに行った私の目に飛び込んできたのは、その男が従兄弟の女子高生といっしょに、部屋のあちこちに生米と塩を盛っている姿でした。
「おまえ……、何やってんの?」
「いやー、それが……。このアパートは魑魅魍魎の巣だ!」
結婚式より一足先に実家を引き払い、彼はすでに独りでアパートに居たのですが、「何かこのアパートにいると、猛烈に頭が痛くなる」のだそうです。おまけに、夜寝ていると、耳元で何やら女の声が喋り続けていて眠れないのだとか。そこで彼も考えました。「こりゃ、もしかして、“いる”のでは?」
もともと彼の家系は霊感の強い人間が出ていて、中でもこの日来ていた従兄弟の女の子は、その素質が強く受け継がれているそうです。そこで彼女を連れてきてみたところ、部屋に入るなり第一声が「お兄ちゃん(彼のこと)、これすごいわぁ!」だったそうです。》
人に憑くのが幽霊、特定の場所にあらわれるのが妖怪という分類にしたがうと後者になるのであろうが、いずれにしても一種の地縛霊と考えられる。伝統的な地縛霊は、その場所にまつわる因縁があってあらわれるのであり、当事者にもその理由がわかるのが普通である。しかしながら移動のはげしい現代では、その霊に遭遇した人にも由縁がわからないままに終わることが多い。
したがって、土地に縛り付けられた怨霊を特別に慰霊するといった物語には発展することなく、なにげなく消えていったり、あるいは居住者のほうが引っ越してしまうことになる。住民と地縛霊の葛藤というよりは、居住者と霊が簡単にすれ違っていくあたりが現代的であるといえようか。
出現する幽霊のほうにも、なにがしか現代的な孤独の陰がさしているような事例をあげてみよう。とくに祟るというわけでもなく、ただ現れてまた消えていくというだけの奇妙な話である。
『#259-1椅子に座った老婦人の幽霊』
《5年ほど前、ある有名レコード会社の若いディレクターと、真夜中にタクシーに乗っていたとき、聞いた話です。
彼の友人の住んでいるアパートの部屋には、毎晩だったか、ある決まった日だったか、とにかく深夜の同じ時刻になると、椅子に座った老婦人の幽霊が現れるんだそうです。
その幽霊の出現のしかたがまた変わっていて、その時刻になると、部屋の一角に小さな点のような大きさになって現れてきて、それが次第に拡大して普通の人間の大きさになるんだそうです。そして、暫くそのままじーっとしていて、またある時刻になると次第に縮小していき、消えてしまうのだそうです。》
7-2.事業所関連
会社や各種の事業所も、日中は活気にあふれているが深夜ともなるとひと気のない密室と化する。深夜のがらんとした密室を想像すると、そこになんらかの怪異現象があっても不思議ではないであろう。
『#1-5深夜の会社の笑い声』
《東京のサラリ−マンが、夜中に酔ったあげくにじぶんの会社に電話したところ、笑い声がきこえたのでびっくりし、翌日しらべてみたら、そんなにおそくまで残業した人間はひとりもいなかった、ということです。》
おなじく、ひと気のないはずのところで怪しげな作業がおこなわれているという笑談をひとつ。
『#32-1倉庫で煎餅ぺろり』
《【草加煎餅の作り方】
埼玉県草加市は、煎餅で有名な所であるが、その煎餅の製造過程についての噂。
「普通の煎餅やごま煎餅は、工場から出荷するのだが、海苔のついた煎餅だけは、工場からもうひとつ別の場所を経由する。そこは大きな倉庫で、薄暗い倉庫内に草加中の老婆が集められている。老婆は、片手に醤油煎餅を、片手に海苔を持ち...煎餅をぺろりと一舐めしては海苔を貼り付けるのだ」
これは、「噂話」というより、「こういう噂が流布している」という「噂」なのかも知れない。或は、人面犬とか口裂け女とかの噂がマスコミで取り上げられて行った中での誰かの「創作」かも知れないとも思える。若手の漫才芸人あたりが作りそうなお話だからだ。この「噂」は5年ほど前に友人とのバカ話の中で聞いたもの。》
