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この詩編は「最も悲哀に満ちた詩編」と言われています。4〜8節を読むだけでも、そのことは分かります。「わたしの魂は苦難を味わい尽くし/命は陰府にのぞんでいます。…汚れた者と見なされ…御手から切り離されています。/あなたは地の底の穴にわたしを置かれます/影に閉ざされた所、暗闇の地に…」。そのように、この人は、神の御前に出ることができなくなっているのです。
それだけではありません。親しい友との交わりも失せています。「あなたはわたしから/親しい者を遠ざけられました。/彼らにとってわたしは忌むべき者となりました」(9節)とあり、更には「愛する者も友も/あなたはわたしから遠ざけてしまわれました。/今、わたしに親しいのは暗黒だけです」(19節)と言われているとおりです。そのようになった原因は分かりませんが、使われている言葉から推測するに、恐らく重い皮膚病だったのかもしれません。
そのような中に置かれているにも拘らず、この人は言います。「主よ、わたしはあなたに叫びます」と。口語訳聖書はこの部分を「しかし、主よ」と訳しています。人との交わりが断たれ、神との関わりについての望みが断たれたような中にあっても、この人は「しかし、主よ」と主に呼びかけるのです。それだけ、主への信頼を表明し、そこに生きるのです。
この箇所について「我らも彼の例にならって…我らの信仰と祈りの錨を、天に向かって投げることを学ばねばならぬ」と注解したのはカルヴァンですが、そのとおりです。わたしたちの救いを始め「良い贈り物、完全な賜物はみな、上から…来る」(ヤコブ1:16)のですから、何が起こっても「しかし、主よ」と言って、我らの信仰と祈りを、天にいます主に向かって投げかける信仰生活を送ってゆくのです。
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