恋の予感・・・?







手にはケーキの箱。
しかも中身はこの界隈で高級店と言われている店の期間限定スイーツだ。
だけど行き先はいつもと同じ。





ピンポーン。





時代遅れともいえるインターホンを鳴らせば、板の廊下を走るパタパタという音が聞こえた。
「はいっ、あれ?いらっしゃい、圭さん」
「よぉ」
訪ね先は、おれの親友である成瀬の家。
そして応対に出てきたのは、その成瀬のすぐ下の弟、康介だ。
「成瀬、いる?」
「今日はバイト休みだから先生に勉強見てもらうんだって、出かけちゃったんです」
問いかけに康介は申し訳なさそうに答えた。





出かけた???
先生に勉強見てもらう???
ウソつけ!尤もらしい理由をつけやがって!イチャイチャしにいったんだろう???





「あ、あの・・・圭さん・・・?」
「あ、あぁゴメンゴメン。そうか、成瀬留守なのかぁ」
何でもなかったように笑顔を作ると、康介はほっとしたように、つられて笑顔を見せた。
「亮にいいないけど、よかったら上がってってください。先生からおいしいコーヒーをいただいたんです。ちゃんとドリップしますから、是非飲んでってください」
おれは素直に好意を受け入れた。
おれの18歳の誕生日の始まりだ。








*****   *****   *****








成瀬の家は、築30年は経っていようかという古い貸家だ。
しかし住人の性格だろうか、隅々まできちんと手入れされていて、逆に懐かしい居心地のよさを感じる空間を作り出しているから、おれもしばしばここを訪れた。
そしてキッチン・・・とは言いがたい台所に隣接した和室におれはどっかり腰を下ろす。
ほとんどが洋室でリビングでもソファに腰掛けるおれの家とは違って、畳敷きのこの部屋はおれのお気に入りだ。
台所からはコーヒーのいい香り。
少し違和感があるのは、この家がいつもより静かなせいだろうか。
「康介、ほかの弟たちは?」
「純平はクラブの試合で、陸は昨日から寝込んでるんです」
「陸が・・・?風邪かなんかか?」
「そんな感じなかぁ。よくわかんないんですけど」
「そっか・・・」
おれはゴロリと畳の上に寝転んだ。








成瀬家は現在のところ兄弟4人暮らしだ。
長男の成瀬がおれと同級で高3、その下の康介が中3、純平が中1、そして末っ子の陸はたしか小学3年だったか。
母親は長期海外出張中。父親は成瀬が小さいころに亡くなったらしい。
決して裕福とは言えない成瀬家だが、みんな明るく楽しく暮らしている。
そんな成瀬とは高校生活が始まってすぐに知り合った。
おれたちの通う明倫館はいわゆる金持ちの子息が通うお坊ちゃま学校で、正直なところおれの家もかなり裕福なほうだ。
そんな高校にどうして成瀬が入学してきたかというと、豊富な奨学金制度を利用したようだった。
だから成績は抜群によかったし、ルックスもスマートで、寄付金の力で学校に居続けるような品のない奴らよりも、明倫館の生徒っぽかった。
ただ、いつもおれたちと一線を引いていて、いつもひとりでいる、そういうやつだった。
頑なに何を守っているような、自ら殻をかぶっているような、そんな成瀬を最初は見ているだけだったが、選択科目で隣の席になり、ぽつぽつと話をするようになり、いつの間にか2人でいるようになった。
成瀬は自分の家庭の事情を隠さなかったし、おれもそれに対して気を遣おうとも思っていなかったことが幸いしたのかもしれない。
今では親友のポジションにどっかり居座っている、そんな感じだ。。
そんな成瀬に、数ヶ月前に恋人ができた。
しかもその相手は、男で、明倫館の数学教師で、おれの従兄ときたもんだ。
従兄である峻の成瀬への気持ちにはずいぶん前から気づいていたし、どんどん峻に傾いてゆく成瀬の気持ちもそばにいて手に取るようにわかったから、おれはふたりをくっつけるのに一役買ってやった。
晴れて恋人同士になったふたりは、同性同士であること、教師と生徒であること、そんな問題を自分たちでうまく消化しながら、ラブラブな毎日を送っているようで・・・
それが羨ましくもあり、妬けるようでもある、複雑な気持ちのおれなのである。








