ハンセン病のリンク集

                                            

検  証  会  議
(ハンセン病問題に関する検証会議)


 国家賠償請求訴訟の裁判では、2001 年5月11日、熊本地方裁判所において、らい予防法の違憲と、隔離政策の違法を認めた画期的判決が
出されました。この判決後、坂口厚生労働大臣の国会における答弁や、全原協・全国弁連、全療協によって組織された統一交渉団と国との
間の協議(ハンセン病問題対策協議会)の結果などから生まれたものです。
 この会議は、厚生労働省から日弁連法務研究財団が委託され、2002年10月16日、その第1回会議が開催されました。
 この検証会議の目的は、強制隔離施策が長期間にわたって続けられた原因、それによる人権侵害の実態、医学的背景、社会学的背景、
「らい予防法」などの法令等、多方面から科学的、歴史的に検証を行い、このような政策や事実の再発防止のための提言を行うこと
にあります。
 2年半に及ぶ会議の結果、「最終報告書」がまとめられ、2005年3月1日に、厚労省へ提出されました。
 この報告書には9項目に渡る提言が為されており、それを受けて厚労省では、2006年3月29日に「ハンセン病問題に関する検証会議の提言
に基づく
再発防止検討会の第1回会合が開かれました。これは関係者の間では「ロードマップ委員会」と呼ばれ、回を重ねて居ます(2007年
7月現在第6回)。しかし、厚労省は「患者・被験者の諸権利の法制化」などを盛り込んだこの提言の誠実な実行に、強く難色を示しており、会議は
難航を続けているのが現状です。


目     次
定  義
生  成
運  営
成  果
検証会議関連年表


T定義―検証会議とは何なのか―                                                             topへ
検証会議とは 内田副座長の解説
「ようやく始まった真相究明事業」 吉田哲也弁護士の解説ともにあゆむ関西連絡会HPより)
検証会議の実施概要委員名簿 実施要領、運営要綱検討事項、検証・検討両会議の委員。

U生成―誕生から軌道に乗るまで―注:ここに収載した国会議事録は「Yクラブ」さんの作成になるものです。深く謝意を表します。               topへ
(1)産声〜「基本合意書」の調印まで(1996〜2001.7.23)
産声=萌芽(1996年) らい予防法廃止運動における大谷藤郎氏の著述や日弁連の声明の中にその萌芽がみられる
基本合意に至るまで(2001年5月25日〜7月16日) 控訴断念の直後から国会の場で「検証」の声が挙がり、以後様々の論議を経る
「和解の基本合意」の受け入れ(2001年7月17日)                                 基本合意の「三 恒久対策等」の項に「真相究明事業」が唱われる
調印された基本合意書(2001年7月23日) この日に調印された「基本合意書」に、上記「真相究明事業」が明文化された
(2)「基本合意書」の調印〜「確認事項」の調印(2001.7.23〜12.25)
参議院厚生労働委員会から(2001年10月25日) 「検証会議」と言う言葉が初めて国会で現れ、スタートの遅れが追求される
日弁連の特別決議(2001年11月9日) 過去の怠慢を謝罪し、真相の究明を誓う
毎日新聞記事(2001年11月13日) 酒井研究班の存在の不明確さがスタート遅れの原因ではないか
第4回ハンセン病問題対策協議会(2001年11月16日) 厚労省の突然の奇妙な新提案が統一交渉団の怒りを呼ぶ
衆議院厚生労働委員会から(2001年11月21日) 厚労省の不手際による混乱によってスタートが遅れていることが追求される
衆議院厚生労働委員会から(2001年11月27日) 検証会議のスタート遅れが厚労省の運営ミスと追求されるが明確な返答無し
第5回ハンセン病問題対策協議会(2001年12月25日「おさんぽ」HPより) なんとか最終段階に漕ぎ着け「検証会議」という名称が初めて公式に登場する
上記協議会における確認事項(2001年12月25日) ここでようやく「検証会議」を明記した最終協定書に調印がなされたが、しかし
最初の会議が開かれるのはこの10ヶ月後(2002年10月16日)にずれこむ
(3)「確認事項」の調印〜第一回検証会議の開催(2001.12.25〜2002.10.16)
「基本合意書」の調印(2002年1月28日) 遺族・非入所者を含む最終的な和解の合意書に調印
平成14年度対策協議会統一要求書(2002年5月15日) 統一交渉団は2002年度の要求項目を厚労省に提出
「ハンセン病問題検証会議」の設置(2002年9月30日) 厚生労働省が日弁連法務研究財団に委託して設置した
第一回検証会議開催(2002年10月16日) ようやく初会合に到達したが、厚労省の抵抗は終わらない
(4)第一回検証会議の開催〜厚労省の全面協力回答(2002.10.16〜2003.3.19)
熊本日日新聞社説(2002年12月3日) 徹底した検証作業を望む声が上がる
熊本日日新聞記事(2002年12月14日) 藤野豊氏曰く「自身の責任を薄れさせようとする国
第5回検討会(2003年1月17日) 「被害実態調査」が議題に上る
厚労省の協力拒否回答(2003年2月12日・19日) 準備会で厚労省は「背表紙のみ確認」など回答
第6回検証会議・第7回検討会合同会議(2003年2月26日) 資料の全面開示を改めて厚労省に要請する
第7回検証会議・第9回検討会合同会議(2003年3月19日) 会議の1年延長を要請した。厚労省は条件付きで全面開示に応じることを回答する

