いつもふたりで




おれの隣りですうすうと寝息をたてる青年。おれの最愛のヤツ。
成瀬亮。

どうみても高校生のれっきとした男だ。
身体だってそこそこ大きいし、決して華奢なわけではない。
顔立ちも整ってはいるがカワイイという表現は似合わない、どちらかといえばカッコイイ系の男だ。
黒い長めの髪に、整った眉。意志の強そうなきりっとした薄いくちびる。
気の強そうな瞳を覆う少し長めの睫毛。
どこからどう見ても女に間違われそうにもない、今風の男子高校生。
クールな雰囲気も魅力的らしく、近隣の女子高生にとっては憧れの存在らしい。
けど、おれには、こいつがかわいくてたまらない。
おれと付き合い、セックスするようになって、最初は挿れられるのが不本意だったようだが、最近は文句も言わない。
だからといって、女あつかいされるのが相当イヤらしく、所々で自分が男だってことを主張する。
おれが成瀬に与えることと同じことをおれにもしたがる。
どうも同等の立場でいたいようだ。
その気持ちはおれにもわかる。
成瀬は本質的には、異性がが好きな普通の男なのだ。
それはおれも一緒。
ただ、好きになった相手が同性だった、ただそれだけのことだ。
素直にその気持ちを受け入れ、認めただけのことだ。
おれがかわいいと言うたびに、成瀬は口をとがらせ、怒り出す。
でも、かわいいものはかわいい。
素直じゃないし、強がりだし、憎まれ口ばっかり叩くし、おれが好きだの愛してるだの言っても、うるさいだとか何とか言って、絶対甘い言葉を返さない。
昔のおれなら、すでにこんなヤツとはオサラバしている。
こんな女ならヤリ捨てに決まっている。
なのに、成瀬がそういう態度をとるたびに、おれはギュッと抱きしめたくなる。
全部、こいつの本心じゃないとわかっているから。
大学生活を遊んで過ごし、つてで決まった就職先。
明倫館高校数学教師の職。
母校であるこの学校のことは理解している。
担任を持たされて、在校当時と同じく親の寄付金の額を争うような生徒に囲まれ、それでもせっかく決まった職を失いたくないからといい教師を装いながら、このまま適当な人生を送っていくのだろうなぁと考えていた矢先に、成瀬に出会った。
成瀬は、父親が亡くなってから、自分が一家を支えなければと、ひたすら強く生きていた。
母親を助け、弟たちの面倒を看て、家事を引き受けている。
まだ、同年代のコドモたちが親の愛情にどっぷり浸かって甘えている時にも、成瀬はその愛情を弟たちに与え、自分が甘えることを許さなかった。
母親の愛情は存分にあったろうが、それを全て弟たちに還元していたのだ。
何があっても、いつだってひとりで背負って、解決してきた。
甘え方をしらない成瀬。
勉強とバイト、さらに家事までこなし、それでも学費免除対象者に課せられた10番以内から成績は落ちたことがない。
この金持ちボンボンばかりの世界で、自分の足で踏ん張って立っている成瀬。
おれはどんどん成瀬に惹かれていった。
同性に恋愛感情を持ったことへの抵抗も嫌悪感も湧かなかったのが不思議だ。
あっさりそれを認めた自分が怖いくらいだった。
寄ってくる女を毎日のようにとっかえひっかえ抱いていたのも、バカらしくてやめた。興味もなくなった。
ただ、成瀬のことばかりを目で追い、成瀬のことばかりを考えていた。
おれのことを好きだとか言う生徒が何人も言い寄ってきたがすべてを無視した。
しかし、おれには告白なんてする勇気もなかったし、する気もなかった。
相手は同性の男。しかも生徒。
こればかりはどうしようもない。
この手に抱きたいと思わないことはなかったが、それ以前に同性のおれを成瀬が受け入れるとは思わなかった。
成瀬に変態なんて思われたくもなかった。
ただ、成瀬の安らぐ場所になれれば・・・そう願っていた。
しかし、おれの従兄弟で成瀬の唯一の親友である圭の忠告で、おれは告白を思いたった。
『そのうちオンナにとられるぞ』
その一言で・・・・・・
そんな挑発的な一言で告白に踏み切るなんて、おれはどうかしていたのだろうか。
ただ何となく、成瀬なら、断るにしたって気持ち悪いとかそういうことは言わないような気がした。
真摯に受け止めてくれる、そんな気がした。
おれが数学準備室へ呼び出し、告白した時の成瀬の顔は今でも覚えている。
そりゃそうだろう。
自分に親切な教師に下心があったなんて知ったら、おれならそいつを殴り飛ばしているだろう。
けど、やはり成瀬はそうしなかった。
あろうことか、一ヶ月、お試し期間として付き合ってやる、そう言ったのだ。
おれは、あまりにうれしくて、その日は眠れなかったくらいだ。
本当なら毎日でも一緒にいたかったのだが、教師と生徒という立場、成瀬の家庭環境、そしてなにより、おれのバカな大人のプライドが、自制心を強くさせた。
それでも、抑えきれなくなって、抱きしめたり、キスしたりしてしまったのだけれど・・・・・・
そして、思ったとおり、成瀬は、感情表現が下手で、素直じゃない、甘えることをしらない青年だった。
今でもそれは変わらない。
もっとおれを頼っていいと言っても、やっぱり強がってひとりで背負い込む。
手を出せば「エロオヤジ」と罵られる。
でも・・・・・・
おれは、隣りに眠る成瀬に軽くキスを落とす。
好きで好きでたまらない。
かわいくてかわいくて仕方ない。
たまに見せる甘えたしぐさや、素直な心。
ほんの少ししか見せないから、とても貴重で、嘘偽りのないものだと信じることが出来る。
そして、言葉以上のものを訴える、澄んだ瞳が、おれを虜にする。
もっともっと甘えてほしい、もっともっと頼ってほしいけれど、そうしないのが成瀬亮っていうヤツだ。
ちゃんと前を見て生きている、おれの高校生の時とは比べものにならないくらい、しっかりした男。
だからこそ、そばにいたい。
こいつの願いをすべてかなえてやりたい。
まだまだ若いこいつの人生はこれからだ。
けれど、おれは、これから起こる、楽しいことも、苦しいことも、ともに分かち合いたい。
もし、傷つくことがあったら、悲しいことがあったら、いつでも傷を癒しに帰ってこれる場所でありたい。
こいつの安らげる唯一の場所でありたい。
おれは、いつだってそう願っている。
成瀬の幸せを・・・願っている。
だから、おれのそばではゆっくり休んでほしい。
なにも考えず、ただ安らかに・・・・・・



                                                                      〜Fin〜





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