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(2006年7月1日〜9月30日)


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恵楓園に園券の発行なし 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月30日(土)13時49分8秒   引用
菊池恵楓園に 園内通用銭の発行はなかった。

 Ichiroです。

 文献で 判りましたので書きます。実は読んでいたのですが 忘れていました。

 森幹郎 証言・ハンセン病 現代書館 2001年 2400 足す 税金

 1909年に設立された5療養所のうち4つは、創設まもなく現金の使用を禁止し園内通用券と通帳制度を採用しました。1方、菊池恵楓園では現金の使用を禁止しませんでした。同園は熊本市内に近く市内に本妙寺に患者の集落がありましたので、実効の伴わないことが予測されたからでしょう。
 (一部 文章を変えました)

 創立間もなくとは知りませんでした。たしか多磨の方は 創立後10年と書いてありましたが。森先生は光明園のご勤務でしたので、そこの通帳制度にお詳しいのです。全部が通帳制度ではありません。


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お! 投稿者:北風 投稿日: 9月30日(土)09時14分28秒   引用
お目覚めですね。
(リベル) そうなのですが、家人に言われてアダルト案内を削除して、またバッタリと寝て、今度はしっかり目覚めました・・・。(9.30 13:27)


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『新あつい壁』制作に向けて 投稿者:北風 投稿日: 9月29日(金)12時42分22秒   引用
ずっと藤本事件を語りながら、最後の段落でトーンが変わる。

〉現在もあるハンセン病への差別の問題を、私たち一人ひとりの問題として考えていただけるような作品として、この度の映画『新・あつい壁』をつくりたいと思っています。


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検証会議 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月29日(金)07時47分54秒   引用
検証会議を読むと、戦後沖縄ハンセン病療養所を視察したDoul,Kluthの業績が判らないとあるが

 昭和29年のLeprosy in the Ryukyu Islandsという資料に宮古南静園を実際に訪れ、報告書を発表しています。

 日本ハンセン病学会雑誌 72:3-9,2003.

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念のため・・・の「念のため」 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月29日(金)06時29分9秒   引用
【この夏、私は(私たちは)リベルさんのBBSより、『「藤本事件」の真相!』という観点から多くを学ばされました・・・と、自負しているところです。】


 今回の 2006年9月25日号 に載せられた、中山節夫監督の―『新・あつい壁』製作に向けて―は、リベルさんが言うように5月13・14日の「第二回総会・交流会」での文責であります。
 この文責を、ハンセン病市民学会のニュース・9月25日号に載せたという行為は、当然中山監督の了承の上だと、理解しています・・・。

 リベルさんの大酒を頂くではなく、「かっ食らう」と語る所以の所在を、私は、はかり知ることも出来ませんが・・・?

 昨日、中山監督の映画への新しい想いが聴ける!と、届いた記事には飛びつきましたが・・・、富山での発信であることがすぐさま分かり、私の落胆は隠せませんでした。

 山下峰幸さんが、本年の6月に監督とも直接お会いし、映画の内容・製作に 懸念の意 を表したという事実と、そのことを踏まえての(私の主観ではありますが)意義と勇気からなる 問題提起 を、して下さいました。
 また、北風さんが、BBSではあるけれども多くの視聴者にハンセン病問題【藤本事件】に取り組む(拘わるという行為)市民としての姿勢について、示唆してくださいました。

 私は本当に意義のある ひと夏 を経験させて頂いたと思っています。

 北風さんの、昨日の主観なき、BBSへの書き込みという行為が・・・、7月5日の“ずらされた主題”・・・、映画「新・あつい壁(仮題)」 シナリオへの疑問の投稿を髣髴させ、薄気味の悪さが私の部屋を漂っています!!

 このひと夏の間、つまり、山下さんの提起! 北風さんの想い! そして、関原勇弁護士の 情 に対しては・・・、中山監督の映画製作といった行為はここに述べられている、以下のものでも無く! 以上のものでも無いということが分かりました。 ・・・私には余りにも「淋しすぎます!!」「はかな過ぎます!!」

 改めて、この「藤本事件」に対する中山監督との 差異 を感じ得ません!

 文中に、増さん、入江さんの名が出てきてはいますが・・・、何を云いたいが為の、墓参への同行なのか?が、伝わりません!
 つい先日、私が書き込みさせて頂いた 増さん! 入江さん! という人物を知る、ほんの極一部の示唆ではありましたが、松夫さんが圧殺された後、幾日も経っていない中でのお二方の心情の一端を垣間見る時、どうしても中山監督がこの事件から導き出そうとしているものとの 大きな相違 を、感じてしまいます!

 敢えていわして頂けるなら、先の「宿泊拒否問題」の総括としては、旧作・「あつい壁」が内包している提起と同様の、共通のものを感じ得ますが・・・。
こと「藤本事件」に至っては、「私たち一人ひとりの問題として考えていただけるような・・・」で、再審に大きく結び付けていける 至極の資金からの媒体 となり得るのか?が、問われそうです。

 この監督の想いは、
>F事件で実際に刑を言い渡した
>のは裁判官であったかも知れま
>せんが、それを後押ししたの
>は私たちではないかと思います。
>現在もあるハンセン病への差別の
>問題を、私たち一人ひとりの問題
>として考えていただけるような作
>品として、この度の映画『新・あ
>つい壁』をつくりたいと思って
>います。

 宿泊拒否問題としては、市民に示唆できると感じるのですが、藤本松夫さんの 死 を、この観点で結び付ける怖さというか・・・、曖昧な提起には承諾できない一市民です!

 モチーフとしての映画製作としても、事実・現実からは、目を放すことは出来ないと感じています。他人事の映画では、あってはならない!という強い想いが倍増される日々を迎えています。

 昨日送られてきた、ハンセン病市民学会ニュースと、ハンセン病市民学会事務局からの“映画製作支援に関するご協力のお願い”は、私にとっては非常に 落胆 させるものでありました!


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酒に酔うということ とは・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 9月29日(金)01時20分11秒   引用  編集済
「バガー・ヴァンスの伝説」という映画の中でマット・デイモン扮する主人公がこんなことを言います。

「一杯の酒で1000個の脳細胞が死ぬ。
最初の一杯で「悲しみの細胞」が死ぬから、自然に笑顔になる。
次の一杯で「静かさの細胞」が死ぬから、声がでかくなる。
次の一杯で「バカな細胞」が死ぬから、言うことが利口になる。
最後に「記憶の細胞」が死にかけるのだが、なかなか死なない場合もあり・・・」

映画というのは、時々、変な所で、ドキッとさせてくれますから、面白くて堪りません・・・。


主役のウィル・スミスとマット・デイモン
このアングルが、また良いでしょう・・・なんとも・・・ああ、酔っている・・・(笑)
今夜は実は、大酒をかっ喰らうので、真夜中の投稿はお休みの予定です・・・悪しからず・・・



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中山監督の市民学会での挨拶 投稿者:北風 投稿日: 9月28日(木)17時56分57秒   引用
ハンセン病市民学会ニュース(第3号)2006年9月25日


『新あつい壁』制作に向けて

 私は菊池恵楓園のある合志町(現、合志市)で生まれ、高校を卒業するまでの一八年間をそこで過ごし、恵楓園を具体的な差別の対象として育ちました。
 敗戦後、民主主義が叫ばれている時代に恵楓園の一千床増床があり、強制収容が行われました。ハンセン病は治る、退所者も出たと、私たち子どもも耳にしていた頃のことです。そうした「無癩県運動」の強化の結果として起きたのがF事件です。一九五一(昭和二六)年、私が中学二年の時でした。
 その三年後に、ハンセン病患者を親に持つ子どもたちを一般校に入れないという「黒髪校事件」が起きます。これを私はのちに『あつい壁』という映画にしました。今から三八年前、私がちょうど三〇歳の時でした。どこの支援もなく、入所者の皆さんのご支援でやっと映画ができました。しかし完成はしたものの、誰にも観てもらえません。どの映画会社も上映を引き受けてくれませんでしたので、自分でフィルムをかつぎ、奄美大島から北海道の襟裳まで上映して歩きました。
 関係者の皆さんの努力で一〇年前に予防法が廃止となり、また国賠訴訟にも勝利しました。その結果、最近になってようやく『あつい壁』が観られるようになりました。「三〇歳の時に、よくこんな映画つくれたね」と言われますが、それは皆、当時の入所者や関係者の方々から実際に聞いたことを作品にしたまでです。
 その『あつい壁』製作の当時から、実はF事件を映画に撮りたいと思っていました。しかし、まだ当時の若
さでは難しくてできませんでした。
 一九六二(昭和三七)年、Fさんが死刑になられるひと月くらい前に、『目撃者の記録』という番組をラジオで聴きました。事件の当時、Fさんを匿ったという方が出てこられて、「うちに雨の降る日に濡れて来ました。とにかく御飯を食べさしてくれというから食べさせました。そして落ち着いたところで私が頼みました。どうか捕まっても、うちに居たと言わんでくれと。うちの子どもたちの結婚話に差し支えるから、それだけはと頼みました」というような話をされました。これを聞いて私は、Fさんにはアリバイがあったんだ、と恩いました。
 それから一ケ月も経たないうちに、新聞でFさんが死刑になられたことを知りました。それで私は急遽、熊本に帰りまして、お葬式の翌々日だったと思いますが、恵楓園での抗議集会に出ました。それからは何年かおきに熊本に帰り、恵楓園のお世話をされていた増さんや入江さんという方々とお墓参りに行きました。
 Fさんのお母さんとも会いました。ある時、お昼御
飯をご一緒する機会があり、こんなお話しもお聞きしました。「裁判には、親戚にも迷惑かけますけん、力も入れませんでした。私がごたる不幸な女はおりまっせん。親父ば若い頃に亡くして、これから息子が役に立つと思う時に らい=@にとられました。しかし親戚にも迷惑かけますから、裁判にも力は入れまっせんでした」。
 一三回忌にお墓参りをした時、ご一緒して下さった入江さんにFさんの弟さんから話があり、「もうこれ
でお墓参りに来るのも止めてもらえませんか。恵楓園とも兄とも緑を切りとうございます」ということだったそうです。それを聞いた時、家族の皆さんには末だまだ差別が続いてるんだということを実感しました。
 一五年くらい前、私も揺れ動きながらどうしようかなと思っている時、あるキリスト者の集会に呼ばれました。お話しをした後に『あつい壁』を観てもらいました。そめ後に「次は何を撮りますか」という質問があり、「実はF事件を撮りたいと思っていますが、御家族や親戚の皆さんのプライバシーの問題もありますから、どうしたらいいか分からずにいます」と言いました。
 その集会が終わってから、今度の映画の実行委員長にもなってもらっています坂本克明さんが私のとこ
ろにおいでになり、こんな話を聞かせていただきました。「私はFさんの最後の教諭師でした。事件から三五年ほど経った時に、当時の書記官だった方とある会合でお会いしました。その方は、『私はあの時の書記官でした。裁判官・検察官はもとより、国選弁護士も、そしてさらには私たち書記官に至るまでが、この人がやったと決めつけて裁判を行いました。私たちはぼろ雑巾のようにFさんを死刑台に追いやってしまいました』と涙ながらに訴えられました」。私はここで、やはりこれはやらなくちゃいけないと思いました。
 私自身も、「恵楓園に入れられるなら死んだ方がマシ」、「らい病になるなら死んだ方がマシ」というなかで育ってきました。F事件で実際に刑を言い渡したのは裁判官であったかも知れませんが、それを後押ししたのは私たちではないかと思います。現在もあるハンセン病への差別の問題を、私たち一人ひとりの問題として考えていただけるような作品として、この度の映画『新・あつい壁』をつくりたいと思っています。今は製作準備の段階です。映画製作には非常にお金がかかります。是非、御協力・御支援をお願いしたいと思って参りました。何卒よろしくお願い申しあげます。長いご挨拶、というよりもお願いになりましたが、ご静聴いただき、どうもありがとうございました
(リベル) この、監督の挨拶は、5月13・14日の「第二回総会・交流会」でのものです、念のため・・・。(9.29 00:45)


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久しぶり 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月28日(木)12時36分32秒   引用
5年くらい前に 2年間 一緒に働いた同僚から 突然電話が かかってきた。

 おひさしぶりです。転勤しました。現在の療養所に胎児が保存されていまして、

 といわれた。慰霊祭が予定されている。

 実はハンセン病療養所の中の職員宿舎で育ったので、そこに帰りたいということであった。


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Re: 昨夜の地元紙、夕刊よりー 投稿者:リベル 投稿日: 9月28日(木)10時49分58秒   引用
> 写真集「絆ー『らい予防法』の傷痕ー日本・韓国・台湾」を出版、52人の元患者の姿がそこにある!とのことです。

この写真集はこのページを少しスクロールすると出ています。


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Re: リベル様へ 投稿者:リベル 投稿日: 9月27日(水)17時31分28秒   引用  編集済
>>画期的な、歴史的な判断と思うが ここにある新聞は もう 小泉首相を批判している。

>「画期的な、歴史的な判断」には思い当りませんが・・・?何のことを指していらっしゃるのでしょう・・・??


> これです。
> http://www.chugoku-np.co.jp/Tenpu/Te200609200106.html


分かりました。有り難うございました。天風録子も承知していて「厚い壁」という言葉を選んだのなら、大したものだと思いますが、そうではなさそうなのが、残念ですね・・・。


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リベル様へ 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月27日(水)13時07分29秒   引用
これです。

http://www.chugoku-np.co.jp/Tenpu/Te200609200106.html


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昨夜の地元紙、夕刊よりー 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月27日(水)08時21分1秒   引用
 地元紙の夕刊に「旬の人」と、いう連載のコーナーがあります。夕刊を今朝方目を通していて、タイトルの“実名公表「勇気ある姿見て」”に目が止まりました。

 “八重樫信之”さんの紹介記事です。

 八重樫さんのことばとして、「匿名で被害を語っても伝わらない。実態のある人間を撮りたかった」このことばが意味するものの証として、
写真集「絆ー『らい予防法』の傷痕ー日本・韓国・台湾」を出版、52人の元患者の姿がそこにある!とのことです。

 家族を偏見から守るため偽名を使ってきたという現実をうかがい知るとき、私たちの課題は見えてはきているのですが・・・。
 フィクション・・・、脚本による映画化の難しさを改めて感じさせられております・・・。


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Re: リベル様へ 投稿者:リベル 投稿日: 9月27日(水)02時20分22秒   引用  編集済
>画期的な、歴史的な判断と思うが ここにある新聞は もう 小泉首相を批判している。

「画期的な、歴史的な判断」には思い当りませんが・・・?何のことを指していらっしゃるのでしょう・・・??

>死んでから「再審請求」は 出来るのでしょうか。私は法律のことは不勉強なので教えてください

出来ます。いま藤本事件で、再審請求がなされようとしています。そのことに関しては「志村さんとキャッチボール」ででも、志村さんが書いて居られますのでご一読をお勧めします。


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祭文 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月26日(火)20時43分11秒   引用
最新の全療協ニュースによると 青森で 宮里光雄会長が 胎児の霊に対し、祭文を となえられている。

 宮古南静園でも 数年前から 胎児の霊に対し 鎮魂の言葉が述べられている。標本こそなかったが 歴史をひもとけば 堕胎の事実は あったのである。宮里光雄会長は 宮古南静園の自治会長を長年されていた。


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リベル様へ 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月26日(火)20時27分17秒   引用
画期的な、歴史的な判断と思うが ここにある新聞は もう 小泉首相を批判している。

 ま、批判は自由なんだろう。話が違うが、中国が日本の田中首相を多とし、尊敬しているのに、日本では そうでないのも 面白いといえば面白い。

 死んでから「再審請求」は 出来るのでしょうか。私は法律のことは不勉強なので教えてください。そういえば 終戦直後の有罪判決を 死後 ひっくり返したことがありましたね。


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地球カレンダー 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月26日(火)13時07分29秒   引用
リベル様

 リベル様のいわんとしていることは わかります。小生の方が ちょっとヘンでしょう。
 46億年を1年とすると、46割る12で、1ヶ月は 約4億年。
 9万年というのは 端数ですので 10万年とすると 一億年の千分の一
 大雑把な計算です。1ヶ月は 30かける24時間です。その千分の一。

 カレンダーを見ると 1億年は 7日ということらしい。
 しかし これは ちょっとおかしいですね。1年は52週でしょう。46より 多い。ということで 1億年は もっと 長い。8日かな。

 誰か 計算してください。
(リベル) 前にも書きましたとおり、私の言いたかったのは、人間の若さ、小ささだったのです。細かいことは実はどうでも良いのです。大晦日なのだということが言いたかっただけなのです。仰有るとおり細かい計算はどなたかにお任せしましょう・・・。

現生人類が生まれてから、未だ僅か。その中の、僅か2000年前にキリストが生きて歩いていた。僅か230年前にアメリカは立国したばかりだ。これが言いたかっただけで、細かいことは実はどうでも良いのです。なにしろ私は大雑把が身上ですから・・・(笑)

余談はこの辺にして、Ichiroさんの「再審請求」や「映画化」についてのご意見も承りたく存じます・・・。元園長さんからの貴重なご意見を、心からお待ちしています・・・。(9.26 17:25)


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増さんは・・・ 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月26日(火)07時46分18秒   引用
 ― 追記です ―

>>この暗黒裁判から眼を放さぬよう未だ広くは知られていない真相を一人でも多くの人に知らせる努力をしなければならない<<

 「真相」なんです!真相を一人でも多くの・・・

 「努力」が必要とされています!!


 今、私が注目視している映画があります!『蟻の兵隊』 池谷 薫 監督作品のドキュメンタリー映画です。
 このHPから映画という媒体の、多くを学ばされています・・・。
http://www.arinoheitai.com/index.html



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そして、増 重文さんです。 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月26日(火)07時12分6秒   引用
 この「全患協ニュースbQ01」は、藤本さんの魂を 圧殺 されて一ヵ月後に発行されたものです。紙面の都合でほんの僅かな方々よりの、想いを越えた 声 とも、私には受け止められました。
 ― 泣け、怒れ、そして立ち上がれ ―が、本見出しとなっています!!

 昨日、入江さんの文章の表題は、「松夫を殺した黒い手をしばり上げろ」 でした。続いて、 増さん の文章の表題は、「この暗黒裁判から目を放すな」です。
 私はこの表題からだけでも、お二方が、何を伝え動いて欲しい!と、云っているのか!?が、感じ取れる気がしています。

 増さんの文章です!

>>9月11日午前11時から30分間、私は2名の同行者
と共に藤本さんに面会した。その日の面会が藤本さん
にとって、最後の面会人となった。
 その日、藤本さんは実にほがらかで、現地調査の折
訪ねた実家の様子などの話をよろこび、声を出して笑
い、不安や焦燥のかげは全くなかった。
 藤本さん自信が再審は必ず勝ちとれると、自信と希
望に満ちていた矢先だけに、死刑執行を云い渡された
とき、自分自身のことだとは気づかず、ことばを繰り
返して云い渡した事実。そして、処刑されることを知
った藤本さんが如何に怒りにふるえたか、藤本さんの
その激怒のさまが誰から知らされなくともありありと
眼に映ってくる。
 とり返しのつかない事になってしまったが、これか
らは藤本さんの死をむだにせぬよう、そして、こうい
う 残酷 なことが二度とないよう、こういう 屈辱 を
二度となめぬよう人権を守るたたかいをもっともっと強
めなければならない。
 被告を殺して真実を消すたくらみ、裁判のこの不正義こ
の冷酷な仕打ちをゆるしてはならない。この暗黒裁判から
眼を放さぬよう未だ広くは知られていない真相を一人でも
多くの人に知らせる努力をしなければならない。<<

 今回、「F事件から゛現代"を考える会」のHPが更新されました。山下さん、北風さん・・・、多く?の方々が持つ、「シナリオへの不安の一つ」の部分には触れては下さっていますが・・・、>事実と180度異なるシナリオ<との指摘には、今ひとつ私はその要点を見出し兼ねないでいます。

 昨夜、気が付いたのですがこのHPの会の名は、正に、「ハンセン病市民学会」の 会の目的 の部分にも拘わりがある 会の名 だったのですね。“F事件から゛現代"を考える会” “ハンセン病問題における歴史の教訓を、これからの社会のあり方へと引き継ぐことを目的とします”
 ただ、素晴しい会の名ではありますが、北風さん貼り付けの「きゃっしー」さんが語る、
「心配り」「目配り」「気配り」のそれぞれは、相手を重んじるからこその 行為 であることを示唆してくださっています。

 (注1)出典 「部落解放研究くまもと 第38号(1999年10月31日)に掲載されたものですが、同年6月5日の講演を加筆、訂正したものです」(原文は実名ですが、ここでは伏せています)

 とはありますが、入江さん自信への配慮はよかったのか?が、付いて回ります。いくら講演先で実名を語り、本に実名があったとしても、世間一般が 被差別化 された側の思いなどを十分に考えているなどとは到底思えません!
 現に、映画化が話題になる前は「藤本事件」で語られていたわけです。それを、「菊池事件」→「F事件」と、しなければならないという現実の考察が求められているように思えます。
 せめて、「F事件から゛現代"を考える会」という意義ある名前をつけているのであれば、この「心配りという行為の必要性」というものを今ひとつ考えていきたい思いです。
 この件も、北風さんがすぐさま指摘はしていましたが・・・。

「実名が未だ語られないという状況下である“現実”」が異常である事実に、私は更なる精進が求められているような気がしています。

 私が、この「藤本事件」に更なる拘わりを持っていった要因に 入江信さん 増重文さん という人物の存在は 欠かす事 が、できません!!


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地球カレンダー 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月26日(火)04時23分0秒   引用
題を間違えました。

 地球カレンダーでした。


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地球時計 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月26日(火)04時03分15秒   引用
リベル様

 小生の住んでいる近くの大異変といえば 4回あったなかの最も最近の地殻変動を伴う阿蘇山の大爆発ですが (9万年前) 計算すると 12月31日午後11時51分ぐらいですが、正しいでしょうか。この時点で地球上には 人間はいたのでしょうが 阿蘇にはいなかったと考えられています。(1億年前から計算する)

 ちょっと計算があいませんね。ええと700万年前が 午後11時37分とすると、午後11時59分45秒くらいになりますが どちらが本当でしょうか。(注:これはキリスト降誕とほぼ同じである)

 本当に700万年前が午後11時37分でしょうか。
(リベル) チョット言葉足らずで、誤解を招いたようです。「人類」の誕生は700万年前で、アフリカ中央部のチャドで見つかったサヘラントロプス・チャデンシスだとされています。「現在の人類=現生人類=新人」の誕生は3〜4万年前のクロマニョン人や周口店上洞人であると、今の高校の教科書には書かれています。11時37分はこれで計算されていると思います。私には、計算する能力が有りません。先生よろしくお願い致します・・・m(_ _)m
私の言いたかったのは、人間の若さ、ちっぽけさだったので、細かい追求はしませんでした。大ざっぱなのは、私の大きな欠点で御座いまして・・・どうかお許し下さい・・・。(9.26 06:52)


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余談ですが・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 9月25日(月)17時54分2秒   引用  編集済
地球が出来たのは46億年前、人類が生まれたのが700万年前と一般に言われます。地球カレンダーはその悠久の歴史を一年間にたとえたものです。これによれば、現在の人類が誕生したのは、なんと12月31日の午後11時37分なのですね。

散歩の途中で西の空、六甲山の上空を眺めながら、あの辺の空の下で、わずか2000年前にキリストが生きて歩いていたのだなあと、思うことがあります。これは実は現世的な、ご利益もあるのです。先ほどの嫁はんとの口角泡を飛ばしての口喧嘩が、いかに馬鹿げた「些末事」であったかを、思い知らせてくれるのです・・・(笑)

東の空を眺めると、アメリカが独立宣言を発したのは僅か230年前だったのです。中国の歴史は4000年と言われます。最大の「先進国」だとかいうのは、アメリカさんの勝手な幻想です。僅かに先を行っているのは、ITと映画くらいではないでしょうか・・・。イラクの現状を直視すれば・・・それに、枯れ葉剤や地雷のバラマキ・・・自惚れさせておいてはいけないと思うのは、私だけでしょうか・・・?


「独立宣言への署名」(J・トランバル画)



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Re: おせっかい様 投稿者:おせっかい 投稿日: 9月25日(月)09時14分6秒   引用
> >
> > せめて戦前から1980年代くらいまででいいから、できたらと思いますね。
>
> レスにも書きましたが、これは将来を狙った高レベルの発想だと、強く同感します。
> 祈ご健闘!!!・・・スタコラサッサ・・・はいけないか・・・(>_<)

こういうものこそハンセン病資料館の仕事だと思いますね。

そして、そうするように「提言」するのが市民学会とか。

しかし、その両者が園誌の重要性を認識していないように見えるのは僻目ですかね?
(リベル) いえ、僻目ではない。決して僻目ではないと思います。

ではどうすればよいか?その段階に来ているのではないか?と・・・。

市民学会の問題だけではなく・・・。(9.25 11:18)


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まずは、入江さんの凄さ! 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月25日(月)07時27分20秒   引用
 入江さんを語るとき、多くの資料群(随筆・論文・談話集)が残されており、その ひととなり を、覗くことができます。

 関原弁護士、自費出版・『F事件資料集』の中にも載せられていない、「全患協ニュース」(1962年10月15日、201) “藤本氏処刑 ―泣け、怒れ、そして立ち上がれ― ”の記載された機関紙が、先月、山下峰幸さんより届いています。
 この「全患協ニュース201」内の記事には、関原弁護士、増重文氏、入江信氏、加藤三郎氏、そして全患協ニュースの編集部の短めでは有りますが、コメント的 言霊 が、収載されています。
 中でも私の黙読の先を止めた文章に、入江さんのこんな文章がありました!

 >>「マツオシス」の電報を見たとき、私は自分の目を疑った。二枚
つづきの電文の最後に「フクオカケイムショ」とあり、「やったな!」
と思ったとき、全身の血が逆流した。憎しみと悲しみの涙の中で、私は
電話に飛びついた。
 一九六二年九月十四日午後五時三〇分(電報を受け取った時)。私は
この時刻を忘れまい。
 アメリカ帝国主義に従属する日本の反動勢力が藤本松夫を殺したこの日。
 十年間、無実を叫び続けてきた藤本松夫が、多くの世論に支えられ
て、再審の希望に胸をふくらませていた矢先の出来ごとだ。
 無学で、貧乏で、ハンセン氏病であった彼を、全くの予断と偏見に
よって裁判を押し進めた黒い手。その手が、今も私たちをねらっている。
第二、第三の藤本松夫を出さないために、私たちは団結しよう。法務
省、裁判所に抗議の手紙を叩きつけよう。団結の力で反動の黒い手を
しばり上げよう。
 藤本事件の裁判は今も続いている(即時抗告中)。ハンセン氏病患
者への偏見を打破し、人権を守るために、徹底的に事件の真相を追究
し、民主主義を守るたたかいを発展させよう。<<

 私が驚嘆させられた文面は入江さんの言う、「アメリカ帝国主義に従属する日本の反動勢力が藤本松夫を殺したこの日」と、いうように、入江さんはこれらを“黒い手”と表現しているところです。この時代、入江さんが感じた、松夫さんを殺したのは 黒い手 と、いっている部分を、現世に生きる我々は十二分にその考察をする必要があると感じさせられました。

 それと入江さんが言う「団結する」というこの想いも、具現化していく必要を痛く感じています。
 「ハンセン病市民学会」が産声をあげました。その目的とされる、

>本会は、ハンセン病に対する偏見や差別を解消し、ハンセン病問題における歴史の教訓を、これからの社会のあり方へと引き継ぐことを目的とします。<

 私は、「ハンセン病問題における歴史の教訓」このコトバに注目しています。この歴史的教訓なくして現世はない!とは、「現在は過去なくしては成り立たず、現在はまた未来への礎となりますから」という関原弁護士の 言霊 を思い出します。
 日本国・・・国家としての未だ、第二次世界大戦の歴史的な教訓の真相を解明できていないと思える 戦後 というものに 一市民 としては大きな危惧を持ち合わせています!

 いずれにせよ「ハンセン病市民学会」も、「現・日本国家」が持つ歴史認識からの曖昧さを黙認している人民とならぬ・・・必要性をつよく感じさせられています。

 「団結する」という意味合いには、このことを無視することはできないと考えるからです!!
(リベル) なるほどと思いながら拝読しました。

「団体」というのは単なる「集合」ではそれ自身、意味を持たない。「団結」して初めてダイナミズムを帯び、ベクトルを有つのだなあと・・・。(9.25 11:27)


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Re: おせっかい様 投稿者:リベル 投稿日: 9月25日(月)06時34分38秒   引用  編集済
> たとえば、インターネットを利用して↓のように誰でも読めるように出来ないものでしょうかね。資料館増築の柱一本で出来ると思うのですが。
>
> http://libsv2.eiyo.ac.jp/eiyotoryori/
> http://www.lib.nara-wu.ac.jp/kaji/
> http://www.lib.nara-wu.ac.jp/nwugdb/z003/
> http://www.lib.nara-wu.ac.jp/nwugdb/z002/
>
> せめて戦前から1980年代くらいまででいいから、できたらと思いますね。

レスにも書きましたが、これは将来を狙った高レベルの発想だと、強く同感します。
祈ご健闘!!!・・・スタコラサッサ・・・はいけないか・・・(>_<)


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コフキヒメイトトンボ 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月24日(日)15時17分46秒   引用
リベル様

 粉吹姫糸トンボの写真ありがとうございました。私はもっと懐かしいのはその幼虫で、メスは真っ赤です。オスは 白いですね。だんだん お写真の様に変化していきます。
 今は 見ていませせんが いるのかな。朝早くいくと 眠っていて、そこを入江信さんは 写真を撮っていました。昼は飛んでいるので写真は撮れません。

 Star誌が読めるとは知りませんでした。1巻のようですが 他にもありますか。
 隔月刊でしたが。ひまになったら長島に行って読もうかとも 思っています。

 スターと比較しても私は日本の各園の雑誌は レベルが高いと思います。スター誌は
 どうも医師とか リハビリ技師などが熱心に書いていましたね。各国の事情がわかるので
 興味深い雑誌でした。日本からもせっせと書いていました。(先生方です)

 入園者のためになるのは どちらかといえば 日本の各園の雑誌ですね。私はそう考えました。
(リベル) The Star誌は、よく見てみると、1941年の9月号から12月号までの4冊だけを、PDFにしていますね。それ以降は、その気がないように見えます、残念ですが・・・。(9.25 05:04)


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Star誌について 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月24日(日)14時56分26秒   引用
ハンセン病の資料を扱う人は Star誌は当然知っているものと思います。

 この雑誌は米国のカービルの患者さんが発行されていまして、残念ながら、現在は廃刊になっています。長島愛生園の図書館が かなり揃えていると思います。それで私は スター誌の面白さを自分が読んだものから引っ張ってきて、愛生に書きました。お願いして、長島にある雑誌の巻号を追加して発表してもらいました。いつか高松の宮ハンセン病資料館の図書館にいきましたら、そのことを聞かれました。恐らくそこでも、何らかの資料があると思います。
 ついでですから私が書いたものをここに載せてみます。

 Letter to the editor, Star Nov-Dec. 1987
A brief history of Kikuchi Keifuen, 8,Nov-Dec. 1990
War and Hansen's disease 6,Jan-Feb. 1994
Tha Irkutsk Leprosarium, 7,ibid. 1994
Japan's leprosy prevention law to disappear, 10, May-June, 1995

なお数字の最初はページです。イルクーツク療養所のことは 入江信さんの名前で出しましたが、私と共著みたいなものです。これを読んで凄く感激した話しかけてきた先生がいます。勿論最初の頃のStarは 読んでいないのですが プロミンの情報など この雑誌で得たという話も聞きました。

 愛生に書いたのが判りました。
 ハンセン病啓発雑誌 スター
  個人的に味わった魅力の数々 愛生 59,1、
26−33、2005
  ぜひ読んでください。


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Re: 更に重箱 Re: では、重箱の隅を。 投稿者:リベル 投稿日: 9月24日(日)12時29分30秒   引用  編集済
> > 大江光雄→大江満雄

有り難うございました。早速修正しました。


> 最初の項。
> >登録患者12.628人、入所患者10.100人、未収容患者2.526人、
> 二人行方不明。

これは、判決文から取ったもので、作成当時に悩んでいたのが、当時の資料↓からも窺えます。「part2、25p」「part3、1p」とかは「判決UT」「判決V」の意味です。判決自身「矛盾?」のある引用をしているのが分かります(8月の数字と年末の数字が1万人以上違っています)。判事さんも大変だったろうとは思いますが・・・。

結局、判決も公文書であり(?)何かの理由が有るのだろうと、勝手な理屈を付けて、ネグッタ(まあ、調べようもなかったと思います・・・)のだったろうと・・・。

何か、データのお心当りが有れば、教えて下さい・・・

今から歩きに出ますので、いずれまた、ゆっくり読ませて頂きます・・・ヽ(´ー`)ノ


当時「年表 日本のハンセン病」を作る土台にした資料です。
「etoileさん」の年表をベースにして他のデータを補充したものです。
「入所患者が10100人」を「10102人」に修正している痕跡が見えます・・・!!!



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Re: おせっかい様 投稿者:おせっかい 投稿日: 9月24日(日)10時01分56秒   引用  編集済
> 今考えてみても、「菊池野」の資料価値は凄いと思います。

そうですね。「菊池野」に限らず各園誌の資料価値は(資料価値にとどまらず「生きた内容」がぎっしり)非常に高いと思います。
その上、療養所の書き手は各園の「文藝特集」に応募したり寄稿しあったりして互いに交流しています。また、各園共通のテーマも自園の機関誌にかかれますから、あるひとの書いたものを全部読もうとしたり、あるテーマについてかかれたものを全て読もうとすれば、全園の機関誌を調べることが不可欠です。

療養所は「隔離」のために作られていますから、概して交通不便な場所にあり、さらに全国に散らばっていますから、全部の療養所をたづねて機関誌を読むことは事実上不可能です。
それらを全て一箇所で読むことが出来るようにすることは、研究上・学習上不可欠だと思います。

ところが、それらをまとめて読むことが出来る機関は一箇所もありません。
ハンセン病資料館も図書資料の認識は低く、したがって不備がおおく、比較的そろっている「愛生編集部」も完全ではありません。
たとえば、インターネットを利用して↓のように誰でも読めるように出来ないものでしょうかね。資料館増築の柱一本で出来ると思うのですが。

http://libsv2.eiyo.ac.jp/eiyotoryori/
http://www.lib.nara-wu.ac.jp/kaji/
http://www.lib.nara-wu.ac.jp/nwugdb/z003/
http://www.lib.nara-wu.ac.jp/nwugdb/z002/

せめて戦前から1980年代くらいまででいいから、できたらと思いますね。
(リベル) そうだと思いますが、チョット考えても容易い作業では有りませんね。各療養所なり自治会から機関誌を資料館に取り寄せることは容易なのでしょうけど、それを一括管理するのは現状ではとても難しいと感じます。それも「友の会」のやるべきことなのかなあ?・・・?(9.24 18:01)

いま、読み返していて、ネットでのお話を、見落としているのに気付きました。なるほど、これは未来的ですね。言葉がいけないかも知れませんが、将来この分野が拓かれるべきだという予感が強くします。皓星社さんに期するところ大です・・・(ニコニコ・・・9.25 06:31)


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更に重箱 Re: では、重箱の隅を。 投稿者:おせっかい 投稿日: 9月24日(日)09時33分57秒   引用
> 31年4月13日の項。
>
> 大江光雄→大江満雄
>
最初の項。

>登録患者12.628人、入所患者10.100人、未収容患者2.526人、

二人行方不明。
(リベル) ブ・ツ・ク・サの効き目が有りました。有り難うございました。「満雄」は致命的なミスでした。助かりました。未だ、有るかも知れません。どうぞ宜しくお願いします・・・m(_ _)m


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では、重箱の隅を。 投稿者:おせっかい 投稿日: 9月24日(日)08時18分21秒   引用
31年4月13日の項。

大江光雄→大江満雄

メールとどいていませんか?


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藤本事件年表 投稿者:リベル 投稿日: 9月24日(日)03時18分34秒   引用  編集済
ようやく、只今、出来ました。こちらです。

できれば、ご一覧頂いて、間違いや欠落のご指摘ほか、何でもお聞かせ頂きたく、お願いします。(この種のお願い、聞き入れて貰った試しが無い・・・ブツクサ、ブ・ツ・ク・サ・・・)


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余談ですが・・・濫觴 投稿者:リベル 投稿日: 9月23日(土)17時33分30秒   引用  編集済
数年前ですか、柳瀬尚紀さんの「広辞苑を読む」に続いて、矢沢永一、渡部昇一共著で「広辞苑の嘘」というのが出ました。(ほかにも「広辞苑は信頼できるか」金武伸弥著などの類書が有りますが、今はネグリます)

柳瀬さんは同じ「コキオロス」にしても、愛情が籠もっていました。に反して、矢沢・渡辺両氏のは、愛情が無いだけでなく、もう「罵倒」だらけで、私は途中で読むのを止め、以後このお二人の本は、絶対に手にも取りませんでした。北風さんも以前このBBSで渡辺昇一は信用できんとか仰有っていましたが、我が意を得たりだったのです、実は・・・。

ところが、魔が差して、最近矢沢氏の「人生を豊かにする日本語」という本を買ってしまいました。「濫觴」とかの語源を解説している本です。そもそもタイトルがクサイ、よくも買ったもんだ、と仰有らないでください・・・(>_<)

これによると「濫」は「あふれる」で「觴」は盃だから、「盃に溢れる」であるとだけ書いてあります。一生懸命記憶を修正してから、念のために「広辞苑」を引くと、「盃を浮べる」または「盃に溢れる」。「大辞林」と「字通」は「盃を浮べる」だけでした。

やはり、非道い、この人は!「貞操を捧げた男に逃げられた女性の気持ち」になりました。これが笑えるでしょう! 自分でも解釈がつかないのです。一体どういうつながりだか。大体私は女性の気持ちになったことがない!それが何故??

兎に角、矢沢永一は、やはり避けるべきでした・・・。これだけは確か・・・(笑)


大辞林第三版10月27日発売!

http://dictionary.sanseido.co.jp/info/proj2006/djr3pre1.html

(リベル) いま読み返していて、分かりました。「濫觴」は「盃を浮べる」だと長年思いこんでいた、その節を枉げて矢沢氏の説に屈した。なのに、見事に裏切られた。それで「男に逃げられた」。やはりオカシイですか??

馬鹿な話はこの辺にして、さあ「働き」ます。藤本事件の年表の決定版目指して、「働いて」はいるのですよ・・・完成は、大辞林第三版の発売日より早いはずです・・・(笑)

以上は、流れを妨げてはと、一旦削除したものです。お目触りでしたら、お許し下さい・・・m(_ _)m (9.23 17:43)


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Re: おせっかい様 投稿者:リベル 投稿日: 9月23日(土)11時55分3秒   引用  編集済
>コフキヒメイトトンボの写真と観察を教えていただきました。

ヒメイトトンボの仲間で成長すると、粉を身にまとうのでこう言うらしいです。隊長2センチ以下といいますが、見たことが有りません・・・残念・・・。

「四国南部、九州および南西諸島の各島に普通で、本州でも1964年以降山口市、防府市に生息が確認されている」とありました。道理で・・・。インターネットって、ほんとうに便利ですね・・・ヽ(´ー`)ノ


菊池先生、「Star」誌というのはこれと関係があるものなのですか?これはハンセン病の歴史のことで、見に行ったりしますが・・・。


コフキヒメイトトンボ



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おせっかい様 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月23日(土)11時20分23秒   引用
入江信さんの文章(1999年)ですね。おなつかしい。

 親しくしていましたが、本名は知りませんでした。
今考えてみても、「菊池野」の資料価値は凄いと思います。入江さんの菊池野の文章と入江さんの図を使って、ソ連の療養所に入られた前後のことを、「Star]誌に載せたことがありますが、その1年後に、その療養所を創立した人のことの投稿がありました。イギリスの女性でした。
 入江さんがF事件に深くかかわっておられたのは知っていたのですが、詳しくは伺いませんでした。コフキヒメイトトンボの写真と観察を教えていただきました。
 Ichiro


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Re: F事件資料集HPが更新 投稿者:おせっかい 投稿日: 9月23日(土)09時18分0秒   引用  編集済
> 匿名対談の4回目が出ました・・・。念のため・・・

三回目は明らかに一問一答のひとり芝居。
四回目もこのあとどういう風に持っていくのか興味深い展開になりそう。

>K園の入江信でございます。(略〕私は一九二三年、大正十二年生まれです。今年で七十六歳です。私はふだんは入江信と言っていますが、本名は井上強といいます。

菊池恵楓園を「K園」と伏せながら、入江さんの「個人情報」はそのまま。
何か基準があるんかいね。


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F事件資料集HPが更新 投稿者:リベル 投稿日: 9月23日(土)06時46分44秒   引用
匿名対談の4回目が出ました・・・。念のため・・・


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志村さんの投稿の波紋 投稿者:リベル 投稿日: 9月23日(土)01時04分26秒   引用  編集済
藤本松夫さんの命日に志村さんがこう投稿されました。

『 Re: 志村康さんとキャッチボール 25 ( No.46 )
日時: 2006/09/14 19:26
名前: 志村 康

今日は9月14日藤本さんの44回忌に当たります。映画「新・あつい壁」実行委員の方が墓参が出来ないので、納骨堂から冥福を祈られました。

また狭山事件関係者が藤本事件との類似性が高い監房内での識字の克服の過程を知りたいとして、来園されました。

F事件再審・映画「新・あつい壁」ともに確かな動きが始まったようです、皆様のご協力をお願いします。』


9月18日の北風さんの投稿がそれを取り上げ(厳密にはチョット違う!まあまあ・・・)特に「再審問題」に触れられました。

それから、談は「市民学会の在り方」から「稀少難病との対比」に及んでいます。

私は、この三つとも、本質的で重要な問題だと思います。また、どの一つをとっても議論は尽きず、そして、結論の予想しにくい問題だと思います。

その理由は、この三つのいずれも、事実関係に曖昧な点が有ることです。伝聞や推測に基づく議論も有るのかも知れません。

それを避けるにはどうすればよいか?

私は、そのいずれもに詳しく、正確な情報を持っている人に参加して頂くことではないかと思うのです。それは誰が適任なのでしょう?参加の方法はどうするのが良いのでしょう?今、悩んでいます。どうかお力添え下さい・・・_(_^_)_


私の散歩道では、ようやくチラホラ咲き始めたところです・・・。
「チラホラ」って言うのは桜のときじゃないのか?うーむ、また悩んでしまいました・・・。
奈良県榛原町仏隆寺の彼岸花。いつもお世話になる「高画質壁紙」のサイトからです。
背景の水車小屋は本物です。念のため・・・



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議論の飛び火 投稿者:おせっかい 投稿日: 9月22日(金)08時53分50秒   引用  編集済
[42386] Re:[42324] 無題 投稿者:きゃっしー 投稿日:2006/09/22(Fri) 06:40


> 話題にしたかったのはね
>
> 薬害エイズも、薬害肝炎も、ハンセン病問題も、みんな同じだ
>
>
>
> ってことね



薬害エイズ、薬害肝炎、ハンセン病問題、これらは共通項が重要だけど
薬害じゃないエイズ患者も、薬害じゃない肝炎患者もおる。
そういう人たちにとっては、総理大臣が控訴断念するとか、
「勝訴」の紙切れを掲げる姿が華やかに報道されるアテはない。

「水俣病の場合、(原因は)明らかに国の失政。
皆さんは何も恥じることはない。堂々と生きてほしい」

これは、胎児性水俣病の患者たちがある療養所を訪れた時の
入園者さんのことば。原告の人だね。

んじゃ、国の失策じゃない先天性の疾患や障害は恥じなきゃなんないのか、
なんてツッコミを入れるつもりはないけど、

いかんのは、おんなじことをうちらがやってしまうことじゃないかな・・・

ハンセン病患者も元患者も差別をする。していた。
今もしている。そんなのあたり前。
偏見の固まりみたいな人もいる。それもあたり前。
だけど、やっぱ、ハンパじゃない被差別体験を生きてきたから
ご破算というのか、免罪符というのか・・・変だけど
そうやって許されてる面はあるかもしんない

うちらまで免罪符が出るわけじゃないのに
知ってるつもりの人間ほど、つい代弁をしてしまうだよな。
気がつくと、錦の御旗を振り回してる。
とにかく伝えろ伝えろと刷り込まれて来たし。
庇ってるつもりかもしらんけど。それもしょうがない。

けど、そういう時に、訴える相手のない、遺伝性や、先天性の
病気や障害があって、ギリギリにがんばってきた人にしたら、
堪えていた水風船みたいな感情が
プスリと針を刺されたようにこぼれ出して行くだよ

華やかな報道を横目でじっと見ていた身にしてみたらきついだよ・・・

ハンセン病にも時間がないけど、
あせび会がカバーしている疾患のほとんどが、平均年齢80歳には
ならないんだよ・・・

長年、ハンセン病患者にも寄り添って、活動もしてきた人なら
なおさら、
裏切られたような気持ちになるのは無理ないと思う。
その口惜しさを、末利光の本が癒してくれたんだろうね・・・


だからそんな本が間違って賞賛されることがないように
せめて、うちらが心配りをしてかなきゃいけないのかも。

心配りってのは、北風さんが「目配り」とか書いてあって
それで思いついただけなんだけど

ハンセン病患者もうちらも、社会の中で進行形で生きてるんだから、
世の中との繋がりを無視して、内輪で自慰してちゃいかん。

佐藤さんみたいな人をあっちにやっちゃ、いかんよ。


もう1年以上も過ぎてしまったたけど、
熊本の市民学会でNさんがあの手紙を出してくれたことを
もっと大事にしなくちゃいけないんじゃないのかな・・・

そうそう、Nさんという名前は、あとから人伝てに聞いた。
伝わってきたということは、他にも心にとめた人たちがいて、
ささやかにでも語り続けられているってことかもしれない。
http://www.annex-net.jp/cgi-bin/libro/light/light.cgi



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やはり、市民学会の打ち出す方針には・・・大きな責任があると思います。 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月22日(金)05時43分32秒   引用
方針の打ち出し方というものにも いち会員 である方々の幅広い意見の集約方法が、この市民・・・「市民学会」というネーミングからも感じ取れるのですが・・・。

ハンセン病市民学会(ハンセン病問題から学ぼうとするすべての人に開かれた学会です)の規約・・・その目的です。

2.本会は、ハンセン病に対する偏見や差別を解消し、ハンセン病問題における歴史の教訓を、これからの社会のあり方へと引き継ぐことを目的とします。

 「これからの社会のあり方へと」まずは、このことに結び付けて、引き継ぐ活動運動方針を 常 に、念頭に置いていけたら・・・と、思います。


 北風さん、原文ありがとうございました。原文アップの真意がしっかりと私には汲み取れたと自負しています・・・、「市民学会」確かに素晴しいネーミングでは有ります。

 匿名さんにもお礼がいいたいです、想いを真摯に書き込みしてくださるという行為にです!お蔭様で、考える力を、頂いたようです。

 ただすれ違いの補正だけは、出来るものならしてみたいという思いが有りますので・・・。

匿名さんの、
>遺伝病では無い、と言う表現が低俗視された様で抵抗が
>あるとのお話でしたが、感染症でも、遺伝病でも原因
>そのものを話題にする事は、蔑視と言う意味ではなく
>感染経路、疾患の発症経路を、明らかにしたかった


>と言う意味に、受け取るのは難しいのでしょうか

と、いうご発言ですが、私が当時(設立総会)その会場の中に於いて、とても大事な発言と感じ取った要因は正に、匿名さんが仰ることとは、反対に「蔑視からの差別化の恐れ有り」でした。このことが同じ差別化の根幹にも触れる方々・協働者(当然私も含めてですが)、が気が付きもしないで平然とパンフなどで、啓発活動として利用しているということへの重い提言だと感じてしまったのです。

 余談ですが、「ソロクト問題」からの学びとして! 私は自国民中心主義がもたらす排除の有り方というものを強く学ばせて頂きました。この学びをわかってくださる方は 極・稀 なのかもしれませんが、ある研究者の覚悟を持っての活動の一環に触れさせられた時、「本質論」を常に拘る重要性といったものを感じさせてくださいました。

 北風さん、希望はまだまだ十分とは言い切れませんが、持てると思っています。
北風さん! 匿名さん! 貼り付けは当時の佐藤さん原文からの提起を志村さんとキャッチで論じたものです!

次に、匿名さん発信の
>司会者の方が、タイムアップをしきりに気にされていたので
>もしあれで、時間切れになってしまっていたら問題提起は
>されていなかった、と言う可能性はあったかもしれませんね

 この観点も確かにあるのでしょうが・・・、
 私が 歯痒い 思いをし、設立総会直後に「志村さんとキャッチ」に書き込ませていただいた要因は書き込みにも有りますように、
「今思えば、私はとても残念のような気がします。彼女の勇気?ある発言が会の終わりのおわりであったことがです。全国からの猛者連の集まりであったことを考えれば・・・、この提起についての論じ合いが出来ない状況下(pm1時より園内研修の時間が迫っていたという状況下)での発案であった事が悔やまれます!」

と、あります様に、私にはこの後に続く心の叫びにも似た思いが 心中 にはあったのです!
「このように全国からの実費(自腹)でも惜しくは無い!と、来てくださった多くの活動家の面々がいるわけです。場内からの勇気を持った女性からの発信が語られたわけです。今、私たち市民に最も求められていることの一つに“深く考え論ず場”の提供であることは市民学会設立者であれば当に理解できているはず、だとすれば一人の司会者の権限でこの重要課題とも取れる提起を時間だということで、提起止まりにしておくのではなく、執行部の意見を聞き、執行部での良き決断の後、時間のゆるす方という前置きで午後よりの一時間程度の論議の場を設けます。とでもなって欲しかった!!さもなくば、のちに紙面にてその提起の内容と執行部の想いを会員の皆様方へ発送と手段で講じて欲しかった!?」

 このような動きが信頼と信用という土台を持った会への構築と成っていくのでしょうね。

 北風さんよりの原文を目にし、多くの提起を内包していることに気が付きました。その想いが増幅されての、以上の文と、捉えてください。
http://hpcgi2.nifty.com/kwalk/patio/patio.cgi?mode=past&no=51&p=6&order=desc



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Re: (無題) 投稿者:リベル 投稿日: 9月22日(金)01時14分58秒   引用  編集済
> これは、、、、物議をかもし出した話題でしたね

> 現実に、為す術も無く療養所の中で鬼籍に入られた
> 方達もいらっしゃる訳で、待遇が良いと見えるのは
> 全体から見たら、短い期間の問題じゃないでしょうか

私が実は書きかけて保留している投稿が有ります。こうです。

「佐藤さんのを読んでいて、なるほどなあと思いました。うん、うん、と肯きながら反面、強く感じるのは、国の作為・不作為が患者の皆さんを強制隔離し、徹底的に痛めつけてきたという事実の無視です。胎児標本問題や藤本事件に代表されるような、非人道的な残虐行為を「アウシュビッツ」のように浴び続けてきた人々の気持ちになって、感じ、考える視点が失われているのではないかと、恐れます。関原氏のこのような真剣な一文を読んだとき、どんな感想をお持ちになるのか、知りたく思います。」


「匿名」さんの「無題」のお話は、核心を突いたものだと感心しました。そして、自分が同じことを言おうとしているので、投稿を中止したほどです。

なぜ「匿名」で「無題」なのか・・・?その方が、ん??と注目を引くから?あっ、その手もあるか・・・(笑)


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あらら、辻褄が合わなくなっちゃったよ。 投稿者:北風 投稿日: 9月21日(木)17時30分7秒   引用
得意の自己削除。証拠隠滅狸の習い。ははははははは。

では本題に戻りましょう。

このJLMの役員の構成はすごい。
大西基四夫、林富美子、横田百合子、大西ヒサほか。しかし、真面目な話「JLM」にも市民学会に加入してほしいね。
かつてJLMは、日本共産党員の沢田二郎さんが独力で社会復帰し印刷業を始めたとき、草津の沢田印刷に会誌の印刷を依頼し、沢田さんが家を建てたときには全ページを特集して祝った。原田嘉悦さんが「世界ハンセン病友の会」を作って入園者からの募金をもっと貧しい国の患者に届けようとしたとき、その窓口になった。そのときの事務局長は井藤道子さんの養子の元入所者だった。

今日のように、入園者同士の溝を広げ反目を拡大するようなことはしなかった。今のJLMはもっともキリスト教的ではないのが残念だ。


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(無題) 投稿者:匿名 投稿日: 9月21日(木)17時03分20秒   引用
ま、好きにやってください (呆)


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足を上げすぎるのは未熟者の証拠。 投稿者:北風 投稿日: 9月21日(木)16時50分13秒   引用  編集済
君にとっては「大騒ぎ」のレベルでしょうね。
「空騒ぎ」が好きな匿名君。

生兵法は、おケツペンペンだよ。


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あのう 投稿者:北風 投稿日: 9月21日(木)16時46分23秒   引用
あたしは、誰かに厳しくHNの使い分けを非難さんれたんですが。人の振り見てわが身はほっかぶり。はははははは。


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(無題) 投稿者:匿名 投稿日: 9月21日(木)16時26分59秒   引用  編集済
これは、、、、物議をかもし出した話題でしたね

この既に勝訴しているから、と言う論旨で考えられる場合に
やはり、現在苦悩している方達から見て恵まれていると
思われがちな面と言うのは、どこかに生まれてしまう

ハンセン病の強制隔離政策は、九十年にも及ぶ
長きに渡って続いてきた出来事で、解決したと
目されていても、それは全体のほんの一部の期間です

現実に、為す術も無く療養所の中で鬼籍に入られた
方達もいらっしゃる訳で、待遇が良いと見えるのは
全体から見たら、短い期間の問題じゃないでしょうか


誤解を招く、それは相手の人の事を他人事だと思わずに
考える側として同じ目線に立っているんだ、と言う事が
もう少し伝われば違ってくる問題なのではないでしょうか?

経済格差、だけを扱えば確かに開きが出ています

現実に色々な問題を抱えている人達の置かれる状況は
とても厳しく、それも日増しに悪い方向へ進んでいます

ハンセン病問題と、一般の医療福祉問題との大きな落差は
国の政策の目玉として、扱われてしまうその時々の政治的
イメージアップに利用されていたからと言う点もあり
当事者の人だけの問題では、無いような気がします

遺伝病では無い、と言う表現が低俗視された様で抵抗が
あるとのお話でしたが、感染症でも、遺伝病でも原因
そのものを話題にする事は、蔑視と言う意味ではなく
感染経路、疾患の発症経路を、明らかにしたかった


と言う意味に、受け取るのは難しいのでしょうか


で、厳密に言うとこの話題は当日の会場で発言されたので
趣旨としては、その場に居合わせた方達全員が聞いていたかと

司会者の方が、タイムアップをしきりに気にされていたので
もしあれで、時間切れになってしまっていたら問題提起は
されていなかった、と言う可能性はあったかもしれませんね


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責任は、向こうにあるのかこちらにあるのか 投稿者:北風 投稿日: 9月21日(木)16時23分25秒   引用  編集済
これは末利光の『ハンセン病報道は真実を伝え得たか』という本の感想としてJLMの機関紙『JLM』2005年(816号)に掲載されたものです。

末の『ハンセン病報道は・・・』は、リベルさんの紹介された弁護団の「公開質問書」にあるように、なんとも時代錯誤の酷いものです。

佐藤さんの言うことを反論するのは簡単です。しかし、反論して問題は解決するのか?
それに佐藤さんのような立場の人が「共感」を示してしまうのはなぜなのか?
佐藤さんを「向こう側に」押しやってしまった責任は、向こうにあるのかこちらにあるのか、というのが市民学会第一回のときの宇佐美さんの付き添いの方の問題提起だったと思います。

僕は、ハンセン病市民学会が、この問題提起を一顧だにしなかったことに失望したけれど、その翌日に夕焼けさんがそれを心に留めて、BBSに書き込んでいたことをしって、希望を持ちました。


「ハンセン病報道は真実を伝え得たか」を読んで
             あせび会 (稀少難病者の会) 会長 佐藤エミ子
             http://www.asebikai.com/

拝啓
 3月も半ばとなり、ようやく春の息吹を感じる頃となりました。私はJLMの購読者で末館長さんの連載は拝読させて頂いておりました。この度、改めて上記出版物を拝読いたしました。裁判闘争以来、私は一方的なマスコミ報道にうんざりし、ハンセンと書かれた記事もテレビも観るのが嫌になり、目を遠ざけておりました。

 ハンセンの患者さんを利用しようとし、した組織の人々が許せないのです。それを知りながら人気取りをやった小泉総理と、行政にすっかり不審を持ち、何もかも信じるに足るものがない社会に絶望しておりました。ようやぐ巡り会えたこの一冊で、長い間の心のつかえがおりました。
 私は1970年から「難病患者」の相談窓口として活動しております。「あせび会」はその中でも遺伝性疾患と云われ、今なお偏見の中で暮らす人々や、数掛少なく医学研究の対象にもならない病気の患者とその家族の集まりです。lなかにはハンセンの人達が羨ましいという人もいる程です。およそ20年前からハンセン療養所の開放を叫び、10年前に著書の最後の章 『コロニーの先住民族』構想を夢みて、静岡の神山復生病院の敷地の一部(修道女会より寄贈) に「難病患者と家族の保養施設」「御殿場荘」を整備したり、少人数の住まいも作り、今も運営いたしております。
 予防法の改正やハンセン病の社会啓蒙にも30年前から携わりました。全生園にも何度か伺いました。記念館作りにも協力しました。
菊池恵楓園にも2度伺いました。
 だが、全療協の人々の差別を武器に闘う姿勢に好感が持てませんでした。同時に日本で一番手厚く保護されている元患者の皆さんと、私の所に集まる患者の経済的差は余りにも大きく、共生することはできませんでした。働かなくとも暮らせる皆さんだから、国を相手に闘うことができ、それが生き甲斐にもなっていると感じたこともあります。一部のハンセン病元患者さんにとっては 「差別」 「偏見」「強制隔離」こそ金科玉条なのだと思っておりました。

 また、ハンセン病の啓発文の中に「私達は遺伝病ではあせません」というくだりがあります。私のところは会員の90%が遺伝性疾患です。どれほどその一文で患者・家族の心を傷つけているかを訴え、削除を求めたこともありました。しかし、受け入れてはもらえませんでした。遺伝病に対する根強い偏見を感じました。体験が産んだものだとしたら、その分苦しみを理解してほしいと思った私の甘さでした。
 でも、いま現在プロミンが出る前のハンセン病の方々とおなじような症状に苦しみ、親戚身内から排除きれ、冷たい社会の目の中で孤独に生きている人がいます。ハンセンも難病も厚労省の窓口は同じでした。パンセンの国家賠償とその後の整備に膨大な費用をつかうことから、難病の治療研究予算は削減されるばかりです。とても悲しく思っています。
そんな中で、瀬戸内に打ち上げられた虚無の花火、生前に建てた立派な墓標を見ると、正義の虚しさを感じるばかりです。国家賠償が国民の税金だということをもっと報道してほしいと云いたくなります。
 たいへん長い文章になり失礼いたしました。勝手に自分の代弁者がいたような錯覚を持ち、心のつかえがとれたものですから。お許し下さいませ。
                             敬 具
                           (2005年3月)


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未だ・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月21日(木)12時03分10秒   引用
佐藤女史の原文、未だ知らず!・・・です。

 出来ましたら、アップをお願いしたい思いです。

 北風さんの気が変わる前に取り急ぎ・・・職場よりー
(リベル) 差し支えなければ、私も読みたいです。宜しくお願いします・・・。(9.21 12:28)


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敢えて・・・・・・ 投稿者:北風 投稿日: 9月21日(木)09時06分25秒   引用
> >
> >  志村さん、昨日の終わりのおわりにフロワーより提案された女性の方の発言、とても重い提言のように感じました。半日皆さんと論じ合ってでも、ぶつかり合いながらも、一枚岩を目指したいと思いましたし、価値ある問題提起の様に感じました。

長島愛生園の宇佐美さんの付き添いの方ですね。
あれが唯一の収穫だったと、かつて小生も「暴言」を吐いたことがあります。

> >  確か、優生保護法案にかかわる話で、“遺伝病で無い論”を前面に出すことは新たな侵害を起こしてきているのでは!?という提案で、彼女に送られてきた手紙を朗読されての提起になっていたかのように思います。手紙の内容を聞いていて是非原文に目を通したく思いました。
> >

あれは、稀少難病の会の佐藤恵美子さんの文章だったと思います。あとで原文アップしましょうか?


