ハンセン病のリンク集

                                            
                                      
ハンセン病と宗教
               

 ハンセン病と宗教との関係は、先ず聖書から始まります。紀元前250年頃ヘブライ語の旧約聖書をギリシャ語に訳すとき、レビ記13章の
「ツァラアト(tsaraath)」を「レプラ」と訳しました。このことが聖書の中の「らい病」という表現が、「重い皮膚病」や「ツアラアト」に変わっていった
議論の、そもそもの遠因となったのです(詳しくは「歴史」、呼称の変遷」参照)。

 日本の歴史の上では、聖徳太子の撰じた経典の注釈書法華経義疏(615年)に
「白癩」の記述が有りますが、これは当時の日本に
ハンセン病が有ったという証明にはなりません。「日本霊異記」(822年)や「今昔物語集(1120年)では平安時代の存在を暗示しています。
奈良時代・平安時代には、お寺の中に悲田院・施薬院・不壊化身院などという医療施設が設けられ、また奈良時代の行基、鎌倉時代の
叡尊、忍性、一遍などの僧が施療、救済に活躍しました。

 明治時代にはいると日蓮宗僧侶綱脇龍妙により身延深敬園が設立されますが仏教が関わりを持つのはここまでで、この時代にはむしろ
ハンナ・リデルなどの外国人宣教師が活躍することになります。彼らは自分で病院を建てて治療に尽力しました。

 その後大正時代の終わり頃、日本のキリスト教者による救癩組織「日本MTL」が設立されますが、これは「救らい」の名の下に「無らい県運動」
に加担して行きました。

 その後は、特定の宗教との深い関係は特に見られません。国賠訴訟の勝訴を受けて、真宗大谷派(東本願寺)浄土真宗本願寺派

曹洞宗宗議会などからは、積極的に救済に当たらなかったことについての、反省の意を籠めた見解・声明が出されました。


    
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聖書HP 聖書に興味のある人、一見の価値ありです
空の鳥野の花HP 同上です
「新共同訳聖書」検索
同志社大神学部HP
「重い皮膚病」と入力すれば、即座に20個所の掲載場所が表示される、大変な性能を持つ。「らい病」「ハンセン病」では全く反応しないのは当然です
「口語訳」「新共同訳」「新改訳」検索
(eBible HP)
三つの訳を比較して、表現の移り変わりを見ることが出来ます
エルサレムエリシアの泉HP 聖書片手に中東を旅する人のためのページがある。たとえば「マタイ26.6」の「ベタニア」の場所は?と探せる
レビ記第13章1−第14章57節
  重い皮膚病
 ―
マルコによる福音書1章40-42節
  「神の国」の福音
  ザビエルセンターHP
病人に対するイエスの哀れみとやさしさは、「らい病」(ハンセン病)の人との出合に見られます
  「らい病人の清め」 天旅HP 市川喜一氏
  「イエスの願い」 
  学生YMCAのページ
竹迫牧師
  「神の御心の中を歩む」 
  すのはらの「春原主義」 
春原禎光氏
  人間の全的回復TUVWXY
  
SDA大阪センター教会HP
明智信作氏
  「今週の説教」
  聖マーガレット教会HP
 ―
ルカによる福音書第5章12-16節
  「わたしの心だきよくなれ」
  仙台福音自由教会HP
吉田耕三氏
  「幸せのおとずれ」
  心のともしびHP
福田 勤氏
ルカによる福音書第17章11-19節  
  「賛美するために戻る」
  代々木上原教会HP
村上 伸氏
  「九人はどこにいるのか」
  町田バプテスト教会HP
 ―
  「信仰による救い」
  教学と神学HP
小原克博氏
  「10人の癒し、1人の救い」
  西日本福音ルーテル教会
マイリス・ヤナツイネン氏
  「”役に立たない”しもべ」
  アクラとプリスキラ舎HP
青木武司氏
マタイによる福音書第8章1-15節
  「奇跡的いやし」
  Welcome to GrapeHP
J・C・ライル氏
  「つながる信仰」
  NarimasuHP
松沢秀章氏
マタイによる福音書第11章2-6節
  「来るべき方はだれか」
  鎌倉雪の下教会HP
東野尚志氏
  「来るべき方」
  黒部五郎の部屋
小川宏嗣氏
  「洗礼者ヨハネとイエス」
  大阪四貫島教会HP
川上 揚氏
マタイによる福音書第26章1-13節
  「喜びの香油」
  鎌倉雪の下教会HP
東野尚志氏
らい病について'92.9.10IMCHP 「聖書に記されている「らい病」は必ずしも現代のらい病(ハンセン病)と同じではないこと、また、聖書において「らい病」が罪の象徴としては記されていないことを確認いたします」   
らい病と私たち         
福音による和解委員会HP
「重い皮膚病」や「ツァラアト」を「ハンセン病」と読み替えることは誤りであると説き、ハンセン病に対する正確な理解を求めます
聖書のらいの言葉の改訂 長島曙教会牧師である大嶋得雄氏が「ツァラアト」を用いるべきだと、呼びかけておられます
らい予防法廃止を受けて
クリスチャン新聞HP
JEAがさらに踏み込んだ具体策を「新改訳聖書の訳語を適切な語句に差し替 えるように・・・」
「らい病」を「重い皮膚病」に
日刊医療福祉新聞('97.5.6)
'97.4.1から。日本聖書協会が
「らい病」から「重い皮膚病」へ
聖書のお話HP
聖書の「訳語」の変更はこのように行われた。興味深い苦労話です

