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この詩編の1節には小さな字で「安息日に」と記されています。そのことから、この詩編は「安息日の詩編」と言われているのです。安息日に関する規定は十戒に記されていますが、同じ十戒でも、出エジプト記20章では、神による天地創造の御業と関係づけられています。この詩編で言えば、5∼7節の「御業」「御手の業」がその創造の御業のことを思わせます。しかし、申命記5章にある十戒によれば、安息日の規定は、出エジプトの出来事によってイスラエルが神の民とされたという契約に関係づけられています。この詩編で言えば、3節の「あなたの慈しみ」「あなたのまこと」が契約に関係する言葉です。
そのように、神の天地創造の御業と神の契約の御意志は、安息日の律法と密に関係しているのです。《創造の内的根拠としての契約》《契約の外的根拠としての創造》という言葉が使われるほど、創造と契約は深い関係にあり、共に主なる神への礼拝へと、わたしたちを導いてくれるのです。
この世にあっては、8節以下にあるように、「神に逆らう者」「悪を行う者」「敵対する者」たちが、わたしたちの信仰を揺るがせにするでしょう。しかし、契約を立てようとする慈しみの御心を持ち、実際に創造の御業によってその御心を現してくださった「永遠に高く言いますお方」(9節)が、わたしたちの主としていまし給うのです。ですから、その主なる神に従うのです。とりわけ、安息日(主の日)を覚えて、主なる神を礼拝するのです。その者は「なつめやしのように茂り、レバノン杉のようにそびえます」(13節)とあるように、実りある歩みを為し、命にあふれた日々を過ごすことになるのです。「安息日(主の日)を心に留め、これを聖別せよ」という言葉に生きて参りましよう。
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