日々を重ねるうちに少しずつ距離を縮めていくラッシュとダヴィッド。
二人が抱える互いへの感情は、やがて周囲を巻き込んで肥大化していくこととなる。

 

 

 

リブラ・トゥ・リブラ/Preview

 

 

 

 ホワイトロッキー。その名の通り、白く剥き出しになった岩肌が連なる、セラパレスとエリュシオンを繋ぐ街道。
「う〜ん……」
 岩波の影に隠れて、中空を浮遊する敵の姿を見上げながら、ラッシュは呟いた。
「見たことねえやつ……な気がする」
「今度こそ本当だろうな……?」
 ラッシュの後ろで、同じく背を丸めて隠れているダヴィッドが低く呻いた。
 怒っているわけではない。ただ疲労しているだけだとわかっていても、思わず弁解してしまった。
「いや――だってさ! あんまりこのへんに出ないモンスターなんだろ? なかなか見つからなくて当然だって」
「その通りだが、よく確かめもせずに突っ込んで不必要な戦闘を行うのは――これで三十回目だぞ」
「ま、まだそうと決まったわけじゃないし」
 暢気に晴れ渡った空を浮かんだまま進んでいく蜂の姿。あれが珍しいモンスターなら、希少な素材を持っている可能性が高い。
 もっとも、外見ではあまり見分けがつかないので、適当に突っ込んではまったく違うモンスターを倒してばかりいるわけなのだが。
「いや――間違いない。今度こそ!」
 強化したばかりの自慢の斧を構えて岩影から躍り出た。
「ラッシュ! 勝手に突っ走るなと言って――」
 ダヴィッドの忠告を無視して、巨大蜂に突撃した。実にラッシュの手のひら二つ分もありそうな体躯である。
「どぉりゃっ!」
 上段から大振りの一撃。あっさりかわされて、怒りをあらわにした敵が襲い掛かってくる。
 それを見て、思わず叫んだ。
「あ――やっぱ間違えたかも!」
「だろうと思った!」
 同じく岩から飛び出たダヴィッドが細身のレイピアを構える。呆れた声が飛んできた。
「またこいつの相手か……。俺は飽きた、後は任せる」
「えぇー!? ひどくねぇ!? ちょ、ダヴィッドって!」
「何十回と見間違えるほうがよっぽどひどいじゃないか!」
「だって素材ほしいんだもん」
「その口調、妙にイラッとするな……」
 ブツブツ言いながらも一緒に戦ってくれるらしい。まだそれほど長い付き合いではないが、なんだかんだでダヴィッドが善い人なのはすでに理解していた。
(領主様ってもっと偉そうな感じかと思ってたけど)
 こちらへ向き直ったモンスターと相対するダヴィッドは気だるそうではあったが、嫌ではないようだ。水平にレイピアを構えて迎撃の姿勢を取る。
 いつも思う――ダヴィッドの剣技は、我流で学んだ自分のそれとは異なって、儀式剣舞のように美しい。彼の容姿や衣装と相まって、戦闘時はそれこそ華麗な舞でも見ているかのようだ。
「よーし。こいつ倒して、次の獲物を見つけるか!」
「いいかげん付き合わないぞ、俺は……」
 ぼやくダヴィッドを尻目に、意気揚々とモンスターへ突撃した。