                                             

キリスト教に関するサイト                                              topへ
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リデル・ライトホームページ 両女史顕彰会による
リデルとライト小笠原的こころ.com  ― 
聖書のらい病の実態は?
クリスチャン新聞2001.7.8号)
犀川一夫氏が検証する(クリスチャン新聞のサイト内検索に「犀川一夫」と入力して下さい)
法王、ハンセン病への取り組み
日本ルーテルアワーHP
世界規模の取り組みを促す
マザー・テレサ死去'97.9.5
マザー・テレサに関して
(MataixのHP)
実に内容豊富です
マザー・テレサ特集('97.9.11)
(世界キリスト教情報)
 ―
マザー・テレサ('97.9.25)
明日に架ける橋HP
 ―
マザーテレサ死去
(日外アソシエーツ
 ―
隔離政策とキリスト教立岩氏HP 杉山博昭氏の論文
奇跡的回復世界キリスト教情報)  ―
世界の患者数('01.2.5)
(世界キリスト教情報)
WHOの発表によれば、'96年九十一カ国で百二十万人が感染している
駿河療養所工藤清氏の事
城山キリスト教会HP
「神様の愛があなたに圧倒的に注がれていることを知ったら、あなたの人生は百八十度変わるのです」
タラ友の会HP フィリピン、タラ地区のハンセン病救済活動
アシジの聖フランシスコ略伝
いも通信HP
 ―
「生まれたのは何のために」
(めぐみ教会HP)
松木 信氏を立ち直らせた”一言”


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検証会議最終報告書第十三 強制隔離政策に果たした仏教界の役割と責任を論じます
願いから動きへ 真宗大谷派 >ハンセン病問題に関する懇談会によるHPです
『曹洞宗報』連載「人権フォーラム」
(SOTOZEN-NET HP)
曹洞宗のHPでトピクスを掲載しています
真宗とハンセン病差別問題について
モグネットHP
棚原正智氏の論考です
ハンセン病差別の諸問題について
坊さんの小箱HP
棚原正智氏が仏教徒の立場から諸問題に切り込まれます
仏教とハンセン病
日蓮宗現代宗教研究所HP
「『得白癩病』の漢訳をめぐって」と副題が付された奥田正叡氏の論考です
鎌倉仏教とハンセン病
日本史ノートHP
鎌倉時代の仏教との関わりを興味深く綴ってあります


日本MTLについて                                                  topへ

 T.発足にいたるまで

   1)MTL(The Mission to Lepers)とは
     ●1874年、アイルランド人ウェルズリ・ベイリーがインドにおけるハンセン病への福音協会「The Mission to
      Lepers in India」としてMTLを創設した。(A-39)(この後も出てくるR・A・I・N・Hはそれぞれ「らい予防法廃止
      の歴史」・「足跡は消えても」・「『いのち』の近代史」・「日本ファシズムと医療」・「ハンセン病とキリスト教」を、
      数字はページ数を現します。詳細や前後関係をお確かめの際のご参考に)
     ●1893年、活動地域をフィリピン・中国・日本に拡げ「MTL in India and East」(日本での通称イギリスMTL)
      として「タイムズ」に広告し、ハンセン病事業に経済的援助をすると表明した。(A-39)
     ●1913年、「MTL」として地域の特定を廃止した。(A-39)

   2)MTLの日本での活動実績
     ●1893年、広告を見たハンナ・リデルがイギリスMTLに援助を依頼する。1905年まで毎年送金を続ける。(A-55)
     ●1894年ケイト・ヤングマンも広告を見て援助依頼。1925年からはアメリカMTLが引き継ぎ1934年まで続いた。
      (A-39)
     ●1913年、1917年、韓国の大邱病院の設立・増築にイギリスMTLが援助。(A-175)
     ●1933年、福岡の生の松原療病院の病棟建設にイギリスMTLが。(A-282)
     ●1935年、大島霊交会に教会堂を、アメリカMTLが寄贈。(A-153)
     などが文献に見られる。

