ハンセン病のリンク集

                                        
 
ハンセン病の最古の記録

 ハンセン病がいつ頃から有ったのかは明らかになっていません。最古の記録については、遺された古い文献をめぐる調査によって多くの仮説が立てられていますが、現在ではWHOを初めとする 「B.C.600年頃の『スシュルタ・サンヒター』が最初の記録である」 とする説がほぼ定説になっているようです。
 しかし私が 「スシュルタ・サンヒター」 を含むヴェーダ文献(サンスクリット語の原典やその英訳)を調べたところ、「スシュルタ・サンヒター」 より前に書かれた 「アタルヴァ・ヴェーダ」 の中に、「kilāsa」 という 「ハンセン病の白斑点」 を意味する言葉が使われていることが分かりました。年代的にはB.C.1,000年~800年頃という幅でしか捕らえられませんが、定説は書き換えられるべきだと思います。

                                                                                                    戻る


 Ⅰ 現在の定説   
  

   (1)どんな説があるのか
  

   ハンセン病が最初に記録された文献や年代については、B.C.3000年まで遡るという説を初め、多くの説があります
参考
  しかし、その多くは推測であり、正確な記録として現在定説となっているのは以下のようなものです。

    ●WHO : 「ハンセン病について記された最初の記録は、紀元前600年のものです。」
            "The first known written mention of leprosy is dated 600 BC."
 
WHO(Historyの項)

    厚労省 : 紀元前600年ごろの古代インドの書物には、大風子(たいふうし)という木の実からとれる「大風子油」を薬にしていた
             という記述があります。 厚労省(PDFの2頁)

    ●Lechat : 「インドでは、正確な臨床的記述は紀元前600年頃に編纂された文献に見られます(スシュルタ・サンヒター)
             "In India, a precise clinical description was given in a compilation of writings dating from about 600 BC
              (Sushraka Samhita)."
                                     The paleoepidemiology of leprosy」Lechatから

    Trautman : 「ハンセン病の症状や処置の正確な説明は紀元前600年頃に書かれたスシュルタ・サンヒターにあります。」
               "a clear account of the clinical signs and treatment of HD is contained in the Sushrata Samhita written ca. 600 BC."     
                                                       
A BRIEF HISTORY OF HANSEN'S DISEASE」Trautmanから

    Stanford大学 : 「紀元前600年頃、インドの文献は癩に似た病気について、記述しています。
                  "Around 600 B.C. Indian writings describe a disease that resembles leprosy."           
Stanford大学HPから

    Naval Hospital : 「最近の研究によれば、クシュタは紀元前600年頃、スシュルタ・サンヒターに初めて書かれた。
                   "More recent investigations have found that kushtah was first described about 600 BC in the Susruth
                   Samhita."                                                Naval Hospitalのサイトより
                                                                    
   以上のように、これらは一様に「B.C.600年頃」という年代と、「スシュルタ・サンヒター(Sushruta Samhitā)」と言う文献を取り上げています。
  なおNaval Hospitalの医師は「kushtah」というサンスクリット語(?)を記していますが、これについては後に触れます。

   (2)スシュルタ・サンヒターSushruta Samhitāの解説

   「スシュルタ・サンヒター」(日本では大地原誠玄訳「スシュルタ本集」として刊行)というのはヴェーダ文献の一つ(参照:ヴェーダ文献とハンセン病
  ですが、
その第1總説篇・第38章「薬物の分類」で、生薬を37族に分類し、その内の五つの族(第2、5、7、28、32族)で「癩性皮膚病」、
  一つの族(第29族)で「癩病」に触れています。
   第2篇病理篇・第5章「癩病(皮膚病)」では「皮膚病の病理(kuṣṭhanidāna)を述べん。」と記しています。(nidāna=pathology
   また第4篇治療篇・第9章「癩病(皮膚病)」では「今吾等は皮膚病治療法(kuṣṭhacikitsita)を述べん。」、第10章「重性癩病(皮膚病)」では
  「今吾等は大皮膚病治療法(makākuṣṭha-cikitsita)を述べん。」として、具体的な薬草名まで記してあります
(「スシュルタ本集」p.430ほか)
   (cikitsita=medical treatment、makā=great)(参考:大地原誠玄訳スシュルタ本集
    なお、スシュルタはB.C.6世紀の人とされていますが、「スシュルタ・サンヒター」はその後他の学者も参加して最終的にはA.D.3~4世紀に
  完成したとも言われています
インド伝統医学入門p.29)。