噂の中での老婆の役割には特異なところがある。男の老人がどちらかというと枯れていく傾向にあるのとくらべて、老婆という存在は一種独特の生気をはらんでいる。そのような老婆の生臭さと、ひと気のない倉庫との対比がこの噂のエッセンスであろうか。かつての伝説から現代伝説にいたるまで、老婆というキャラクターのもつ生命力だけは健在であるようにおもわれる。
その他事業所関連の噂では、一連の就職面接の話題が集まった。就職面接の会場というのもある種の密室性をもっている。その場にいるのは面接官と受験者だけである。そのような閉じられた場所でくりひろげられる両者のやりとりが、おもしろおかしく噂としてながされてくる。二つほど投稿を紹介しておこう。
『#75-1就職面接で』
《1カ月くらい前の『週刊文春』の「ニュース足報」に、就職のこぼれ話がありました。いわく、
近年の就職難でみんなあの手この手のアピールをする。前に、CMソングを面接で歌った学生が受かったらしい。で、去年、ある製菓メーカーを受けに行った学生が、なぜウチなの?という質問に、「CMソングでずっと馴染んでいました。(ここにオンプマークがあるつもり)チョッコレート、チョッコレート、チョコレエトは、……」と途中で詰まってしまった。受けていたのはライバル社だったからだ。
こんなような話が書いてありました。続いて、マヨネーズを一気のみした奴とかも出ていました。マヨネーズは別として、この「チョッコレート」ネタは、私が就職活動をしている年にもありましたから、もう7年前にもすでに存在していました。当時はバブル黎明期で不況絡みの説明は入っていなかったんですが、たしか落ちたと聞いた記憶があります。
就職関係の噂はかなりいろいろあるのではないかと思いますが、どうでしょう。あの「内定蹴りお茶かけられ事件」「内定蹴りお茶一気のみ事件」なども同じ類になるんでしょうかねえ。ちなみに、この熱いお茶を学生にかけた企業は、かのノルマ証券と聞いております。これは、内定蹴りをした学生が人事担当者から眼の前にあったお茶をかけられたという話があり、次に内定蹴りをした学生は、まず眼の前の熱いお茶を一気のみしてから内定を断ったという話です。これらは87年夏の時点ですでに語られていました。》
『#78-1就職面接で』
《「サッポロビールの面接で質問に一言も答えない奴が居て、怒った面接担当者が『何で何も言わないんだ!』と言うと、一言『男は黙ってサッポロビール』と答えて、採用になった」
なんてのはそれこそ<伝説>として語り継がれていますよね。》
7-3.ホテル・旅館
ホテルの個室というものも鍵ひとつでへだてられる究極の密室である。大都会の高層ホテルの一室で多数の人々が孤独な一夜をすごすとき、そこで「なにか」がおこる。そしてその部屋ではかつて自殺者がでている、というのがもっともありふれたホテル伝説であろう。
また、ホテルの立地そのものの因縁にまつわる幽霊譚もある。
『#204-1ホテルの怪異』
《たしか去年(1993年)の話です。北海道の千歳のビジネスホテル。各自の部屋に荷物を置いた出張班一同が、ふたたびロビーに集まった時の会話です。
「僕の部屋、なんか窓の枠が真っ赤にふちどってあって、『開けないでください』って書いてあるんですよね。高層でもないのにヘンなの」
「え、オレんとこもだよ!」
「あ、私の部屋もそうです」
ここで一同ピーンときました。何しろ一年の半分以上を出張している人たちですから、その辺の勘も磨かれています。値段も千歳界隈では格安なのに、建物も新しい。さらに「開けないでください」の窓枠……。「これは」とひらめいた彼らは、フロント氏に尋ねました。
「ここ、出るんでしょ?」
「……出ます」
あっさりと負けを認めたフロント氏によると、以前ホテルの外には墓地があり、ホテルの建設に伴って廃止されたか移転したそうです。しかしその後も妖気だか霊気は残り、夜な夜な宿泊客を脅えさせるのだそうです。
「じゃ、われわれも困るじゃない!」
