beloved




「ここ、成瀬の部屋。好きに使っていいから」
いつの間に整理整頓したのだろうか。物置だった部屋がきれいに片付けられ、家具まで備え付けてある。
「ここ・・・使っていいのか?」
片岡のベッドルームの隣室にあたる8畳ほどの洋室には、作り付けの壁一面のクローゼット。窓側には大きなライティングデスクが置かれていた。
「他にいるものはこれから揃えていけばいいから。クローゼットは本棚の代わりにもなるから」
言われて扉を開けると、半分は衣服の収納、半分は作り付けの棚のようになっていた。
片岡の、身の回りのものだけ持ってくればいいという言葉通り、おれの荷物はダンボール5つ。衣類と、本やCDなど趣味の小物だけである。
「この部屋はさ、叔父が生きてるころのおれの部屋だったんだ。その机も叔父が買ってくれたもの。捨てずに置いておいてよかったよ」
つい先日、片岡が叔父さんにかわいがられていたいきさつを知ったおれの心がキュンと痛む。自分よりデキのいい双子の兄と比べられ、両親とうまくいっていなかった片岡は、きっとこの部屋でたくさんの時間を過ごしたんだろう。
「ほんと自分の家のように入り浸ってたからな。ここに」
ダンボールを開けながら、片岡はしんみりと語った。
「で、でもこれからはおれと一緒じゃん!毎日楽しくなるんじゃないの?」
いろんなもやもやを吹き飛ばすかのように明るく答えると、片岡は「そうだな」って笑った。



そう、今日からはふたりで同じ時間を過ごすんだ・・・



軽井沢で気持ちを確かめ合って、おれもおれのとるべき道を見つけることができた。そして、その時がくるまでは、目いっぱいふたりの生活を楽しむことに決めたんだ。湿っぽい話ばかりじゃつまらない。
「なあ・・・おれ、さっきから気になってたんだけど・・・ここ洋室じゃん?ベッドがないけど布団で寝るのか?」
部屋に入って何かが足りないと思ったら、ベッドがないのだ。大きいデスクがあるのみで。
「おれの部屋にあるじゃんか。でっかいのが」
「は、は?」
片岡は何事もないように、ダンボールからおれの洋服を取り出してクローゼットに収納している。
「い、一緒に寝るのか?」
「当たり前じゃん。一緒に暮らすのにどうして別々に寝る必要があるんだ?」
立ち竦むおれを見上げたその目は、からかっている様子もなく真剣そのものだ。
「あんたとおれが?」
「ほかに誰がいるんだ?」
「ね、寝る?」
「今に始まったことじゃないだろ?」
「そ、そりゃそうだけど・・・毎晩?」
その言葉に片岡がクスリと笑った。
「一緒に寝たからって毎晩ヤルわけないだろうが。まぁおまえが希望するなら願ったり叶ったりだけどな」
「ば、ば、ばか言うなっ!」
怒鳴りつけると、中途半端に開けておいたダンボールから小物を取り出し、デスクの引き出しに収納していく。
片岡のこういう本気か冗談かわからない言葉におれはからっきし弱い。何て返せばいいかわからなくなる。



もう帰らなくていいんだ・・・


ヤルことヤッた後も、あのぬくもりを手放さなくていいんだ・・・



いらぬことを考えたためか胸が熱くなり、そんな不埒な思いを振り払うようにおれは慌てて手を動かした。
背後から肩を抱かれておれは声を上げた。何だか、心を見透かされたようで恥ずかしい。
「仕事やら学校やらで忙しくなるけど、家にいるときくらいは一緒にいたいじゃん?」
おれの肩にあごを乗せ、頬をすり寄せる片岡のほうに顔を向けると、くちびるの端にちゅっと小さなキスをされた。
「ようこそ、亮。もう絶対離さないから・・・覚悟しとけよな」
「おれこそ、よろしく・・・」
後ろから抱きしめられて顔が見えなくてよかったと、おれは片岡の手に手を重ねて思った。

 

                                                                       









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