夏の魔法




「ひえ〜すっげー人じゃんか!」
いたることろにひと・ヒト・人!この街の全員が集合してるんじゃないかってくらいの人の山。
「仕方ないですよ。この街のひとたちとっては、夏の楽しみのひとつなんですから」
優のいうことはもっともだ。
今日は、夏祭り。
そしてメインイベントは花火大会。
まだ打ち上げまで1時間以上あるというのに、みんないい場所をゲットしようと、躍起になっている。
「ねえ先輩、せっかくの夏祭りなんだから、露店行きましょうよ」
「そうだな・・・まずは腹ごしらえと行くか!」










***   ***   ***










道の両サイドに並ぶ露店を一軒一軒覗いていく。
はぐれないように、優の手を取ろうとすると、払われた。
「こんなところで・・・ダメですってば!」
優は、人前でのスキンシップを極端に嫌がる。
おれは全然気にならないんだけど。
だって、コイビト同士、手をつなぐなんて当たり前じゃんか!
「けど、迷子になるぞ?」
すると、優は、おれのシャツのすそを遠慮がちにつかんだ。
「ここ、持ってってもいいですか・・・?」
そのしぐさが、あまりにかわいくて、いじらしくて、おれはたまらず抱きしめたい衝動にかられたが・・・・・・
ここは、ぐいっと我慢した。
おれにだって、少しくらい自制心はあるんだ。
いつだって、欲求のかたまりってわけでは・・・ない。
おれの少し後ろを、シャツを掴んで歩く優。
今日の優は、赤いサマーニットのパーカーに白のハーフパンツ、サンダルというスタイル。
素足だってすべすべできれいだから、ぱっと見はオンナノコみたいだ。
っつうか、オンナよりかわいい。
たま〜にすれ違う、ガラの悪そうなオトコどもの視線が気になって仕方ない。
だれにも見せたくない。
そんなエロい目で見るなってんだ、野郎どもがっ!
「優、いろいろ買い込んで、どっかで食おうぜ!」
焼きそばにお好み焼き、イか焼き、そして露店といえばこれということで、ラムネを購入し、夏祭り地区から少し離れるように坂を登っていった。










