utopia
 








「なぁ、ここすわりぃや〜」
苦手なタイプだと思った。馴れ馴れしくされるのは好きではないのだが、その場の雰囲気に飲まれ、おれは彼の隣りの席に腰を下ろした。
「おれのこと知ってる?」
ランランと輝く目で問いかけられ、おれはしぶしぶ頷いた。
「よかった〜知らん言われたらどうしようか思ったわ〜」
心からホッとしたような様子の彼は、それだけ確認すると、料理の並ぶテーブルへと小走りに駆けて行った。
一体何なんだろう。だいたい、知らないほうがおかしいじゃないか。
代表合宿に参加する選手の名前くらい、他人に関心のないオレでも認知している。
特に、彼は、Jリーグでもトップチームで、現在首位を独走中であるチームの中心選手だ。
半ば無理やり座らされたテーブルには、彼の人柄なのか、にぎやかそうな面々が揃っていた。
オレは、昔から、こういう集団生活が苦手だ。特に、よく知らないヤツらと一緒に過ごすのは、苦痛の何者でもない。
サッカーなんていうチームスポーツを職業にしてこんなこと言うのもおかしいのは承知しているが、苦手なものは苦手。
人よりサッカーが上手かったからプロになったわけで(会社勤めなんて死んでもイヤだった)、所属しているJリーグチームの、戦術もプライベートも全てにおいて個人主義的なところがオレに合っていて、こんなオレでもそこではうまくやっていけた。
しかし、代表チームは違う。
選ばれたものだけが、大切な国際試合の数日前に召集されて、ほとんど拘束された時間を過ごす。リーグ戦がないときには、合宿形式で一週間ほどを一緒に過ごすことになる。
特に、現在の代表監督は、試合中だけでなく、プライベートタイムでもコミュニケーションを求めた。オレがもっとも苦手とする類のものを、選手に強制した。
だから・・・おれは、代表に召集されるのが苦痛だった。それなのに、どういうわけだか監督に気に入られているらしく、たびたび召集がかかった。
サッカー人にとって、もっとも光栄であるべき代表召集を、疎んじているヤツがいるなんて、誰も思っちゃいないだろうな。
合宿に呼ばれても、オレは他の選手とあまりしゃべらないし、話かけられても相槌を打つ程度だった。
それに、このコワモテの顔も幸いして、あまり話しかけてくる選手もいなかった。好奇心で話しかけてくるヤツもいたけれど、話が苦手なオレはうまく相手をすることができないから、数日後にはオレのことを気にかけるヤツもいなくなった。
まぁおれは、代表だといっても、ほとんどが控えだから、戦術に関する会話もしなくてよかったし、出場機会が出来たなら、サッカーで態度を示せばいいと思っていた。
「おまえ、メシ取りに行かへんのか?ごっつうおいしそうなものだらけやで?」
見上げると、大盛りパスタの皿と、大盛りサラダの皿を持った彼が脇に立っている。
「あ、あぁ」
オレが立ち上がると、その皿をテーブルに置き、後をついてきた。
「今度は〜にくニク肉〜っ」
ひとり呟いて、シェフに注文をつけていた。
カチャカチャと食器の当たる音と、楽しそうな会話を聞きながら、おれはテーブルでひたすら目の前の料理に向かっていた。隣りに座るように誘っておいて、彼はオレのことを気にしている様子もなく、同じテーブルの選手との会話と楽しんでいるようだった。
まったくオレとは対照的な性格の持ち主のようだ。そういえば、年上の人からは選手・スタッフも含めてかわいがられているし、年下の選手からは慕われている様子だ。それは、練習中でも、こういうプライベートな時間でも、彼の作り出す場の雰囲気からわかる。
今でもそうだ。自然と流れる会話と、自然に漏れる笑い声。それらは全部オレとは無縁のものだと・・・思っていた。
オレは自分が話をするのは苦手だが、人の話を聞くのは嫌いではない。だいたいいつも、こういう合宿ではスタッフと同じテーブルにつくことが多かったオレは、他チームの内部事情など普段聞くことのできない話題に耳を傾けた。
「で、おまえんとこのチームはどうなん?」
突然会話を振られてドキリとした。周りの選手も驚いている。みんなオレが無口なのを知っているから・・・
「―――よぉわからん・・・」
おれが話するのが苦手な理由のひとつに、標準語がうまく操れないことが挙げられる。
中学生まで育った田舎町も、サッカー留学のためにやってきて以来ずっと住み続けている街も、どっちもかなり特徴のある方言を使う地域だったからなのか、オレの話すアクセントはどうもおかしい。
一度、取材記者にクスリと笑われたことがあり、それ以来、苦手に拍車がかかってしまった。
デカイ図体に怖い顔。そのくせ、他人の態度に敏感だったり、繊細な部分も持っていることを自覚していて、それも恥ずかしかった。そんな自分を見せないようにするには、できるだけコミュニケーションを絶てばいいと気付いてからは、とても楽になっていたのだ。
そして、今も、気の聞いたエピソードの一つも語ることが出来ず、せっかく盛り上がっていた場をしらけさせてしまった。
しかし、そんなオレの答えに、隣りの彼は笑い出した。
「やっぱりおまえはおもろいな〜自分のチームのこともわからんやって!」
何がおかしいのか、笑いが止まらないらしい彼につられて、他の選手も笑い出す。
そして、一段落ついた時に、ある選手が言った。
「まっ、それも『らしさ』なのかもしれないけど。でも、もっと他人に興味持っても言いと思うぜ?そうすれば世界が広がる」
その言葉は、オレの心に深く突き刺さった。








