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好色一代男
井原西鶴 

***目 次***

巻 一
 七歳 けした所が恋はじめ
 八歳 はづかしながら文言葉
巻 二
巻 三
巻 四
巻 五
巻 六
巻 七
巻 八

巻 一


七歳 けした所が恋はじめ

 桜もちるに嘆き、月はかぎりありて入佐山、ここに但馬の国かねほる里の辺(ほとり)に、浮世の事を外(ほか)になして、色道(しきだう)ふたつに寝ても覚めても夢介(ゆめすけ)と替名(かえな)呼ばれて、名古屋三左(さんざ)、加賀の八などと、七つ紋の菱にくみして身は酒にひたし、一条通夜更けて戻り橋、ある時は若衆出立(わかしゅでたち)、姿をかへて墨染めの長袖、又は立髪かづら、化物が通るとは誠にこれぞかし。それも彦七(ひこしち)が顔して、願はくは噛殺(かみころ)されてもと通へば、なほ見捨て難くて、その頃名高き中にも、かづらき、かをる、三夕(さんせき)、思ひ思ひに身請けして、嵯峨(さが)に引込み、あるいは東山の片陰(かたかげ)、又は藤の森、ひそかに住みなして、契りかさなりて、このうちの腹より生れて世之介と名によぶ。あらはに書きしるすまでもなし。知る人は知るぞかし。
 ふたりの寵愛(ちょうあい)、てうちてうち、髪振(かぶり)のあたまも定まり、四つの年の霜月は髪置(かみおき)、はかま着の春も過ぎて、疱瘡(ほうそう)の神いのれば跡なく、六つの年へて、明くれば七歳の夏の夜の寝覚(ねざめ)の枕をのけ、かけがねの響、あくびの音のみ。おつぎの間に宿直(とのい)せし女さし心得て、手燭(てしょく)ともして遥なる廊下を轟かし、ひがし北の家陰(やかげ)に南天の下葉しげりて、敷松葉(しきまつば)に御(おん)しともれ行きて、お手水のぬれ縁ひしぎ竹のあらけなきに、かな釘のかしらも御こころもとなく、ひかりなほ見せまゐらすれば、「その火けして近くへ」と仰せられける。「御あしもと大事がりてかく奉るを、いかにして闇(くら)がりなしては」と、御言葉をかへし申せば、うちうなづかせ給ひ、「恋は闇といふ事をしらずや」と仰せられける程に、御まもりわきざし持ちたる女、息ふき懸(か)けて御のぞみになしたてまつれば、左のふり袖を引きたまひて、「乳母はゐぬか」と仰せらるるこそをかし。これをたとへて、天の浮橋のもと、まだ本の事もさだまらずして、はや御こころざしは通し侍(はべ)ると、つつまず奥様に申して、御よろこびのはじめなるべし。
 次第に事つのり、日を追つて、仮にも姿絵のをかしきをあつめ「おほくは文車(ふぐるま)もみぐるしう、この菊の間へは我よばざる者まゐるな」などと、かたく関すゑらるるこそこころにくし。ある時はをり居(すゑ)をあそばし、「比翼(ひよく)の鳥の形はこれぞ」と給はりける。花つくりて梢(こずゑ)にとりつけ、「連理はこれ、我にとらする」と、よろづにつけてこの事をのみ忘れず。ふどしも人を頼まず、帯も手づから前にむすびて後ろにまはし、身に兵部卿、袖に焼(た)きかけ、いたづらなるよせい、おとなもはづかしく、女のこころを動かさせ、同じ友どちとまじはる事も、紙鳶(いか)のぼせし空をも見ず、「雲に懸(か)けはしとは、むかし天へも流星人(よばひど)ありや。一年に一夜の星、雨ふりてあはぬ時のこころは」と、遠き所までを悲しみ、こころと恋に責められ、五十四歳までたはぶれし女三千七百四十二人、少人(せうじん)のもてあそび七百二十五人、手日記にしる。井筒(ゐづつ)によりてうなゐごより已来(このかた)、腎水(じんすい)をかへほして、さても命はある物か。

