あなたを生かす聖書の言葉

2016年6月19日(投稿)・主日礼拝説教(要旨)

「先行する恵みの事実」

 聖書「この山に向かい、『立ち上がって、海に飛び込め』と言い、少しも疑わず…信じるならば、そのとおりになる。」(マルコ 1123)

山が動いて海に飛び込むということは、不可能なこと、あり得ないことです。そういう不可能なことでも、信じて祈りさえすればそのとおりになるということを、主イエスはここで教えようとしているのではありません。わたしたちがここで真に心に留めるべきことは、あり得ないこと、不可能なことを、実は神が実現してくださったという事実です。その不可能なこととは、わたしたちの罪の贖い、罪の赦しであり、罪からの救いです。それを、神は御子イエス・キリストにおいて成し遂げてくださったのです。

罪の赦しなど簡単ではないか、と思う人もいるかもしれません。でも、そう思う人は、この後の25節の主イエスの御言葉を考えてみるべきです。「立って祈るとき、誰かに対して何か恨みに思うことがあれば、赦してあげなさい。そうすれば、あなたがたの天の父も、あなたがたの過ちを赦してくださるであろう。」わたしたちは、自分に犯された罪を赦すことができるでしょうか。赦しほど難しいものはありません。山を動かすよりも難しいでしょう。一旦は赦したと思っても、何かのきっかけで思い起こして、その罪を恨みに思うということがないではないのです。しかも、そのようにいつまでも赦すことをしない自分のことは棚に上げて、神に対しては平気で御名を汚し、御前に罪を犯しているのです。そのようなわたしたちの罪が赦されるということは、山が海に飛び込むことよりも、はるかに難しいことなのです。しかし、それを、神は御子の十字架において成し遂げてくださって、わたしたちが御前に生きることができるようにしてくださったのです。

そういう恵みの事実が、わたしたちの歩みに先行しているのです。独り子なる神をさえ惜しまずに十字架に渡して、わたしたちの罪を赦してくださった神の恵みの御業を思って、わたしたちは主への信頼に生きるのです。

 

京都大宮教会 牧師 渡邉宣一

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