lovesick




学校の帰り、友樹と立ち寄った本屋で、ぼくはある雑誌に目を引かれた。
その雑誌は、たくさんの女性誌コーナーの隅っこに、余りもののように立てられていた。



あれ読みたい・・・



私服なら女の子に間違えられることもあるから、さほど違和感もないだろうけど、今日のぼくは制服だ。
いくらなんでも、オトコだってバレバレだ。



だけど・・・



一度帰って着替えてからまた来ようかとも思ったけれど、もう一冊しかないし、古そうだし、店員が気づけば片付けてしまいそうだ。
「優、おれ、マンガの売り場にいるから」
友樹がぼくから離れ、店の奥へと消えていった。
あたりを見回すと、誰もいない・・・・・・
ぼくは、その棚からお目当ての雑誌をさっと抜き取り、がらんとしている園芸本のコーナーに移動した。



『特集 オトコを悦ばせるえっちテク』



でかでかと表紙を飾るそのストレートな文句がたまらなく魅力的だった。
絶対、先輩はぼくなんかで満足してないはずだよ・・・・・・
えっちをし終わった後、いつも先輩に申しわけなくて、ぼくは自分が情けなくなる。
その最中は、先輩があまりにキモチよくしてくれるから、ぼくには先輩のことを考える余裕がない。
先輩の息づかいや、たまに囁かれる「イイ」とか「キモチいい」とかの言葉でしか確かめることができない。
だけど、その言葉だって、ぼくに気を使ってのことかも知れない・・・うん、絶対そうだ!
だって、ぼくは、先輩がぼくにしてくれるようなことを、先輩にしてあげたことはない。
いつもぼくは、まな板の上の鯉状態で、恥ずかしいと思っても勝手に身体が反応して、まるで自分じゃないみたいな声が出たり、言えたもんじゃないような言葉を発したり、先輩にされるがままにいろんな格好をさせられるんだ。
消えてしまいたいくらいに恥ずかしいくせに、それでも先輩を求めるのは、キモチいいからっていうのもあるけれど、いちばんの理由は、先輩が大好きで大好きでたまらないから。
だからこそ、一緒にキモチよくなりたい!先輩をよろこばせてあげたい!
ぼくは、その雑誌を開いた。





「な〜に、こそこそしてんの?」
あまりにびっくりして声もでなかった。手が伸びてきて雑誌を取り上げる。
「なにこれ、オンナ向けの雑誌じゃん!」
「とっ友樹っ!」
ぼくは雑誌を奪い返そうとしたけれど、友樹が雑誌と高々と掲げたため、手が届かない。
「なに?『オトコを悦ばすえっちテク』〜〜〜?優、こんなの読んでるのかよ?」
にやけ顔で、ぼくの反応をうかがっている。
「友樹っ、声が大きいよっ」
ぼくは、きょろきょろあたりを見回し、人差し指を一本、口の前に立てて、小声で話すように促した。
「優、先輩をよろこばせたいんだ?」
「なななに―――」
「じゃあ、こんな本じゃなくていいのがあるから貸してやるよ!こんなのオンナのすることじゃんか!」
「いいのってなに?まっまさか友樹も・・・オトコす――」
―――バシッ―――
「っ痛いよ、友樹〜」
「変なこと言うな!まあおれに任せておけって!じゃあ一旦うち帰っておまえんとこ行くから」
じゃあなと手を上げて、友樹は本屋から出て行った。





