maybe tomorrow |
それは、年末恒例の紅白歌合戦も演歌が続き、つまらなくなってきたころだった。
「先輩、初詣に行きませんか?」
さっきまでコタツに肩まですっぽり入り、うとうとしていた優が言った。
「でも・・・今日は寒いよ?」
優は昨日からコンコンとせきをしていた。
だからあまり外出させたくなかったんだが・・・
「―――だめ・・・ですか?」
コタツに入ったままおれの膝に擦り寄り、寝起きの潤んだ目で上目遣いにおれの顔をのぞきこむ優。
おいおい、もう18歳だっていうのに、なんてかわいいんだこいつはっ!
おれは妥協はしない方針なんだが、優にだけはからっきし弱い。
初詣か・・・優と行ったことないよな・・・・・・
一昨年は優はカナダにいた。
今年はおれが家を出てたんだっけな。
厚着して、カイロ持って行けば・・・大丈夫・・・・・・か!
肩を並べて人気のない夜道を歩く。
どこの家もまだ明かりが灯っていて、いつもより微かに明るい道を、近所の神社に向かう。
風は冷たく頬を突き刺すのに、心があったかいのはふたりでいるせいだろうか?
「夜中のお出かけって、なぜかわくわくしますね」
頬を赤く染めて、楽しげにはしゃぐ優。
たまらず優の手をとり、コートのポケットに導けば、自然と距離が縮まる。
「この方があったかいだろ?」
優は一瞬困ったような顔をした。
なぜなら、優は外でのおれとのスキンシップをあまり好まないから。
やはり、おれの手を離し、ポケットから自分の手を引き抜いた。
こんな夜中で誰もいないのに、やっぱだめか・・・
少なからずショックだった。
しかし、今夜の優は違った。
つけていた手袋をはずし、再びおれのポケットの中に手を滑り込ませてきた。
「手袋ごしなんて・・・嫌です・・・・・・」
照れて俯きながら歩く優に、愛しさがつのり、ポケットの中で絡めた手をギュッと強く握った。
神社に着くと、まだ人気はまばらだった。
時計を見ると11時過ぎ。まだ初詣には早すぎる時間だ。
ここの神社は、除夜の鐘をつくことができるらしく、受付らしいテントが立てられていた。
「優、除夜の鐘、一緒につくか?」
優は首を横に振った。
「一緒につくより、先輩と一緒に聞いていたい」
今日の優は、おれの思うことに反しながらも、それ以上にかわいいことを言う。
「じゃあ、もう少し待ってようか」
おれと優は、神社の境内にある幼稚園の門を飛び越え、園児の遊具であろう木でできた、お菓子の家風にペイントされた、小さな小屋に身体を滑り込ませた。
園児なら4〜5人は入れそうだが、男ふたりだと少しキツイ。身体を寄せ合いベンチらしき場所にすわる。
おれが優の肩を抱くと、優はおれの肩に頭をもたせかけた。
優のさらさらした細く奇麗な髪が、おれの頬をくすぐり、たまらず髪にくちびるを寄せる。
「ぼく、ここの幼稚園だったんです」
「そうなんだ。どう?昔と変わらない?」
「はい。昔のまんま。何も変わらない。このお菓子の家も・・・・・・」
「お菓子の家・・・?」
何か思い出があるのだろうか?ここに入ろうと言い出したのは優だった。
「ぼくは小さい頃、とても引っ込み思案で、みんなとうまく遊べなかったんです。いつもひとりだった」
「友樹は・・・?」
「友樹とは中学からの付き合いなんです。そうは見えないでしょ?」
フフフと笑い、おれの空いている手に手を重ねる優。その手があまりに冷たくて、おれは優しくさすり始めた。
「でね、このお菓子の家は、園児たちの中でも超人気だったんです。ぼくなんかここに近寄ることもできなかった。ぼくにとって憧れの場所だったんです」
「じゃあ、今初めてここに入ったとか?」
「いいえ。帰りのバスの時間になると、ぼくはここにやってきて、ひとり閉じこもっていたんです。だから、よくバスに乗り遅れて、先生に車で送ってもらってたんですよ?」
優は自分の小さい頃の話をおれにしない。たぶん、そこには亡くなった優の家族が、はるかがいるから。
おれに気を使っているのだろう。だから、おれもあえて聞かないようにしていた。
「優の子どもの頃の話初めて聞いた・・・優、かわいかったろうな?おれ、その時会って見たかったな?」
「むすっとしたかわいげのない子ですよ。今だってそうですけどね」
そう言って少し口をとがらせた優にふれたくて、おれはくちびるに軽くくちづけた。
柔らかく温かいくちびる・・・おれだけのくちびる・・・・・・
「優はかわいいよ・・・おれ、もう絶対離したくない。ていうか、他のやつらにも見せたくないってくらい」
おれはギュッと肩を抱く手の力を強めた。
「――――でね、いつもひとりぼっちだったこのお菓子の家に、先輩と一緒にいるのがとても不思議で・・・ぼくはもうひとりぼっちじゃないんだなって・・・・・・」
―――――ゴーン・・・・・・
「あっ、始まった」
優が、うれしそうに笑みを浮かべた。
行く年の煩悩を振り払い、来る年の幸福を願いつつ、優とふたりで聞く除夜の鐘・・・
優はおれに身をまかせ、目を閉じている。
おれも目を閉じる。
暗い小屋の中、おれと優だけの空間。おれと優だけの時間。
どうしてこんなに優のことが愛しいのだろう?