「あ〜」
不気味なシミ模様の天井を見上げてため息をつく。
しつこいようだが今日はおれの誕生日だ。
盛大な誕生パーティーを開いてほしいとかそんなこどもじみた希望はないけれど、やっぱり誰かにおめでとうといってほしいものだ。
あいにく両親は数日前から旅行に出かけていて、気がつけばここに足が向いていた。
いつもにぎやかで笑い声の耐えないここなら、「今日はおれの誕生日だ。祝いやがれ!」って言っても笑いながら受け入れてもらえそうだったから。
だから電車で30分もかけてデパートに赴き、開店と同時に限定スイーツを手に入れてきたのだ。
わざわざ自分の誕生日に。
なのに来てみたら、肝心の成瀬は従兄どのとイチャイチャだ???
どうりで峻のケータイの電源が切れていたはずだ。
邪魔するなってことかよ・・・・・・
言っておくが、おれは峻にも成瀬にも今は恋愛感情を持ち合わせてはいない。
その昔、峻に憧れに似た感情を持ったことがあるのは否めないし、成瀬を初めて見たとき少しばかりときめていしまったことも嘘じゃないけれど。
おれはどうやら貞操観念が薄いほうらしく、恋愛抜きで誰とでも寝ることができるし、それに罪悪感を持ったこともない。
ちょっといいなって思ったらすぐにアプローチをかけるし、誘われたら生理的嫌悪感がない限りはその誘いに乗る。
男でも女でもどちらもでイケるが、どちらかというと男のほうが身体の反応がいい。
男相手だと抱かれるほうになるわけだが、そのほうが楽だし、女の場合もリードしてくれる年上女性を相手にすることが多かった。
だから、セックスに関しては経験豊富だし、その人数も両手じゃ足りないのは確実だ。
そこに恋愛感情がなくても楽しければそれでいい、気持ちよければそれでいい、セックスしているときは相手のことを愛しく思うこともあるし、そうじゃなきゃセックスできないし。
同じような考えを持つ人間は結構いるらしく、おれは相手に不自由したことがなかった。
そういう相手に限って結構マメな性格の輩が多いのか、いわゆる恋人同士のイベントといわれる日に、ひとりでいることなんてなかった気がする。
さすがのおれも中学まではおとなしくホームパーティーで祝われてやっていたが、2年前の高1の誕生日は、親がいくつも会社を経営しているという大学生と、ホテルのイタリアンレストランでディナーを堪能した後、そのままスイートで朝まで過ごした。
昨年は結構名の知れたベンチャー企業の取締役だというかなり年上の男と、そいつの所有するクルーザーでクルージングを楽しんだ後、これまたそいつのマンションで朝まで過ごした。
どちらもおれに誕生日だからと高価なプレゼントを用意し、その代償のようにおれの身体を思う存分楽しんだようだ。
もちろんおれも楽しませてもらったし、ギブアンドテイクということなんだろうけど。
それなのに今年、おれの目に映るのは、豪華なディナーでも美しい夜景でもなく、シミのついた古い天井。
有名パテシィエ作成の予約限定バースデーケーキでもなく、自分で買ってきたショートケーキ。
その辺のありきたりのケーキではなく、高級洋菓子店の限定スイーツってところがおれの最後の意地みたいで悲しい。
おれもその気になれば、今日の誕生日を一緒に過ごす相手くらいすぐに見つけられるだろうし、その自信もある。
豪華なプレゼントをもらい、セックスをする、そんなお決まりのコースを過ごす相手なんて電話一本でゲットすることだってできるのだ。
だけどそうしないのは、そうしなかったのは・・・
その気にならなかった、ただそれだけのことだ。
丸2年もずっと心の奥に秘めていた峻の気持ちを煽りたて、揺れ動く成瀬の心を後押ししているうちに、おれはまるで自分が真剣に恋愛しているような、そんな気分になっていた。
些細なことに悩んだり、素直になれずに悶々と時間を過ごしたり、以前のおれなら『バカじゃねえの』と鼻で笑っていた出来事をすぐそばで見せつけられたのだ。
じれったくて何度口を挟んだことか。
そんなふたりが晴れて思いを通わせて、はや数ヶ月。
思い起こせばあんなにお盛んだったおれの自由恋愛はなりをひそめ、そんな気持ちすら起こらなくなっていた。
誘われて気が向けば一晩過ごすことはあるけれど、その回数は以前の比ではない。
そのかわり、なかなか時間を作れないふたりのため、成瀬の変わりに弟たちの面倒を見にここに来る回数が増えていた。面倒を見るといっても一切の家事ができないおれは、勉強を見てやったり話し相手をしてやったり、一緒に遊んでやったり、その程度のことしか出来ないけれど。
それでも成瀬の弟たちはおれに懐いてくれたし、おれも結構その状況を楽しんでいた。
だから、今日、自然とここに足が向いたのだろう。
くどいようだがふたりには一切特別な感情はない。
このところの趣味は、峻や成瀬をからかうことなのだから。
だけど、こうやってやってきたのに、この時間でさえふたりがイチャイチャしているのは面白くなく・・・
う〜ん複雑な気持ちなのだ。
羨ましいような・・・除けモノにされたような・・・どうにもすっきりしない。








「お待たせしてごめんなさい・・・圭さん・・・?」
「あっ、ごめんごめん。うわ〜いい香りだなぁ」
おれは起き上がるとカップを鼻先に運び、その香りを楽しんだ。
康介が嬉しそうに自分のカップにミルクと砂糖を入れるのを、おれは眺めていた。
「あ、そうだ。ケーキ買ってきたから。それ食べよう。悪いけど、お皿出してくれる?」
「それはいいけど・・・珍しいよね、圭さんがケーキ持ってくるなんて。たしか甘いの苦手なんじゃなかったっけ?」
「いいのいいの。食べられないわけじゃないんだから。イベントの日のケーキはト・ク・ベ・ツ!」
「イベントって・・・今日は別に・・・あっ、もしかして・・・圭さんの誕生日・・・とか?」
おれはこの察しのいい康介が大好きだ。顔もおれの好みだし・・・
ダメダメ!そんなことになったら成瀬のヤツに殺されるな。
その前におれが康介に抱かれるのか・・・?
―――違う・・・違う気がする・・・・・・