「いえ、窓をしめている限りは、“気”が入ってこないので大丈夫なのです」
「そんな馬鹿な!。毒ガスじゃあるまいし」
これが“霊魂毒ガス説”というわけです。もちろん長野県松本市でサリン事件が起こるずっと前の話です。
この話には続きがあります。
仕事の都合で一足遅れてやってきた、A係長が着いたのは深夜近く。他の班員はもう寝ています。酒好きの係長は、あらかじめ外でしこたま飲んできて、ご機嫌でベッドに入りました。
翌朝です。他の班員と朝食の席で合流した係長は言いました。
「いやあ、昨夜は飲み過ぎたか変な夢みちゃったよ。オレの葬式の夢なんだ」
一同は顔を見合わせました。あ、やーっぱり……。
「はあ、ところで係長、部屋の窓開けました?」
酒飲みはまた、一種の暑がりでもあります。係長は部屋に入ると、ぱあっと空気の入替えをしたのだそうです。案の定。
「かくかくしかじかで、赤いペンキの枠、気がつきませんでした?」
「ん〜、飲んでたからな……」
フロント氏のコメントによれば、たぶんその係長さんは、霊感とかそういうセンシティビティが弱い方なんでしょう、とのこと。
「ですから、ご自分のお葬式の夢程度でお済みになったんでしょうね」》
おなじ投稿の続きでこちらは旅館の幽霊話。
『#204-2旅館の逆さ幽霊』
《さらにこの友人から聞いた、出張がらみ怪談。
これはいつの話だか知りません。“課内で伝わってる”というレベルらしい。場所は確か四国の宿だと思いました。
例によって旅の宿に泊まっていた出張班、今回は地方とて旅館だったそうです。A課長だけは個室に寝ていましたが、深夜、誰かが入口の障子をノックする。開けてみると誰もいない。それが繰り返される。こいつは若手の班員が、酔っぱらってオレをからかっとるな。とっちめてやらにゃ。
課長は障子の際で待ち構え、次のノックと同時に開け放って、叫びました。
「コラッ!」
長い廊下をあわてて逃げていく影を、課長は追いました。なかなか素早い相手は、広い旅館の敷地を、庭のすみにある離れの方に走っていきます。その離れの中に隠れたのを見届けた課長。ついに追い詰めたと見て、離れの引き戸を「コラッ!」といいざま開けた目の前に、上から女の顔が下がってきたとか……。
課長は翌朝、その離れの前で気絶しているのを発見されたそうです。》
多くの見しらぬ他人が替わるがわる宿泊するホテルや旅館には、幾多の噂が発生する。これは身近にすれ違いながらなんの情報もない他人に対する不安が、都会人の心理にひそんでいるところからくるようにおもわれる。
いきずりの男女が一夜をともにするようなとき、もっとも身近にふれいあいながら相手に対する情報がまったく欠落しているという皮肉な状況がおこる。つぎのものは、アメリカを起源とする典型的な現代伝説と言えよう。
『#53-4ルージュの伝言』
《 これは、女をナンパしてすることして、翌朝起きると女が消えていて、トイレの鏡に口紅で『AIDSの世界にようこそ』と書いてあった(--;)、という超有名な話です。アメリカ原産なんだそうですが。これ、身近で聞く限り、あんまり食らったって話はなくて、『○○子(面識のない奴)が、(ぴぃ)なので頭に来て、やったって言ってた』とか『知り合い(女性)でいたずら半分(??)にやった奴がいる』というパターンに変わっているようですね。何故だろ??》
7-4.百貨店
都会の高層建築物への潜在的な不安も多い。不特定多数の出入りする高層建築物は、一旦火災などの災害がおこると瞬時にして地獄と化する。都内赤坂の某ホテルの火災による惨事はいまでも記憶になまなましい。赤坂という場所は、四谷・青山などと並んで江戸期以来の心霊スポットといわれているだけあって、いまでもたくさんの噂がながされているようである。
ホテル以上に多くの人間がつめ込まれている百貨店でも、いくつか悲惨な火災がおこった。当然その跡地にも幽霊伝説は語られている。
『#194-5火事場跡の幽霊譚』