   3)日本MTLの設立
     ●1921年、「日本基督教会」の賀川豊彦ほか14人が「イエスの友会」を結成した。
     ●1924年11月9日「イエスの友会」の会員と「東京YMCA]の会員十数名が全生病院(院長光田健輔)を訪問。
      それがキッカケで日本のキリスト教者による救癩組織を作ることになり
     ●1925年6月10日「イギリスMTL」にならって「日本MTL」(光田の主張)と称して活動を開始する。
      (A-297・I-87・N-45・H-45)
     ●結成の際アメリカMTLが、日本支部になるなら財政援助をする、と申し出たが断った。(A-301)
     ●幹部には小林正金(理事長)、賀川豊彦、光田健輔(キリスト者でないが)、今井よね、三上千代などがいた。
      (A-299)
     ●会則にある目的は「癩患者ニ基督ノ福音ヲ知ラシメ併セテ癩ノ予防及ビ救癩事業ノ促進ヲ図リ之ガ絶滅ヲ期スル」
      である。会則に定める事業は「癩は遺伝にあらず、絶滅出来る」ことの宣伝、「患者及びその家族の」相談、患者の
      慰問、当局への「隔離療養事業の完成・促進」等の請願などであるとした。(A-297・I-87・N-45・H-45)

 
U.主な活動

  
1)概観
     後述の
スローガンに見られるとおり「絶対隔離」、「民族浄化」(I-94)を主眼とする。その結果、民間運動として
     内務省の進める「隔離政策」を支える世論形成に大きな役割を果たすことになる。(I-88)

   2)機関誌「日本MTL」
     ●1926年3月に発刊され強力な発言媒体として君臨することになる。「ナショナリズムと民族浄化」+「キリスト教」を
      基調とし、「隔離は唯一の癩根絶策」、「光明皇后の精神に還れ」、「救癩運動は愛国運動なり」、「急速に療養所
      を拡張せよ」などのスローガンを連呼した。(H-24)
     ●1941年1月、日本MTLの名称変更(後述)に伴い機関誌名も「楓の蔭」と変更し存続させる。(H-27)スローガンも
      時節に合わせて「東亜救癩」+「救癩問題と日本婦人」の方向に向かう。(H-34)

   3)活動内容
    @無癩県運動への参加
     ●1926年10月に小林理事長が「汚れたる民族の浄化」という表現で光田の「血統の純潔」論を援護している。
      (I-94)
     ●1927年、「自由療養地区建設」を国会に提案し、民族浄化を日本帝国の海外膨張の前提だと発言。(N-47)
     ●1932年10月「療養所拡張運動後援のため」「一粒の麦」の上映会を開催、その純益金を愛生園、全生園などに
      寄付している。(N-127)
     ●1933年10月、「十坪運動」に全面的な支援・協力を開始。(N-143)
     ●1934年12月、白戸理事は「隔離主義の完成・・・官民一致して」と無癩県運動への参加を表明し(N-127)、
      療養所の拡張を議会に請願する署名運動も展開した。(N-128)
     ●1936年から「出張講演会」を設け、学校・教会などへ出講している。関西MTLも大阪・京都で癩予防講演映画会
      を開催し、祖国の浄化を訴えた。(N-128)
     ●1938年、小林理事長は療養所の公立から国立への移管を強く求めている。(N-205)
    A長島事件への発言
     ●1936年8月のこの事件に対し日本MTLは幹事鈴木恂を長島愛生園に派遣し、「患者」でなく「職員とその家族」
      を見舞わせている。また事件を「不祥事」と扱い愛生園当局を支持し、患者の行動は「一時の興奮」と片付けて
      いる。
      (I-201・N-184)
     ●関西MTLの塚田理事長も「非は患者諸君にある」「井の中の蛙どもの騒ぎ」と断じている。(I-202・N-185)
     ●日本MTLの会員飯野十造も患者の行動を「悪魔の逆襲」と決めつけている。(N-186)
    B「小島の春」・小川正子の喧伝
     ●1938年11月長崎書店から「小島の春」が刊行された。以後「日本MTL」誌上に続々取り上げ、関連講演などを
      以下のように主催する。(H-104〜107)
     ●1939年1月11日の小林秀雄の新聞紹介をキッカケに「小島の春」は一躍全国的に有名になる。(H-87)
     ●キリスト教各派は冷ややかに見ていたが日本MTLは「救癩」啓蒙活動に活用。キリスト教主義女学校を巻き込んで
      「救癩活動」に積極的に女性を動員していくキャンペーンを展開、成功を収めた。(H-93)
     ●1939年3月、杉餃太郎が「『小島の春』讃」を日本MTL誌に発表。「一点もヒロイズムのない平凡人の愛の使徒
      行伝」と最大の賛辞を送っている。(H-104)
     ●1940年7月2日神田共立講堂で「興亜救癩『小島の春の夕』」を開催。大盛況であった。(H-105)
     ●1940年映画化の際も「全日本への癩の啓蒙運動の好機」と諸手をあげて歓迎している。(H-105)
     ●1941年2月「楓十字会」として(後述)「医学生招待講演会(講師全生病院院長林芳信)」を開催。「癩予防週間」
      には「癩予防に関する講演と映画の会」を開催。厚生省優生課長床次徳二の講演「新体制と救癩運動」と並べて
      「小島の春」を上映し大成功をおさめている。(H-105)

