年越し〜片岡と成瀬の場合〜



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もしかして初めてなんじゃないか・・・?
隣りの男は、紅白を見ながらみかんの白い筋を懸命に取っている。
こたつでみかん、という定番のスタイルにご満悦の様子だ。
大晦日の夜。
日頃使用していない和室は落ち着かなくて、おれはなんだかそわそわしていた。
片岡と暮らし始めて2年半と少し。
片岡のマンションはかなり広く、おれも自室を与えてもらっている。
広いリビングダイニングとバルコニー。片岡の書斎とおれの部屋。そしてこの和室。
家にいるときのほとんどをリビングで過ごすから、この部屋はほとんど使われることはない。
玄関を入ってすぐという場所柄、おそらく客間なのだろうが、この家にはそんな畏まった客が訪れることはない。
一緒に暮らし始めて1年目の大晦日は、カウントダウンイベントに出かけた。
2年目の昨年は、おれの実家で弟たちと年を越した。
片岡と二ノ宮も一緒の賑やかな年越しとなった。
そして今年。
どこかの温泉地でゆっくりしようかと計画はしていたのだが、片岡は風邪で倒れた同僚の代理で研修に参加、おれも同じく風邪で倒れたバイト仲間の代理でかなりキツイシフトを強いられ、なんだかんだとあわただしく今日を迎えてしまったのだった。
月並みどおりの大晦日を過ごすのも悪くなく、朝からかなり細かいところまで掃除をし、ランチがてらに買い物をすませた。
料理は得意だが、さすがに手製のおせちを作る時間はなく、かといって留守にする予定だったからどこかの店で予約注文をしているでもなく、急遽二ノ宮家が懇意にしているという小料理屋で、ふたり分の正月料理をお重につめてもらった。
それを受け取りにいって、さぁゆっくりしようとしたときに、片岡が言い出したのだ。
こたつが欲しいと。
この家に出入りするようになってからおれはずっと疑問に思っていたのだが、冬の代名詞でもあるこたつをこの家で見たことがなかった。
リビングにはいかにも高級そうなソファがデンと置かれているし、部屋自体がスタイリッシュにお洒落なのだから、似合わないといっちゃあ似合わない。
そのうち冬になってこたつが出てこなくても、疑問に思いこそすれ納得するようになっていた。
それに暖かな床暖房とエアコンで適温に常時保たれている部屋に必要性も感じなくなっていた。
だから、片岡の突然の言葉には驚いた。
『このウチこたつあるのかよ』
『ないから欲しいといってるんだ』
『欲しいって・・・』
『行くぞ』
そういって片岡はどこかに電話をかけたのだ。
こういう片岡の唐突さにはすっかり慣れてしまっているおれは苦笑してため息をつくしかなかった。
電話の先はまたもや二ノ宮だったらしく、数分後に彼は軽トラに乗ってやってきた。
片岡の愛車にはこたつを買っても乗せることはできない。
かといってこのくそ忙しい日に当日配達してくれる店なんてなりだろう。
すでに夕方なのだから。
相変わらず二ノ宮の交友関係は広いなと感心する。
聞けばこの軽トラも知り合いから借りてきてくれたらしいのだが、いったいどういう知り合いなのかは聞かずにおいた。
そのままおれたちは近くのホームセンターに向かい、片岡ご希望のコタツとコタツカバーなど一式を購入。
その上こたつにはみかんだろうとスーパーでみかんを箱買いしたのだった。
帰宅してこたつをセッティングするにあたり、最初はリビングに置くつもりだった。
しかし、そのためには巨大ソファを退ける必要があり、せっかく新調したソファカバーがもったいない。
どうしようかと思案していると、二ノ宮が、それなら向こうの和室にすれば、と提案したのだ。
ほとんど使用していないが、客が泊まれるようにと、テレビも設置してあるし不便はない。
8畳ある和室にコタツを置いて、腹が空いたと悲鳴を上げた二ノ宮に、せめてものお礼にと鍋をふるまった。
二人分しか用意していなかった具材は、おそろしい早さで二ノ宮の腹の中に収まっていったが、おせち料理の件といいコタツの件といい、世話になったのだから文句のひとつもいえず、おれはひたすら鍋奉行に徹した。
酒が入ってほろ酔いの二ノ宮が泊まると言い出したのを、強引にタクシーに押し込んだのは片岡だ。
後片付けをし、順番に風呂もすませて、そして今、コタツで寛いでいる。
(今年も平穏無事な1年だったなぁ・・・)
大学に通ってバイトをして家事をして。
強引なアプローチを受け入れて付き合うようになって3年半と少し。一緒に暮らし始めて2年半と少し。
だけども飽きることもなく、いや恥ずかしいほどに甘い生活を送っている。
一緒にいる時間をできるだけとっているし、毎日一緒にベッドに入っている。
たまに些細なことで言い争うこともあるけれど、最後はうまく丸め込まれてしまう。