《火事により死傷者が沢山出た都内某ホテル跡地に、出るという話がありました。大阪千日ビル(でしたっけ?)も、やはり火事で死傷者が沢山出たところですが、ここも出るという話がありましたよね。熊本の某デパートの火事の話は、すでに以前ご報告されていましたが、熊本出身の同僚に聞きますと、知っておりました。このデパートの後日譚として、デパートを再開する際、デパート名を『火の国デパート(!)』にしようとしたのだが、さすがに縁起が悪いということで現在の名になった、ということでした。》
この「千日前」という土地にまつわる過去の因縁もフォローされた。
『#228-1千日前と幽霊』
《らくだという噺があります。らくだと言われる男が死に、その兄貴分と、たまたま行きあわせた故紙回収業者が、葬式を行うという噺です。さて、二人は飲んだ後、死体を火葬場、当時の言い方だと「火屋か火家か、とにかくヒヤ」に運びますが、途中で漬物屋から脅し取った桶から死体を落としてしまい、代わりに酔っぱらって寝ていた神主か坊主を入れて、ヒヤに持って行き、置いて行きます。さて、目を醒ました酔っぱらいは、火を付けに来た人にここはどこだと聞きます。「ここは千日のヒヤじゃ」、「ヒヤでもいいからもう一杯」というのがサゲです。つまり、千日前には昔から火葬場があって、千日デパートの火事がある前から、人が焼かれていたのです。ですから、千日前に幽霊が出るのは、火災のせいとばかりは言えません。》
混雑時の地下街や百貨店にいると、ふと災害時の不安にかられることがある。そのような心理から派生するとおもわれる噂もある。
『#131-1T百貨店は崩れやすい』
《京都の中心部にあるT百貨店は、戦前に途中まで作って、戦後に継ぎ足している。エスカレーターをつける時に梁も抜いている。だから構造的に弱く、地震が来たら、真っ先に崩れる。》
8.二次元空間
8-1.鏡の中
この章の最後でとりあげるのが「平面の世界」である。なかでも鏡は、古来より神秘的なものとして崇められてきた。写真や映画のなかった時代には、そっくり自分の姿かたちを写すものはおそらく鏡しかなかったであろう。自分と同じ姿が映るのは考えてみれば不思議なことである。そして、自分の分身がすぐそばの鏡の中にいるというのは、不気味でもある。
『#377-1真夜中の鏡の中の世界』
《【鏡】の話です。
「真夜中の12時に鏡を覗くと、○○が見える・・・」というパターンの噂話です。わたしが知っているのは、以下の3つです。いずれも小学校で聞いた噂だったと記憶しています。鏡を覗く時の条件は、「灯りを消す」または「蝋燭の光で見る」です。
1)「真夜中の12時に鏡を覗くと、『未来の自分の姿』が見える」
2)「 〃 『霊(幽霊・もしくは自分の守護霊)が
見える」
3)「 〃 『自分の頭に角(ツノ)が生えている』
のが見える」
あと、「真夜中の12時に鏡を両手に持って合わせ鏡にしていると、片方の鏡面からもう一方の鏡面に向かって小人(もしくは小鬼)が走ってゆくのを見ることができる」というのも聞いたことがあります。》
鏡の向こうには、もうひとつ別の世界がある。そして、その二つの世界は鏡によって仕切られている。この話では、鏡のもつ境界性がキーワードではないかと考えられる。深夜の12時というのも、日にちが変わる時間上の境界である。そのような「境界」を通すことによって、未来の自分が見えたり日常では目につかない霊や角が見えたりする。
そして、そのような別々の空間を自由に行き来する特殊な存在として、ここでは「小人(小鬼)」がいる。日常世界と異空間の境界にあわられるものというと妖怪などが思い浮かべられるが、ここでは小人がそのような妖怪の位置にあるといえよう。
『#382-1合わせ鏡の無限世界』
《「合わせ鏡」はある程度大きな鏡でやれば、鏡の中の世界に向かって無限に映像が繰り返されてゆく感じになりますからなかなか神秘的(不気味?)ですね。私が某オカルト雑誌で読んだ読者手記はこんな話でした。