おれは、もう優なしでは生きていけない・・・優なしでは・・・・・・
優、おまえはどう思っている?
―――――ゴーン・・・・・・
ひときわ大きな鐘の音。
「先輩、おめでとうざいます」
「優、おめでとう」
おれは、優にキスを落とす。
「今年の初キスな。今年は何回優とキスすることになるだろうな」
少しセンチメンタルになっていた気持ちを隠したくて、おれは冗談ぽく言った。
すると、優はおれの手を両手で包み込み、おれを見上げた。
優、どうして、泣いてる・・・?
おれは驚いた。優の頬をすうっと涙が伝ったから。
「先輩・・・ぼくとずっと一緒にいてくれますか・・・・・・?」
そんなこと・・・突然泣いて言うことだろうか・・・?
疑問に思いながらも、くちびるで涙をぬぐってやる。
そして、優の頬を両手で包みこみ、その潤んだ瞳を見つめた。
「おれの方こそ、優にお願いしたいくらいだよ。優、ずっと一緒にいてくれるか?」
それらは、すでに頼れる肉親もなく、この世にたったひとり残されたもの同士の、悲痛の叫びのようだった。
どちらからともなく、重ねられるくちびる。さっきまでとは違う、深い深い、互いの気持ちを注ぎ込むような、情熱的なくちづけ。
それは、口にはしないけれど、一緒にいようという、誓いのくちづけ。
くちびるを離すと、荒い息づかいが小屋に響き、白い息がおれたちを包む。
優がおれの首に腕をまわす。
おれは優の身体を受け止める。
細い、細い、支えていないと折れそうな、華奢な身体の優。
おれは優の耳元で囁いた。
「優、大好きだ・・・愛してる・・・ずっと一緒だ・・・離さない・・・・・・」
優もおれの耳元で囁く。
「先輩・・・・・・」
はっと目が覚めた。見慣れない天井。
ここは・・・・・
覚醒する意識・・・・・・
―――――夢・・・だったのか・・・・・・
時計を見ると4時。眠ったのが2時だったから・・・まだ数時間しかたっていない。
この年末、デビューに向けてあまりに忙しく、長崎に帰っていないどころか、電話さえ掛けられずにいた。
毎日が何曜日かさえわからないほどの忙しさ。
しかし、おれはその忙しさのなかでも、音楽がやれることがうれしくて仕方なかった。
今日から、新しい年なんだ・・・おれの一生の記念になるであろう年・・・・・・
それにしても、リアルな夢だった。
今もなお、優の手のぬくもりや、身体の重み、くちびるの感触が、リアルに残っている。
そして、最後に見た優の涙・・・・・・
その泣き顔が頭から離れない。
消えてしまいそうだった・・・・・・
何かあったのだろうか?
気になって、受話器を手にとるが、もしぐっすり眠っていたらと思うと、番号を押せなかった。
おれには自信があった。優の心がおれから離れていくわけはないと・・・
おれたちは約束した。3月になったらずっと一緒だからそれまでは・・・と。
おれは優を愛しているし、優も同じ気持ちでいてくれる、おれには確信めいたものがあった。
だから、おれは、優に甘え、こうして東京で安心して仕事ができる。
会えない想いがおれに優の夢を見せることは幾度となくあった。
だか、泣いている優を見たのは・・・初めてだった。
優、きっと淋しい思いをしてるだろうな?
もしかして、ひとり、泣いているんじゃないだろうか?
優のそばにいてやれない自分に腹が立つ。
優は、最後に何を言おうとしたんだろう?
目覚めて途切れた優のせりふ・・・・・・
もちろん、おれと同じことを言おうとしたんだよな?
「ずっと一緒ですよ・・・先輩・・・・・・」
そう言おうとしたんだよな・・・・・・?
〜Fin〜
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