V運営―どんなことをしてきたのか―                                                            topへ
動き出したハンセン病問題検証会議 2002年9月30日の事業開始から12月9日第4回検証会議までの報告を中心に
「課題広がる検証会議」 2002年11月から2003年6月までの療養所での検証会議の報告
 ※検証会議の開催スケジュール 2002年10月16日「第一回会議からの2005年3月1日最終回までの全スケジュール
 ※検証会議・検討会の議事録及び諸報告 2002年10月16日〜2005年1月27日の議事録や報告
 ※検証会議関連年表 関連する全ての事項を年表化してあります

W成果どんな成果があがったか                                                             topへ
2002年度に着手されたものの一つ(第5回検討会議事録から) 被害実態調査が議題に上がる(P18〜21)。のちに報告書となって結実する
2002年度の成果は(年度最終会議の議事録から) 厚労省との意思統一(P23〜35)など会議の方向付けに多くの時間が割かれる
 ※資料調査協力要請に対する厚労省の拒否回答 成果を妨げたものの一つとして記さざるを得ない(上記議事録にも名残が読みとれる)
2003年度のハンセン病問題検証会議を振り返って          行政・立法及び医学・法曹・宗教・マスコミ各界の歴史的責任を検証
「公衆衛生等の政策等に関する再発防止のための提言」   (2004.7.13) 同時に「ロードマップ委員会」の設置を厚労省に要請した(新聞報道
「ハンセン病問題に関する被害実態調査報告書」  (2005.1.27) 841件に及ぶ画期的な調査となった。出発点はここである。(新聞報道
「胎児等の標本調査結果報告書」    (2005.1.27) (新聞報道)全療協ニュースNo.895より
「ハンセン病問題に関する検証会議最終報告書」  (2005.3.1)
※これは厚労省HPでも読めます
「           同上       (要約版)」    (2005.3.1)
金平座長から尾辻厚労相に提出された。上記2報告書はこの「別冊」の形をとる 
ハンセン病問題検証会議を振り返って   (2005.8.1) 加納 小百合弁護士が2年半の活動を紹介 
「ハンセン病問題に関する検証会議の提言に基づく再発防止検討会」2006.3.29)
2004年8月25日に約束した、「平成17年度」ぎりぎりで第一回会議が開かれた  
                                                      ※2005.2.26脱稿:このページの転載又は引用をご希望の方はご一報をお願いします













































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