だけどそれは片岡が我を通すというわけではなく、ちゃんとおれのことも考えてくれているし、片岡に甘やかされているという自覚もある。
卒業して直接的に教師と生徒の関係ではなくなったものの、男同士ということは永遠に変わらない。
もしバレたら・・・このまま一緒に暮らしていくことは困難かもしれないと、おれは思っている。
だから、こうやって無事1年を過ごすことができたことに、とても感謝しているのだ。
あの頃よりもどんどん好きになってる気がする。
一緒に暮らしたら、お互いのアラも見えて、もしかすると気持ちが冷めるかもしれないとか、大喧嘩して別れてしまうかもしれないとか、いろいろ考えてはいたけれども、そんな心配は無用だった。
むしろ知らなかった部分を見ることは新鮮で、毎日が楽しかった。
朝のコーヒーはブラックで、夜のコーヒーは砂糖は入れずにミルクが多めだとか、トイレットペーパーはダブルでないと嫌だとか、そういう些細なことにこだわる片岡をかわいいと思ったし、些細なことだからこそもっともっと知りたいと思った。
そして知れば知るほど好きになって、もうおれにはこの人しかいないと思ってしまうくらいだ。
自分がこんなに恋愛にのめりこむタイプだとは思ってもみなかった。何事にも執着しないタイプだし、こと人付き合いに関してはドライだと思っていたのに。
信じられないくらいに片岡が好きだから。
このままずっと一緒に暮らしてゆきたい、そう願わずにはいられない。
「どうした・・・?」
はっと気がつくと、片岡がおれをじっと見つめていた。
どうやら考え事をしながら片岡を見ていたらしい。
おれは片岡の視線に弱い。心の中を見透かされるような気がするのだ。
「あ、べ、別に」
「そうか?はい、これ」
綺麗に剥かれたみかんを差し出され、受け取った。
「あんた、マメだよなぁ」
受け取ったみかんには白い筋がひとつもなくつるんつるんだ。
「筋にも栄養あるんだぞ。食物繊維が―――」
「はいはいもう聞き飽きたそれは。たとえ栄養があっても舌触りが悪いし、おれはイヤなんだ」
それなら自分の食べる分だけ綺麗にすればいいのに、と言いかけてやめた。
どうやらこの作業自体が好きらしいのだ。
同じように栗の皮を剥くのも好きなようで、甘栗など買ってこようものなら、自分は食べないくせにどんどん剥いてしまう。
おれ的には楽ができて嬉しいんだけど。
それに、片岡の手の温もりで少し生暖かいみかんを一粒口に含むと、実は尽くされてる感でいっぱいになったりするのだ。
「で?」
「でっ、って・・・」
「何考えてたんだよ、さっき」
やっぱり誤魔化されてはくれない。
(んなもん、片岡のこと考えてたなんて言えるかよ!)
「たいしたことじゃないんだけど、あんたとここで年越しするのって初めてだよなって」
正直に答えるのはあまりに恥ずかしくて、おれは思っていたことのひとつを適当に答えた。
「あ〜そうだっけな。そういやそうだな。初めてだな、ふたりっきりは」
「ここで歳越すのがなっ」
変にふたりっきりの部分を強調されて、おれは慌てて言い直した。
いまだにそういうのを言葉にされると、おれは照れくさくて仕方がないのだ。
たとえ片岡がおれを揶揄うためにわさとそういうことを口にするってわかっていても。
おれは手にしているみかんをパクパクとほお張った。
片岡はそんなおれを見てふっと笑うと、テレビに目をやった。
ゆったりとした時間が過ぎてゆく。
ここはマンションの最上階だから、外の喧騒は全く聞こえない。
今頃の時間、実家だと近くの神社に初詣に出かける近所の人たちの声で賑やかしいのに。
聞こえるのはテレビから聞こえる歌声だけだ。しかもしっとりした演歌。
いつも話をしているわけじゃないから、こんな静かな時間にも慣れているはずなのに、どうしてだか今日はなんだかそわそわしてしまう。
やっぱり年越しって人間にとって特別なイベントなんだろうか。
だから世の中の人は、恋人や家族など、大切な人と一緒にその瞬間を迎えたいと思うのだろうか。
ぬくぬくとしたコタツにおいしいみかん。純愛を謳う演歌歌手。
そして隣りにはとても大切な人。
(シアワセ・・・なんだろうな)
そう思った。
この瞬間、きっと泣いている人もいるだろうし、何かを諦めかけている人もいるだろう。
絶望を感じている人も、どうしようもない悲しみを背負っている人も、きっといるだろう。
だからきっとおれはシアワセなのだ。
愛し愛される人と共に1年を終え、そしてまた新しい1年を共に始めることができるのだから。

                                                                       





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