***   ***   ***










閑静な住宅街に公園を見つけて、ベンチに腰を下ろした。
夏の空は、まだ明るく、濃いオレンジに染まっている。いつもはこの公園も、まだ子どもたちで賑わっているのだろうが、今日はみんな夏祭りに出かけたのであろう。びっくりするほど静寂に包まれていた。
「少し離れただけなのに、すごく静かですね・・・」
「こんな公園、知らなかったな・・・」
「この辺は最近の住宅地だから。区画整理では、何戸の家につき公園がひとつって決められているらしいから」
「ふ〜ん。優はほんとなんでも知ってるな。みのもんたと勝負しても勝てるんじゃない?」
優は、おれの知らないことをたくさん知っている。だから、優との会話はとても楽しい。
「先輩、ほら、食べないと。お腹すいてるんでしょ?」
袋から取り出し、蓋を開けていくと、ソースのいいにおいが鼻先をくすぐる。
「あっ」
優が小さく声をあげた。
「お箸が一本しかない・・・」
「は〜?」
袋を確かめたけれど、ほんとに一本しかなかった。けちりやがったな?
だけど、すぐさま、ケチなオヤジに感謝した。っつうことは・・・
「いいじゃん。一本でも。交代で食べればいいしさ!」
おれが、明るく言うと、優も笑った。
「じゃあ、先輩、お先にどうぞ!」
優に促され、焼きそばを口に運んだ。
「優はどっち食べたい?」
「お好み焼きを・・・」
「じゃあ、はいっ、あ〜ん」
お好み焼きを一口大に切り分けて、優の口に運んでやった。
「―――先輩・・・?」
目が点状態の優。どうせ、おれが食ったあとの残りを食おうとでも思っていたんだろう。
それくらい、おれだってお見通した。
「だから、交代で食べようって言ったろ?ほら・・・」
それでもまだ口を開かない。
「こんな公園だれもいないって!だれも見てないって!」
念を押すと、おずおずと口を開いたから、お好み焼きを口の中に入れてやった。
「うまい・・・?」
「おいしい〜」
笑顔の優におれは大満足だ。
「なっ?こうやって、ふたりで食べると、なんでもおいしいんだから・・・」
食べさせたり、食べされられたり、な〜んかいい感じ!
ラブラブカップルって感じ?おれら、すっげーお似合いじゃん?
優のほうが年下で、優のほうが小さくて、優のほうがかわいいから、優が一方的におれに甘えてるって思われがちだけど、そればかりじゃない。
優はけっこうしっかりしていて、おれのオフクロみたいな口を利いたりもする。
そんな優に、おれだって甘えてるんだよな〜
時々思う。
ほんとうに守られてるのは、おれのほうじゃないかって。
高台のこの公園の静寂さと、涼しい風が、身体にとても優しい。
「優、膝かして・・・」
ごろんと、横になり、優の膝の上に頭を乗せると、おれの髪を指先でやんわり弄る。
しばらく好きにさせておいてから、その指にふれると、今度は指を絡めて弄ぶ。
おれの指が優の指の付け根にふれるたびに、くすぐったいとくすくす笑う。
「優、優、ちょっと・・・」
おれの言葉に顔を覗きこんだ優のくちびるにキスをする。
たったそれだけで真っ赤になる優。
キス以上のことなんて、とっくの昔に済ませているのに。
でも、それがたまらなくかわいくて、おれは身体を起こすと、優に啄むようなキスを落とす。
あまり深くなりすぎると、我慢できなくなるから、じゃれあうだけのキスを何度も何度も・・・・・・










―――ド〜ン―――










同時に音のするほうを見やると・・・
「先輩っ、花火っ!」
なんと、やや下方に花火が見えた。
「結構坂を登ってきたからな〜」
少し小さいものの、きれいに全体が見渡せる。
「先輩、あれは菊型って言うんですよ?」
なるほど、菊の花のように、まん丸に炎が開く。
「あれは土星。角度によって見え方が違うのに、ここからはきれいに見えますね〜」
感心している優がおかしい。花火解説者みたいで。
「あっ、あれは柳型。きれ〜」
ドンッと音がして火薬が割れると、炎の雨が落ちてくるようだ。
ほとんど照明のないこの公園が、さらにきれいに花火を見せる。
夜空に開く炎の花。花開くたびに、ほんの少しだけ、その炎光が闇夜におれたちを浮き上がらせる。
「あっ、スターマイン」
「スターマイン?」
「連続発射打ちのことですよ」
ドンドンパンパンと、オレンジやら赤やら青やらの花が咲き乱れる。
その時だけ、様々な色に明るく照らし出された、優の横顔が、あまりにきれいで・・・・・
おれは貪るように、優のくちびるを吸った。
優もおれにされるがままだった。
おれのシャツをぎゅっとつかみ、口腔を蹂躙するおれの熱に、懸命に応えていた。
くちびるを離すと、スターマインから普通の打ち上げリズムに変わった花火に照らされた優の目が、潤んでいるのが見てとれた。
だめだ・・・おれはこの目に弱い・・・・・・
「優・・・人が多くなる前に帰ろうか・・・」
優の手を取り、公園を出る。
誰もいない坂を、打ちあがる花火に向かって下っていく。
もう優は、手を繋いでも何も言わない。
繋がった部分から、伝わってくる。
お互いがお互いを欲していることが・・・・・・
今夜は、おれの腕の中で、この花火のように、優を花開かせたい・・・
なんて思うおれは、やっぱエロいんだろうか・・・?
でも、こんな感情、優にしか起こらないから・・・まあいいか!
自分で自分を納得させて、おれたちは家路へと急いだ。



〜Fin〜





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