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妖氛録
中島敦 


 口数の寡い、極く控え目勝ち気な女であった。美人には違いないが、動きの少い、木偶のような美しさは、時に阿呆に近く見えることがある。この女は、自分故に惹起される周囲の様々な出来事に、驚きの眼を瞠っているように見えた。それらが、自分の為に惹起されたのだということに、一向気付かぬようにも思われる。気付きながら少しも気付かぬように装っているのかも知れぬ。気付いたとしても、それに誇を覚えているのか、迷惑を感じているのか、愚かな男共を嘲っているのか、それは誰にも分らぬ。唯、そんな傲りの気配だけは少しも表に現れない。
 つくり物のように静かな顔に、時として、不意に、燃えるような華やかさの動き出すことがある。雪白の冷たい石龕の内に急に灯がともされたように、耳朶は見る見る上気して、紅玉色に透り、漆黒の眸子は妖しい潤いに光って来る。内に灯のともっている間だけ、此の女は世の常の女ではなくなる。斯うした時の此の女を見た少数の男だけが、世の常ならぬ愚かさに我を忘れるものらしい。
 陳の大夫御叔の妻夏姫は、鄭の穆公の女に当る。周の定王の元年に父が死に、その後を継いだ兄の子蛮も直ぐに翌年変死した。陳の霊公と夏姫との間は、丁度其の頃から続いているのだから、既にかなり久しいことである。荒淫の君主に強いられて斯う成ったのではない。凡て斯うした事は、夏姫にとって、水が低きに流れるように自然に成るのである。興奮もなく、後悔もなく、唯何時の間にか成って了ったという外はない。夫の御叔は、典型的なお人よしの意気地無しであった。うすうす気付いてはいたらしかったが、さて気が付いた所で、どうなるものでもない。夏姫は、夫に済まなさを感じるでもなく、さりとて、軽蔑を感じるでもない。ただ、以前より一層心優しく夫をもてなすようになった。
 或る時、霊公が朝にいて、上卿の孔寧と儀行父とに戯れ、チラリと其の衵服を見せた。媚めかしい女ものの肌着である。二人はギョッとした。孔寧も儀行父も、実は其の時、それと同じような夏姫の肌着を身に着けていたからである。霊公は知っているのだろうか? 勿論二人は、お互い同志のことを良く承知している。二人にだけ夏姫の肌着を見せた所からすれば、霊公も既に二人のことを知っているのではなかろうか? 主君の戯れに、諂諛の笑を以て応えて良いものか、どうか。二人は恐る恐る霊公の顔色を窺った。二人の見出したものは、底意の無さそうな、唯淫らな、脂下った笑い顔である。二人はホッと胸を撫下ろした。数日後には、二人も亦霊公に自分等の媚めかしい肌着を見せる迄、大胆になって来た。
 洩冶という[コウ]直の士が霊公に直言した。「公卿淫示さば、臣効うこと無からんや。且つ、聞令からず。君、其れ、之(夏姫の肌着)を納めよ。」(公卿が淫を示せば、下々の者も之に効う懼れがあります。それに第一、外聞も悪い事ですから、何卒、そういう真似だけはおやめ下さいますよう。)
 実際、当時の陳の国は、強国晋と楚との間に挟まれ、一方に附けば、一方の侵略を受けるという有様で、女狂いどころでは無かったのである。霊公も「我能く改めん」とあやまる外はなかった。併し、孔寧、儀行父の二人が、上を畏れざるの臣は除かねばならぬと主張した。霊公も強いては止めない。翌日、洩冶は何者かに刺されて斃れた。
 やがて、人の良い夫の御叔も妙な死に方をした。
 霊公と二人の上卿との間には、嫉妬というものが殆ど無かった。嫉妬の生ずる余地の無い迄に、夏姫の周りに立罩めた雰囲気が彼等を麻痺させていたのである。
 三人の憑かれた男が、或る日、夏姫の家で酒を飲んでいると、夏姫の子の徴舒が前を過ぎた。その後姿を見ながら霊公が行父に言った。「徴舒はお前に似てるぞ!」行父は笑って直ぐに酬いた。「とんでもない。御主君にこそ似ていらっしゃいますよ。」青年夏徴舒は二人の言葉をはっきりと聞いた。父の死に対する疑惑や、母の生活に対する憤懣や、自己の運命に就いての屈辱感や、そうしたものが一時に火となって、彼の中に燃え上った。宴が終って霊公が出て行く時、忽ち一本の矢が飛来ってその胸を貫いた。遥かに離れた廐の闇の中から、爛々と燃える夏徴舒の眼がのぞいている。絶望的な怒りに顫える其の手には、既に、第二の矢が番えられている。
