ヨシヤ王は、エジプトとバビロニアとの戦い巻き込まれて、エジプト王ネコに殺されます。B.C.609年のことです。有能な指導者を失った南ユダは混乱に陥り、22年後のB.C.587年には、バビロニアによって滅ぼされます。
ヨシヤ王のあと、南ユダの王は四人も交代します。ヨシヤ王の次のヨアハズはわずか在位三カ月で、これまたエジプト王ネコに殺されます。代わって王になったのがヨヤキムです。彼は、急速に勢力を拡大していたバビロニア王ネブカドネツァルに初めは従っていたので安定していましたが、やがて敵対に転じ、バビロニアの意を受けた周辺諸国の刺客たちに殺されます。それに代わって王になったのはヨヤキンです。この時はバビロニア自体が攻めてきて、彼もまた三カ月で王位を降ろされます。そして彼を始め南ユダの高官らや有能な職人たちがバビロンに連行され、宝物等も運ばれることになります。いわゆる第一次バビロン捕囚(B.C.597年)です。その後、ゼデキヤが王に就きますが、彼はバビロニアの
傀儡
でした。後に、彼は意を決して周辺六か国と反バビロニア同盟を結び、バビロニアと戦いますが、あえなくバビロニアに滅ぼされます。エルサレムは壊滅、神殿も崩壊します。見せしめの意味もあったのでしょう、ゼデキヤは両眼をつぶされ、青銅の足枷をはめられバビロンに連行されます(25:7)。第二次バビロン捕囚(B.C.587年)です(25:21)。
ヨシヤ王は御言葉に聞くことで国の態勢を整えようとしました。彼の不慮の死と共に、御言葉に聞くことも
疎
かになりました。それがために混乱が生じ、遂には国が滅亡したのです。聖書はそのことを明確に記します。24:2∼3です。24:20もそのことを暗示しています。神の民は《神の》民なのです。神の言葉に聞くことが
立
ち
処
なのです。それが失われたら、滅びはすぐ来ます。「
審判
は神の家より始まるべし」(Tペトロ4:17)。心せねばならないでしょう。
|