「『夜中12時に合わせ鏡をすると悪魔が見える』という話を聞いた僕は
それを試してみることにした。蝋燭を灯して12時に合わせ鏡をすると、
不気味な男が映り、僕は気を失った。それから見る鏡すべてにその男が
映るようになり、時々笑い声さえ聞こえる」》
合わせ鏡ともなると、二つの世界がさらに複合されて無限世界が現出する。有限存在である人間にとっては、無限な世界とはなにやら不安をひきおこすものであろう。そのような不安が、悪魔や不気味な男をひきよせてもおかしくはない。
このような「そっくり同じ二つの世界」という想像は、鏡などから触発されて古来からあったようである。
『#409-1黄帝が鏡に閉じこめた世界』
《中国の黄帝にまつわる逸話で、ある日、黄帝が軍隊を連れて道を歩いていたら、向こうから、黄帝そっくりの一行が近づいてきた。黄帝が「お前達は何者だ」と問うと、相手は「われこそが本物の黄帝である」と答えます。そこでお互いが、自分達のほうこそが本物だと言い張って譲らず、とうとうそこで戦いが始まってしまいました。最後に黄帝は、この正体不明の軍隊を打ち負かし、鏡の中の世界に閉じこめてしまいます。以後彼らは、こちら側(わたし達の世界)の人間の、一挙一動を真似なければならなくなった・・・というお話を、何かの本で読んだ覚えがあります。(渋澤龍彦さんの本だったかな(^_^?)》
そっくり同じ世界の住人どうしは、かならずしも親和性をもっているとはいえない。この話のように、両者が出くわすとなんらかの闘争がおこる。お互いにとって相手は自分のアイデンティティを侵略する存在なのであるから、これはむしろ当然のことかもしれない。そして、いずれかが他方を拘束し支配していないと、それこそそれぞれが別個の行動をする不条理の世界となってしまう。こうやって、世界の一元性を回復するためには黄帝のような霊力をもった存在が要請される。
日常のわれわれは、自分の存在が自立的であり鏡はそれを忠実に映しているだけだと思っている。しかし、鏡像に映る世界のほうが自立的であり、われわれの日常世界はそれを模倣しているだけだとしたら……。黄帝のような霊力がないわれわれ凡人は、鏡像の分身に支配され拘束されている可能性も考えられるではないか。
鏡ではないが、模写された自分が現実の自分を規定するという主題は、オスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像画』などにも描き出されている。そのような分身といえば、影法師もよく似た役割をする。
『#412-3#412-3写真と影の世界』
《それに、自分の分身にまつわる怪異としては影に関するものも古くからありますね。「影が薄くなる、影の一部が映らなくなると死期が近い」という俗信(最近では「手、足が写真に写ってないと事故にあう」なんていう心霊写真の解説もありますね)、影と話しているうちに主客が入れ替わる小説「影法師」、「三歩下がって師の影踏まず」、etc.自分の分身(ドッペルゲンゲル)を見たという体験談も今だに雑誌などでよく見ます。》
今回の投稿には出てこなかったが、この引用にあるように「心霊写真」なども現代における分身の恐怖と不安を反映したものといえるであろう。古来からの鏡像世界への不安が、現代伝説に転化すると次のような恐怖の物語ともなる。
『#412-2鏡に閉じ込められて』
《鏡の怪談と言えば、こんなのもあります。
「1989年5月17日、フランスのダル夫妻が夕食に出かける準備をしていた。
妻カトリーヌが化粧や着替えをするのを夫ジョージが待っていると、突然妻の悲鳴が聞こえた。駆け付けてみると、妻が鏡の中から恐怖に顔をひきつらせて、もがいており、警官も来たがなす術もなく、やがて妻の姿は見えなくなってしまった。
超心理学者カレイ博士によると、同様の例はフランスで17世紀に2件起こっている」
南部正人「事実は不思議よりも奇なり」(学研)
