愛するということ〜友樹視点〜






冷たい風と暖かい陽気が混在するこの季節になると思い出すのは、大きな瞳を潤ませて、それでも最後まで笑顔しか見せなかったあいつのこと。







2年前の、風の強い夜。
お気に入りのコートにマフラーをグルグル巻きにして、『あっちはもっと寒いんだよね』と笑いながら、おれに最後の別れを言いに来たあの日。
東京に先輩に会いに行ってそのままフライトするんだと、そしてもうこっちには帰ってくることはないだろうと、まるで自分に言い聞かせるように強く言い切り、遠慮がちに家族の墓への一年に一度の弔いをおれに頼んだ優は、最後も優らしかった。
すぐに会えると思っていた。
優がこっちに帰る気はないというのなら、おれが優を訪ねればいいことだ。
しかし、会おうと思えばいつでも会えるという安易な気持ちは、なかなかおれに行動させることはなく、それぞれがそれぞれの生活に飲まれてしまったのか、頻繁に交換していたメールも、何か特別なことがあったときだけになってしまった。
久しぶりの優からのメールは、らしくなく少し元気がなさそうだったけれど、おれはあえて気にすることもなかった。
様子がおかしいと思ったときにはすでに遅く・・・・・・




結局あの夜以来、優に会うことはなかった。




優は少しずつ身辺整理をしていたようで、おれからの手紙もすべて燃やしてしまっていたらしく、おれが優の滞在先のオジサンから悲しい知らせを受け取ったときには、優に関するすべてのセレモニーは終わっていた。
最後まで肌身離さず持っていたのは、一枚のMDと日記帳。夫妻も悲しみのあまりその日記帳を開く気になれなかったらしく、日記帳に挟まれていたらしいおれの連絡先が記載されたメモを見つけるのが遅くなったそうだ。
優の死を知り、しばらくは何も手につかない日が続いたが、追い討ちをかけるように届いたのは少し大きめのダンボール。
恐る恐る開いてみれば、そこにつまっていたのは、優のありったけの愛情だった。
おれへの手紙。
そして、優が守りたかったもの・・・三上先輩への手紙だった。
ちょうど三上先輩の地元凱旋ライブが決まっていたから、おれは悩みに悩んだ挙句それを先輩に渡すことに決めた。
どうしても自分の手で先輩に渡したかったから、このチャンスを逃すともう次はないと思ったから、ライブ会場に押しかけたのだ。
ところが、何も知らないとはいえ、先輩の優への言い草はあまりに酷く、おれは怒りに任せて手を出してしまった。
今思えば仕方のないことかもしれないし、ある意味優の計画通りに事は運んでいたわけだが。
優は先輩に自分を忘れて欲しい、自分を憎んで欲しいと、そう願っていたのだから。
おれはあの手紙の内容を知らない。
だけど優が、あの手紙を渡すのを躊躇ったことを思えば、きっと優の計画とは正反対の、優の本当の気持ちがしたためられているのだと思うのだ。
あの手紙の行方はおれに託されたわけだが、あれを先輩に渡したことは少しも後悔していない。

今おれの目の前には、あの手紙と一緒に送られてきた小さなダンボールがある。
どうしても開けることができなくて、クローゼットの奥にずっとしまいこんでいた。
だけど昨日、三上ファンである大学の後輩から、もうすぐ三上先輩の誕生日であることを聞かされ、どうしてなのか、おれはこの箱を開けなくてはならない衝動に駆られたのだ。
家族が寝静まり、物音ひとつ聞こえない静寂の中、箱を目の前におれはさまざまなことを考えていた。
いろんなものを処分していった優が残していったもの。
優の部屋のクローゼットの中に、綺麗な布がかけられてしまわれていたという、優の残した箱。
もう開けるつもりはなかったのか、何重にも梱包テープが巻かれていた。





20歳の誕生日を目の前に、消えゆく命を見届けなくてはならなかった自分の運命を、優は恨んだだろうか。
愛する人と離れなければならなかった自分の運命を、優は呪っただろうか。






箱を凝視したまま、おれは首を横に振った。






おれの記憶に刻まれている優は、いつだって笑っていた。
家族を失い、この世にひとり取り残されても、優は優だった。
どんなに辛くても、それらをすべてひとりで抱え込んで、何もかも納得したように笑っていた。
キリリと悲鳴を上げる感情を、張り裂けんばかりの悲しみと一緒に胸の奥にしまいこんで。






おれは優の最期を知らない。知る術ももうない。
だけど、おそらく優は、幸せだったと思うのだ。
すべての苦しみから解放されて、その瞬間も、笑っていたと思うのだ。






そして今。
誰にかまうことなく、全身全霊をかけて、先輩を、三上先輩を想っているに違いない。
この箱は、そんな優からの最後のメッセージだと思うのだ。
そんなおれの予想を確信に変えるために、おれはそっとその箱に手を伸ばし、おそるおそる梱包テープを剥がした。








そこは、おれの想像をはるかに超える、美しく深く純粋な、優の愛で満ち溢れていた。
そこには、清清しく笑みを浮かべる、優の姿があった。







おれはそろりとダンボールのふたを閉めた。
それに触れる権利はおれにはない。
優の最後のメッセージを受け取ることができるのは、あの人だけなのだから。






デスクからペンを取り出し、手帳に記された住所を宅配の伝票に書き写す。
いつまでも先輩の心の中に、優が生き続けられますように。
そう願いながら。












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