****     ****     ****








それ以来、代表合宿が、さほど苦痛でなくなった。相変わらず、自分から積極的にコミュニケーションを取れないけれど、何かと彼が話しかけてくれる。気がつくと隣りにいるって感じで、ごくごく自然にオレの世界に入り込んでくる。
彼はオレに会話を求めないし、ただ自分が一方的にしゃべっているだけのこの状況をどう思っているのか、一度聞いてみた。他にもたくさん仲のいい選手はいるだろうし、彼の所属チームからは毎回数人の選手が召集されているから、話し相手に事欠くことはないはずだ。
「おまえはちゃんとオレの言うこと聞いてくれてるやろ?だからええねん!」
そう言って、人懐っこい笑顔をオレにくったくなく向ける。
「まぁたまにはそっちから話してくれたらうれしいけどな。もっともっと慣れてからでええで?」
しばし沈黙が続き、おれが「ごめん」と口にすると、彼はうれしそうな顔をする。
「ごめんは違う思うけど?でもおまえの一言ってすごく大事に思えるわ」
意外な返答に驚いた。次の言葉を探している間に、彼の会話が続く。
「おれなんか思ったことポンポン言うからあんまり重みがないねん。けど、おまえってすっごく考えてから口にするやろ?だから・・・オレはおまえの話を聞くのん好きやで?何かみんな無口やっていうけど、それは一生懸命考えてるから、少し返事が遅れるだけなんやな。みんな待てずに次の会話に進むから・・・おまえの持ってるええ話を聞けずにいるんやもんな〜」
オレは・・・ちょっと、いやかなり感動した。今までそんな風にオレのことを思ってくれていた人に出会ったことがなかったから。
そうだ、オレは話をするのがキライなのではなく、苦手なんだ。
うまく話せないから、自分の中に閉じこもっていた。所属チームもJリーグの中では地味なチームだから、サッカー以外で自分を売ることに努力せずにいた。おまけにチーム内での地位にうぬぼれて、取材を断ったりもしていた。それらが余計に、オレの人物像を、無口で人ギライなんていうイメージに作り上げていったんだ。
苦手だということは、本当はうまくヤリたいのにできないから苦手意識となるのであって、最初から興味がなければ、どうでもいいことならば、苦手だなんて思うこともないんだ。
コミュニケーションが苦手。会話が苦手。知らない人が苦手。未知なる世界も苦手。代表合宿が苦手。馴れ馴れしくされるのも苦手。
でも、それらは全部、本当は手に入れたいものなんだ。
「―――ありがとう・・・おれ・・・そんな風に思ってくれててうれしい・・・」
精一杯の気持ちを伝えようと、一生懸命言葉を搾り出すと、彼はオレの背中をポンポン叩いた。
「きっとみんなもわかってくれてるって!ええ人ばっかりやからなっ、この代表のメンバーは。おれもおまえもまだまだ控えで全然イケてへんし、もっともっとがんばろなっ!いつか一緒に世界の舞台でプレーしような!」
前向きな笑顔が眩しかった。
別に呼ばれなくてもいいと思っていた日本代表。
呼ばれるたびに、面倒だと思っていた日本代表。
彼と一緒にプレイできるなら、頑張ってみてもいいかもしれないと、オレは大きく頷いた。