 Ⅱ アタルヴァ・ヴェーダの記述と年代

  
ヴェーダ文献(参照:ヴェーダ文献とハンセン病を調べていたら、次のような事実が判明しました。

   (1)
「癩病の白斑点」

   「アタルヴァ・ヴェーダ」に「kilāsa」というサンスクリット語で、「癩病の白斑点」という記述が存在しています。
  ここでは、アタルヴァ・ヴェーダ・サンヒター(Atharva Veda Samhitā)・第一巻・讃歌第23・1・2行目を例に上げます。
  原典ではこれを(AVŚ_1,23.1c)と略記しています。

    サンスクリット語
原典
       idaṃ rajani rajaya kilāsaṃ palitaṃ ca yat              
(「」は語尾変化です

    ●英訳
Ralph T.H. Griffith訳Book1・HYMN XXIII・"A charm against leprosy"
       So, Rajani, re-colour thou these ashy spots, this leprosy.

    ●邦訳辻直四郎訳「アタルヴァ・ヴェーダ讃歌p.43「白癩を癒すための呪文 その一(一・二三)」、同p.44その二(一・二四)」より)
       ラジャニーよ、染めよ、この癩の患部(kilāsa)を、また白味がかれる個所(palita)を。
(括弧内も原文のまま)
       
  【注】なお、サンスクリット語では、「癩病」は「kuṣṭha」なのですが、「アタルヴァ・ヴェーダ」では、もう一つの意味「廣木香」として用いられて
     います。(参照:サンスクリット語の「ハンセン病」        

     例:サンスクリット語=(AVŚ_5,4.4c) tatrāmṛtasya puṣpaṃ devāḥ kuṣṭhaavanvata          (「 」は語尾変化です
        英訳=There the Gods won the Kushtha Plant, the blossom of eternal life.
       邦訳=そこに神々はクシュタ草を得たり、甘露の花を。  
(以上出典は、いずれも上記と同じです)

   (2)関連文献と記事
   
The Oxford Illustrated Companion to Medicine」(Stephen Lock et al;1986年)に次の記述があります。

       "The Atharva Veda…It mentions fever, consumption, diarrhea, and leprosy among other diseases and contains descriptions
      of magical practices and herbs for their treatment."(ページ画像

   
なお2009年5月に「PLoS ONE」に発表された「Ancient Skeletal Evidence for Leprosy in India (2000 B.C.)」という記事の中でも次のように
   記述されています。

        "The earliest textual references to leprosy are found in proto-historic texts, including the Egyptian Ebers papyrus dated
       to 1550 B.C. It has been suggested that there are references to the disease in Sanskrit hymns of the Atharva Veda
       composed before the first millennium B.C."

    また同一記事を報じる「Science Daily」も次のように述べています。

        "This finding also supports the hypothesis that the Sanskrit Atharva Veda, composed before the first millennium B.C., is
        the earliest written reference to the disease・・・"

   (3)年代(B.C.600年より前なのか)

   ヴェーダ文献の成立年代は、非常に確定しがたいと、各学者は言います。しかし、「スシュルタ・サンヒター」より古いか否かは、分かるのでは
  ないかと、文献を調べてみました。

    古代インドの歴史」R.S.シャルマ著・山崎利男|山崎元一訳・山川出版社(p.316)
      「医薬の最初の言及は『アタルヴァ・ヴェーダ』にみられる。他の古代社会と同じく、療法は魔術と呪文で満ちていたため、科学的な方法
     で医学を発達させることができなかった。 後(ポスト)マウリア時代にアーユルヴェーダ(インドの伝統的医学)の分野でスシュルタと
     チャラカという二人の有名な学者が現われた。『スシュルタ・サンヒター』でスシュルタは白内障、結石や…(以下略)」

       古代インドの歴史を概観するこの本は、上のように述べて、ハッキリと、「アタルヴァ・ヴェーダ」が先行したことを告げています。
 
    アタルヴァ・ヴェーダ讃歌」辻直四郎著・岩波文庫(p.261)
      「「アタルヴァ・ヴェーダ」の最終的編集は「リグ・ヴェーダ」のそれより新しい。しかし絶対的年代には定説がない。およそ前一〇〇〇年
     を中心と考えることも便宜上の仮定に過ぎない。文化の中枢はパンジャーブを去ってガンガー河の流域に移り、「リグ・ヴェーダ」にその
     名を見ない虎を知り、社会的にはバラモンを最高とする四階級を峻別し、思想的には哲学的瞑想を進展させ、後世のバラモン教的特徴
     を具備している。(以下略)」

