わたしたちの内にいまし給う主イエス・キリストは、わたしたちの救いのためにわたしたちと同じ「肉となって来られ」(2節)ました。わたしたちと同じ罪人の一人に数えられ、わたしたちの罪を担ってくださり、更には十字架にお掛かりになって、わたしたちの罪を贖ってくださいました。それで、主イエスのお働きは終わったのではありません。十字架に掛かって罪を贖ったが死んでしまって、それで終わったのではないのです。主イエスは、死人の中から甦られたのです。主イエス・キリストは罪と死の力、それは同時にサタンの力であり、悪霊の働きですが、それらに勝利し給うのです。
わたしたちには、その勝利し給うお方がおられるのです。「あなたがたの内におられる方は、世にいる者よりも強い」とあるように、世にいるどの者よりも強い勝利者キリストが、わたしたちの内にいますのです。わたしたちは、その勝利者キリストに起源を持ち、そのお方から出、そのお方に属しているのです。よしんば、偽預言者(1節)や人を惑わす霊(6節)がいろいろな仕方でわたしたちに挑んできたとしても、わたしたちはそれに勝利し給う主キリストと共に、否、その主がわたしの内にあって生きてくださっているのです。
「イエスこそ、すべての敵に打ち勝つ勝利の君/やがて世界は御足のもとに伏す/イエスは輝きをもって来たり/闇より光に導き給う」(ブルームハルト)。キリストの復活において、罪と死への勝利がなったとは言え、その勝利を知らない反キリストの霊が、なおわたしたちを苦しめます。しかし、その度に、わたしたちは「勝利し給うお方がおられる、わたしたちの内に」と、自らに言い聞かせていくのです。否、自分が語る前に、聖霊なる神が、御言葉によって、繰り返しその勝利の事実を示してくださっていますから、そこに聞き続けるのです。
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