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そんなオレに転機が訪れた。

所属チームのJ2降格。仮にも日本代表に名を連ねたことのあるおれの去就も注目されることとなった。
J2降格は、選手の責任だ。高校を卒業してからずっと世話になっているチーム、どんなに不甲斐ない成績を残しても応援し続けてくれたサポーターを捨ててまで、J1でサッカーをする必要があるのだろうか。
住み慣れた街を離れることにも抵抗があった。
きっと数年前のオレだったら、迷うことなくチームに残っただろう。自分に都合のいい環境で、何ら不自由しない環境で、適当に頑張って、適当にサッカーをしていたかもしれない。
しかし、彼に出会ってしまった今、おれは猛烈に代表でプレーしたいと思っている。彼と一緒に大きな目標に向かって進みたいと思っている。
そして、そんなおれの心を見透かしたように、2つのチームからオファーが届いた。
どちらも優勝を争えるチームだ。特に熱心に誘ってくれたのは、大黒柱だったFWを海外移籍により失い、オレに穴埋め以上の期待をかけ、オレの実力を買ってくれている、優勝を何度も経験しているチームだった。日本代表に名を連ねる、いいパスがどんどんやってきそうなMF。それに、日本を代表するカリスマFWのいるチーム。一緒にプレーするだけで、かなりの収穫がありそうだ。
しかしもうひとつのチームには・・・彼がいた。
一昨年、その何度も優勝を経験したチームから、まだまだ発展途上の若さ溢れる現チームに移籍した彼が・・・・・・
迷い始めたオレの答えを導くかのように鳴ったケータイの着信音。
チームの上層部に説得を促されたのではない、真剣な誘いの言葉。
そして彼は最後に言った。
「おれとサッカーしたら楽しいと思うで?」
この言葉に・・・おれは心を決めた。
言われれば、おれは今までサッカーを楽しんでいなかった。実力以上の期待に潰されそうになりながらのサッカーは苦しかった。特にFWというポジションは、点を取ってナンボの世界だ。どんなにいい動きをしても、まわりの選手のために走りまわっても、なかなか評価はされない。
Jリーグでは所属チームの大黒柱だと言われ、チームスタッフにもサポーターにも多大なる期待をされ、代表ではたとえ数分の出番であろうがゴールを期待される。期待に応えられないと叩かれる。
結果がすべての職業であることは、頭では理解していても、やはり心苦しかった。
そんなことのために、おれはサッカーを始めたんだろうか?
人からは好きなことが職業で羨ましがられるが、そうでないこともわかった。趣味は趣味の範囲を超えないほうがいい。まぁオレにはこれしかできることがなかったから仕方がないと言えば仕方がないのだが・・・・・・
そんなサッカー人生の転換期が今なのかもしれない。
楽しいサッカー・・・そんな夢のような話が・・・実現するのかもしれない。
おれは、移籍を決めた。
そして今・・・サッカーが楽しくて仕方がない。
彼と一緒にプレーするチャンスを与えてくれた神様に感謝したいくらいだ。
相変わらず彼は、オレのそばにいる。たくさんの話を聞かせてくれて、おれのゆっくりした答えを待ってくれる。
先日の日本代表戦。オレが直前のケガで辞退すると、彼が代わりに召集され、途中出場ながらもとてもいい動きをし、評価も上がった。
遅れをとったオレが今度は彼を追いかける番だ。
いつか一緒にジャパンブルーのユニフォームを身にまとい、フィールドを駆けるまで・・・・・・






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