ありえない
 








(あいつ、ほんっとムカつくんだよな)
立ち上がり、管理職に意見を述べるその姿を横目でチラリと見やり、頬杖をついてプイッと反対を向いた。
先ほどまで真っ青だった空には灰色の雲が広がっていて、今にも一雨きそうだ。
(あ〜もう早く帰りたいな)
今日は職員会議のため、クラブ活動も休止されているから、会議が終われば帰宅できる。
(ふとん干したままだっつうの)
天気予報では夜間に雨が降るといっていた。
朝は快晴だったし、降るまでに帰宅できるだろうと見込んで、布団を干してきたのだ。
今日の議題は少なかった。
試験も終わり、後は夏休みを待つだけ。
その夏休みの指導について管理職から注意があり、いつもの半分程度の時間で終わるはずだった。
あいつが手を上げるまでは。
「だから山木先生、その話はここでしなくても・・・」
「いえ、ここで全職員に問題提議をして考えていかないと。何のための職員会議ですか!」
(熱い・・・熱すぎる・・・・・・)
飯塚はひっそりため息をつく。
この学校で教鞭ととるようになってから7年。
毎年入ってくる新採教師のことを考えるとすでに中堅の域らしい。
というか、教師になると、ベテランも新採も関係なく、ひとりの教師として扱われ、生徒や保護者と接していかなければならない。
普通の会社のように、先輩について学ぶとか指導を受けるとか、そういう期間は一切ない。
特に飯塚の担当する体育科は教員数も少ない。
加えて学校のカラーなのか、個人主義な教師が多く、教師間での交流もほぼ皆無だった。
この学校では職員室という名の部屋はなく、教科ごとに職員控室がある。
学年間のつながりよりも、教科間のつながりを大切にすることで、教科研究の質が上がり、それが生徒にも還元できるという考えらしい。
クラス担任同士の学年会議は開いたスペースでもたれるのが常識。
どの学校でも職員会議は週に一度のペースだが、ここでは月に二度。
さほど問題のある生徒もおらず、飯塚は結構働きやすい環境ではないかと思っている。
山木は飯塚より3つ下の英語教師だ。
第一印象から気に入らなかった。
スラリと背が高く、物腰はスマート。
サラサラの黒髪と涼しげな目元のメガネは知的な雰囲気を醸し出していた。
幼少の頃から海外を転々とし、英語はネイティブ並み。
飯塚の憧れる男性像の要素を全て持っている男だった。
飯塚といえば。
中学から大学までずっとラグビー部。
がっしり体型で腕も太けりゃ首も太い。いわゆるゴツイ体型である。
髪を短く刈っているのは実は酷い天然パーマを隠すためだ。
体育教師でラグビー部顧問。
近寄っただけで汗臭い印象を他人にもたれてしまう。
顔はさほど悪くないと思うのだが、今までモテたためしがない。
同じ体育会系でもサッカー部はモテていた。
いや、同じラグビー部でも、ポジションがバックスの選手は意外にスマートでモテていた。
ということは、飯塚自身の問題なのだろうか。
そこはあまり深く考えたくないところだ。
とにかく、山木は飯塚とは正反対で、飯塚にないものを全て持っている男だったのだ。
山木は生徒にも人気がある。
クールそうに見える外見とは裏腹に、結構熱い男なのだ。
その熱さ加減が、また生徒にちょうどいいくらいの熱さらしい。
逆に、飯塚は体育会系に多い熱い教師だと思われがちだが、実はそうではない。
面倒くさがりだし、給料分くらいの働きしかしたくない。
ちょっとした進学校だから、体育の授業は身体を動かす程度だし、ラグビー部はあるけれど、強豪でもない。
生徒たちはそれなりに一生懸命だが、飯塚はかなり冷め気味だった。
それは今に始まったことではなく、中学生の頃からだ。
チームプレイ競技であるから、周りに合わせて適度に熱い男を演じ、内心ではかなり冷めていた。
楽なことばかり考えて、こっそり手を抜いていた。
もともと要領が良かったものだから、バレずに選手生活を続けてこれたのだ。
教職についても根本は変わらず、しかし生徒にはそういう飯塚の姑息さが知らずに伝わるのか、人気はいまいちだった。
またそれが飯塚の山木に対する感情を逆撫でするのだ。
ただひとつ、山木の熱さが管理職特に副校長の受けが悪いことにほくそ笑んでいた。
今日もあの有様である。
(ほら、頑張れ、中西副校長!)
心の中で応援する。
とにかく飯塚は早く帰宅したいのだ。
「まぁまぁふたりとも。その件に関しては次回の議題にすることにして・・・」
ニコニコしながら校長の池上がふたりの間に割って入る。
「しかし校長、当事者だけが事実を知っても・・・」
「飯塚先生、ですから正式に議題として次回提案しましょう」
「・・・・・・わかりました」
校長に諭されて、山木は席につき、会議は終了した。