「さっすが康介。そうなんだ、今日はおれの誕生日。寂しいおれのために、祝ってくれよ〜」
情けなさそうな声音でそういうと、康介はくすくすと笑いながらもお皿とフォークを準備してくれた。
「もっと早く言ってくれたら、お誕生会の準備したのに・・・今日はぼくしかいなくて」「いいっていいって!おれは康介だけで十分」
「でも肝心の亮兄ちゃんもいないし、それにプレゼントだって」
「バカ!プレゼントもらいにきたわけじゃないぞ?そんなのはいいから、とにかくおめでとうって言ってくれよ」
「うん、圭さん、お誕生日おめでとう」
「ありがと〜康介はいつでも素直でかわいいなぁ。ほら、このケーキ、限定スイーツだから食え食え!」
康介の言葉には心がこもっていて、おれをいい気分にさせてくれた。
ケーキを食べながら、来年明倫館を受験するという康介と受験のことや学校のことなどたわいのない話で時間を過ごした。
康介が2杯目のコーヒーを淹れに台所に立った時だった。
「康介にいちゃ〜ん・・・ノドがかわいちゃった――あっ、圭ちゃん!!!」
パジャマ姿の陸がパタパタと走ってきておれの背中に抱きついてくる。
「お〜陸、大丈夫なのか?しんどくないか?」
「うんっ、もうぜんぜん平気だよ。それより圭ちゃん来てるんなら教えてくれなくちゃ!」
「はい、圭さん―――あっ、陸っ、まだ寝てなくちゃダメだろ?」
「もう普通だもん!平気だもん!あっ、ケーキ!」
おれの背中越しにそれを見つけた陸がひときわ大きな声をあげた。
「圭さんが持ってきてくれたんだよ?今日は圭さんのお誕生日なんだって」
「そうなの?」
「そうそう。だからみんなに祝ってもらおうと思ってさ。ほら、陸も座りな」
ぽんぽんと身体をたたいて促すと、陸はおれの隣にちょこんと腰を下ろした。
「陸はカフェオレでいいね。ちょっと待っててよ」
康介が再び台所に戻っていった。
「圭ちゃん、何歳になったの?」
「おれ?おれは成瀬と一緒だから18歳だな」
「でもろうそくがないよ?」
「カットケーキを買ってきたからな。それにこの大きさじゃ18本もろうそく立たないだろ」
「プレゼントもない・・・」
「バカ、気にすんなって。この歳になったらそんなもんいらないんだって」
「でもっ、でも亮にいちゃんはいつも喜ぶよ?すごく嬉しいってニコニコ笑ってくれるもん!お誕生日にプレゼントがないなんて圭ちゃんかわいそう・・・あっ!」
陸はスクリと立ち上がるとバタバタと音を立てながら2階の部屋に戻っていくと、今度はドタドタと階段を降りてきて、疾風のように玄関を飛び出していった。
「おい、こら、陸っ!」
康介が制止する暇もないくらいの早業だった。
「圭さん、陸・・・」
「なんだ、ありゃ・・・?追いかけるか?」
どうしようかとふたりで思案しているうちに、玄関のドアが開く音がした。
「圭ちゃん、お誕生日おめでとう」
はあはあと息を切らせながら差し出されたのは、真っ白な小さな花束。
「あのね、お向かいの中嶋さんのお庭に咲いてるの、お願いして貰ってきたんだ。昨日テレビでお花ってもらうと嬉しいものナンバーワンだって言ってたから・・・」
「それって女性が男性にもらうプレゼントランキングじゃなかったっけ・・・」
そんな康介の呟きが聞こえて笑いそうになったが、それ以上にこみ上げてくるものがあった。
庭先から摘まれたばかりの切花。
豪華なラッピングが施されているわけもなく、古新聞でくるりと巻かれただけ。
だけど、今まで貰ったどんな高価なプレゼントよりも、それは輝いてみえた。
見返りなんて何もなく、純粋な陸の気持ちだけがこめられたプレゼント。
おれは嬉しさで胸いっぱいになった。
おれはもらった小さな花束を覗き込んだ。
「うん、すごく綺麗だ。まだ生きてるって感じ?ありがとう、陸。すっごく嬉しいよ」
「貰ったものでごめんね。いつかぼくがぼくのお金で圭ちゃんにちゃんとプレゼントするから」
それって小学校3年生のいう台詞か?
そしてそんな小学校3年生の言葉に、おれはガラにもなく照れてしまった。
こいつってもしかして・・・天性のタラシ・・・?
おれは膝を折り陸の目線に合わせると、陸の両腕がおれの首に巻きついてきた。
「だから・・・それまで待っててね」
小さく囁かれた言葉への返事の変わりに、まだ小さな身体をギュッと抱き締めた。
ありったけのありがとうの気持ちを込めて。




おわり




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