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敢えて・・・・・・ 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月21日(木)07時35分22秒   引用
 北風さん、匿名さんより『ハンセン病市民学会』についてのご意見を頂いていますので私も敢えて 提起 させていただきます。

 昨日の、私の書き込み冒頭に、「大きな流れとして!」と書かせていただいたのには、「藤本事件の映画化をどうして“市民学会”は後押しするようなことができるのか!?」という思いからの書き込みでした。富山での総会時に映画製作・上映への協力が盛りこまれた・・・、このことが事実ならば映画化することが市民学会の活動方針で承認されたということで、このことは事のほか 大きな問題を内包している と、思えるのです!

 この学会は 共同代表・運営委員・事務局・会計監事 なる方々でその基盤がなされていると思っています。当然、今回の映画化への協力という活動方針は皆さまも了承していることなのでしょうし、その責務も皆さん十分にお持ちであることと思います。

 こんなことは無いとは思いますが、もし、後世でその活動方針が問われるようなことにでも成れば、その責任は基盤である皆様ということで、責任の所在が問われかねないということなどにはならないでしょうか?危惧しています。

と、いうのも今回の映画化で 見えない後押し といったものを感じているからです!
 映画化を批判する 輩 と、思いこんでいる方々の多くに、この市民学会の存在(本年の活動方針に映画化への協力という決断)は、私はことのほか大きいものがある!と、捉えています。

 学会の活動方針への決断はそれぞれ基盤とされる、運営に携わる方々の 断固たる決意 のものなのでしょうか!?

 昨年の市民学会が発足した直後、志村さんとのキャッチにこんな書き込みをさせて頂きました・・・。


日時: 2005/05/16 07:44
名前: 夕焼け


 志村さん、志村さんは後を振り返ることは余りしない!よって、自分の発した言葉、書き込みを見直すことは、ほとんどしない!!というようなことを仰ったことがあるように思いますが・・・。

 私は昨夜、キャッチ6,7をざっとでありますが振り返ってみました。
 報道関係者に「謝罪拒否」この4文字がもたらした波紋への示唆を壇上で志村さんが改めて問うたからです!
 かなりの報道関係者が会場にいましたので、私は是非この提起を報道に職する方々と論じてみたかったと思います。マスコミの世に与える影響の凄さというか、報道のあり方論については、報道に携わる方々の倫理を常に問いながら振り返り進むという“システムの強化”を求めたいひとりです。
 近頃(近年)の、マスコミのあり方では「言葉の一撃は槍の一撃よりも恐ろしい」「ペンは剣よりも強し」・・・、この格言の真意を自戒しつつ、世に尊い職であることの「誇り」をもち続けて頂きたい思いです!!

 志村さん、昨日の終わりのおわりにフロワーより提案された女性の方の発言、とても重い提言のように感じました。半日皆さんと論じ合ってでも、ぶつかり合いながらも、一枚岩を目指したいと思いましたし、価値ある問題提起の様に感じました。
 確か、優生保護法案にかかわる話で、“遺伝病で無い論”を前面に出すことは新たな侵害を起こしてきているのでは!?という提案で、彼女に送られてきた手紙を朗読されての提起になっていたかのように思います。手紙の内容を聞いていて是非原文に目を通したく思いました。

日時: 2005/05/16 07:46
名前: 夕焼け


続きです!!

 今思えば、私はとても残念のような気がします。彼女の勇気?ある発言が会の終わりのおわりであったことがです。全国からの猛者連の集まりであったことを考えれば・・・、この提起についての論じ合いが出来ない状況下(pm1時より園内研修の時間が迫っていて状況下)での発案であった事が悔やまれます!
 もし、志村さんの手に手紙の内容が届くようなことがありましたら是非、読ませて頂きたい思いです。

 今回の「ハンセン病市民学会」に参加し、昨年、志村さんと同じ壇上に上がった辛淑玉(しん すご)さんの言葉を思い出しましたので書き込みさせて頂ます!!

『私たちは、すべての人が、変化しうる生き物だということを忘れてはいけない。

健常者だって、いつまでも健康で頑丈で強いわけではないという、当たり前のことが忘れさられている。

弱者に優しい社会は、強者にとっても優しい社会なのだ。そして、手を取り合ってこそ人間なのだ』

辛 淑玉(しん すご)『となりのピカソ』(あとがき)より―

 <<<ハンセン病市民学会の発足に、携わっってきた全ての方々に“感謝の意”を表したいです!!>>>
http://hpcgi2.nifty.com/kwalk/patio/patio.cgi?mode=past&no=53&p=4&order=desc

(リベル) 済みませんが、ここに「お詫び」を挿入させて頂きます。
9月21日の「余談ですが」は流れの妨げになりますので一時自己削除しました。保存しましたのでまたその内に・・・。
「永久削除でいいよ!」「まあ、まあ、そう仰有らずに・・・」(笑)(9.21 11:15)


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Re: 学会 投稿者:匿名 投稿日: 9月20日(水)18時55分26秒   引用  編集済
> 志村さんも含め、というよりも志村さんのような人に真っ先に「原告・弁護団」主体の学会から、もっと広く「ハンセン病」あるいはハンセン病をもこえて「病者の権利」を考える学会になるように考えていただきたいとおもう。また、極論すれば光田をよしとする人をも受け入れ全うな議論のできる「学会」であってほしいと思う。
>
> また、かつて全患協の発足のころ、日患同盟などの指導や支援を受けた。その結果、患者運動として大きな成果を挙げた。
> いま、苦しんでいる難病や患者・家族の団体は多い。
> そうしたところが、いずれ運動の歴史を書くときにそのはじめに全療協の支援や指導を受けて今日が在る、とかかれることがあって欲しい。

これは同感で、今裁判になっている薬害肝炎の問題などでは
被告がナンバーで、訴訟を起こし実名があげられない点等は
ハンセン病問題の園内名の扱いと一緒で問題の根が同じ

そういう部分での、問題意識はいずれも共通でその点が
きちんと正される世の中になって欲しいし、その為に
過去の経験が、活かされる方向へと動いて欲しい

>そうではなくて何か「裁判」のねたになるようなテーマばかり
>追っているというのは考えすぎですかねえ。


市民学会と言われるからには、発言権は誰にも等しく
何かの問題や、疑問を感じる点があれば参加して発言し
それを考えていく処に、会の意義があるのでは?

> ひろく目配りと問題意識のある運動であり「学会」で
> あってほしいと思うのはないものねだりだろうか?


ないものねだりなのかどうかは判りませんが、それを提言して
いく処に、多くの人の集う場を作った意味があるのでは

市民学会の主体が、どこにあるのか、と言う点で言うと
入所者の方達が、主導と言うよりも学術研究する方達が
主導する傾向が、強い様にも感じますのでその点では
研究の為の研究では無い方向性で進んで欲しい気がします


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学会 投稿者:北風 投稿日: 9月20日(水)10時29分36秒   引用  編集済
学会への疑問は、同感です。
ただ「責任者」というより、「主体」ですね。

志村さんも含め、というよりも志村さんのような人に真っ先に「原告・弁護団」主体の学会から、もっと広く「ハンセン病」あるいはハンセン病をもこえて「病者の権利」を考える学会になるように考えていただきたいとおもう。また、極論すれば光田をよしとする人をも受け入れ全うな議論のできる「学会」であってほしいと思う。

また、かつて全患協の発足のころ、日患同盟などの指導や支援を受けた。その結果、患者運動として大きな成果を挙げた。
いま、苦しんでいる難病や患者・家族の団体は多い。
そうしたところが、いずれ運動の歴史を書くときにそのはじめに全療協の支援や指導を受けて今日が在る、とかかれることがあって欲しい。そうではなくて何か「裁判」のねたになるようなテーマばかり追っているというのは考えすぎですかねえ。

ひろく目配りと問題意識のある運動であり「学会」であってほしいと思うのはないものねだりだろうか?


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民主主義の根幹である・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月20日(水)07時25分0秒   引用
 大きな流れとして!

 今、「F事件の映画化を!?」と主張する方々が、全国行脚することから切り替えたのかどうかはわかりませんが、地元熊本県内で各々の自治体に入り、行政や多くの運動体も巻き込み大きな会場でその主張を唱えています。

 ただ、その会場に参加された方々よりの声として・・・、
「『今、映画をつくることが必要です!』とは、言っていますが、理由は何でもよいとにかく映画をつくりたい、という結論が先にあるとしか思えない」と、ご連絡を頂いています。
では彼が感じた、

 「なぜ?結論が先にあるのか!!」

 私はその 意図 に、ここ数日 暗中模索 させられています・・・!

 北風さんが、志村さんのキャッチよりの引用[昨夜。 投稿者:北風 投稿日: 9月18日(月)09時52分52秒 ] 文を出され、冒頭に、

>いったん書かれて自己削除された記事があった。何かためらいがあったのだと思う<

 この言葉を耳にし直ぐに思ったのが、このBBS内での「藤本事件の映画とは?」を提起してくださった折の、北風さん自身の 自己削除 されたことでした。

 志村さんの 言 を引用して削除された方が何を言いたかったのかは、北風さん主観の、
>投稿者の意図は、「再審問題、映画問題」ともに動きが始まった。志村さんも「ご協力をお願いします」といっている、「批判的な」議論はもうやめて「協力しよう」ということだと思う。
その真情は理解できるし、そうしたい。<
 で、大よその見当はつきましたが・・・。

 私もその心情・真情は判らない訳では有りませんが、そのアトの北風さんの「そうしたい!」と、言い切る 言霊 に同じ思いを馳せています。

 私は、北風さんの自己削除された部分の提起が、この映画化するという事にに含まれていることの 大きさ を鑑みていましたが・・・、のちに整理された書き込みを目にし(後の祭りにならないために、小生も整理しておきます)、大概では有りますが北風さんが持つ「課題からの提起」が、見えてきたようです。

 冒頭の、「なぜ?結論が先にあるのか!!」についてですが、北風さんの「課題からの提起」という心情にも触れさせられた上で、彷彿したことが有ります!

 「国賠訴訟に勝利するには、『ソロクト問題』『藤本事件』は、現段階では内包できないのですよ」という論に、まさに当時としては、この勝利することが主眼で主流であったことは理解できますし、勝つことの意義を考えたならば・・・、難しい問題であり・・・今、私たちが市民レベルで「藤本事件の映画化とは?」を、語り合っていることとが連想されました!

 しかし、先の勝利を一概には悦べない事も確かな現実として有ります!今のソロクト・台湾問題の実情を鑑みた時、「どうして?なぜ?この大きな問題を日本人である我々が、自戒の念と共に語り合わないのか?そして、なぜ複雑化(本年の2月3日の新・補償法の中身)された中での補償を伴わない補償となっているのか?」という嘆きにも似た、想いを私は持ち合わせています。

 市民学会ができた時点で、会費を払い会員とするならば、言えることとして・・・、このような発信をさせて頂きました!


   志村さんとキャッチ内に書かせていただいたものです!

日時: 2005/07/20 07:08
名前: 夕焼け


 おはようございます!

 酷暑が続き、文明の機器のお陰でその場凌ぎは出来たとしても、実際は如何なものなのか?と、“ふっ”と考えてしまいました。

 過ごしやすさの追求が、果たして私たちの体に秘められた順応性や逆境に立ち向かう意思などに、多かれ少なかれ影響を与えているのでは!?この思いは、昨夜の志村さんの書き込みより連鎖したと思えます。

 連鎖と言えば、志村さんが 希望 とする「ハンセン病市民学会」の存在でありますが、この一般市民をも参加(会員)出来るという“学会”の組織構造について、総会時にはこれといった疑問も持ち合わせず、立ち上がるその事実に歓びが先行して疑念など持ち合わせていかった状態だったのですが、いざ部会をと、私の知人などに呼び掛け準備会を開こうと進み始めて・・・。
 この学会の「共同代表・運営委員」・・・誰が責任者なのだ!まとめ役には事務局長の“ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山”の藤野 豊氏が「長」と有るが、共同代表・運営員に於いてはその責任者が選出されていないのには如何なものか?と、考えてしまいました。
 たまたま、私は志村さんと面識があるということから、共同代表でもある志村さんに部会立ち上げの骨子を相談できますが、やはりこの会(学会)の責任者は誰であるのか!?は、必要であるように思えています。


日時: 2005/07/20 07:10
名前: 夕焼け


続きです!!

 事務局長をされている藤野氏が「ハンセン病市民学会ホーム・ページ」上に、この学会をより意義ある組織へと、という観点より「会員のための掲示板」なる、会員の皆様が持つ意見・質問を皆さんと考える場が立ち上がらないかと待ち望んでいたのですが・・・、未だ無理なのか?この先も掲示板なる仮想現実では、立ち上げることが出来ないのか?藤野氏の意見を聞きたい思いです。
 実名による全国の会員皆様方との意見交換でも・・・、やはり無理なのでしょうか!?

 交流、検証、提言の3つを主要理念と掲げている以上、この文明の機器をここは使わない手はないと心得ます。




 民主主義の根幹は、「よりよくコミュニケーションが出来ることに、その想いを馳せるためにはどうしたらよいのか?」に尽きる!と、この掲示板に参加させていただき 想い をより強くしているところです!


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Re: 後の祭りにならないために、小生も整理しておきます。 投稿者:リベル 投稿日: 9月20日(水)01時04分49秒   引用  編集済
> もともと、小生には国賠裁判以前から何らかの形でハンセン病に関わってきた方と、弁護団はじめ裁判からこの問題に関わってきた方の間に感情的な溝、考え方の相違があると感じてきました。
> このことは論じれば長くなりますが、それを放置することは決してよいことではないし、本来一緒に闘っていくべき仲間を、相手の側に押しやる結果にもなる〔それは末利光『ハンセン病報道は真実を伝え得たか』でも、稀少難病の会のESさんが末に「共感」を示すなど如実に現れています)そういう問題意識があります。

この本を私は読んでいませんが、国賠弁護団のHPで「質問書」と「回答」が読めます。これだけでも参考になりますので、お知らせまで・・・。この回答の誠実さはNHKならでは、の正に「模範回答」(?)です!!!


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Re: 昨夜。 投稿者:リベル 投稿日: 9月20日(水)00時31分42秒   引用
> もっともっと、多くの場で議論を尽くして「再審」請求をすべきであると考えます。
> あとのほう不充分ですが、とりあえずあっぷします。
> 〔あとで補足したいと思います〕

で、この部分は極めて重要なので、「補足」を心待ちにしているのですが・・・_(._.)_


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出ました・・・!! 投稿者:リベル 投稿日: 9月19日(火)17時20分23秒   引用  編集済
お化けではありません。お待ちかねの「F事件資料集」の「連載対談・第三弾」です。

これから、読みます。先ずはお知らせまで・・・!!

今、2行読んで、またガッカリです。

>A:人の身体を拘束するものには、収容≠ニ隔離≠ェあります。そのちがいは何ですか。
B:収容≠ヘ、用件が終われば、解放します。

そんなに簡単に定義して良いのかなあ?と少し考えたら「アウシュビッツ収容所」から「用件が終わって解放」された人が居ないのに思い至って、そこで読み進むのを止めました。悪い癖です。また、夜中にユックリ読みます・・・。


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Re: 「あげ」機能。 投稿者:リベル 投稿日: 9月19日(火)12時03分36秒   引用
> 「あげ」機能ありますよ。右上の「引用」をクリックすれば。

へえ!!!です。早速活用してみます。
(リベル) 本当ですね。出来ました。

では今後は、両方の使い分けで、楽しむといたします・・・(笑)


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「あげ」機能。 投稿者:北風 投稿日: 9月19日(火)11時49分19秒   引用
そういや、リベルさん、何でややこしいレスのつけ方するんだろうと思っていたけれど。
「あげ」機能ありますよ。右上の「引用」をクリックすれば。


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連載といえば 投稿者:リベル 投稿日: 9月19日(火)11時03分24秒   引用
先日仰有っていたのも、「謎の会」のことだったのですね。いま気付きました・・・(恥)

夕焼けさんの方も、お待ちしているのですが・・・。あれで終わりだったのかな、3回でしたが・・・。続きが有れば、宜しくお願いします・・・m(_ _)m


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謎の会は Re: ふーむ。 投稿者:北風 投稿日: 9月19日(火)09時18分23秒   引用
> 連載が止まってしまったね。正直、続きに関心があったのだが。
>
> http://cluster.web.infoseek.co.jp/Fjiken/index.html


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余談ですが・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 9月19日(火)01時56分45秒   引用
私の制作中のもう一つのサイト「人名歴史年表」が、一年と17日で10万アクセスを越えました。

嬉しくて、つい。全くの余談でした・・・(>_<)


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映画「新・あつい壁」 投稿者:リベル 投稿日: 9月19日(火)01時14分58秒   引用  編集済
映画「新・あつい壁」についてのご意見・ご希望の窓口を探してみました。

映画「新・あつい壁」製作・上映実行委員会事務局

     住所:〒862-0950 熊本市水前寺一丁目22-18 丸山ビル104号

     TEL:096-381-1214 FAX:096-381-1293

     メール:nakayama2005@dowbow.net

これらが適当なようです。先ず直ぐ出来て、遺族の方に全く迷惑を掛けることのない具体的な「アクション」はここで可能だと思います。

ここから始めませんか。お前さん、何かやったのか? いえ、未だです・・・(笑)


「あつい壁」1970年のポスターです。「壁をこえて」から



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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 9月18日(月)12時21分31秒   引用  編集済
1)メールによる問合せは、現在ありません
(来ていたのは悪戯メール、34件のみ  笑)

ここに書いてある文章を、コピーしていいのかどうかは
  それぞれに書いた方達の、許可が無いと出来ない事なので

  藤本事件の概要を記載したサイトを作ってそこに掲示板を
  つけると言うことであれば、それは可能だと思います
  そこで自由に討論をして貰うと言う事は出来るかと


2)これは、私自身が答えられる事ではないんですが。。。。

  直接親族の方のコメントを聞いていないので、関係資料以外は判らないし
  映画の製作に対して賛成者と、反対者の両方の意見が必要ではないかと


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 9月18日(月)11時08分18秒   引用  編集済
ここで書くと言うことは、文責は書いた人自身になるけれど
内容が問われることになったら、運営するリベルさん自身も
それに関する責任の所在を問われることになる訳ですよね

どちらにしても、書いた人個人か掲示板運営のリベルさん
個人か、一人の人が責任を背負うことになりませんか?

ここは、多くのハンセン病に問題に感心のある人が訪れます
そういう意味では多くの人達のいろんな意見を
聞ける場所としては、最適なのは判りますが

この話題は北風さんが、ある日一方的に始めたことで
リベルさんと事前に打ち合わせをしてこの場で話し合う
事を了承しあってから、始めたことじゃないですよね

その流れが今日まで、続いてきている訳ですが
場所を変えると言う意味ではなく、個人負担にしない


と言うことを提案しているのですが


多くの人に参加を呼びかけたいのならば
この掲示板上で、何度も告知してもいい訳ですし
リベルさんにも、そういうサイトが出来たと
リンクを貼って貰ってればいい事ではないですか?
(リベル) お気遣いを有り難く思います。どんなことがあっても、責任を負わなければならなくなっても、一向に構いません。むしろ喜んで人様の分まで、ひっ被ってしまっても良いのです。なにしろお迎えが近いので・・・(笑)

そんなことよりも、私がレスに書いた二つの問題点については、どのようにお考えなのか、お書き頂ければ有り難いのですが・・・。よろしくお願いします・・・m(_ _)m(9.18 11:56)


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昨夜。 投稿者:北風 投稿日: 9月18日(月)09時52分52秒   引用  編集済
いったん書かれて自己削除された記事があった。何かためらいがあったのだと思う。

この掲示板が、そういう小さな声を発するのにためらわれるような掲示板であってほしくない。この話題に関して何か別な場所を造ればいいというような提案がされているが、最もふさわしい場所(つまりココ)があるのになぜ、そういう風に発言を「隔離」しようとするのかわからないね。
(「隔離」なんていった覚えはない、発言を捻じ曲げる、というのだろうが、その言葉を使わなかったからそうじゃないというもんでもない。たとえば「らい予防法」にだって「隔離」なんて言葉は出てこない。「保護」や「救護」という言葉は頻出しますがね。〕

内容はこれだった。投稿は最終行だけだったが重要な問題を含んでいるので全文引用する。

日時: 2006/09/14 19:26
名前: 志村 康
今日は9月14日藤本さんの44回忌に当たります。映画「新・あつい壁」実行委員の方が墓参が出来ないので、納骨堂から冥福を祈られました。
また狭山事件関係者が藤本事件との類似性が高い監房内での識字の克服の過程を知りたいとして、来園されました。
F事件再審・映画「新・あつい壁」ともに確かな動きが始まったようです、皆様のご協力をお願いします。

投稿者の意図は、「再審問題、映画問題」ともに動きが始まった。志村さんも「ご協力をお願いします」といっている、「批判的な」議論はもうやめて「協力しよう」ということだと思う。
その真情は理解できるし、そうしたい。

しかし、始まってしまったからには「協力するしかない」というのは、先の戦争のとき、多くの人は疑問や批判を自分の胸のうちに封じ込めた理屈だった。
だから、投稿者には同意できないけれど、しかし、自分の考えをためらいなく発言し、話し合ってお互いの理解に導くプロセスは何より大事だと思うから、発言を控えたりためらったりしないでほしいと思います。

ここで注目したのは、識字問題について「狭山事件」との共通性があるということ。「再審」に「確かな動きが始まった」という点。

狭山事件の石川さんは、無実を訴えるため独房で文字を習得した。それを教えたのは、看守だったという。藤本さんも字を覚え、三千通の手紙を出した。
このことの意味は、「掲示板」にもつながるけれど、ここは端折って「再審」に向けて「確かな」動きが始まったことへの懸念。

この再審の動きはいくつかの懸念があります。
端折って言えば、

この動きは、多くの人の「再審請求」への盛り上がりの中から出てきたのではないこと。
請求者が遺族ではないこと。したがって「遺族」やかつての「弁護士・支援者」との溝を広げること。
請求理由が、「憲法に違反する」裁判手続き、訴訟指揮というようなもので、必ずしも藤本さんの「冤罪」を主張しないと思われること。
したがって、もしこの再審が通った場合、いつか遺族が藤本さんの「無実」を主張して「再審」請求をしようとしても、一事不再理の原則からその道を閉ざしてしまう懸念があること。(遺族の「再審請求権」をおかすこと)

裁判がいかに憲法の精神に遠いものであったかは、森永英三郎弁護士の言う「人民の法廷」で既に有罪です。請求すべきは、藤本松夫という人の「冤罪」を晴らすことです。人権というのは、少数者の権利を守ることだとすれば、あくまで藤本さんに名誉を回復することにそそがれるべきだと考えます。藤本さんの人権を「啓発」に利用してはいけない。

もっともっと、多くの場で議論を尽くして「再審」請求をすべきであると考えます。

あとのほう不充分ですが、とりあえずあっぷします。
〔あとで補足したいと思います〕
(リベル) これで十分よく分かりますが、ではあとで補足をお願いします。その際指示を頂けば掲載順位を新しくしますが。所謂「あげ」機能がこのBBSにはありませんので・・・。

志村さんの記事、掲載・削除の事実を知りませんでした。この記事は「志村さんとキャッチボール」で読んで知っていましたが。そんなに細かく気をお遣いにならなくても・・・。BBSの運営者の能力不足・人徳欠如のせいだ・・・(>_<)(9.18 12:04)

追記:今行われようとしている「再審」は関原さんとは別に、今回の国賠訴訟の弁護団が請求する、ということなのですね、今印刷してトイレで(何だ、貴様は歩きながらか、トイレでしか読まないのか、と叱られそうです)読んでいて気付きました。これは私にとっては新しい情報です。また、歩きながら読ませて頂きます。勿論PCで読んでいる時間が一番長いのですよ・・・念のため・・・(笑)(12:29)


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 9月17日(日)21時32分53秒   引用  編集済
この松本さんの問題と言うのは、映画のことにせよ、遺族の方の
起こす裁判にせよ、いずれも訴訟が絡んでいる問題ですね

いっそのこと、掲示板上で話題にして何かを問うよりも
皆さんで、アクションとしての具体性を求めるならば
親族の了解を得て、支援者する組織でも作ってみては
如何かしらと、つらつら思っていたのですが。。。

従来から、既にそういう支援の会みたいなものはあると
思うのですが、何かテーマとして打ち出したい事が
あるならば、個人が独りで背負うには問題の質が
大きすぎる気がするのです、派生する責任その他が

掲示板上で書くことは、時間と共に流れていってしまい
いつでも、誰でもが記載を見ていられる訳ではありません

何か心に引っかかる事があったとしても、あれはどこに
いったかなと、後になって探し出す手間がいります

重要だと思われる事柄の記載は、個人管理に任せずに
WEB上に閲覧しやすい場所を設けて、いつでも好きな
時に誰もが、見やすいようにすると良いと思うのです


きちんと親族の了承を得て、運営解説者の責任の所在を
明らかにして、藤本さんの問題を考え語る為のHPでも
作られてみれば、いいのではないでしょうか

もしその為のスペースが必要になったならば一応今
無料のHPのURLを取得してあるのでご連絡ください
(リベル) 親族の了解を得て、「支援する組織」「HP作成」などのアクションを起こす、というご提案ですね。

私の気付いた、問題点を書かせて下さい。

1)誰かが、腕捲りをして立ち上がらなければなりません。どなたかいらっしゃいますか??

2)なによりも、ご親族が映画化は勿論、再審請求をも躊躇われる理由を良く考えなければなりません。

9月16日(土)01時45分45秒の私の投稿の中にある坂本克明氏や志村さんの話を、もう一度読み返すと・・・

皆様のご意見をお待ちしています。


あっ!はっしーさん、メアドを公表されました。素晴らしいことですね・・・ヽ(´ー`)ノ


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加藤三郎の詩 投稿者:北風 投稿日: 9月17日(日)19時15分55秒   引用
 『九月十四日』

藤本松夫が死んだ
藤本松夫が死んで終わった
無実を叫び我々の救援の手を信じながら

藤本松夫が処刑されて終わった
たった一人の娘の行方を見極めないまま藤本松夫が殺された
真実を明らさまにされることを恐れた人間どもに
殺されたのだ
それは誰でもが知った
一九六二年九月十四日十三時七分
俺は無罪だ 何も知らない
俺は人を殺すなど考えてもみなかった
俺は真実人殺しはしなかった
それでも
俺も人殺し野郎にされてしまった

彼は貧しかった
彼はそれ故に無学でもあった
それでも
彼は幸福を信じ
彼の一家の未末を築いていたのだ
彼はよく働いた
人々と交わり人を信じた
それでも
彼は人殺し野郎にされてしまった

彼はハンセン氏病ではなかった
彼はそれを証明できる充分な資料をもっていた
それでも 彼は
役場の一片の通知状のため
ハンセン氏病者とされて終わった

死刑の判決
地裁も高裁も
そして最高裁までも

アリバイは双方に違った主張が交され
凶器とされた刃物と彼の衣服には
一滴の血痕も出てこなかった
それでも彼は
殺人犯と断定されたのだ
彼の求める証人にはしりぞけられ
デツチ上げの証人が法廷を支配する
ガランとした特別法廷
白衣に身を包む神聖なる裁判官
つかれた者の如くおびえた表情
傍聴者のいない裁判官があった
ひたすらに彼は
裁判の公正を信じ
裁判の権威を信じ裁判官の人間性を信じ

宣告 死刑
死刑 死刑 死刑
貴様は死刑だ 死刑だ 死刑にする
お前を殺す お前は死刑にする

日本の裁判官が
ゴム手袋をはめた手で
三尺もある長い棒キレで彼をつついた

彼はその中で闘ったのだ

文盲と闘い一方の手に辞書を
三千通に余る手紙を書いた
そして
三千通の返事がとどいた
動物を愛し自らの体をきたえ
文を書き友の訪れをまち
弁護士にも文学者にも
よく語り よく聴いた

彼は多くのものを残して死んだ
不当な人間裁判が
人殺しを
合法という名の下に人殺しをやった

殺された者純真で無知で朗らかな男だった
彼は最後まで叫び続けたにちがいない
俺は何も知らない
いや俺は無実だ
俺は死ねない
俺は本当に何も知らないのだ

彼はもういない
藤本松夫はもういない
しかし我々は知った
今の日本を支配するものは
容赦なく人殺しをする

弱い者をより虐げ
平和を欲する全ての者に重い鎖をつけようとしている事を
我々はこの事を深く見極めた
我々は騙されまい
我々は忘れまい
一九六二年九月十四日

この日こそ我々の頭上に斧が振りおろされ
我々の歴史が血に染められた事を

藤本松夫の死を憤るもの
我々は闘おう
藤本松夫の死を悲しむ者すべて
真の敵を見すえて
我々は闘わなければならない
「藤本松夫氏の霊に捧げて」

一九六二年十月十日
(リベル) 三日ずれてるところに、北風さんの真骨頂を見る、と言ったら、叱られますね・・・(笑)歩きながら、印刷したBBSを読みながら、こんなことを思っていました。北風さんは、文章の行間を読むのに長けていらっしゃるなあ、と、つくづく・・・。「でもそれ、商売柄だよなあ」と呟いてから、自分の無能力を認めることから逃げようとしている自分に気付いて、耳の付け根まで顔が赤くなりました・・・。いい年をして・・・(笑)(9.18 01:40)


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入所勧告 投稿者:リベル 投稿日: 9月17日(日)06時04分45秒   引用  編集済
1951年1月9日、藤本松夫さんに来た最初の入所勧告です。

熊本県の衛生部が作るのか、厚生省が雛形を作って配布するのか、極めて下品な文章ですね。一読、こちらの身になっているかのごとき、美味しそうな美辞麗句を並べ立て、婉曲な言い回しを駆使して本当の中身を誤魔化し、かと思えば一転、凄みを効かせて脅す。今の悪徳商法の連中にお手本として配ってやりたくなります・・・(笑)


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改訂版です・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 9月17日(日)02時38分51秒   引用
9月16日(土)01時45分45秒の投稿分↓を改訂しました。題名と中身を少し変えましたので、お読み頂けると有り難いです。

なお、上のタイトル下に、「藤本事件」のページへのリンクを貼り付けておきました。ご利用下さい・・・m(_ _)m


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はっしーさんへ 投稿者:リベル 投稿日: 9月17日(日)00時39分9秒   引用  編集済
9月16日(土)00時48分41秒 のご投稿へのレスです。

今日、歩きながら、じっくり読ませて頂きました。

>和解に関する処理を引き受けいてた弁護士の方が映画の製作者の方から、その後提示されてくる資料が和解の条件だった事柄に即していない、と言うニュアンスになるんでしょうか?

鋭いご指摘にギクリと足を止めました。それも有りますが、しかし、もう一度読んでみますと

>(昨年の8月27日に)本事件の「映画制作」が公表されましたが、親族たちは、「ハンセン病にまつわる「偏見」は、消しがたく残ったおり、「映像」で表現されると、影響力が大きいので、プライバシーの侵害をおそれ、制作差し止めの相談をされたので・・・

とあります。最初から、止めて欲しいと仰有ったのです。裁判所での相談の結果前記の「条件」付きで和解となったのです。遺族の方のお気持ちは今も「止めて欲しい」である、と私は思っています。

そのお気持ちを大事にするためには、未だに改善されないシナリオに、異を唱えなければいけません。関原弁護士はそのために「F事件資料集」を、映画関係者に配布し、シナリオの見直しを求めて居られるのだと思います。

お陰様で問題の核心が見えてきたような気もします。遺族や、松夫さんのお気持ちを大切に考えるならば、はっしーさんの仰有る「具体的に出来る事は無さそうだが問題点は把握して心に留めておこう」で終わるか、否か!ではないでしょうか。


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Re: なにと闘うという以前に 投稿者:はっしー 投稿日: 9月16日(土)09時23分50秒   引用  編集済
> 僕が、あえて君に反論するのは、そのことによってこの場所での議論が封じられる、発言者が発言を控えるようになることを懸念するからです。
> 論理には論理を持って応え、摩り替えたり矮小化したりしないほうがいい。

矮小か、肥大かは、判りませんが

争論の確信が判らないと、対応のしようがないって事と
全ての人が、一律に同じ感覚で物事を受け止められる

とは限らないので、例えばここを読んだ人にもそれぞれに
私生活も個人事情もある訳ですし、何かの問題意識の欠落が
世の中を悪くすると言うのならばそれは、判るのですが


それは、誰かに対してアクションする様に強制効力を持つ


と言うものでは、無いような気がします



例えば、この掲示板の投稿を読んだ人で自分も何か出来る事を
考えてみようでもいいし、真剣に考えるべき問題ではあるが
自分の現状の生活においては、具体的に出来る事は無さそうだが
問題点は把握して心に留めておこう



でも、いいような気がします



これが、何かの署名やら、意見書を出しましょうやらの
方向性があれば、見た人が即座に何かを出来るのでしょうが


スタンスの問題は、強制されるべきではないような。。。。



で、その方向性を導く為に、何かの争論が必要だと言うのであれば
それに対して、何かの規制をかけたとは思っていないんですが


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なにと闘うという以前に 投稿者:北風 投稿日: 9月16日(土)09時09分35秒   引用
大事なことは、忌憚なくものがいえるということ。

「当事者」でないから、言う資格がない(そういうといつ私が「資格」なんていいました!という人がいるかも知らんが)として発言を牽制することの意味を考えるべきだね。

その上で言えば、「藤本事件」を自分の問題として考えるということは、既に「関係者」の一員であって、「遺族」「療養所の人たち」「映画関係者」「弁護士」をのみ「関係者」として「外野は黙れ(そういうといつ私が「外野」なんていいました!という人がいるかも知らんが)と」することは、再び「藤本事件」を密室に閉じ込め、松夫さんの口を封じた暴挙を許すことに連なる。

僕が、あえて君に反論するのは、そのことによってこの場所での議論が封じられる、発言者が発言を控えるようになることを懸念するからです。
論理には論理を持って応え、摩り替えたり矮小化したりしないほうがいい。


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今、私が思うことを整理してみました 投稿者:リベル 投稿日: 9月16日(土)01時45分45秒   引用  編集済
皆様のご投稿を、良く拝読して、いろいろ新しい発見をさせて頂いたりして、頭の中が少しパニック状態になりそうで・・・。

少し整理しなければと、今懸命です・・・。「F事件資料集」を全部プリントアウトしました。どうもやはり、古い人間は、ディスプレイより紙の方が読み易いのです。トイレの中や歩きながらでも、読めますし。

まだいくらも読めてないのです。「壁をたたく音がきこえる」をもう一度読み返したりしていて・・・。


私は9月12日にこう書いています。

「映画化の話が出た時、即座に(であるように見受けられるのですが)身を引かれたのが、関原弁護士でした。それから、私の知る限りでは、シナリオを読んで、山下氏が批判を展開されました。

これは何故か?故藤本松夫氏の視点で考えると「何故、今、映画か?」となるからなのでしょう。私は、いや、私も亡き藤本さんの声に耳を澄ませてみます」

耳を澄ませて、聞こえてきた声は・・・

声はこうです。

「私(松夫さん)の遺族がハンセン病元患者の遺族とか、元死刑囚の遺族などと言われたり、思われたりしないで、正々堂々と藤本松夫の子孫ですと名乗って暮らせるようにして欲しい」

注)松夫さんは1951年の1月15日から2月21日の間に、「ハンセン病ではない」という診断書を計4通貰っています。(F事件資料集、PDFp.5)なお第18回検証会議議事録には、1942年に軽症の神経らいと診断されたことがあるという和泉さんの話。「少し顔の一部が赤かったなと言う人もいます。何も障害もありませんでした。大きな体で健康そのものでした。」という志村康さんの陳述など、詳しい説明が有ります。

「ハンセン病」については、差別は根深いのですが、徐々に取り除かれて行くのを待たなければなりません。

「死刑囚」のことが、今問題になっています。「再審」がスムースに行かないのではないか?簡単ではないようなのです。昨年の3月19日西南学院大学でのシンポジウムでは、関原弁護士、徳田弁護士、内田教授のパネルディスカッションがありました。その記録が「壁をたたく音がきこえる」に有ります。関原・徳田両弁護士が同席です。そこでの徳田弁護士の再審請求に関しての発言の一部を引用させて頂きます。

「ただ実際には、再審は私たちではやれないわけです。私たちでやれるなら、本当に今日にでもやりたいなと思うんですけれど、再審の申し立てをできるのは、一定の範囲の遺族に限られているんです。遺族の方々の置かれている状況というのは、いろいろ問題があるわけですから、第四次再審請求はあるのかという質問に対しては、今の段階では残念ながら我々弁護士として、なんとしても再審をやりたいと願っている、というふうに申し上げる以上のことは申し上げられない。それはこの問題が、単なる冤罪事件だけではなくて、ハンセン病に対する差別・偏見というのが、アイスター事件に見られるように、現実にまだ私たちの暮らしている社会の中に深く根ざしている。遺族の人だちから見たときに、ハンセン病に対する差別や偏見というのが本当にひしひしと感じる状況が少しも改まっていない。その上に私たちがどんなに強く願っても、まだまだ克服しなければいけない壁が厚いということです。それだけ申し上げるのが精一杯なところです。」

こういう難しさを徳田弁護士も嘆いて居られます。また、かつて関原弁護士も上記「悼む F・M夫」の中で(先ほどの部分の直前です)、森長英三郎氏のこんな言葉を引用されています。「そして体制側の刑事訴訟手続きでは、どうしようもないものは、私たちによって、人民の名において無罪の判決をすることになるであろう。」ここでは、関原弁護士の苦悩が読みとれます。

この件に関しては、山下峰幸氏も「壁をたたく音がきこえる」でこう述べて居られます。
「藤本事件の再審請求については、これまでにも何度か考えられたことがあったのだろう。熊本刑務所菊池医療刑務支所で藤本松夫の教誨師であった坂本克明氏も、かつて再審を考えた一人であったが、今も熊本市内に住む家族を「白曰のもとにさらけ出すことになりはしないか」との忠告で断念したという。志村さんも「今でもね、再審請求すべきだという弁護士さんもいます。けど、やっぱり家族にしてみれば非常に酷なところがありますね。家族に"やる″と言ってもらったら、出来ないことじゃないと思いますけども、家族、親族の心境を思いますとね……」という。この志村さんの言は、国賠訴訟を起こしてまだ間もない、いねば四面楚歌の状況下のものであって、国の強制隔離政策の過ちが断罪され、検証会議の報告書も「到底、憲法的な要求を満たした裁判であったとはいえない」とした現在では、状況は大きく変わったのであるが、にもかかわらず、再審の困難性の基本的な構図、家族にのしかかる極限的とも思われる重圧においては、今もなんら変化はない。アイスター社のホテル宿泊拒否事件が顕在化させたすさまじいばかりのハンセン病への嫌悪・偏見を想い起こすだけで、再審がどのような事態を招きかねないのか、容易に想像されるのである。
 ましてハンセン病への恐怖・嫌悪が深く沈澱していた敗戦後の貧しい曰本の中でもさらに貧しい山村で起こったこの事件は、藤本松夫の家族・親族をズタズタにしたし、村人たちの上にもまた松夫の処刑、一族の悲劇とそれに絡む村の闇に固く口を閉ざしての四十年余の時が流れたのである。再審はそれを掘り返すのである。
 「再審」がなるかどうか、いまだ不明だ。しがし再審にすべてがかかっているわけではないことを、関原弁護士が先の追悼講演において語ってくれている。少し長くなるが最後に引用する。(先ほどの森長英三郎氏の一文です。重複するので略させて頂きます)
 死後再審は本人の子か弟妹しか請求できないという現在の刑事訴訟手続きが壁になって、藤本事件の再審がたとえ出来なかったとしても、私かかの詣で藤本松夫の無罪判決をする、そのはてしなく困難で遠い課題は残されているのである。」

以上が、松夫さんの叫びに対して多くの方々がが応えて、行動している現状(私はここで行動の全てを記したわけではありませんが)です。

否!現状だったのです。ところが、ここで昨年の8月27日「新・あつい壁」の話が持ち上がったのです。

「新・あつい壁」を、ですから、松夫さんがどう思うか?という視点から見るべきだと思います。それには内容を(単にシナリオだけでなく)良く吟味しなければなりません。我々がです。先ず、遺族の方々に何某かの悪い影響をもたらすことが絶対に無いか?それを確認することが第一です。それからもう一つ。これなら、国民の間で話題となり、国を動かす力の一つになって、松夫さんの冤罪を晴らすことに役立つと、そう判断できれば、映画を応援すべし。これらの条件を満たしていなかったら、実行委員や中山監督に話しかけ、応援できるような映画にして頂く、そうするのが妥当な道ではないか?遺族の方々は、再審請求すら恐れ、躊躇っていらっしゃるのですから。 私は、今、そのように考えています。

どうか皆様の本当に忌憚のない、無遠慮なご意見、ご批判をお書き下さい。


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 9月16日(土)00時48分41秒   引用  編集済
これは、想定なので個人的にそれを断定した訳ではありませんし
関係者の方に、きちんと事実確認をした訳ではありませんが

下記の文章から、判断すると


三月に遺族の方が映画の製作に対する差し止め要求をしていたのが
和解が成立して、その和解に関する処理を引き受けいてた弁護士の方が
映画の製作者の方から、その後提示されてくる資料が和解の条件だった
事柄に即していない、と言うニュアンスになるんでしょうか?


仮に、私のたてた前提が正しかったとすれば


1.映画制作者の方と、弁護士の方を交えた遺族の方との再度の話し合い
2.映画制作を支援している方達に対する、その間のいきさつの説明
3.映画制作を支援している療養所の方達と、弁護士と遺族の方の話し合い



この三つが、必要になるんじゃないでしょうか?



そしてその際に、大事な事は誰か特定の個人に責任を背負わせない

経済的被害も、プライバシーの侵害も誰にも与えない選択を
極力選んで、上記の三つの話し合い並びに説明会を行う



と言うのがもし出来たら、理想なんじゃないでしょうか


(私が勝手に、決めるような事じゃないですけれども)



で、、、それに関して当事者以外の立場で何が出来るんでしょう?
(リベル) はっしーさん、ご免なさい。チョット疲れたのでまた明日、じっくり読ませて頂きます。(9.16 02:20)

新しいスレを立てて、レスを書きました。ややこしいですね・・・(笑)(9.17 00:29)


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 9月15日(金)23時19分16秒   引用  編集済
今、誰が何と闘ってるんでしょうか?

映画の製作方針について、意見するならば製作者に直接言わないと話は
進展しないし、弁護士の方や様子を知る方が異論を唱えているらしいと
言うのは間接的に色々資料を拝見していて様子は、判る気がするのですが

遺族の方が、直接今どこかに抗議をしていると言う話しは
聞かないし、なんだか今ひとつ事の実体が掴めません

夕焼けさんが、語ってくださることの真意はわかりますし
問題に対する視点として、それが大事な事だと言うのも
判るのですが、それ以外の方達がここに書いている


論点が、現実に対してどういう意味を持つのか



と言う事が今ひとつ判らないのですが



最終的には、何を目指しているんでしょうか?
(リベル) 遺族の抗議については、14日の夕焼けさんの文章の中に書いてありますので、お読み下さい。(9.16 00:00)


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考えすぎ・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 9月15日(金)12時25分30秒   引用  編集済
北風さんが「考えすぎか」とか「穿ちすぎでしょうか」などと書かれるときは、大抵傾聴に値する発想にお目にかかれます。

>それはほとんどの人が、アプリオリに「藤本事件の映画」といえば、藤本さんの冤を雪ぐ映画だと思っているからです。その人たちの「善意の誤解」がこの上映運動の基になっているというのは穿ちすぎでしょうか(9月14日(木)03時49分0秒)

ここにも、端倪すべからざる洞察力が窺い取れます。

「善意の誤解」を巡っては、また改めて自分の考えを整理したいと思っていますが。


ご投稿は印刷して、読みながら歩いています。畦道を踏み外して、穂が垂れてきた稲田へ落っこちないように気を付けなければ・・・水稲収穫量に影響します・・・考えすぎか・・・巫山戯すぎると、叱られる・・・(>_<)


穂が垂れてきました・・・兵庫県は豊作です

http://www.yunphoto.net/jpeg/yun_3175.jpg



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それは大丈夫 Re: ― 追記 ― 投稿者:北風 投稿日: 9月15日(金)08時45分44秒   引用  編集済
>  闘う相手(裁判になったとき)にとっての資料群には成ってはならないのではないか?が問われるのではないか?が、今の私の危惧するところです

つまり、相手に(再審請求に当たって)手の内を見せるのではないかという心配なら、大丈夫だと思う。

なぜなら、これは全て公刊資料です。「菊池野」「全患協ニュース」ともに見る気になればだれでも見ることができる。まして法曹の専門家なら、真っ先にチェックするでしょう。

それでも関原さんが「内部資料」とし、しかも「実名版」と「イニシャル版」の二つを作ったのはなぜだろうか? (謎の会のは、「イニシャル版です)考えてみました。

まず「興味本位」に取り扱われないようにということだろう。内部というのは、「藤本事件」について真剣に考え、あるいは藤本さんの冤罪であることを信じている人たちを想定しているのではないか。いわば同志。したがって、そうした確信もなく、「劇映画」のエピソードとしてしか扱わない今回の映画化への批判のメッセージだろう。しかも、それを映画関係者に真っ先に贈ったという。そこに、いわば映画関係者も「内部」になってほしいという関原さんの願いがこめられていると思うのは考えすぎか。

また、「だれでも見れる」はずの公刊資料を編集して私費で刊行したのは、「これだけ読めば」藤本事件の真実は明らかになるという、関原さんの強い自信の表れだと思う。また読後、当時どのように裁判にかかわりいかに多くの人が取り組んだか、その上に今の取り組みがなされなくてはならないということをいまさらのように感じる。

さらに、あえてイニシャル版を作ったのは、プライバシーへの配慮はもちろんだが、これまた、誰がどうしたこうしたという、ワイドショウ的読み方をせず、内容を読み込めば真相は自ずから明らかであるというメッセージだろう。それは、まさにワイドショウ的に「父ちゃんどこへ行くと」と遺族のエピソードから「劇映画」を作っていこうとした制作の姿勢への批判でもあろう。


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― 追記 ― 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月15日(金)08時06分32秒   引用
 「間違いなく 法 を犯している行為です」というのは、私の行為のことです!リベルさんの指摘に素直に「ありがとう」も言わず、勝手と思える論を・・・、自己弁護みたいに浅ましい・・・。
 それと>関原さんが「内部資料」と強く強調した理由に、この資料集が再審に向けての資料群となっていることからだと感じています!よって、闘う相手(裁判になったとき)にとっての資料群には成ってはならないのではないか?が問われるのではないか?が、今の私の危惧するところです<  の、(裁判になったとき)というのは、いつの日か訪れるであろう「藤本事件の再審」の日の裁判という表現です。
(リベル) 浅ましい・・・などと仰有らないでください。まったくそんな風には受け取っていません。

私は夕焼けさんの投稿部分を(他の方の部分も勿論一緒にですが)印刷して、歩きながら読んだりしています。

北風さんだったか、どこかで「夕焼けさんは、文章は分かりにくいが、論旨が一貫していて素晴らしい」と絶賛して居られたからです。

関原さんの、内部資料は流出してしまったので、もう仕方がありません。「挨拶文」に関しては、これこそ私の杞憂であることを祈るばかりです。

それよりも、これに懲りず、第三弾、第四弾を宜しくお願いします・・・m(_ _)m


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間違いなく 法 を犯している行為です。 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月15日(金)07時56分50秒   引用
リベルさん!

>F事件から”現代”を考える会のHPについて 投稿者:リベル 投稿日: 9月11日(月)00時04分46秒

内にある・・・>>ただし、「資料集」は素晴らしい。とりわけ一番最後の関原勇弁護士の「悼む F・M夫」は、以前に紹介した「壁をたたく音がきこえる」にも収載されていましたが、事件に興味をお持ちの方にはお勧めの一編です。

そう言う意味での存在価値は高いので、大いに利用させていただこうと思っています・・・。

反論、批判、罵倒をお待ちしております。あ、罵倒はお止め下さい。死期が早まりますので・・・(笑) <<

 に対しての、私の異論・反論のつもりだったのですが・・・。


>山下峰幸さんと相談の結果・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月11日(月)07時33分36秒

内に、>> 資料集の冒頭(序)にも【未発表】の玉井 乾介氏の追悼文が載せられていますが、読んで何を思うのかはそれぞれなのでしょうが、この文からは、脚本家横田氏の思いは覆るべきものと、感じますし、学習不足は私を含め否めないようです。
 ダイナマイト事件からの見直し(再審)が、大きく求められているものと思っています。

 関原さんが「内部資料」と強く強調した理由に、この資料集が再審に向けての資料群となっていることからだと感じています!よって、闘う相手(裁判になったとき)にとっての資料群には成ってはならないのではないか?が問われるのではないか?が、今の私の危惧するところです。 <<


 このようにも、私の想いを記していますし・・・。


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対 なんです! 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月15日(金)06時39分45秒   引用
 不特定多数への(非販売・私家版)をネットに公開する 人 もいる。そのことに異を唱えながらも「削除」するわけでもなく・・・。リベル(管理者)さんは、皆さんに読んでいただく事を重要視されたのか?真意はわかりませんが、「速報!朗報!」という「内部資料」の拡大につながる恐れにもなる行為をし続けている以上、関原さんの「ごく一部」と思われる心情に触れていただき、管理者としての判断を!と、思っていました。

 かなり冷たい物言いになっていることは私でも分かっておりますが、お察しいただければと、願っています。

 する という行為には、大きな責任が付いて回ります。特に管理者ともなればその判断を誤まれば同罪になりかねない恐れも有ります。
 今一度、>理解できない 会 の存在! 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月 9日(土)18時56分46秒 <
 読んで頂きたく思います。

 「内部資料」は、映画製作に携わる方々に読み取って頂きたく関原さんは汗を掻いたものと思われます。その内部資料を平然なのか作為を持ってなのかはわかりませんが、公にするという行為に出ました。いかにも表層的には、関原さんと共にいい映画作りに!民主的に(今頃?)!と、読み取れてしまうような 作為 に満ちたとしか思えないない 含有 で!
 シナリオ第4稿を公開できるのは映画製作者のみだと思っています。このシナリオを公開するという行為に対して、いつまでもリベルさんに、苦情も、抗議もないところを見れば、益々私の疑念は深まっていくばかりです。シナリオを公開されてしまえば、裁判沙汰になるのが 普通 ではないでしょうか?

 私は、リベルさんが言うように関原さんに連絡も取らず、山下さんの了解も取らず、私信を 公 しました!その意味では私こそ 断罪 の対象には違い有りません!
 しかし、どう考えても「ご挨拶文」は 、対であるとしか思えないのです。いつまでも、「F事件資料集」が、どなたでも読めるのであれば、私は 対 と思っているこのご挨拶文も公開するべきだと・・・、その逆、つまり削除という行為ともなれば、この 対 もまた然りだと考えています。
(リベル) 夕焼けさん

どうも、何か勘違いをなさっていると思います。

私の真意が届いていない気がします。私の言葉足らずかも知れませんが、そうだったらお詫びします。

もう一度、良くお読みになって下さい。細かく指摘するのも失礼になるでしょうし・・・。

よろしくお願いします・・・m(_ _)m(9.15 07:11)


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夕焼けさんへ 投稿者:リベル 投稿日: 9月15日(金)03時24分53秒   引用
昨日の朝ご投稿頂いたものに、今頃レスを付けました。お読み頂きたいので、念のため・・・。


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年表 日本のハンセン病 投稿者:リベル 投稿日: 9月15日(金)03時07分35秒   引用
これの一部を修正しました。1951年8/1のところです。ダイナマイトを投げ込まれ、後に何者かに殺された人の箇所です。以前は個人名まで書いていたのですが、これはだいぶ前に削除しました。しかし、村名、年齢ほかアイデンティファイ可能な情報を書いていたので、それを修正しました。

検証会議の最終報告書(PDFのp.61)には、そういう情報が残っています。厚労省が近々出版するようにも聞いていますが、それは構わないのでしょうか?人物が同定できる筈ですけど・・・。


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Re: いいかげんにしろよ 投稿者: いいかげんにしなさい 投稿日: 9月15日(金)01時32分7秒   引用
> 人の死がそんなに面白いか。

かめちゃん。それを言うなら、なぜ、人の死を「モチーフ」にした映画をそこまで弁護する?

一貫した生き方、一貫した発言を維持することは如何に難しいか知っている。
しかし、如何に難しくても、何とかそうあろうと努力している。

少なくとも君も、せめて努力したまえ。

人にいちゃもんをつける前に。


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(無題) 投稿者:  投稿日: 9月15日(金)01時25分23秒   引用
42101] Re:[42092] [42084] [42082] 無題 投稿者:つる 投稿日:2006/09/15(Fri) 01:12

> いい本らしいし「倶会一処」も、一度読んでみようかなぁ
>
> でもあれ、内容が凄そうだから気合いるなぁ・・・
>

何だ。よんでいないのか。「かめ」チャン。


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いいかげんにしろよ 投稿者:かめ 投稿日: 9月14日(木)21時06分31秒   引用
福知山線の事故現場からタンカで運ばれる人にシャッターを向けたカメラマンも、プールの事故で亡くなった女の子の名前を取材した記者も、いちいち背負ってたら仕事になんないかもしれないけど、少なくてもアンタのBBSのためにやってるわけじゃないだろ。
人の死がそんなに面白いか。
(リベル) この投稿者は、一度削除対象に登録した人です。実は、その時削除宣言はしたのですが、実際には削除登録しませんでした。

やはり削除対象に登録しておくべき、お人柄だったのでしょうか・・・。昔のあの方は何処へ行かれたのでしょう?

目に余ったら、本当に削除対象に登録しなければなりません


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藤本さんの写真 投稿者:北風 投稿日: 9月14日(木)16時32分10秒   引用
知ってる限り二種類あるけれど、こっちの笑顔が断然いいですね。
短歌や詩から伺える、藤本さんの印象とぴったりです。

まあ、そう何でもかんでも「違和感」「抵抗感」を覚えんと。


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う・・・・・ 投稿者:匿名 投稿日: 9月14日(木)16時14分24秒   引用
こういう形で、故人の遺影を使われるのにはなんだか
抵抗感を覚えるのですが、WEBでの告別ですか?
(リベル) 写真を一旦、削除しました。理由はお一人にでも不快感を与えるようなら、削除するのが私の主義だからです。

しかし、俺は一体なんなんだ!という気持ちが頭を擡げて、写真を復活しました。そしてBBSの画面に戻ると、北風さんの書き込みが有りました。これは正にタッチの差だったのですが、事実です。私が「クソ」が付くほど真っ正直だと言うことは知っていただいていると思うので、これくらいで・・・(笑)
大いに意を強くしたのは、あくまでその後なのですから・・・・チョットしつこいか・・・。

「羊飼いは普段羊を飼っています。しかし時には狼と闘わねばならない時もあります」というセリフが、昨日観たメル・ギブソンの「パトリオット」という映画に出てきました・・・。含蓄のある言葉だなあと思いました。(9.14 16:42)


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今日は藤本松夫氏の命日です 投稿者:リベル 投稿日: 9月14日(木)12時25分30秒   引用  編集済
合掌




故藤本松夫氏(「ハンセン病資料館」より)



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人間って!摩訶不思議・・・で、恐いものでもありますね。 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月14日(木)07時01分33秒   引用
 目的が違えば、同じ支援者・協働者と名の付く方々でもこれほど汗の掻き方も違ってくるモンなんですね・・・!?

 私の疑念は、大よそ2年半前、(仮)タイトルの「父ちゃん何処いくと」という、藤本事件の映画化・・・、からでした。まず、タイトルで、“この標題からどのようにフィクションしていくのだろうか?”でした。プロは凡人とは視点も発想も違うのだろうなァ〜と、極、浅い疑念の程度だったのですが・・・。
 次に、その製作資金に賛助金・協賛金と表する資金繰りです。いくつかのスポンサーを抱えての足りない製作資金を、賄う手段としての賛助金であれば入園者にもご迷惑・ご負担をかけずに済むだろう!と、思えて成りませんでしたが・・・。私には及びも付かない見切り発車の感さえ有りました。
 当時も藤本事件の概要は 志村さん のお家で何度も話題となり、志村さんとのネット上の会話でも増幅されて来たようです。

 これらの疑念を片隅に置きつつ、本年の7月5日の北風さん、山下さん、協働によるネット上での問題提起は、私の「藤本事件」としての捉え方に拍車をかけて下さいました・・・。

 シナリオ第4稿が 謎の会 の手により、不特定多数の方々でも閲覧できてしまいました(私はこの時期のシナリオ閲覧は、主観ではありますが、北風さん・山下さんが引き出した、つまり、脚本家としての藤本事件映画化への苦悩が滲み出た結果では?と思え、謎の会に新たなる思いも持ち合わせてしまいました)。

 シナリオ第4稿に関する思いは、山下峰幸さんが、機関紙を通じ近々「問う」かたちに成らざるを得ませんが、公表するということです!

 以下は、関原さんがなぜこの時期に?自費出版という 労と汗 を掻いたのか?・・・、この「ご挨拶文」は、ほんの僅かな想いではないかと私は思っています。


ご挨拶
 『F事件資料集』をお届けします。
 わたしは、1955(昭和30)年3月、上告審の段階から、故人の弁護を担当しました。その後の再審請求を含め、菊池恵楓園の自治会をはじめ全寮協(当時は全患協)の方々および支援者とともに、力を尽くしましたが、故人の無実の訴えはかなわず、1962(昭和37)年9月、第3次再審請求棄却の翌日に、処刑されました。
 23回忌(1984年)前後を目処に、資料集を作ろうと思っていたのですが、いろいろの都合で果たせませんでした。
 昨年の今ころ、本事件の「映画制作」が公表されましたが、親族たちは、「ハンセン病にまつわる「偏見」は、消しがたく残ったおり、「映像」で表現されると、影響力が大きいので、プライバシーの侵害をおそれ、制作差し止めの相談をされたので、知人の熊本在・松本○○○弁護士(当然実名ですが!)におねがいしました。
 昨年12月から、熊本簡易裁判所で始まった調停裁判は、裁判所の勧告もあり、相手方が、親族のプライバシーに配慮する、シナリオ改訂の際は代理人弁護士に送付するなどの条項で、今年3月に成立しました。
 今年6月末に、シナリオ第4稿が提示されたのですが、第1〜3稿でも指摘した事実誤認、当時の状況への無理解がいっこうに改善されていませんでした。
 そこで、客観的な資料集の必要性を痛感し、全患協ニュース、菊池恵楓園自治会機関誌『菊池野』ほかに掲載、活字化された資料を編纂して、関係する方々のご高欄を得たいと、私家版(内部資料)として刊行しました。
 現在は過去なくしては成り立たず、現在はまた未来への礎となりますから、これを無視した、映像および文芸作品は成り立たないと確信するものです。
 なお、らい予防法はすでに廃止され、ハンセン病についての検証会議の最終報告書が、昨年公開されていますが、社会全体が「偏見」から解放された訳ではなく、本資料の扱いについては、慎重なご配慮をいただきたく、お願い申し上げます。
                  2006年7月30日
                    弁護士 関原 勇


このことに続く、山下峰幸さんの私信です!!


