last prayer






うっすら目を開けると、ぼんやりみえるのは、清潔そうな真っ白な天井。
目覚めるたびに、鼓動を確かめる。
そして思う。




あぁ、まだぼくは生きている・・・・・・




首を横に向けると、編み棒を懸命に動かしているジェミーママの姿。
『あらユウ・・・お目覚めかしら?』
視線に気づいたママは、にっこり微笑みをくれる。そして、ぼくの額をやさしくなでる。
『のどは渇かない?何か口に入れる?』
笑顔で首を振り、再び天井を見つめ、目を閉じる。
悲しそうなママの顔を見ていたくないから・・・・・・
少しでも命を存える治療・・・それを断ったぼくは、元気なときと見かけはさほど変わらない。
まさか、死がそこに迫っている身体だなんて、だれも思わないだろう。







ぼくは、イヤだった。
わずかな可能性に賭けて、わけのわからないクスリをいっぱい飲まされて、副作用に悩まされて、挙句の果てには、機械に繋がれたチューブだらけの人造人間みたいにされて死んでゆくなんて・・・絶対イヤだった。
最後の最後まで、麻野優というひとりの人間として、この世を去りたかった。
そして、それはすぐそこまで来ている。







ジェミーママのいるほうとは反対の、窓の外は雪の世界。
ここには、いたるところに雪の山があるけれど、もうぼくは、その冷たささえ感じることができないだろう。
ほとんど雪の降らないあの地から、海を渡りこの地にやってきて、いちばんやっかいだった雪の世界。
それすらも今は懐かしい。
ふと、カレンダーが目についた。





もしかして今日は・・・・・・





『ママ?もしかして今日って・・・クリスマスイブ?』
『そうよ、ユウ。ほら、見てごらんなさい?』
ママの視線の先には、小さなクリスマスツリー。
『もうすぐ編みあがるのよ?これはユウへのプレゼント。これかぶって暖かくしてまたおでかけしましょうね』
編みかけのニット帽を見せてくれる。レンガ色の暖かそうな、ふわふわのニット帽。
『―――そうだね・・・』
ぼくはニコッと笑った。
けど、ぼくにはわかっている。
そんな日はもうやってこないことを・・・・・・







そして思う。
ぼくは、この世に遣り残したことはないだろうか?
ぼくが、伝えておかなければならないこと・・・・・・







『ママ?わがまま言ってもいいかな・・・?』
『なに?』
ぼくがそんなことを言うのははじめてなものだから、ママは不安そうにぼくを覗きこんだ。
『ママの焼いたクリスマスケーキが食べたいな・・・フルーツがいっぱいの・・・・・・』
ママの目が輝いた。
『ユウのためなら、いくらだって焼いてあげるわ!でも・・・ひとりで待てるかしら・・・?』
『大丈夫だって!ここは病院なんだから・・・それより、ケーキが食べたいなぁ』
『じゃあ、看護士さんに頼んで行くわね。ケーキとプレゼントと・・・そうだわ、パパも一緒にまた来るわね』
ママはぼくの額にキスを落とし、荷物をまとめて病室を出て行った。










ひとりになって考える。
ぼくは・・・これでいいのだろうか・・・?
短い人生の中で、たったひとり、心から愛した人に、何も告げずにこの世からいなくなって・・・それでいいのだろうか?
麻野優という人間が、三上直人と言う人間を愛し、その想いは永遠であるということを、しまいこんだままでいいのだろうか?
けど・・・もしすべてを告白してしまえば・・・今までの苦しみの意味がなくなってしまう。
けど・・・もしすべてを告白しなければ・・・先輩はもっと苦しむかもしれない。
そんな風に思ってしまうのは・・・ぼくの心の弱さなのだろうか。







でも・・・・・・







最後くらい素直になりたい。
だるい身体を起こし、サイドボードの引き出しから、レターセットとペンをとりだした。
入院して、最初に目が覚めたときに頼んでおいた。
いつ手紙を書きたくなるかわからないから。

そして、なかなか力の入らない手に、最後のパワーを注ぎ込んで、ひと文字ひと文字にありったけの想いを詰め込んで、ペンを走らせた。







先輩への、ぼくの想いを・・・・・・







一気に書き上げた。
先輩へのラストメッセージ。
読み返してみた。
そして思った。
やっぱりこれは、渡せない・・・・・・





死んでしまった人間から、こんな勝手な手紙をもらって、先輩にどうしろというのだろう。
ただの・・・ぼくの自己満足の手紙でしかない!
そう思った。
すぐそこまでやってきている死神が、ぼくにこんな理不尽な手紙を書かせるのだろうか。







こんなものっ!







破ろうと思ったけれど・・・できなかった。
だって・・・







これがぼくの本心。
ぼくの本音。







ぼくは、優しくもなんともない、ただのわがままな、自分がかわいい、最低な人間。
自分が何の迷いもなく、安らかに逝けるように、こんな手紙を書く、弱い人間。
貰った本人のことも考えず、ただ一方的に自分の思いだけを綴った手紙を・・・・・・







そしてぼくは・・・・・・





最後まで、弱い、人に頼ってばかりの人間だった。
もう一通、友樹に手紙を書く。
先輩への手紙を渡すべきかどうか、自分で決めるのが恐くて、なぜこんな手紙をよこしたんだと、先輩に疎まれるのがこわくて、いちばん大切な、親友である友樹に、その残酷な選択を託そうとしている。
友樹は、ぼくの願いを断らないとわかっているから、それを利用する、最低なぼく・・・







それでも・・・・・・





書き上げた二通の手紙に満足する。
本人に渡ろうと渡るまいと、したためた内容に、ウソは一つもないから・・・・・・







あとは、神様におまかせするだけ。
神様がぼくにお与えになった運命を受け入れ、ここまで生きてきたのだから。
くしくも今日は聖夜。
今日なら、ぼくの祈りも届くかもしれない。







最後の最後に、麻野優という人間の生きてきた軌跡を残そうとするぼくを、もし許してくださるなら・・・・・・
どうか、ぼくを愛してくれた全ての人に、幸せをおあたえください・・・・・
それがぼくの最後の祈り・・・・・

〜Fin〜

 


                                                                       




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