 孔寧と儀行父は惶れ慌てて家にも戻らずに、直ぐに其の足で楚国へ難を避けた。
 当時の慣いとて、一国に乱が起ると、それを鎮めるという名の下に、必ず他の強国の侵略を受ける。陳の霊公が弑せられたと聞くや、楚の荘王は直ちに軍を率いて、陳の都に入った。夏徴舒は捕えられ、栗門という所で車裂の刑に遭った。陳国の乱の因になった夏姫は、はじめから楚の将士の好奇の眼の的になった。毒々しい妖婦的な容貌を想像していたのに、案外平凡な物静かな女を見出して、失望した者もいる。自分の行為に就いて何の責任も負わぬ幼児の様に、夏姫は此の亡国の騒ぎに、ただ一人無邪気といっていい位、とりすましていた。酷刑に処せられた独り息子の運命にもさして心を動かされない様子で、入替り立替り目の前に現われる王や其の卿大夫の前に、つつましやかに眼を俯せていた。荘王は凱旋の時に夏姫を連れ帰った。之を内に納れようとしたのである。
 屈巫、字は子霊、一に巫臣ともいう者が之を諫めた。「不可なり。色を貪るを淫となす。淫を大罰となす。周書に曰く、『徳を明らかにし、罰を慎しむ』と。君、それ之を図れ。」(いけませぬ。御主君は、今度は逆臣を誅し、大義を匡すのを名として陳に兵を進めた筈です。それが、もし夏姫を納られることになれば、淫を貪らんがために、兵を起したといわれても仕方の無いことになります。周書にも『徳を明らかにし、罰を慎しむ』とあります。君、それ願わくは之を図り給わんことを)荘王は好色家であるよりも、野心的な政治家だったので、直ぐに巫臣の諫めを容れた。
 令尹の子反が夏姫を娶ろうとした。又しても巫臣がとめた。「夏姫は是、不祥の人ではないか。兄を夭せしめ、夫を殺し、主君を弑し、子を戮し、二卿を奔らしめ、陳国を滅ぼした女だ。こんな不祥な女が又とあるものではない。天下に美婦人は多い。何もあの女に限ったことはあるまいに。」妙な虚栄から、子反は渋々思い止まった。結局、夏姫は連尹の襄老に与えられることになった。夏姫は大人しく襄老の妻となった。此の女程、与えられたものに従順な者は無い。それでいて、何時の間にか、自らも意識することなしに、その与えられたものを狂わし、濁らして了うのである。
 翌、周の定王の十年、晋・楚の大軍が[ヒツ]の地に戦い、楚軍は大いに敗れた。此の戦で、襄老は戦死した上、尸を敵に取られて了った。
 襄老の子、黒要は既に逞しい青年である。夫の死を忘れ、父の死を忘れ、喪服を着けた夏姫と黒要とは何時か、妖しい愉しみに耽り出した。
 先に、荘王と子反とを諫め申公巫臣が、漸く夏姫に近づいて来た。老練の策謀家らしく、彼は、直ぐには夏姫を独占し触れようとしない。巫臣は莫大な黄白を散じて、彼女の故国鄭に計を施した。彼の立場として、楚国で夏姫を娶るのが無理なことは、明らかであったから。やがて、鄭から楚国に通知が来た。さきの楚の連尹、襄老の尸が晋から鄭国に送られることになったから、夏姫は鄭に来って夫の尸を迎えよ、というのである。事の真偽に些か疑を抱いた荘王は、巫臣を召して、その意見を徴した。
「本当らしく思われます」と巫臣は答えた。
「晋では、[ヒツ]の戦で我の得た捕虜の中に、知[オウ]というものがおります。晋では此の者を取戻したいのです。知[オウ]の父は晋侯の寵臣であり、且つ其の一家は鄭国に知己を多く有っているので、此の際鄭を仲介として、我が国と捕虜交換をしようというのでしょう。それで、彼に囚われている我が公子穀臣と、襄老の尸とを返そうというのだと思われます。」
 王は頷いて、夏姫を鄭に帰した。夏姫には固より、巫臣の意は疾くに通じられている。出発に臨んで「夫の尸が得られなければ、二度と戻りませぬ」と傍の者に言った。「夫の尸は得られそうもありませぬ故、私は再び戻りますまい」という意味に取った者は誰一人無い。黒ずくめの喪服に日頃の凄艶さを包んだ夏姫の旅姿には、流石に亡夫の尸を取りに行く未亡人らしい殊勝さが見える。黒要とは、極めてあっけなく別れた。夏姫が鄭に着くと、それを追いかけるようにして巫臣の密使が鄭に行き、夏姫を聘し度い旨を伝えた。鄭の襄公は之を許した。しかし、まだ夏姫は巫臣のものになった訳ではない。