『F事件資料集』の送付にあたって

 関原勇さんから『F事件資料集』(非売品)が私たちの会に届きました。
 昨年、私たちが編集した『壁をたたく音がきこえる』と、同封の「新・あつい壁」シナリオ第3稿批判が縁となって、藤本事件に関するこの貴重な記録の数々にめぐりあえたこと、何より嬉しく思っております。
 ここには、「藤本松夫さん」のことを「わがこと」として、「自分自身の藤本事件」を闘った、入園者ひとりひとりの闘いの記録があります。読んでいて、40年、50年の時の流れを忘れ、時に息苦しくなるのを覚えます。
 関原さんは、この資料集の編纂過程で、「当時」が鮮やかに甦ってきたと言われます。
 自分の言葉で書き残すこと(記録)の意味を思うとともに、この資料集を抜きに「藤本事件」は語れないと確信し、お届けします。
                        八月七日
                          山下 峰幸
(リベル) 第二弾ですね。有り難うございました。

チョット心配なので、念のためにお聞きします。夕焼けさんのメアドを知りませんので。7月30日付けの関原氏の挨拶文は、転載許可を取って居られますか?もし未だでしたら、早急になさった方が良いのではと思います。『F事件資料集』は、内部資料として、連番を打って配布されたと聞いています。それほどの文書に付されたものは、公開を予想されていない内容を含んでいないとは限りませんので。杞憂だろうとは思いますが、念のため・・・。

それはともかく、又第三弾を楽しみにしています。宜しくお願いします・・・m(_ _)m(9.15 03:22)


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無断、再掲載です。もう一度読むべき時期かなと思って・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 9月14日(木)03時49分0秒   引用  編集済
後の祭りにならないために、小生も整理しておきます。 投稿者:北風 投稿日: 8月 6日(日)08時55分27秒

もともと、小生には国賠裁判以前から何らかの形でハンセン病に関わってきた方と、弁護団はじめ裁判からこの問題に関わってきた方の間に感情的な溝、考え方の相違があると感じてきました。
このことは論じれば長くなりますが、それを放置することは決してよいことではないし、本来一緒に闘っていくべき仲間を、相手の側に押しやる結果にもなる〔それは末利光『ハンセン病報道は真実を伝え得たか』でも、稀少難病の会のESさんが末に「共感」を示すなど如実に現れています)そういう問題意識があります。

裁判から五年、予防法廃止から十年、そろそろこうした溝は埋めていかなければならないし、それには「ハンセン病市民学会」が両者の相互理解の橋渡し、接着剤の役割を果たすことを心から期待してきました。

今回の映画化で小生が違和感というより、これでは駄目だと思ったのは、実行委員会に藤本事件の最高裁の弁護人で再審請求にも尽力し遺族の世話まで献身的に見た関原勇弁護士の名前がないことでした。何があったのだろうかと感じていたところへ、山下さんの「書簡」があって自分の違和感は決して根拠のないものではないことがわかったわけです。

「藤本事件」に関するもう一つの違和感も関原さんに繋がります。
ハンセン病市民学会で、徳田弁護士は藤本事件に触れ、藤本さんの再審に弁護士の後半生をかけると熱弁された。
しかし、再審は遺族以外は請求できないし、遺族の信頼厚い関原さんは現役の弁護士である以上、関原さんを抜きに語れないものだろう。
徳田さんは、遺族と関原さん抜きにどうして再審請求するつもりなのだろうということです。あるいはどうして関原さんを無視した発言をするのだろうか。

市民学会で語られた「映画化」「再審請求」、どちらも遺族とかつて献身的に関わった弁護士、支援者が眼中にないように感じられた。
これでは市民学会そのものも、接着剤どころか両者の溝を拡大深化させるものになりかねない。

こうしたことが背景というか底流にある。

どうしても「藤本事件」を映画化したいのならスケジュールと募金目標のみが提示されるのではなく、まずどういう映画を作るのかの明確な説明がほしい。
また、とにかく「募金」と「スケジュール」が先行しすぎている、遺族や関原さんと十分な時間をかけて誠実な話し合いがもたれたのかという懸念もある。(遺族は映画化差し止めの仮処分を申請し三月に和解が成立したとの事)

権兵衛さんが言っていたように「藤本事件の映画化には誰も反対はしない」。それはほとんどの人が、アプリオリに「藤本事件の映画」といえば、藤本さんの冤を雪ぐ映画だと思っているからです。その人たちの「善意の誤解」がこの上映運動の基になっているというのは穿ちすぎでしょうか。

自主映画は「運動」です。運動が終わるまで(映画が完成するまで)、参加者は何に参加していたのかわからないのでは、うまくない。後の祭りという言葉もあります。だからこそ、事前の説明や、あるいは批判的な発言がおおらかに語られることが必要なのだとおもいます。

この時期、山下さんが懸念を表明し、関原弁護士が私費を投じて『藤本事件資料集』を作られたのは、そうした懸念を強く持ったがためだと思います。

結論。この映画が商業映画として作られるなら、内容をあれこれ言う立場にない〔遺族の意向は別として)、しかし募金や上映運動を基盤に作られる以上、この段階から意見表明はしておく必要があるし、制作側は全ての協力者(批判者も含めて)に対して内容に責任を負わなくてはならない。

(リベル)この辺でもう一度自分の考えを整理しようと思って、過去の記事を読んでいて、これに目がとまりました。この時点で既に『藤本事件資料集』に言及して居られたのですね。この文章に書かれていることを、40日後の今、もう一度読み直すのも意義があることと考えて、再掲載させていただきました。メールでお願いする方法も有ったのですが、恐らくお許しいただけるだろうと思って・・・。もしダメでしたら、一言で削除します。宜しくお願いします・・・m(_ _)m

注:
1)北風さんへ:こうしてしまうと、ご自分での修正がききません。メールでも頂けば、私が修正作業をしますので、お申し付け下さい。
2)「山下さんの「書簡」」のリンクはリベルが張ったものです。


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ふーむ。 投稿者:北風 投稿日: 9月13日(水)18時52分45秒   引用
連載が止まってしまったね。正直、続きに関心があったのだが。

http://cluster.web.infoseek.co.jp/Fjiken/index.html
(リベル) 「14日・・・命日を前に! 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月12日(火)02時31分39秒」

これのことでしょう?私も心待ちにしています。

明日の命日を機に、大々的に掲載が始まるのではないのでしょうか・・・?

夕焼けさん、よろしくお願いします・・・m(_ _)m(9.13 23:03)


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Re: ハンセン病から学ぶもの 投稿者:はっしー 投稿日: 9月13日(水)15時30分57秒   引用  編集済
> それは、「裁判」からは、見えてきません。
> 療養所のなかで書かれてきた作品の中で見ることが出来ます。


このご意見には、少し違和感を覚えます

違憲とされてからも、確かに現実には多くの課題が残されて
いますが、裁判に至る過程の中に、多くの問題が提起され
その中には、今日でも多くの学ぶべき点があると感じています

行政の対応ミスによる疾患の問題はハンセン病問題だけではなく
薬害エイズ、薬害肝炎、サリドマイド、その他の社会病と言って
もいいような多くの疾患に対する、後々の裁判の際にもどういう
観点から、裁判を行っていたのかは参考になる部分が多いと思います


薬害肝炎の先日の集会でも、ハンセン病関係者の方が応援に
駆けつけて、勝訴するまで粘り強く頑張りましょうと激励し
これは、他人事ではなく自分達の問題でもあるのだと
問題の解決には、多くの市民の方達にもこの問題を知って
貰う事が肝要で、その為に尽力していきたいと思っています


と語っておられた姿勢は、印象的でした


問題の根底にあるものは、全て共通しています


裁判を通して学ぶべき事は、たくさんあるんじゃないでしょうか


また書物の中だけが、入所者の方々の実感を知る場とは必ずしも
限らず今、現在日常生活を営んでいる方達から、直接聞くことが
出来る体験談も同様に貴重なものではないかと、思っています

以前に、お聞きした事なので少し前の話題になりますが

図書館の中には、色々な方々の当時の事情を語る、肉声のテープも
磁気媒体で今も残っていて、これらのものもきちんとデジタル
処理して、今のうちから残しておかなければ貴重な肉声は
将来、確実に劣化して再生も不可能になってしまうとの事

同様に個人所有だったものを、遺品の中から譲り受けた写真の類も
保存の為の処理をしていかなければ、モノクロ時代の古いものは
どんどん、劣化していってしまう物で貴重な写真も後世に残りません

それらが、今どうなったのか私自身はよく知らないのですが

残すべき資料、も様々な種類でたくさんあるし、考えるきっかけも
その人のライフスタイルに応じて無理ない形で良いと思うのですが


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リベルさん。 投稿者:北風 投稿日: 9月13日(水)10時16分3秒   引用
そういう意味じゃないんだ。
おいらは、つい相手が誰でもムキになる。木を見て森が見えなくなるときがある。
本筋をついはずす。
一連の流れを反省しました。

それに人に言われてすぐ反省するほど素直じゃない(苦笑)。
(リベル) なあんだ・・・ほっ!!(ニコニコ)(9.13 11:36)

>それに人に言われてすぐ反省するほど素直じゃない(苦笑)。
ほんとうだ!素直じゃない、このセリフ・・・(爆)(9.13 12:56)


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ハンセン病から学ぶもの 投稿者:しゅう 投稿日: 9月13日(水)09時47分33秒   引用  編集済
わたくしも、すずらんさんのご意見にまったく共感します。
ハンセン病から何を学かということを、個人という立場で考えると、わたくしはすずらんさんが仰っているようなことが大切なのではないかと思います。
それは、「裁判」からは、見えてきません。
療養所のなかで書かれてきた作品の中で見ることが出来ます。療養所の中で書かれてきたものを、私たちは、もっと真摯な態度で、もっともっとたくさん読んで学ばなければならないのではないでしょうか。何が人を慰め、何がひとを支えるか、そして何が人を悲しませるのか、「らい予防法」が違憲となったところから、もう一度、それらを読み直すことが必要なことなのではないでしょうか。
これは、永遠の人間のテーマでもあると思います。ハンセン病の資料を大切にしなくてはならないと思う理由でもあります。


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(無題) 投稿者:すずらん 投稿日: 9月13日(水)08時51分19秒   引用
全生園の70年を綴った「倶会一処」の中にこのように記されている。

「その頃病棟にみられた特異な風俗は病棟めぐりである。病棟訪問といわれ、夕方から夜にかけて雨が降ろうが、風が吹こうが、ぞろぞろ連れ立って一つ一つのベットを見舞って
声かけて歩いた。こういう風習が病人たちの孤独の悲しみをどれほど忘れさせ、生きるささえを与えたか知れない」

わたしは病者に小遣いにも満たないわずかな賃金で相互扶助という美名のもとに強制的に労働をさせるという非人間的な政策は怒りを覚えますが、入園者の方々同士がいたわりあう情景は非常に心和みます。
このように書くと人によれば、政府の非人間的な行政を肯定しているように思われるかもしれませんが、満ち足りた生活をしていても不平不満、愚痴をこぼし、家族間で、また職場でギクシャクした人間関係になりがちな自分にとって非常に教えられるところがあります。
ハンセン病史の悲惨で過酷な史実を学び、啓発活動していくのももちろん大切ですが、
つらい状況にあっても人に対する思いやり、優しさを失わない。そのこともわたしたちは学んでいかなくてはいけないと思いました。
(リベル) すずらんさん、いらっしゃい。初めまして・・・m(_ _)m

>つらい状況にあっても人に対する思いやり、優しさを失わない

このことを学び、身につけなければいけないですね。身につけている人が、本当に羨ましいです。
それからどんなに踏みつけられても、立ち直り立ち上がって行く、不屈の魂も学ばなければと思っています。(9.13 12:52)


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反省しました。 投稿者:北風 投稿日: 9月12日(火)18時30分46秒   引用
本論に戻りましょう。
(リベル) ご免なさい。いつも、こうなのです。こうして反省材料を作っては、反省して、お詫びしているのです・・・(恥)

決して、北風さんに「おい、おい・・・!」と言っているのではなく、単純に笑ったのです。そして照れ隠しを、グダグダと書き連ねたのですが、今読み返すと、北風さんにBBSの提供者として苦情を言っているようにも受け取れますですね。
私の方こそ反省しました・・・(笑)どうか、そのつもりで、読み返してみて下さい。ほら、決して「苦情」ではなかったでしょう・・・。
私はそんなに堅物ではありませんですよ・・・(9.13 01:01 )


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お答えします。 投稿者:希有@北風 投稿日: 9月12日(火)14時44分9秒   引用  編集済
>その点は、ご自身でどう思われますか・・・・・・

本論とは関係にないすり替えと存じます。

同じ名前か気にしているようなので、明らかにしておきます。そういうことが大事な人には大事なことでしょうから。
「おせっかい」は僕、希有は杞憂の駄洒落〔?〕で僕、「おい」ではなくて、「あの」さんは未知の人。>北風
(リベル) 面白い、大笑いしました、と書きかけて、笑顔が凍り付きました。私が提供している「掲示板」だからです。

「掲示板の提供者は、議論がある場合、A・Bどちらかの肩を持ってはいけない」という鉄則が有ります! 有りますか?

いずれにしろ、私はどちらかの肩を持つものではありません。


だけど、まあ、面白いと思う感情まで、押し殺さなければいけないのでしょうか? いけません!


分かりました。では口を噤んでおきます・・・。

いずれまた、夜中に・・・(笑)(9.12 17:47)


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それをやってるのが君なんだよ。Re: ここの話題のようなので 投稿者:希有 投稿日: 9月12日(火)14時40分1秒   引用
>
> 北風さんの姿勢に、反発を覚えてしまった人達はもう
> その件に関して、耳を貸してもくれなくなるだろう
>

個人の姿勢を、云々と話題にする前に本論をどうするか
と言う点を話題にして頂ければ、と思います



●両方とも君の言葉。


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 9月12日(火)14時25分57秒   引用  編集済
なんだか、よく判りませんが

おせっかいさん、おいさん、希有さん(同じ人なのかな?)

個人的に、何か私の態度に意義があるのであれば上記のアドレスに
その件に関してご連絡をください、ここで個人の諍いを続ける事に
意味があるとは余り思えないので、この場を混乱させたくないです

本論を続けるのはいいと思いますが

私個人の姿勢に関して、何か物申したいと言うのであれば
この掲示板上での遣り取りに、するべき事柄でもないと
思いますので、ご意見があればメールでご連絡ください

私自身が言葉が、足らないと言うのは判りますがそれは
主体性の有無とは、別個の問題だと考えていますので
個人の姿勢を、云々と話題にする前に本論をどうするか


と言う点を話題にして頂ければ、と思います


人に物を諭すに際し、冗談みたいなHNは余り良い姿勢とは
思えないですし、連絡先が無いのも不親切だと思いますが?


その点は、ご自身でどう思われますか・・・・・・


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深い意味はない?甞めるな。 投稿者:希有 投稿日: 9月12日(火)13時52分47秒   引用  編集済
何か指摘されれば、問題をすり替え、深い意味はないと逃げ、君は、何のために書き込みをしているのか。
真面目に論議している人間を愚弄するつもりはないんだろうが、自分自身の主体性がないから、あっちから風が吹けばあっちに向き、こっちから風が吹けばこっちにむき、なにをしようとしているのかどっちを指そうとしているのかさっぱりわからない。

要するに「あたしを見てみて」と騒々しいだけで、言っていることに一貫した内容がない。
(リベル) >要するに「あたしを見てみて」と騒々しいだけで、言っていることに一貫した内容がない

こういう人って確かにいます。私も、実は生来その傾向が濃厚なので、懸命に努力しています。
一度発した発言を、訂正したり、削除したり・・・ああ忙しい、忙しい・・・(笑)

真面目なことを言いますと、だからこそ、時折、「故藤本松夫氏の視点」などと書いて、一貫性の保持に汲々としているわけで・・・ああしんど・・・(笑)

Pitching Situation という言葉で「ハンカチ王子」を褒める人がいます。
要するに打席にいる打者を三振に打ち取ることだけを考えるのではなく、チームの置かれている状態というか、勝つためにはどう投げるべきかを考える、それが大切だと言っていました。これって、なかなか良いことを言っているとお思いになりませんか・・・?
ゴルフのティーショットでも、兎に角ボールを飛ばすことだけを心掛けていると、飛びすぎてバンカーに捕まるとか・・・池ポチャとか・・・
あ、そんなに飛びませんか、じゃあ、これは・・・杞憂でした・・・(笑)(9.12 18:16)


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(無題) 投稿者:希有 投稿日: 9月12日(火)12時59分29秒   引用
きゆう ―いう 0 【▼杞憂】
(名)スル

〔周代、杞の国の人が、天が落ちて来はしまいかと心配したという「列子(天瑞)」の故事による〕あれこれと無用な心配をすること。取り越し苦労。杞人のうれい。
「―にすぎない」「深く政府の為に―する処なり/新聞雑誌 54」


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 9月12日(火)12時14分41秒   引用  編集済
ん?

誰が、目をつぶってるんですか?


ここに書いている人達は、それぞれに視点や立場が違っても
一番良い方法を、探っているのだろうと思うのです


PCを使う習慣がある人は、どうしても誰もが自分と同じだと
思い込んでしまう傾向があるけれども、必ずしも全ての人達が
PCを見ている訳では無いし、高齢の人たちや目が悪い人達
などでは、PCは日常的に使われる道具では無いってこと


WEB上で問題になっている事を知っていますか


の意味は、そういう意味でモデルになる親族の方達が
ご自身に関連した話題が、どこでどう扱われているか
誰か、連絡がつけられる人がちゃんと連絡してるのかな?


って言う意味での杞憂も含めてなのです


追記:杞憂って単語が問題視された様ですが深い意味は無いです


      ↓


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Re: (無題) 投稿者:あの 投稿日: 9月12日(火)09時38分17秒   引用
> 一番大事な、親族の方の意見が見えてこない
> その点が何よりも、気になる点ですね

だからイヤだって言ってるんじゃないの?
その意見には目をつぶるわけですか。

> 親族の方達は、WEB上とは言えこういう形で第三者間で
> 波紋を呼んでいる事を、きちんとご存知なのでしょうか?

唖然・・・


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Re: (無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 9月12日(火)06時18分41秒   引用  編集済
> ↓には、映画製作者や入園者団体幹部への配慮ばかりで、藤本松夫さんや「真実」についての「配慮が行き届いている、気配が感じられない」ですね。

そういう歪曲のされ方は、私には不本意ですね

映画が製作された後に、何か映画のテーマとして描ききれなかった
事で問題が起こったら、それは気がついた人たちがその点に関して
声をあげていくべきで、テーマとして、講演活動でも、何かの形の
補完書籍の発行でも、何でもいいから事後処理も考えるべきだろう

と私は、この文章の前にも書いていたはずです
その点に関しては、コピーされてないんですね(苦笑)

私が一番気にしているのは、入所者の方の立場から意見を
出される方や、実際に映画のモデルになった方達の近親者や
身近な方から出される意見に関しては、反対も賛成もどちらが
あっても、当然おかしくは無い事柄だろうと思うのですが


一番大事な、親族の方の意見が見えてこない


その点が何よりも、気になる点ですね



親族の方達は、WEB上とは言えこういう形で第三者間で
波紋を呼んでいる事を、きちんとご存知なのでしょうか?


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14日・・・命日を前に! 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月12日(火)02時31分39秒   引用
 「藤本事件」・・・、藤本松夫さんとの“人間相関図”の示唆が、この先・・・、今後の私の人生を変える一因となることは間違いないものと考えます。松夫さんを“救いたい!”と、惹き寄せられた方々に、人間のもつ力・魅力・可能性が感じられ、「参画型民主化を求める闘いとは?」と、いうことの“真意”に触れ始めたような思いです。この事件が内包する、人間性の“価値ある探求”は、これからの日本国の有り様にも大きな指針となる予感がしています。

 松夫さんの 死 についての 闇 は必ずや晴らすべきものと、心しています。
 実社会に本気で「参画型民主主義」を求めるのであれば、この 藤本事件 の冤罪を証明できるか否かに、われわれ人民の底力が、問われていると思います。そして、その方法論をしっかりと討議・論議した中で、スクラムを組んで一歩・いっぽ、前進できればという思いです。

 今、巷では教育基本法「改正」についての論議が成されている真っ最中では有りますが、憲法学者の 高橋哲哉 さんが、私たちが、今、映画化問題で苦悩している部分と同じ悩みを示唆してくださっています!・・・以下の文です。

「社会の荒廃の原因が教育基本法だという短絡的な考えは、中教審の答申が出されてから3年ぐらいの間、私の印象では日本のメディアはあまりこれを取り上げてこなかったし、市民社会でもあまり関心は盛り上がらなかった。ある新聞記者に聞いたところでは、教基法の問題を取り上げてもあまり反応がない、ということでした。
 世論調査でも、教基法については、改正・見直し賛成という人が結構多い。ところが、教基法の中身については、8割ぐらいの人が知らない。知らないのに、改正に賛成である、という。
 ここは極めて深刻で大きな問題が含まれています」

 この文より、連想したのが今の映画化の動きです。映画化により間違いなく再審の道が開けると言うのであれば、そのことに対しての風評(批判・批評)は断罪されるべきなのでしょうが、もし、再審の道さえも遠ざける要因が内包しているとしたならば、「闘う」姿勢もまた然り!だと、思うのですが・・・。

 先月、ある願いを胸にこの映画化への批評はよそうと、決めていたのですが・・・、その時の思いです。

投稿日:2006/08/20(Sun) 01:20
>(中略)・・・。近い将来、「藤本事件」の映画化という媒体の実現に向けた 中山映画株式会社 が、ハンセン病を患ったことがある方々・遺族に何をし、何をさせたのか・・・?が、活字なのか伝聞なのかはわかりませんが、聞こえ伝わってくるものと、思っています。

 私は、実質に集まっている資金の内訳を、公表・公などには出来ないものと思っていますし、どう考えても普通は資金の目処が立ち映画製作開始となるのがあたり前です・・・。この映画製作に関しては、時期が来たら問うてみたい材料のあれこれを、私は持ち合わせています。「冒涜は死者のみならず」の様相さえ窺えます。

 映画を造りたい!造る為だったら・・・、果たして今の資金要請と名の付く手法は赦されるのか!?という論議となるのでしょう・・・が、この件に関しては、私としては終止符を打ちたいと思っています。このまま進めば必ずや製作者側の心労は火を見るより明らかです!

 そのことより、今一度、本気で、この 藤本松夫 さんは、なぜ?死ななければならなかったのか???を、今以上に探っておきたいと、思っています・・・。

 現世(現在)にも、この公権力の持つ不条理は主権者抜きで、前に進んでいることは間違いのない事実です。
 あの太平洋戦争の責任をぼかして進んだ民主国家とされる母国のあり様は、主権者意識のかけらも持ち合わせていないままの、自由と平和、そして、民主主義の意義が建前だけで語られているように思えてなりません!<

 このように 終止符 の域に入ろうとしていたのですが、先週末に立ち上げたという「F事件から現代を考える会 」この会のいかにも“映画製作を問う”とは名ばかりの 意図 が垣間見られ・・・、私には“許されるものではない!”と憤った、と、いう訳です。
 やり方が汚い!

 北風さんが言う「どうにもこうにも」という表題は、私の持つ思惑と共通の感でしたら・・・、今後も、謎の会の(つづく)が連載されていくのであれば、今以上の「疑念の確立」が出来るものと・・・、感じています。


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なぜ今「藤本事件」の映画化か? 投稿者:リベル 投稿日: 9月12日(火)01時26分8秒   引用  編集済
と、かつてどなたかが仰有っていましたが、とつおいつ思案した結果辿り着いたのがここでした。お恥ずかしいというか、何と言うか・・・。

映画化の話が出た時、即座に(であるように見受けられるのですが)身を引かれたのが、関原弁護士でした。それから、私の知る限りでは、シナリオを読んで、山下氏が批判を展開されました。

これは何故か?故藤本松夫氏の視点で考えると「何故、今、映画か?」となるからなのでしょう。私は、いや、私も亡き藤本さんの声に耳を澄ませてみます。ちょうど今、蟋蟀が鳴き始めました・・・。


故藤本松夫氏         合掌
(「ハンセン病資料館」から)



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どうにもこうにも 投稿者:北風 投稿日: 9月11日(月)14時05分5秒   引用  編集済
『F事件資料集』の原本には「夕焼けさん」も指摘されるように連番がうってある。
また、表紙・扉には「裁判と科学研究所」と刷り込まれている。また、当然奥付があり「編集権発行人 裁判と科学研究所 関原勇」とあるのだが、それらが全て「F事件から現代を考える会 」のホームページのPDF版では消されている。
さらに「悪質」と考えられるのは、「この資料集は、事件を正確に知ってもらいたい思いから発行されました」と自ら編纂したかのような表現を用い、更にご丁寧に(当資料集は「資料編」を除く、印刷所入稿直前版に依拠しています)と断り書きして、あたかも関原氏周辺を装っていることだ。


リベルさんの言うように「もう読む気は失せました」ではなく注視しなくてはならない。

一人二役臭い「対談」も、このページ開設者が、どのようにこの論議をリードしようとしているのかも、なかなか興味深い。「現代を考える」というのがキーワードかもしれない。
(リベル) げえっ!ですね。徐々に色々なことが分かってきます。こんなことで驚いているのは「ウブ」だと言われそうですね、全く・・・。

「このページ開設者」は、議論をリードする「立場にはない」、いやこの表現は嫌いなので、言い換えますと、「開設者」にも色々あって良いのだと思っています。

少なくとも「議長」や「座長」であってはいけないと、それはそう思っています。勿論、能力も有りませんし・・・
「開設者」の役割は、発言し易い雰囲気、ムードと言いますか、そういう開かれた場所を提供することだと思っているのです。

言い換えると、田舎の公民館、中学校の教室、小さな会議室での数人の会話、そんな気安い、気の小さい人(私みたいな)でもドンドン発言できる場所であるべきではないのかなあと、思うのです。
文字通り「落書き」レベルで書いていただければというのが私の正味の気持ちです。

へへへ・・・、確かに一人二役臭い「対談」は、なかなか興味深い。ですが・・・(爆)(9.11 18:05)

追伸:「もう読む気は失せました」とは言っていません。「読む気をなくします」です。
印刷して、歩きながら読んできましたよ・・・。


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(無題) 投稿者:おせっかい 投稿日: 9月11日(月)09時19分16秒   引用  編集済
↓には、映画製作者や入園者団体幹部への配慮ばかりで、藤本松夫さんや「真実」についての「配慮が行き届いている、気配が感じられない」ですね。
http://www.annex-net.jp/cgi-bin/libro/light/light.cgi



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Re: ここの話題のようなので 投稿者:おせっかい 投稿日: 9月11日(月)09時15分43秒   引用
はっしーさんが書き直したようなので、「書き直し後」もコピペしておきます。
あくまで、この掲示板での話題への言及なのでで。


> [41770] 無題 投稿者:はっしー 投稿日:2006/09/08(Fri) 17:59
>
> まったく、誰も彼も馬鹿げてる
>
> 全療協側も、全国の療養所の自治会も、代表者単位で容認されて
> しまった映画に関して、それを根底から問い直そうと言うならば
> まずは、内部矛盾の問題が前提になってくるのに誰もその点に
> 配慮が行き届いている、気配が感じられない。。。。
>
> 当事者が、問題意識を持って動いてそれに応援を呼びかけられ
> 呼応する形で物事が、動いていくにしてもまずはWEB上での
> 相手非難や批判から、始まるのではなく話し合いの場をいかに
> 設けるべきかが問われるべきであって、相手方との感情的
> しこりが深くなるような、喧嘩腰の対応が何を産むって言うんだ
>
> そんな中途半端なヒロイックな感情で、動いて何になる
>
> 北風さんの姿勢に、反発を覚えてしまった人達はもう
> その件に関して、耳を貸してもくれなくなるだろう
>
> 結果として形にならないなら
>
> 単なる風評被害しか残らない
>
> 映画を作った側は、矛盾した作品を世に出した人として
> 映画のモデルになった人は、矛盾を許して世に出した人として
>
> いったい何を考えているのだか、見当もつかない。。。。



[41770] 無題 投稿者:はっしー 投稿日:2006/09/08(Fri) 17:59

まったく、誰も彼も馬鹿げてる

全療協側も、全国の療養所の自治会も、代表者単位で容認されて
しまった映画に関して、それを根底から問い直そうと言うならば
まずは、内部矛盾の問題が前提になってくるのに誰もその点に
配慮が行き届いている、気配が感じられない。。。。

当事者が、問題意識を持って動いてそれに応援を呼びかけられ
呼応する形で物事が、動いていくにしてもまずはWEB上での
相手非難や批判から、始まるのではなく話し合いの場をいかに
設けるべきかが問われるべきであって、相手方との感情的
しこりが深くなるような、喧嘩腰の対応が何を産むって言うんだ

そんな中途半端なヒロイックな感情で、動いて何になる

北風さんの姿勢に、反発を覚えてしまった人達はもう
その件に関して、耳を貸してもくれなくなるだろう

内容に対する反発ではなく、行動姿勢に対する反発を
招いて話が通りにくくして、それに何の意味がある

結果として形にならないなら

単なる風評被害しか残らない

映画の内容が、何かの矛盾を含んで完成したならば

映画を作った側は、矛盾した作品を世に出した人として
映画のモデルになった人は、矛盾を許して世に出した人として

反対の声の強さで、映画そのものが完成しなかったら

そこには風評被害だけでなく、現実的な損失を伴う
それに対して、誰がどういう形で責任を取れるのか

映画の製作方針が、転換されていくなら最初に話し合いで
決着をつけた形に、事実上なっている人達のその後の立場は
どうするんだよ、その点は誰も身代わりにはなれないんだぞ。

もし映画の内容が、矛盾の無いものとして仕上がったならば

関係者と、映画制作者と、療養所の代表者と三者の間柄を
単に気まずくしてしまうだけの結果にしか、ならないだろうに。

いったい何を考えているのだか、見当もつかない。。。。
http://www.annex-net.jp/cgi-bin/libro/light/light.cgi

(リベル) これを繰り返し、拝読しました。

考える際の参考にさせていただきました。有り難うございました。(9.12 02:19)


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山下峰幸さんと相談の結果・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月11日(月)07時33分36秒   引用
 山下さんと相談した結果、今回の「F事件から現代を考える会 」という組織にある 疑い が生じていますので、この部分の提起になりはしないか?ということで、ネット上にもこれまでの 事実 を、伝えようということになりました。(山下さんはPCを全く致しません)

 まず、作成した日付順に提示していきます。

        様

 突然ですが、「新・あつい壁」(仮題)のシナリオ(検討稿)に対する私の批判文を送らせて頂きます。
 この批判文は中山監督、坂本克明上映実行委員長、斉藤事務局長、他にも送りました。また坂本氏が横田与志氏にもコピーを送って下さっています。
 また6月5日に坂本氏、7日に中山監督と菊池恵楓園でお会いし、この原稿の内容で、シナリオへの批判・疑問を直接ぶつけました。なおその際には、この批判文執筆後入手した横田氏の「創作メモ」とも言える文章が、シナリオの根底に流れているものをより鮮明にしていると思われるので、それと合わせて厳しく批判しました。
 A4用紙25枚(400字原稿用紙約78枚)にも及ぶこのメモにおいて横田氏は、今日藤本事件を映画化することの意味を見つけることができないでいる自分を正直に吐露しています。
 そこでは冤罪事件あるいは推定無罪として取り上げることは、あえて今それを言う意味があるのか、と疑問を呈しています。そしてこの長い創作メモの最後で横田氏は、藤本松夫はFへの復讐のために恵楓園の拘置所を脱走、チャンスを狙いFを殺すという設定のほうが、藤本松夫の意思、反抗の精神がはっきりし、松夫像が魅力的になる。この方が状況を変えていく力、パワーを描けるし、らいであることがどれほど当人を苦しめ、人生を狂わせ、さらに一族に及ぶかをより明確にすることができるとしています。自分自身にとってこれなら今日書く意味を見出せると言わんばかりです。
 横田氏は藤本事件を脚本化するにあたって、切り口を定めようとあれこれ思い描いてみるのでしょうが、しかしそこには、今一度時間をかけて、残された膨大な資料を読むとともに、生き残った人たちから詳細な聞きとりを行うという、基本的な姿勢、深い思い入れが見られません。あるのは切り口、言うなら料理の仕方でもってこの事件を扱えるとする傲慢さです。処刑された藤本松夫、今も沈黙の中に生きる家族親族や彼の命を救おうと懸命に闘った人たち、注がれた膨大なエネルギーへの、それは裏切りです。

 シナリオをめぐり関係者の間で徹底的な討議がなされ、根本的な書き直し、一からの出直しがなされることを願ってやみません。たとえそのことによって映画作りが遅れようと、かえって藤本事件の真実が私たちのものになる近道だろうと確信します。
                    6月16日
                     山下 峰幸


 「F事件資料集」や「シナリオ」は、どなたにも手にすることができないという事実。特に資料集には細心の注意が必要なことから、表紙には渡した方がどなたかわかるように、番号が記されています。
 関原さんは、この資料集を映画関係者に、いの一番にお送りしたことを聞き及んでいます。私にはその心情が痛いほど察知できるのですが・・・。
 「F事件から現代を考える会 」の会の立ち上げ趣旨みたいなものを読み込んでいると、あることに気が付きました。果たして、映画製作についての批判なのか?という点です。この会の方々は、かなりの「ハンセン病問題」には長けていると私は思っています。ただ「ハンセン病被差別化問題」には、かなり疎くもあるとは思いますが・・・。

 私は藤本松夫さんの文芸作品からこの人物が気になり、この僅か2年半では有りますが、 人物 を、追っていたこが、山下峰幸さんが今回問う意味が全てとは言いませんが、それなりに伝わってくるのです。

 友人からの昨夜のメールで「もうすぐ松夫さんの命日。夕焼けさんはこの日に、何を思うのかな・・・」と、提起されました。

 友人が何を問いかけているのか?今日一日考えてみることにします。

― 余談 ―
 山下さんとは今年の盆過ぎより、親しくさせて頂いています。藤本松夫さんという人物に惹かれた動機と、藤本松夫さんの死を見つめていく姿勢とに、相通ずるものがあったからです。この間に山下さんより多くの資料及び私信を送ってくださいました。まだまだ読みきれる、読みこなしきるには時間を要すと思いますが・・・、これからの私の活き方にも拘わるものと感じていますので、大事にしていきたい思いです。
 資料集の冒頭(序)にも【未発表】の玉井 乾介氏の追悼文が載せられていますが、読んで何を思うのかはそれぞれなのでしょうが、この文からは、脚本家横田氏の思いは覆るべきものと、感じますし、学習不足は私を含め否めないようです。
 ダイナマイト事件からの見直し(再審)が、大きく求められているものと思っています。

 関原さんが「内部資料」と強く強調した理由に、この資料集が再審に向けての資料群となっていることからだと感じています!よって、闘う相手(裁判になったとき)にとっての資料群には成ってはならないのではないか?が問われるのではないか?が、今の私の危惧するところです。
(リベル) シナリオに対する山下氏の批判文をこのBBS(7月5日)に北風さんがご提供下さいました。それをご紹介します。

夕焼けさん、北風さん、これで良いのですね?誠にお手数ですが、ご確認をお願いします・・・m(_ _)m

以上は、昼前後に記したものです。日時を書き込むのを忘れていました。
夕焼けさんと、おせっかいさんの投稿を例によって印刷して、歩きながら読みました。「天の夕顔」などは高校の通学途中にこんな風にして読んだなあと、どうでも良い感懐に浸りながら・・・(笑)

お陰様で、又一つ賢くなりました。少し考えていることもあり、北風さんのお誘いもあるようなので、また夜中に(今は酎ハイが待っていますので)書き込ませて頂くつもりです。
生きて目覚めれば・・・なんて強ち冗談でもないので、こういう緊張した生き方も良いかな?と思ったりしながら・・・(笑)(9.11 15:41)


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F事件から”現代”を考える会のHPについて 投稿者:リベル 投稿日: 9月11日(月)00時04分46秒   引用  編集済
私が、今思っていることを、二つ書かせて頂きます。

第一に・・・
F事件から”現代”を考える会宛に9月7日にメールを書きました。それをここに紹介させて頂きます。

『この度は、おめでとう御座いました。

早速「速報!朗報!」「用語の解説」に紹介させて頂きました。

貴会と貴サイトの一層のご繁栄をお祈りします。草々


追伸:映画「新・あつい壁」シナリオについて の中の説明のところに「さまざまな方々のご違憲をいただき・・・」とあります。変換ミスと思われますのでお知らせまで・・・』

もう一通「追伸」で

『貴サイトのメールは

cluster@k3.dion.ne.jp となっています。

cluster@k3.dion.ne.jp とリライトしないと
使用できませんので、両ページとも修正なさるよう、お勧めします。

お節介癖が出てしまって・・・(笑)』

メールアドレスは直ちに修正されました。しかし未だその内の2個は「cluster」が「cister」になっていますから、これは届きません。それから「違憲」は直っていません。
もしあのHPの作者がここをご覧になっていれば、「cister」は早晩修正されることでしょうけど・・・(笑)

いずれにしろ、私の2通のメールに対する返事は皆無です。そうです先ず第一に申し上げたいことは、基本的な「ネチケット」の欠如です。上の例でもお分かりのように、インターネットの知識が、そう豊かでない方がお作りになっているようなので、やむを得ない面もあるかも知れません。でも「ネチケット」は守れなくても、「エチケット」はお守り頂きたいなあと思っています。


第二に、北風さんも触れておられた対談の内容です。「映画について」は、死刑事件や冤罪事件を扱った映画がこれまで少ないことと、映画制作と資金集めが別組織であることを理由に企画を非難しています。誠に薄弱な、お寒い根拠だと思います。プライバシーの問題に絞って論ずべきだったのではないかと私は思いました。

「感染の恐怖と差別」においては、極めて上滑りな、浅薄な議論に終始していると私は思います。次回は「隔離」を扱うとの予告ですが、もう読む気は失せました。


以上を綜合しますと「藤本事件」の映画化に異を唱えようとして作られたサイトであることは分かりますが、残念ながら本質を衝いて迫って来るものが、有りません。それが言い過ぎならば、とても乏しいと言い換えますが。

私は、今後無視します。時々眺めに伺うくらいにさせていただいて・・・。

ただし、「資料集」は素晴らしい。とりわけ一番最後の関原勇弁護士の「悼む F・M夫」は、以前に紹介した「壁をたたく音がきこえる」にも収載されていましたが、事件に興味をお持ちの方にはお勧めの一編です。

そう言う意味での存在価値は高いので、大いに利用させていただこうと思っています・・・。

反論、批判、罵倒をお待ちしております。あ、罵倒はお止め下さい。死期が早まりますので・・・(笑)


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はてな? 投稿者:はっしー 投稿日: 9月10日(日)18時00分50秒   引用  編集済
私の投稿が一部抜粋されているようですが、これは全体をすべて
読んで貰わないと、肝心な結論の部分が記載されていない様です

文章の一部だけを読んで頂くと、受け手側の印象が違ってくる
内容だと思いますので、掲げられている部分のオリジナルを
後程こちらに、私の方から追記させて頂こうか思っています

現在、投稿先がサーバーエラーで、見る事が出来ない様子ですので
それが見えるようになったら、内容の意図と補足説明を記載させて
頂こうかと思いますので、どうぞよろしくお願いします

近頃、時々私の投稿が知らない間にどこかにコピーを
されている現象を見かけますが、そう言う場合には前後の
文脈と、記載した意図を説明しないと誤解を招く場合が
あるので、私自身が記載した場合以外で投稿を見かけた方は
内容への矛盾、疑問などをお感じになりました際には

お手数ですが、ご一報くださいますよう よろしくお願いします
(リベル) 分かりました。「サーバーエラー」が未だ直りませんので、こちらにオリジナルをどうぞ記入なさって下さい。

ただ、「annex-net」は猛烈に長いものや、レスのレスのように重複するものが多いので、なるべく読者の方々のために、簡潔をお心掛けくださるよう、お願いいたします。


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北風さん、Ichiroさん 投稿者:リベル 投稿日: 9月10日(日)12時16分18秒   引用  編集済
貴重なご意見と情報を有り難うございました。

お陰様で、夕焼けさんに発した問いの疑問は概ね解けました。

私は、今からこのお三方に書き込み頂いた部分を印刷して、歩きに出ます。そしてなお考えさせて頂きたいと思っています。

いま、思っていることを、書いておきます。次回が夜中になりかねませんので。


>これだけ重要なことなのに、会の代表・主宰、いわば責任の所在があきらかでない

全く同感です。少なくとも、自分のお立場だけは明確になさるべきでしょう。誰の言葉であろうと、その論旨に対して意見があれば言えば良い、といったものではないと思います。同じ発言でも「天皇」の発言と「首相」の発言とでは、持つ意味合いが異なるものではないでしょうか?この問題で、自分を秘匿する必要が有る、そんな立場の方がおありとは、想像できません。

犯人探しは、趣味ではありませんが、このサイトをお作りになったのは、ハンセン病の関係者(支援者も含めて)ではないと、読みとりました。皆様は如何お考えでしょうか・・・??

では、秋雨の間を縫って、歩いてきます。ここ宝塚はまだまだ暑いです・・・行ってきます・・・。


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責任者は? 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月10日(日)10時12分57秒   引用
「F事件から現代を考える会 」は 知りませんが 責任者と『F事件資料集』 資料の配布にについて 原作者から 許可を得たのかどうか 知りたく思います。内部資料とありますので。

 Ichiroです。

 本資料(本の形式)は私も個人的に頂いたのですが、関原さんの手紙にもありましたように、資料の取り扱いについては慎重に願いますとあったので、あえて、話題にはしませんでした。


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幽霊では困る 投稿者:北風 投稿日: 9月10日(日)09時56分57秒   引用  編集済
「F事件から現代を考える会 」については、二つの点で疑問を持っていたけれど、今までにいくつか確認したので整理しておきます。

一つは、これだけ重要なことなのに、会の代表・主宰、いわば責任の所在があきらかでない。
その実態が、インターネットの匿名性に隠れて一切明らかではない。

一つは、引用資料の『F事件資料集』はもちろん『シナリオ』にしても著作権者の了解を取ってのことかあきらかでないこと。「内部資料」とする『資料集』はもちろんのこと、「検討用」とする『シナリオ』にしても、著作権者に無断で勝手にインターネット空間におっぴろげてしまってよい道理はない。

こうした疑問があったので、小生の知る限り「事件と映画」に関して「関心」を寄せている人にかかわりを問い合わせたけれど、全て「初耳」ということだった。

で、こうした疑問が出た以上「F事件から現代を考える会」の主催者は名乗り出て実態を明らかにすべきだろう。

追記
対談と称するものの第二回は酷い。

A:「差別」と「感染の恐怖」を区別しないとおかしなことになりますね。

B:治療法があるにせよ、ないにせよ、自分が病気にならないようにすることは、生物たる人間の防衛本能です。「感染の恐怖」感まで、「差別」感とすれば、風邪がはやる季節には、うがいをし、人混みにはマスクをかけることも、「差別」となってしまいますね。隔離のことは、次回考えてみましょう。



http://cluster.web.infoseek.co.jp/Fjiken/dis2.htm
http://www.annex-net.jp/cgi-bin/libro/light/light.cgi



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理解できない 会 の存在! 投稿者:夕焼け 投稿日: 9月 9日(土)18時56分46秒   引用
 「F事件から現代を考える会 」!  いかにも真摯に「藤本事件」を取り扱おうと、思える会のネーミングです。
 しかし、会の 趣旨 や 意義 が、全くといってよいほど私には伝わってきません!むしろ、抗議したい!と、いう思いも持ち合わせています。

 非売品の「F事件資料集」が個人宛に配送される手法には、必ずや本年7月30日付の関原さんご自身の「ご挨拶」文が添付されていることと思います。このご挨拶文の最後に、>・・・。なお、らい予防法はすでに廃止され、ハンセン病についての検証会議の最終報告書が、昨年公開されていますが、社会全体が「偏見」から解放された訳ではなく、本資料の扱いには、慎重なご配慮を頂きたく、お願い申し上げます。<
 と、記されています。

 この資料集に、本気で目を通しさえすれば、関原さんの言っている「慎重に!!」という、願いに似た要望が・・・、私には察知できます!

 そう言った中での、このネット上の資料集提供というその行為は、私には理解できないと共に、「法」からみても、かなり危険な行為と考えます。

 この会が ホーム で発信している一文に、

>それにしてもいまなぜ「F事件」なのか。有志で標記の「会」を立ち上げ、「F事件資料集」をみなさんに提供しつつ、「F事件から゛現代"を考える」ことにしました。このホームページを見られたみなさんのご感想・ご意見をお待ちします。

 北風さんは常に、「今、なぜ?「F事件」の映画かなのか?」は、問うていましたが・・・。
それから、何度も繰り返しますが、この資料集を提供できる人物は、編集謙発行人の 関原 勇 さん以外にないと思っています。この会は、関原さん自らが立ち上げた会とでも言うのでしょうか!?
(リベル) 夕焼けさんは、色々と良くご存じなので、「事件資料集」についてお教え下さい。

1)「内部資料」と書いてあるので気になっていたのですが、「資料集」はそもそも「非売品」だったのですか?
2)それは「個人宛に配送」されたことがあるのですか? 夕焼けさんの所へは配送されたのですか?
3)7月30日付けの関原さんの「挨拶文」はどこで読めるのですか?
4)関原さんが「編集発行人」なのですか?

以上のことが、とても知りたいので、詳しくお教え頂ければ有り難いと思います。宜しくお願いします・・・m(_ _)m


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ここの話題のようなので 投稿者:おせっかい 投稿日: 9月 8日(金)18時07分30秒   引用
[41770] 無題 投稿者:はっしー 投稿日:2006/09/08(Fri) 17:59

まったく、誰も彼も馬鹿げてる

全療協側も、全国の療養所の自治会も、代表者単位で容認されて
しまった映画に関して、それを根底から問い直そうと言うならば
まずは、内部矛盾の問題が前提になってくるのに誰もその点に
配慮が行き届いている、気配が感じられない。。。。

当事者が、問題意識を持って動いてそれに応援を呼びかけられ
呼応する形で物事が、動いていくにしてもまずはWEB上での
相手非難や批判から、始まるのではなく話し合いの場をいかに
設けるべきかが問われるべきであって、相手方との感情的
しこりが深くなるような、喧嘩腰の対応が何を産むって言うんだ

そんな中途半端なヒロイックな感情で、動いて何になる

北風さんの姿勢に、反発を覚えてしまった人達はもう
その件に関して、耳を貸してもくれなくなるだろう

結果として形にならないなら

単なる風評被害しか残らない

映画を作った側は、矛盾した作品を世に出した人として
映画のモデルになった人は、矛盾を許して世に出した人として

いったい何を考えているのだか、見当もつかない。。。。
http://www.annex-net.jp/cgi-bin/libro/light/light.cgi

(リベル) 「まったく、誰も彼も馬鹿げてる」に始まって
「いったい何を考えているのだか、見当もつかない。。。。」で終わる文章なんぞ
最初から、読む気をなくします。冗談なら兎も角、真面目なんですから・・・

何を仰有りたいのか、一生懸命文意を汲み取ろうとしましたが、
URLをクリックしても「エラー」が出て、コンテクストが分からないので余計困ってしまうのですが・・・(9.9 01:55)


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小笠原登氏の特集が第25回ファイザー医学記事賞の大賞を受賞 投稿者:リベル 投稿日: 9月 7日(木)14時25分13秒   引用  編集済
毎日新聞京都版 2005年11月17日〜掲載4回分を取り込みました(内緒!一応年会費970円払って入会して取り込みました。しかし完全な著作権法違反。その内後ろに手が回りますね!)

ファイザー医学記事賞とは。

これが記事です。じっくりお読み下さい。勿論、無料です・・・(笑)


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F事件と映画を考えるホームページ開設 投稿者:F事件から現代を考える会 投稿日: 9月 7日(木)07時33分3秒   引用
F事件と映画の資料提供のホームページを開設しました。「会」の見解、意見ものせています。
ホームページアドレスは下記の通りです。ご訪問ください。
http://cluster.web.infoseek.co.jp/Fjiken/index.html
http://cluster.web.infoseek.co.jp/Fjiken/index.html

(リベル) 早速「速報!朗報!」と「用語の解説」に掲載させて頂きました。

じっくり読ませて頂きます。有り難うございました。

実は、丁度、色々なサイトからプリントアウトして資料を集め、整理をしなければと、
重い荷物を背負った気持ちでいたのです。
Wikipediaや「用語の解説」のために、いずれ「概要」や「事件の経緯」を纏めなければならないのですが、
とても、とても、気が楽になってしまいました・・・(笑)


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田藤後さん・金融庁・ホリエモン 投稿者:リベル 投稿日: 9月 7日(木)04時39分57秒   引用  編集済
この数年世間をさわがせた事件は、すべてが、政治家や官僚や経済人の倫理的退廃を示すものばかりです。物欲にのみつき動かされて人間としての誇りが有りません。ばれても行為の責任をとらず、言い逃れ、責任を転嫁し、うそをつく、厚顔無恥で、あるのは金銭への執着と倫理的鈍感、無節操、こんな連中ばかり見せつけられては、これが今の日本人かと情けなく、気がめいるばかりであります。

なにか変だとお思いでしょう。当りです。中野孝次の「老年の愉しみ」の中の一文の語尾だけを「ですます調」に変えたものです。

これが書かれたのは、1997年です。約10年前となぁあんにも変わっていませんね・・・(ノ_・、)グスン


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笑う門には福来たる 投稿者:リベル 投稿日: 9月 7日(木)03時16分33秒   引用  編集済
3年前、国際科学振興財団(吉本興業協力)が糖尿病に関する実験を行いました。患者25人に一日目は大学の先生による「糖尿病の講義」を聴かせて、その直後に血糖値を測っておきます。

二日目は大勢の観客と一緒にB&Bの漫才を聞いて、大いに笑って貰って、その直後に血糖値を測ったのです。

結果は、予想以上の大差で漫才後の値が小さかったのだそうです。この結果はアメリカの糖尿病学会誌に発表され、ロイター通信から世界に発信されたそうですから、お聞き及びの方もいらっしゃることと思います。

昨日昼過ぎの小堺一機さんのトークショーで、歌手の野口五郎さんがこんな話をしました。彼は、朝、目さまし時計を止めると同時に
「ニッ」と笑い顔を作るのだそうです。そうするとそのあと不愉快なことがあっても、仏頂面が出来ない。(この後が面白いのです)
一度笑った手前・・・。だそうです・・・。

歩きながら大笑いしました。私の散歩コースは、人通りが少ないから大丈夫なのです・・・(笑)


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しばらく待機です。 投稿者:リベル 投稿日: 9月 6日(水)23時55分39秒   引用
Wikipediaの方で、削除を行うので、しばらく待って欲しいとのことです。

原稿をボチボチ作りながら、待つことにしました。またご案内します・・・って、案内しても、どなたにも興味を持って頂いてないみたいな気もして・・・少し寂しい・・・(笑)


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またキャンセルを食らいました 投稿者:リベル 投稿日: 9月 6日(水)11時15分24秒   引用
「削除依頼」が出ています。抗議をしておきました。しばらく様子を見てみます。やれやれ前途多難です・・・(笑)
(リベル) 記事を削除して、白紙にしたら現在の状態です。

なにか、それらしいものを投稿してみて下さい。上手く行くかも知れません。Libellで
投稿すると、排除されているような、そんな気もしますので・・・(笑)(9.6 12:46)


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取り敢えずスタートしました 投稿者:リベル 投稿日: 9月 6日(水)06時17分43秒   引用
Wikipediaの「藤本事件」、取り敢えず概要のみ掲載しておきました。

順次、事件の経緯、問題点、略年表などを掲載していけばどうかと考えています。貴方もそのページの上の「編集」タブをクリックして、ドシドシ記入して下さいませんか・・・。よろしくお願いします・・・m(_ _)m


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旧悪露見! 投稿者:リベル 投稿日: 9月 6日(水)02時25分5秒   引用  編集済
「削除依頼」をめぐって遣り取りしている内に、とんでもないことが判明。実は昔作った記事がよそからの無断転載だったのです。どうも自分の文体ではない?と感じていたのですが、出典は洩れなく記入する主義だったので、まさか、まさかでした。

Wikiにはその旨白状して、「よそ」にもお詫びをしておきました。

早晩、「削除依頼」の文面は消えるはずです。そこへ今度は自作の記事を入れ始めますので、よろしくご協力(合作)をお願いします。


Wikipediaの「ハンセン病」は視聴率(?)が高いので、そこへ「無らい県運動」と「藤本事件」を追加記入しておきました。そこから新しく出来る予定の「藤本事件」へリンクする、というわけです。ご覧の上、ご意見を賜れれば、幸せです。

幸せにしていただいた経験は、ありません・・・(笑)


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Wikipediaのこと 投稿者:リベル 投稿日: 9月 5日(火)12時24分33秒   引用  編集済
いま、誤解に基づく「削除依頼」が出ています。説明していますので、しばらくご辛抱下さい。

やれやれ、早速の逆風!なかなか楽しい船出、とは参りませんね・・・(笑)


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藤本事件について 投稿者:リベル 投稿日: 9月 5日(火)06時26分45秒   引用  編集済
昨日「ザ・ハリケーン」というルービン・カーターの冤罪の映画を見て、思い立ったことがあります。

先ず「ハンセン病のリンク集」の「用語の解説」のページにある「藤本事件」の中身を変更しました。

先ず、これについてご意見を頂きたく、お待ちしています。


「ハンセン病」で検索をすると、「Wikipedia」というのが、Googleで一位、Yahoo!で三位です。しかし「Wiki」へ行っても「藤本事件」について、一言も書いてありません。これではいけないので、明日他の事件とともに追加記入します。皆様も何かお書き下さい。まず、評判の高いサイトに修正を加えることから、始めませんか?

もう一つ、「Wiki」で「藤本事件」を検索しても「冤罪」の項に名前が出ているだけでした。「狭山事件」「松山事件」「免田事件」「ルービン・カーター」「ザッコ・ヴァンゼッティー」などは出ているのに、です。それで項目だけは立てました。「Wikipedia」へ行って検索窓から検索すると取り敢えず、上記「用語の解説」のページの引き写しが書いてあります(作成予告は不可能で、削除されていました)。

ここで、みんなで先ずHPを作りませんか!とにかく入り口というか、道を付けておきましたので、合作のようなことが出来れば良いなあと思っているのです。項目を立てて、読みやすいものに出来ればと思っています。

このことについても、ご意見を頂ければ嬉しいので、宜しくお願いします・・・m(_ _)m


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厚生労働省への連絡方法 投稿者:リベル 投稿日: 9月 4日(月)06時31分21秒   引用  編集済
厚労省へ投書するには?電話するには?

それを常に身近な所に置くことに気付きました。

上↑と、「ハンセン病のリンク集」の「目次」と「速報!朗報!」に常設するようにしました。年中無休です。どうぞドシドシご活用下さい・・・。


先日、8月18日に開催を予定されていた『第2回「ハンセン病問題に関する検証会議の提言」に基づく再発防止検討会』が、前日になって突然座長の体調不良を理由に中止されました。3月29日の第1回会議の議事録を読んでも、何か不明朗さが強く匂ってきます。

いつ再開されるのか?このままでは忘れ去られかねません。


8月23日の「平成18年度ハンセン病問題対策協議会」のまとめは国賠弁護団のHPで読めます。しかし厚労省の議事録はいつ読めるのでしょう?
上記、3月29日の「第1回ハンセン病問題に関する検証会議の提言に基づく再発防止検討会」の議事録は8月20日頃まで公表されませんでした。

放っておいたら、また5ヶ月も放置されるかも知れません。


たとえば、この二つだけでも、差し当たっての材料はあります。

ぎゅうぎゅう、ねじ込まないと厚労省は動きません。貴方の清き一票が・・・あ、これは違いました・・・(笑)


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エジプトのこと 投稿者:小箱 投稿日: 9月 4日(月)00時52分48秒   引用
 ご無沙汰しています。ハンセン病史の話ですが、楓の昭和12年7月号に「世界癩病史物語1」というのが載っています、今谷逸之助という方が書いたものです。この人は調べてみたのですが、よく解りませんでした同志社の人とも聞いたことあるのですが。その中にエジプトの記載があります。ベルリンに紀元前133年のラムセス二世時代のパピルス文献にライの取り扱いに就いて引用文献が、紀元前4266年に生きていたとされるサプティ王の時代のことまで書かれている。と記載されています。ただどうも聖書などと同じで多くの皮膚病などが含まれているようです。何か参考になるでしょうか。
http://www009.upp.so-net.ne.jp/kobako/

(リベル) お久しぶりです、小箱さん。

お知らせ頂きまして、有り難うございました。

ラムセス5世と天然痘の話は、承知していましたが、ラムセス2世とサプティ王は初耳でした。
よく調べてみたいと思います。有り難うございました。また、何かお気づきになりましたら、どうぞよろしくお願いします・・・m(_ _)m(9.4 03:25)


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皆様のお陰です 投稿者:リベル 投稿日: 9月 3日(日)18時21分10秒   引用  編集済
「皆様のお陰です」などと言っている場合じゃない!・・・

とお叱りを受けるのではないかな?と、これを書いています。チョット「違う」のですね。

私のなすべきことは、などと大上段に振りかぶる積もりはありませんが、自分では分かっているのです。先ず「在園保障」を初めとする入所者の医療面の問題などについて、国が行うべきの真摯な対策をキチントやるように、厚労省に要求していかなくてはいけないと、思っているのです。

「統一交渉団」のページは取っつきにくいかも知れませんが、それだけを考えて作りました。本当は「厚労省の怠慢」と言うような名前にしたかったほどです。放っておいては、「厚労省」は絶対に進んで何かを「行う」ことをしません。

放っておいては、待っていては、いけないのです。彼等は入園者の方々のことを、絶対に真剣には考えません。私たちが、言葉を発して、メールや電話をしないと、疾病対策課の澱んだ空気は動かないのです。

実は、皆さんにとっては関係のない話なのですが・・・
今「ハンセン病の歴史(起源)」というページを作りかけています。この作業が停滞しているのは、何を隠そう、外国の論文(web上のものですが)の和訳に手間取っているからです。勿論英文和訳は得意ではありません。どころではない(笑)

探して読んでいくと、中国でハンセン病を研究した英国アメリカの学者のものに出会ったりします。それにはたとえば、定説である「黄帝内経」論語の記述は疑わしいなどと書いてあるのです。(この項修正9.4 03:37)

悩みましたが、これも立派な「研究」なのですから、無視は出来ません。両論併記の形で、諸説を紹介するのが、私の役割だと割り切って、前へ進むことにしました。

そんな、英文和訳の難航と、諸説の取り上げ方、整理の仕方の迷いが「歴史(起源)」の制作の進行のネックになっていました。何はともあれ、これを仕上げなければ・・・神よ我に力と寿命を与え賜えと祈りながら消光しています。

5年後にこれを読んで、何じゃ若造がだらしない!と憮然としている自分が在ることを望むこと切です・・・情けねえぞ、貴様・・・(笑)


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「ハンセン病のリンク集」カウンター修正のお知らせ 投稿者:リベル 投稿日: 9月 3日(日)06時06分13秒   引用  編集済
Infoseekのアクセスカウンターの統計から正確な値を発見しました。316,258(9.3 06:01現在)です。これまで、220,000ほどだったと思いますが、修正しました。

ただしこれ↑を設置したのが2003年6月30日だったのでそれ以降の数字です。その頃は一日のお客様が50人に満たなかったのですね。完成・公開したのは5年前の今頃でした。5月11日、判決の日を目標にしていたのですが、間に合わなかったのです。スタート時には、お一人かお二人の来訪者だったのでしょうか。今昔の感に堪えません・・・です・・・。

全ページ合計では743,834(同上現在)でした・・・。

ひとえに、皆様のお陰です。本当に有り難うございました・・・m(_ _)m


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園内通貨:世界に一つの本 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月 2日(土)23時17分44秒   引用
園内通貨にこだわっているichiroです。

 世界に一つの本を 見付けました。

 The numismatic aspects of leprosy
Money,medals and miscellanea
Roger R.McFadden, John Grost, Dennis F Marr, 1993
D.C.McDonald Associates,Inc.