***   ***   ***







「ほんとオマエのこと、気に食わなかったんだけどな」
寝返りを打つと腰に響く。
(好き勝手しやがって)
心の中で悪態をつくけれど、実際のところは嫌じゃなかったりする。
「で、今は?」
シーツの中、後ろから抱きしめられ、耳元で甘く囁かれると、ゾクリと身体がざわめいた。
聞くのも鬱陶しかった声に甘さを感じるようになったのはいつからだろう。
「くっつくなって!」
前に回された腕を振り払い、横たわる山木から少し距離を置こうとしたけれど、その分だけ擦り寄られてしつこく抱きしめられる。
「で、答えは?」
振り向かなくてもわかる。
山木はおそらくイジワルな笑みを浮かべているはず。
すべてお見通しなのだ。
飯塚が山木を愛していて、でも恥ずかしくて口にできないことを。
山木の細くしなやかな指が飯塚の節くれ立った指に絡まり、撫でるように触れてくる。
こんな関係になったとき、飯塚はまさか自分が抱かれるほうになるとは思ってもみなかった。
ごつい体育会系のラガーマンと、スマートな帰国子女。
押し倒されたときにはかなり驚いた。
しかしさらに驚いたのは、自分が受身を厭うことなく、もっと言えば気持ちよく受け入れてしまったことだった。
並んでみると山木のほうが少しばかり身長が高い。
男性にしてはスマートだと思っていた身体は、脱ぐと綺麗な筋肉に覆われていて、無駄がなかった。
教師になってから運動不足の飯塚よりも力は強く、のしかかられた自分が小さく思えたくらいだ。
実は小学生の頃から今までフットサルを続けていて、休日には汗を流していること、平日にも定期的にジムに通っているのだと知ったのは深い仲になってからだが。
男女どちらもイケるがどちらかといえば同性のほうがいいと言っていた山木は、言葉通りセックスに長けていて、同性とは初体験の飯塚を驚くほどの快感へと導いた。








『飯塚先生、ここは・・・どうですか?』
『やっ、ア・・・アッ、あ・・・・・・』
『カワイイ声ですね』
『か、かわいくなん・・・アッ、ソコだめ・・・やぁ・・・・・・』








AV並みの自分の声に驚いたが止められなかった。
太くて硬いもので初めて擦られた器官は、多少の痛みよりも快感が勝ち、飯塚に恥ずかしい声を容赦なく上げさせた。
今でもセックスの後は後悔することもしばしば。
自分が快感に弱いのか、それとも山木のテクが長けているのか、いろいろ思い悩んでしまう。
「知ってましたよ。飯塚先生がおれのことを嫌っていたの」
少し淋しげな声音に何も言い返せなくなる。
本当に気に入らないヤツだったのだ。
あのときだってはっきり言ってやった。
だからこうやって肌を重ねているのが嘘のようだ。
ギュッと抱きしめられる。
こめられた腕の強さは、普段見ることのない山木の弱さの表れのように思え、飯塚はその腕の中でじっとぬくもりを感じていた。










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