リビングのテーブルの上に並べられた本の山。
「とっ友樹・・・なに?この本・・・」
それらの本の表紙は、どう見てもオトコ同士が抱き合ったり見つめあったりしている、少女マンガっぽいイラストばかりだった。
「ほら、えっちの説明のときに話したじゃん。今巷でブームのボーイズラブ本じゃん。妹から借りてきた」
こ、こんなのマジで流行ってるの?しかも女の子が読むって???
「結構、ハードな内容のもあるぜ・・・どれだっけな・・・あ、これこれ!『おれは半ばやけになって淫らに尻を突き出すと指を思い切りしめつけてやった。うわぁと無理矢理指が引き抜かれかわりに熱く濡れた硬いものが後ろに押し当てられる。後腔がうれしげにひくつくのがわかって―――』」
「うわぁ〜〜もういいもういい声に出して読まないでって!」
「そんなこと言って、優だってやってんだろ?せ・ん・ぱ・い・と!」
友樹っ!そのエロオヤジみたいな目つきはやめろよ!
「とにかくさ〜、恥ずかしがり屋の優が、本屋であんな本を立ち読みするなんてさ、よっぽど悩んでるんだろ?こんなもんでも役立つかも知れないじゃん?」
「―――そりゃそうだけど・・・」
ぼくはその中の一冊を手にとってぱらぱらとめくってみた。それは、小説でなく、マンガで・・・けっこうな描写がされていた。
「優たちって、えっちするとき、どっちが誘うの?」
友樹はこういうことも、何のためらいもなく口にする。だからぼくも話しやすいんだけど。
「先輩・・・かな?だって、次の日、何の予定もないときは、ぼく、緊張しちゃって、リビングのソファで固まってるし。それにぼくから誘うなんて・・・無理だよ・・・・・・」
「だけどさ、先輩からすれば、たまに誘われるとうれしいんじゃないの?あれ?今日は雰囲気が違う・・・優はおれがほしいのか・・・?なんつってさ〜」
「そ、そうかな・・・?」
「そうだよ!オトコはうれしいもんだって!先輩だってそう思ってるって!一度優から誘ってみろよっ!いつもより激しく燃え、ふたりはめくるめく世界へ・・・・・・」
「友樹っ!またエロオヤジの目になってるよ!」
にやける友樹を横目でにらんだ。
「だけど、優、そんなことできる?『先輩、今日ぼくとえっちしませんか?』って・・・なんか変な誘い方だよな」
友樹は、山積の本を物色し始めた。
ぼくも、読みかけのマンガに目を落とす。
え〜この人、上にまたがってるよ〜こんなのできるの?それにっそれにっ・・・やだ〜〜〜!
ぼくは本を閉じた。
心臓がバクバク言ってる・・・ぼくには・・・無理だ・・・絶対無理だ・・・・・・
別の本を手に取った。今度は小説だった。
あっ兄貴って・・・き、兄弟で?そ・・・そんな・・・・・・
ぼくの頭はもうくらくらだ。ソファにごろんとへたり込む。
こ、こんなのが流行ってるっていうの?おかしい・・・世間はおかしい・・・・・・
「優、これなら優にもできるんじゃないの?」
「ぼくにもできる・・・?」
「ほら、誘う方法。目で誘うんだって!自分からえっちしましょうなんていう必要ないんだぜ?ただひたすら目で訴えて、『おっ、今日の優は誘ってやがる』って思わせればいいんだ!これなら優だって!」
目で誘う?そりゃ目は口ほどにものを言うってことわざもあるけど・・・・・・
「じゃ、優、やってみて?」
「やってみてって・・・・・・」
「ほらほら練習練習!」
「こ、こんな感じ?」
「それじゃ、にらんでるようにしか見えないよ」
「じゃ、こんなの?」
「なんか違うな〜もっと目を潤ませて!憂いを帯びた目を作るんだよ。何か悲しいこと考えたりしてさ」
悲しいこと・・・・・・
ぼくは、友樹といつも見るパトラッシュを思いだした。
パトラッシュは天国で、おじいさんやネロと幸せに暮らしてるかな・・・・・・
思い浮かべると、うるうるどころか、ダーッと涙が滝のように流れ出した。
「・・・・・・・・」
「優・・・おれ帰るわ・・・頑張って練習して?この本置いてくから・・・・・・」
友樹はあきれて帰っていった。