勿論日本の状況も書かれていますが 最初のマーさんのThe Starにおける発表には
 日本のことは これっぽっちも書かれていなかった。日本のことは色々な協力者から
 資料を得ている(私もその一人)

どこの国が一番古いかというのは精読しないとわかりませんね。(まだしていない)
 1873年より古いことはないと思いますが、1901年というのがあった(コロンビア)。フィリッピンのクリオン島では1913年に造られ始めたとあります。これは日本の1930年より古いですね。(先ほどの資料が本当なら)タイのマッキーンらい病院(これはチェンマイにあり、私も行ったことあり)では1908年からで、コインをマークする方式です。あと記念メダルについても色々書いてあります。


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園内通貨:私のこだわり 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月 2日(土)11時42分3秒   引用
ハッシーさん 再度有難うございます。

 日本銀行券を欲しがったというのは、たしか、全生園の本だったかと思います。

 先日の1930年(昭和5年)のこだわりがあります。私の書いたものが手元に見当たらないのですが
 ハンセン病療養所の代用貨幣
  その歴史と隔離政策との関連 青松 553:28-32,1999.

確か、宮古での導入は昭和8年で、色々制度が入ってくるのが遅れている宮古であれば、
 その頃が最初であれば、ピッタリという感じなのです。昭和5年ころの文献を探すとなにか判るかもしれません。


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ただ立ち尽くすのみ・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 9月 2日(土)02時57分54秒   引用  編集済
「しかし、入所していない人に対してどうするかというのも、これまた非常に難しい問題でございまして、いわゆる行政の場でそれを判断しかねる問題であると思っているところでございます。(中略)ここのところはもう一度法律的に裁判において議論をしていただいて結論を出していただくのが、妥当な問題ではないかというふうに思っているところでございます。」

これは5年前の9月11日、坂口厚労相(当時)の口から出た言葉です。非入所者と遺族原告に関しては、もう一度裁判するべきだという仰天発言が、未だ飛び出していたのです。勿論厚生官僚の入れ知恵による発言だったのでしょうけど・・・。


同じ年の8月に徳田弁護士によって書かれた文章を、今読んでいます。その中の一部をご紹介します。

「私たちの(国賠訴訟への)協力要請に多くのハンセン病専門家や療養所関係者が沈黙を続ける中で、最初に手を挙げて下さったのが沖縄愛楽園の名誉園長犀川一夫先生だった。(中略)その後、絶対隔離政策への加担を拒んで海外に転じ終生ハンセン病の在宅開放治療に献身された先生は、五十年後に当該患者に再会し、自らの非を謝罪し、患者からは「先生に罪はない。私は先生に感謝している」と許しを得たが、たとえ患者に許されたとしてもその故に私の罪が消えることはないと、涙を浮かべながら話されたのである。
その先生の涙に私は自らの法律家としての責任意識の希薄さを改めて思い知らされ、ただ立ち尽くすのみであった。」

他にも徳田氏は「…言葉を失った」「臍を噛むような思いを幾度となく味わい続けた」などと述懐されています。淡々とした記述なのですが、私も何度か涙しました。強い思いの籠もった一文です。

司法の責任に対する自戒の思いを、「国の不遜としか言いようのない応訴態度」に対する怒りとともに「ハンセン国賠訴訟と法律家の責任」という題名で「法律時報」に投稿されています。

お読みになりたい方は、下のURLで、バックナンバーが購入できます(1600円)。私は「壁をたたく音がきこえる」で読みました。A5B5版(9.2 11:56修正)で8ページなのでwebで読ませろというご希望が多ければ(そして著者の山下氏の了解が得られれば)、公開の労は厭いません。どうぞ遠慮無く、お申し出ください・・・。

http://www.nippyo.co.jp/maga_houjiho/hr0108.htm



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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 9月 1日(金)18時45分29秒   引用  編集済
私が見た「全患協運動史」の書籍は、昭和52年の初版 のものなのでその後
増刷した際に改定が行われたかもしれませんが、そこまでは確認していません

高松宮記念ハンセン病資料館からも、小冊子が出ていますが
そこにも、園内通用券の記載がありその写真は初版は参考写真が
白黒で後の改訂版は、カラーになっていた様に記憶しています

カラー写真の件に関しては、そちらもご参考になさってみて下さい


また文中の表記は、一般読者向けに施設名称を判りやすく書いてあり
時代ごとの呼び方と、話題にした際の施設名とが連動して書く必要が
あったのかどうかと言う事は、判断は出来ませんが必要なんでしょうか


九州の療養所に関しては、一番最初の記載で(14ページから)

第一章 前史
一、わが国のハンセン氏病対策のはじまり

  法律第十一号「らい予防に関する件」


   連合府県立による公立療養所が各区域に一ヵ所ずつ、合計五ヵ所に設けられた。
   との記載の後に


    第五区  九州は熊本、九州療養所、現在の菊池恵楓園



とまず始めに記載があるので、その点で読者が混乱する事は特に無い様に思えました


「日本銀行券を一切使用させず」の記載ですが、これは後の時代に使える時期も
実際にあるので、療養所内で一切使う人が居なかったと言う意味では無く
規制が厳しかった時代の原則として、そういう事実があったと私は解釈しました

その点に関して、史実上のニュアンスは実際はもっと複雑かもしれませんね


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園内通貨について 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月 1日(金)17時30分10秒   引用
ハッシーさん 有難うございました。

 全患協運動史 でしょうか。色々な元資料からの、本ですから、元のところが判らない場合があります。しかし はっきり 菊池恵楓園(まだ九州療養所時代と思う)と書いてあるので、これがどれからきたのでしょうか。
 なお、1930年は大正時代ではありません。写真の問題ははっきりしましたが、もし、園内通用券であったら、九州療養所と書かれると思います。
 一切園内では使用されず、とありましたが、実際は使用され、割高になるが、日本銀行券を欲しがったという記述もあります。尤も使用目的がはっきりしませんね。

 なお、西表島の炭鉱の斤券は、近い所の炭鉱外でも使用されたそうです。ここは強制労働が行われていました。


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園内通貨について 投稿者:はっしー 投稿日: 9月 1日(金)15時03分55秒   引用  編集済
「全患協運動史」を見て確認してみたところ

リベルさんが、リンクを貼って話題にしてくださった個人のサイトの
方の写真は「全患協運動史」107ページに記載されている参考写真で
説明文は、園内通用券(松丘、多磨)とありますね



園内通貨に関しての「全患協運動史」での記載ですが  **** 以下抜粋 ****


 (106ページ、最後の一行から107ページ上段7行目まで)

 ハンセン氏病療養所内においては日本銀行券は一切使用させず園内通用券を
 それぞれ各施設で発行して患者が入所の際、所持金を通用券と交換して支給し、
 また、作業賃などの給付もすべてこのお金で給付された。

 園内通用券は園券(多磨)、通知銭(松丘)、園金(長島、大島、星塚)、
 コマ(邑久)、などと呼ばれ、施設によって使用年代も体裁もまちまちであった
 病菌の伝播を防ぐということを表向きの理由にしていたが、事実は患者の逃走、密売、
 賭博を防止し、患者を施設にしばりつけておくための手段であったと言ってよい。



 (107ページ、上段8行目から107ページ上段15行目まで)

 この制度を一番早くとり入れた菊池恵楓園では1930(大正5)年
 「所内通用票」制度をわずか、ニ三年で廃止している。光明園で通称
 「コマ」が現金に代わって使用されたのは昭和8年、厚紙にベタベタと
 簡単な印刷がほどこされ、ニ三種類があった。物価の変動に伴い発行額、
 コマの単位も銭から円へ、二ケタから三ケタへと変わっていった。
 昭和30年2月分の慰安金から現金支給となり、同年6月に一番遅く通用券制度が
 廃止された。発行総額は69万6500円、そのうち未回収額が1539円55銭あった



でした


園内最初の通貨制度は、「所内通用票」と称されていて園内通貨と言うよりも
どうも書類として扱われていた様なので、その点が違うんじゃないでしょうか

全患協運動史によると

園内通貨制度は、法的根拠は無く施設長の判断と権限だけで大正8年9月から
36年間にわたって実施され、その現金の取り扱いについても所有者である
はずの入園者は、全く窺い知る事が出来ず、全生園内では再三の交渉の末
昭和27年3月に、全入園者の総意で園券が廃止され、日本銀行券との引換が
始まった際に、帳簿上70万円余の大穴が空いていることが判明。

調査委員会を作り様々な活動を進めて、厚生省調査団の来園調査に
発展したものの、結局、厚生省の担当の二次事務官の配転を機に
幕切れになってしまった、と言うエピソードもあったのだそうです


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九州療養所に園券? 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月 1日(金)06時56分8秒   引用
現在の所、出所は怪しいですね。

 宮古南静園の場合、高松宮記念ハンセン病資料館に現物があり、私も3枚手に入れたことがあります。(現在は宮古南静園の園長がもっている)入所者にその思い出を語っていただきましたら、色々なことがわかりました。終戦後は、貨幣の信用がなくなり、当時の通貨(宮古の場合は米ドルの前にA券とかB券)に替えられることはありませんでした)

 菊池恵楓園には、色々なことをご存知の入所者がおられますし、(異口同音に園券はなかたといわれますが大正時代のことはどうでしょうか)、また、菊池野というすばらしい雑誌を持っていますので、再度チェックしたいと思います。


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九州療養所に園券? 投稿者:Ichiro 投稿日: 9月 1日(金)00時49分55秒   引用
有難うございました。

全患協運動史ですね。どなたかお持ちの方はチェックしてください。

しかし問題は事実かどうかです。写真はどこのものでしょうか。高松宮記念ハンセン病資料館でしょうか。他の園のでしょうか。

私が書いたように、今までの文献には、私の知る限り、書いてありません。現物(九州療養所の園券)を小生は見たことがありません。この写真が元々どこにあったのか、調べていただけませんか。
 太田さんに未だ確かめていませんが、太田さんがいう、菊池恵楓園の園券は、これが根拠だったのかもしれません。全患協運動史は記載してあるだけで、写真の原典は別だろうと思いますが、それは何でしょうか。菊池恵楓園の史料(50週年史か、自治会史)にはありましたでしょうか。

 よろしくお願いします。
(リベル) 私は「愛媛県のHP」から無断借用していますが、この写真の出所までは分かりません。

このページによれば、長島愛生園のもののようですね。

写真は長島だとしても、「一九一六(大正五)年、菊池恵楓園で…」の記述は
果たして「全患協運動史」の誤記なのかどうか、そこまでは私には知る由もありません。

事実でないと判明したらお教えください。直ちに削除・修正します。
あ、「全患協運動史」の方も修正して頂かなければいけませんね・・・。

私の方の「解説」は、あらぬ誤解を避けるため注を付しておきました・・・(笑)(9.1 02:08)


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お久しぶりです 投稿者:焼きなす 投稿日: 8月31日(木)21時49分6秒   引用
完成しました。レポート。
皆さんがいろいろお話聞いてくれたこと
本当に感謝しています。
この夏休み、図書館に通い詰めでした…
しかし、とてもいいものを得ました。
人間として、知っておかなければならないこと、
上手くは言葉で表現できないけど、
感じ取れた気がします。初めに、
「きっと大きな物を得ると思います」
とおっしゃっていましたが、本当だなあ。と
思いました。調べていて、みんなに知って欲しいこと
しっかり伝えたいと思います。
結局、療養場は行けなかったのが
唯一残念です…


みなさん本当にありがとうございます!
(リベル) 焼きなすさん、出来上がりましたか。良かったですね、本当に。
お疲れ様でした。

今日は、夏休み最後の日ですが、やはり今日までかかりましたか?頑張りましたね。

とてもいいものを感じ取られたとのこと、自分のことのように嬉しいです。
明日からの、実生活にそれを活かして行かれることを、心底願っています・・・。(8.31 22:15)


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Re: 受審のことについて 投稿者:はっしー 投稿日: 8月31日(木)20時37分24秒   引用  編集済
>  パスしたらすばらしい病院というお墨付きと思います。

この点が少し、気になるのですが

一般の病院の場合の話と言う前提では無いのですが、国立の療養所内で
この基準を満たしてパスしてしまうと、実際上医療面で不都合が何か
あっても書類の体裁や形式が整っていれば、対外的には問題無しと
取り扱われてしまう傾向は無いものなのでしょうか?

また、書類手続きが複雑になる事で従来省けていた手間に関して
融通がきかなくなる面が出てきたりはしないものなのでしょうか?

自立して活動出きる人と、重度で支援を必要な人との線引きが無く
同一の基準で行うとなると、規定はどうしても支援が必要な人を
中心として出来上がっていくので、自立できる人には不要な作業や
手間も、一律に義務化されて融通がきかない面が出そうな気がします


それは、人手不足になるセクションがあれば対応の遅れにも繋がります
常に人が常駐していなければいけない場所での問題は無いのでしょうか


そういう一連の流れの全てが、良い事なんでしょうか?


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九州療養所に園券? 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月31日(木)17時24分7秒   引用
いわゆる園券の所を読ませて頂きました。

 今まで九州療養所には園券はないことになっています。写真も年号も合わないので、ちょっと不思議に思います。元の資料を教えてください。

 実は九州療養所に園券があったという、少々不確かな話は、聞いたことがあります。前の自治会長からの伝聞ですが、どうも証拠の品がありません。文献か現物は見ていませんので、もっと詳しいことが判れば発表してください。一大トピックでしょう。

 Ichiro
(リベル) これは、私が自分で聞き取りをしたのではないし、少し心細いのですが
出典は訴訟の弁護団の古賀弁護士のサイトの「最終準備書面」です。そこにこう記されています。

第二章 絶対隔離絶滅政策(らいの根絶策)の展開
第二 隔離限定にむかう知見とこれに逆行する「らいの根絶策」策定
六 隔離による患者ら、原告らに対する被害
3 療養所の収容所化
(六)園内通貨 の項です。(お持ちのOSがWindowsであれば、「Ctrl」+「F」で出てくる窓に「園内通貨」と入れて検索!が早いです)

「一九一六(大正五)年、菊池恵楓園(1941年まで「九州療養所」)で導入されたこの制度は、全国に広がり、戦後も園によっては残っていた」

もし、そういう事実が無いことが明らかになれば、直ちに修正します。よろしくお願いします・・・m(_ _)m (8.31 23:08)

※私自身は決して「一大トピックでしょう」という取り上げ方に与するものではないことを、ひとこと、お断りしておきます。(9.2 03:08)


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受審のことについて 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月31日(木)12時10分11秒   引用
リベル様 こんにちは

すべての療養所で医療機能評価をうけることは、恐らく調停を受けての動きですが、全部の療養所とは知りませんでした。

調停の条件は裁判の結果と同様、拘束されます。守らねば裁判になるでしょう。
”日本医療評価機構”と”ISO4001"の2つがありますが受審するのは、タイヘンです。
お金と人手と時間と紙が途方もなく必要です。
小生の所の病院は熊本県で最初に受審しパス、5年後に再審査があり、パスしましたがタイヘンでした。ある小さい診療所でISO4001を受審した話を聞いたことがあります。木曜日の午後、仕事を休んで、これにかかりっきりで、1年かかったそうです。厚労省も療養所もしっかり、覚悟する必要がありましょう。
 パスしたらすばらしい病院というお墨付きと思います。
(リベル) 注:Ichiroさんがお書きになっている「医療機能評価」というのは8月29日の
「平成18年度ハンセン病問題対策協議会」の弁護団による「まとめ」の中の
『在園保障
  終生在園保障の基本方針が確認された。
  外山課長から、すべての療養所で財団法人日本医療機能評価機構の審査を受けることを計画することが言明された。』
の部分に書かれているもののことです。念の為・・・。


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勝訴後の厚労省との闘い 投稿者:リベル 投稿日: 8月31日(木)06時49分47秒   引用  編集済
「ハンセン病問題統一交渉団の歩み」と名付けて新しいページを作りました。

最近の厚労省の腑に落ちない動きを整理して、ウォッチングし易くしようとの試みです。厚労省のページとの摺り合わせがまだなのと、削除するべきか迷っている項目が残っているのですが、お見逃しください・・・m(_ _)m

いつもお願いするのですが、なかなか叶わないお願いを、またします。細かいところまでご覧頂いて、何かボロを見つけ出して、お教え頂きたいのです。上の投稿フォームからとか・・・。何かあるのに決まっているのですから・・・宜しくお願い致します・・・m(_ _)m


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余談ですが 投稿者:リベル 投稿日: 8月31日(木)03時39分9秒   引用  編集済
我が子が包丁を構えて襲ってくるなどと言うことは、考えられないことなのです。
報道によると2005年だけで17件発生とか。過去最高だそうです。

子供が友人に金を払って、母親を殺させる。母親が彩花ちゃんを橋の上から突き落とす。
アナウンサーが言っていました。「何かがオカシイ・・・」


散歩の往路にクマゼミが死んで腹を見せていました。帰り道、同じ所にそのまま有るのです。人通りが少ないせいですが、人通りが無くても、昔は蟻が群れているか、巣の方へ引きずっているかが普通の情景でした。

帰ってから、庭を調べて驚きました。「蟻っこ一匹」と言いますが、バッタは居るのに蟻が居ない。これは事件です・・・。

やはり、何かがオカシイのではないでしょうか。シーア・コルボーン女史は「奪われし未来」の中でこう書いています(第13章)。

「(環境ホルモンの)汚染地域に棲むカモメは巣を置き去りにするという報告がある。
 また、殺虫剤を投与された親ネズミから生まれたオスは成長すると、正常な親から
 生まれたオスよりはるかに縄張り意識が強く、気性も荒くなるという報告もある。
  こうした事実を踏まえるなら、現代の病理と有害物質との関係について考えてみるのも
 あながち突飛な思いつきとは言えないだろう。」

怪談話の時期は終わったのでしょうけど、確かに少しゾットさせられる話ではないでしょうか・・・。



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政府に電話 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月30日(水)13時27分9秒   引用
昔は仕事柄政府に電話をかけていました。

 Ichiroです。

 いちばん適当な相手を調べるのがタイヘンでした。今は、中学生相手のパンフレットに関しても馬鹿にされています。

 昔の大蔵省にカケタ事があります。ハンセン病療養所の金券(園内だけの通用紙幣、貨幣)は、金券と同じだから、法律上、かまいません、と至極簡単に言われたが、重みのある歴史はご存知なのかな。あらゆる貨幣の博物館(多くは銀行に付属する)にも、ハンセン病療養所で使われたものはありませんでした。唯一あったのは大阪の人権博物館でした。
(リベル) そうですね、仰有るとおりです。先ずバカにされることを覚悟しておいて電話しています。

まあ、今の官僚さんは賢いから、なかなか揚げ足を取られるような発言はしませんけど、でも
議事録を、少し読んだだけで、その心の底の横柄さは、見て取れます。


「園券」については、ご存じない方がいらっしゃいましたら、こちらをご覧ください・・・。(8.30 17:40)


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では一つ目の方は・・・? 投稿者:リベル 投稿日: 8月29日(火)23時58分25秒   引用  編集済
そう言うのなら、一つ目の方は、何をすれば良いかが分かっていなさるのか?と問われそうですね。

厚労省が、今回の「対策協議会」での申し入れに対して、どういう解答を出してくるのか?議事録はいつ読めるのか?(弁護団によるまとめは下↓でお読みください)

8月18日に予定されていた『第2回「ハンセン病問題に関する検証会議の提言」に基づく再発防止検討会』が、前日に急遽中止となりましたが、これはいつ開かれるのか?

こういうことを、キチンと見守っていて、ドシドシ厚労省へ電話を入れなければいけません。放っておけば、担当者が変わるのを待って先送りにするというやり口は、もう十分承知しています。電話を掛けましょう。入所者の方の平均年齢は78才を越えています。

厚労省の組織図はこうです。この中の健康局 疾病対策課 ハンセン病係です。

電話番号は03(5253)1111 (内線2369) です。大抵、とても声の可愛い女性が優しく対応してくれます。(これは嘘です)課長や課長補佐に話をしようとさえしなければ、居留守を使うことは有りません。と言うことは・・・そうです、お察しの通りです・・・(笑)


統一交渉団(原告団・全療協・全国弁連)と厚労省が、これまで行ってきた遣り取り。会議の開催日、「基本合意書」、「確認事項」、議事録などをこれから一つの表にまとめます。2001年6月29日に開かれた第1回「ハンセン病問題対策協議会」以降、会議がどのように開かれたか(そして遅滞したか)を「厚労省マター」とでも名付けて年表にします。又、拙速で公表しますが、しばらくお待ちください。「お待ち・・・」と言ってもどこかさんほどは待たせない積もりですから・・・(笑)

取り敢えず「たたき台」を作りました。これに添削を加えて、それから命を吹き込んで、出来上がりとなるのが、明後日あたりの予定です・・・。(この項 8.30 03:23)


こちらにも書いておきますが、こちらで「平成18年度ハンセン病問題対策協議会」の弁護団による「まとめ」が読めます。


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国立ハンセン病療養所の将来状況と対策の研究 投稿者:リベル 投稿日: 8月28日(月)23時46分1秒   引用  編集済
これは、厚労省が国立療養所大島青松園長の長尾榮治氏にまとめさせたもので、通称「長尾レポート」とされています。

去る23日の厚労省での「対策協議会」ではやはりこの問題が中心になったと、志村康氏が「志村康さんとキャッチボール」に書いて居られます。前途多難である、と。

手前味噌ですが、もういちど「統一要求書」を読んでご覧になりませんか。


先夜、「いま、ハンセン病に関して最も大事な問題は何なの?」と嫁はんに訊かれたとき、最初に出てきたのがこの「在園保障」。そして二番目がアイスターの宿泊拒否事件が象徴する「根強い差別心の払拭」でした。

「リベルという名の支援者」の考え方、捉え方がこの問答にいみじくも露呈しています。

「藤本事件」は確かに放っておけないし、また急を要する問題でもあります。でも、上の二つの方がやはり大事なのではないか?と思っています。

では、何をすれば良いか?これは二つ目の問題「根強い差別心の払拭」については、特に難しく、頭を抱えています・・・(>_<)


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 8月28日(月)12時19分34秒   引用
なるほど、症例を見ないでいきなり判断が出来る訳は無いですね
そう言う物言いは、相手の方に対して失礼でしたね


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アカツキ病雑談 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月28日(月)12時18分14秒   引用
命名された坂本邦樹名誉教授のコメントをみつけました。病名としては、特異なものと思います。

 病名をつけたころの思い出 坂本邦樹 皮膚科の臨床 37,8,1215-1220,1995.

アカツキ病(1960) 最初に出会った症例は14歳の少女で母親につれられてやってきた。昭和35年で私は大阪大学の助教授であった。両乳房の乳頭を中心に(中略)褐色の小結節を密集し顆粒状にみえる。(中略)何の気なしにアルコール綿布で拭いてみるとなんとなくふやけてきた。こんどはベンジン綿で強く擦ると小結節がとれて、下から正常の皮膚が現れた。その年のある学会で供覧したところ、フロアから病名は何とするかという質問があった。よく覚えていないが「アカツキ病は如何でしょう」と答えたらしい。
 (中略)総説を書くにあたって、本症の定義を求められた。それで「何らかの精神的な抑制によって離脱が妨げられカヒ(かさぶたであるが、漢字がでてきません)として固着した状態」とした。
 (中略)
 無為性皮膚症にはこのアカツキ症の他に臍石とデイオゲネス症候群がある。最後のものは哲人デイオゲネスと同様、身の回りをあるがままにし、垢にまみれ、寄生虫皮膚疾患、屑や塵と共生する状態である。

 一部文章を変えています。

 坂本邦樹教授はなくなられましたが、以前から文通をしていて、この論文も別冊をいただきました。 Ichiro
(リベル) お節介ですが、「かさぶた」は

 1)瘡蓋  大辞林
 2)痂   新明解国語辞典

とありました。ご参考までに・・・。

もう一つ、お節介ついでに。大辞林によれば・・・

ディオゲネス:(前 404 頃-前 323 頃) 古代ギリシャのキニク学派の思想家。
黒海沿岸のシノペの出身。アンティステネスの弟子。文明は反自然的なものであるとし、
自足・無恥をモットーとして、樽に住むなど奇行と逸話に富む伝説的人物。

とあります。

ぴよさんの「あかつき病(akatsuki disease)」に発して、談、ついにディオゲネスに及びましたか・・・(笑)(8.28 12:54)


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余談ですが 投稿者:エミ 投稿日: 8月28日(月)03時15分13秒   引用
>余談ですが友人でアトピー性皮膚炎に悩んでいる成人がいるんですが
>現在の医学会の常識だと、ステロイドはどういう位置づけになりますか?
>長期間に渡って、継続塗布利用していても大丈夫なのでしょうか?
>ご教授頂ければ、幸いです

ん、これは、不適切な聞き方ではないか?

はっしーさんが知りたがり屋さんなのは結構ですが、
もし、はっしーさんが“皮膚科Drからお聞きしたこと”として、
その友人にステロイド薬外用剤について何か教えてあげるつもりなら、
余計なお世話というものでしょう。

医薬品の処方は、あくまでも個々のケースに応じてなされるのであって、
医師は、余談に属する“医学界の常識”によって処方されている
わけではありますまい。
まさか、そんなことをするつもりはないと思いますが、
はっしーさんが“余談”で仕入れた知識をひけらかして、
ネガティヴなアドバイスでもしようものなら、
その友人と主治医との間にこれまでに築かれていた(かもしれない)
信頼関係を壊すことにもなりかねませんよ。

はっしーさんがほんとうにステロイド薬について知りたいなら、
情報はいくらでもあるはず。
ためしに『今日の治療薬』でも『局方』でも一読されたらいかがかしらん。
あるいは、アトピー性皮膚炎の治療ガイドラインでもアルゴリズムでも
覗いてみたらよろしい。
それこそ“余談”ですが、
適応症とその重症度や疾患活動性によって、あるいは、
現時点の医療水準で他に使用可能で有効な代替薬や治療法がない場合など、
やむを得ず継続使用しなければならない場合もありうるでしょう。
減量や離脱可能な場合も、リバウンドやエスケープ症状発現に
注意しながら漸減していくというふうに、用量決定ひとつとっても
専門家は細心の注意をはらって行っているのではないでしょうか。

私には、はっしーさんの軽〜い聞き方が、なんか引っかかりましたので、
文句たれのお邪魔蟲ーしちゃいました。(怒っちゃ、イヤよ、ご笑読あれ。)


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病名について 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月27日(日)17時06分52秒   引用
ハッシーさんのご意見はモットモです。そういう理由でハンセン病になり、また、認知症となったものと思います。

 以前使って、現在は使われない病名もあります。fatal(至死的)という言葉が使われた病名がありましたが、現在は当然使われていません。とんでもない病名ですね。

 ほかに、問題点としては、人名がついた病名のこともあります。その人の名誉を考えるという考えもありますが、本体がわからない、症状が複雑であるといった場合は、積極的に使う考えもあります。いい例が川崎病です。社会問題にもなり、研究し、治療をみつけることが望まれている時代に、研究者などが話しあう時には、川崎冨作博士にちなみ、川崎病がすぐ使われました。またベーチェット病(欧米ではベーチェット症候群)なども同じ考えです。


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 8月27日(日)16時41分16秒   引用  編集済
正直に言って、「歌舞伎症候群」などは親御さんにとっては
深刻な病で、冗談として扱われてしまうのは如何なものかと?
http://www.ne.jp/asahi/okamoto/osaka/page048.html

(リベル) 仰有るとおり、誠に不謹慎な失言をいたしました。

発言を修正しておきました・・・。(8.28 10:51)


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 8月27日(日)09時52分56秒   引用  編集済
「アカツキ病」と言うのは、正式名では無いとお聞きして
疾患名のつけかたに少し興味が出て調べてみたのですが

第354回 日本皮膚科学会大阪地方会プログラム

平成11年7月に行われた中のテーマとして

・うっ滞性潰瘍を伴ったアカツキ病の1例


(月刊)皮膚科の臨床 ◆ 99年3月号(Vol.41 No.3)

・蛎殻様の外観を呈したアカツキ病の1例


前述の日本医真菌学会の雑誌内でも、「アカツキ病」として
扱っていて俗称だと言う説明の記載はありませんでした

調べてみると、小学生向けの保健だよりの中でも
「アカツキ病」と言う記載で、現在は病名として
一般的にも使われているような印象でした

利用される様になると、正式名ではなくても定着するものみたいですね


ところで、疾患と言うのは煩わされる方にとっては深刻に
悩みな訳で、病名そのものがジョークになってしまうのは
如何なものかと聊か思いながら、拝見させて頂きました

病は、患者さんにとっては真剣な問題だ思うので

医学会では、そういう事はありがちな事なんでしょうか

余談ですが友人でアトピー性皮膚炎に悩んでいる成人がいるんですが
現在の医学会の常識だと、ステロイドはどういう位置づけになりますか?
長期間に渡って、継続塗布利用していても大丈夫なのでしょうか?
ご教授頂ければ、幸いです
(リベル) おやおや、「ひふか・こぼれ話」が、いつの間にやら「ひふか・相談室」へ出世してしまいましたか・・・。

どうぞごゆっくり、ご懇談くださいませ・・・(笑)  (8.27 11:45)


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面白い病名 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月27日(日)06時44分50秒   引用
ついでですから、面白い病名について書いてみましょう。

 モヤモヤ病:moyamoya disease 脳の中にもともとの血管が残っていて モヤモヤするので付けられた病名です。消えるべき血管が残ったものです。なお帯状疱疹という病気のあとに痛みが残る場合は、炎症の時にできた血管が、残るからです。
消えるべきものは 消えるべきである。

 歌舞伎メークアップ症候群:歌舞伎役者が 見得を切ったような顔を持った先天性の病気。勿論全世界で使われています。小児科方面ですね。発表されてスグ全世界で使われました。印象的な顔です。検索してください。Kabuki make-up syndrome

 摩擦黒皮症:friction melanosis 肥田野先生が命名さる。ナイロンタオル(など)で擦ることにより、特に骨の上の部分が黒くなる疾患。
 私の説によると日本人には清潔信仰、無菌信仰があり、これが摩擦黒皮症やアトピー性皮膚炎を作っている。あまり言うと袋叩きにあうと思われる。私の考えは、不潔信仰です。それでこそ、色々な抵抗力がつくのです。ハハハ

 丹頂結節:(笑ってください)丹頂というのは丹頂ポマードのことです。知っていますか。誰が命名したか知りません。女性を喜ばせるものです。丹頂ポマードの瓶を壊していれるのが最高ということで、この名前があります。この風習は東南アジアにいきまして、タイなどで発表がありました。日本でできた風習が東南アジアにいったということを書いたことがあります。勿論こういう名前を知らない医師も多いと思います。結節はかたまりのことです。
(リベル) ほらほら・・・!やはり菊池先生は、お話の宝庫だったでしょう・・・。

なるほど、実に多彩な布陣なのですね。多岐にわたる命名です。

歌舞伎メークアップ症候群に至っては、就中傑出していますね。

勿論、病気になった方はお気の毒で、「ふざけた名前をつけやがって!」とお怒りになって居られるかも知れませんが・・・(8.28 10:48修正)


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垢着き(付き)病について 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月27日(日)01時16分33秒   引用
実は小生は皮膚科医師です。その立場で、発言します。

幾つかジョウダンみたいな皮膚病の名前がありますが その一つが垢着き病です。勿論英語はakatsuki diseaseです。命名したのは 奈良医大の坂本那樹教授(故人)です。他に三木教授(もと愛媛大学学長)が名づけられたgomaというのがあります。臍のゴーマです。臍のゴマが巨大化したものです。この二人とは私は文通などをしていて、このことは間違いありません。

 この2つは正式の皮膚病の名前としてはまだ認められていません。日本人が命名した皮膚病を頼まれて書いた時に、ずいぶん悩みました。外国からもakatsuki diseaseのような発表もあります。垢がうず高くなった状態です。顔面にある場合もありますし、女性の乳頭にある場合もあります。どうも乳頭にあるのは、取ると痛いからのようです。ポマードをくっつけた状態もあるのでpomade diseaseとも考えられていますが、まあ、akatsuki diseaseの方がより正確といえましょう。言葉はアカツキ(暁)病と美しいのですが。ハハハ

 そんならお前がそういうことを論文にして書けばよいではないか、と言われそうですが、そうもいきません。皮膚科の長老が書けばよいと思います。ゴーマの方は正式には臍石という言葉もあります。日本真菌学会の論文は読んでいませんが、正式の病名と書いてありましたか? 俗にアカツキ病という、と書いてありませんでしたか?
(リベル) やはり皮膚科の専門家でいらっしゃいましたか・・・。

大変失礼な言い方をお許し頂けるならば、流石に専門分野のお話となると
筆が冴えるものなのでしょうか、読ませて頂いていて、実に面白いのです。
文章が活き活きして、お話が鮮やかに脳味噌に吸い込まれるのを感じます。

また時々、「ひふか・こぼれ話」でもお聞かせください・・・m(_ _)m

「ゴーマ」には参りました。夜中に大声で笑ってしまって・・・(笑)


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 8月26日(土)22時53分50秒   引用  編集済
リベルさんが、話題にされていた
akatuki disease は皮膚炎の一種の様です

アトピーとの関連性等が話題になっている様で
和名の呼び方は「アカツキ病」でいいみたいです
「アカツキ病」で検索すると何件か出てきます

日本語版だと、日本医真菌学会の雑誌

第 46 巻  第 3 号 (平成 17 年)に
菌相を解析した病例として掲載がある様です

脂質要求性常在酵母によるものでは、現在11菌種が報告されており
増殖に脂質を要求するものによって、発症したアカツキ病の
疾患例が、上記の雑誌内で事例として3例報告されていますね

増殖に脂質を要求しないものも、確認されているようです

菌相が、分離培養を要し菌種ごとに発育条件が異なるため、報告による
検出率が様々で最近では、培養条件に依存しないPCR を用いた
解析法で培養法で検出されにくかった菌種の存在も明らかになった


とありましたので、培養が難しい辺りはハンセン病の菌と似てますね
(リベル) おお、専門的ですね・・・。

これを話題にされたのは、ぴよさんという方でしたが・・・(笑)(8.27 01:08)


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水子供養 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月26日(土)17時26分46秒   引用
宮古南静園では、問題になってから、
 慰霊祭の時に、水子供養を行っている。はっきりしないが、平成13年ごろからと思うが、14年だったかもしれない。
 手術に失敗して、生まれた子供も多かった。育てるのに苦労された方もおられる。立派に 育った方も多い。


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Re: (無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 8月26日(土)14時01分21秒   引用  編集済
すみません、後遺症って書き方は無神経でした
ハンセン病の疾患が治ってないかの様な誤解を招きますね

それぞれに、健康状態も違いがあり個人差がある訳で
全ての人に、共通する条件などはありませんね

なんだか、一方的な書き方をしてしまいました

ニュアンスを考えるべきでした   ごめんなさい
(リベル) これは、ご心配には及ばないのではないでしょうか。

辞書によれば「病気やけがが治ったあとに残る故障」「疾病の初期の急性症状が消失したあとに長く残る非進行性の機能障害」
などとありますし・・・。(8.26 17:38)


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藤本事件は・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 8月26日(土)02時49分38秒   引用
ご存じの方も多いかと思いますが、検証会議の最終報告書にも大きく取り上げられています。51ページからです。

念の為・・・。


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学童検診の話 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月26日(土)00時23分35秒   引用
多良間島の大岡裁き

 それはいいことか悪いことか、今は判るのであるが。
 宮古島で外来のハンセン病治療が療養所以外で始まったのは昭和45年2月である。スキンクリニックは浦安安常氏が土地を提供、日本政府国庫補助事業として建物ができた。

 それを遡る昭和43年5月、某氏と某医師は多良間島(宮古島の離島)で学童754名のうちハンセン病17名、同疑い7名を発見したと発表した。大問題になったが、その後湊愛楽園長は再検し、1名もいなかったと発表した。

 最近のことであるが、ある先輩をつうじて、湊氏に電話で質問をしてもらった。その時の話では、全員でなく、見せられる学童だけ検査したという話である。最近の最終報告書によると、学童のハンセン病は多くは自然に治癒するので、本人のために、0名ということにした、と書かれていた。

 私はその前、昭和41年(1966年)に沖縄本島の中部で、学童検診をした。ハンセン病も検診の目的であった。1万人以上精密に検査したが、1名もハンセン病患者の診断はつけなかった。幸いであったが、離島僻地では、私の同僚はハンセン病を発見していたのである。私が湊氏のような立場をとりうるかどうかは、自信がない。軽度のハンセン病は“はたけ”にも似るのである。


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 8月25日(金)21時18分31秒   引用  編集済
先日、ちょっと気がついた事があったのでリベルさんの処で
情報として、活かして貰えたらと思ったのでちょっとお邪魔します


最近話題にあがる血清療法、これはかなり効果があるらしくて
ある時期に、療養所内で眼科の外科手術(白内障による水晶体
の摘出、一般的で今でも普通に行う手術。当時は眼内レンズ
を入れる事がなかった)をした方が眼科以外の理由で園内の
病室に入所した際に、目の調子が悪く困ってたそうです

市販の目薬ではなく、自己血清から作り出したものの点眼を
療養所内の病棟で何回か続けた処、目の調子が改善して
病室に入室する前よりも、良くなった例があるそうです

自分の体は、自分の体の中から作られたもので守る
これが、一番自然で無理の無い方法のようです


この方の事例が、全ての方の事例に適合する訳では無いのかも
知れませんが、もし同様の状態にお悩みの方々がいらっしゃれば
担当の眼科医のお医者様に、ご相談なさってみるのも一考かと

後遺症に関して、お悩みの方で諦めてしまわれている場合でも
最近の手術は、飛躍的に進歩しているので何十年も前に行われた
療養所内での手術後でも、再手術はかなりの余地で可能だそうです

具体的な事例は、ちょっと避けますが

典型的な後遺症でも、現状が良い方向へ向う事例があるそうです


現在は、セカンドオピニオンも確立し、従来の様に園内医療だけでは
無く外部医療も、段々と受けられる状況になってきたとお聞きします

具体的に、後遺症に関する手術を受けている病院や、外来診療を
行っている病院名が判ったら、またお邪魔してみます。。。
(リベル) はっしーさん、貴重な情報を有り難うございました。

詳しいことなど、またお知らせください。よろしくお願い致します・・・。


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私は病理学者でない 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月25日(金)18時02分54秒   引用
尊敬する菊池先生と間違われそうですので、化けの皮をはぎましょう。Ichiro Kikuchi
をniftyで検索するとすぐ出てきます。

Iso-Kikuchi syndrome

Associated persons:
Ryosuke Iso
Ichiro Kikuchi

Description:
A hand abnormality characterized by congenital anonychia, micronychia, or polynychia of the index finger. Inheritance, if any, is uncertain.

Ichiro Kikuchi named the condition congenital onychodysplasia of the index fingers. The term Iso-Kikuchi syndrome was introduced in 1980 by Robert Baran, a French dermatologist in Cannes.

 ここまではいいのですが、病名を検索するとonychodystrophyとシャーシャーと書いている人がいて、タイヘン迷惑しています。

 そう稀ではない証拠に、神社参拝するあるオバーさんの人差し指に発見しました。手をあわせているわけです。テレビで発見することに、私はすごくserendipityを感じます。

 この病気は完全に2つの名称を持っています。私は、私が命名した方が、正しいといっていますが、私の友人のBaranは 彼が命名した方がいいと主張しています。磯先生は私より5年前に発見し別の名前をつけたのですが、私はある理由より私の命名を主張しています。
なお磯良輔先生の発表は邦文でした。当然私は彼の論文を引用したわけです。それでバラン博士はIso Kikuchi syndrome(もともとはフランス語の論文)を命名したようです。
(リベル) 失礼申し上げました。

Googleでも「Ichiro Kikuchi」で検索しますと一番に出てきました。
恐れ入りました・・・。


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Re: Serendipity 投稿者:ぴよ 投稿日: 8月25日(金)12時40分18秒   引用
菊池先生

ご無沙汰しております。
学会発表では、いつも的確な質問をしていただき、感謝しております。

>福岡の宗像神社を参拝している人にみられたのです

リベルさん、あかつき病(akatsuki disease)のことではないでしょうか。
私は専門外なので、どういう症状なのか、まったく存じませんが・・・
(リベル) ぴよさん、はじめまして。ようこそいらっしゃいました。

「あかつき病」?
はて?
私も専門外で、これさえも初耳で・・・(笑)


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余談ですが・・・OCR 投稿者:リベル 投稿日: 8月25日(金)04時42分11秒   引用  編集済
北風さんにご紹介頂いたOCR「読んde!!ココ」と「e-typist」。
それと買ったスキャナに付いてきたソフト「読取革命」、この三つの体験版をDLして、較べてみました。

凄いことが出来るようになったのだなあと驚きました。前のスキャナを買ったのは7年前。「読んde!!ココ」が付いてきましたが(それ=OCRとは知りませんでした)、とても現在のような能力はなく、それでOCRが欲しいと思っていたのです(お粗末!)。

どうも「e-typist」が一番高性能みたいです。もう少し研究して、それから・・・???

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セレンディピテイー 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月25日(金)02時24分4秒   引用
リベル様

 Serendipityという言葉は、よく聞いていました。どの分野でもそうでしょうが、医学上の発見などにも当てはまります。そう考えると、すばらしい速さで論文を書き上げていました。今まで誰も発表していない、本当においしいことなのです。私はそれを風呂の中で感じたのです。

 幸運は幸運を呼びました。そしてあるフランス人は病名に私の名前を入れてくれました。

 生憎、Ichiro病ではありません。興味ある人は私の名前をニフテイで検索してください。

 もう一つのセレンディピテイー。その病気は偶然ですが、NHKの画面にでてきたのです。驚くべきことには、福岡の宗像神社を参拝している人にみられたのです。私はその画像を入手しました。これはその問題で、のぼせあがった私でなければ、わからなかったことでしょう。まさにセレンディピテイーなのです。

 私のセレンディピテイーでした。
(リベル) 検索してみました。

「菊池病」でも「Kikuchi病」でもヒットしました。

こんな記述があったので、面食らっています。おからかいになっていらっしゃるのかな??と・・・

「この病気は1972年に福岡大学・病理学教室の菊池昌弘教授によって発見され・・・」
こちらです。  www.f-teisinhp.japanpost.jp/HOMEPAGE/profile/profile/ProfileNo.27.pdf (8.25 04:28)


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余談ですが、ポアンカレさんもそう仰有っていて・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 8月25日(金)01時13分51秒   引用  編集済
>セレンディピテイーは、赤道直下の砂漠のど真ん中であろうと、密林の底なし沼に首まで引き込まれていようと、委細かまわず発動するものだと私は理解しています。(8.13リベル記)

ポアンカレさん 「天啓のように発見が起きた瞬間を、自らの体験で記す。それは、乗合馬車の踏み段に足を触れた時であり、散歩中の断崖の上であり、大通りを横切っている時だった。」


>「難しいことに直面したら、一旦『無意識』に預けて、放念する。数時間・数日すると名案が浮かんで解決することが多い」というようなことです(8.19リベル記)

ポアンカレさん 「例えば『或る難問を研究するとき・・・何等効果が上がらないことが縷々ある。』。そこでしばらく休息をして、新たに机に向かう。『最初の半時間は何ものも得られないが、やがて突然決定的な考えが心にうかんで来る』。休息の間も、絶えず無意識的活動が行われていた」

我が意を得たり・・・と、喜んでいたりして・・・(゚ー゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)ウンウン


朝日新聞「天声人語」(8月24日)から



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昨日、平成18年度ハンセン病問題対策協議会が開かれました 投稿者:リベル 投稿日: 8月24日(木)01時55分18秒   引用  編集済
これに先立って、統一交渉団(原告団・全療協・弁護団)は統一要求書を厚労省に突きつけています。7月21日、一ヶ月以上前にです。

さあ、昨日の協議の結果、というか、厚労省の返答は、どんなものだったのでしょう?早く議事録が読みたいのですが、「第一回再発防止検討会」の議事録↓(8月22日(火)02時24分26秒)のように、5ヶ月遅れということを平気でやる厚労省ですから、どうなることやら・・・?

「統一要求書」を勝手に読み易くHTMLにしておきました。統一交渉団の怒りに満ちた文面を、もう一度お確かめになりませんか・・・。

厚労省の担当者にしろ、厚労大臣にしろ、副大臣にしろ、担当者側がコロコロ変わっていきます。向こうは御身御大切にその場を凌ごうの一点張りが見え見えです。驚いたことに(いや当然なのかな)「検証会議の最終報告書」さえ、放っておけば無視されかねないのです。

良く、ウォッチングしないと危ない、危ない・・・ (;`つ´)怒!


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西南学院大学法科大学院大講堂でおこなわれたシンポジウム・・・より。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月23日(水)06時04分20秒   引用
「隔離政策の重み 」を、こちらからも感じ取ってください!


Re: 志村康さんとキャッチボール 19 ( No.88 )
日時: 2005/03/20 17:11
名前: 夕焼け


 志村家のお庭に、水仙が柔らかいイエローの花を咲かせておりました。
 我が家の水仙たちは余りにも多くの開花を一度にしたらしく、その淡い、柔らかいその色の真価を見落とすところでした。原色には無い、その色の“もち様”に改めて気を奪われた恵楓園の朝でした。

「小さなのぞみ」
 押し鮨(ずし)のように
 狭苦しい箱の中に
 閉じ込められて
 消えかけた命を
 今日もまた引きずってゆく

 あぁ・・・・・
 わずかな空き地でいい
 腹のそこから
 『馬鹿野郎』と
 大きな声が出せるところがほしい

 11ヶ月前、熊日新聞の「検証ハンセン病史 第4部 光求めて」の中で発見しました、藤本松夫さんの“詩”です。

 この詩に出会い、藤本松夫 と、いう人物をもっと知りたいという感情に駆られたことを今でもはっきり憶えています。
 私はこうして人物探求から、この事件に秘めた幾つかの疑念に心と身体を動かされるようになりました。

 冤罪事件などと言うものでない、“国家権力による作為の中での殺人事件”の要諦といった匂いまでも醸し出してきた様に感じているのは私だけでしょうか!?

 藤本事件に触れれば触れるほど、戦後の「無らい県運動」のいい加減さには目を覆うものを感じてしまいます。
 国の絶対隔離政策の風潮を鵜呑みにする縦割り行政の意味の無い権威体制、そして何の疑問を持たずにその流れに乗らされた国民性のその罪は!?私たちはこの繰り返しをしないための行動を、真摯に受け止めているのだろうか?ハンセン病問題が形骸化しないためにも、皆さんにこの藤本松夫さんという人物・人格を知って頂く手段と、藤本事件(不自然からの絞首刑)の、真実に目を・心を・向けていくべきと、昨日の「権威あるシンポ」より、学ばされました!!


Re: 志村康さんとキャッチボール 19 ( No.89 )
日時: 2005/03/20 20:37
名前: 夕焼け


「藤本事件」シンポの2部交流会ならではの、ひとコマ!!

 志村さん>「関原先生、以前よりお若くなりましたねぇ〜」
 関原さん>「妻が亡くなったからだわなぁ!ストレスの基が無くなっちぃまったからなぁ〜。そりゃあ、若返るわな!!」
 志村さん>「わぁっはぁあ!ハァハァハァ〜−!」(志村さん特有の高笑い)

 間に挟まっている私は笑っていいものやら「・・・・・・・・!?」

 志村さんに以前よりお聞きしている関原像・・・、いいや、それ以上の“力”を感じさせて下さいました、昨日のシンポは!

関原談
 「私は、職人弁護士ですからねぇ〜。私は私なりに考えた!腕を磨かなきゃ商売にならない。その経験を重ねていく中で、『信頼』と『信用』を確立することがこの仕事の誉れなんだと。じゃぁ『信頼』とは何ンだ!!本人(被告)が言うことを丸投げで信じ、そして動くということさ」
 “職人弁護士”・・・やって来たから成せる!その言葉の響きに、心地よさを感じた「権威あるシンポ」でした!!



Re: 志村康さんとキャッチボール 19 ( No.91 )
日時: 2005/03/21 08:45
名前: 夕焼け


 「権威あるシンポ」の紅潮が、覚めないうちに・・・!!

 私は昨年の4月に、熊本日日新聞(2002年12月2日朝刊〜12月17日朝刊)の『検証ハンセン病史 第4部 光求めて 戦後編』に於いて、菊池恵楓園に保管されている藤本松夫さんの遺品の存在を知りました。
 私にはとても運が良かったと云うか、昨年の菊池恵楓園(2004年6月15日〜6月17日)で行われた『第18回 ハンセン病問題検証会議』で、恵楓会館に於いてパネル資料展の公開があることを聞きつけ、中日の16日、仕事を休んで参加させていただきました。

 先に書き込みました、松夫さんの詩『小さなのぞみ』以外に、松夫さんに触れられるものはないか!?と言う想いからです。
 そうした中、思いも依らぬ「藤本事件」の膨大な資料・遺品を前に(マコちゃん曰く、「この時代の死刑執行後これだけの遺品が残っていること事態おかしいくらいです。そこにハンセン病なるが故の偏見の存在の、まさに証明でしょう!!」)、この資料をじっくり精査するには、3,4日掛かってしまう!ということから、藤本松夫さん直筆の、特に詩や手紙に拘り2時間半過ごさせて頂きました!
 遺品の中に「自由日記」という製本化された立派な日記帳内に記された幾つかの詩を発見、その一つを筆記して帰りましたので・・・、紹介いたします。「小さなのぞみ」同様、死刑囚とされた方以外には導き出せない言葉の数々を堪能してください!!

 前置きが長くなりました・・・、800字を越え跨いでしまう可能性がありますので・・・、



Re: 志村康さんとキャッチボール 19 ( No.92 )
日時: 2005/03/21 08:47
名前: 夕焼け


 藤本松夫 獄中記より―(そのままを、記しています)

   “詩”
 故郷をはなれ、八年の星霜を私は
 H氏病なる故に無実な罪を負い
 世界に唯一の獄房に自由を束縛され
 出られない、動かれない
 私は小さな夢と希望を・・・・・・
 心にいだいて
 体は拘禁されても魂は自由であり、
 あく迄も身の潔白を主張し、闘う
 心境は今でも変わらない
 唯々カナリヤの激動の声だけが私の耳にのこる
 淋しくもあり・・・・悲しくもあり・・・・
 拾年・・・・それに加わへて死刑の刑は残酷だ
 矛盾そうして偏見、野蠻的な
 強制の弾圧には慟哭せざるをえません
 私は死刑台に昇る迄無実を叫び・・・・
 血のかれるまで叫び續ける事でしょう
 春はまだ遠い・・・・道は苦難に・・・・
 元気を出せと自分に・・・……
 自分に云い聞かす・・・・

  昭和三十四年二月三日記、藤本、


 「H氏病なる故に」と記されているところに、松夫さんの想いの一環を垣間見ることが出来そうです。

 藤本松夫さん!!死して四十三年・・・あなたの想いは今も尚、活き続けていますよ、絶対隔離・強制隔離の国策が“誰に責任があったのか!?”が、その真実が問われる日まで!!



※ここにも 国家政策 がもたらした 被害 などでは語れない、人権蹂躙の史実が・・・あります。


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隔離政策の重み 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月23日(水)03時16分26秒   引用
雑誌楓の光明園入所者のアンケートで、判明しました。

>◇「家族との関係」変化なし、「連絡・交流に制限」など4割も−−隔離政策90年の重み、今もらい予防法廃止から10年の今年、国立療養所邑久光明園(瀬戸内市邑久町虫明)の機関誌「楓(かえで)」の編集委員会が、入所者を対象とするアンケートの結果をまとめた。
>「入所者を巡る状況の変化」を問うもので、同委は01年にも実施。この5年間にハンセン病患者の隔離政策を違憲とした熊本地裁判決(01年5月)があったが、回答に大きな差はなかった。同委は「勝訴をもってしても、入所者一人一人の意識や家族関係に劇的な変化がなかったことが分かる。(隔離政策が続いた)90年の歳月の重みを感じずにはいられない」と分析している。


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ようやく・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 8月23日(水)00時42分27秒   引用  編集済
下のスレの神戸新聞の切り抜き写真、実は昼間のより良くなっています。=自己満足

何度もやりなおして、ようやくこれ。色が新聞紙色なのが気に入らないのですが、これは田舎図書館のゼロックスの機械のせい??

使い慣れるまで、うるさいことですが、まあ許してやってください・・・m(_ _)m



新しいスレは立てないで、こちらに「壁をたたく音がきこえる」の目次を紹介します。
玩具を与えられた子供ですね・・・(>_<)



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なにはともあれ・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 8月22日(火)14時48分2秒   引用  編集済
昼前に、スキャナが到着。ウォーキングを中止して開梱、インストール、昨日取ったゼロックスを取り込みました・・・。

解説はまた後刻、あらためて、ということで、お許し頂いて・・・

ちょっと読みにくいので、研究してやり直します、深夜に・・・(笑)

あ、URLの方が、読みやすいので、こちらでどうぞ・・・悪戦苦闘中!!(>_<)

OCRの研究も、夜中、夜中・・・。


2005.11.29 神戸新聞朝刊から

http://www.eonet.ne.jp/~libell/kabewotataku.htm



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ほう! 投稿者:エミ 投稿日: 8月22日(火)10時48分24秒   引用
>座長さんはどうやら仮病ですね・・・(笑)

読みやすくアレンジしてくださって、ありがとうございました!
(リベル) いえいえ、お安いご用で・・・(笑)

それにしても、「お役所仕事」丸出しのやり方ですね。発表のタイミングからなにから・・・!(8.22 11:56)


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第2回「ハンセン病問題に関する検証会議の提言」に基づく再発防止検討会 投稿者:リベル 投稿日: 8月22日(火)02時24分26秒   引用  編集済
これが、前日に急遽中止となりました。理由は座長(放送大学教授の多田羅氏)が体調不良のため出席できず、副座長や座長代行について決めていないので・・・ということだそうです。

これが17日のことでした。そして昨日、21日厚労省のHPに突然、去る3月29日の「第一回再発防止検討会」の議事録(読みやすくアレンジしました)が掲載されました。

これは変だ!とお思いになりませんか?


読んでみました。「面白い」の一語に尽きます。そこいらのサスペンス映画そこのけです。官僚のやり口、複雑な背景、個性的な登場人物、慇懃無礼極まりない応酬、座長指名の裏取引(私の勝手な想像ですが)などなど・・・上の1/4は飛ばしてお読みください。

座長さんはどうやら仮病ですね・・・(笑)


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質問です。 投稿者:かわわ 投稿日: 8月21日(月)18時33分53秒   引用
今晩は。質問がありましたので書き込ませていただきました。
今日本国内でハンセン病問題のために活動している団体や人を
教えていただけないでしょうか。
(リベル) 表には出ないで、地道に活動をなさっている方まで、調べるのは、勿論無理ですが
一番お役に立つのは、「ハンセン病市民学会」だろうと思います。

こちらのホームページで、アレコレご覧になっていれば、ご希望の団体なり、人が発見できると思います。
一度訪問してみてください・・・。

そのほかに、厚生労働省の「情報ページ」もお役に立つかもしれません。
ただし、ここは間違った情報をいつまでも垂れ流し続けるという、悪い癖がありますので、その点はご注意ください・・・(笑)(8.21 22:59)


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訂正です。すみなせん。 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月21日(月)11時55分24秒   引用
菊池恵楓園にいって確認したのですが 新地になっているのは 恵楓園東官舎で、医療刑務所では ありませんでした。

 どうもすみません。

監禁所跡の塀をみてきました。あの高さだったんですね。

宮古南静園の場合、壁が両側?に高く、天がすこししか見えなかったとかいう話です。

Ichiro
(リベル) 菊池様、ようこそ・・・。

恵楓園の東官舎が更地になったという話は「志村康さんとキャッチボール」でも拝読しました。

楽泉園の重監房復元については、10万の署名が厚労省に提出されましたが、あそこは、そうですね、出しっ放なしではいけないのですね。
どんどんプッシュしないと、その内にどこかへ仕舞い込んでしまって・・・
エイズの時の書類みたいに、ああ、有りました有りました、廊下のロッカーに・・・ということになりかねません・・・(笑) (8.21 12:24)


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OCR 投稿者:北風 投稿日: 8月21日(月)08時14分42秒   引用  編集済
読んdeココ
http://ai2you.com/ocr/product/index.asp

e-typist
http://pac.mediadrive.jp/et/

がお勧め。
2週間くらい無料で使える体験版があるので、実際に使って比べて選べます。

ようさん。
「ハンセン病図書館友の会」宜しく。
http://www.tenro.net/lib_hansen/

あ、ハンセン病資料館とハンセン病図書館は「別」です。念のため。
(リベル) わあ・・・早速有り難うございました。「読んde!!ココ」と「e-typist」とも体験版をDLしました。
今日あたり、スキャナ到着。
今日の炎天下は、二駅離れた図書館へ、ギリシャ語辞典で「leuke」調べと、「神戸新聞」のゼロックスに・・・

山下氏と相談する段階に至るか否かは目下不明・・・という状態です・・・

本当に、有り難うございました。(8.21 11:48)


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中山さんちの映画blog 更新 投稿者:リベル 投稿日: 8月21日(月)02時38分32秒   引用
スケジュールが一部変更になった旨、掲載されています。


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再び「壁をたたく音がきこえる」 投稿者:リベル 投稿日: 8月21日(月)01時10分55秒   引用  編集済
8月17日に書いた「壁をたたく音がきこえる」のことを、また書きます。

実は、私がグダグダ紹介するより、神戸新聞の切り抜きをスキャナで取り込んで貼り付けた方が良いと気付いて、昨日スキャナを買いました。前買ったのが1999年で、もう手当の方法がないようなので、奮発してしまいました。

未だ届きませんので、届き次第、神戸新聞の紹介文の切り抜きを貼り付けます。

スキャナを買ったのは、実は勿論そのためだけではありません。「壁をたたく音がきこえる」の著者山下峰幸氏と相談して、その本を電子化して、ホームページの形にしようかという気持ちが頭を擡げてきたからなのです。たとえば「狭山事件」はこんなHPが出来ています。

この本は、何とかして、多くの方に読んで貰いたい。その気持ちが本を手にする度に膨らんでくるのです。本から読み取ってテキスト化する「OCR」というソフトのことを耳にしたことがあり、今研究し始めました。どなたかご存じのお方は、是非情報をくださいな。予算は一万円程度というのは、話にならないのでしょうか?