ちなみに、この事件の発生地とされるのがオルレアン!。》
この説話では、あきらかに鏡の中の世界がはっきりと密室性をもって登場してくる。だれの声も届かない密室に閉じこめられてしまう恐怖、それは現代人の心の奥にひそむ不安であり、現代伝説の大きな主題となるであろう。
8-2.ブラウン管の向こう
鏡以外に、われわれにもっとも身近にある平面画像の世界というとテレビであろう。閉じられた屋内とまったく別世界とを、目に見えない電波がつないでいる。テレビのブラウン管は、まさに茶の間と異界をつなぐ境界にある平面なのである。その異界から、ときたま得体の知れないメッセージが送られてくる。
『#194-14ブラウン管の中の怪』
《これも小生が小学生の頃聞いた話なのですが、TVの空きチャンネル(当地では2とか5、7、9、11など)を見続けていると、ザーという映像が突然消えて、番組表には載っていない番組が始まる、という話が広まりました。エッチな映像ではないか、などと言う訳知り顔のマセたクラスメイトもおりましたが、ニュースだったという話も伝わって、夜中ずっと砂の嵐の中の怪映像を探し続けたことがありました。結局は、その映像を見ることもなく、眠ってしまったのですが。》
最後にもうひとつテレビ世界の話題。
『#254-1ドラエモンの最終回?』
《先日TVで「サザエさんの最終回の噂」なるものをやっていたそうですが、私は、「ドラエモンの最終回の噂」が出回った、と聞いた事があります。
2年前、広島の知人からなのですが、その時聞いた2つの最終回のパターンのうち、(1つは忘れてしまった)覚えている方を紹介しますと…
ある朝、のび太が目を覚ますと、そこは病院で、お母さんが心配そうに覗き込んでいる。「のび太ちゃん、あなたは交通事故で、ずーっと意識不明だったのよ」「お母さん、ドラエモンは?」「一体何を言ってるの?」「じゃあ、あれはみんな夢だったのかぁ…」 場面がかわってのび太の部屋、ボロボロになった人形(ドラエモン型)が部屋の隅に転がっている。
…というものです。
広島の小学生の間で、当時、流行っている、と聞きました。》
話題の素材が「どらえもん」というのも興味深い。異次元の世界とこちらの世界を自由に行き来するどらえもんは、異界との往来ができる現代の妖怪とも想定することができる。現代っ子にも受け入れられるように修正された、愛敬のある妖怪であろう。
番組の最終回というのも、ある意味では境界を画する隠喩ととらえることができる。そして、最終回ではのび太の夢の世界の出来事となって彼は現世だけの世界に連れ戻される。やはり現代社会では、どらえもんのようなコーディネイトされた妖怪でさえ存在しづらいのかもしれない。
ブラウン管・最終回・どらえもん・夢という、4つもの異界と日常性をつなぐ媒介が重ね合わされているところがおもしろい。それらの媒介の「むこう」と「こちら」で、はたしていずれがリアリティをもつ世界であろうか。
伝統世界で妖怪や異者により表象された異界は、明瞭に「内」と「外」が区分できる場所であり、それを排除することにより「内」の世界はより確固たる世界になる。異界の住人たる妖怪どもは、いったん内に招き入れられあらためて排除されるためのトリックスターでもあろう。共同体内部を活性化し、より強固に維持するための儀式のために異人たちは活用される。
しかし、そのように活性化し維持すべき共同体がもはや失われているとすれば……。そのような状況で、内と外はつねに反転する危機をはらんだあやうい世界となってしまう。ブラウン管のこちらとあちら、どらえもんの物語とわれわれの日常生活と、はたしていずれに現実性があるかはもはや明瞭には画定しがたい。われわれの現代都市空間は、いくつもある異空間の相対的なひとつであるにすぎなくなっているかもしれないのである。
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