       B.C.1000年を中心とする説は、他にも有ったように思いますが、決定的な根拠を持っていませんでした。ここではしかし、「後世の
       バラモン教云々」と書いてあります。バラモン教の成立年代は、「古代インドの歴史」p.324や「世界史年表・地図(吉川弘文館p.11)」
       によると、B.C.800~700年になっていますから、それだけから推すと、「アタルヴァ・ヴェーダ」は、少なくともB.C.800年より前ということ
       になります。

    インド思想史」J.ゴンダ著・鎧淳訳・岩波文庫・年表(p.19)
     「・ほぼ1000B.C.以降:「リグ・ヴェーダ」の讃歌が成立か、アーリア人の居住地拡大(インド北西部からガンジス河流域へ)、
                    「アタルヴァ・ヴェーダ」の讃歌が成立か
      ・800B.C.頃:パールシュバが活躍
      ・800~600B.C.頃:ブラーフマナ(文献)の主要部分が成立(他の項目省略)
      ・600B.C.頃:古期ヴェーダ・ウパニシァッドを含む古典ヴェーダ文献が成立(他の項目省略)
      ・600~300B.C.頃:その他のヴェーダ・ウパニシァッドが成立(以下略)」

        これも、やはり、B.C.800年以前を指しています。

    インド文明の曙」辻直四郎著・岩波新書(p.7)
      「ヴェーダ文献に限らず、重要な事件の年代が不明であることは、古代インドの研究者に非常な困難を感じさせる。ヴェーダを構成する
     主要作品のどれ一つとして、成立年代の確実な物はない。(中略)次に掲げる年代は、ただ本書を読む人のための手引きに過ぎない。」
     と断った上で、次のように書いてあります。

      ・インダス河文明・・・・・・・・・・およそ前2000年を中心として前後訳000年(?)
      ・インド・アリアン人の侵入・・・およそ前1500年を中心
      ・リグ・ヴェーダ本集の讃歌・・・およそ前1200年を中心
      ・ヤジュル・ヴェーダ本集、サーマ・ヴェーダ本集、マハバーラタ戦役、
        アタルヴァ・ヴェーダ本集・・およそ前1000年を中心
      ・主要なブラーフマナ書・・・・・およそ前800年を中心
      ・古代ウパニシャド・・・・・・・・・およそ前500年を中心

    インド思想史 第2版」中村元著・岩波全書(p.18~23)
      「これらの文献(リグ・ヴェーダ、サーマ・ヴェーダ、ヤジュル・ヴェーダ、アタルヴァ・ヴェーダ)は同一時に成立したものではなくて、
     「リグ・ヴェーダ本集」以外は多くは西暦前1000年から500年ころまでに順次に作製されたらしい。(中略)諸ヴェーダ本集の編纂が一応
     完結して後にブラーフマナ文献が成立し、祭式実行の方法が微細な点に至るまで規定された。(中略)ウパニシャッドの成立年代は
     一般的にはブラーフマナおよびアーラーニヤカのそれよりも後であろうと推定されている。」とあります。
      なお、「年代表」p.275~でもこのように書かれています。

      ・世紀前1000ころ・・・・・リグ・ヴェーダ成立
      ・世紀前1000~800・・・ヴェーダ本集成立
                     ブラーフマナ
                     初期の古ウパニシャッド

    古代インドの歴史」R.S.シャルマ著・山崎利男|山崎元一訳・山川出版社(p.323~324の年表)(これは、訳者作成によります)
      ・前1500・・・「リグ・ヴェーダ」成立
      ・前1000・・・「サーマ・ヴェーダ」「ヤジュル・ヴェーダ」「アタルヴァ・ヴェーダ」の成立
      ・前800・・・バラモン教の成立
             ブラーフマナ文献の成立
      ・前600・・・ウパニシャッド哲学が起こる

  後半の三冊も、明白にB.C.1000~800年を指しています。

  
結論

  
Ⅱに述べた二つの根拠に基づいて、以下のことが明確に推測されます。

   「ハンセン病」の最古の記述は、「B.C.600年頃」の「スシュルタ・サンヒター」ではなく、「アタルヴァ・ヴェーダ」にあり、その年代は
  「B.C.1000~800年頃」に遡るということです。
  従って、「ハンセン病の最古の記述」についての、従来の定説は、訂正されなければなりません。
 
                                                                  

                                                                                                  戻る

HOME最新のニュースイベント情報官庁・市民団体各種サイト内検索掲示板・BBS
やさしい説明詳しく解説医学的説明歴史裁判法律差別や人権問題療養所世界宗教
データ集用語集写真集人物文献・書籍病名の変遷年表で読むハンセン病


Copyright©Libell 2001-2008.All rights reserved.