よろしくお願い致します・・・m(_ _)m


「壁をたたく音がきこえる」
表紙は恵楓園の監禁室(在りし日の)



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北風さま 投稿者:よう 投稿日: 8月20日(日)23時29分13秒   引用
速報のリンクから焼きなすさんの書き込みにとんだので、てっきり最近の書き込みなのかと思い話しをつづけてしまいました。
6月の書き込みだったのですね。みなさんの話とずれてしまって、ごめんなさい。
でも、本当にいつか図書館を訪れたいと思っています。いまは掲示板上ですが、みなさんよろしくお願いします。
(リベル) いえいえ、よくいらっしゃいました。

焼きなすさんの記事へのリンク、気を利かせたつもりが、とんだ副産物を・・・

ごめんなさい・・・。

こちらこそどうぞよろしくお願いします・・・。(8.21 00:21)


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ハンセン病図書館 投稿者:よう 投稿日: 8月20日(日)23時22分11秒   引用
突然の訪問失礼いたします。高校生の時分にハンセン病について調べ『知ってください ハンセン病のこと』という冊子(ご存知の方いらっしゃいますか?)をまとめた者です。あれから数年立ちましたが、再びハンセン病について調べはじめました。
北風さま>焼きなすさんに代わって、私も訪問したいと思っています。日程は29,30日なのは何か理由がございますか?ハンセン病資料館が来年の1月まで工事中とうかがいましたが、はっきりしたことが分かりません。でも、必ず近いうちに伺いたいと思っています。その際はよろしくお願いいたします。


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流用。 投稿者:北風 投稿日: 8月20日(日)15時44分56秒   引用
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[2487] 思わずポロリ、ひとこと 投稿者:リベル 投稿日:2006/08/17(Thu) 01:18


ありゃ・・・
(リベル) ありゃ・・・(8.21 01:47)


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 8月20日(日)13時35分45秒   引用  編集済
そんな事は、無いと思いますよ

夕焼けさんが書いてくれる真実に、目を見張っていた人達が
実際に居て、ただそれに対して何と答えたらいいのかが
問題の質が質なだけに、皆さん真剣に答えに悩んでいる

と言うことなんじゃないのかと思いますよ

確かに、実際に面前で話し合う事の効果は大きいですが
それだけが、全てじゃないです、ご自身を悪く言わないで
くださいね、夕焼けさんの思いは間違いなんかじゃないんですから

映画を作る事で、その情報で良い方向へ向かうと信じて応援している人達も
映画の内容に関して、疑問を抱き良い方向へ向かって欲しいと願う人達も

根底にあるのは、当事者や同じ状況に置かれている入園者の人達に
とって救いになる映画であって欲しいと言う事なのですから
そういう気持ちそのものを、否定する必要は無いと思いますよ
(リベル) 仰有るとおりだと思います。

全く、同感です。私の気持ちを上手く表現して頂きました・・・。有り難うございました・・・m(_ _)m (8.21 02:30)


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ただの、マスターベーション・・・でした。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月20日(日)10時35分34秒   引用
 藤本松夫さんという「剛毅木訥」な方に、出会ってしまいました・・・。

 その人物に惹かれたのは、鬼籍に入る前、その後も、後を絶たないでいるということは、今回の映画化への提言というささやかな論議の場に於いても、私には唯一確認が出来、「これから」の私の人生に 熱情 を感じさせてくださいました。

 ただ、ダイレクトコミュニケーションでの論議が出来ないことは非常に残念でもありました。私が持つ、活字による「言葉」が、如何にわかりずらいものに成っていたのか?改めてそのことを振り返ってみますと、修行不足は否めないようです。


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想像と事実。 投稿者:北風 投稿日: 8月20日(日)09時45分6秒   引用
「とうてい考えられません」というのは根拠がありません。
「雰囲気を作り出そう」というのも主観的です。

しかし、遺族の方が「映画化差し止めの仮処分申請」をしたこと、このままでは事実がゆがめられてしまうとして関原弁護士が私費で「藤本事件資料集」を作ったことは「事実」です。

また、再審請求は遺族以外はできず、遺族の信頼の厚い関原さんが現役の弁護士である以上、関原さんの頭越しに「再審請求」を言うことは、ただの掛け声でしかありません。

要するに、映画化にしても再審にしても、遺族や関原さんとの十分な話し合い(監督は遺族や関原さんとの接触をしたのだろうか)をした上で、その理解と協力のもとで、「いい映画」を作ってほしいと思っています。

私事ですが、小生もささやかななしごとをしています。
あるテーマについて仕事に取り掛かるとき、少なくとも自分に自信の持てる仕事をするか、一度手がけたら必ずやり遂げること、を考えます。自信がなければ残念ですがやめます。

それは、そのテーマを一度手がけると、ほかの人が再び手がけることは事実上不可能になるからです。

この映画も映画人ならやってみたい「野心的」なテーマでしょう。
それだけに、これを手がける「幸運」を手にした人は、関係者の十分な理解と協力の下、妥協せず後世に残る「名画」を作っていただきたいとおもっています。


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いやいや。Re: あいまいな解決は、しばしば逆効果をもたらす 投稿者:北風 投稿日: 8月20日(日)09時19分56秒   引用
> その逆かもしれませんが、小生の場合


これは、自戒してのこと。
(リベル) あ、そうでしたか。

でも私が、自分のことと思ってレスした内容は、曲解に基づいてはいるものの、
自分の正直な思いを、お伝えしたつもりですので、そのように、お読み頂ければと思います・・・。(8.20 17:16)
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なぜ? 投稿者:にわとり 投稿日: 8月20日(日)09時12分23秒   引用
徳田弁護士や中山監督が遺族の方々や関原弁護士の気持ちを無視して「再審」や「映画化」に向けて躍起になっているとは私にはとうてい考えられません。なぜ、夕焼けさんたちがそのような雰囲気を作り出そうとしているのかが理解できないんです。例えば脚本に問題を感ずれば率直に「どこどこの部分を・・・・。」という風に提起し、少しでも前向きになるような方向に持っていくことはできないのでしょうか?過去の「えん罪」を含め不合理な問題を問い直すことは、今から生きていく社会の是正につながると思うんですが・・・・。それと、一つ正直に言いますが、この問題について「言葉」がとても難しい・・・・。だからついつい「書き込み」を避けようとしてしまう。「難しい」言葉の羅列でないと参加できないのでは・・・・。決してこれはリベルさんにいってるのではありません(笑)あくまでも全般的に・・・自分も含め・・と言うことで。
(リベル) いやあ、参りました。以前こんなことを書きました。

>自分のペダンティックで、気障ったらしい物言いに、我ながら、消え入りたくなることが往々にしてある、
ということを、ここに虚心坦懐に白状致しておきます

それを、いつも反省しながら、書いているのですが、ダメですね全く(頭を掻く)

ただ、下のような「レス」の場合は、お許しくださいね。前に書いたこと、
ご本人なら直ぐピント来られるだろうこと、やりとりの中の「言葉」などが増えますから
つい、ついお読みになり辛くなることも多くなってしまいますので・・・

でも、お言葉良く噛み締めて、自己本位の省略などを撲滅し、分かり易く読みやすい文章に徹するよう、今後努力致します・・・m(_ _)m
                                                             (8.20 11:57)
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あいまいな解決は、しばしば逆効果をもたらす 投稿者:北風 投稿日: 8月19日(土)09時23分5秒   引用
その逆かもしれませんが、小生の場合、「あれっ」と思ったことを放置すると、あとで必ず「あの時放置しないで置けばよかった」ということになります。
それがしばしば、重要で本質的な問題であったりします。

今回の「あれっ」は、「何であれ具体化されるのはいいことだ」と考えるか「どういう取り組み方がなされるべき」(そこの検討が不充分なままの具体化は無意味、またはしばしば逆効果をもたらす〕と考えるかが、岐路になるような気がします。
(リベル) 「余談」と言っているでしょう。これは本当に「余談」なのです、北風さん。

であるのに、「図星」?と、ギクッとしたりしている(内緒)。


>少し勉強して「新・あつい壁」に関する発言をしようか?とも。

「あれっ」と思っています。これはその通り。

それを「放置」するという話ではないのです。本当に「余談」なのです。
「…放念する。数時間・数日すると…」と言っていますでしょう。

こちらは、数時間・数日なのです。

「発言をしようか」は数日では無理です。今は、したいことも放り出して「勉強」をしている最中なのです。
この「勉強」には、関原弁護士だけでなく、徳田弁護士や志村康氏の、本当の気持ちを知ることも含まれています。
だから数日では無理なのですが。

従いまして、北風さん、北風さんのは「予断」なのでありまして・・・(笑)


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余談ですが 投稿者:リベル 投稿日: 8月19日(土)02時01分14秒   引用  編集済
バートランド・ラッセルの「幸福論」という本は、大した本ではないが、二つだけ良いことが書いてある。と、昔、中村雄二郎と言う哲学者が書いていて、それを読んで実践していることがあります。

一つは「好奇心の効用」ですがもう一つが面白くて実用性が高いのです。「難しいことに直面したら、一旦『無意識』に預けて、放念する。数時間・数日すると名案が浮かんで解決することが多い」というようなことです。岩波文庫の83ページに書いてありますから、興味がおありの方は・・・。

今、筑波大の村上和雄名誉教授の本をめくっていると、それ(一旦『無意識』に預けて、放念する)は昔は科学的に解明されていなかったけど、実は「遺伝子」に呼びかけることなのです、と仰有っている。これには驚き、感激しました。

村上先生は、平気で学者の出世とか、功名心とか、俗なことをズケズケ仰有るので、嫌だなあと思いながら読んでいたのですが、我慢の甲斐が有りました。

「遺伝子」のスイッチをON・OFFすると言う話、実用的で面白いので、お勧めしたくなって・・・

いや、そうなのです。実を申せば、もう火事場のバカ力にでも頼らないと、息が続かなくなりかけているものですから・・・(笑)


ラッセルの幸福論

http://www.amazon.co.jp/gp/reader/4062722038/ref=sib_dp_pt/250-7445135-8881015#reader-page



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医療刑務所について 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月18日(金)12時07分0秒   引用
医療刑務所について

 夕焼けさん 志村さんへ

 貴重なデータ、有難うございました。

 平成元年の、小学校でいえば1学期だったと思いますが、所長さんにどうぞ、といわれ、医療刑務所に見学にでかけたことがあります。私が恵楓園に勤務しはじめた頃です。施設は当時最新鋭。女性用の部屋もある明るい部屋でしたが、入所者0ということで、勤務している人は熊本刑務所で勤務していました。(新しい方の建物です。最近行きましたら更地と
なっていました)
 新しい方の施設は定員10ということですね。法務省に属し、古い方の建物やまだあるようですが、合志町(現在は市)も買わないという話でした。
 私が恵楓園に勤務した当時、よく聞かされたことは、出所者は恵楓園に入れないと園長の会議できまったということで(文書になっているのかどうか知りませんが)、暴力を振るう可能性もあり、入園している人からいえば、当然の要求でしょう。

 いろいろな会議でも問題になっていたことは、出所後の取り扱いです。園の近くの家に住まわせていたという話も聞きました。(介護がいりますので)
 アパートに住まわせ、その費用は、3人分という話も聞きました。難しい問題です。藤本事件だけでなく、こういうことも問題でしょう。

 前にどこかで書きましたが、熊本の鶴屋東館でハンセン病の啓発の展示会をやっていた時に、昔熊本刑務所に勤務した人が訪れました。(幹部の人のようでした)最初の刑務所を作る時には、熊本刑務所の受刑者を連れてきて働かせたというお話でした。


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私の「藤本事件」 3 ・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月18日(金)07時45分32秒   引用
 私は、志村さんからの ハンセン病被差別化問題とは? という投げ掛けに対して、この年(2004年) 藤本事件 から、少しでも感じ取れればと・・・、躍起でした!

 この病が、被差別化された構造上に、私の被差別部落化問題と、重なり合う 心の問題 と、その心の問題を巧みに利用していく行政主権国家の存在を抜きには語れないという大きな壁に遭遇してしまいました・・・。

 そんな中、この藤本事件を「考える」行為が志村さんの問いに一光が射すのでは?と信じ資料を探し始めたようです。

  Re: 志村康さんとキャッチボール 13 ( No.32 )
日時: 2004/06/16 05:48
名前: 夕焼け


 殺人未遂事件、殺人事件の冤罪を、恐れることもさることながら。

 この冤罪であることよりも・・・さらに恐れを感じずに入られなか

ったこと、

 ☆10年間の医療刑務所生活で、松夫さんの病気の症状の推移(軽症で自然治癒の可能性アリ)!・・・【隔離の必要なし】

 ☆1962年8月には大掛かりな事件の現地調査を「救う会」(1958年3月に文化人ら133名で発足)中心となり実行その時、マスコミも取材に駆けつけ、救援運動は世論を巻き込ンだ動きに発展しようとしていた!・・・【世論が動けば・・・】

 私には皮肉にも、この2つの流れが、松夫さんの命を早急に奪う結果になったのではと、素人ながら考えずにはいられません!
 優生学に基づく、各施設の増床拡大、第2次無らい県運動、断種、そして強制隔離政策これらの土台を覆す要因はどんなことがあっても葬らなければ・・・。

 時間です!!混まないうちに・・・熊本へ出発しょうと思います。
 今日は松夫さんの数ある遺品に触れてこようと思っています!


Re: 志村康さんとキャッチボール 13 ( No.33 )
日時: 2004/06/17 08:14
名前: 夕焼け


隔離の必要性が無いと思われる松夫さんに、1950年の暮れ、役所より「らい病患者として翌年2月7日より国立療養所菊池恵楓園に収容する」と言う一通の通知が届いたと言う事実!!

 この年(1951年の2月)に、らい患者の隔離根絶を目指して(たぶん表向きで・・・必ず裏があるはずと徐々に確信していることがあります)「菊池恵楓園で1000床の増床を完成させた。問題はここからで、建てたは中々ベッドは埋まらない現状に、関係当局はは村役場の衛生係などの自治体職員までにも患者の掘り起しを行ったと言う事実!!

 この2点の裏付けとなる資料が欲しくて足を運びました。年代ごとでは有りますが、男女の患者数の年代ごとの推移とその年の死亡者の推移・・・この数字から読み取れるものこれから自分なりに学習です!!

 藤本松夫さんに触れられる資料にも十分・・・会えたのではと思っています。

 仕事を休んでまでもと言う、私自身の仕事に対する課題も山済みですが・・・逆に、今回の場合は休んでまでも菊池に行った方が「良かった」と満足している訳ですし、なんと言っても私がいなくても仕事が成り立っていけるというところに大きな問題がありそうです!!



日時: 2004/11/21 03:41
名前: 夕焼け

 世界一の「らい療養施設」に、そして朝鮮半島全土からのらい抹殺政策!?・・・日帝時代の数少ない資料からは、人が人を、でなく、人が物がの如くの、らい菌保菌者への対応が記されていることがうかがえます。
 つまり、ソロクト更生園を世界一の「らいセンター」という虚像説です。

 矢沢院長の後を引き継いだ第4代周防正季院長時代にそのことが記されていました。
 周防院長についての資料読む限り、策士・策謀家といった印象が漂ってきます。長と名のつく人種には決して迎えたくない存在の方のようです。いつの世もトップの資質次第で如何様にも社会構造は変えられますね。ただそのトップの変わらぬ資質でありさえすれば、良き社会構造も夢ではないのですが、あまつさえ、優れた人民次第と言うことなのでしょうが・・・?

 ソロクトに於いては1933年から39年にかけ第3期にも及ぶ拡張工事が成され (この工事には園内の方々が強制労働の基使われ、病気悪化による死亡者が数多く見られ、拡張されるたびに全土よりらい患者と見られる方々が寄せ集められ、強度の肉体労働により死亡、この2面性を上手く利用し、“らい撲滅”なる謀略が成されたと読み取れます) このあたりからも周防院長の人命を人命としない、彼なるがゆえの野望が窺える思いです。
 これからおよそ10年後、日本に於いても、1000床の拡張工事が恵楓園でも完成し、1950年のおよそ1000名余りから、51年>1477名、53年>1606名、55年>1678名、58年>1734名・・・この年をピークに入園者の数は減り始めます。
 そしてこの拡張工事の渦の中に巻き込まれたのが、云わずと知れた『藤本松夫』さんです。
 私はこの藤本事件の当事者である藤本松夫さんの魂を虚像としてではなく実像として後世に語り継ぐことを望むし、できないのだろうか?松夫さんに触れれば触れるほど彼の“無念”の二文字が心を打ちます。家族の了解の下でなくては、より近いノンフィクション映像は望めないのでは?と、感じています。

 日帝時代のハンセン病対策に関する謀略が、宮崎園長との関わり、若しくは連鎖となったのか?などと云う見方は窺い知る由もありませんが、いずれにせよ、予算化でき、いわゆる箱物行政には、財界の存在も忘れてはならないと・・・、ある意味ですが優秀な公務員、即ち、権力の座を視野に入れてる方の“財界”とは必要不可欠の存在なのでは?と、考えています。



★映画化には、
>『せがれに私がいたように、亡くなった人の後ろには家族や恋人がいる。それを想像する作業を人間はやらなければ成らない』< この中村佑(たすく)さんの言葉が、思い出されました・・・。

Re: 志村康さんとキャッチボール 16 ( No.86 )
日時: 2004/11/18 23:17
名前: 夕焼け


 本日、買って帰った本の中より、私にとっては 提起 として捉えられる文章がありましたので紹介します。

 「9・11」同時多発テロから3年が経ってしまいましたが、当時世界貿易センタービル内の銀行勤めだった中村匠也(たくや)さんの父・佑(たすく)さんが、発した言葉です!!

 『せがれに私がいたように、亡くなった人の後ろには家族や恋人がいる。それを想像する作業を人間はやらなければ成らない』

 この言葉で私が「ハッ!」と、思い出したのは、先日お会いしたご夫婦の旦那さんの一言です。
 “米百俵”・・・小林虎三郎の『国が興るも、まちが栄えるも、ことごとく人である。食えないからこそ学校を建て、人物を養成するのだ』
 日本の今やるべき最重要政策はこのことに尽きると思えたのです。

 どうやらこのことは、人任せ(小泉政権)では、成し得ることなど出来そうに無いみたいですね!

 ではどうやれば成し得ることが出来るのでしょうか!?

 私は中村佑(たすく)さんが云う、『・・・。それを想像する作業を・・・』を、実現化に向けてこれから先、考え・積み上げていきたいと、思っております!!

 民主主義教育・・・なぜ学問が必要なのか!?平和と思わせれているこの日本国の中から答えを導き出すには無理があるのかもしれません!!

 なお、2004〜2005年版「地球白書」によると、世界人口の5人に1人が1日1ドル(約110円)以下で生活し、6人に1人が安全な水を飲むことさえ出来ないと2004年5月5日付けで報告していた。
 私も含め、国際情勢にもっと敏感になるべきだと強く感じています。その敏感になるための学問・修練価値を少しでも伝えていけたらと・・・。


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私の「藤本事件」 2 ・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月17日(木)07時14分9秒   引用
 「藤本事件」と、いうノンフィクション(史実)から、特に主権者を疎外しつづけた行政国家の実態に迫るものとしては、これほどのものは、「やはりない!」と、思います。

 ハンセン病被差別化問題が戦後の 日本国憲法下 で、しかも、司法までもが取り込まれていたという共謀罪的な社会形態(国家機構)。その中から起きた「藤本事件」の深層の真相。

 この社会形態・構造は、選挙によるものだと、早くから指摘くださっていました、志村さんの声が蘇ります。
以下、貼り付けます!

★Re: 志村康さんとキャッチボール 13 ( No.13 )
日時: 2004/06/05 00:42
名前: 志村 康


憲法はいい線行ってっていると思います、帝国憲法から敗戦によって主権在民の民主憲法には改変されました。
あの戦争は自由と民主主義を求める戦争ではなく、侵略戦争であったと思います。
日本国民の一人一人が自由と民主主義については勉強が不足しており
人権にいたっては尚更その意識は低いのではないかと思います。
 主権者である国民が主権を直接行使することができるのは、国会議員の選挙です。自分が決めその投票には責任を持つことになれば、私たち庶民が考える政策に近ずくはずです。
 やるからには中途半端でない法律を作りたいですねえ・・・

以上です。

 私にとっては大きな提起だし、主権の行使について少しでも深く考えてみる切っ掛けでもありました。

 この時期、私たちは「藤本事件」についてBBS上で、論議をしていました・・・、これも志村さんからの ※菊池医療刑務支所・収容者処遇! ※医療刑務所在監者数の推移! と、いう提起があってです!

★日時: 2004/06/10 22:27
名前: 志村 康


いいものを見つけましたので、おすそ分けです
菊池医療刑務支所・収容者処遇
運営方法
1投書に収容する者は等しく犯罪者であることに変りはないが一面病者であり、しかも前途の光明極めて乏しい同情すべき犯罪者であるから収容者に対しては所内規律に反しない限り、あくまで仁愛の精神を傾けて、更生意欲の助長を図ることとする。
2病者であるから療養の点では、らい療養所と何等異なる所なく療養に専心せしめる。尚医療管理上専門的技術を要する面については菊池恵楓園の協力を得ることに法務省、及び厚生省間の協定が出来ている。

問題は公正な裁判によって刑が確定したかと言うことであります。「前途の光明極めて乏しい」が量刑に対して働いたかと言う疑念があるからです。藤本事件を知れば知るほど、疑念は募るばかりです。


続いて、

★Re: 志村康さんとキャッチボール 13 ( No.23 )
日時: 2004/06/13 22:50
名前: 志村 康


医療刑務所在監者数の推移
1953.3月10日開庁定員75名
  54ー19  71−2
  55−22  72−3
  56−22  73−2
  57−15  74−2
  58−8   75−2
  59−8   76−2
  60−10 76年10月〜77年4月「不在監」
  61−10
  62−9   77−1
  63−7   78−2
  64−6   79−1
  65−6 79年5月〜80年1月24日「不在監」
  66−5   80−2   85−4
  67−4   81−2   86−1
  68−4   82−2  新庁舎落成(定員10名)5月28日
  69−3   83−5   87−1
  70−3   84−6   88−0
  (続らい予防法を問うより) 87年11月より「不在監)
たった一人11月までの為に新庁舎が作られた。

以上です。

この提起を下に、僅かな皆さまですが・・・、論議をさせて頂きました・・・。

昨日の、
続 東京裁判について 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月16日(水)13時36分48秒

Ichiro さんの書き込みが、偶然なのか必然なのか知る由も有りませんが、
> まあ、弁護も充分できないと、納得できる裁判ともいえないであろう。

この提起は、「藤本事件」の司法への大疑惑となっている部分だと、感じています。

 確かに「藤本事件」から、多くが見え、考えさせられます。この 考証・検証 無しには来月・・・、次なる政権への大いなる疑念も見えてはこないのでしょうね!

 人気投票的、政権が国家運営される時ほど、怖ろしいものはない!ことは、他国の史実からも推察できます。

 そういった意味からも、この 藤本事件 の「再審」は、なくてはならないものと考えます。
 どうか・・・、映画化が国民意識の変容まで結びつくことと、ぶ厚い壁ではありますが、その壁を破り 再審の扉(とびら) を、開く一助になってくれればと、渇望しています!!


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「壁をたたく音がきこえる」 投稿者:リベル 投稿日: 8月17日(木)00時57分10秒   引用  編集済
市民学会のHPで紹介されていたのを、ようやく入手しました。著者の山下氏がなんとウォーキングでたまに通るという至近距離にいらっしゃったのに、先ず一驚。

「おまけ」と言ってお送り頂いた「市民の会ニュース」で「狭山事件」の問題点などを改めて読んで、グイと引き込まれました。
こんな立派なHPも有ります。

つい「藤本事件」のHPを作ろうかと、気持ちがかなり揺れました。少し勉強して「新・あつい壁」に関する発言をしようか?とも。

勉強はしますが、もう今から「HP藤本事件」を作ろうという元気は有りません。どなたかお作りになりませんか・・・ヽ(´ー`)ノ


月光の慨嘯(笑)
実に美しいお月様ですね・・・下のURLからアップでご覧ください・・・。

http://www.eonet.ne.jp/~libell/moonlight.htm



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続 東京裁判について 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月16日(水)13時36分48秒   引用
東京裁判についての 続きです。

 日本人は、自分のことを世界に、理解してもらわない。すべきでないと考えているのか。
 仏教は 中国経由できたのに 死んだら神様になることが知られていない。善人往生す。いわんや 悪人をや。

 今の中国は仏教でないので わからないらしい。

 日本人は自分のことを語らないのに2つの証拠がある。ハンセン病にかんして、
 Leprosy stigmaを書いたJopling博士は 日本のleprosy stigmaに関しては一言も書かなかった。訊ねたら、文献がみつからなかったといわれた。Marrさんも 代理貨幣について あれだけ世界中の事をかかれたのに日本のことを書かれなかった。

 東京裁判の秘密

日本人はコロコロ意見をよく変える。それは長所でもあり欠点でもある。小泉首相は靖国神社にお参りする前に、世論調査をしたそうである。参拝賛成が多かったのであるが、天皇の発言が判ってから再度世論調査をしたら参拝反対が多かったそうである。

 東京裁判で一番理解に苦しむのは、日本人が東京裁判をすんなりと受け入れたことである。それは一つには、次の理由によると思う。Richard Harrisさんの仕事もこれに関係する。
 弁護部管理主任であったアメリカ予備海軍少佐ハリスが、日本人弁護団の窮状を救うためにうった、大ばくちである。
 東京裁判の被告は戦時のリーダーではあったが、富裕者ではなかった。弁護団は政府に相談したり寄付を募ったりしたが、時の政府は戦犯弁護の費用をだすのは、もってのほかという回答であったという。ウエッブ卿に相談したというが(島内龍起 東京裁判 東京裁判弁護雑録)これは真でなく 鵜沢博士の秘書の文書をハリスがサインしたので 日本政府は驚愕してその命令に従ったというのが事実のようです。(菊池 東京裁判弁護側の恩人ハリス氏)
 弁護人の生活の問題は解消、2人を限って副弁護人にも給料が出、翻訳者、事務員、タイピストの給料、証人の旅費、日当、宿泊料、用紙や印刷物一切の弁護費用が政府から支出ということになった。

 まあ、弁護も充分できないと、納得できる裁判ともいえないであろう。
 これは一つ目の秘密である。


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Ichiroさま 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月15日(火)08時24分27秒   引用
 終戦記念日に相応しい、書き込みをしてくださっています・・・、「ありがとうございます」

 今朝のテレビ・ニュース、新聞は、首相、靖国を参拝云々で、騒然とした朝を迎えているようです。
 この首相の行動については当然賛否両論からのそれぞれの深化もあり、かえって、じっくり終戦を、そして、その戦争責任からの罪について「考える」切っ掛けとなり得る観点からは、良き題材のようですね・・・、我々民主化の意義を見つめる主権者には!?

 大国に仕掛けざるを得なかった無謀なる開戦の真実!靖国神社という神社がもつ蜃気楼的実像!東京裁判でのA級戦犯だけに背をわせてしまった国家としての責任!ポツダム宣言の中身!・・・実像と史実からの検証。
 中でも「正義は我に有り!」を国民誘導の根っこに国民を巻き込んだ手法(国策)への解明なしに、現在に至っているという事実!

 特に異論者は非国民とされた、当時を覆った風潮は・・・、なぜ?

 これからも、多くを語りあっていきたいですね、Ichiroさん!

 今、私たちが「藤本事件」をテーマにという、映画化作成についての貴重な論議は、前述した終戦記念日の意義!を、深化し、考察していく資質と、相まっていかねばと真摯に考えています。

 もし、Ichiroさんが、このことを前提に、書き込みをしてくださったのなら、お礼申し上げます。今一度、我々市民が曖昧に過ごすと言う事が、いかに愚民化政策に乗かっていくということなのか!?を、鑑みることができたからです・・・。

>私は東京裁判の理解はこうである。大きな講堂で、プレスの鳴り物入りで開かれた東京裁判は、当時の米人の日本人に対するメッセージであった。その弁護士は、いつも言っていた。
 日本人は、戦争当時、日本が行っていたことを知らされませんでした。それを知らせるためのものです。<

 提起に似た書き込みをしてくださったことを、深く受け止めます。
 今朝が、民主主義のの真価には欠かせない、情報公開・情報開示の意義に触れているとすれば、この上ない慶びでも有ります!

 北風さんが、リベルさんのBBSに山下論考を提起してくださったことと、今朝の終戦記念日からの、Ichiroさんの書き込みがの価値が、相まっています・・・!!


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東京裁判について 投稿者:Ichiro 投稿日: 8月15日(火)05時24分19秒   引用
東京裁判について

 Ichiroです。

 昭和58年から数年間、私は東京裁判に興味をもった。当時、私が購入した東京裁判関連の書物も多い。その時代の精神としても、それは大きな問題であった。

 しかし私には特別な事情があった。東京裁判の弁護士と親しくなれたのである。私が住んでいた都市で、興味をもっていた人と集団で、その人から東京裁判を聞く会を4回にわたって、開いたこともある。その人から東京裁判について色々聞いたことも多い。残念ながらその人は平成2年に亡くなられた。

 最近も東京裁判に関して、よく論じられる。しかし、その興味はちょっと変容しているように思える。靖国神社参拝 中国、韓国の反発 文句を言っている、A級戦犯とは何なのだ。まあ、そういうこともあり、原点に返り、東京裁判を論じようということのようだ。

 私はその人に初めて会った時に、長らく疑問に思っていたことを質問した。たしか昭和58年ごろであった。

 「東京裁判の根拠は 何なのですか?」
 「それはポツダム宣言です。日本政府は、裁判を行うという条件のついた、ポツダム宣言を 受け入れたのです」

 無条件に受け入れたのではないようであるが、裁判については条件をつけていない。

 米人などの弁護士をつけたことに関しては、こういう説明であった。裁判には、大陸系と欧米系の2つのやりかたがあるが、日本では大陸系の方式に慣れていて、欧米系の裁判に慣れていない。それで米人弁護士をつけたという。私の親しくなったその弁護士はたまたま日本語も達者であったので、膝詰め談判で東條に米人弁護士をつけたという秘話もある。

 昭和62年、私が学会のためにドイツに赴いた。ベルリンにおける学会に続いて、小さい学会がエルランゲンであったので、時間をみて、近いニュールンベルグに出かけた。東京裁判を理解するためにドイツの裁判所に赴いたわけである。それは狭い、学校の教室を思わせる場所であった。

 私は東京裁判の理解はこうである。大きな講堂で、プレスの鳴り物入りで開かれた東京裁判は、当時の米人の日本人に対するメッセージであった。その弁護士は、いつも言っていた。
 日本人は、戦争当時、日本が行っていたことを知らされませんでした。それを知らせるためのものです。

 米人の名前:Richard Harris.弁護団長をつとめ、橋本欽五郎大佐を弁護した。


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どうも、おかしい・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 8月15日(火)02時51分15秒   引用  編集済
第2回「ハンセン病問題に関する検証会議の提言」に基づく再発防止検討会の開催について


 標記について、次のとおり開催(公開)することとしましたので、お知らせいたします。


日時   平成18年8月18日(金)
    14時00分〜16時30分


場所   厚生労働省 専用第15会議室(7階)


議案   ・ 再発防止のための提言について
(提言が導かれるに至った道筋・考え方等)
   ・ その他


これは、厚労省のHPからのコピーですが、どうも引っかかるのが「議案」です。
「提言に基づく再発防止検討会」で行うべきことは、勿論「再発防止策の検討であるはずです。それが何故「提言が導かれるに至った道筋・考え方」の検討を行うのですか?これでは「提言」が正しいか否かの「検討会」になってしまいかねません。検証会議の骨抜きを狙っている厚労省のやり口を、良おくウォッチングしていないと、これは臭い、臭い。傍聴にいらっしゃる方がいらっしゃいましたら、よろしくお願い致します。

参考までにこの第一回の議事録をご覧ください。全く本質に迫ろうとしていないのが、明々白々でしょう・・・


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[雑誌から]「菊池野」615号 投稿者:リベル 投稿日: 8月15日(火)01時11分48秒   引用  編集済
◆終の住処 ハンセン病療養所の未来

 国立ハンセン病療養所・菊池恵楓(けいふう)園(熊本県合志市)の入所者自治会機関誌。元職員貞松康夫さんの「療養所の将来構想を考える」を巻頭に載せている。富山市で5月に開かれたハンセン病市民学会での報告をまとめた。

 各地の療養所のほとんどの入所者はすでにハンセン病を完治しており、後遺症などの治療を受けるために療養を続けている。昨年末現在の平均年齢は77.97歳。過去の強制隔離と、社会に根強く残る偏見から、療養所を終(つい)の住処(すみか)に選んだ人も多い。退所した人も、医療面の不安から、療養所の近くに住むことが少なくないという。

 入所者が年々亡くなってゆくなか、貞松さんは国に対し、療養所の今後の運営方針を明確にするように求める。方針の策定には、入所者の合意と納得が必要と指摘したうえ、〈老人保健施設の併設〉などの検討を提案した。そうした施設ができ、療養所の機能が強化されることが、入所者の最後の1人にまで国が対応するということの保証につながる。また、療養所の地域貢献にもなる、とした。

 一方、終末医療のための施設を療養所に整備することには、歌人津田治子の短歌を引用し、〈入所者の死を待つだけ〉にしてはならないと懸念を示した。

 うかららのひとりも訪ね来ることなし
 死ぬるを待たれていて長きかな

 「うから」は親族。津田は佐賀県出身で1963年、恵楓園で亡くなった。大原富枝が津田をモデルに「忍びてゆかな」という小説を書いている。(芳)(読売新聞西部朝刊 2006. 08. 13 )


このデータを見ても、ここ3年間で約700人の方がお亡くなりになっています。上記の18日の再発防止検討会や23日の「ハンセン病問題対策協議会」で果たして「在園保障」の問題がキッチリ議論されるかどうか、注目したいものです・・・。


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私の「藤本事件」・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月14日(月)07時22分42秒   引用
春の嵐の中・・・ ( No.89 )
日時: 2004/04/19 07:27
名前: 夕焼け


 台風接近前を思わせる雨、風の中・・・足早に歩いてきました。(運よく、老犬が早めにウンチをしてくれました)

 昨日は、今年4月5日に発行されたある紙面より1951年の藤本事件に関する記事が、わりと詳しく「藤本差別裁判」として記載されていましたので、目を通してみました。この記事を読み、もっと詳しい記事はないかと探してみましたら、「復権の日月」の中に事件の概要が記されていました。

 どうしてこの事件をもっと知りたくなったのか!
 犯人とされた本人がこの世にいないから、死んでしまっているからもうどうでも良い!!

 そうではなくて、国(再審請求中であったにもかかわらず法務大臣の判により死刑執行された)に国家に殺された可能性があるからと思えたからです。
 今まで「黒髪校の通学拒否事件」と「藤本事件」は恵楓園と直接関係あるということで概要はそれなりに知っていたつもりだったのですが。

 今朝の嵐の重苦しい中を早々と歩きながらでも、藤本さんのご家族、親戚の方々の心情などを考えてしまうと結着どころか、この事件は今も直、生きている事件だと・・・今度の中間報告の中でもしっかり触れられているのだろうか・・・?
 藤本さんの死【処刑】について?という視点から今後の成り行きを見守っていきたい。

 拉致された3人が何であんなに落ち込んで帰ってこなければならないのか?
 政府がそのような雰囲気づくりを仕向けたのでは?藤本事件同様、国家の都合からという疑念が私の心を覆った。外の嵐以上に・・・重苦しい朝だった。


 Re: 「いつでもつぶやき〜小さな思いをよせあって」2 ( No.90 )
日時: 2004/04/19 13:24
名前: 志村 康 <kiss-yo@aioros.ocn.ne.jp>


夕焼さん
1962年(S37)4月23日熊本地裁に第3回再審請求
          6月15日全患協ニュースを藤本事件特集で出す
          8月25,26救う会本部及び九州代表による現地検証
          9月11日中垣國男法務大臣刑執行押印
          9月13日志村康 懸案報告のため藤本さんに面会
             同日第3回再審請求・却下
             同日深夜福岡刑務所に移監命令
          9月14日7:45菊池医療刑務所を発つ
               10:30分福岡刑務所着
               13:07刑執行
電文「一四ヒマツオシス」15ヒ12ジマデニオイデコウー中略―インカンジサンノコト」フクオカケイムショ
 皆さんも感じてください、再審請求中に押印までするとは嗚呼!
 遺書は無かった。


どうしても知っておきたいこと! ( No.91 )
日時: 2004/04/20 07:16
名前: 夕焼け


 この藤本事件を語るとき、藤本松夫さんの人物像が見えてこないところに「そんな事件も起きたのか!!」に留まっていた様な気がします。逮捕されるまでの29年間、犯罪者扱いされたままで生涯を終えさせられた11年間。今私は、松夫さんについてたくさん語っておきたい!そんな朝です
 藤本松夫さんが40歳で亡くなった!!
       処刑されたのか?
       殺されてしまったのか?
 この真実を探ることが、私のハンセン病の歴史に、新たな一ページを開くことのように思えます。
 国民の皆さんに「藤本事件」を知ってもらうことが良いことなのか?私には解る術もありませんが、私個人としましてはこの事件を追うことで、ハンセン病問題の“怒り”が新たに沸き起こりそうです。

 政府が、今回とった帰国する三人【イラク人質事件】の、必要以上と思われる護送手段(あなた方は大変なことをしでかしたのだ)と、権威ある方々の、拉致された3人の方々についてのコメント(大変な迷惑をかけたのだ)。
 「お召し列車」ならぬ、輸送の弊害で国民を惑わした国家の思惑とがダブり「私たちに何をしょうとしているのか政府は?」またまた疑念は膨らんでいく。
 皮肉にも外は清々しさが漂う素晴しい朝だった。


どうしても、知らねばならぬこと! ( No.92 )
日時: 2004/04/20 23:12
名前: 夕焼け


 願い叶ってか!藤本松夫さんの僅か一部にでも、触れることができました。

  押し鮨(ずし)のように
  狭苦しい箱の中に閉じ込められて
  消えかけた命を今日もまた引きずっていく

  ああ…わずかな空き地でいい
  腹の底から『馬鹿野郎』と
  大きな声が出せるところが欲しい

 藤本松夫さんが獄中で書き残した詩だそうです・・・・・・。


志村さんの言葉! ( No.93 )
日時: 2004/04/21 07:08
名前: 夕焼け


 『遺書はなかった』という過去形の言葉が・・・私には疑問文の言葉のように捉えられ、重い言葉となっています。

 熊本日日新聞の小林義人記者が、無実を訴えたまま殺人罪で死刑になったハンセン病患者、故、藤本松夫さんの数ある詩・短歌の中から『馬鹿野郎』・・・なぜこの詩を掲載したのか?この事件を取材したからこそ選べた詩のような気がします。
 私には解る・・・理解できそうな気がしています。こうして一夜明けた朝でもこの 慟哭・己の運命への愁訴 とも取れるこの詩が、朝の散歩時でも私の脳裏に投げ掛けてくるからです。

 『遺書はなかった』・・・この言葉が投げ掛けるもの。処刑されたとされた【処刑されるにしてもそれなりの 慈悲 というものがこの時代であればあるはず、なのにそれらしいものが無いことが新たな疑念となっています】松夫さんと前日にお会いしたからこそ生まれる言葉なのだと感じています。
 一体なぜ?誰に?なぜ死ななければならなかったのか?

 遺書を書く時間も与えられないままに死刑が執行されたことへの“大いなる疑念!!”

 今、改めて「隔離政策がもたらした冤罪だったのではなかろうか?」という視点から、この「藤本事件」を注視していきたい!!

 5月の大型連休には、園内に保管されているといわれる遺品の中からせめて自治会誌に頻繁に投稿されたという手記や詩・短歌を覗くことはできないだろうかと・・・願いは募る朝だった。


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 8月13日(日)16時14分41秒   引用  編集済
月の土地を売りに出すという商法がアメリカではあるそうです

最初、この話を聞いて随分商魂逞しい発想でアメリカらしいな
と思いましたが、実際にこの月の土地を買っている人達の感想は
とても、素朴なものでそれを見ているうちに印象が変わりました

1エーカー(約1200坪)の広さが、2700円だそうです
この広さは、サッカーグラウンド一つ分に相当するとか
購入者には、月の地図が送られてきて権利者の土地が個人名
表記されて、どの部分にあたるのか判る様になってるみたいです

購入者の感想欄があるのですが、そのほとんどがプレゼントで
家族の誕生日祝いや、お子さんの出産記念や、何かの記念日の
プレゼントなどの理由が多く、微笑ましいものが大半でした
自分のプレゼントしたい人の名前を、月の一角に名付けて贈る


月を売りに出した側を、商魂逞しいと思うか
夢を売っている、大人の遊びなのだと思うか


それは見る人の視点の在り方の違いなのだろうと思います

人によっては、月は誰のものでも無いのだから
そこに名前をつけるだの売買するだのは傲慢で
もっての他だと言う人も、存在する事でしょうね


人はみんな、月が誰のものでも無い事を知っています
それでも、人は夢見る事を忘れないのだろうと思うのです


月に月蝕が、あり満ち欠けがあるように
太陽にも日蝕が、あって見える時と見えない時が在る


お互いに引力で、結ばれる相関関係であり
どちらも、影響しあう距離内であると言うこと


昼間の太陽の下で、人は明るい日差しの中、安心して日々を過ごし
宵闇の月光の下で、静かに物思いながら、のんびり一日を振り返る


月と太陽は、そんな関係であって欲しいですね

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かよこさんの猫パンは、可愛かったですね


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エジプトでは 投稿者:心配性 投稿日: 8月13日(日)13時30分52秒   引用
女性への最大級の褒め言葉は、「あなたは月のように美しい」です。有り余り、忌み嫌われる「あなたは太陽のように明るい女性」などといえば、はり倒されるそうです。

【月はそれ自体が光りません。あくまでも、太陽のひかりを反射して光っているだけです。
広告代理店は、太陽か月かと言ったら、月ではないでしょうか?太陽は、広告代理店の顧客なのだと思うのです】
このとおりです。しかも広告代理店に限りません。
太陽ばかり増殖する世の中に、的確な指摘といたく感心して思わず書き込みました。
おじゃましました。
(リベル) 私は、昔、どちらの言葉で、妻を讃えただろう?

そう考えて吹き出してしまいました。私は勿論、直接面と向かって女性を褒めたことがなかったのです。
65才のよめはんに「あんた、おつきさんみたいにきれいや」と今夜言ってみようかなあ?
おそらく思いっきり背中をどつかれて、終わりでしょうね・・・(>_<)

女性の、内側から溢れ出す輝くような美しさも良い。
秘やかに、ほのかに、静かに浮かび上がる、そういう美しさも、また、良い。

うちのよめはんは、後者の方かな・・・こらっ、惚気るんじゃないっ・・・と、叱られますね・・・(笑)(8.14 12:42)


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優秀な広告マン Re: 余談ですが・・・「月光の外商」 投稿者:しゅう 投稿日: 8月13日(日)11時50分49秒   引用
> 先ほど誠に奇妙な夢を見ました。広告代理店の営業マンとして、某エネルギー会社の営業さんから、何かのブリーフィングを受けているとき、先方さんがこう仰有ったのです。「まあ、私どもは『げっこうのがいしょう』みたいなものですから…」。一瞬、意味が量りかねてアレコレ考えている内に目が覚めました。
>

リベルさん、こんにちは。
ここにはもしかしたら初投稿かも知れません。いくつもの掲示板に書くようになると頭の回転が悪いので、自分の中で混乱を起こすといけないので、どうしようかなあと迷ったのですが、「月光の外商」がとても面白かったのでこれだけ、レスしたくなって書き込みにきました。

「月光の外商」ってさすが広告代理店の営業マンだなあと思いました!うまい表現だと思うのです。
広告代理店って、その会社自体が何かを作って売るとか、サービスを提供するわけではありません。あくまでも、顧客の企業のイメージアップ、宣伝を代行する仕事です。
太陽は、それ自体エネルギーを発生し光ります。しかし、月はそれ自体が光りません。あくまでも、太陽のひかりを反射して光っているだけです。
広告代理店は、太陽か月かと言ったら、月ではないでしょうか?太陽は、広告代理店の顧客なのだと思うのです。
この営業マンなかなかだと思いません?

こういうこと考えるの好きだから、飛び入りして、ごめんなさい。
(リベル) しゅうさん、ようこそ・・・。初めてお見え頂きました。

鋭い分析で、なるほどこういう考え方が有るのだなあと、感じ入りました。
やはり、日本語に関して日夜厳しい修練を重ねていらっしゃる方は
我々常人には、及びも付かない言語感覚を備えていられるのだなあと・・・

それにしても、どこから「げっこうのがいしょう」と言う言葉が脳裏に出現したのか、
それが未だに不思議でしかたありません。生まれて初めての現象なので・・・(笑)(8.14 12:06)


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はっしーさん・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月13日(日)01時30分16秒   引用
 風見さんの手紙文(1962、8,24付)の中にこういう一節が有ります。

 「警官や検事や裁判官は、罪の「作成人」ではないでしょうし、また客観性をもった罪を消し去ってしまおうとするのだけが弁護人の立場でもないでしょう。刑は執行されてしまったら、刑そのものの重みによって正当化され、刑は自己の正当性を主張します。それだけにこのたびの再審請求が一日も早く再審開始の運びになり、彼の無実が証明されるよう、私なりの努力もしたいと考えるのです」と。

 風見さんが心配するような現実と成り、44年目・・・。44年間の歳月です。刑の執行により 世間 では、振りほどくことの出来ない、と、いっていいぐらいの正当化と正統性に包まれた「藤本事件」と言ってよいのかもしれません!!

 この認識下の中で、どれほどの主権者・有権者そして市民が、映画化という媒体で、この事件のもつ真相に、まずは、共鳴して下さるのか!?

 未だ処刑された松夫さん!という意識の中で、どれほどの方々に、「藤本事件」が持つ深層の真相に触れられていくのか・・・。殺害された松夫さんと、私は捉えています。

 私は、山下さんが持つ「シナリオへの疑問」の それぞれ に、監督自らとは言いませんが、事務局またはスタッフの一員による説明でもあってよいのでは?と感じています。
 山下さんの「藤本事件」は山下さんの中で活き続けている様に思います。山下さん以外にも多くの活動家たる主権者の意義と、民主主義国家への憧れを抱いた市民の多くが、藤本事件のまずは再審を!を、胸に・・・秘めていたのではないか?と、私は思っています。

はっしーさんも語られているように、

>一連のそれらの出来事を、どこで誰がどう扱うべきなのか

 それは、一個人が、背負いきれる問題なのかどうか

そう考えると、なんだか問題の根が深い気がします  <

 私もこの問題の根の深さが、世間で言う、処刑された松夫さんという事実を正当化する国民性の前で、いかに映画として描けるのか?今のままのシナリオでは、その恐さも持ち合わせています・・・。


以下の貼り付けは、エミさんが言う明鏡止水・虚心坦懐の極致にはどうしてもなれない、意馬心猿の中から覗き始めた私の「藤本事件」の映画化という提起へのスタートです。



(無題)投稿者:夕焼け 投稿日:2006/07/26(Wed) 07:19


 「知行合一」 ・・・・・・私にとってはただの4文字熟語ではありません!

 志村家へ通い始めてこの言葉の意義を探り始めました。儒教の中でも陽明学に記された・・・、行動を積んでからの認知・認識がその人の持つ感性と上手くブレンドされて理性を養うものとなるのでは?と、勝手に解釈をしています。この解釈をもっともっと深み重ねることが出来たらいいのにと、その欲は今でも膨らみを増しています。

 結論とは言い切れませんが・・・。

 志村さんは、たとえ失敗でもそれでも動くことを選択した節が有ります。市民学会については論ずる術(情報)を持ち合わせていないので、語ることは出来ませんが・・・。
 「藤本事件」に関しては、志村さんと中山監督が映画化の話を公表する時期に志村家で論議した覚えが有りますので・・・。

 私は 映画化 という話しに関して、中山監督が自ら公の場で発信し始めた 言 として、「監督生活の集大成、最後の作品として取り組む覚悟・・・」この言葉と、シナリオが定かでない中での『父ちゃん何処行くと』というタイトルに、不信を表明したのです。もっと平口に言えば、悪口を云わせて頂いたのです・・・。「藤本事件」を映画化???どうして今の時期にそんなことが出来るの?私としては 藤本事件 を国家犯罪と、捉え始めた矢先だっただけに・・・、しかも志村さん自身もこの映画化という発信は聞かされたばかりのご様子だっただけに・・・、その不振は大きく圧し掛かったと言う状況をはっきりと覚えています。志村さん自身も聞かされたばかりという映画化への下準備の不審は、頭をもたげました。

 歳月としては、この時点より10年後の完成が出来ればよい方かな?などと思っていただけに、その後の中山監督のこの映画に懸けるという想いと、皆さんを取り込んでいったその行動には、不振から疑念へと変化していったのですが・・・、志村さんもこの私の疑念は知っていつつ、映画化に期待と自らも映画製作に携わるという熱意が、私と志村さんの寿命に関しての違いを志村さんを駆り立てたのでしょう!?
 志村さんの「動き始め、失敗し、修正し、動き始める・・・」このことの 尊さ を、理論武装された、批判・批評より、その価値はある!!を、選んでいる、と、私は感じずにはおれませんでした。しかし、私は再審の壁となる怖れも当時から持ち合わせていました。関原イズムが、映画化始動という流れの中で感じられなかったからです。


以上が、偏見を抜きにした 虚心坦懐 なるものの捉え方が出来ずにいる、今の私の実態です!!

エミさん、「陽光と月光」私は、心地よい中で習熟させて頂きましたよ!かよさんの「ねこパン」見ためも可愛かったし、味も素晴しく美味しかったんですよ!!


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Re:陽光と月光 投稿者:リベル 投稿日: 8月13日(日)00時46分39秒   引用  編集済
エミさん、ご投稿有り難うございました。じっくり拝読しました。大きく反省する点もありました。レスしようとしたら文字数オーバーだったので、こちらに書きます。

チョット気を抜くと、直ぐチョークが飛んでくるんだから・・・(>_<)

1)私がこれまで下に書いてきた「天然」や「真実」は、強烈な陽光のもとであろうと、繊細な月光のもとであろうと、
それによって姿を変えるようなヤワなものではなく、はるかに厳然として、確固たる存在だろうと思っています。

2)セレンディピテイーは、赤道直下の砂漠のど真ん中であろうと、密林の底なし沼に首まで引き込まれていようと、
委細かまわず発動するものだと私は理解しています。
虚心坦懐であったり、湯川秀樹博士のように起きる直前の「枕上」であったりしなければ、
「やっぱり、発動中止!」とか言って引っ込んでしまうような輩とは思えませんが・・・。

3)私は午前中と夕食後と、一日に二度睡眠をとります。先ほど起床しました。
今が、BBSを拝読したり、返事を考えたり、ホームページの原稿を書いたり、頭を抱えて悩んだり、
大声を出して笑ったりなどという、精神生活(そんな上等なものではありませんが)がスタートする時間なのです。
たまに「丑三つ時」という単語も顔を出すことにお気づきかもしれませんが・・・。
「丑三つ時」に頭に浮かんだことを、プリントアウトして、真昼の太陽のもとで読み返し、大きな間違いに気付く、
そういうケースもあるのです。

4)「虚心坦懐」:広辞苑・大辞林に共通しているのが「心に何のわだかまりもなく」
「虚心坦懐」にものを言うというのは、難しいことではあります・・・。

5)自分のペダンティックで、気障ったらしい物言いに、我ながら、消え入りたくなることが往々にしてある、
ということを、ここに虚心坦懐に白状致しておきます・・・(笑)


陽光と陰影、で御座います・・・。



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Re: 友人から・・・。 投稿者:はっしー 投稿日: 8月13日(日)00時29分14秒   引用  編集済
>  風見さんはこの時期、「意見書」「補充書」の写しを、お持ちだといっておりまが、
>どうやら日本国憲法の下で戦後の「無らい県運動」がどのように行なわれていったのか?
>については、この 写し2通 が大きなカギを握っているように思います。

これは、資料としては貴重なものなのですが問題の論拠として
風見さんを、事情を知る人の中心として扱ってしまうとなると
責任の所在を、個人が背負うには少し問題が重たくありませんか

この当時の事を、本気で調べなおすとしたら、風見さんの資料も
勿論大切ですし、それ以外にも当時の風潮や論調や、その裁判の
時の詳しい事情を知っている方達から、色々お聞きして結論を導く

少し遠回りな気もしますが、責任の所在は個人で背負うよりも多くの
人達で協力し分散して背負った方が、負担が軽くて良い様な気がします


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友人から・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月12日(土)23時31分34秒   引用
 私自身も大切と考えていた、風見治さんが持ち続けていた疑惑の一つ、

>山下峰幸氏が投じた「根本問題」について。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月 9日(水)08時25分41秒

(中略)
話は変わりますが、どなたか 風見治 さんが持つ疑惑の一つ、

「恵楓園からも保健所も、あるいは街医者も誰も彼の検診をした者がいないのに、県衛生課は何を根拠に彼をライとして入園勧告をしたのでしょうか」

 この問題提起が私の中でも大問題として燻っています。このことが全ての始まりとなっているように思えるからです。

 村役場衛生係の職務に乗じて県衛生部に通告したため・・・、が通説としてありますが・・・?    <

この書き込みを読んでくださった友人より、以下のご質問がありました。

>風見治さんは、「恵楓園からも保健所も、あるいは街医者も誰も彼の検診をした者がいない」ということについて確かめたのでしょうか・・・?

と、言う問いです!

 答えになるのかどうなのか?私にも判りませんが・・・、1962年8月24日に、ある方へ出した手紙の写しに、この件に関してこのようなことを伝えています。

「私はこれを読むうちに雨月物語のあの亡霊が出てくる場面を理由もなく思い出しました」

 ここで言う、“これ”とは、藤本松夫氏の手紙文のことですが、雨月物語を連想した背景には、この時代に書かれた関原さんの、昭和37年5月2付「再審申立に関する意見書」。昭和37年4月4日付「再審請求補充書」・・・、これらを読み進むうちに、公判調書類の根拠の無さを、益々つよく確信せざるを得なくなったと有ります。

 風見さんはこの時期、「意見書」「補充書」の写しを、お持ちだといっておりますが、どうやら日本国憲法の下で戦後の「無らい県運動」がどのように行なわれていったのか?については、この 写し2通 が大きなカギを握っているように思います。

通説となっている・・・、村役場衛生係の職務に乗じて県衛生部に通告した為の犯行を「雨月物語」にたとえているとするならば・・・。
【この手紙文には雨月物語と結びつく根拠を列挙して有りますし、問題点も風見的主観で記されています】
 この事件の根底が揺らいでくるとすると、警察調書の恨みによるダイナマイト殺人未遂も、続く殺人容疑も大いなる疑念の目が向けられると思えるのです。

 この藤本事件には、戦後の「無らい県運動」との拘わり無しには、有り得ない!が、一市民ではありますが、想いです!


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 8月12日(土)23時02分33秒   引用  編集済
>  「藤本事件」が国策操作による国家犯罪であるのでは?という想いまで達してきています。

冤罪としての一面は、情報操作も含まれているのでは無いかと
上記に関して、同様の感覚で受け止めている一人です


この時代の新聞記載は、とかく酷い表現が多くて当時は病名も
ハンセン病では無く、らい病と呼ばれていた様ですがその病名での
新聞報道は、疾患に関する誤認表記が多く意図的な物がありますね
(新聞社の意図と言うよりも、そう言う情報を流した政策側の意図)

ハンセン病患者の強制隔離が、非人道的なものだったと言う論旨が
入所者の方の素行に、問題があったという表現表記で事実が歪曲され
施策が正当であるかの様に世に拡がっていた、事実が存る様ですね

そう言う当時の慣習も、裁判に影響を及ぼしたのでは無いでしょうか

 一連のそれらの出来事を、どこで誰がどう扱うべきなのか
 それは、一個人が、背負いきれる問題なのかどうか

そう考えると、なんだか問題の根が深い気がします

本来、マスコミ媒体に当時の療養所の実態表記や疾患に関して誤りの
ある表現が多く、情勢を後押ししてしまった事や、国民もそれを
鵜呑みにしてしまって、矛盾や疑問を感じなかった事等贖罪の意味も
篭めて後に正確な事実が、明示されそれが支持されるべきだと思いますね
(リベル) 昔の新聞ということで、,こんなのがあるのを思い出しましたので・・・。
藤本事件には全く無関係ですが・・・


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陽光と月光 投稿者:エミ 投稿日: 8月12日(土)21時43分3秒   引用  編集済
*リベルさんの記事中;
8月10日には,「今から,ギラギラ照りつける太陽の下へ,歩きに出ます」
8月11日には,「クラクラするような強烈な陽光が私の頭上に叩き付けた……」
とあります.

思うに,私たちが,この世界の同じ何かを見ているとして,
眩暈のするような強烈な真昼の陽光の下で見えてくるものと,
夜の暗さのなかに滴るやわらかな月光の下で見えてくるものとでは,
恐らく,ものの見え方は違ってくるでしょう.
強烈な光,光の過剰は,眼を灼き,反射光や陽炎で,
見えるものの容を歪めているかもしれません.
繊細な光,静かに降りつもる微弱な光は,微弱であるが故に,
私たちに,さらに眼を凝らさせるかもしれません.

「ゲッコウノガイショウ」を“月光の外商”と受け取ったのなら,
私だったら,素直にというか, 極々単純に,“Moonlight”セールスマン
のお出ましかと思ったでしょう.
滴り落ちる雫のような月光の,微弱に見えながら
実は最もものの容を露わにする力を,
“ブリーフィング”しにきてくれる人がいたら,
夢の中のことであって,明瞭ではない示唆に留まるにしても,
なかなか洒落ているではありませんか.
こういうのも,セレンディピティではないかしら.

Horace Walpoleの“The Three Princes of Serendip”
の三王子ならずとも,私たちには多かれ少なかれセレンディピティの能力は
備わっていると思います.
しかし,その能力が働くためには,虚心坦懐に見ること,
ことさらに強烈な光を照射するのではなく,自然光の下であるがままに見ること,
あるいは,微弱な光の下でじっと眼を凝らすことも必要なのではないかと,
思ったりします.

最近の藤本事件(「新・あつい壁」[仮題])に関する投稿記事のいくつかを
読ませていただいていて感じることの一つは,虚心坦懐に見ることの難しさ.

・・・・・・・・・・・・・
>夕焼けさん:かよこさんに“ねこパン”を注文された方ですよね?!


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ふーむ。 投稿者:日本語むずかしいね。 投稿日: 8月12日(土)11時09分38秒   引用  編集済
映画『月光の夏』の外商なら?
  舞台の知覧は確か星塚敬愛園のある鹿屋市。

旧日本軍の戦闘機「月光」の外商なら?
  性能は良かったそうですが、いまさら売ってもねえ。

月光の街娼なら?
  絵にはなるけれど、エネルギー会社の営業の言葉としてどんな含意が?

