社説:横浜事件 裁判所も歴史を清算すべきだ(毎日新聞 2007年1月23日 東京朝刊)
「横浜事件」の再審裁判の控訴審で、東京高裁が控訴を棄却した。無罪を示唆した1審の説示も批判しており、弁護側には後退したとも映る内容だ。
高裁判決は、公訴権が消滅した場合は免訴とする、との最高裁判例に忠実に従っている。弁護側の証拠を採用しなかったので予想された結果でもあるが、1審に続く門前払いである。誤判からの救済が再審の理念として、実体審理に踏み込んで無罪を引き出そうとした弁護側の主張は、受け入れられなかった。
この事件では戦後、元特高警察官の特別公務員暴行傷害罪での有罪が確定しており、再審開始決定では自白は拷問によるものと認定されている。また、終戦直後に司法当局によって訴訟記録が焼却されたため、再審開始が遅れたともいわれている。それだけに高裁の判断が注目されていたが、弁護側は肩透かしを食った格好だ。
法的には免訴が妥当だとしても、裁判所が戦中戦後の司法の過ちを直視する好機を逸したのは遺憾と言わざるを得ない。司法も戦争遂行に協力し、悪法の極みとされる治安維持法を無批判に適用、戦後まで有罪判決を出し続けた。「横浜事件」はその代表例なのに、有罪とした理由や訴訟記録が廃棄された経緯などに言及しないままでは、世論を納得させられまい。
実は最高裁をはじめとする司法府は、いわゆる“みそぎ”を済ませていない。多くの政治家や官僚らが公職を追放された際も、ほとんどの裁判官が戦前、戦中の地位にとどまった。しかも、戦後も諸事情があったとはいえ、自白を偏重した誤判を繰り返したり、少なからぬ過ちを犯している。
多くの関係者が猛省を迫られたハンセン病問題も、裁判所は無縁ではない。1951年に熊本県で起きた「藤本事件」と呼ぶ、ハンセン病元患者が死刑に処せられた爆破・殺人事件の裁判も尋常ではなかった。感染の恐れはないとされたのに、裁判官はハンセン病療養所内に特別法廷を設置し、白い予防服にゴム手袋姿で、証拠書類をピンセットでつまみながら訴訟を指揮した。当然、審理は不十分だったと批判されており、冤罪(えんざい)の可能性が指摘されている。厚生労働省が設置した「ハンセン病検証会議」の報告書でも「憲法が要求する裁判ではなかった」と指弾されている。
ハンセン病の強制隔離政策については熊本地裁が違憲とする判決を下した後、政府をはじめ関係各界が検証作業を進め、反省の意を表したが、潮流を変えた司法府自体は過去に向き合おうとしていない。同様に、戦中戦後の人権侵害についても口をつぐんだままだ。
司法が真に国民の信頼を得ようとするならば、自らの過去を謙虚に見直し、その結果を公にすべきではないか。市民が裁判に加わる裁判員制度のスタートも、2年後に迫る。法の支配を盤石なものとするためにも、清算すべき歴史は清算されねばならない。その意味でも、この事件の再審裁判での最高裁の判断に注目したい。
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