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「新しい歌を主に向かって歌え」とあります。新しい歌とはどのような歌でしょうか。最新の流行りの歌でしょうか。
終末についての教えのことを、ラテン語でノウィッシマと言い、それは、「最も新しいこと」という意味でもあると、何かの本で読んだ記憶があります。そのことから言えば、新しい歌とは終末的事態を歌う歌のことであると言えるでしょう。終末時には何が起こるかと言えば、13節にあるように「主は来られる、地を裁くために来られる。/主は世界を正しく裁き/真実をもって諸国の民を裁かれる」ということです。裁くとは言っても、それは何も悪しき者を罰するだけではありません。わたしたちの救いが確定するということでもあります。
教会暦を用いている教会では、この詩編96編は、クリスマス・イブかクリスマスの日に読まれたと言われています。クリスマスは主が来たり給う時です。そしてそのように、主イエス・キリストがこの世に主が来たり給うことによって、わたしたちの罪の裁きと罪からの救い(義)という終末的事態が成就したのです。パウロは「罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました。わたしたちはその方によって神の義を得ることができたのです」(Uコリント5:21)と語りましたが、その言葉が示すように、キリストが罪の裁きを受けてくださることによって、わたしたちが神の義という救いに与ることが確定したのです。ルターの言葉を借りて言えば、「キリストが私どものために死んでくださったとき、キリストが罪人となり、私どもがキリストになった」(ルター)のです。
そうであればこそ、そのことを成し遂げてくださった「大いなる主、大いに賛美される王」(4節)に「栄光と力を」(7節)帰するのです。「聖なる装い(御前に出るという畏敬)をもって」(9節,口語訳)、主を礼拝してゆくのです。
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