激昂の外相なら?
  麻生か? 思慮のない短気の人間は外交向きではないですね。
(リベル) すっげえっ!などと思わずお里の知れる叫びを発してしまいました。

なるほど、有るものですね。

何にしても、唐突に妙な日本語が湧いて出たものです・・・暑さのせいですねキット・・・(笑)

今、遺伝子の働きをON・OFFすると、とんでもないことが発生すると言うお話の本を読んでいます。
こんな現象もそのせいかもしれないと、気付きました。「生命(いのち)のバカ力(ぢから)」という本です。
(あまり根性が入った本ではないので、お勧めはしませんが)

バカ力(ぢから)が欲しくなったのは、もう普通の頑張りではやっていけないと自覚し始めたのかな?
いや、未だ、未だ・・・。やはりコツコツ働きます・・・コツコツと・・・。くたばるまでは・・・(笑)


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余談ですが・・・「月光の外商」 投稿者:リベル 投稿日: 8月12日(土)00時44分25秒   引用  編集済
先ほど誠に奇妙な夢を見ました。広告代理店の営業マンとして、某エネルギー会社の営業さんから、何かのブリーフィングを受けているとき、先方さんがこう仰有ったのです。「まあ、私どもは『げっこうのがいしょう』みたいなものですから…」。一瞬、意味が量りかねてアレコレ考えている内に目が覚めました。

「月光の外商」って一体何なのでしょう。太陽熱、風力、メタンガスなど自然の「産物」を仲介・精錬して販売する、と言うような意味だと判じました。それにしても、この営業さんは手強い相手だぞと思ったものです。

理由その一。自分の職種をそこまで美化して恬淡としているのは、相当な神経の持ち主だと思われる。
理由その二。営業マンに必須なのは、限りない自信です。自信がなければものが売れない。自己韜晦してまで、自信をつけて、「あきない」をするものです。「ジャパネットたかた」などが好個の例。こうまで自信を持たれては、とても太刀打ちできないぞ。

と、まあ、「月光の外商」の一言がいろんなことを、考えさせてくれたのですが、しかし、一体どこからこんな奇妙な言葉が飛び出してきたのか?それが不思議でなりません。これも例の「セレンディピテイー」とやらに関係有るのかいな?と・・・いや、首を捻ってばかりいないで、働きましょう。「天然」が見えるために、凡人は働かねばなりません・・・(笑)


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エミさん!・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月11日(金)18時54分55秒   引用
 「風の舞」、かよこさんのBBS内で、お話しをしたことがある エミさん だと信じています。エミさんの豊かな 詩 に惹かれ、書き込みをした覚えが有ります。

 日本語に長けたエミさんらしい指摘に・・・、「ありがとう!」

 意味としては、今あるハンセン病被差別化問題を深化できる切っ掛けといった意味で「登竜門?」と、言う言葉を使いましたが、立身出世なる意味合いが強いとなると、今の私の心情からは遠く掛け離れたものであってほしい〜と、自身に願っています。

 エミさん!私は映画化するのであれば、その企画前の過程をもっと重く凝視出来なかったのだろうか?が、心根に鈍溜しているようです。「外野からは何とでも言えるさ!?」と、いう声も聞こえてきそうですが、昨年の春に行なわれた西南学院大学でのシンポ「司法における差別―ハンセン病問題と藤本事件―」ここでの提案を、監督自身も熟知しているものと、思っていただけに・・・、山下さんの「シナリオへの疑問」は何度も書きますが、動揺を越えたものを感じてしまいました。

 「藤本事件」が国策操作による国家犯罪であるのでは?という想いまで達してきています。この想いを手助けしてくれる映画化からの、国民への示唆!!を、求めることは贅沢な戯れなのでしょうか・・・?


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登竜門! 投稿者:エミ 投稿日: 8月11日(金)18時09分9秒   引用  編集済
【登竜門】そこを通り抜けると立身出世ができるという関門。「竜門」は、中国の黄河上流の滝となって落ちる場所の名。鯉(こい)がこれをのぼれば竜に化するという伝説から。[岩波新漢語辞典第二版]

【登竜門】(「竜門」は中国の黄河上流の急流。そこに集まる多くの鯉のうち、もし登るものがあれば竜に化するとの言い伝えがあり、元来は出世の糸口をつかむの意)立身出世につながるむずかしい関門。また、運命をきめるような大切な試験のたとえ。[国語大辞典(小学館、昭和56年第一版)]


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僅か、二年前の・・・想いです。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月11日(金)07時26分12秒   引用
 「藤本事件」 私にとってはハンセン病被差別化への 登竜門 だったような気がしています。

Re: 志村康さんとキャッチボール 14 ( No.25 )
日時: 2004/07/18 10:19
名前: 夕焼け


 藤本松夫さんの絞首刑!!

 私には松夫さんの死の後ろに、ハンセン病を患い志半ば、無念の情

を残して逝った、大勢の方々がいるように思えるのです。

 ですから、、松夫さんの「死」の究明が「無実」「無罪」に留まる

のでなく“新たな国の責任への追求”(我々日本国民の国民性の検

証!厚生労働省職員の資質!国会議員の国民の代表であることの自

覚!司法に携わるものの勇気!)がどこまで明らかにされるのかと言

うことが、私たち現国民へのハンセン病問題のあってはならない国の

政策であったという、新たな情報による新たな啓発が考えられるので

はと考えます。



Re: 自由に話そう】独立したテーマ(話題)はありません 2 ( No.48 )
日時: 2004/07/18 17:49
名前: 夕焼け
(中略)・・・先月、6月16日の検証会議二日目、朝早くより恵楓会館に展示されているそれぞれの資料(この日の私の最大の目的は、藤本松夫さんと言う人物に触れられる資料探しでした)に釘付けになりました!!
 特に藤本事件の資料の多さには驚きと共に、「確かに身内(親戚)のプライバシー保護の観点より、おいそれとは公開できないまでにしろ、せめて、公開できるもの!今はまだするべきでないもの!と分類した一般公開が随時出来るのでは?」と思ったことと、園内の方々の藤本事件の関心度の無さに・・・どうして?と言う思いがしたことは事実です。
 藤本松夫さんの家族を思えば松夫さんの 死の真実 に触れる書き込みをして、いいものやらと、ここひと月考えていましたが・・・、藤本さんの原稿用紙14枚分の手記、「獄窓に仰ぐ十年目の星わびしく」(1962年、処刑の年に書かれた。)で、ぬれぎぬであり、おれは無実で、ハンセン病だったのか?若しくは当にハンセン病は完治していた!という彼の告発手記を目にした場合・・・、松夫さんを含む家族、その後ろに控えているハンセン病を患ったことがある全ての方々の“人権の軽々しく扱われてきた真実”の更なる究明が必要だ!!という思いに駆られる自分を感じます。
 自治会にお願いして、何とかもう一度、藤本事件の膨大な資料を拝読させて頂きたいと考えているのですが、すでに二人の自治会役員には断られています。しかし自治会長にはかなりの権限があるようですので、ここはおいそれとは引き下がらない覚悟です!!
*****************************************


 藤本松夫さんの 人生 と、いうものを考える時、これからの私たちに投じられた多くの「問題提起」があるように感じています。

 その問題提起の大きな一つに「無らい県運動」の実証・考証・考察が市民(主権者)とされる我々の手の内如何である!と、いう風に 今 も思えてなりません。

 この想いを胸に、「新・あつい壁」のこれからを、共に汗を掻いていきたいと思っている ひとり です。

 あるHP内のBBSで、はっしーさんの発言を目にしました。民主主義の意義を今一度考えさせられましたし、リベルさん発言についても「それはそれで良いに決まっています。」という断言的意味合いの言葉に・・・、考えさせられる多くを感じました。

余談・・・
ゴッホの「烏のいる麦畑」
 リベルさんが、「全く無関係で、気まぐれ」だとは仰って下さっていますが・・・、この絵に今の 我々の心情 が、彷彿されます。
http://hpcgi2.nifty.com/kwalk/patio/patio.cgi?mode=past&no=36&p=6&order=desc



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リベルという名の支援者の正体は・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 8月11日(金)05時06分32秒   引用  編集済
私の場合にも「支援者」という言葉が当てはまります。

「支援」と一口に言っても、「支援する心」の有り様や程度、「支援」の仕方・態様はまさに千差万別なのでしょう。それはそれで良いに決まっています。

私の場合、手元に有った「島が動いた」(加賀田一氏著)が切っ掛けでした。事実を知ってまず驚き、どうしてこんな理不尽が堂々と存在したのかと訝り、真相を知るにつれ国を初めとする多くの「人」の作為・不作為に怒りを覚えました。

怒りが私を突き動かした。それでハンセン病に関する記事を検索して読み始めました。それを集めて、蒐めて整理したら「ハンセン病のリンク集」という形になった。そういう言い方をすれば、まあそういう次第なのです。

ですから、私という「支援者」の原点=初心は、「理不尽を許したもの」に対する「怒り」なのです。別の言い方をしますと、自分を含めての「人間」が、好むと好まざるに関わらず内包する「悪」に対する怒りなのです。

その「怒り」に触れるものは「天然」でない、「真実」でないとみなして弾劾する。実はそれだけなのです。

言い換えれば、「怒り」に触れないものは・・・?

「放置」する。


クラクラするような強烈な陽光が私の頭上に叩き付けた冷ややかな結論は、かようなものでした・・・。これが現実です・・・。


武者小路実篤はこの実物の前に立って
地の底に吸い込まれるような興奮に陥ったそうです。

ゴッホの「烏のいる麦畑」。書いたこととは全く無関係です。気紛れに・・・。



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セレンディピティー 投稿者:北風 投稿日: 8月10日(木)09時28分24秒   引用  編集済
なるほどなるほど。

でも、くどいようですが、「藤本事件」に関して言えば、監督と関原弁護士と愚直に「働いた」のはどっちだろうか?
どっちが「天然」が見えているのだろうか? という視点もありますね。
(リベル) うーむ。その視点も有りますね。見落としていました、
凡人である自分のことだけを考えてしまっていて・・・。

今から、ギラギラ照りつける太陽の下へ、歩きに出ます。
その下でお日様は、どんな「天然」を示唆してくれるか?

セレンディピティー、セレンディピティー・・・と・・・(8.10 12:38)


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アミノ酸研究の権威 古武弥四郎氏 投稿者:リベル 投稿日: 8月10日(木)00時43分41秒   引用  編集済
古武弥四郎氏の言葉にこんなのがあるのを見つけました。

「本も読まなくてはならぬ
 考えてもみなくてはならぬ
 しかし働くことはより大切である
 凡人は働かなくてはならぬ
 働くとは天然に親しむことである
 天然をみつめることである
 こうしてはじめて天然が見えるようになる」

今はやりの「セレンディピティー」を検索していて見つけました。そしてハタと膝を打ちました。

立ち止まって、後ろを振り返って、「はて?」と首を傾げて頬に手を当てることも大切かもしれないけれど、
凡人は、先ず働かなければ、と。「天然」が見えるようになるためには、と。


これは、私にも「セレンディピティー」が作動してくれたのかも・・・しれません、ね。
新聞の文中には「偶然による科学上の発見」とありますが、
正しくは「思わぬものを偶然に発見する能力」を言うようです。
私もその意味で使っています。念の為。



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どこかで聞いたと思っていました 投稿者:リベル 投稿日: 8月 9日(水)23時51分26秒   引用  編集済
2005年、日本での新規患者がゼロになった。と自分で「データ集」に書いておいて、はて?出典はどこだったかなと検索しても見当たらない。少し慌てました。が、有りました、有りました。在日外国人を除く数字ですが、日本人はゼロです。


感染症情報センターHPから



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山下峰幸氏が投じた「根本問題」について。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月 9日(水)08時25分41秒   引用
 シナリオへの疑問 内より、抜粋。

実行委員会から頂いた「新・あつい壁(仮題)」のシナリオを読み、なぜ、いま、「『藤本事件』を映画化へ」なのか、という根本問題に、強い疑問を抱くようになったからである。

 この思いに応えるかのような文責として、■□ 映画「新・あつい壁」mailニュース□■ No.7(2006年5月16日) 内より、

■賛助金についてのお願い
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
資金作りは、まず製作上映協力券の販売にかかっています。しかし、製作をより確か
なものにしていくためにも、協力券販売以外の資金作りもお願いしていかなくてはな
りません。
そこで実行委員会では、「賛助金」にご協力いただける個人・団体を募集しています。
全国の各療養所では、趣旨に賛同していただき、入所者の方々から一口1000円からの
カンパを集め始めてくださっているともお聞きしています。そこに込められたお一人
おひとりの思いに心を致させていただくとき、何としても映画製作を実現させなけれ
ばなりません。
みなさんご自身や、お近くでご紹介いただけるような個人の方や企業・団体などがあ
りましたら、ぜひ何卒よろしくお願い申しあげます。

詳しくは下記サイトをご覧ください。
中山監督の映画製作ノート:「賛助金」ご協力のお願い
http://kumamoto.cool.ne.jp/nakayama2005827/sanjokin.html
*賛助金振込のための口座に関する情報もお知らせしています。


編集者のつぶやき ━…‥・

◇この映画「新・あつい壁」製作・上映の取り組みには、全療協、全退連をはじめ、
多くの方々から「全面的に支援・賛同する」との声が寄せられています。それはまさ
に、ハンセン病問題、その中でもとりわけ人権・差別の問題を、一刻でも早く解決し
たいと願う、切なる声、声なき声の結集に他ならないと受けとめさせていただいてい
ます。
◇その多くの方々の声なき声、いのちの願いにお応えすべく、実行委員会といたしま
しても、療養所をはじめとする全国キャラバン(6〜7月を予定)等、できうるかぎり
精一杯の努力を重ねて参ります。つきましては、みなさま方におかれましても今後益々
のお力添えを賜りますよう何卒切によろしくお願い申しあげます。
◇ニュースやホームページについてのご感想やご要望、中山監督への一言など、皆さ
まからの「声」もお待ちしています。ぜひ下記アドレスまでお寄せください。(S)


_/_/_/_/_/_/_/

以下の貼り付け内にも・・・・・・!?



話は変わりますが、どなたか 風見治 さんが持つ疑惑の一つ、

「恵楓園からも保健所も、あるいは街医者も誰も彼の検診をした者がいないのに、県衛生課は何を根拠に彼をライとして入園勧告をしたのでしょうか」

 この問題提起が私の中でも大問題として燻っています。このことが全ての始まりとなっているように思えるからです。

 村役場衛生係の職務に乗じて県衛生部に通告したため・・・、が通説としてありますが・・・?
http://blog.livedoor.jp/nakayama_movie2005/archives/50471456.html



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下記の投稿について 投稿者:はっしー 投稿日: 8月 8日(火)18時09分35秒   引用  編集済
> 映画「新・あつい壁」の話 投稿者:匿名 投稿日: 7月21日(金)16時18分32秒

これは文責を明らかにするべきだと思うので、書き込み者ははっしーでした

現在この問題に関しては、これ以上WEB上で私は記載出来る立場では無いと
自分で判断を下したので、皆さんのご意見を拝読させて頂くだけにします

今後、自分自身で下した結論に関してはweb以外の場所で
どう行使するかを考える事にしようかと、思っています

web上への文面の記載は、その情報ソースへの責任をも
同時に背負うものとして、難しい面があると実感しました

個人的な会話や、遣り取りなど公表を前提としない事柄で
知り得た内容を根拠とした記載は、その後の影響に対する
配慮に欠けていて、軽率だったかなと思っています

皆様には、いろんなご意見を頂きありがとうございました
(リベル) あれ?そうでしたか。

どなたが発言されようと、是非・善悪は一つなので・・・。

ですから、又、「はっしーさん」でも「匿名」さんでも、どなたの「名前」でも結構ですから
お書きいただけば良いのではと思います。

皆さんが、書きたいことを、自由に書ける。人を選んだり、排除したりしない(除く中傷)のが
BBSなのだと思っています。堅苦しくお考えにならず、お考えをドシドシお聞かせくださいな・・・。(8.8 18:37)


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ここでも 投稿者:北風 投稿日: 8月 8日(火)09時25分18秒   引用
http://www.shuu.org/cgi/bbs/kochi01


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立ち止まる勇気。 投稿者:北風 投稿日: 8月 7日(月)08時53分13秒   引用  編集済
ところで、
http://www.eonet.ne.jp/~libell/20051003rakugaki.htm
このメイルニュースはいい取り組みだと思うのですが,この創刊号以降は、どこかで読めるのですか?
うまく見つからないので。

> シナリオについて触れたのはこの創刊号だけですね。
(リベル) はい。これは「8月 4日(金)12時53分8秒」にご紹介したメルマです。

ここの「0000282」が1号です。
「前へ」か「次へ」を押して探して頂くしか無いのかな・・・?
投稿者「斉藤」で探すのが早いようにも思います・・・。
実は、あまり詳しくはありません・・・(笑)


そうですね。立ち止まって、振り返って、「はて?」と首を傾げて頬に手を当てている、
そんな状態です、今・・・。(8.7 11:53)


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今朝の食卓は? 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月 7日(月)06時20分8秒   引用
 味噌汁つきの和食!ミルクコーヒーつきのパン食!

 この食事に要する食材は、大きく違ってくるのでしょうね!?

 山下さんが今回のシナリオで ズラされた主題 と、言う言葉で語っていますが、主題が違えば題材は当然の如く、違ってくるのでしょう。

 藤本事件を、テーマとした映画化を豪語されてきた製作者・そのスタッフとしては、山下さんの懸念の主眼である「ズラされた主題」が、事実であるとするなら・・・、北風さんが以前より問うていた、説明責任があっていいものと私も思います。

 やはり、「菊池事件」「F事件」と、主題を変えなければ前進できない映画化・製作、時点で、話し合える機会があれば・・・と、今でも感じる時が有りますが、この想いを払拭する言葉を私の大事な友人より 叱責 されたことがあります。

>中山監督が呼びかけ人として名前を連ねた時点で、ゼロから議論することなどありえなかったのじゃないでしょうか。
 苦言者、批判者を、「絡む人」という、位置付けで見られれば誰だって排除するでしょう、前に進むことが出来ないんですもの!?
 しかも、映画監督が既に決まり、動き出している、しかも、「藤本事件」を題材にではなく、主題(テーマ)とした作品と言われている以上、まずはシナリオを覗かせていただかねば、論議の余地は無いのでは?

と、いう、お言葉でした!
http://blog.livedoor.jp/nakayama_movie2005/archives/cat_50007259.html



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丑三つ時に・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 8月 7日(月)03時30分45秒   引用  編集済
どうなのだろう?「新・あつい壁」のシナリオには、思いもかけなかったいろいろな問題が有るのを知って、首を傾げています。

中山監督の映画制作ノートを読んでも、資金作りが捗らないという、苦悶の表情が見て取れます。この際、思い切ってここでなされている意見交換を、製作上映実行委員会の方々にお読み頂くというのは?

先ほどまで、先に発行された文書や山下氏の一文などを、読み返していました。その内の次の三つをアップしました。ご参考までに・・・
1)山下氏の「シナリオへの疑問」(北風さん、間違いが有ったら、ご指摘ください、お願いします。類推で修正していますので)
2)市民学会に発表された「制作企画書」(昨年8月)(これによれば既に撮影は終わっていなければいけません)
3)中山映画製作上映実行委員会mailニュース(昨年10月)


誠に唐突ですが、実は7月21日から22日にかけての「匿名」氏の書き込みを、何度も読み返させて頂いています。大切なことを仰有っているということに、今頃気付いたのかなあ・・・?ダメですね・・・全く。


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断固!埋もれさせてなど、してはならないと・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月 7日(月)00時10分24秒   引用
 映画の成功を祈るという・・・、心境!若しくは、映画成功は何の為!?・・・、ごめんなさい!その 根拠 がまだ不十分で、中山監督やスタッフの皆さんの前での土下座はいまだ持越しのようです。

 この藤本事件が我々一般市民をも惹き寄せるその 背景 とは。
 当時の救う会の面々や、当時から引き続き再審請求からの真相を求めている方々、そして、新たに事件の概要を探り 深層の真相 に迫りたいと願っている方々を、惹き付けているものとは?を、知りたくて僅か2年半では有りますが、薄っすらと 汗 を掻いてきたように思います。

 私のこの映画製作の違和感の一つに、このBBS内で発信してくださいました“匿名”さんの書き込みの発言も、私自身が以前から持ち合わせていたものでした。以下の文です!


> 映画「新・あつい壁」の話 投稿者:匿名 投稿日: 7月21日(金)16時18分32秒

資金集めに関しては、各療養所内でも賛同者を募って匿名で募金が開始され
自治会で一括送金しているそうです、その際の募金方法については賛否両論
あるようですが、現実に当事者側が賛助をしている意味についても考えて
いく必要があるのではないか、と言う気がします

(中略 )映画制作の一番難しい点は、スポンサー確保と資金繰りだと思います

当事者にも賛同を得て、資金面でも共に協力をお願いするか
当事者には撮影の協力を得て、資金面は別な道を模索するか

方法論は、それぞれで製作者側の考え方によって違う様です

どちらが正論と言う結論は、正直出せない問題だと思えるのですが
勝訴判決以来、いろんな面でお金の問題が取沙汰される事が多いですね
お金は生きた使い道をしていく分には、なんら悪い事も無く堂々として
いればいいことだと思いますが、色々難しい面も多い問題です


 私は今回の映画製作にあたり、資金援助の募り方には些かの不安と、疑問も持ち合わせていました。つまり、全寮協・療養所内の自治会に真っ先に「キャラバン」と称してお願いするという行動にたいしてです。

 その不安を大きく膨らませた要因に、やはり、山下さんの「シナリオへの疑問」 がありました!
 早く、どなたかこの不安を振り解いて欲しい!と、切に願っています。
http://kumamoto.cool.ne.jp/nakayama2005827/coremade.html



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みんな同じ気持ち 投稿者:北風 投稿日: 8月 6日(日)22時21分39秒   引用  編集済
だけど、「素朴な理由」は盾の両面、諸刃の剣です。

たとえば、「小川正子」だって、「ハンセン病の患者さんのために役に立ちたい」と思って長島に赴いたことを疑う人はいません。ぼくは小川正子が大好きです。その竹を割ったような「女侠」の風のある性格、その無私の精神、尊敬もし大好きな人です。
でも、今、その「素朴な理由」が素朴なゆえに必ずしも、本人の意図せざる評価をされてしまっているのではないでしょうか?

多くの人がその「素朴な理由」で応援していると思います。だからこそ、その人たちの気持ちが凝ってできる映画は、時間をかけて誠実な話し合いの上で、すべての関係者の納得できる映画であってほしいと思います。
(ここで「すべて」というのは、映画化を支援している人はもちろん、藤本さんの遺族や関係者、関原弁護士や当時の支援者、この映画の行方を心配している人々)


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根拠 投稿者:にわとり 投稿日: 8月 6日(日)18時38分1秒   引用  編集済
「こんな理不尽なことが許されていいのか?このまま埋もれさせていいのか?まさにハンセン病に対する差別・偏見の象徴的な事件じゃないか?」という素朴な理由で支援しようと思っているのですが、それに対して「支援するあなたの気持ちが分からない」と言われても・・・。なんと答えてよいやら。ただ、どうすればさらにいい方向になるのだろうかと言うことについては気持ちを込めて考えていきたいなあ。
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余談ですが 投稿者:リベル 投稿日: 8月 6日(日)17時30分29秒   引用
桂米朝という人間国宝の落語家が、関西にいらっしゃいます。

跡目は自動的にご子息の小米朝さんかと、なんとなく思っていたのですが、一番弟子の桂ざこばさんに決まったと「そこまで言って委員会」の番組中に「昨日米朝師匠の口から、直接聞きました」とやしきたかじんさんが爆弾発言!!

関西以外の方には、全く面白くも何ともない話題なのですが、関西人や私には、かなりのビッグニュースなので、「速報!朗報!」です・・・。
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ホントに、【題材】 止まりであれば・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月 6日(日)11時18分21秒   引用
 リベルさん!私も、この 題材 止まりになっているから・・・、という認識でいられれば、映画化への横槍となる書き込みはしなかったのかもしれません!

今回の、山下峰幸さんが書かれた「シナリオへの疑問」だけではなく、
 増重文さん、田中健吾さん、入江信さん、加藤三郎さん・・・が、綴る“藤本事件の真実に迫る想い” そして、風見治さんの『あじさいの花「花」』。
 風見さんは松夫さんと面会した時のことを次のような表現(形容)で活字に残していました。

以下は“あじさいの花『花』”という随筆内からの一文です。
> 私はこの廃屋のような面会室で彼と向き合ったとき、その優和な眼差しに自分がやわらかくつつまれるのを感じました。まるで、あじさいのあのゆたかな花に頬をすりよせたときの感じなのです。少女らしい形容かもしれませんが、私は彼のなかから溢れる確信と信念の足どりが、彼の寛容な態度にあらわれるのだということも感じておりました。


 この風見さんの随筆は、関原勇弁護士が1960年代の最初という時代背景の中で書かれた、熊本地方裁判所に提出された「再審申立に関する意見書」と「再審請求補充書」の【写し】を、お読みになってからの随想文であり、松夫さんとの文通(松夫さんからの手紙の引用)を主眼に書き綴られています。

 今を生きる、山下さんや、多くの「藤本事件による、深層からの真相」を、渇望されている方々にとって、「題材」止まりという、シナリオであれば、声を表には出さないと思いますが・・・。
 僅かな声にしろ・・・、
>ハンセン病市民学会の本年度活動方針に、「映画製作・上映への協力」が盛りこまれました。この度、5月13・14日の両日、富山市で開催されたハンセン病市民学会総会/交流集会において、「映画「新・あつい壁」の製作・上映への協力」を含む本年度活動方針が承認・決定されました。
また、それに先立つ5月2日、ハンセン病市民学会から、正式に組織委員会として、賛同団体となることを決定したとのご連絡をいただきました。

 この状況下でも、声を表に出す【批評・批判】に対して、黙しておくこと事態に、多くの問題が 主権者 として含まれているような気がしています。

 多分、北風さんが言う 関係者 という定義でこの映画化を覗かせていただく時、批評・批判組みは各論とされ、総意・民意という民主主義的観点からは、退く立場なのでしょうが・・・、
 私は、北風さん発信の山下さん論考には、前にも書きましたが「 動揺 を越えたものを感じてしまった 独り です」

 私は、逆に、映画化を望み 支援・応援 すると、唱えている方々の 根拠 が、今ひとつ理解できていないところが有ります。
(リベル) 北風さんにレスを書いて戻ったら、夕焼けさんの書き込み。
うーむ。プリントアウトするのが増えました。
ゆっくり読ませてください。

一汗かいて、焼酎で一杯やって、熱帯夜をグッスリと乗り越えて
丑三つ時に、目覚めて、又もう一度、じっくり読ませて頂きます・・・。(8.6 11.35)


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後の祭りにならないために、小生も整理しておきます。 投稿者:北風 投稿日: 8月 6日(日)08時55分27秒   引用  編集済
もともと、小生には国賠裁判以前から何らかの形でハンセン病に関わってきた方と、弁護団はじめ裁判からこの問題に関わってきた方の間に感情的な溝、考え方の相違があると感じてきました。
このことは論じれば長くなりますが、それを放置することは決してよいことではないし、本来一緒に闘っていくべき仲間を、相手の側に押しやる結果にもなる〔それは末利光『ハンセン病報道は真実を伝え得たか』でも、稀少難病の会のESさんが末に「共感」を示すなど如実に現れています)そういう問題意識があります。

裁判から五年、予防法廃止から十年、そろそろこうした溝は埋めていかなければならないし、それには「ハンセン病市民学会」が両者の相互理解の橋渡し、接着剤の役割を果たすことを心から期待してきました。

今回の映画化で小生が違和感というより、これでは駄目だと思ったのは、実行委員会に藤本事件の最高裁の弁護人で再審請求にも尽力し遺族の世話まで献身的に見た関原勇弁護士の名前がないことでした。何があったのだろうかと感じていたところへ、山下さんの「書簡」があって自分の違和感は決して根拠のないものではないことがわかったわけです。

「藤本事件」に関するもう一つの違和感も関原さんに繋がります。
ハンセン病市民学会で、徳田弁護士は藤本事件に触れ、藤本さんの再審に弁護士の後半生をかけると熱弁された。
しかし、再審は遺族以外は請求できないし、遺族の信頼厚い関原さんは現役の弁護士である以上、関原さんを抜きに語れないものだろう。
徳田さんは、遺族と関原さん抜きにどうして再審請求するつもりなのだろうということです。あるいはどうして関原さんを無視した発言をするのだろうか。

市民学会で語られた「映画化」「再審請求」、どちらも遺族とかつて献身的に関わった弁護士、支援者が眼中にないように感じられた。
これでは市民学会そのものも、接着剤どころか両者の溝を拡大深化させるものになりかねない。

こうしたことが背景というか底流にある。

どうしても「藤本事件」を映画化したいのならスケジュールと募金目標のみが提示されるのではなく、まずどういう映画を作るのかの明確な説明がほしい。
また、とにかく「募金」と「スケジュール」が先行しすぎている、遺族や関原さんと十分な時間をかけて誠実な話し合いがもたれたのかという懸念もある。(遺族は映画化差し止めの仮処分を申請し三月に和解が成立したとの事)

権兵衛さんが言っていたように「藤本事件の映画化には誰も反対はしない」。それはほとんどの人が、アプリオリに「藤本事件の映画」といえば、藤本さんの冤を雪ぐ映画だと思っているからです。その人たちの「善意の誤解」がこの上映運動の基になっているというのは穿ちすぎでしょうか。

自主映画は「運動」です。運動が終わるまで(映画が完成するまで)、参加者は何に参加していたのかわからないのでは、うまくない。後の祭りという言葉もあります。だからこそ、事前の説明や、あるいは批判的な発言がおおらかに語られることが必要なのだとおもいます。

この時期、山下さんが懸念を表明し、関原弁護士が私費を投じて『藤本事件資料集』を作られたのは、そうした懸念を強く持ったがためだと思います。

結論。この映画が商業映画として作られるなら、内容をあれこれ言う立場にない〔遺族の意向は別として)、しかし募金や上映運動を基盤に作られる以上、この段階から意見表明はしておく必要があるし、制作側は全ての協力者(批判者も含めて)に対して内容に責任を負わなくてはならない。
(リベル) うーむ。うなりました。テレビの将棋番組の音を絞って、読みふけりました。
今から、プリントアウトして、それを持ってウオーキングに出ます。
そうですよ。この炎天下、平気で歩くのですよ。しょうみ2時間も・・・。

スーパー・ダイエーでの小休止とバス停でバスを待つ間、じっくり読ませて頂きます・・・。

いや、それにしてもよく照ります。あ・つ・い ですね。まったく・・・。(8.6 11.26)


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山下文からは 投稿者:心配性 投稿日: 8月 6日(日)07時09分20秒   引用
【この二つに共通する理由は、「藤本事件」が「主題」にならず、「題材」止まりになっているからだと理解します。】

逆立ちしてもこの理解にはいたりません。


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問題の整理か、問題提起か・・・? 投稿者:リベル 投稿日: 8月 6日(日)02時52分20秒   引用  編集済
お陰様で、鈍な私にもようやく大筋が見えてきたようなので、自分の頭の中を整理してみます。

山下峰幸氏が坂本克明、斉藤真両氏に対し、制作賛同人になることをお断りになったこと、関原勇弁護士がこの映画への関与をはっきりと避けられたこと、この二つに共通する理由は、「藤本事件」が「主題」にならず、「題材」止まりになっているからだと理解します。それは、そもそもの話の出発点と、大きく異なって居るではないかという、強い不満があるからだと・・・。

それを、中山監督も否定して居られません。

藤本事件の「冤罪」をクローズアップすることが出来ない理由は、何か分からないけど、ハッキリと、有る。だから今回の「新・あつい壁」は「題材」止まりで行く。と、そういうことなのだと、私は理解しました。

そういう中途半端な映画なら、作らない方がマシだ、という意見が一方では強く存在している、と言うことなのでしょう。

逆に、いやそれで良い。どんな素晴らしい仕上がりで、暗に「冤罪」問題を浮き彫りにされるか、じっと見守っていきましょう、応援しましょう、というのがもう一方の意見なのですね。

私は、後の方の意見に賛同します。


さあ、これは「整理」(私の心の)になっているのか?、それとも問題をややこしくしたり、こじらせたりしているのか?

皆様の、厳しいご意見を(首を洗って)お待ちしています・・・ブルブル(>_<)・・・恐いよおお・・・


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藤本事件は主題ではなく題材 投稿者:北風 投稿日: 8月 5日(土)22時23分27秒   引用  編集済
そういう背景を踏まえて、もう一度以下の記事を読むと。

藤本事件では、藤本さんはは「通常の裁判が受けられず、実質的には非公開のずさんな裁判の中で死刑になりました」として冤罪という言葉を慎重に避けている。

「あつい壁」の知名度を生かし「新・あつい壁」という啓発映画を作ること、その題材として藤本事件を選んだといっていることがはっきりと読み取れる。



読売新聞から 投稿者:リベル 投稿日: 6月28日(水)23時43分11秒   引用
[会う聞く話す]映画監督 中山節夫さん 差別を考える機会に

 ◆ハンセン病患者の悲劇「藤本事件」を撮る
 1952年に県北で殺人事件などを起こしたとして、ハンセン病患者とされた男性が無実を訴えながら死刑になった「藤本事件」をモチーフにした映画「新・あつい壁」の製作に向けて準備が進められている。

 強制隔離政策の根拠となった「らい予防法」の廃止(96年4月)から10年、隔離政策の誤りを認めたハンセン病国家賠償請求訴訟の熊本地裁判決(2001年5月)から5年の節目の年に当たる今年中の完成を目指している。監督を務める中山節夫さん(68)に映画への思いやこれまでの取り組みについて聞いた。

 ――ハンセン病とのかかわりを教えてください。
 「56年まで合志市のハンセン病療養所・菊池恵楓(けいふう)園近くに住んでいました。子どものころは、恵楓園を囲むコンクリート塀が高く異様に感じられ、ハンセン病は怖い存在でした。しかし、その後、映画監督の道を志して上京し、ハンセン病について知ろうと、療養所・多磨全生園(東京)に通ううちに怖さは消え、ハンセン病に対する偏見や差別を描こうと思うようになりました」

 ――そのような気持ちが、ハンセン病患者の子どもらに対する差別事件を題材にした映画「あつい壁」につながったのですね。

 「『あつい壁』を作った当時、ハンセン病問題への関心は低く、あまり見てもらえませんでした。多くの人の目に触れるようになったのは、らい予防法が廃止された10年前ごろから。そのころから、ハンセン病療養所の入所者から『ハンセン病(を知る上で)のバイブルになっている』『入所者の側から描いた初めての映画』との声も聞くようになりました」

 ――タイトル「新・あつい壁」にはどのような思いが込められていますか。
 「今回のタイトルは、『あつい壁』の知名度を生かしたいとの思いから付けました。また、らい予防法という壁はくずれましたが、03年に南小国町で起きた『ホテル宿泊拒否事件』に見られるように、新たに差別も生まれているので『新』の文字を取り入れたのです」

 ――ハンセン病への偏見と予断が影を落とした事件といわれる「藤本事件」を題材にした理由は。
 「男性はハンセン病患者とされていたために、通常の裁判が受けられず、実質的には非公開のずさんな裁判の中で死刑になりました。男性はらい予防法の一番の犠牲者という認識があり、映画監督として(藤本事件を)撮らなければいけない、撮りたいと思いました」


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リベル様(備忘録です) 投稿者:心配性 投稿日: 8月 5日(土)22時09分30秒   引用
@(リベル) ちょ、ちょ、ちょっと待ってください・・・!

「行政の協力を得るためには冤罪を表に出せない」と言ったのは誰ですか?

は、以下です。

【山下さんの話 投稿者:北風 投稿日: 7月 7日(金)11時58分25秒   引用  編集済

>他に何か有るのか?中山監督側の腰が引ける理由が?


 昨年九月に『壁をたたく音がきこえる』が出来上がり、原稿転載のお礼の電話を入れた際の話の中で、中山監督が、映画の方は冤罪を正面に打ち出してやると行政の協力が難しくなるので、ハンセン病への差別・偏見を主にせざるを得ない、という趣旨のことを言われた。映画の製作資金を「制作・上映協力券」の普及によって集めるという制作スタイルからやむなく生じた結果であろぅが、いわば金(資金集め) のために主題がズラされていくことに、アレッ、これは違うんではないか、と違和感を覚えたのである。
(リベル) なるほど、なるほど。

私の「オタカン」も、そう的外れではなかったみたいですね】


A少々前になりますが。
(リベル)まず、「【映画化には誰も反対はしない】という書き込み」は無かったのではないかと思いますが、
それはさておき・・・

は、以下です。

(無題) 投稿者:権兵衛 投稿日: 7月23日(日)07時44分33秒   引用

みたところ「基本資料」は映画の基本資料ではない。F事件の資料だ。
F事件の映画化に誰も反対はしないだろう。問題は、その中身なのだ。
(リベル) わあっ!!有り難うございました。

なにしろ、忘れっぽくなったものですから・・・。

本当に、有り難うございました。今後もよろしくお願いいたしまあす・・・(笑)


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山下峰幸氏の証言 投稿者:北風 投稿日: 8月 5日(土)22時07分58秒   引用  編集済
先日紹介した山下さんの「シナリオ批判」中で、山下さん自身が直接聞いた話しとして「証言」しています。



映画「新・あつい壁(仮題)」 シナリオへの疑問(1) 投稿者:北風 投稿日: 7月 5日(水)11時11分52秒   引用  編集済

時間が無いので、コピーをOCRで読んで、校正をしないまま貼っています。したがって誤字も多いかと思いますが、意味は取れるでしょう。



映画「新・あつい壁(仮題)」 シナリオへの疑問

                 山下峰幸

  ズラされた主題
 四月八日、坂本克明、斉藤真のお二人が来神の折、宝塚に立ち寄られ、映画「新・あつい壁(仮題)」(監督中山節夫、脚本横田与志)・製作賛同の依頼をされた。
 昨年八月、製作・上映実行委員会が立ち上げられた際にはほどなく私も会に加入、また九月十四日出版の『壁をたたく音がきこぇる−ハンセン病患者冤罪処刑藤本事件に再審・無罪を』には、坂本克明氏l「藤本事件について」、中山節夫氏の「『藤本事件』を映画化へ」の原稿を転載させて頂いた。そうした経緯を踏まえるなら、当然私は賛同人として名を連ねるべきであった。しかし、お二人にお会いする直前まで悩んだ末、私はお断りした。実行委員会から頂いた「新・あつい壁(仮題)」のシナリオを読み、なぜ、いま、「『藤本事件』を映画化へ」なのか、という根本問題に、強い疑問を抱くようになったからである。

 以下私なりのシナリオ批判を試みようと思うが、「映画化」 への若干の疑問は、シナリオ以前にすでに私の内に起こっていた。しかもそれが、シナリオ内容の本質と深く関連していると思われるので、まずそのことについて触れておきたい。

 昨年九月に『壁をたたく音がきこえる』が出来上がり、原稿転載のお礼の電話を入れた際の話の中で、中山監督が、映画の方は冤罪を正面に打ち出してやると行政の協力が難しくなるので、ハンセン病への差別・偏見を主にせざるを得ない、という趣旨のことを言われた。
(リベル) この後に、こう続くのですね。今見つけてので再録します。何を寝惚けとるか!!とお怒りにならないでくださいね。
なにか、私としては、もう一度「出発点」が確認できた感じなので、どうかお許しください・・・。

『映画の製作資金を「制作・上映協力券」の普及によって集めるという制作スタイルから
やむなく生じた結果であろうが、いわば金(資金集め)のために主題がズラされていくことに、
アレッ、これは違うんではないか、と違和感を覚えたのである。
権力の闇とハンセン病の闇とが深く絡み合った中で起こった藤本事件の真実を、
五十年の時の壁を砕き撮り起こし暴いていくということと、
藤本事件を通してハンセン病差別を問い、啓蒙・啓発するということの間には、
微妙だが、重大なズレがあるではないか。』


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Re: 大体 投稿者:はっしー 投稿日: 8月 5日(土)17時48分24秒   引用  編集済
> まして、「行政の協力(補助金)を得るためには冤罪を表に出せない」と公言しているのでは本末転倒じゃないかねえ。

若干、思ったことは映画の撮影はロケ地での撮影許可が
事前に必要とされてくるから、そう言う意味では
行政には撮影前に必ず、届出をして何度も足しげく通う

という面があり、映画制作上必ず係わり合いが必要になってきます

補助金云々は、直接撮影許可とは関係はありませんが
ロケ地候補が、駄目になったら又別を当らねばならない
ロケに当っては、撮影場所も療養所が必須になるでしょう

撮影はどこでも、許可を出してくれるとは限らないので
調整が難航すると、許可してくれる場所を条件として
優先せざるを得ない事情も有るのでは無いでしょうか

今回の映画「新・あつい壁」は前述された二作品と
異なって、過去の時代を描かねばならない為に撮影時に
セットが必要な面も、あるのではないでしょうか?

又当時の時代的背景を、描くにはそれに近似した場所を
撮影候補にあげなければ、ならない点と時代考証を
基にした、セットや様々な小物も用意しなければならない


そういう意味では、制作費のコストをあげないとその時代の
状況がリアルに描けない作品なんじゃないでしょうか?
目標とされている撮影予算は、その点で妥当だと思います


主人公の捉え方や製作方針に関しては、皆さんの賛否両論の
お話を読ませて頂いて、考えてると迷ってしまう面があります

今はそれらについて、きちんと掌握した上で納得のいく
形で、この映画の成功を祈って応援していたいです


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劇映画と記録映画は違うんでしょうが。 投稿者:つむじ曲がり 投稿日: 8月 5日(土)15時05分9秒   引用  編集済
人民日報日本語版
http://j.people.com.cn/2006/04/07/jp20060407_58823.html

在日の元慰安婦・宋さんの記録映画制作進む
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戦時中に日本軍の慰安婦として戦地に駆り出された女性のうち、在日韓国人として唯一名乗り出た宋神道(ソン・シンド)さん(83)=宮城県在住=を記録に残す映画制作が進んでいる。監督は韓国人の安海竜(アン・ヘリョン)さん(44)

映画づくり支援のため8日に東京・亀戸で開かれるコンサートに、韓国を代表する打楽器奏者・張在孝(チャン・ジェヒョ)さん(35)が出演する。日本の慰安婦問題に韓国の男性2人がエールを送る、おそらく初の機会になる。

宋さんは93年に日本政府を相手取り補償訴訟を起こしたが、03年最高裁で上告が棄却され、敗訴が確定した。一方で、市民集会などでは「裁判負けてもオレの心は負けてない」「裁判やってよかった。オレも人間らしくなって、アカ抜けたババアになっちまった」などと語り、個性的な発言で知られた。

張さんは昨年、日本で宋さんの記者会見を目の当たりにして「慰安婦問題を自分の問題として考えたことなど一度もなかったのに、急に身近に感じられた」とコンサート出演を決めた。

安さんは「宋さんが戦争被害者としてだけでなく、戦争反対の強烈なメッセージを持っているのにひかれた。支援の市民団体との緊密な関係も記録に残したかった」と話す。映画の制作費は約600万円。今秋、完成する予定で、国際映画祭にも出品したいという。


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「性と生殖の諸権利」 投稿者:つむじ曲がり 投稿日: 8月 5日(土)13時56分3秒   引用
「性と生殖の諸権利」。この論議でも抜け落ちているのは、「男の権利」だ。
子どものときに収容され終生隔離された男性は、男女差の均等でない療園では、恋愛の機会がないこともある。隔離政策は、そういう人生も作った。

せめてもよまぐわいはして死ねよとぞ短かるべき命励まし(澤田五郎)

ある社会復帰者は、「あれだけ男のあぶれた療養所で、ホモセクシャルの話を聞かないのは不思議だねえ」と真顔で語っていた。事実、文藝作品にも見たことはない。


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大体 投稿者:つむじ曲がり 投稿日: 8月 5日(土)13時35分29秒   引用
いま映画を一本撮るのにどのくらいのお金がいるんだろうか?

昔のようにフィルムを回さなくても、ハイビジョンカメラで撮っても劇場用に十分通用する映像ができる。

「熊笹の遺言」は映画学校の学生が、アルバイトしながら作った。それでもあれだけのものができる。
どうもやっぱり、最初に「金ありき」の印象がぬぐえない。

まして、「行政の協力(補助金)を得るためには冤罪を表に出せない」と公言しているのでは本末転倒じゃないかねえ。
(リベル) ちょ、ちょ、ちょっと待ってください・・・!

「行政の協力を得るためには冤罪を表に出せない」と言ったのは誰ですか?

私、リベルだけではないですか?そんな風なことを言ったのは・・・?
今、中山氏のサイトをもう一度見てきましたが、そういう言葉は見当たりませんでした。

もし「公言」が有ったのなら、それはそれで、私にはとても気になる事実です。
どこにあったのか、教えてください・・・。実情はその通りかな?と私は憶測しているのですが
でも、「公言」は実は未だ、目にしたことが有りませんので・・・。

あくまで、私奴の「独断」だと、思いこんでいましたので、少し慌てています・・・。(8.5 18:20頃)


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Re: 昨日のお昼頃の話で、恐縮ですが・・・ 投稿者:はっしー 投稿日: 8月 5日(土)12時56分52秒   引用  編集済
> 「そして、その証拠隠滅を早期に図る為に火葬埋葬と言う形で、
> 司法解剖は行わずに責任の所在を曖昧にしたまま
> 形式的には、謝罪と言う形で話を進めようとしている行政側
>
> そう思うと、どうも全ての話の辻褄があってしまう(嘆)」

> これって、まったくその通りで、私も納得、大賛成なのですが・・・。
> 間違いなのでしょうか?何か、不安になってきましたが・・・?

その後、冷静に考えてみて、やっぱりこれ変ですよね
普通、死亡したのに理由が判らなくて終わる話って無いです


お子さん達の死亡理由は、どれも理不尽なものです
その点に関して、きちんと明示された上での謝罪で
なければ、本当の意味での謝罪にならない気がします


DNA鑑定で、本人確認とご家族の結びつきは判りますが
死亡理由は、DNA鑑定では判らない様な気がするんです

150例以上であったとしても、理由不明のまま終わり
になってしまったら、理不尽な事の様に思えますね

解剖と言うのは、親御さんにとっても酷い事なので
他にも良い方法があれば、その方がいいですけど

どういう方法にしろ、調べる際には親御さんやご家族の
了承を得る必要があるので、そういう話に関しては
ご本人には、無理強いをしないで、検証会議の聞き取り
調査の様に、ケースワーカーの人など専門の人に心の
ケアもしてもらいながら対応するのが良い気がしますね

調査の了承を得ても、結果の通知はご本人が希望しない
場合には、本人ではなく自治会への通達にするとか
資料保存を、きちんとしておくだけで口頭説明は
希望しない人には、その後の経過は一切伝えない

等の方法面の配慮で、当事者に苦痛を感じさせない
調べ方を、なんとか考えられないものなんでしょうか


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映画化 投稿者:にわとり 投稿日: 8月 5日(土)08時42分31秒   引用  編集済
>このことを意識しての映画化であれば、資金など一目散に集まったに違い有りません!
 いやいやそんなに簡単にはいかないと思いますよ。簡単に膨大な資金が集まった映画は、現在その辺の大きな映画館でたくさん上映されていますし、マスコミもばんばん宣伝していますよね。大分で言えば「なごり雪」「22歳の別れ」などがそれに類するかな?
 またこれまでシナリオまで読ませてもらって・・・と言うところまでの支援の経験はないんですが。ある程度の方向性ぐらいかな・・・。今、「無名の人・・石井筆子の生涯」の上映会成功に向けての集まりに参加しています。まあ、これはできあがっている映画の支援なんですけどね。
http://http:/

(リベル) にわとりさんには、申し訳ないのですが、この場所を拝借します。

下の↓宮坂道夫氏の論考というのは、これです。


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新潟大学医学部保健学科 宮坂道夫 氏の論考内より。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月 5日(土)06時30分51秒   引用
氏は、「普遍的な規範」という言葉で提起しています!

>私は検証会議の甚大な検証作業に敬意を払い、またその提言にもおおむね賛同します。ただ、医学と法学との視点からの分析が中心で、「性と生殖の諸権利」という視点が足りないように思えてもしまいます。この側面からの分析がないと、時代時代の法律(あるいは医学的慣習)に即して扱えばよい、という結論になりがちです。これがこの検証会議の提言の弱点でもあるような気がします。「検視の申出か異状死体の届け出」を求めていますが、これは現行の法規に基づいた処置です。これを受ける形で、厚生労働省は「事件として立件できる見込みがない」ために「異常死の届け出と検視の申し出はともに行わない」という結論を導いています。
 しかし、ここには、「ハンセン病問題の検証」の捉え方についての根本的な誤りが現れています。「ハンセン病問題の検証」は「なぜこの問題が生じ、継続したか」を調べる「歴史的検証」でした。歴史的検証は、法律よりも普遍的な規範に照らしてなされるべきもののはずで、時代時代の法律に合致する処置を講じるためのものではありません。そもそもハンセン病政策を支えた「らい予防法」が誤りだったという共通認識から検証作業は始まっているわけで、「胎児標本」の問題も、過去や現在の法律ではなく、普遍的な規範を求めるべきです。「普遍的な規範」といっても難しいものではなく、上に述べてきたような、「ハンセン病患者の権利保護」「女性の権利保護」「子どもの権利保護」など、今日でいう「性と生殖の諸権利(リプロダクティブ・ライツ)」がそれにあたります。また、この他に、「遺体を標本として遺すこと」の倫理的正当性についても考える必要があります。特に「強制的・半強制的に中絶・嬰児殺をされた胎児」の標本であれば、より広範な視点からの検討が必要です。

以上です。

 はっしーさん、「大丈夫!」あなたのことでなく 私 のことですよ!!

 まずHNの使い分けは、死者との離別。今生きるということは、このBBS内での話題・語り、論争を 重要し したいが為と、見ました。
 出来たら、過去のあれやこれやの引用はよして、今あることを、「本音」で語り合える状況下を、自らのHNを変えてまでも、話し合いたい!と、言うことではないでしょうか?

 確かに、「死者を利用するな 」内には多くの提起が含まれているような気がしています。一理もあるでしょうし、想像力の欠如につながる おそれ もあるでしょう!

 しかし、この想像力という創造性につながる得体の知れないものは、定義の確立は出来ないのでは?と、感じます。いろんな手法がある中に、「如何に 真摯 に」が大事で、創造性の持ち味の色々は、色々であってよいではないか!と、思います。真摯さの積み重ねが、必ずや、より以上の想像力を培ってくれるものと、信じています。

 現に、この数日間だけを取って見ても、皆さまの 活きた情報 により、発見有り、閃き有りの「支流が重なり大河となる」を、地で行くような「藤本事件」「胎児標本問題」の、今後についての大河(本流)を感じさせてくださいます!

 それから余談なのですが、増 重文さんの言葉に、「処刑」という言葉で松夫さんの死を語って欲しくない!という想いに触れました。
 増さん曰く、「刑罰はその罪に対して行なうものである。松夫さんの場合、何を証拠に罪を犯したというのであろう。証拠によらない裁判を認めるわけにはいかない」

 私たちが平気で使っていた、「処刑」という言葉は、今一度その使い方を考えておくべきと感じさせられました。本当に処刑させられてしまったのか?処刑という名のもとの、国家隠蔽殺人事件を、心根に据えた「藤本事件」で、あって欲しいし、再審の始動を願うばかりなのですが・・・、徳田先生は本当にあのシナリオを一読されての発言だったのでしょうか?徳田先生の言葉の 反対 を、私は感じずにはおれません!

>再審の取り組みの重要性についてもふれた中で、“映画「新・あつい壁」の成否が F事件 に関する今後の取り組みの重要な 鍵 になる”

 このことを意識しての映画化であれば、資金など一目散に集まったに違い有りません!シナリオを待てど暮らせど、拝むことが出来ない状況下での支援など在り得ますか!?国家体制(機構)を導き出している 我々主権者・有権者 に問うことが出来る映画であるからこその、協賛金で有り、支援であって欲しかったと思います。
 映画化の具現化(せめてシナリオという土台があってのマスコミへの公表であって欲しかった!)が、出来ていてこその・・・、製作であって欲しかった!!


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昨日のお昼頃の話で、恐縮ですが・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 8月 5日(土)01時03分10秒   引用
はっしーさん曰く・・・

「そして、その証拠隠滅を早期に図る為に火葬埋葬と言う形で、
司法解剖は行わずに責任の所在を曖昧にしたまま
形式的には、謝罪と言う形で話を進めようとしている行政側

そう思うと、どうも全ての話の辻褄があってしまう(嘆)」


これって、まったくその通りで、私も納得、大賛成なのですが・・・。
間違いなのでしょうか?何か、不安になってきましたが・・・?
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やっぱり坊やか? Re: (無題) 投稿者:つむじ曲がり 投稿日: 8月 4日(金)23時21分17秒   引用
> そういう個人攻撃っぽい言い方は止めませんか?

どこが個人攻撃かね。「一年間」何を学んだのか?

> 映画の話だって、普通に言えばいいじゃないですか

映画の話はこれ以上「普通」な言い方は無し。

> 胎児問題の話題だけ考えて突然、死者って言われても

胎児は「生者」かね。何がわからないの?

> どの件について、話題にしているのか説明がなければ判りませんよ

想像力が欠如した「事情通」は、始末が悪いと思います。
なに、他人のことを言うのではありません、自己批判をこめてそう思います。


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 8月 4日(金)23時14分38秒   引用  編集済
そういう個人攻撃っぽい言い方は止めませんか?

映画の話だって、普通に言えばいいじゃないですか

胎児問題の話題だけ考えて自分が話題にした直後に死者って言われても
どの件について、話題にしているのか説明がなければ判りませんよ


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Re: 死者を利用するな。 投稿者:つむじ曲がり 投稿日: 8月 4日(金)23時03分23秒   引用
〉Re: 死者を利用するな。 投稿者:はっしー 投稿日: 8月 4日(金)22時36分14秒
〉?


これが「?」なのは、使者を利用してもその自覚がないっちゅうことどすな。
おいらはこの一点だけどすなあ。

藤本さんにしても胎児標本にしても、北条民雄にしてもと東條耿一にしても、今生きてるおいらにしてもアンタにしても夕焼け小焼けリベルさんにしても、このことは、死者はもはや自分のことを語れない以上、一番考えなくてはいかんことだと思いますね。

刑事事件にできるのは殺人事件だって15年の時効がある。弁護団は裁判のプロとして百もしょうちのはず。そうではなくて権力の法廷で裁くのではなく、人民の法廷で裁く、そういう発想がなくなったということ。
運動が教条化ないし、裁判の「地続き」化して豊かな弾力性が失われている証左かもと思いますね。


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Re: 死者を利用するな。 投稿者:はっしー 投稿日: 8月 4日(金)22時36分14秒   引用

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死者を利用するな。 投稿者:つむじ曲がり 投稿日: 8月 4日(金)22時29分20秒   引用
使者を利用するのには与しない。これだけどす。
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そうでしたか 投稿者:はっしー 投稿日: 8月 4日(金)21時25分26秒   引用  編集済
火葬を行う前に、きちんとDNA鑑定を行うよう申出をされている
と聞いて、ほっとしました。ご両親が不明な場合は本人確認が
なされないまま曖昧に火葬をされてしまうのかと心配だったので

ご家族の方にとっては、死因云々よりも一刻も早く安らかに眠らせて
あげたいと言う事が、何よりも大切な事なのかもしれませんね

入所者の方から、きちんとお申出があるのであればその点を
思い煩う必要はありませんね、掲示板の記載コピーの添付
ありがとうございました、サイトの掲示板も拝見してきます
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医療倫理学の立場からハンセン病問題を研究する宮坂道夫・新潟大助教授。じっくり読ませていただきました。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月 4日(金)19時33分8秒   引用
 宮坂先生の論考読ませていただきました・・・。

 多くの 提起 を、投じて下さっています。この論考からの 学び が、一市民である我々には必要なものと、考えされました。

 その前に、私がこの「胎児標本問題 」についての、主観的想いの変遷?(もしかして、当初の想いは変わっていないのかも???)について、以下に張り付けさて頂きますので、 志村さんとの問答 と、まではいきませんが・・・、この「胎児標本問題」と「藤本事件」の表面化、「公表するということの重み、重要性」を、今一度、その本質に迫ることが出来ればと・・・。

ここに、私の大好きな人物の言葉を引用させて頂きます。志村康さんの恩師といっても過言ではないものと自負しております!!


「・・・もとより、素人の私などに何かできるなどと思っているわけでなく、それはくらがりにじっとしておれず手探りするようなものに過ぎない。だが、何か真実をさぐりだす端緒になるものでもつかみ出せないものかといったのぞみは捨てきれないのだ」

増 重文  愛憎の村―藤本事件― より抜粋。
 1963年「菊池野」(菊池恵風園自治会機関誌9月号)・・・「壁をたたく音が聞こえる」 ―ハンセン病患者冤罪処刑藤本事件に再審・無罪を― 内より。

★以下の書き込み貼り付けは、時間のゆるす方・・・、是非!ご覧(一読)に、なってください!!
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傲慢、自惚れ の域は所詮脱皮できないのかも・・・、しれませんが。あえて・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月 4日(金)19時27分46秒   引用
Re: 志村康さんとキャッチボール 23 ( No.21 )
日時: 2005/11/30 21:08
名前: 夕焼け


戯言です、そのつもりでお聞きください!

 たった今、「ハンセン病市民学会」のHP内の[2006年度 総会 ・交流集会]の中身を読ませて頂いていたのですが・・・。

 >13日のシンポジウムのテーマについて、事務局としては、「強制断種・強制堕胎・新生児殺・胎児標本作製の真相」を提案いたします。

 このシンポのテーマを読んだ時、血圧が上がるというか!?何かしら頭に血が上るような・・・、嘉子母さんの辛そうな顔が思い出され、身体に異変を感じてしまいました。私の取り越し苦労であれば!?と、感じた次第です。

 事務局の、このテーマでやらなければならない!大きな伏線があってのことだ!と、推察は?されるのですが・・・、シンポジュウムとして語り合う題材としては、些か首を傾げたくなったという訳です。

 嘉子母さん!操さん!そして、志村さん・・・、このおぞましいと思われる殺人行為を実体験されてきた方々は、果たしてこのシンポに進んで参加できるのであろうか?そのことがよぎってしまいました。

 年に一度の大きなシンポで、ハンセン病被差別化問題からの更なる人権文化を構築していく為には、この題材がどうしても必要だったのでしょうか!?・・・、配慮 と、いう言葉がよぎってしまいました。
 私だけの取り越し苦労なら、事務局の方々にお詫び・・・謝罪いたす覚悟で、あえて書き込みをさせて頂きました!!



日時: 2005/11/30 22:57
名前: 志村 康 <kiss-yo@aioros.ocn.ne.jp>


夕焼さん
 断種・堕胎・その上に大学病院に対してハンセン病の病理解剖と称して生検体を提供し大学病院との連携を図るなど、医療の名の下に様々な実験医療が行はれていた事実、医が患者のためにではなく、医のための医療行為がそこから見えたのも事実です。
 二度と繰り返されない為にも発表し、活字として残す必要があるように思います。そうしないと、やがて胎児標本が消え隔離政策が奏功し、ハンセン病が制圧されたと美化されて光田の高笑いが聞こえてくるように思われるのですが・・・


Re: 志村康さんとキャッチボール 24 ( No.83 )
日時: 2006/06/15 07:02
名前: 夕焼け


志村さん、横暴な意見だと聞き流してください!