八歳 はづかしながら文言葉

 文月七日の日、一(ひと)とせの埃に埋もれし金(かな)あんどん・油さし・机・硯石(すずりいし)を洗ひ流し、すみ渡りたる瀬々(せぜ)も芥川(あくたがわ)となしぬ。北は金龍寺(こんりゅうじ)の入相(いりあひ)の鐘、八歳の宮の御歌もおもひ出され、世之介もはや小学に入るべき年なればとて、折りふし山崎の姨(おば)のもとに遣(つか)はし置きけるこそ幸ひ、むかし宗鑑法師(そうかんほふし)の一夜庵(いちやあん)の跡とて、住みつづけたる人の、滝本流をよくあそばしける程に、師弟のけいやくさせて遣はしけるに、手本紙(てほんがみ)ささげて、「はばかりながら文章をこのまん」と申せば、指南坊(しなんぼう)おどろきて、「さはいへ、いかが書くべし」とあれば、「今更馴れ馴れしく御入り候(さうら)へども、たへかねて申しまゐらせ候。大方目つきにても御合点(ごがってん)あるべし。二三日跡に姨様(おばさま)の昼寝をなされた時、こなたの糸まきを、あるともしらず踏みわりました。すこしも苦しうござらぬと、御腹(おはら)の立ちさうなる事を腹御立て候はぬは、定めておれにしのうで言ひたい事がござるか。ござるならば聞きまゐらせ候ふべし」永々(ながなが)と申す程に、師匠もあきれはてて、これまではわざと書きつづけて、「もはや鳥の子もない」と申されければ、「しからばなほなほ書きを」とのぞみける。「又重ねてたよりも有るべし。まづこれにてやりやれ」と、大方の事ならねばわらはれもせず。外(ほか)にいろはを書きてこれをならはせける。
 夕陽端山(せきゆうはやま)に影くらく、むかひの人来たりて里にかへれば、秋の初風ははげしくしめ木にあらそひ、衣うつ槌(つち)の音物かしましう、はしたの女まじりに絹ばり・しいしを放(はづ)して、「恋の染衣(そめぎぬ)、これは御(ご)れうにん様の不断着(ふだんぎ)、このなでしこの腰の形、くちなし色のぬしや誰(たれ)」とたづねけるに、「それは世之介のお寝巻(ねまき)」と答ふ。一季(ひとき)をりの女そこそこにたたみ懸(か)け、「さもあらば京の水ではあらはいで」とののしるを聞きて、「あか馴れしを手に懸けさすも、旅は人の情(なさけ)といふ事あり」と申されければ、下女面目なく、かへすべき言葉もなく、ただ「御ゆるし」と申し捨てて逃げ入る袖をひかへて、「この文ひそかにおさか殿かたへ」と頼まれけるほどに、何心(なにごころ)もなうたてまつれば、娘さらに覚えもなく、赤面して「いかなる御方よりとりてつかはしける」と、言葉あらけなきをしづめて後(のち)、母親かの玉章(たまづさ)を見れば、隠れもなくかの御出家の筆とはしれて、しどもなく、さはありながらと、罪なき事に疑はれて、その事こまかに言ひわけもなほをかしく、よしなき事に人の口とて、あらざらん沙汰(さた)し侍(はべ)る。
 世之介姨(をば)にむかつてこころの程を申せば、「何ともなく今まではおもひしに、あすは妹(いもと)のもとへ申し遣はし、京でも大笑ひさせん」と、おもふ外へはあらはせず、「我が娘なが貌(かたちお)も世の人並とて、さる方に申し合わせてつかはし侍る。年だに大方ならば世之介にとらすべきものを」と、心とこころに何事もすまして、その後は、気付けてみるほど黠(こざか)しき事にぞありける。「惣(そう)じて物毎(ものごと)に外(ほか)なる事は頼まれても書く事なかれ」と、めいわくさせられたる法師の申されける。

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入力  螢石
校正  nani
公開サイト 書籍デジタル化委員会
http://www.wao.or.jp/naniuji/
2000/07/14/掲載途中
NO.034
底本 『完訳日本の古典/第五十巻』1986/小学館
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(註)
コード外の文字は[ ]で示し、別字またはカナで表記。
ウムラウト、アクサンなどは省略。