ダヴィッドが公務の多忙さに押し流される中、
何かとちょっかいを出してくるラッシュ。
彼の様子がどこかおかしいのに気づきながらも、
ダヴィッドは四将軍と共に領主としての仕事に励む。
それ以外のすべて/Preview
ノックが三回。なぜか、いつも三回だ。なぜかを問いかけたことはない。訊いたところで無意味なのを知っている。彼らは長寿ゆえに、至るところで意外な習慣を身につけてしまっているものだった。
「失礼します」
ベッドを覆う天幕の隙間から開かれたであろう扉を見やるのは不可能だ。広い部屋の片隅、最も風通しのいい場所に設置された寝台からでは、ドアは遠くてよく見えない。
それ以前に、まだ目も開いていなかったわけだが。
主の許可なく部屋へ入ってこられる数少ない特権を備えたソバニの男が、ほとんど足音も立てずに――毛足の長い絨毯に靴音を吸い込まれているとしても、驚くほどに静かだった――まず、向かって正面の窓を無言で開いた。続き間になっている向こう側から、こちらまで朝の涼風が届くには少し距離がある。直射日光だけを防ぐ薄いレースのカーテンだけを引いたトルガルは、そこでようやくこちらへ視線を向けるはずだった。
目が合った。――のは錯覚だった。まだ瞼を持ち上げていない。
「おはようございます」
朝から耳にするには重たく感じられる低音が、床を這って寝台まで響いてくる。
そこでようやく目を開けた。
「おはよう」
半端に体を覆っていたシーツを跳ね上げて上半身を起こす。見ると、下の腕二本に盆を載せたトルガルが、やはりわずかな足音もなく近づいてきていた。
「今日は紅茶がいいと、ラッシュが言っていましたが」
「……目が覚めればなんでも構わないのだが」
「朝から気付け酒を煽るのもいかがなものかと」
「免疫がつくと厄介だな」
ベッドの横、内と外を隔てる薄布をまたいで置かれている花を模した意匠が凝らされている小さな台の上に受け皿が置かれた。こぽ、と音を立てながらカップに鮮やかな色合いの紅茶が注がれた。
布の外へ置かれた受け皿を引っ張って手元へ引き寄せると、鼻孔をくすぐる香りを吸い込んで一口飲んだ。
「少し、濃いな」
「お目覚めにはそのくらいがよろしいかと。メルフィナより取り寄せた厳選の茶葉です」
「あの町はなんでもある。武具、嗜好品、学術……」
「ええ。私個人としては、あの空気は少々馴染み難いものがありますが」
「おまけに完全中立だ。最近では外交ルートも確立しつつある」
喉を通り抜ける紅茶が冷えがちな指先を温めていく錯覚に囚われながら、あくびを噛み殺した。間違いなく見ていたであろうトルガルは特に咎めもしない。
寝巻きのままベッドを抜け出すと、まだ開かれていない窓辺へ寄り添ってカーテンの隙間から外を覗いた。この部屋からは中庭の庭園を一望できる。
「……ん」
温められたカップを傾けながら、その光景を見下ろした。
ダヴィッドが身を乗り出したのを見て、トルガルも視線を寄越してくる。
「ラッシュですか。今日はなにやら、朝から張り切っていましたが……」
「あいつの気まぐれには時々驚かされる」
また一口。やっぱり濃い。これ以上飲む気もなくなって、半分残ったままのカップを台へ置いた。
中庭ではこんな早朝から、四将軍の一人であるブロクターを騒ぎながら薪割りに精を出すラッシュの姿があった。
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