 厚労省の統括責任者はその代表として、「謝罪」をしてくださいました。
 しかし、

 『謝罪はすれど、検視はせず』 との方針を打ち出し、丁重なる供養を実施するよう指示したと言う事が、報道で全国に流されておりました。

 私はこの胎児標本問題を 世間に問う という姿勢を打ち出した時より、「変死体」という捉え方として、刑事訴訟法に則った過去の不作為が、今の世の中・・・、社会に大きな提起としての 課題 となるべき!と、軌道修正しこれまでの考え方を改めておりました。

 今回の、「お詫び」を受け入れてしまいそうな風潮には、些か疑問を持ち合わせた朝となっています。

 当初、胎児標本にかかわる遺族の心情を考えれば、公にする前に十分すぎるほどの多種多様な方々による論議が成され、「胎児標本問題」がなぜ?起きたのか!!    が、現社会に大きな提起として問われ、市民の課題としての「問題提起」と成る筈!!が、私のこの問題を表面化することの 意義 で有りました!

 刑事訴訟法に基づいた方針が川崎厚生労働大臣の口から聞かれなかった事に、「これで良いのか?」が、頭の中を駆け巡っております!


日時: 2006/06/15 21:21
名前: 志村 康


厚労大臣が確かに謝罪をし再発について触れましたが、法を運用するものを、ハイそうでございますかと信用は出来ません。

恵楓園は以下の態度です、始めの処分昭和35年園内火葬場の最後に償却、その年月日第2回解剖室解体時の焼却年月日、第3回昭和63年までは園長室隣の解剖標本と胎児標本の焼却年月日及び処分標本の数量を納得できる証拠を提示すること。

親が判明した分については早く当事者への告示及び火葬葬儀の方法等協議し謝罪すること。特定できない分についてはDNA鑑定保存すること、カルテ及び業務日誌等は永久保存し啓発及び再発防止の学術的資料として保管すること、各園で大正4年以降昭和23年優生保護法成立前の非合法手術件数を明らかにすること、また優生保護法による
手術は県に対し届け出の義務があり、全容を明らかにした後に胎児標本を火葬に付すこと、新生児標本及び埋葬許可が必要な4月以降については殺人罪が成立する可能性があるが、刑事裁判を起こせば当然支援することになります、胎児問題が取り上げられ老人性欝等が悪化したと言うことも聞いており、慎重にならざるを得ない事もあります。


日時: 2006/06/16 03:36
名前: 夕焼け


Re: 志村康さんとキャッチボール 23 ( No.23 )からの抜粋です!


>医療の名の下に様々な実験医療が行はれていた事実、医が患者のためにではなく、医のための医療行為がそこから見えたのも事実です。<

>ハンセン病が制圧されたと美化されて光田の高笑いが聞こえてくるように思われるのですが・・・<

 上記は、私の 「Re: 志村康さんとキャッチボール 23 ( No.21 )」に対する志村さんからのお言葉です。

 この時点をきっかけに、私の胎児標本問題を表面化(社会・市民に問うことの意義を見つめていくということ)することとは?を、“己に問う”ていたように思います。

 ただの一市民でも、胎児標本問題は他人事ではない!と、いう意識が芽生えたのもこの時期ですし・・・、
ただ菊池先生の仰る『惻隠の情』があるのか?ないのか?については自己判断できずにいます。
 しかし、先生が厚労省に対しての『惻隠の情』を投げ掛けているとするならば私は断固「その必要があるのか?」と、逆に問うてみたい思いです。

 私の一義的な見方なのかもしれませんが、昨年度よりのこの胎児標本問題に対する国側の、17年度内に全ての遺体を供養というなのもとで「処分」するとしか思えない打診には、疑念を持ち合わせておりました!
 しかも、検証会議最終報告書要約版の
提言1  厚労省は関係当局に検視の申し出か異状死体の届出をするよう意見を述べるべきである。

 に対し、厚労省は早くから「検視の申し出などは『事件として立件できる見込みがない』と判断して行わない」と、幕引きを示唆していたように思えます。

 この点も、どうして国側の意向を知りつつその対応が出来なかったのだろうか?が、圧し掛かってきています。「事件としての立件」という問いを、素人の域は出ないまでも、考えていきたい思いです!


日時: 2006/06/16 04:48
名前: 夕焼け


800字をオーバーしてしまいました。読みづらいでしょうが、2つに分けました!

 >>続きです。

菊池先生! 一市民は知らないことが多く有ります。ある意味、先生のお蔭で、私自身は知識を修練するチャンスに恵まれているようです。
 それから、先生のお言葉で、被害者・・・、「当事者」という言葉でなく「被害者」という捉え方が私と共通していたことを、嬉しく思っております。

 先生!この「ハンセン病被差別化問題」の解決は、何を持って 解決した と、言うのでしょうね!

 私は、この胎児標本問題はもとより、この「ハンセン病被差別化問題」の『被差別化』の論点に、○本松夫さん、『F事件』を据えております。しかし、この事件を未だ『F事件』、本名が公に出来ない!などの諸事象を鑑みた時、「世間の問題である!」と、いう捉え方が出来ないでいる我々市民の資質如何である!というところまでは察しているつもりです。世間の理解、社会の理解があれば、「F事件」にする必要も無いのでは?と考えるからです!
 どうも「草の根的な啓発活動しかないでしょう?」と、言う多くの有識者の言葉には 疑問 を感じている自分がいます
「悪いことは悪い!」「いけないことはいけない!」と、言えない社会風土に些か 教育システムの疲弊 なるものを感じていますし、個の尊重と共に、社会で活かされている事の尊重も今以上に、投げ掛けるべきではないか?と、思っているからです!


日時: 2006/06/16 17:21
名前: 菊池 一郎 <GAH03306@nifty.ne.jp>


夕焼け様

 惻隠の情はもちろん、被害者に対してですよ。厚生労働省に対してでは ありませんよ。
 ということで、私はどうも、自治会から怒られそうなことを書いています。

 PTSDを調べていただき感謝します。なお私の意見は 「わかれのやまい」(菊池野)に書いています。手元にないので、何号か忘れました。


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 8月 4日(金)13時17分30秒   引用  編集済
胎盤感染の確認の為の堕胎では無く、堕胎を正当化し口実にする為の
後付の理由だと考えていくと、手術手順や方法の矛盾が納得がいく

解剖例の中に、医学的に何をしようとしたのか意図不明なものが
多数あったのだと言う話を、どこかで聞いた覚えがあります


手術が行われた以上は、それを正当化する為に何の罪も無い
子供達が、長い間その犠牲として置き去りにされてしまった

と言う事でしょうか

そして、その証拠隠滅を早期に図る為に火葬埋葬と言う
形で、司法解剖は行わずに責任の所在を曖昧にしたまま
形式的には、謝罪と言う形で話を進めようとしている行政側


そう思うと、どうも全ての話の辻褄があってしまう(嘆)


なんだか、一人で勢い込んでしまいました
お騒がせしちゃって、ごめんなさい


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こんなメルマがあります 投稿者:リベル 投稿日: 8月 4日(金)12時53分8秒   引用  編集済
「ハンセン病@メーリングリスト」というものです。ここへ転載させて頂くことの了解は頂いていませが、お許し頂けるはずです。一般に開かれているメルマですので・・・

これをご覧になれば、参加の方法がお分かり頂けると思います。どうぞ参加なさってください・・・。

私の貴重な情報源の一つが、バレてしまいますが・・・(笑)

これは、全くの出来たてのホヤホヤです。参考になさってください。


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Re: 「胎盤感染の確認」など嘘っぱちに決まっている。 投稿者:つむじ曲がり 投稿日: 8月 4日(金)11時53分28秒   引用
> > >  藤野助教授の研究によると、この目的は「胎盤感染」の確認であったことが分かっている。
> >
>
> つまり「堕胎」の正当化だが、堕胎しといて、そこから「堕胎」の根拠を求めようとするのは、鶏と卵の議論ににて本末転倒。初期には、生まれた子供を里子に出して、そのために奔走したことも光田健輔の美談として残っている。
> 引き取り手がはっきりしていれば、『石上の火』のようなこともあったわけだし。
> 「胎盤感染」のないことは医学者はとうに知っていたと思うね。
>
> 要するに子どもは入園者の手で育てるわけには行かないから、そのための施設も作らなくてはならない。教育もしなくてはならない。それより子どもがいないほうがいい。
>
> 入園者にも自分で育てられない負い目があって管理者がそこにつけ込む。また、男女比のアンバランスの療養所で入園者同士で結婚するとなると、女性の愛を得た男は「勝利者」であると同時に、結婚は「逃走」はしない「勤勉の働く」ということを意味したから「体制」に組み込まれたということ、また「断種」してまで結婚すると言う負い目、独身者は結婚はしないが、プライドを守ったという複雑な心理が背景にあったということは、AOさんが先日のセミナーで話してくれたこと。
>
> そういう背景で「標本」を作り、入園者の間で公然の秘密だった(当時、患者地区と職員地区は厳然と区別され隠そうと思えばいくらでも患者の目に触れさせないようにできたはず)ことを思えば、これは見せしめのためだったのではないかと思える。


気になったので、『らい文献目録』医学編、「病理学」の項を見るとニ、三の胎児新生児などに関する論文あった。全て大正から昭和初期。古いものばかり。
アブストラクトつきですが、詳しく診ている時間がありません。


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「胎盤感染の確認」など嘘っぱちに決まっている。 投稿者:つむじ曲がり 投稿日: 8月 4日(金)11時09分17秒   引用
> >  藤野助教授の研究によると、この目的は「胎盤感染」の確認であったことが分かっている。
>

つまり「堕胎」の正当化だが、堕胎しといて、そこから「堕胎」の根拠を求めようとするのは、鶏と卵の議論ににて本末転倒。初期には、生まれた子供を里子に出して、そのために奔走したことも光田健輔の美談として残っている。
引き取り手がはっきりしていれば、『石上の火』のようなこともあったわけだし。
「胎盤感染」のないことは医学者はとうに知っていたと思うね。

要するに子どもは入園者の手で育てるわけには行かないから、そのための施設も作らなくてはならない。教育もしなくてはならない。それより子どもがいないほうがいい。

入園者にも自分で育てられない負い目があって管理者がそこにつけ込む。また、男女比のアンバランスの療養所で入園者同士で結婚するとなると、女性の愛を得た男は「勝利者」であると同時に、結婚は「逃走」はしない「勤勉の働く」ということを意味したから「体制」に組み込まれたということ、また「断種」してまで結婚すると言う負い目、独身者は結婚はしないが、プライドを守ったという複雑な心理が背景にあったということは、AOさんが先日のセミナーで話してくれたこと。

そういう背景で「標本」を作り、入園者の間で公然の秘密だった(当時、患者地区と職員地区は厳然と区別され隠そうと思えばいくらでも患者の目に触れさせないようにできたはず)ことを思えば、これは見せしめのためだったのではないかと思える。


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Re: 藤野助教授の研究によると、この目的は・・・、? 投稿者:はっしー 投稿日: 8月 4日(金)10時12分48秒   引用  編集済
>  藤野助教授の研究によると、この目的は「胎盤感染」の確認であったことが分かっている。


行政側の対応の根拠として、胎盤感染があげられるなら

胎盤感染の確認と言う事を、医療的根拠とするならば
生産児は、問題ではなく妊娠初期段階のみで良かった筈

胎盤感染を、本気で調べるつもりがあったならば
生産児の出生後に、感染の有無をまったく確認せず
死亡させられている事の説明はどうなるのでしょうか


司法解剖の無効とされる期限に関して、鑑定技術があがった
今現在でも、その期限が医学的に根拠があるものなのかどうか

司法解剖による立件の時効を問かれるならば、ハンセン病問題の
要であるらい予防法の勝訴判決の際にも、同様に時効を口実に
行政側が、管理責任を逃れようとした経過があったが

その時の時効と、今回の時効は、意味がどう違うのか



正直、判らない点が多すぎるので不勉強な私には
理解出来ない事が、多いです。。。。。


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藤野助教授の研究によると、この目的は・・・、? 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月 4日(金)07時30分43秒   引用
 目的とされるご意見に、私がどの論考からかは思い出せないのですが・・・、多少の相違を拭えません!
 先の、はっしーさんよりの書き込み内にも、
>胎児問題は、表向きは親子感染の危険性があると表現されて
現実の外科手術は、優生保護法を法的根拠として続きました
実態は、種の保存を阻止する絶滅政策の一つであったこと

標本が作られた意義は、医学的研究の為とされていますが
現実には、堕胎数が余りにも多すぎてその後継続的に研究を
された気配がまるで無く、便宜上研究の為にと言う形を取らざる
負えないが為に、そういう保管を続けていたのではないかと言うこと


と、論じられていますように、私も検証会議最終報告書内だったと思いますが、はっしーさんと同じ論調の論考を読ませていただきました。
 その点、「藤野助教授の研究によると、・・・」という新聞報道からは、まさに「研究が為の」という読者には「この研究も人類のためには・・・、」という正当性を感じ、私の頭の中に在る認識とは、幾分かの ズレ を、感じました。

 リベルさん貼り付けの、
>新潟大学の宮坂氏が、医療倫理学者のお立場から、発言されています。
ご参考までに・・・。
 この論考にはじっくりと、学ばせて頂きたいと考えています!以前にも新聞報道で、「 医療倫理学の立場からハンセン病問題を研究する宮坂道夫・新潟大助教授は「標本の意味を考えれば、国の政策の中で患者の人権が踏みにじられてきたということがわかる。なぜこのようなことが見過ごされてきたのか、歴史的な検証を続けていかなくてはいけない」と話す」
と、あったように この人物 宮坂道夫・新潟大助教授 は調べなければ!?と、思っていただけに感謝です!!

以下は、毎日新聞の記事からです。




ハンセン病療養所・胎児標本問題:藤野助教授、厚労相の謝罪を批判
2006.06.21 毎日新聞地方版/富山 27頁

 ◇「責任あいまいに」−−市民学会事務局長・藤野助教授

 富山市内で5月開催された「ハンセン病市民学会」の第2回総会・交流集会のスタッフによる「まとめのごくろうさん会」がこのほど、同市豊田町の富山民医連会議室で開かれた。事務局長を務めた藤野豊・富山国際大助教授(53)は、川崎二郎厚労相が今月14日、ハンセン病患者が強制堕胎させられた胎児標本について謝罪したことに触れ、「国の責任をあいまいにし、この問題を早く終わらせようとするもの」と強く批判した。【青山郁子】

 この問題は、全国の国立ハンセン病療養所の患者が強制堕胎させられた胎児や新生児が、ホルマリン漬けで今も残されているというもの。中には、出産直後に医師や看護師によって殺されたケースもあるという。

 藤野助教授の研究によると、この目的は「胎盤感染」の確認であったことが分かっている。戦前から戦後まで、胎児を解剖し感染を確認しようとしたものの、結局だれも証明できなかった。これらの標本は解剖されずに残されたもので、背景には何千もの胎児が実験材料として解剖されていた事実があるという。

 元患者は家族と切り離され、子孫もつくれなかった。身寄りがないまま、社会復帰が遅れている要因の一つともなっている。厚労省は昨年11月、胎児の火葬と慰霊案を示したが、支援団体などから「親に無断で話が進められたのは人権侵害」との反発を受け、延期されている。

 堕胎させられた入所者の中には、「(標本にされている)赤ちゃんをきれいに洗ってから着せてやりたい」と、産着を用意している母親もいる。一方で「つらいから見たくない」「決断できない」と、意見はさまざま。

 会の席上、藤野助教授は「大臣の謝罪は(胎児標本を)長く放置したことに対する謝罪でしかなく、違法な堕胎や赤ちゃんを殺すなどの行為を認めたわけではない。まずこれらを認めさせなければならない。そして胎児標本については、いろんな思いを持つ人すべてが納得できる扱いをするべきだ」と訴えた。

 藤野教授は今後、謝罪を受けた全国ハンセン病療養所入所者協議会などと相談しながら、今後の対応について決めるという。


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胎児標本問題の報道 投稿者:リベル 投稿日: 8月 4日(金)00時37分28秒   引用  編集済
胎児標本問題をめぐる、最近の報道を、まとめてみました。ご参考までに・・・。

1)新聞の一口解説集です。

2)特集記事です。


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 8月 3日(木)19時19分1秒   引用  編集済
これは、単なる仮定に過ぎませんが

鬼籍に入られた方が、生前にその問題に関して何か語られていた
又は何かを記されていた場合は、それは故人の意志として
どう扱うべきか等も、起こり得る事なのかどうなんだろうか

そんな事も勝手に想像して、ちょっと気になりました


倫理面が、法律抜きで語られる事となると難しい問題ですね

しかし、ご自身のお子さんが司法解剖等される事を前提に
話が進む現実を、当事者の方達はどう受け止めておられるのか


そして、一番大きな疑問は何故プロミン獲得は早期に
問題提起されたのに、療養所内の断種問題については
入所者の方達から、反対の声があがるのが遅かったのか

リベルさんが、示してくれた 新潟大学の教授の論説を
読んでいて、少しその疑問への答えが判った気がします



ハンセン病市民学会や、市民団体の方達の様に学びの場として
機能し色々な提言が行われる場所、身近な相談所として地元単位の
活動で具体的な機動性のある場所、どちらも必要性がある様に感じます

リベルさんも、リンク内でご紹介なさっている

社会福祉法人 大阪府総合福祉協会の運営する相談センター
『ハンセン病回復者支援センター(大阪)』の様に方向性の
見える支援がどの都道府県にもあると、今回の胎児問題を
始めとする様々な問題の際に、いろんな形で活用されていく
のかもしれませんね、民間で支援する一例として。。。。


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極限のプライバシー 投稿者:つむじ曲がり 投稿日: 8月 3日(木)18時57分55秒   引用
当事者が声を上げているなら、全力を挙げて「支援」するのだが。

死者はもの言わない以上、生きているものは死者に最大限の配慮と敬意を払わなくてはならない。

この問題の「解決」とは何か?「胎児標本」に絞った「解決」はありえるのか。
医療倫理、生命倫理を考える材料ならば、統一交渉団が厚労省交渉の場で取り上げることは「馴染む」ことかどうか?医療倫理は厚労省との交渉で確立する問題だろうか?

考えちゃいますねえ。
(リベル) 今度の18日の会議では「統一要求書」の第4の1の(3)で、ご覧のように扱われるようです。
とても実質的な真相究明作業とは言えない方向にナビゲートされていると感じています。

新潟大学の宮坂氏が、医療倫理学者のお立場から、発言されています。
ご参考までに・・・。


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(無題) 投稿者:はっしー 投稿日: 8月 3日(木)16時17分32秒   引用  編集済
お子さんを巡る問題は、捉え方が難しいですね

全療協ニュース8月号にも、この問題が掲載されていましたが
注)全療協:全国療養所入所者協議会の略称/ 定期刊行ニュース、毎月

検証会議の報告書の中で、胎児標本のうち生産児の可能性の
ある例について全療協等の意見を踏まえた上で関係当局に
対して検死の申出等を、行うとの提言があったそうです

この件についての、厚生労働省と警察庁あるいは法務省等との協議の
結果、胎児等標本については、死因を明らかにする為刑事訴訟法の
第229条に基づく検死、いわゆる司法検死を用いる事が相当でない
という見解で、関係各庁の協議結果が落ち着いてしまった様です


残念な事ですが、それが現在の交渉結果の状況の様です


 該当理由として、個人の刑事責任を追求する事を目的としない
 以上犯罪捜査の諸端たる司法検死にはなじまないという見解

 この件の110数体のうち、約半数の年代は判っていますが一番
 新しいもので、昭和31年と言う報告で、古いものでは大正時代
 80年以上前という事で、時効が成立し立件出来る見込みが皆無との見解

 長年経過した死体等については、検死のみで死因を究明する事が
 困難な為、結局司法解剖に委ねざる得ないけれども、事件として
 立件できる見込みが無いものを、司法解剖することは妥当ではなく
 仮に解剖したとしても、犯罪死の有無判断することは困難との見解


上記の見解が、全療協の予算要求統一行動における国立病院課交渉の
中で保留になっていた、胎児標本等の問題に対する外山課長の発言
として全療協ニュースの8月号に、記載されている点の概要です


入所者の方の気持ちは、それぞれに立場が違うので、先日の記載で
若干主観的に、書いてしまいまいましたが、どの方がどう思われるか
私の感覚で全てを、網羅出来る訳ではありませんが色々考えさせられます

国立療養所の中では、入所者のご夫婦の方達がご自分のお子さん代わりに
お子さんの人形や、しゃべるヌイグルミ等をお手元に置いて可愛がって
季節ごとに、お洋服のお着替えをさせてあげたりしている方も多いです
今でも、お子さんの話題は思い出して涙ぐむという方もいらっしゃいます

そう言う諸々の様子を見ると、何もかも表に出す事は必要で
あっても扱いが難しい面があるな、と言うのは実感ですが

それらの経緯を、行政側に事件回避の口実に利用されたくは無いし
又報道関係者の方達にも、それらの点を充分留意して頂きたいですね


現在、交渉としては、一番難しい局面に差し掛かっている様です


*これ以下の文面は、憶測も含んでしまいますが


大正時代の件については、もう親族の方が鬼籍に入られて
訴える側の当事者の方が、本人請求のしようも無い

ご遺族の関係者となると、当事者の方のご親族の方達になりますが
それらの方達にとっては、遠い昔の出来事になってしまいます
ご親族の方達の全てが、今の状況でその問題に係れるかどうか


*ここからは、私の勝手な推測ですが

全療協の神事務局長の「遺族の理解なしには、問題の解決はない」

と言うのは、当事者の方達だけではなくそのご親族の方達の
意向や、当事者の方達が、ご自分の郷里のご家族への配慮で
そういう問題を、声高に表に出せない 又は ご本人の
心情面での様々な、葛藤が大きいと言う意味でしょうか


当事者の方達の意向を汲み取って、個人事情にも即した
対応を当事者側からも、提言されている問題ですね


当事者の方達が、きちんと納得出来る結果を出さなければいけない


上からの啓発による施策に、対する疑問矛盾もありますが、もしかすると
当事者の方達の感覚と、それを支援する方達のそれぞれの感覚にも
微妙なずれが出ており、その辺りが実感として問題提起に対する
感覚のギャップとして、この掲示板上で前述されている方達の様に
色々な視点の違いとして、印象づけられる面があるかもしれません


115体として扱われている訳ですので、単純計算上では親御さんは
230名程いらっしゃる事になりますが、そのうち何名の方が今尚
ご存命中なのか、その辺りを考えるとやりきれない問題ですね
(おそらく、数字は保管の現存数で実態はそれを上回ると思いますが)


上記発表された事柄を前提として、類推するにほとんどの事例が
年代の特定程度が、やっとでその半数以上は個人特定さえ難しい
と言う保管状況で、ずっと長い歳月を過ごしてしまった様です

事件としての立件が成立しないから、それで終わりにして良い問題では
無くどういう形の終結が、一番望ましいのかを改めて考えさせられますね


問題の記載に関して、事実誤認その他誤り等訂正事項がありましたら
お気づきの方々にも、ご意見を頂きたくよろしくお願いします

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●参考にした資料

全療養ニュース8月号

統一要求書 第4 真相究明 検証会議の報告書の尊重
(リベル) 取り急ぎ、「全療協ニュース」8月号はこちらで読めますので、お知らせしておきます
外山課長の発言は、3ページ目です・・・。


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情報!が、如何に人を創って行くということか・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月 3日(木)06時43分18秒   引用
 はっしーさんからの、『胎児標本問題』の考察を読ませて頂き、以下の新聞記事を読ませて頂くと、その捉え方に微妙な ずれ を、感じています。

 >胎児標本問題に関しても「遺族の理解なしには問題の解決はない」と述べた。

と、有りますが・・・。このことも、変動(移動)させられる職員やトップ(厚労大臣)にいくら 心根 を唱えたところで、何処まで通じ、何処まで改革の必要性を感じてくれているものか・・・?が、過ぎります。

 この 胎児標本問題 は、上からの啓発による施策では、はっしーさんが 恐れる 、「ホルマリン漬けなどにされた我が子!」この現実は、なぜ?どうしてなの?という投げ掛けが、一般社会(世間)には、到底及ばないものと感じました。
 かえって違った 観念 を押し付けてしまいかねないし、第一、遺族の意向というものを何処まで、提起する側が押さえているのか?が、気になっているところです。

 私がこのハンセン病問題で過去の写真の多くを覗かせていただいた折、私が一番に衝撃を受けた写真が、この「ホルマリン漬けにされた胎児」の写真でした。そのとき、「わが子であったら・・・!?」と、いう私の想いも手伝ってか、“酷い!”“いつまで残せば気が済むのか?”と、いう感情が、働いたことを覚えています。
 この胎児標本問題は、多くの遺族の方の存在(115・116体?)を浮き彫りにしました。「守ってあげられなくてごめんね!」と、言う心情を、たくさんの方がお持ちであることも、認知できました。

 公にする前に、この件こそ、次善の策を様し、追悼施設の完備が国によって整う段取りが出来てからでも、公表は、遅くは無かったのではないか?が、気持ちの中に有ります。

 やはりこの問題は、胎児標本化がなぜ?つくられたのか!という背景を、市民レベルで論議され、同じ過ちを繰り返さない!を、問う大きな市民の輪の模索が、急がれているように思います。全てお任せ主義という思想からの脱皮を、自らの主権者意識を持った市民性を!が、これからの 鍵 だし、方向性の修正が出来る、市民間同士の 協働 が、まず持って必要なことだと、このHPのBBSから学ばされている気がしています・・・!!
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/ishikawa/news/20060802ddlk17040596000c.html

(リベル) 胎児標本数は、検証会議の最終報告書の時点では114体でしたが、
その後、一体、発見されて、現在では「115体」とされています・・・。


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「行政」の「仕事」・・・(;`つ´)怒! 投稿者:リベル 投稿日: 8月 3日(木)00時12分47秒   引用  編集済
この二つのページを、見比べてください。

  1)「わたしたちにできること」3ページ(PDF:576KB)
  2)「わたしたちにできること」(HTML版)

これの「ハンセン病療養所の全国配置図」を見比べてください。「入所者数」の違いにお気づきだと思います。

6月28日、厚労省のHPに「NEW」のマークがついていました。どこが「NEW」なのか分からなくて、疾病課に電話しました。「入所者数」だと言います。見ると「平成17年5月1日現在」となっています。「平成18年の数字が出ていますよ」というと、少し慌てて、「あ、有りました」という経緯でこうなりました。

そのとき、「対象は中学生なので、HTML版の方も修正して頂かないと」「あ、勿論・・・」という返事でしたが、未だに2)でご覧になるとおり「平成15年5月1日現在」の数字です。

終生の在園保障が、『第2回「ハンセン病問題に関する検証会議の提言」に基づく再発防止検討会』の重要議題に挙げられている今、です。

埼玉県ふじみ野市のプールの吸水口のさくが、針金で止められていて、戸丸瑛梨香ちゃんの大切な命が奪われました。厚労省のこれも、下請けに丸投げで、「NEW」のマークを付けたのでしょう。こちらは命を奪いはしませんが、しかし高齢な入所者の命が関わっている、重要な問題のはずです・・・ (;`つ´)怒!


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Re: 第2回「ハンセン病問題に関する検証会議の提言」に基づく再発防止検討会 投稿者:ひな 投稿日: 8月 2日(水)20時04分49秒   引用  編集済
> とにかく、腹が立って!!!!こういうの「神経過敏」というのでしょうか・・・?


 ほほうっ。リベルさんはそうとりましたか。私はまったく逆かも(笑)

 「ハンセン病問題に関する検証会議の提言」に基づく〜というそこのところをきちんとおさえておく事は大事ではないかと。そこがないとどっちに行くか危なくてしょうがない。冠がついていてもやりたい放題かもしれませんけどね。

 案外、検証委員さんたちがその点を要求されたのかな〜なんて想像してました。
 この受け取り方の違いにびっくり。リベルさんの思いの強さ…ですね。

 あっと、それとこれは「ハンセン病に関する検討会議」では言い得てないかも知れませんね。ハンセン病だけの検討会議ではないのですから。あくまでも人権侵害の再発防止ですよね。だからいろんな立場の人(いろんな病気の人も含め)が注目されていると思います。そのわりには情報がないですね・・・・。リベルさんだけが頼りかも♪


 今ちょっとリベルさんとこでいろいろ検索してみました。ほんとにすべて網羅されていますね。おみごと〜〜。
 ところで、これって期限というか期間ってどれくらいなんでしょうね。第1回が今年の3月でほとんど検証会議のおさらい会だったような感じだし…。


 私の返事は期待してなかったですか〜〜〜〜。すみませ〜ん(笑)
(リベル) いえいえ、とんでもない。大いに期待していました(笑)

鋭い突っ込みを頂戴して、おおいに反省したりしています。ただ私はいつも「お上」の
「ネーミング」には嫌悪感を抱くという悪い習慣が付いていまして。ついつい・・・

とにかく、会議の名前にまで「責任逃れ」を盛り込んでおこうという
さもしい「官僚体質」が、嫌で嫌で・・・

やはり「神経過敏」傾向ですね・・・(笑)
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第2回「ハンセン病問題に関する検証会議の提言」に基づく再発防止検討会 投稿者:リベル 投稿日: 8月 2日(水)18時27分20秒   引用
8月18日(金)14:00〜16:30/厚生労働省 専用第15会議室(7階)(東京都)
 #議案・検討会の当面のスケジュールについて
   ・講演(再発防止のための提言について)
   ・その他
 #「イベント情報」と「速報!朗報!」の重複掲載です。何故重複掲載するのか?
   タイトルが気に入らないからです。「検証会議の提言」があったから
   仕方なくやります、と言わんばかり。何故「すなお」になれないのか?
   単純に、「ハンセン病に関する検討会議」かなにかで良いはずです。

とにかく、腹が立って!!!!こういうの「神経過敏」というのでしょうか・・・?


ご免なさい、夕焼けさん、にわとりさん、北風さん、はっしーさんへの返事をネグっているわけでは、決してありません。良く拝読して、書くべきことに思い至れば、誠実に返事を書かせて頂きますので・・・。

もっとも、お前さんの返事なんぞ、別に期待してなんか居ないよ、と言われそうですが・・・(笑)
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もやもや 投稿者:北風 投稿日: 8月 2日(水)13時16分47秒   引用  編集済
「胎児標本」問題は、入園者には以前から知られていたのですが、弁護団が裁判の検証で「再発見」したわけですね。
この問題が「難儀」なのは、問題提起の主体が判然としないことではないでしょうかね。
(リベル) そうなんですね。だから今は、問題提起の主体は「ハンセン病問題対策協議会統一交渉団」
ということになるのでしょう。

今回の「統一要求書」でも触れていますが、結局当初言われていた「真相解明」は
不可能になったのでしょうか??

これは裁判の時の「最終準備書面・損害編」です。
こういうものは、いつまで経っても「新しい」のですね・・・。
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Re: この件で、私が大いに 悔しい こと 投稿者:はっしー 投稿日: 8月 1日(火)23時52分16秒   引用  編集済
>  『胎児標本問題』を、表面化したということの真意が汲み取れずに難儀しております!

当時の療養所の問題ある管理体制と、医療面での大きな矛盾
それを容認していた形のマスコミと、後押しした世論(一般市民)
あの時代の世論の厳しさの凄さは余り表に出ていない気がしています

その時代に、それを了承した事が、当たり前の事として園内に
受け入れざる負えない雰囲気が、蔓延していたと言う厳しい現実
国に養って貰う立場で、無収入な自分達が子供を産むのは許されない
という感覚が、ごく日常的なものとして当時あったのではないかと

当事者の人達でさえ、子供を産む事が自ら許されないと思わざる
負えないその時代の状況を、正確に描かれないと全容が理解されない

そういう当時の風潮と、それを否定しても逃れられなかった
人達では、同じ問題を受け止めるにも感覚に落差が出てしまう

一歩視点が違うと、大きな誤解を招き兼ねない問題ですね


埋葬が話題に出ていますが、実際の保管状況が劣悪で
親御さんの手元に戻す以前に、本人確認が難しい

と言う現実もあるそうです

本人確認が、出来ない場合はそのまま合祀して墓地を作るべきなのか
希望者に対しては、あくまで調査し親御さんの手元に返すべきなのか

また、その当時の事を思い出し受け入れられる心の準備を
同じ手術を受けた人達、全てが持ちうる問題なのかどうか


そして、そういう標本があるらしいと言う事は療養所内の方達の
間では、いろんな伝聞として検証会議以前にも何かの片付けの
際に目にしたと言う話や、どこかに乱雑に放置されていたのを見た
と言う話が、何十年も前から認識されていた様子がある事


そういう経過が、おそらく見る人の立場によっては
何故今頃になって、と言う反応になるのだと思います


胎児問題は、表向きは親子感染の危険性があると表現されて
現実の外科手術は、優生保護法を法的根拠として続きました
実態は、種の保存を阻止する絶滅政策の一つであったこと

標本が作られた意義は、医学的研究の為とされていますが
現実には、堕胎数が余りにも多すぎてその後継続的に研究を
された気配がまるで無く、便宜上研究の為にと言う形を取らざる
負えないが為に、そういう保管を続けていたのではないかと言うこと




ハンセン病は、抗酸菌である微弱な結核菌の一種で微弱であり過ぎる
為に、長い事培養地でさえも菌の培養も出来なかった程弱いと言う事
動物への菌移植で、着床した事例がアルマジロしか成功例が無い

という時代が、長く続いて菌そのものへの理解が進まなかった事


菌種が、三種類程に分類されており各々で後遺症の症状が違い
後遺症の状態は、重い軽いに個人差があり全てが同じでは無い事

従来言われてきた原因の遺伝体質に、拠る物と言う説は学説的に
信憑性に薄く疾患の発症原因とされた栄養不足云々よりも発症する
患者さんの菌への個人的な免疫体質の方が大きな問題だったと言う事


等、様々な要因が誤解を招きやすかった点の様です


治療法は1943年にアメリカで作られたプロミン(スルフォンス剤)が
効果がある事が判り、入所者の方達が結束してプロミン獲得運動を
必死に続けた結果、1948年には要求通りの予算を国に計上して
初めて、医療的なあるべき姿での対応が始まりました

この投薬による療法は、菌が薬に対して耐性が出来てしまい効かなく
なると言う傾向がある為に、1983年以降にはWHOの主導で多剤併用療法
(または複合療法、略してMDT)が日本でも療養所内で導入されました

DDS、クロファミジン、リファンピシンの三つの薬剤を組み合わせて
順次、一定期間内にサイクルを用いて代わる代わる投薬していく手法が
主流となりましたが、多剤併用療法(または複合療法、略してMDT)は
それまでの治療法に比べて効果的ですが

現実には、この多剤併用療法に関して研究が遅れていた為に適切な
処方が必ずしも、行われていたのかどうかに疑問の点があり

投薬の種類を、一種類のみで適用量以下で続けてしまった為に
菌が薬に対する耐性が出来てしまい、服用をしても後遺症が重く
なり、後に『多磨全生園内で医療裁判』を起こした事例の方の様に
初期治療段階では後遺症は軽かった方達が後に重度の後遺症に
なってしまった等という痛ましい事が続いてしまった訳です
(一種類しか処方されなかっただろう、と言うのはNHKのTV特集の際
 カルテ画面が映し出されたシーンからの推測で資料確認はしていませんが)

多剤併用療法のメリットは、複数を併用して適宜なサイクルで打ち切り
薬に対して、菌が耐性を作って後に効かなくなるのを防ぎながら治療する
ものでそういう初歩的な、段階にミスがあったのがこの裁判の意味付けです


 こういった事例は、この方特有の問題では無く多くの方に
 現実に起こっていた、事例だろうと予測される問題です

この裁判事例が、先駆けとなって後に療養所内に医療監視機構が整い
セカンドオピニオンが確立し、本人に保険証が無い為に療養所以外の場所へ
通院、入院をするには、必ず療養所から相手先へ紹介が必要だったと言う
従来の形式から、個人の意思で自由に外来したい病院を選べる様になりました


その為に、療養所の医療体制の矛盾に疑問を抱き嘱託医から
個人開業をした並里先生の診察所にも皮膚科外来として社会復帰者の方
だけでなく、入所者の方達も、自由に通院する事が可能になった訳です


けれど、この医療監視機構による新しい医療体制はデメリットも
生み出していて、療養所内で別な疾患を患った人達が通院や他の
転院手術等をした際に、その後の対応が人によっては不要とも
思われる程の頻繁な手続きや、説明や、投薬の確認等も行われる
場合もあり、この医療機構が監視していれば、現実に何も問題が
起こらないかと言えば、書類上の体裁が形式的に整えられた分だけ
何かの際に、言い訳の口実にされ兼ねないと言う一面もあります


堕胎問題では、療養所内の医師の方の中にもこの多剤併用療法以後に
行われる強制断種行為に、疑問を抱いていて完治すると思える
人達を相手に、自分が外科手術を手伝わなければならなかった

当時の立場を、苦痛に感じ今尚、嘆いている方もいらっしゃいます

何故早くその当時外科を辞めなかったのか?との疑問も出ますが
想像するには、堕胎問題以外の外科処置をする人がいない限り
自分が辞めると後が大変だと思われた言う事だろうと思います



らい予防法廃止までは、優生保護法を裏づけとして強制断種は
法的根拠があるものとして、1948年以後も認識されていた為療養所の
医師としては仕事を任されれば、そうせざるおえなかったとの事


それぞれに、菌種に関する対応の違いに関しては医学的研究が
もっと現実に即して、進んでいれば無意味な胎児問題に象徴される
様な標本も、強制断種も、全く不要であったと言う事がもっと
根本的に、問われてもいい事の様に思います


問われるべき事柄は
「胎児の標本そのものではなく、それが作られた背景ではないでしょうか」


また、この手のデリケートな問題を世に問う場合に
当事者の方達は、様々な立場の違いが有り精神的にも
大きな動揺をせざるおえなないので、その点でのフォローアップ
体制に関しても、もう少し問題として扱われていい様な気がします


医学的な記載に関しては、不勉強な点も多く誤りや
修正すべき点がありましたら、ご指摘くださいますよう
よろしくお願いします

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●参考にしたサイト一覧

【ハンセン病に関する記載】
・ご存知ですか  国立駿河療養所  所長 江川 勝士 記載

・ハンンセン病トピックス−国立感染症研究所
   *上記の、URLは記載しないので見たい方は検索してください

【医療裁判に関する記載】
・発信塔−ハンセン病市民学会[インドネシア便り][9]和泉 眞藏医師 記載


●参照したTV番組

・NHK教育テレビ 「福祉ネットワーク」
『ハンセン病 終わらない「隔離」 〜退所者たちの日々〜』
  再放送は8月2日(水) 午後 13:20〜13:49

・NHKクローズアップ現代 5月8日(月)放送
 ハンセン病 奪われた命 〜胎児標本はなぜ作られたのか〜


●参考にした書籍・資料

【ハンセン病に関する菌種の違いについて】
・生きる日、燃ゆる日 ―ハンセン病者の魂の軌跡 国本衛 著 毎日出版社

【ハンセン病全般の記載】
・検証会議資料
・復権の日月 全療協 出版

他 入所者の方達の自伝を参考にしました


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チャット見たいですね。 投稿者:北風 投稿日: 8月 1日(火)22時00分58秒   引用  編集済
僕等も先週「ハンセン病問題セミナー」を行いました。
http://www.tenro.net/lib_hansen/bbs_friend/light.cgi

それは、何かに乗っかって「支援する」というような「実践」ではなく、それぞれの現場で主体的な実践を積み上げることではないでしょうか。
そのことによって「立派な理論家」になり「どんな論争にもたじろがずに意見を闘わせること」のできる人間を作っていけるのではないですか?
教育の大切なことは、無批判な同調者を作ることではなく、主体的、客観的な冷静な批判的精神を持つ、そういう人間を育てることではないですか?


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具体的な実践 投稿者:にわとり 投稿日: 8月 1日(火)21時41分18秒   引用
差別をなくすための「具体的な実践」って言うつもりでしたが・・・。北風さんにも私たち学校現場の人間が取り組まねばならない「具体的実践」への示唆を是非いただきたいです。よろしくお願いします。なんかついつい日常的な「多忙感」をいいわけにしている自分がいます。別府の実行委員会も少ないときは3〜4人で集まりを持つこともありました。広がりをどう作るか・・・、大きな課題なんです。


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悪いけれど 投稿者:北風 投稿日: 8月 1日(火)21時24分45秒   引用  編集済
そういうことを言うと誰もハンセン病の人を相手にしなかったとき、光田健輔だけが一所懸命に向き合った。彼自身は、定年退職するまで官舎住まいで家一軒持たなかった、子どもはハンセン病の医者にして娘はハンセン病の医者に嫁がせて、一家を挙げてハンセン病のために尽くした。

そういう「具体的な実践」には、誰もかなわないという話になる。
真摯な議論や真面目な批判を、「先ず実践」という形で逃げてはいけないと思う。


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人間の壁 投稿者:にわとり 投稿日: 8月 1日(火)17時24分1秒   引用
今日は一日学校でした。仕事の合間に石川達三の「人間の壁」を読みました。1950年代後半の学校現場に吹き荒れた合理化攻撃(人員削減攻撃)をあつかったものです。でも、案外と今の教育界にだぶって見えてくるところがたくさんありました。
 そして感じたことは、机上(PC上)での論争は無駄ではないでしょうが、しかしどんなささやかな取り組みにしろ、具体的な行動(実践)の前では無力ではないかと言うことです。今私たちがやろうとしていることは、自分たちが立派な理論家になることではなく、またどんな論争にもたじろがずに意見を闘わせることではなく、「自分たちにできることは何か?」「身近な仲間と取り組めることは何か?」そんなことの実践の積み重ねではないかと思っています。「人間の壁」を読みながらふと感じました。尾崎ふみ子と言う一人の女教師の身の回りに起こる様々な動きの中で、彼女自身が少しずつ「行動」することを学んでいっているように思えました。
 早いうちに中山監督を別府に招いて今後の取り組みを考えていきたいなあと思っています。


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この件で、私が大いに 悔しい こと 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月 1日(火)06時16分46秒   引用
 昨年の熊本で行なわれた、市民学会設立総会時に西南学院大学の平井佐和子女史から、「藤本事件」についての“今後への示唆”についてお話が有りました。

 その時点では、「藤本事件」を「菊池事件」と、改名させて頂くというようなお話しが有り、その改名への件に対し、平井女史がステージから降りられフロアの自席に着くや否や、不躾を省みず、「先生!変えなければならない事情そのことに問題があるのでしょう!?まずはそこに労力を注がないで、この「藤本事件」の今後はありえない!」(私)・・・、「わたくしも、変えなければならないことには 不満 を持ち合わせていますが・・・、貴重なご意見と、させていただきます!」(平井女史)
 大まかな会話内容ですが、間違いのない事実です。

 「藤本事件」と、これまでマスコミにも謳われ続けたこの「事件」が、関係・当事者に配慮せざるを得ないという現実をつくってしまった事に、スタート時点での 藤本事件の映画化 への、不安を持ち合わせていましたが・・・、製作実行委員会も立ち上がり、これで一安心!と、感じていましたが・・・。

 北風さんがこのBBSに7月5日に発信してくださいましたが・・・、それ以前に山下峰幸さん・北風さん・権兵衛 さん・心配性さんが、持つ不安は私にも有りました。

 その部分に触れた、私の想いを貼り付けておきます。


気概、気合!!を、持っての行動だったのでしょうか? 投稿者:夕焼け 投稿日:2006/06/17(Sat) 19:54


 『胎児標本問題』を、表面化したということの真意が汲み取れずに難儀しております!

 一体、世間に公表した、公表するということが如何なる目的で成されたのか?が、理解できずにいます。

 この問題を私たち(特に有権者)の問題であるというところに結びつけることが出来てこそ、この『胎児標本問題』を、公にするということの意義が、被害者の触れたくないと切望している方々の心情と引き換えにしたのではないか?が、私の問いたいところです!

 「藤本事件」も、映画化が目的でなく、何のための映画化なのかがまだまだ議論尽くされていないし、映画化の前にしなければならないことが、まだまだあるように思えてなりません!

 藤本松夫さんに拘わる資料など、全てを網羅しているのか?が、頭の中を駆け巡っています。なぜかというと「F事件」にしなければならないという事実が有り、このことから映像による 最も世間に訴えることが出来ると思われる媒体 が、その脚本内で活かされるのだろうか?が、常に付いて回っていたからです。
 資料群を追えば追うほど、彼の 人 人物 が、見えてきます。その彼の嘆き、苦しみ、怒り・・・、それらを乗り越えたと思える「絶望からの希望!!」その悟りに近づけた、その時の国の仕打ちは、なぜ? その処刑はなぜ?行われたのか!?

 絶対隔離に大きな波紋となる 要素 が、藤本松夫さんが生きていくことであったのではなかろうか?それこそ民衆、世論、民意の大津波に成り兼ねない!そのことで不利益を被る 存在 が、見え隠れして成りません!!

 自分の蓄財された財政や、信頼されたスポンサーからの製作映画化ならば、口などはさむ必要など毛頭無いのでしょうが・・・。

 中途半端な「胎児標本問題」の表面化!
 中途半端な映像による世間への投げ掛け!

 この「ハンセン病被差別化問題」の深化は、我々市民が持つ 主権の行使 をこれからどのように使いこなしていけばよいのか!!と、いう大きな提起でもあり、課題のはずです!世間に与える影響がいかほどのものか?が、常に試されていることを熟知しながら、啓発する必要を感じています!

 中途半端な「惻隠の情」では、ハンセン病を患ったことがある方々に申し訳が無く、一市民にでも出来ること!を、探っています!!

以上です。


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私の意見表明 投稿者:ひな 投稿日: 7月31日(月)14時31分52秒   引用  編集済
 夕焼けさんが、どうして私の書き込みでもうやめようと思われたのかわからないのですが、私がポツンとわけのわからないことを書き込んだ理由は、にわとりさんの書き込みで気づかされたからです。

 私は「新・あつい壁」に対するあちらこちらの危惧の声を知っています。もちろん、その声の中には私が直接お会いする機会のない方もいらっしゃいます。そのことも踏まえ、私は意見表明しておこうと思ったのです。
 それも、にわとりさんの書き込みがなかったらいつもどおり知らんふりだったと思います。私がなにを言ったからってなにも変わらないし、私の一言にはなんの力もないのはわかっているからです。

 でも、にわとりさんの書き込みで気づかされたのです。
 私の立ち位置はどこだ。そのことはご縁のあるリベルさんに伝えておく意味はあるのではないか…と。
 意味というのは私にとっての意味です。リベルさんに伝えることで私は今、傍観者ではなくなりました。
 にわとりさん、ありがとう。

 >リベルさん
 本当はもっともっときちんと説明すべきなのでしょうが、今は書けません。私に力があればそのさじ加減もできるのでしょうが、残念ですが無理のようです。憶測が憶測を呼ぶのはさけなければならないと思っています。

 作られなければよかったということになるかならないか、たぶん、私の力にかかっていますね(笑)

>夕焼けさん

 あのね…、ごめん…、もうちょっとだけ私にもわかるように書いてくれない?私が差別とか、運動とかまったくうといの知っていますよね(笑) 夕焼けさんがとっても大事なことを言おうとしているのはわかるんだけど…。

>北風さん

 の文章はシンプルでとってもわかりやすいです。的確にポイントがおさえられています。マネできるものならしたいです。
(リベル) ひなさんの仰有ること、とても、とても、良く分かりますよ。
「もっともっときちんと」説明なさらなくても・・・
「立ち位置を伝えておく意味」というお話も・・・

ただ、これは・・・

「たぶん、私の力にかかっていますね(笑)」

確かに、分からない・・・(笑)夕焼けさんの文章より遙かに難解です・・・(笑)(8.1 00:40頃)


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追記― 投稿者:夕焼け 投稿日: 7月31日(月)06時36分11秒   引用
頂いた、『壁をたたく音が聞こえる』内の、関原(せきはら)勇 弁護士の“悼む 藤本松夫―23回忌追悼講演―”の論考は、多くを考えさせられました・・・。感謝の念が覆います。


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この お言葉 を大事と信じて! 投稿者:夕焼け 投稿日: 7月31日(月)06時26分24秒   引用
リベルさん発信の、
>どうぞ、自由にいろんなご意見をください。私は、大切なことだと思っています。

 この発信が無ければ、「リベルさんに申し上げます」を、読ませて頂き、このBBS内での論議は控えさせて頂こうと、考えていました。

 昨年、菊池恵風園内で ある方 に、「読んで欲しい!」と『壁をたたく音が聞こえる』―ハンセン病患者冤罪処刑藤本事件に再審・無罪を― と、いう一冊の本を頂きました。
 私は、「藤本事件」を“ある病気であったが故の・・・。”という側面と、“ある病気でなかったが(当初よりの誤診、若しくは軽くて怖れる必要の無い自然根治)故の・・・。”という大きく二つの観点から考えていただけに、頂いたこの本は私にとって大事なものとなりました。

 このハンセン病被差別化問題の現在の先駆者的存在である弁護士が、再審の取り組みの重要性についてもふれた中で、“映画「新・あつい壁」の成否が F事件 に関する今後の取り組みの重要な 鍵 になる”と、今年五月の富山で行なわれた市民学会の総会以外の場面でも話題になっていたことを聞き及びました。

 この事実と、リベルさん発信の、『読売新聞から 投稿者:リベル 投稿日: 6月28日(水)23時43分11秒 』内の
>《記者の感想》
 ◆「仕事を全う」姿に感銘
 「藤本事件」を題材に撮影しようとした理由について質問を重ねると、中山監督は困った様子で「私は映画監督。撮りたいから撮る。あなたが新聞記者としてハンセン病問題について書くのと同じ」と強い口調で答えた。
 その語気の強さに一瞬驚いた。と同時に、厚労省の委託を受けて発足した「ハンセン病問題に関する検証会議」の最終報告書で、強制隔離政策が継続された理由に、社会の責任ある各層(医学界、法曹界、教育界、報道機関など)がそれぞれの役割を果たさなかったからだと指摘されていることが思い出された。熱心に語る姿から「監督は自分の仕事を全うしようとしている」と感じ、早く「新・あつい壁」が見てみたいと思った。(牛島康太)(読売新聞 2006.06.25)

 この2点が、ここ ひと月 ばかり、私を悩ませていた要因です。


 昨年の、熊日・・・、「藤本事件」 映画化へ始動 27日、製作実行委設立 を貼り付けておきます。時間のゆるす方は・・・。
http://kumamoto.cool.ne.jp/nakayama2005827/kumanichi20050827.html



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映画 投稿者:きょうこ 投稿日: 7月30日(日)23時01分0秒   引用
遺族の件ですね。裁判のときも遺族は、ほとんどの人が反対していたんでしょうね。現在講演活動している回復者の方たちの家族も、活動には反対している方も多いでしょう。療養所に暮らす方たちも、啓発しないでほしい、そっとしておいてほしいという方もいるでしょう。
それほど家族も差別に苦しんでいる。しかし、だからこそ啓発はやらなければならない。
むずかしいですね。


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ここが一番 投稿者:北風 投稿日: 7月30日(日)21時28分34秒   引用  編集済
藤本さんの遺族、関原弁護士を納得させられない企画というのはなにか。
(関原弁護士は「今回、シナリオの書き方が、あまりにも「事実」と乖離し、一歩間違えば「死者に対する冒涜」になりかねません」といって、私費で事件の資料集を刊行しています。関原さんは映画化そのものには反対していなかったと思います)
その乖離をきちんと埋めないまま、見切り発車する理由は何か?

事件から何十年たって、そこをあいまいにしたまま、なぜ今突然、強行しなければならないのか。
今まで何十年作られなかったのです。そうしたことをあいまいにしたままなら、「作られないこと」のほうがいいこともある。

その一点に限っても映画の「内容」に疑問と不安を抱かざるを得ません。


【注】弁護士の名前を間違えていました。関原勇弁護士。


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素朴な疑問 投稿者:心配性 投稿日: 7月30日(日)20時44分32秒   引用
【映画化には誰も反対はしない】
という書き込みを見て素朴な疑問がわきました。
遺族は、賛成だろうか。

この点への配慮が最も危惧することです。

ましてや、被害者の遺族も配慮しなければならないと
思うのです。
リベルさんいかがでしょうか?
(リベル) おっと、ごめんなさい・・・。名指しで問いかけを頂いていました。

まず、「【映画化には誰も反対はしない】という書き込み」は無かったのではないかと思いますが、
それはさておき・・・

そちらの方の専門家ではありませんが、どんな映画を作るにしても、
地域社会だとか、個人だとか、行政だとか、子供に与える影響だとか
配慮しなければならない対象は山のようにあると思います。

まして、社会性を伴ったテーマを扱うとなると、私などには想像もつかない
乗り越えるべき難題が山積しているだろうと想像します。

心配性さんの仰有る「遺族」「被害者の遺族」への配慮も最大限になされることだろうと
私は、信じ、安心しています。

中山監督の手腕を、見守っていこうと、私は思っています。(8.1 00:30頃)


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リベルさん 投稿者:にわとり 投稿日: 7月30日(日)20時42分20秒   引用
ありがとう。実はハンセン病の問題をテーマに地元のテレビに出ました。3分間でしたが・・・・。先週夜11時前、で、昨日の朝6時55分から。さっき夕方近くを歩いていたら、隣のクラスの子どもが(この子は腕白ものです)「先生、ハンセン病のことでテレビでちょったなあ。見たで。」と言ってくれました。こんな小さなことの積み重ねですね。そして、映画はこの思いをぐっと高めてくれます。中山監督は正直とっても悩んでいます、そして必死です。あの方には何の打算もありません。70になろうとしながら純粋に何とかしたい、なぜこんな差別が許されるのかという熱い熱い思いです。だから「あつい壁」なんだと思います。みなさん応援団になって下さい!!!


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映画のこと応援します 投稿者:きょうこ 投稿日: 7月30日(日)14時14分25秒   引用
映画をつくることになって、賛否両論があり、むずかしいですね。
わたしは、単純に、今作ることのできる映画をつくればいいと思います。それが、ハンセン病の理解を妨げるものであれば悪いけど、いろいろな立場の人のことを考え、調整して今これならつくれるというところで落ち着いてきているのでは?

中山監督もひとりの人間。批判が多ければ、めげてしまうのではないかと心配です。
今、作らなかったら、誰がつくるでしょう。
中山監督でなければつくれないし、今でなければ、10年後にはつくれないと思います。
わたしも「新・あつい壁」の映画制作の成功を願い、応援します。
(リベル) >中山監督でなければつくれないし、今でなければ、10年後にはつくれないと思います

これが、とても強い、強い、メッセージなのではないでしょうか。

基本的なスタンスをここに置いて、それから何か、問題が有るのなら、それを「付随する問題」として
考えて、解決すれば良いのではないかと、そう思いますが・・・。

どうぞ、自由にいろんなご意見をください。私は、大切なことだと思っています。


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にわとりさん、ひなさんへ 投稿者:リベル 投稿日: 7月30日(日)02時02分26秒   引用
>精一杯制作上映に向けて協力していきたいと思っています

>私は「新・あつい壁」、必ず成功させてほしいと思っています

これを拝読して、熱くなりました。単純な反省からです。

私は、7月6日04時04分30秒の書き込み以来一貫した考え方を貫いています。それは今も変わりません。就中「冤罪」の扱いが一向に明白にならないことに、いささか苛ついてもいます。

しかし、今、思ったのです。「油っ気の切れた、鶏ガラみたいな」発言を続けているなあ・・・ (;´ρ`)ダメジャ コリャア

大事なことに気付かされました。お二人の仰有るように積極的に、前向きに応援していきましょう。根底には、それをシッカリ据えておかなければいけないなあと思いました。

「冤罪」のこと、気になるのなら、はっきりそうと中山監督なり坂本氏なりにメールすれば良いのです。靴底を隔てて足の裏を掻いているようなことは、ウジウジと雄甚句債(変換するとこうなりました。判読してくださいな・・・笑)!!

そんなことは、もう止めようっと・・・

ひまわりの中の茶色の部分は実は小さな花の集まりなのだそうです



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リベルさんに申し上げます 投稿者:ひな 投稿日: 7月29日(土)22時17分12秒   引用
 私は「新・あつい壁」、必ず成功させてほしいと思っています。

 ハンセン病の問題は、知れば知るほど自分の理解を超えた事象があらわれて本当に驚かされ、いつも、そのことに想像がおよばなかった自分に自己嫌悪を覚えることになりました。
 今度のこの映画化に関してもまたそうでした。
 中山監督は、「今できること」を精一杯しようとされているのだと思います。それは尊いと思います。私にはできないことです。詳しくは今は書けません…。お許しください。


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(無題) 投稿者:夕焼け 投稿日: 7月29日(土)19時17分56秒   引用
 藤本松夫さんは、熊本刑務所菊池留置所(松夫さん自身は 獄窓 という表現をよく使っていますが)から多くの発信をされていました。その発信に対して心ある僚友の方々・多くの著名人・心ある一般人の皆さまの 心 を掴んでいった!!と、いう現実を現世に生きる私は知ることが出来ました。

 当時の松夫さんを救いたいと熱望していた皆様は、参画型民主化(松夫さんを救う会) の流れを既に実行していたとも思えます。この動きは当時の権力・監理・搾取側にとっては、大きな恐怖であったことは否めないようです。
 第4の権力と言われるマスコミは、今のような統制機能(スポンサー第一義主義による国民誘導)は、当時としてはまだまだゆるかったのではと感じています。と言うことは、当時こそ権能側にとっての恐怖は まさに意義ある第4の権力の存在ではなかったのか?が、感じ取れます。

 葉隠れ精神を持ち合わせたジャーナリストの存在こそ、当時も現世も権能側にとっては、恐れおののく 存在 だったと確信していますが、当時の民主化運動の流れは、現在の そこそこの飽食の中 に活かされている我々より遥かに、民主化の 意義の追求 を求められた方々は多かったと、この「藤本事件」に拘わり・・・、感じています。
 この点からも、市民(主権者)のそこそこの幸せ感を与える、与えられることが如何に、主権の行使に疎い存在を創り上げていること!と、言えそうです。

 藤本松夫さんの「い・き・る」という行為を、深めれば深めるほど・・・、私自身への提起の多くが見えてきます。
 この提起は、すんなりと見過ごすことなく、じっくりと鑑みていける自分でありたい!と、このことを今の私は自身に祈るのみです!!

 当時の権能側がせざるを得なかった、危険極まること(不自然な中での処刑実行)!そのことを知りつつ理不尽な行為に及んだ裏側には、「光田論理」を強引な盾に推し進め、後戻り出来ない大いなる大罪(強制・絶対隔離の不必要性が為の隠蔽処刑行為)を、松夫さんの命と引き換えにした!としか、今の私は読み取れません!この推察で行けば、厚労省・行政との協働による「藤本事件」を題材にした映画化はありえないのかもしれませんね・・・!

 松夫さんを 好き になってしまった当時の救う会の方々には、松夫さん 抹殺 の一因に『我々の民主化を求めた為の犠牲』と、位置づけられている多くの 心ある存在 を、私は感じています。
 この事件は 冤罪 の証明はもとより、ハンセン病という病気の当時の病理学的な認知度・認知証明の情報開示の不作為さがどうしても必要であったとしか思えません!彼らにとっての危険極まり無い隠蔽工作(不自然な中での処刑実行)はどうしても必要であったのでしょう!!これからのこの事件の考察はこの一点、「なぜ?その隠蔽工作が必要であったのか!?」に、据えておこうと考えています。

 宮崎松記の病床増設論などに目を通すと、当時の矛盾点があからさまに、見え隠れしてきます。絶対隔離・終生隔離の裏側に今後も迫っていきたいと、思っているのですが・・・!!


