【御池通】
平安京の三条坊門小路にあたる。東は川端通から西は天神川通(葛野中通)に至る。途中、JR二条駅で中断。全長約4.9キロ。七月十七日の祇園祭山鉾巡行、十月二十二日の時代祭行列が通る京都のハレの道路である。今の御池通は、第二次世界大戦中の強制疎開や戦後の拡張により幅50メートルの立派な道路になったが、平安京の三条坊門小路は幅4丈であった。御池通の名の由来には諸説がある。
○神泉苑にちなむとする説
・此通の号は神泉苑の前通ゆへ斯よぶ(『京町鑑』)。
・神泉苑此街西にあるを以て御池と称す(『京都坊目誌』)
○二条殿の池にちなむとする説
・室町の東小路の南押小路殿とも二条殿ともいへり。普光園院の関白の御所有て池嶋など見所有て作りて住給へり。御池の十景とてあり。水明楼 梅香軒 御榻閣 蔵春閣 政平水 古霊泉 緑楊橋 観旧台 洗景亭 龍浴池 是なり(『莵芸泥赴』)。
・はじめ二条殿の池あり(『雍州府志』)。
・此通両替町人家の裏に御池の旧跡なりとて今僅かに残り池中に社等有とぞ(『京町鑑』)。
・此街烏丸に藤原良実二条家の祖先の別邸あり。今二条殿町と云ふ此邸内の池水を龍躍と号す。極めて清涼なり。此水三条坊門に注ぐ。之より御池と称す(『京都坊目誌』)。
○御所八幡宮にちなむとする説
・通高倉東入町に御所八幡宮の社有ゆへにかく呼べり(『京町鑑』)。 |