あなたを生かす聖書の言葉

2018年12月2日(投稿)・主日礼拝説教(要旨)

愛の源である主イエス  

 聖書「イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました。」(Tヨハネ316)

上記聖句のすぐ前の15節には、「兄弟を憎む者は皆、人殺しです」と記されています。それを受けて、主「イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました」と記されているのです。ということは、「わたしたち」とは、決して立派なことをしたり、正しい人ではない、それどころか、兄弟を憎む者であり、人殺しだということです。12節にはカインの名が記されていますが、わたしたちはそのカインの末裔であり、彼と同じような罪を犯す者なのです。しかし、そのようなわたしたちのために、主イエスは十字架にかかって命を捨ててくださったのです。それほどの神の愛によって、わたしたちは御前に生きる者とされたのです。

「わたしたちは、自分が死から命へ移ったことを知っています」(14節)とあります。確かに、わたしたちは神の愛を受けて「死から命と移った」のです。この「移った」という字は、訳し方からも分かりますように、既に完了したことを表す字です。死から命への移行は、もう完了しており、わたしたちは永遠の命に与る者とされているのです。神の愛の故です。その愛の表れである、主イエス・キリストの十字架の死の故です。主イエスがわたしたちのすべての罪を担って十字架にかかり、その罪の贖いをしてくださったからです。

その主の愛を覚えるとき、わたしたちは、これからはその主の愛に生きるほかありません。「だから、わたしたちも兄弟のために命を捨てるべきです」(16b節)とある通りです。そのような愛に生きることは難しく、失敗するかもしれません。しかし、だからこそ、失敗するたびに愛の源である十字架の主の許に立ち帰り、溢れるほどの主の愛の内にある自分を覚えて、改めて、兄弟を愛する歩みの一歩を踏み出してゆくのです。

 

京都大宮教会 牧師 渡邉宣一

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