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苦しみ悩み、引き出すという行為!? 投稿者:夕焼け 投稿日: 7月29日(土)11時54分38秒   引用
 私がこの「ボロ雑巾」という表現に遭遇したのは、中山映画株式会社<<企画者>>内の、坂本克明氏の「藤本事件について」という論考からでした。
 彼の論考内より抜粋させて頂きますね!

>昭和59年11月21日、私は保護司である藤岡身武美氏(故人 湯前町在住 元慈光保育園長)の叙勲祝賀会に招かれそこに出席しました。会が終わってから、私は一室に招き入れられました。そこには、今では法務省機関の責任者に就いておられる方が既にいらっしゃいました。そして、彼はこう言われました。
 「藤本松夫さんの最初の裁判の時、私は書記官をしていました。裁判長が証拠のタオルを提出するように言われたとき、私は割箸でそのタオルをつまんで持っていきました。当時、裁判に関係した者の誰もが、国選弁護人でさえも、差別と偏見をもって裁判にあたり、それは事務的に進められたのです。どうか許して欲しい、1人の人間として扱わなかったことを・・・。私たちは ボロ雑巾 の様に彼を扱ったのです」私には、返す言葉もありませんでした。<   以上が抜粋です。

 坂本氏も返す言葉がなっかたといわれるほどに、元書記官であった方の勇気ある 自戒の念 としての ボロ雑巾 表現は本人の体験談からの提起と受け取れ、大きくうなずけるものを感じます。

 製作の趣旨 内にも記述されていますように、
>“検証会議”でも指摘されましたとおり、<  この部分に当たるのでしょうが・・・。

 私は、差別化・問題を考える時、被差別化された方々の中からの、人としての権利の主張に胸を昂ぶらされ、学ばされてきた様に思います。その自身とも・社会とも、そして、仲間内の中からも闘い、権利の主張(主権の行使)を貫いてきた生き様・人間模様を鑑みた時、どなたも「人間回復」など、叫んでなどいないのではないか?と、感じ。権利の主張として、被差別化された多くの代弁者となり主張しているに過ぎない!と、考えるようになりました。

 未だ私は、自身の中にも差別化につながる多くの言葉と言うより、差別するという 根っこ を持ち抱えていることに批評・批判する過程に於いて気が付かされます。
 しかし、このあぶり出しによる自覚は、些細なことにも提起する、論評を持ち合わせていることがまず持って、被差別化問題の考察には欠かせないものと自負しています。

 この掲示板で、お若い「焼きなす」さんの問いに、真摯に答弁していくその姿に自主からの自発性を引き出していくという本来の参画型民主主義の一部分なのでしょうが・・・、触れられた気がしております。

 昨夜、あるお方より、この映画は、「藤本事件」をモチーフにさせては頂いたが、あくまでもハンセン病啓発映画として主眼はあり、「ボロ雑巾」と、された偏見を問う映画として期待して欲しい!と、お話しが有りました。

 私事では有りますが。今回の 北風さん・山下さん発信に於いて、私はこの「藤本事件」をより見つめ直すきっかけとなったような気がしております。狭山事件の石川さんと同じ香りがする、松夫さんを感じる時がありますが・・・、松夫さんの40歳を前に抹殺された事実とのその差異は、しっかり肝に吸えた中での今後の動きに期待したい一人ですが、松夫さん殺人からの時間の経過が・・・、今はとても悔やまれます!!


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新・あつい壁 投稿者:にわとり 投稿日: 7月29日(土)08時18分58秒   引用
 なぜ「新・あつい壁」の制作について前向きな論議にならず、批判的な論議になるのかが私には理解できないんです。中山監督の熱い思いに直接ふれてきた一人としては「??」となるのです。みなさんのご意見を読んでも、今一歩「なぜ問題なのか?」と言うことが理解できません。と言う私も、まだまだ何のお手伝いもできていないんですが、精一杯制作上映に向けて協力していきたいと思っています。
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夕焼けさん 投稿者:リベル 投稿日: 7月29日(土)02時40分41秒   引用  編集済
レス欄に書いたのですが、文字数がオーバーだ、と拒絶されましたので、スレを立てました。

中山監督の言葉は「制作の趣旨」に書かれているのですが、もう一度その部分を
再録します。

『今回の映画のテーマである「藤本事件」は、“検証会議”でも指摘されましたとおり、
戦後の“ハンセン病”差別の象徴ともいえる事件です。
そこには、“ハンセン病”者として「ボロ雑巾」のようにあつかわれた一人の人間の“人間回復”への叫びがあります。
そこに関わった司法関係者のみならず、私たち一人ひとりが自らの問題として、
もう一度問い直すべき大変重要なテーマであると考えます。』


夕焼けさんの仰有る「ことば」の観点での私の感想を書きますと・・・

1)「ボロ雑巾」というのは、他の言葉でも良かったのではないか?とは思います。しかし一方
そこには、表現者としての強調の意図が「誇張」になって現れてしまったというところが有るのではないか?
とも思うのです。
だから、「ボロ雑巾」という表現はそう気にすることもないのではないかと思っています。

2)夕焼けさんは、「人間回復への叫び」に違和感を禁じ得ないと仰有っています。
中山監督は、『藤本松夫氏が「人間回復を叫んだ」』とお書きになっているのではなく
「藤本事件」という事件には、「人間回復への叫び」が内包されている
という意味でお書きになっているようなので、私はこれでも良いのではないかと、そう思うのですが・・・


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リベルさん 投稿者:夕焼け 投稿日: 7月28日(金)08時33分13秒   引用
 「学べる場」としての書き込みをさせていただきます。

 北風さん発信の、山下峰幸氏の論考に 動揺 を越えたものを感じてしまった 独り です。

 シナリオを必読出来ていない状況下での発信は、控えるべき!が、頭をもたげ書き込みに躊躇していましたが・・・。
 山下論考を繰り返し目を通していると、「焼きなす」さんの、疑問からの提起を見習いたくなった次第です。

 以前から、あるHPのBBS内にも度々、「藤本事件」についての 己想 は書き込みさせていただいていましたので、映画「新・あつい壁」の動向には、不信感有り、期待感有りの堂々巡りが、心層の中で動き回っていたようです。

 今は、北風さん・山下さんの公の場としての発信に ハンセン病被差別化 ・・・「被差別化」する、されるという社会形態を、探る一助として この大いなる提起に拘わっていきたいと思っておりますし、藤本松夫さんの死を見つめていきたい想いです。よろしくお願いいたします!

 中山監督の 制作の趣旨 内の「こ・と・ば」が気に掛かっています。小さな事と言ってしまえばそれまでなのでしょうが・・・、ことばは、"たかが・・・、されど・・・”と感じていますので、その部分を提起させていただきます。

>そこには、“ハンセン病”者として「ボロ雑巾」のようにあつかわれた一人の人間の“人間回復”への叫びがあります。

 この部分に触れるとき、何か違和感を感じ得ません!・・・、本当に「人間回復」への叫びだったのか!?と、言う点です。
 ボロ雑巾と言う言葉からは確かに人間回復と言う言葉でも良いのかもしれませんが・・・。


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Re: 学校で… 投稿者:北風 投稿日: 7月28日(金)03時46分27秒   引用  編集済
> 「かわいそう」は適切な言葉でないと思います。

そののとおりです。これは焼きナス君の感覚が非常に真っ当だと思うよ。
なぜならば、「かわいそう」というのは、自分を関係のない高み置いていて、問題はまったく「他人事」だからです。
焼きナス君はそれを直感的に読み取ったのだと思います。

リベルさんは、「かわいそう」「ひどいなあ」「なぜこんな理不尽なことが?」「腹が立つなあ」・・・と連続した感覚があって、行動を起こしています。つまりその心の動き総体として「かわいそう」とは立つ位置が違っているのです。
その感覚を大事にしてほしいと思います。
(リベル) 北風さん、鋭い、そしてとても大切なご指摘を有り難うございました。

焼きなすさんが感じたとおり、「かわいそう」で完結してしまってはいけないのですね。
それを心に突き上げてくる「衝動」のようなエネルギーに変えて、「行動」に移りたいと思います・・・。


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学校で… 投稿者:焼きなす 投稿日: 7月27日(木)23時58分25秒   引用
今日は学校に行ってハンセン病のビデオを
見ました。その後全員で感想を書き、私は集める
係だったんですけど、「かわいそう」と
書いてる人がちらほらいました。すごく
腹が立ちました。「かわいそう」という言葉で
済ませることでないと私は思うし、
「かわいそう」は適切な言葉でないと思います。
もっと真剣にビデオを見て欲しかったです。
私の言ってることっておかしいのでしょか?
(リベル) 私が最初にハンセン病に興味を引かれたときを、思い出してみました。
加賀田一氏の「島が動いた」という本でした。

初めに「かわいそう」と思ったかもしれないなあと思います。
「かわいそう」「ひどいなあ」「なぜこんな理不尽なことが?」「腹が立つなあ」・・・
というような、心の動きだったようにも思います。

出発点は「かわいそう」でも良いと思うのです。
ただ、焼きなすさんの仰有るように、「かわいそう」で済ませてはいけないのでしょうね。

それから、何を考えて、何をするか?その後が大事なのだろうと思っていますが・・・。


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昨夜のTV〜退所者たちの日々〜 投稿者:リベル 投稿日: 7月27日(木)01時30分17秒   引用
山下ミサ子さん(仮名)が出て居られました。並里さんとの出会いが無かったらと思うと、ゾッとすると同時に、適正な医療活動を怠った△△医師に本当に腹が立ちます。

参考になるサイトをご紹介しておきます。

和泉真蔵氏の「インドネシア便り」

「ハンセン病ニュース」の「医療過誤訴訟」(これは下から逆に読んでいった方が分かり易いです)

特に、和泉氏の痛烈な批判は、絶対に見逃せません・・・。


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厚生労働省 改正す 投稿者:菊池一郎 投稿日: 7月25日(火)21時18分16秒   引用
私が2004年8月26日に書いた文章です。以前の中学生のための厚生労働省のパンフレットの説明に文句をつけた文章です。

ハンセン病は ただれる病気か

>Q2 ハンセン病とはどんな病気か
>A 「らい菌」という細菌による感染症であり,神経がマヒしたり,>皮膚がただれたような状態になるという特徴を有する病気です。

ここに ただれる とありますが、ハンセン病がただれる とは 正しい表現ではありません。教科書にも書いてないし、小生もみたことはありません。
ただれる は 医学的にいって 糜爛(びらん)といい 少なくとも湿潤面があります。
しかし、まったくないかというと、そうもいいきれません。昔の教科書には らい性天庖そう というものがかかれ、大きな水泡をきたし、それが破れるとびらん面を呈します。また、腫瘍(らい腫)が、組織破壊をきたすと、ただれるといっていいと思います。菊池恵楓園に残された写真にも、おおきな包帯があり、だだれている と 想像されます。
一般的にいって、ただれることはない、というのが私の主張です。ですから、この表現は、誤解を招きます。

 ●あと”ような”という、不明快極まりない日本語はよくないと思っている。

 ●訂正したのはいいが、角を矯めて牛を殺すの例えで、発疹があるのが特徴(皮疹ともいう)と言う、すべての皮膚病には発疹(皮疹)があるということであるので、不明確極まりない表現となっている。間違いではないが。

菊池一郎
(リベル) 菊池様、有り難うございます。

厚労省が「私たちにできること」に手直しを入れていることは「速報・朗報」にもご紹介しているとおりです。

菊池様のお話を、少し分かり易く、解説しておきますね。

実は厚労省が今改訂に着手しているのは「PDF版」だけなのです。
なので、菊池様が説明なさっている改訂はそこで見られます。

そのほかに「HTML版」があります。こちらの方は未だ改訂の手が入っていませんので
見比べて頂くと、菊池先生の仰有っている「「ただれた」とか、「ような」の部分が比べられます。


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リベルさん・北風さん・きょうこさんありがとうございます 投稿者:焼きなす 投稿日: 7月25日(火)10時59分31秒   引用
みなさん、ありがとうございます。水曜日のテレビ
ぜひ見てみます。


ハンセン病を調べる前…中学校2年生の時は
戦争について調べていました。どちらにも
共通して、十分な知識、正しい考え方
って本当に大切なんだなぁと思いました。
ハンセン病についても十分な正しい知識を身につけたいです。
(リベル) 頑張ってください。

また、分からないことがあったら、どしどし質問してください。お待ちしています・・・。


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焼きなすさんへ 投稿者:きょうこ 投稿日: 7月24日(月)19時53分32秒   引用
はじめまして。わたしは、4年前からハンセン病問題について考えてきている者です。
ちょうどあさって、ハンセン病に関する番組があるようですから、みてみませんか?

2006年7月26日(水)
夜20:00〜20:29 (29分間)
NHK教育テレビ 「福祉ネットワーク」

再放送は翌週
8月2日(水) 午後 13:20〜13:49

●ハンセン病 終わらない「隔離」 〜退所者たちの日々〜

らい予防法の廃止から10年。国の「隔離収容政策」は終わったが、療養所を出て地域で暮らす元ハンセン病患者は、後遺症や根強い差別に苦しんでいる。老後の不安から、療養所に戻る人も少なくない。
そんなおり、年老いていく元患者を地域で支えようという診療所が、埼玉県所沢市にオープンした。どうすれば彼らが心安らかに暮らせる日は来るのか。診療所に集う元ハンセン病患者たちの日々を追う。
http://www.ctb.ne.jp/~mizochan/

(リベル) きょうこさん、有り難うございます。
並里先生の「おうえんポリクリニック」が、どんな活躍をしているのか、楽しみです。

私も「イベント情報」で紹介しています。どうぞごらんください・・・。


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戻ってきましたか。 投稿者:北風 投稿日: 7月24日(月)11時34分55秒   引用
こういう問題は、お膝元が一番難しい。
生きていく限り向かい合わなければならないテーマだから、あせらず、無理をせずです。

しかしリベルさん、話はかわるけど、焼きナスで一献いきたいですね。
(リベル) >生きていく限り向かい合わなければならないテーマだから、あせらず、無理をせずです

本当に、その通りだと、そう思います。焼きなすさん頑張ってくださいね・・・。


>話はかわるけど、焼きナスで一献いきたいですね

全く・・・!!!

同感です・・・(ニコニコ 笑)


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焼きなすさん 投稿者:リベル 投稿日: 7月24日(月)02時48分31秒   引用
いよいよ、取りかかられるのですか、頑張ってください。

療養所の方たちが家へ帰れない理由は、様々です。今回の勉強を通じて十分お知りになることだろうと思います。

一つヒントを差し上げます。これを先ずお読みください。私は今適当かどうか読み返してみようとしたら、ほぼ暗記していました。これを読むだけでとても沢山の「基礎知識」が得られます。

もっと読みたいと思われたら、こちらに沢山有ります。

でも一番のお勧めは、療養所の訪問です。入所者の方にお会いになって、目を見、声をお聞きになるだけで、大きな前進を体感なさると思います。

ご両親の反対があっても、上に書いた体験談を読んでもらえば、納得されるかもしれません。
ご健闘を祈ります。


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(無題) 投稿者:焼きなす 投稿日: 7月23日(日)23時29分36秒   引用
お久しぶりです。ハンセン病レポートに
やっと取りかかることができました。
あの、ひとつ質問があります。低レベルな質問
だったらすみません…。
ハンセン病はもう、伝染しない病気だと
判明されているんですよね?なのに
どうして、療養場の人たちは
自分の家へ帰れないのですか?
「療養場」のHPを今まで何気に見ていたのですが
今日ふと、疑問に思ったので書き込みました。
基礎知識かもしれませんが、教えてくれると
うれしいです。お忙しいのにすいません…


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(無題) 投稿者:権兵衛 投稿日: 7月23日(日)07時44分33秒   引用
みたところ「基本資料」は映画の基本資料ではない。F事件の資料だ。
F事件の映画化に誰も反対はしないだろう。問題は、その中身なのだ。

匿名氏は、文句があるなら実行委員会に言え、という。しかし批判は公開され議論されてこそだ。
監督は「お金が集まらなければ映画化はしない」と公言しない、とか。
「藤本事件」の名前だけでお金を集めようとしているようだ。

今回の映画化には致命的な欠陥がある。
それは、メッセージ性がない、ということである。

「差別はやめましょう」というのであれば、お役所の人権ビデオでもできる。


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見所があるかと思ったが 投稿者:北風 投稿日: 7月22日(土)22時51分39秒   引用
ただの坊やだったか。
でもね、自分が反論するのは「正当」で、相手の反論は「絡む」としかいえないんじゃ、差別にしても偏見にしても問題の本質には迫れないぜ。逆に、たったこれだけの中にそれの芽を内包している。


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(無題) 投稿者:匿名 投稿日: 7月22日(土)22時36分50秒   引用
絡まれるの、面倒なので パスです  後はお好きに


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「関係者ではない」から「当事者に言え」というならなぜ書き込むか? 投稿者:北風 投稿日: 7月22日(土)22時33分13秒   引用
>当事者に言ってください。

何で君はすぐそうヒステリックになるのかね。
ハリネズミみたいに自己防衛に走っちゃ駄目だよ。

>私は関係者ではない云々。

「関係者」というのは「ハンセン病」や「藤本事件」に関心を持つすべての人だろう。
議論を仕掛けておいて、そういう逃げを打つものではない。


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(無題) 投稿者:匿名 投稿日: 7月22日(土)20時59分52秒   引用  編集済
>本当に、映画のことを思うなら(あるいは、藤本松夫のことでもいい)
>情緒的に薄弱な根拠を持って「擁護」するのではなく、厳しい批判に耐える
>映画を作るよう意見を言うことではないですかね


それは、当事者に言ってください 映画の具体的な話題なら
ここで、何をうだうだ言っても何も変わらないし無意味でしょう
ロケ中と言うのは、HP内の予定表を読んだ上で書いた事です


■映画製作・上映実行委員会「説明基本資料」が冊子になりました

とありますから、ここで無料配布される資料の取り寄せが出来ますし
e-mailでの映画への要望や、中山監督へのメッセージ受付もあります
実行委員会の最新の動きを、纏めたニュースをメール送信してくれます
(実行委員会では、映画制作にあたって前作を各地で上映していました)



掲示板上にあれこれ書く前に、製作側に問合せや意見をしてますか?
本気で問題だと思うなら、何故早くに具体的な対応をしなかったんです


私は関係者では無いので下記の意見は、筋が違うと思います
(関係者として、現在問合せは出来ませんとは明記していないので)


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言うまでもなく 投稿者:北風 投稿日: 7月22日(土)20時52分55秒   引用
「あつい壁」と「新あつい壁」は違う映画です。前作が良かったからといって(確かに真面目にしっかりしたつくりでした)、今回がいいとは限らない。青年中山監督と今の中山監督が同じ人とは限らない。

監修者のAOさんに話を聞きシナリオを見せてもらったけれど、どうも、正確に情報が伝わっていないような気がした(たとえば、関原弁護士の意向)。

金がかかるのは「映画」だけじゃないし、事前に「賛同金」や「上映協力金」などの形でお金を集める以上、「説明責任」は、制作する側にある。

「批判する側」に「実際に関係先に問い合わせて現状の進行状況を把握した上で、意見なり、提案なりをしてみては如何でしょうか?(現在はロケ中で、猛繁期に対応出来る人が居るかどうかは判りませんが)」というのは本末転倒です。
金を集める側には、いつ何時でも、求められれば説明する責任がある。いや、求められなくても、きちんと製作意図や内容を説明する責任があります。
しかし、関係者のホームページを見ても金集めの話しか書いていない。

また、「ロケ中」というが、まだキャスティングも決まっていないのに本格的なロケが出来る状態ではないと思うが、その辺、「匿名」さんは把握して言っているのかな。

本当に、映画のことを思うなら(あるいは、藤本松夫のことでもいい)、情緒的に薄弱な根拠を持って「擁護」するのではなく、厳しい批判に耐える映画を作るよう意見を言うことではないですかね。


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(無題) 投稿者:匿名 投稿日: 7月22日(土)20時15分41秒   引用  編集済
1969年製作の中山節夫監督の劇映画デビュー作で前作の「あつい壁」を数年前にビデオで
拝見しましたが、昭和二八年の熊本の黒髪小学校事件(療養所内の児童の地元小学校への登校拒否)
を基にハンセン病の一家を見舞う事柄を描いた作品として、良く出来たモノクロ作品と言う感想でした

最後に亡くなった(おそらくは自殺)お子さんの葬儀の席で泣き崩れる少年の家族の
発病前の地元での担任の女教師に、療養所内の分教場の老教師(笠智衆・特別出演)は
「この子を死なせてしまってのは、あなたであり私でもあるかもしれない」
と重い問いかけをする場面が、映画の最後のシーンでした

実際に熊本の療養所のお子さんが作った『壁の向こうに何があるんだろう』
と言う歌詞が、菊池恵楓園の療養所の壁を背景に流れてきて映画は終わります

一編の詩として、作られたその内容は熊本の菊池恵楓園の壁の中から外を覗いていた
お子さんが作ったもので、郷里を懐かしみ外を眺めたい一心で療養所の壁に穴を
彫り続けたと言う場所が、菊池恵楓園には映画撮影時に実際に残っており硬い
コンクリートを子供の力でよくぞここまで、刳り貫いたものだと思いますが
複数のお子さん達が、何度も彫り続けて穴を広げていった結果だそうです


療養所の方と、一緒に映画「あつい壁」を拝見して見終わった後に問わず語りに
それぞれの童心の頃の切ない記憶を、語って貰ったのが印象に残りました
当事者として見ても、強い違和感を抱かない作風との事でした

今新作を作られるに辺り、疑問や不安を抱かれているご様子ですが
そういう話題は、実際に関係先に問い合わせて現状の進行状況を
把握した上で、意見なり、提案なりをしてみては如何でしょうか?
(現在はロケ中で、猛繁期に対応出来る人が居るかどうかは判りませんが)

相手先の回答が無い話題について、判断は出来かねると言うのが個人的な印象です

また前作の映画「あつい壁」も是非参考に多くの方々に見て頂きたいと思います


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映画「新・あつい壁」の話 投稿者:匿名 投稿日: 7月21日(金)16時18分32秒   引用  編集済
資金集めに関しては、各療養所内でも賛同者を募って匿名で募金が開始され
自治会で一括送金しているそうです、その際の募金方法については賛否両論
あるようですが、現実に当事者側が賛助をしている意味についても考えて
いく必要があるのではないか、と言う気がします

療養所内に、ハンセン病関連の映画の製作に際して資金援助を求めると言うのは
以前にも別な映画の構想が持ち上がった際にも、有名映画監督から話があった事で
その映画は実際には製作には到らず、資金援助の話も立ち消えしていきました

映画制作の一番難しい点は、スポンサー確保と資金繰りだと思います

当事者にも賛同を得て、資金面でも共に協力をお願いするか
当事者には撮影の協力を得て、資金面は別な道を模索するか

方法論は、それぞれで製作者側の考え方によって違う様です

どちらが正論と言う結論は、正直出せない問題だと思えるのですが
勝訴判決以来、いろんな面でお金の問題が取沙汰される事が多いですね
お金は生きた使い道をしていく分には、なんら悪い事も無く堂々として
いればいいことだと思いますが、色々難しい面も多い問題です


またマスコミで様々、取り上げられる中で時流によって扱いが
違っていく面が多いのがハンセン病問題の特徴の様な気がします


熊本の宿泊拒否事件は、マスコミのその後の対応で不要なバッシングを
菊池恵楓園の人達が、誤解をもとに受ける事となった一面があったのを
知らない人達が、おそらく今尚多い事だろうと思います


メディアの在り方で、認識が変わってしまう問題だけに関る方達に
事実関係に基づいた正確な表現、表記をお願いしたい事ですね
(リベル) 募金の方法には、2種類有るようですね。「制作・上映協力金」と「賛同金」と。
詳しくはこちらをご覧ください。

資金調達は順調なのかどうか、知らないのですが、
本気で集めるにはマスコミの応援を仰がないと大変だろうと思っています。

それよりも、「冤罪」をテーマにしない方向だということが、気になっています。
我々素人には分からない事情も有るようなのですが・・・。


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ああ、もう一週間経ってしまったあ・・・ 投稿者:リベル 投稿日: 7月14日(金)06時32分55秒   引用  編集済
「ハンセン病の歴史」をまとめにかかって、ようやく見通しが・・・。これが「たたき台」です。
これに改訂を重ねて、3〜4年で完成品に近付ける、というのが夢です・・・。生きている内に、さあどこまで出来るか・・・?

材料は一通り揃ったという感じで。あとは史料の補強と整理・陳列(笑)・・・。

こんな感じにしたいのですが・・・。
読みにくい!分かりにくい!これは間違いだ!など、遠慮のないところを、ズバズバご指摘頂きたいのです・・・。

どうぞよろしく、お願い致します・・・m(_ _)m


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山下さんの話 投稿者:北風 投稿日: 7月 7日(金)11時58分25秒   引用  編集済
>他に何か有るのか?中山監督側の腰が引ける理由が?


 昨年九月に『壁をたたく音がきこえる』が出来上がり、原稿転載のお礼の電話を入れた際の話の中で、中山監督が、映画の方は冤罪を正面に打ち出してやると行政の協力が難しくなるので、ハンセン病への差別・偏見を主にせざるを得ない、という趣旨のことを言われた。映画の製作資金を「制作・上映協力券」の普及によって集めるという制作スタイルからやむなく生じた結果であろぅが、いわば金(資金集め) のために主題がズラされていくことに、アレッ、これは違うんではないか、と違和感を覚えたのである。
(リベル) なるほど、なるほど。

私の「オタカン」も、そう的外れではなかったみたいですね。

にしても、映画作りに何故「行政の協力」が必要なのでしょうね?

「違和感」「違和感」。やはりこれは出発点から、オカシイのでは
ないですか・・・?ウーム・・・。「釈然と」しません。全く!!


Re: 「シナリオへの疑問」拝読しました 投稿者:北風 投稿日: 7月 6日(木)22時16分8秒   引用  編集済
>
> 認識不足でないのなら、では何か? と言うことなのですが、ハッキリと私の想像であるとお断りしておいて、次の2点を挙げます。
> 1)制作費1億5千万円を、これから集めるという、特殊な事情がある。
> 2)「冤罪」と断定することに、何故か分かりませんが(お上との関係か?)、制作者側の「躊躇」がある。
>

「冤罪」を正すという姿勢でない映画の成否がこれからの(再審)を左右するという、弁護士の言葉は、再審請求するにしても藤本松夫の「冤罪」を晴らすというより、捜査や裁判が偏見差別による人権を無視したのもで「憲法に違反」するから、裁判は無効、被疑者は死亡しているから判決を無かったことにする(法律的にはどういうことになるのか知りませんが)、というような形式論理を考えているのではないかとさえ思えます。
まあ、そんなことは絶対に無いとは思いますが。

しかし、当時全ての人が藤本さんの無実を信じそのことが運動を大きく動かし、その命を救えなかった無念がいまだ重くわだかまっていることを思えば、それをあいまいにしたまま映画化するというのは、藤本さんを利用することであり、そのために1億5000万円(目標は3億円との事)をあつめるというのは釈然としない。
(リベル) 「再審請求を有利に運ぶためには、こうした方が良いのでは」と
弁護士が口を挟んだからと言って、「はいはい」とシナリオに手を入れる
制作陣でもあるまいし、というのは、甘い見方なのでしょうか。

他に何か有るのか?中山監督側の腰が引ける理由が?

関原氏に、直接聞くという方法はダメなのでしょうか?
なにか、「釈然と」・・・したい、ですね・・・。


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読売新聞から 投稿者:リベル 投稿日: 7月 6日(木)04時22分25秒   引用
全国ハンセン病療養所入所者協議会の新会長になった 宮里光雄(みやざと・みつお 71歳)さん

 ◆「人と人、分かり合えるはず」
 「私も発病前はハンセン病が怖かったんです」
 差別、偏見との戦いの歴史といえるハンセン病問題。国立療養所13施設の入所者約3000人の新リーダーは、率直に心の内を口にする。「だって、よく知らないことは、だれでも怖いでしょう」

 沖縄・宮古島出身。島内の貸本屋で江戸川乱歩や吉川英治を読みあさる文学少年だった。漠然と「教師になろうか」と思っていた高校生の時、発病した。宮古島にも療養所はあったが、「人に知られないように」と、18歳で沖縄本島近くの小さな島の療養所に入った。氏名も変えた。

 入所してみると、すでに特効薬があり、後遺症は残っても普通に暮らせると分かった。「無知と偏見は表裏一体」。そう気付き、10年後、故郷の療養所に移った。入所者自治会長として、所内の診療所を地域に開放するなど、社会との交流を広げた。

 街の囲碁サークルにも入った。変形した指では碁石が握れず、スプーンですくって盤上に置く姿に好奇の目が集まった。が、次第に実力で一目置かれるようになった。「差別は許せない。でも、同じ人間だと分かってもらうには、入所者自身も努力しないと」

 今、全国の入所者の平均年齢は、78歳。施設をどう維持していくかが最大の課題だ。「一般の高齢者にも利用してもらい、共に生きたい。人と人だから、分かり合えるはず」。就任から1か月余、その思いが一層、強まっている。(社会部 木下敦子)(読売新聞 2006. 07. 05)


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「シナリオへの疑問」拝読しました 投稿者:リベル 投稿日: 7月 6日(木)04時04分30秒   引用  編集済
私自身がこのシナリオを読んでいませんので、山下氏の文章に対する感想であることは、最初にお断りしておかなければいけません。

先ず、シナリオに様々な問題点が有ることを初めて知り、驚き、怒りを覚えました。問題点に通底するのは、しかし、ハンセン病に対する認識不足では無いのではないか?というのが、私の率直な感想です。

山下氏が最後に触れられている「一目散に逃げる勇吉」。これは横田ライターの筆の「スベリ」であって、他意を読みとって全体の批判に結び付けるのは、少し気の毒な気はします。事実は、私には知る由もありませんが・・・。

認識不足でないのなら、では何か? と言うことなのですが、ハッキリと私の想像であるとお断りしておいて、次の2点を挙げます。
1)制作費1億5千万円を、これから集めるという、特殊な事情がある。
2)「冤罪」と断定することに、何故か分かりませんが(お上との関係か?)、制作者側の「躊躇」がある。

この二つが、山下氏がご指摘のように、この映画が「ドキュメントの手法を使い、(中略)徹底追求・検証しようとするものではな」くなっている、理由ではないかと「想像」するのです。

では、どうすれば良いか?何をすれば良いか?は正直申し上げて私には分かりません。上に書いた二つの理由が事実だとすれば、それが解決されなければ無理なことですし、だから私には何も言えません。

以上が、率直な感想でした・・・。珍しく、私にしてはマジな、書き方をしてしまいました。お座なりにはしておけない問題だ、と思っていますので・・・。


なお、この映画「新・あつい壁」の制作に関する様々な情報は「中山監督の映画制作ノート」及び「中山さんちの映画blog」にも詳しく書いてありますので、参考になさってください。


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(5) 投稿者:北風 投稿日: 7月 5日(水)11時46分8秒   引用
 シナリオ執筆動機は何か
 最後にひとつ、私にはどうにも理解し難い一行がシナリオの中にあることを書いておく。ダイナマイト事件時の 「イメージ」として書かれた「爆発音。室内で火煙があがる。『なな、なんじゃー』仰天した被害者の声があがる」に続く、「一目散に逃げる勇吉」の一行。
 なぜ、逃げる犯人が「黒い影」 ではなく、「吉村勇吉』なのか。ダイナマイト事件の詳細に触れることは今しないが、被害者Fの偽証と警察の証拠偽造によって、ハンセン病患者として県に報告されたことへの逆恨みによる犯行として、懲役一〇年の刑に処せられたことが、後の松夫の運命を決定づけた。

  ハンセン病患者で懲役一〇年の犯罪者が「らい園」から脱走、その最中に起こった殺人事件となれば、戦後のハンセン病強制隔離政策の確立・再編・強化をはかる国家の動向を背景とする、ハンセン病患者をめぐる村落共同体の権力構造、予断と偏見に満ちた警察官、検事、裁判官、さらにマスコミ、世論、これらすべての機構・歯車が、藤本松夫を殺人犯に仕立て上げていく方向に動いたのは、ある意味「必然」 のようにさえ思える。その後の展開は、まさにこの必然の道を、それに抗う者をはねとばし、けちらしながら突っ走り、藤本松夫の処刑にまで至ってしまったのである。

 松夫と家族・親族の悲劇を決定づけた、そのダイナマイト事件の 「犯人」は藤本松夫だと、横田氏は考えているのか。このワンカットが持つ意味ははかり知れない。この映像の後で、増井や佐伯がどんなに言葉でもって松夫が犯人でないと言いつのろうと、映像でもって「一目散に逃げる吉村勇吉」の姿を見た観客の心に何が残るだろう。ダイナマイト事件での無実とともに殺人事件について、「私は絶対に人を殺すような」 人間ではない、「私の潔白だけは信じて下さい。私の良心だけは信じて下さい」との松夫の血の叫びにも、観客は一点の疑念を抱くことになるのではないか。

 横田氏の製作動機がどこにあるのか、私にわからなくさせる重大な一行である。

 村井淳志『脚本家・橋本忍の世界』によると、『真昼の暗黒」 のシナリオを書いた橋本忍は、山田典吾と今井正に「これは、『疑わしきは罰せず』なんてことじゃとても書けない。はっきりと、絶対に無罪という線で行きたい」と言い、山田と今井も迷った末、同意。今井正監督は「もし万が一、被告が有罪だったら二度と映画はつくらない。そう決心したのだ」という。

 映画「新・あつい壁(仮題)」は製作実行委員会を中心に全国各地で上映運動を起こしていくことを前提に作られるのであり、その社会的責任は重い。また上映妻の報告によると、映画化に強い不安を抱いた親族が調停裁判に訴えた(三月十四日和解)という経過もこの間にあったという。

 私たちが 「新・あつい壁 (仮題)」 に、「真昼の暗黒」を期待することは間違っているのであろうか。


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(4) 投稿者:北風 投稿日: 7月 5日(水)11時35分51秒   引用  編集済
ここは最も僕の共感するところです。



 ひたむきに怒った人たち
 あえて言うなら、増井・佐伯の二人の 「話」 にリアリティは薄い。見てきた (対話) の不在とともに、それ以前の問題、即ち、私たちが今日『藤本事件」 に向き合おうとする時、ほとんど「死者」 『墓」 の前に立たされるという「現実」を、シナリオライターである横田氏は直視しているのかどうか、ということがある。

 処刑された藤本松夫、息子の無実をどんなときも疑わなかった母親も、今はいない。また、松夫にもっとも深く関わった入所者の一人、菊池恵楓園の増重文はすでに亡く、入江信氏も病床の人となっていて、その口から事件について直接聞くことは出来ない。
 光岡良二ら当時の全患協の多くの人、救う会の玉井幹介も鬼籍の人である。草津楽泉園に救う会を結成(一九六一年十月)、しばしば松夫と文通した加藤三郎氏も、所有していた松夫からの私信を繰り返された部屋移動の中でいつしか喪失。生きて今ある松夫の家族・親族も重い沈黙を背負っている。藤本事件の中心は (墓) へ沈黙)なのだ。

  この厳然とした事実から目をそらし、あたかも彼ら死者たちが今も生きて語ってくれるかのような安易な描き方、構成でもっては、藤本事件の真実には迫れないのではないか。

 この深部を(死者) と (沈黙) に包まれた藤本事件について、今語り得る人がいるとしたら、それは関原勇弁護士であろう。氏は一九五五年の最高裁上告段階から弁護団に加わり、主任弁護士としてこの事件を担当した人である。

 当然、シナリオには関原氏を思わせる人物・安西久が登場する。しかし安西は現実の関原氏とは余りにもかけ離れているように私には思える。例えば最高裁への上告(横田氏は「再審請求」と書いているが、明らかに間違い。こうした基礎的事実における間違いは他にもあるが、おく)が棄却された後の恵楓園自治会室の場面。

安西を囲んで集まっている増井、佐伯他全農協メンバー。重苦しい沈黙が支配している。
   増井「最高裁は、どこば見とつと」
   安西「すいません、力が足りなくて」
   増井「ああたのせいじゃなか」
   安西 「‥‥‥」

  上告棄却に怒る入所者増井とその前でうなだれ謝る弁護士安西。私が気になるのは、このシナリオに一貫している、こうしたハンセン病療養所の内と外の人間の関係の描き方である。怒る入所者とうなだれる弁護士、このステレオタイプに何の意味があるのか。私はこの間、シナリオとともに『壁をたたく音がきこえる』所収の、平井佐和子氏が記録化した、関原、内田、徳田の三氏にょるシンポジウム 「司法における差別−ハンセン病問題と藤本事件」あるいは「悼む 藤本松夫−二十三回忌追悼講演」を何度か読んだ。そこにはこうある。

 上告審を担当することになって、当然裁判記録を読みます。裁判記録を謹んでいて、どうしてもひっかかった点は、有罪の決め手とされた松夫さんの伯父、大叔母の供述なんです。裁判記録の字面を追っている限りでは、どう突破したらいいか、見当がつきません。そこで、控訴審を担当した野尻昌次弁護士に闖いたら『そこが一番頭が痛いんでしてねえ』 って、そりゃそうですね、誰だって方針の立てようがない

 関原氏が上告審を担当した当時は、伯父、大叔母の供述書もある上に、「世間の予断と偏見というのか、もう最初から、藤本松夫さんの殺人だという前提で報道もされて」おり、それを覆す物証もアリバイもなかった。だから裁判のプロとして氏は最高裁で勝てるなどとの甘い見通しは持っていなかった。負けると思っていた。それでも「事件が難しいからといって、背中を向けてはいけない、できるだけのことをやるしかない」というところからの出発であったのだ。その時から、伯父・大叔母の供述書が警察にょるデツチ上げであるという証言、さらに松夫が主張していたアリバイを裏付ける証言をし始めたいとこ、そこに至るまでに実に五年の歳月を要しているのである。横浜から熊本まで汽車で二十四時間、さらに数少ないバスに乗り、終点から徒歩で山道を歩き、やっと松夫の部落や伯父の部落に行き着く。そんなことが五年続いたのである。

 昭和三十五年(一九六〇)、菅生事件の坂本久夫氏やジャーナリストの協力などがあって、伯父・大叔母の証言を得た時のことを関原氏はこう語っている。

 「一同、びっくりするより、ようやく探し求めていた鉱脈に触れるおもいでした。」 「すらすらと当夜のこと、つまり二十七年七月六日夜のことが出てくるのです。今までのかたくなな態度は二体なんであったのか、伯父の心境がどうして変わったのか、そんなことを考える間もなく、松夫さんの実家に戻りました。真っ暗な歩きにくい山道が少しも苦になりませんでした」と。目に見えるようだ。続けて氏は語る。「松夫さんのお母さんに会うや否や、私が、良かったですよ、喜んでくださいというと、にこやかに笑みをたたえながらも、そうですか、ようやくわかって頂けましたか、とこともなげに言うのです。私は、子供を信ずる母のひたむきな気持ちに触れた感じでした」 と。

 この五年という歳月の重み。氏は「私のハンセン病認識が深まるにつれて、少しずつ心を開いて語りだしてくれるようになった」とも言われる。
 他方この間、裁判所は言うまでもなく、弁護士にも医学的な知識がまだまだなかった時代、関原氏は、正木ひろLが始めた法医学批判のテクニックを身につけ、藤本事件にも応用、科学的な鑑定批判を開始していたのである。

 戦後の貧しい日本、なかでも貧しい山間の村、患者も家族も、さらに患者を出した村の人間も二らい」に触れ語ることは絶対的タブーであった。そんな時代での弁護活動がどれほど困難なものであったか、私は想像してみる。熊本地方裁判所に提出された再審請求理由書(補充書)は、関原氏の全精力を注いだ弁護活動が結実したものである。親族の重い(沈黙〉の底にある痛む心の真実を聞きとり、そうした酷薄な現実を生んだ大本に、国の終身強制隔離のハンセン病政策があることを、凶器・鑑定・逮捕・自白等に関わる問題点とともにあますところなく詳述、暴いた、この補充書が、「九六〇年代の初めに書かれたことに、私は深い感銘を覚えるのである。

 藤本松夫処刑の報を受け、ただちに福岡に飛んだ関原氏は、松夫の弟↑氏と入江氏と「緒に福岡刑務所に行き遺体を引き取る。

 「私が覚えているこせは、松夫さんの柩がとても重かったということです。あの感触はいつまでも忘れません。権力のおもみだったと思います」と、氏は語る。あるいはそれは「ハンセン病差別のおもみ」でもあったろう。関原氏は、その「おもみ」を、T氏(ハンセン病患者松夫の家族)、入江氏(ハンセン病療養所入所者)と一緒に担いだのである。そして、権力の不正に対し、一緒に、「ひたむきに怒った」 のである。

  その人を描くにあたって、どうして先のような描写になるのか。まして同じ場面での「ああたは、病気になったもんの気持ちば分からんけん、そげんこつが言えたよ⊥との佐伯の言葉、関原氏と一緒に闘った増・入江氏ならロが裂けても言わなかったろう。

 彼らは困難な時代に困難な闘いを共同して先駆的にたたかったのである。描くべきはそのことであろう、と私は思う。佐伯にこのような言葉を吐かせた横田氏は、関原氏だけでなく、増・入江氏らの人間をも安く見積もっているのではないか。


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(3) 投稿者:北風 投稿日: 7月 5日(水)11時33分26秒   引用
(対話) の不在
 このことと本質を同じくするのだが、また、療養所の内と外の関係の描き方が、私には気になる。両者の関係があまりに図式的で一方的なのだ。
 例えば、悠子に教えられ多磨全生園の資料館に野々村が行ったときのこと。彼が書籍販売所で本を買おうとして差し出したのを受け取った、係員竹内の指が曲がっているのを見、「卓也、一瞬の狼狽を隠す」とある。また次のような場面。竹内・須藤の二人から吉村事件について聞く野々村が、竹内の持って来たお茶を、「じゃ、遠慮なく」と呑むのを見て「見交わす須藤と竹内」。

「らい」 の宣告が、本人だけでなく一家一族の破滅をも招く、底知れぬ恐怖であった時代を生きた人間ではない、ハンセン病それ自体すらほとんど知らない(今や日本でのハンセン病新発患者はゼロに近い)世代の若者。障害の「外形」では、一九七〇年代、重度の身体障害を苛烈なまでに晒し、世間に撃って出た、「青い芝」(日本脳性マヒ者協会)の障害者たちの闘いにより、以後、街中を行く多くの重度障害者を「見る」 のは今では稀でなくなってきている。

 もちろんそこには依然として「見る者」と「見られる者」といった固定した関係が打ち破られずにあるのだが、若い野々村が外形としての「曲がった指」に「狼狽」するなどということは考えられない。出されたお茶も屈託なく呑む方がはるかに自然である。

 それを、お茶を呑むのが何か意味ある行為であるかのように描き、さらに自分たちが出したお茶を呑む野々村を見て、意味ありげに、竹内・須藤の二人の入所者がたがいに「見交わす」、こんな隠微な光景、およそ現在の療養所ではあり得ぬ。まして全生園の資料館や自治会で仕事をする二人であれば、どれだけの外来者と接してきたかわからぬであろう。もはや「曲がった指」や「お茶を呑む」行為が、ハンセン病に関わって象徴的意味を持つ時代ではない。古い観念にもとづくハンセン病差別についてのこうした紋切り型の表現は、差別・被差別、加害・被害の関係をむしろ固定化するのではないか。

 野々村と菊池恵楓園入所者増井・佐伯の二人(吉村勇吉救援運動の中心的担い手) の関係の描き方を通し、そのことをさらに考えてみる。

@卓也「凶器の草刈鎌は、見つかったんですか」
 佐伯「それがおかしかたい。警察医は鎌だち言いよつとが、大学教授の解剖では、一転して短刀になったつ」
 卓也「(驚く)……」
A増井「裁判は、この園内の講堂で開かれたとです」
 卓也「(意外)裁判所じゃなかったんですか」

 ここで描かれている野々村は、二人の話を聞いてひたすら「驚く」若者。だが少なくとも野々村は全生園(東京) の資料館に行き、事件の展示に見入り、買った本を読み、須藤・竹内からある程度事件について聞き、その上で菊池恵楓園(熊本)に行ったはず。ここで増井や佐伯の口を通して語られている事実は、「ある葬送」 (『全息協運動史』) にも書かれており、吉村事件を取り上げようとする記者なら当然踏まえておかねばならない基礎的事実である。それをあたかも野々村は初めて知ったかのように「意外」に思ったり「驚く」ように、横田氏は描く。これは余りに不自然である。「話題性』を狙った記事で名を売ろうとする人間が、基礎的な予備知識も持たず熊本まで行くなど考えられるだろうか。ある時はトップ屋、ある時は主体性のない善意で無知な若者、野々村の人物像はバラバラである。結局、彼は単なる琴言回し、入所者の話の一方的聞き手、引き出し役として作られた作者の傀儡でしかない。そんな野々村がシナリオ中では、自己変革をとげ、ハンセン病療養所と社会を隔てる「見えない壁」 を越えていく若者であるかのように描く。横田氏はここに五十年前の事件を今取り上げる意味がある、とするのだろうが、野々村の自己変革には何のリアリティも感じられない。

 それ以上に重大なのは、こんな野々村と入所者増井や佐伯との間に、はたして (対話)が成立するのか、という問題である。
シナリオは、かつて藤本事件を、松夫のみならずその家族に深く寄り添いながら、らい予防法斗争そのものとして闘った増、入江、加藤氏をモデルとしたとおもわれる、増井・佐伯が野々村に事件について語る、その 「話」がこの映画の骨格を形成する。だが、「言語はそれを使う人間同士の対話的交流の中でのみ生きている」とのミパイル・バフチンの言葉を持ち出すまでもなく、傀儡を前にして一方的に語られる「話」、(対話) の不在の場での(言葉)から、観客は「藤本事件の真実」を聞くことができるのだろうか。


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(2) 投稿者:北風 投稿日: 7月 5日(水)11時22分46秒   引用
 テレビドラマの筋立て
「新・あつい壁」は、現実にあった藤本事件を題材にしたものである。しかし、事件を貧しい村落共同体におけるハンセン病患者と家族、戦後の混乱期を脱した国家によるハンセン病患者強制収容の再開、らい予防法改正、らい刑務所設置、ハンセン病療養所内に設けられた特別法延での裁判、死刑判決と全息協・国民救援会による救援運動、再審申請中の処刑、戦後日本の菟罪・誤判・再審の裁判史…‥・等の時代、社会、歴史との関連の中で、ドキュメントの手法を使い、無実を訴え続けていた藤本松夫がなぜ処刑されねばならなかったのかを、徹底追求・検証しようとするものではない。シナリオは現実の事件(事実)に大筋で寄りかかり′ながら、いたるところでフィクション化をほどこし、ドラマとして描く手法をとっているのである。その手法の中途半端さ、フィクションを隠れ蓑に基本的事実すら無視するその方法の問題は今おくとして、はたしてシナリオに「ドラマ」はあるだろうか。私には、単なる狂言回しにしか過ぎないフリーライター野々村を前にした、菊池恵楓園入所者増井・佐伯の二人の語りを通し、事件の概容、スケッチを見せられただけ、との印象が強い。

 若いフリーライター野々村卓也は、五十年前の吉村事件を現在の若者へつなぐ人物、いわば過去と現在を接続する結び目である。
 また同時に、かつて吉村救援運動の中心にいた二人の入所者から事件についての話を聞き出し、この映画を展開させていく狂言回しの役割も担って設定されている。最初にこの野々村の人物像から見ていく。

 野々村はホームレスの友田久雄の話から吉村事件に興味が湧き、ある編集プロダクションの編集長に「熊本に行って調べてみる価値があると思うんです。原稿料、前借り由来ませんか」と持ちかける。その彼の取材動機については、「一人の泥棒の話から、昔の殺人事件のことが解き明かされれば、話題になる」 「もし記事が話題になれば、僕の名前も売れるし、そうなれば次の仕事も来るし、契約社員になれるかもしれない」「世のため人のために記事を書くなんて言う人もいるけど、そんなの奇麗事ですよ。」と、彼自身のロからあけすけなまでに語られている。脚本家横田氏は、この若いトップ屋の野々村にドライな現代の若者像を重ねようとしているのであろう。

 だが、このような特ダネ屋が、なぜ深い闇に埋もれたハンセン病患者冤罪処刑事件の引き出し役になるのか、私は強い違和感を抱く。国賠訴訟後、ハンセン病問題が 「情報」として売れる時代になりつつあることの、それは反映であるのだろうか。脚本家横田氏はそれを批判的に描こうとしたのかも知れない。しかし作品はそうはなっていない。

 シナリオは、藤本事件当時の新聞報道、ハンセン病問題におけるマスコミの責任、といった問題意識のカケラも持たない野々村と、かつて「未感染児童」と言われたハンセン病患者の子、梶田悠子や多磨全生園資料館の竹内、須藤、菊池恵楓園自治会の増井、
 佐伯らとの間に、ほとんどなんの葛藤らしい葛藤もないまま、彼らの口から野々村に事件のことが語られ展開していく筋立てになっているのである。

・例えば、自らの秘密の周辺をうろつき始めた野々村の存在は悠子にとっては恐怖であったはず。かつ先に書いたような彼の取材動機は軽蔑と憎悪をもって無視する以外ない対象である。にもかかわらず、悠子は二つ教えてあげる」と、多磨全生園の資料館の存在を教え、やがて彼の何に動かされてか、わざわざ自分の財布から調査費を出してやり、野々村を「吉村勇吉事件」 への導き手となる。だが世間に対しこんな無防備で善意な患者家族がどこにいるだろうか。

 さらにシナリオの最後では、事件の取材・調査・執筆を通し変革(?) した野々村と「今時こんな記事は、誰も興味は持たん」「ハンセン病の差別だって、なくなってきてる」という編集長を前に、悠子が自らの秘密−母がハンセン病で自分は未感染児童の施設にいたこと、それゆえに結婚が出来なかったことIを、「笑顔で」 「カラッとして言う」となる。なんと出来過ぎた「話」か。

 まるで日々大量に消費されているテレビドラマではないか。こんな善意にまぶされたドラマを見せられて、観客の心が動くのだろぅか。中山監督いうところの 「ハンセン病差別の啓蒙・啓発」にもならないのではないか。

 同じことは、菊池恵楓園自治会の増井、佐伯の二人と野々村の関係においてもいえる。特ダネ狙いのフリーライターに対して、二人は何の警戒心も持たず、「あんたんごつ若い記者さんに、事件のこつば書いて貰えれば、心強かごたる」と手放しの信頼と期待を寄せ、事件について語る。だが、こんな矛盾も対立も葛藤もない人間関係の中から、どうして人間のドラマが生まれるだろうか。


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映画「新・あつい壁(仮題)」 シナリオへの疑問(1) 投稿者:北風 投稿日: 7月 5日(水)11時11分52秒   引用  編集済
時間が無いので、コピーをOCRで読んで、校正をしないまま貼っています。したがって誤字も多いかと思いますが、意味は取れるでしょう。



映画「新・あつい壁(仮題)」 シナリオへの疑問

                 山下峰幸

  ズラされた主題
 四月八日、坂本克明、斉藤真のお二人が来神の折、宝塚に立ち寄られ、映画「新・あつい壁(仮題)」(監督中山節夫、脚本横田与志)・製作賛同の依頼をされた。
 昨年八月、製作・上映実行委員会が立ち上げられた際にはほどなく私も会に加入、また九月十四日出版の『壁をたたく音がきこぇる−ハンセン病患者冤罪処刑藤本事件に再審・無罪を』には、坂本克明氏l「藤本事件について」、中山節夫氏の「『藤本事件』を映画化へ」の原稿を転載させて頂いた。そうした経緯を踏まえるなら、当然私は賛同人として名を連ねるべきであった。しかし、お二人にお会いする直前まで悩んだ末、私はお断りした。実行委員会から頂いた「新・あつい壁(仮題)」のシナリオを読み、なぜ、いま、「『藤本事件』を映画化へ」なのか、という根本問題に、強い疑問を抱くようになったからである。

 以下私なりのシナリオ批判を試みようと思うが、「映画化」 への若干の疑問は、シナリオ以前にすでに私の内に起こっていた。しかもそれが、シナリオ内容の本質と深く関連していると思われるので、まずそのことについて触れておきたい。

 昨年九月に『壁をたたく音がきこえる』が出来上がり、原稿転載のお礼の電話を入れた際の毒の中で、中山監督が、映画の方は冤罪を正面に打ち出してやると行政の協力が難しくなるので、ハンセン病への差別・偏見を主にせざるを得ない、という趣旨のことを言われた。映画の製作資金を「制作・上映協力券」の普及によって集めるという制作スタイルからやむなく生じた結果であろぅが、いわば金(資金集め) のために主題がズラされていくことに、アレッ、これは違うんではないか、と違和感を覚えたのである。権力の闇とハンセン病の闇とが深く絡み合った中で起こった藤本事件の真実を、五十年の時の壁を砕き撮り起こし暴いていくということと、藤本事件を通してハンセン病差別を問い、啓蒙・啓発するということの間には、微妙だが、重大なズレがあるではないか。

 『壁をたたく!』は啓蒙・啓発の書ではない。多くの人の協力があってのことなのだが、藤本事件に関するものとしては初めて一冊になったこの本は、そこに収められた大事な資料、原稿によって、事件の輪郭、骨格をかなりの程度明らかにし得たのではないかと思っている。と同時に、今は、この本作りを通し、私自身が藤本事件の入り口に立ったに過ぎないのだ、との思いを強くしている。

 シナリオ批判に入る前にもう一つ書いておかねばならないことがある。『壁をたたくー』を編集する私自身への戒めとしていたのは、この本が藤本松夫の家族・親族の目にふれることは恐らく無いだろうが、もし目にとまったとして、その苦悩に対峙し得るものであるかどうか、あるいは、そんな本はもう出してほしくない、そつとしておいてほしいという家族・親族の「拒絶」をまぇにしたとき、それと向き合い、それでもなお出さずにはおれない内的衝迫が私自身の内側にあるのかどうか、ということであった。

 肉弾三勇士について書いた上野英信の『天皇陛下萬歳』のプロローグが折に触れ思い出され、私の念頭を離れなかった。そこには、三勇士の一人の妹に取材を申し入れた上野英信が「兄のことについてはいっさいふれてほしくない。書いてほしくない。いまはただそつとしておいてほしい」と、厳しい拒絶に会ったことが記されている。狼狽、茫然自失、執筆断念まで考えた上野英信が、まさに遺族のその拒絶の中にこそ三勇士問題の深い真実がひそむことを痛切に見、知るが故に、書くことの「罪深さ」、つぐなうことのできない「罪」を自覚した上で、あえて書くことに踏み切った自身のことが書かれていた。上野英信が直面した厳しさと、現実に藤本事件の遺族と対面したわけではない私とでは穀ぶべくもないが、少なくとも上野英信が抱え込んだ問題状況に身を置き考えようとしたことだけは事実である。
(リベル) 注:山下峰幸氏の「壁をたたく音がきこえる」の詳細はこちらです。
こちらにも。


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Re: ひとつの疑問 投稿者:北風 投稿日: 7月 4日(火)20時02分41秒   引用
> この映画の制作委員会は、藤本の「教戒師」だったという人が委員長を務めていますが、藤本の弁護人で処刑後、遺児の面倒まで見て献身的に尽くした関原勇弁護士の名前が見えない。
>
> 関原さんはこの映画のことをどう考えているのだろうか?
> また、藤野豊さんの『ハンセン病問題資料集』にも、関原さんの諒解が取れなかったとして、事件の「調査報告書」が掲載されていない。
>
> 関原さんをかたくなにしている、通底している何かがありそうですね

宝塚の山下峯幸さんから「新・厚い壁」のシナリオ(第一稿)批判が送られてきました。

いま電話で公表の諒解を取りましたので、あとで要点をアップします。
やはり、問題が多い。
(リベル) 是非、拝読したいです。お待ちしています。よろしくお願いします・・・。


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疑問氷解!!! 投稿者:リベル 投稿日: 7月 4日(火)01時05分8秒   引用  編集済
6月18日の投稿で「ミトコンドリアDNA」と「Y染色体」の追跡が、過去の人類の移動を解明すると言う話を、書きました。何がなんだかサッパリ分からない、と。

癪に障って、本を物色していたのですが、有りました。「人類進化の700万年」講談社現代新書、248ページからです。男はY染色体、女はミトコンドリアと分けて追跡すると、それぞれの動きが分かるそうです。(修正:男女逆でした、ご免なさい7月8日)


先日のサイトを再掲しておきます。結構楽しめますよ、マジで・・・。
一番上の、年代のインディケーターを「200,000B.C.」「60,000」と順にクリックしていくと、人類の移動の歴史が現れます。ほかにも、信じられないくらい色々盛り沢山な年表です。



ハンセン病の起源と伝播の図(2005年5月13日Science誌から)は、これです。
この図のグレイの線が「人類の移動方向」です。下のURLの図と一致します。

https://www3.nationalgeographic.com/genographic/atlas.html



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同感 投稿者:北風 投稿日: 7月 3日(月)20時25分0秒   引用  編集済
今日は某大学病院(委託治療〕に、田村史朗さんの薫陶を受けたという元ヤクザのおじさんのお見舞いに行ってきました。

いわく、田村史朗は「侍」だった。やさしく笑顔を絶やさないのに、自分の信念は少しも曲げなかった。

裁判などの記念集会でも、27,8年の予防法闘争を命がけで闘った先輩達に黙祷を捧げて始まった集会が一つもない!

今日の「成果」はそういう先輩の血みどろな闘いの上に成り立っている。それを忘れて、自分達だけで勝ち取ったような気分でいるような人がいるのは残念だ。

もっと面白い話も聞いたけれど、ここにはかけない。
(リベル) それで思い出して「全療協ニュース」の曽我野氏の再任の時の挨拶を
読み返していました。
当時第一線の闘士だった方の言葉は、やはり「強い」ものを持っています。

北風さん、豊富かつ誠に貴重な経験をまとめて一冊本をお出しになりませんか?
北風さんならではの「秘話」が本当に山のように有るのではないかと想像します。
ただ、出版は、そうですね、時期を読まなければいけないか・・・。


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読売新聞から 投稿者:リベル 投稿日: 7月 2日(日)17時06分4秒   引用
[近代遺産を訪ねて]リデル・ライト両女史記念館 患者救った白亜の建物

 熊本市黒髪、熊本大キャンパス近くの老人ホーム敷地内の白亜の建物。陽光に輝くこの白壁は、この地で尽力した英国人女性の生き方を象徴しているかのように映る。

 記念館は、ハンセン病患者救済施設・熊本回春病院の研究所として中条精一郎が設計し1919年(大正8年)に完成。35年(昭和10年)に2階部分を増築した。11室で広さは延べ約300平方メートル。

 瓦ぶきながら洋館風。正面入り口に柱で支えたポーチ、出窓、丸いガラス窓などを備え、基礎部分はレンガ積み。1階廊下の石張り以外は、ほとんどの床が板張り。

 英国人のキリスト教伝道師ハンナ・リデルは、患者の暮らしぶりに心を痛め、1895年(明治28年)に病院を設立。患者救済に私財を投じて奔走し、研究所の併設を実現した。後を追って来日したライトは、叔母・リデル没後、研究所2階を住居とし、遺志を継いだ。

 第2次世界大戦の影響で、1941年、病院は解散に。戦後、研究所は老人ホームの事務所に利用されたが、92年に熊本市へ寄贈され、94年記念館となった。館内には、2人が使っていた鏡台、机、遺言状などが並び、年間約2000人が訪れる。寺本行義館長(65)は「2人がどう思って生きたか。建物からも、静かに伝わってくるようです」と語る。(読売新聞西部夕刊 2006.06.30)

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