あなたを生かす聖書の言葉

2018年7月1日(投稿)・主日礼拝説教(要旨)

戦う教会、勝利の教会  

 聖書「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について                                   Tヨハネ1:1)

 「戦う教会」(エクレシア・ミリタンス)、教会は古くから自分たちのことをそのように呼んできました。その戦いは、イエス様をどのように告白するかという戦いですが、教会は、地上にある限りその戦いを継続することになります。

Tヨハネは、イエス・キリストのことを「初めからあったもの」と言い、更には「御父と共にあった」(2)と言います。それは、主イエス・キリストは真の神であり、独り子なる神であるという告白です。教会はそのことを告白してきました。しかし、その「初めからあったもの」が、わたしたちが「聞いたもの、目で見たもの…手で触れ」ることできるようになったのです。それは、主なるキリストが、わたしたち人間と同じになったという告白です。主イエス・キリストはわたしたちと同じ真の人となられ、わたしたちの罪を担って十字架にかかり、わたしたちに代わって罪の贖いを果たしてくださいました。わたしたちは今や、その主イエスによって御前に生きる者、しかも永遠に生きる者とされているのです。ですから、主イエスは、わたしたちに御前での命を賜う「命の言」であり、「永遠の命」(2)を賜う真の神でもあるのです。

様々な妨げの故に、御子によって永遠の命を得ているという恵みの事態が見えなくなったり、主に対して不信を抱くことがあるかもしれません。しかし、「命の言」である生けるキリストのゆえに、わたしたちは確かに死に勝利する永遠の命に与るのです。地上の教会は、その意味で「勝利の教会」(エクレシア・トリアンファンス)でもあるのです。わたしたちは勝利の教会に連なるを得ていることを信じて、この地上にあってイエス・キリストを真の神、真の人と告白し続ける戦いをなし続けてゆくのです。

 

京都大宮教会 牧師 渡邉宣一

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