 楚の荘王が死んで、共王の代となった。共王は斉と結んで、魯を討とうとし、其の出師の期を告げる為に巫臣を使として斉に遣わすことにした。巫臣は家財を残らずまとめて、出発した。途で、中叔跪という者が之に会い、異しんで言った。「三軍の懼の中に、淫らなる喜びの色が漂うとは、不思議なる哉」巫臣は鄭に着くと、副使に聘物を持って楚に帰らせ自分は独り、夏姫を連れて去った。夏姫は別に大して喜ぶ風も見せずに、ついて行った。斉に入ろうとしたが、丁度、斉の師が[アン]の戦で敗れた所だったので、転じて晋に奔った。郤至という重臣の斡旋で、巫臣は刑の大夫として晋に仕えることになった。
 夏姫を娶ろうとして巫臣にとめられ、結局其の巫臣に女をさらわれて了った楚の子反は歯噛をして日惜しがった。彼は重幣を晋に遣い、百方手を尽くして、巫臣の仕官の途を塞ごうとしたが、空しかった。腹立ちまぎれに、巫臣の一族、子閻、子蕩及び、夏姫の義子に当たる黒要を惨殺して、その財を奪った。それでもまだ腹のいえない貌である。
 巫臣は直ち晋から書を送って之を詛い、報復を誓った。彼は晋侯に請うて、自ら呉に使し晋呉を結んで、楚国を狭撃しようとした。楚の南方の属国たる巣と徐とが呉の侵略を受け、子反は之が防戦のため、一歳に七度奔命せねばならなかった。後数年、[エン]陵の敗戦の責を引いて、子反は自ら頸はねた。
 夏姫は、巫臣の室として、漸く落ちついたように見える。力めて己を抑え、天の意には決して逆らわない。これが嘗て陳楚二国を擾がした妖姫とは、どう見ても受取れない。しかし巫臣は決して安んじなかった。夏姫は以前から斯うした女なのである。この女は年をとらぬのかも知れぬ。もう五十に近い筈であるのに、肌は処子の様な艶を有っている。その不思議な若さが、今や、巫臣にとって煩わしい心遣いの種子であった。婢妾憧僕に啗わしめて秘かに探らせたこともある。彼等の報告は何時も夏姫の貞淑を保証するものばかりである。其等の報告を其の儘信じ込む程人の良い男ではなかったが、秘かな監視を止める程には、未だ超然たり得ない。どういう気持であの女を追い求めたのか、最早それが不思議でならぬ。以前の襄老の子、黒要との場合を考えると、巫臣は、既に成人した息子達にも猜疑の眼を向けずにはいられない。一子狐庸を久しく呉国に留まらせたのも、一つには斯うした顧慮からである。貞淑な夏姫が家に来てから、頓に索莫となった身辺を顧みて、彼は愕然とする。巧みな術策によって競争者を出し抜き、うまうまと手に入れたと思ったのだが、手に入れたのは果して、どちらだったのか? 自分はもう夏姫を欲してはいないのだと思う。その頃の己と、今の己とは、丸で違って了っている。ただあの女を求めるという昔の意志の方向だけが、自分から独立して習慣として残っており、それが今も、支配を振おうとしているだけだと、そう思うことがある。彼は近頃、自分の生命が最早下り坂を急ぎつつあるのを認めない訳には行かない。精神と肉体との衰えが余りにもハッキリと識されるのである。或る時、夕暮の微光の中に、妖気を吐き尽した白狐の如く端然と坐った夏姫の姿を横あいから眺めた時、如何に自分の運命がこのものの為に高い価を払わねばならなかったかを巫臣は始めてマザマザと感じた。思わず慄然とし、だが、次の瞬問、何故かしらぬが、わけの判らぬ妙なおかしさが込み上げて来た。こんな莫迦げた踊りを(白狐のような夏姫も所詮は操られたにすぎぬのだ)己の一生の無意昧さが他人事のように眺められたのである。

 踊らせた操り手の心がのり移ったように、彼はしまりもなくゲラゲラと笑い出した。
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入力  ケンジ
校正  ケンジ
公開サイト 書籍デジタル化委員会
http://www.wao.or.jp/naniuji/
1999/10/18/完成版ver1.01
NO.025
底本 『中島敦全集3』/1993/筑摩書房
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(註)
コード外の文字は[ ]で示し、別字またはカナで表記。
ウムラウト、アクサンなどは省略。