原作一巻をベースにした長編。
現実の途中/Preview
その少女の姿を、一時間ほど前に初めて入ったばかりの教室の戸口に発見したときは、どれほど驚いただろう。 転校生といっても、五月下旬に入ってきたのだから、四月頭から入学した人とそれほどの差があるわけじゃない。でも、どうしたって転校生というのは最初だけ注目の的になってしまうもので、一時間目が終了した短い休み時間の間に僕は名前もまだ覚えきれないクラスメイトに囲まれて、あれこれと訊かれた。 笑顔でそれをいなしていると、視界の端で見慣れた―――いや、いっそ見飽きたと言ってもいい、それくらい誰よりも近くで見ていた、そんな少女が黄色いカチューシャを揺らして飛び込んできたものだから、思わずぽかんと間の抜けた顔を晒してしまった。 「どうかした?」 僕の様子に気づいたクラスメイトの一人がそう問いかけるのも束の間、彼女は教室に踏み込むなりぐるりと部屋を見回して声を張り上げた。 「今日、このクラスに転校生が来たはずよね! 出てきなさいっ!!」 というわけで、僕は彼女に引きずられるままSOS団の一員となった。
それがどれくらいの誤算だったかというと、機関にとってはほとんど既定事項に近かったらしい。森さんなんか、僕が涼宮さんに部室まで引っ張って行かれたと報告すると、「勝ったわ!」とか叫んでいた。なにに勝ったのかはたぶん訊かないほうがいい。想像がついてしまうあたりは諦めるしかない。 涼宮さんの近くにいなくてはならない。活動内容がよくわからない部活、じゃなくて団体だとしても、彼女は間違いなくこの面々でなにかをするつもりでいて、なにかしてもらっては困る僕としてはもちろんついていくしかなくて、最初は少しだけ混乱した。 でも、すぐに慣れた。この三年で順応力だけは素晴らしくスキルアップしたと自負している。 そうだ。三年前のあの日、いきなりわけのわからない空間に放り出されて、奇妙な巨人と戦わなくてはいけなくなった、あれに比べたら、少なくとも殺傷能力ではただの少女でしかない涼宮さんと共にいることくらい、簡単で単純だった。 SOS団。世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団。彼女が設立した詳細不明の団体に集ったメンバーは、彼女の能力を再確認させられるに足る人たちだった。 「一年九組に本日やってきた即戦力の転校生、その名も、」 がっちりと僕の服の袖を掴んだ涼宮さんが楽しそうに紹介する横で、文芸部部室を見回した。 オセロの黒駒を片手に一切の動きを制止させ、無表情でこちらを見てくる宇宙人。 それとは対照的に、落ち着かない様子で僕とオセロの盤面を交互に見やっては不安そうな顔をする未来人。 そして――― 僕の視線が、宇宙人の傍らに立つ男子生徒へ向いたところで、袖から手を離した涼宮さんが僕に自己紹介するよう促した。 この三年で培った作り笑顔で口を開いた。 「古泉一樹です。………よろしく」 涼宮さんと面識を果たして、およそ六時間ほど。 これまでは三年かけても近づくことすら許可されなかった彼女が作った団に仲間入りを果たすのに、たったそれだけしかかからなかった。 なんだろう、これは。
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