その夜は金曜日で、翌日、学校は休み、バイトもない日だった。先週、先々週とバイトが続いたため、かなりえっちの時間があいていた。
せっかく友樹に教えてもらったんだから、実践しなくちゃ!先輩によろこんでもらいたい!
先にお風呂をすませたぼくは、リビングのソファでテレビを見ていた。
しばらくすると、髪の毛をガシガシとふきながら先輩がバスルームから出てきた。
ぼくは、バスタオルで髪をふいている先輩の姿が大好きだ。とってもかっこよくて色っぽい。
いつも見とれてしまうんだけど、今日はダメダメ!
ぼくは先輩をじっと見た。
「―――なに?恐い顔して・・・?」
こ、恐い顔〜?違うよ先輩!
先輩にわかってもらおうと、さらに見つめる。
「―――今、風呂から上がってきたばっかだけど・・・何かついてる?」
違〜〜う!先輩!わかってよ〜〜〜
それとも、ぼくの目が違うのかな?こう?それともこんなの?いやいやこうかな?
「あははははははははっ、優、何?おれとにらめっこすんの?じゃおれの負け負け!優の百面相にはお手上げですっ!ははははは・・・・・・」
お腹を抱えて笑う先輩。
ぼく・・・ぼくはこんなに一生懸命なのに・・・・・・
ぼく・・・何やってもだめだ・・・・・・
「先輩・・・おやすみなさい・・・・・・」
よろよろとソファから立ち上がり、自室に戻った。
ベッドにもぐりこんで考えこむ。誘うどころか笑われてしまった。まだ勉強が足りないんだろうか?
紙袋に入れてある、友樹の本を一冊手に取り、布団をすっぽりかぶって、本を開けた。
今度は小説だった。先輩と後輩が主人公の学園ものだった。
始まりからなかなか面白くて、ぼくは夢中になって読み始めた。主人公に自分をシンクロさせているのか、感情移入がしやすい。
3分の1ほど読んだところで、初めてのえっちシーンがやってきた。
すると、それまでの軽いタッチとは全く違う、びっくりするほど濃い描写が待っていた。
え〜?何これ・・・?
ふたりの動きが手に取るようにわかり、イマジネーションが働く。かなり深くストーリーに没頭していたため、もう目が離せない。頭の中に、あれやこれやとそのシーンが浮かぶ。そして、その主人公はいつの間にやらぼくと先輩にすりかわっている。
ど、どうしよう・・・・・・
身体が火照ってきて、ぼくの下半身の中心が熱くなる。ぼくは、ひとりえっちなるものがあまり好きではないし、たいしてしたいとは思わないので、数週間先輩と身体を重ねなかったぼくは、自分で処理していなかったんだ。
自分でするのは好きじゃないけど・・・今はがまんできない・・・・・・
自分自身に手をのばそうとした時だった。
「優?入っていい?」
せっ先輩だ!どどどどどうしよう・・・こんなこと見られたら・・・・・・ダメダメダメ〜〜〜
「ダ――」
ダメと言うのが遅かった。先輩がドアを開けて入ってきた。ぼくは布団から出られない。
先輩はぼくのベッドにこしかけた。
「優、笑ったりしてごめん・・・・・・」
先輩の指が、布団から半分出ているぼくの髪の毛を弄ぶ。
やだっ、先輩、今ぼくにさわっちゃやだっ!
さわさわと優しくさわられて、ますます熱を持つ下半身が、さらなる刺激を求め解放を促す。
すぐそばに先輩がいるのにどうしようもない自分自身に腹が立って、涙が溢れてきた。
「優?なに泣いてるの?」
嗚咽を漏らし始めたぼくを心配して、布団の中で背を向けるぼくの肩に手をかけようとした先輩は、布団の外に放り出された本を見つけ手に取った。
「優、こんなの読んでるの?」
「あっ」
先輩の方を振り返ったときすでに遅し。くせがついてしまっていた、そのえっちシーン満載のページに目を落としている。
「優、もしかして・・・・・・」
ぼくの布団をガバッとめくって、ぼくの下半身を覗き込んだ。
「―――優・・・ひとりでしてたの・・・?そんなにおれとえっちするの嫌なの?」
先輩の悲しそうな顔・・・・・・
「ち、ちがう・・・」
「ちがうって現にこんな本読んで、こここんなにして・・・」
手が伸びてきて、ぎゅっとぼく自身を握る。
だめ・・・そんな刺激与えたら・・・・・・
ぼくは、先輩を見上げた。



先輩・・・・・・して?ぼくと・・・えっちして・・・?



声には出さないけれど、ありったけの気持ちを込めて、先輩を上目遣いに見上げた。
途端、先輩がぼくに覆いかぶさってきた。
「優・・・そんな目で誘っちゃ・・・おれ我慢できないよ・・・」
えっ?ぼく、誘った?目で誘った?どんな目だったっけ・・・?
先輩がぼくのパジャマのボタンを外し、素肌にふれる。
「いい?優・・・大好きだよ・・・愛してる・・・・・・」
せ、先輩・・・待って・・・?復習しないと・・・どんな目か・・・わすれちゃ・・・・・・
どんな目か忘れる前に、ぼくはわれを忘れてしまったのだった・・・・・・



〜Fin〜





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