   4)支部活動
     ●1926年の静岡MTLを皮切りに関西、九州、台湾、沖縄、鹿児島、岡山、高松、北九州、京都各MTL。長島、
      仙台、東村山、青森、各支部が組織された。(A-304)
     ●支部の活動
      @無癩県運動促進のための講演会・座談会の開催(H-102)A収容病棟の建設(A-325)
      B相談所の開設(A-325)C患者の経済的支援(A-135)D募金活動(A-331)などであったが、患者の収容が
      進むにつれ活動は衰退していった。

   5)会員数
     ●1927年、国会に「癩自由療養地設立請願書」を提出するとき2400名の署名を集めている。(N-46)
     ●1931年の委員会では、現状800名の会員を6000名にまで増やそうと諮られている。(N-127)
     ●2002年現在会員数は1500名と「キリスト教年鑑には申請している。


 
V.その後の活動
     ●1937年、満州事変以降光田の呼びかけに応じて「対支救癩にも我が国の使命がある」と、東亜の救癩に目を
      転じて行く。(N-208)
     ●1940年賀川豊彦も「支那から更に進んで印度の救癩」と訴える。(N-210)
     ●1941年1月「日本MTL」を「楓十字会」に改称。機関誌も「楓の蔭」に改称。(H-34)
     ●1942年5月13日さらに「日本救癩協会」と改称。「大東亜共栄圏における救癩」「婦人救癩戦士」の方向に
      向かう。(H-34)
     ●1948年、第5回国際らい会議で「Leper」(差別語)を「Leprosy Patient」にするよう勧告が出る。(A-303)
     ●1949年アメリカMTLは「American Leprosy Mission Inc.」(ALM)と改称。(A-303)
     ●1969年日本MTLも「社団法人日本キリスト教救癩協会」(JLM)と改称した。(A-303)
     ●JLMは戦後は専ら海外に活躍の場を変え、現在は中国・インドネシアの施設などをサポートしている。
     ●しかし、例えば1994年JLM理事長の嶋崎紀代子は「医界風土記」に小川正子礼賛の記事を書いている。
      基本体質は変わっていないのではないか。(H-81)
     ●1996年日本基督教団福吉伝道所の牧師犬飼光博は晩年の松田ナミ(1935年九州療養所を出発点に最後の
      奄美和光園まで40年間に五療養所の医師を勤めた)を訪問し、訪問記を「JLM」誌に発表している。(H-256)


 
W.ハンセン病史上の位置づけ
    
 文中のR・A・I・N・Hはそれぞれ「らい予防法廃止の歴史」・「足跡は消えても」・「『いのち』の近代史」
      ・「日本ファシズムと医療」・「ハンセン病とキリスト教」を指している。(冒頭にも記した通り)これら5冊の中で
     「MTL」という単語の出現回数は、「R」が1回
、「A」 18回、「I」 6回、「N」 11回、「H」 10回。
     通読しておよその位置づけを汲み取った感想は以下の通り。
     
     「R」では全く扱われていない。
     「A」では、21章の内の一章「日本MTLと三井報恩会」で9ページ。
     「I」では 「民族浄化−皇室と社会運動家の接点」の項の第一章「優生学への関心」の冒頭 に「大国意識と
     日本MTL]として3ページ。
     「N」では 隔離政策の強化の章に「『無癩県運動』推進の諸団体」として @癩予防会 A日本MTL 
     B真宗大谷派光明会 C三井報恩会の扱いで6ページ。
     「H」では 第一章近代日本「救癩」史の女性たちの 2、「癩戦線の闘士」−強制隔離と「民族浄化」に約10ページ。
     第三章「小島の春」現象に約10ページ。

     以上から、まずハンセン病史上大きな存在であったことは確かであるといえよう。
                                                                     以上
                                   
                                                         (リベル  '02.11.11記)
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