maybe tomorrow
〜by you〜










今年があと少しで終わるのを象徴するかのように、おざなりでつけていたテレビには、大量の紙ふぶきの中で感極まって今にも泣きそうな表情で歌う人気歌手が映し出されていた。
家族がゆったり寛げるようにと、一般よりは広く間取られたこのリビングも、ひとりで過ごすにはあまりに寂しすぎる空間だった。
リビングに敷かれたラグに座り込み、ガラステーブルにぺたんと頬をくっつけてみる。
ひんやりした硬質の感触が、頬を通って心にまで伝わってきた。
ぼぅっと眺める箱の中。来年はあの中に愛する人がいるのかもしれない。
そんなことを考えて、ひとり笑みを浮かべた。





もしかしてあの人のことだから・・・こういうのには興味ないかもしんない・・・・・・





どんなに人気アーティストになっても、気が向いたときにひとりでフラリと出て行って、どこかの街角でギター片手に歌っているんだろう。
どちらにしても、そのとき自分は傍にはいない。いられない。
そういえば去年の今ごろもここでこうやっていた気がする。
そう、クリスマスイブの夜に奇蹟は起こり、そして翌日にはすべてが雪と一緒に解けてしまった。
一夜限りのハッピークリスマス。
帰ってこないあの人を、ここでひたすら待ち続けた。
あの時は、何が悪かったのか全く検討もつかず、やりようのない気持ちを胸に抱え、苦しさのあまり息も出来ないくらいだった。溢れてくる涙を止める術すらなく。





今年も同じシチュエーション。
だけど違う。
今年はあの人が戻ってこない理由もわかるし、自分の気持ちにもすっかりケジメをつけているから。
だからほら、涙なんてこれっぽっちも出ないじゃないか。
だいたい悲しむ必要なんてどこにもないし、むしろ忙しく音楽に没頭しているあの人を応援しなければならないのだ。
夢に向かって確実に前進している愛しい人を。





2日前にメールがあった。
『今年はもう帰れない』
たったひとことの、用件のみのメールが、あの人の音楽に対する情熱を物語っていた。
その前のメールでは、デビューアルバムのレコーディングの進捗状況が芳しくないと、らしくない愚痴ばかりのメールだったっけ。
だからもう今年は会えないだろうと諦めてはいたのに、どうしてこんなに寂しいのだろう。
去年のあの苦しい気持ちとは全く違い、心にぽっかり穴が開いてしまったような、空虚な感情で埋め尽くされて、わかっているのに、わりきっているはずなのに、あの人のあたたかい手を欲してしまうのは・・・・・
まだまだぼくに覚悟が足りないのだろうか。










―――――ピンポーンピンポーン・・・・・・










思考が断ち切られた。





まさか・・・・・・・・・





誰だろうと考える間もなく、身体が動いた。
リビングを勢いよく飛び出し、真夜中の来訪者に危機感すら持たずに、玄関のロックを外した。
ドアの外に立つのが誰なのか、頭が理解した瞬間、あからさまに表情が曇ったのだろう、落胆の色を隠せず立ち尽してしまった。
そんな姿を見て、親友である友樹は一瞬申しわけなさそうな何とも言えない複雑な笑みを浮かべたが、次の瞬間にはいつものくったくのない笑顔を見せた。
「これから崎山さんとあそこの神社に行くんだけど、優も行かない?」
どうせひとりなんだろ、と続けた友樹は、ドアの中を覗いてみせた。
友樹にはすでに話してあった。何もかもすべてを。
きっと心配して様子を見に来てくれたんだと思うと、嬉しいよりも申しわけない気持ちのほうが強くなる。
「ううん、友樹、崎山さんとふたりで行っといでよ」
「なんで?あいつとふたりっきりなんかより優も一緒のほうが楽しいじゃん。あそこ露店も出るし。なっ?」
ああだこうだと誘い出そうとする友樹の優しさを感じながらも、首を縦に振らなかった。
「な〜に言ってんの!ぼくはふたりのお邪魔虫なんかになりたくないもんね」
「お、お邪魔虫って、優っ―――」
「それとも、崎山さんとふたりだなんて、もしかして緊張しちゃうとか?照れちゃうとか―――」
「ち、違ぇよ!バ、バカ!何言ってんだよ!!!」
慌てふためく友樹を、形勢逆転とばかりに攻めれば、やっと友樹は諦めてくれた。
少し寂しい表情の友樹に、胸がチクリと痛むけれど、やっぱりふたりのデートを邪魔したくない。





「それにね、もしかすると帰ってくるかもしれないから・・・」





「優・・・・・・」
「だからぼくはウチでおとなしくしてる。ぼくの分までたくさん願いごとしてきて」
待ち合わせの場所へと向かう友樹を見送って、リビングへと引き返す。
帰ってくるかもしれないから。
そんな確率はこれっぽっちもないことは自分がいちばんよくわかっているのに。
また友樹に甘えてしまった。
友樹の前だと、どんなに強がってみせてもついポロリと弱音を吐いてしまう。









今、何してるのかな?

大好きな歌を歌っているのかな?
スタッフの人たちと揉めたりしていないかな?
音楽に関してだけは、強い自信とポリシーを持っていて、自分を曲げない人だから。
そして、少しでも、ほんの少しでも思い出してくれているだろうか。
遠く離れた場所に、あなたのことを愛してやまない人間がいることを。










大切なクロスを握りしめ、テレビから聞こえる除夜の鐘を聞いた。


〜Fin〜












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