アスラム独立後、クーバインに呼び出されるダヴィッド。
二人は若すぎる自分たちの代わりに、長い月日をかけた約束を交わす。

 

 

 

幼年期の終わり/Preview

 

 

 

 アスラムの独立宣言がなされて、わずかに数日後。
 神皇帝の意向を伺いに帝都へ発つ前日に、ダヴィッドはセラパレス城を訪れていた。
 勢力地図の一角を担う大国の主としてはあまりにも幼く、座した王の椅子に飲み込まれそうなほどに小さな体を精一杯大きく見せようと背筋を伸ばしている。
 威圧感はない。代わりに、彼の細い体から発せられる絶対の自信を全身に浴びなければならない。
 苦痛ではなかった。萎縮する必要もない。だからといって、真正面から向き合って何も感じないわけではない。
 この多忙を極める時期に呼び出した理由はすぐにはわからなかった。いくつか現在の世情に関する談合を行って、クーバインが黙り込む。
(そもそも……)
 こんな話を、城を入ってすぐの謁見の間ですること自体がおかしいのだ。客人として出迎えるのであればそれなりの対応がある。しかも、こんな部屋に呼びつけておきながら、従者の一人も周囲にいない。
 何かあるだろうと、城に足を踏み入れた瞬間に感じ取っていた。
 玉座のクーバインは平生と変わりない、居丈高な面持ちでダヴィッドを見上げてくる。何かあるとしても、その様からは何が目的なのかまではわからなかった。
 早く帰りたい。彼と話すのが嫌なわけではなく、単にやらなければならないことが山積していて、すぐにでもアスラムへ舞い戻って出立の準備を進めたいだけだった。
 それはクーバインもわかっているはずだが――
「さて、ダヴィッド」
 一通りの話を済ませて、クーバインが背もたれに預けていた体重を前へと傾けてくる。
 右腕を肘掛に置いて、わずかに首を傾げる。
「不満そうな顔をしているな。僕に言いたいことがあるんじゃないか」
「それは私の台詞です。御用があったのではないのですか?」
「そうとも。自分で考えてみろ。僕が、おまえに、なんの用があるのか」
 含みを持たせた物言いに、どことなく内心を見透かされているようで居心地が悪い。冷静に考えてみれば、彼がこういう言い方をするのもいつものことではある。
 無意味だと知りながら、一応は考えてみた。この忙しい時期に、わざわざダヴィッドだけを城に呼びつける理由。
(まさか、とは思うが)
 楽しそうな少年の顔を見返して、ふと湧き上がった思いつきをすぐに否定する。
 ダヴィッドの顔色がわずかに変わったのを敏感に察知したのだろう。クーバインの笑みが深まる。まるで、この思いつきを肯定するかのようだ。
「…………」
 問いが口を突いて出る前に、クーバインが笑みを崩さないまま口を開いた。
「おまえの望みを叶えたんだ。今度は僕の望みを叶えてくれてもいいだろう?」