エイゴ様よりいただきもの。
なんだよ、甘いぞゴルァ(*^o^*)




風呂上り。
ベッドの上で参考書に鉛筆を走らせる。
時間外勤務だと言いたいところだが、今日のところは仕方がない。
早く帰宅したくて、質問に来た生徒を断ったのは自分なのだから。
どうやらその生徒は片岡に何らかの感情を抱いているらしく、片岡がひとりの時を狙ってはやってくる。
小柄で可愛らしい顔立ちのこの生徒は、授業中に目が合うと真っ赤になって俯いてしまうほど純情だ。
おそらくはかなりの勇気を持って質問にやってくるのだろうと思うと、さすがの片岡も嫌な顔はできない。
世間話をするわけでもなく、数学に関しての質問という真っ当な理由でやってくるのだから、無下に断ることもできず、放課後のんびりした時間を割かれることがしばしばあった。
男子校だからか、もともとそういう雰囲気を漂わせる校風だからか、片岡が在学中も、教師として勤務してからも、アプローチを受けることもあったし、周りでもそういう付き合いをしている輩がいることも知っていた。
よもや自分もその波に乗ってしまうとは思ってもみなかったのだが。
カチャリとドアが開く音がして、片岡は参考書から視線を上げた。
自分と色違いのパジャマを着た風呂上りの恋人に、自然と顔がにやけてしまう。
「何してんの?」
自然なしぐさで同じベッドに入ってくるようになったのはごく最近のことだ。
一緒に暮らし始めて2年。
それまではここに泊まることも少なく、雰囲気に誘われるままベッドへ。一緒に寝るイコールセックスをする、そんな図式が自然と出来上がっていた。
共に暮らし始め、成瀬の個室にはベッドはあるものの、それはほとんど使われることがない。
片岡はもちろんのこと成瀬も、寝室を共にすることは当たり前と思ってはいたけれど、どうやら成瀬の方は感情と行動がなかなか伴わないらしく、寝室に入ってきても気まずそうに目を合わさなかったり、片岡が風呂を使っている間にベッドに潜り込んでいたりと、まだまだ照れる気持ちが表れているのが見てとれた。
だから、こんな風に、毎日が自然となってゆく感覚が嬉しい。
「ん?ちょっとな・・・解けない問題があるとかで生徒が持ってきたんだ。ヒントを記入してやって明日返してやらないと」
明日から成瀬は3日間家を空けることになっている。ゼミ旅行に参加するためだ。
あまり社交的でない成瀬は気が進まないようだったが、片岡は参加するように勧めた。
高校までとは違い、大学では格段に世界が広がる。いろんな人間と出会い、そこで見つかる友人が人生の友となることもあるだろう。
成瀬にはいろんなことを経験して欲しかった。小さな世界に留まらず、人間関係を形成し、大きな男になって欲しかった。
話を聞いていても、所属するゼミのメンバーの中に苦手なヤツもいないようだし、むしろ成瀬にとってはある程度居心地のよい場所になっているようだった。
それなら参加すればいい、それも付き合いというものだ、そう言うと、成瀬も納得したように頷いたのだった。
だから、今日は早く帰宅したかった。
たった3日とはいえ離れるのは淋しい。
成瀬とふたり、ゆっくりした時間を過ごしたかったのだ。
今日は抱きあうつもりはない。明日の朝の成瀬は早いし、旅行前に身体に負担をかけるのもよくない。
たわいもない話をしながらゆっくり眠りを待つのもいい、そう思っていた。
そのためにも早くこれを終わらせてしまおう。
走らせる鉛筆の速度を上げて・・・肩に重みを感じた。
「成瀬・・・・・・?」
「それって、アンタのところに入り浸ってる2年のヤツ?」
「え、あ、あぁ」
あいまいに返事をしながら、そんなことを言ったことがあったかと頭をめぐらせるが、思い出せない。
「結構カワイイヤツなんだって?」
どう答えていいのか戸惑っていると、それが伝わったのか、「康介に聞いた」と明倫館に通う弟の名前を出してきた。
しかし、康介が成瀬の耳にそんな情報を入れる意図がわからなかった。
「正確には、康介から聞いた二ノ宮に聞いたんだけどね」
なるほど、それなら片岡にも合点がいく。
おそらくは、二ノ宮がそれとなく康介から情報を聞き出し、それを面白おかしく成瀬に伝えたのだろう。
圭のやりそうなことだと片岡は嘆息した。
片岡とて別に隠していたわけではない。好意を向けられているのを感じてはいても、それをどうこうしようとも思わないし、その生徒のことも、他の生徒と同じように扱うだけのことだ。
だから成瀬がそんなことを気にする必要は・・・・・・
肩に凭せ掛けられた髪はまだ濡れていて、片岡の頬を湿らせる。
「おまえ、ちゃんと乾かさないと風邪引くぞ?」
肩に掛けていたタオルを成瀬の頭に被せると、ワシワシと水分を拭ってやる。
「こんなもんかな」
タオルを取り去ると、成瀬は再び片岡の肩口に寄り添ってきた。
半身に恋人の温もりを感じて嬉しいが、成瀬がこんな甘えたようなしぐさをするのは珍しい。
「どうした?ん?」
「そんなもん、ここに持ち込むな」
「え?あ・・・・・・」
ハッとして片岡は自分の手元を見やる。
そんなもん、とはこの参考書のことだろうか。
「ここでおれ以外のヤツのことなんて考えるな」
怒りを含んではいるものの、その声はとても小さい。
しかし成瀬の心の叫びであることは確かだった。
「おれのことだけ・・・考えてろよ」
言った尻から照れに襲われたのか、指先を落ち着かなく動かして、俯いてしまった。
それでも求めるように、身体だけは片岡に預けている。
まるで自分のものだと主張するかのように。
これって妬いてるってことだよな・・・・・・?
これまでにも、片岡に気のあるそぶりを見せる他人のことで、成瀬が感情を吐露することがあったけれど、決まって言葉が乱暴になったり、つんけんな態度をとったりしたものだった。
今日のように甘えてくるなんて珍しい。
成瀬には悪いが、ふつふつと嬉しさが湧き上がってきて、片岡の頬を緩めてしまう。
成瀬は普段はあまり感情を表に出さないし、自分でも感情を抑えるように努めているようだが、よく観察してみると非常にわかりやすいシグナルを発している。
そしてシグナルをキャッチするのは、一生自分だけでありたいと片岡は願った。
片岡は成瀬の腰を抱き寄せると、耳元でそっと囁いた。
「バカ・・・・・・」
想像とおりの成瀬の返事に、片岡は持っていた参考書をサイドテーブルに置くと、明かりを消した。