■鞍馬の町 左京区鞍馬は鞍馬寺の門前町。『京城勝覧』は「民家多し。茶店食店あり、宿を貸す。木の芽漬並びに山椒の皮を売る。山深き里也」という。名産の木の芽漬けは今にも残るが、炭を焼いて京の町に持ち込み、火打石を商った。特に火打石については、簣(竹と藁で編んだかご)に代金を入れて火打石と交換する「簣下し」は鞍馬の風物詩として著名であった。
■歴史 鞍馬寺は鞍馬弘教の総本山。松尾山と号す。本尊は尊天(護法魔王尊・毘沙門天・千手観音)。寺伝では、宝亀元年(770)鑑禎(鑑真の弟子)が毘沙門天を祀ったのに始まる。延暦十五年(796)藤原伊勢人が伽藍を建立して北方鎮護の道場としたという。平安時代以降、永く天台宗に属したが、昭和二十二年(1947)に鞍馬弘教を創始して、同二十四年総本山となった。古くから朝野の崇敬を集め、参詣の様子は『枕草子』の「近くて遠きもの・・・鞍馬のつづらをりといふ道」などで知られる。謡曲の「鞍馬天狗」は牛若丸の修行を題材にしたもの。
■見どころ 霊宝殿に安置されている毘沙門天三尊像(毘沙門天・善膩師童子は藤原前期、吉祥天は大治二年(1127)の製作)は国宝。外に定慶作の聖観音菩薩像や銅灯籠などは重要文化財。本堂背後にあった経塚の出土品は、経塚信仰が盛んであった平安後期のもので、我が国の代表的な経塚遺物(国宝)。
○貴船神社
■貴船 貴船の景観について『都花月名所』は、「鞍馬の奥僧正谷の岩上より見下ろせば千林の紅楓風に翻って錦を洗うが如し」という。貴船川の川床で納涼する夏もよいが、とりわけ秋の紅葉が素晴らしい。また、鞍馬といえば牛若丸を連想するように、貴船といえば、歌人の和泉式部と謡曲「鉄輪」の橋姫(詳しくは烏帽子岩の項)を思い出す。■歴史 貴船神社の祭神は高龗神。神武天皇の母の玉依姫が黄船に乗って貴船川をさかのぼり、当地に祠を建てたことに始まるという。樹木を育成する木生根(木生嶺)の神ともされる。平安遷都後、当地が賀茂川の水源にあたるため、水神として祀られるようになった。日照りや長雨の際には朝廷より奉幣使の派遣があり、日照りには黒馬が、長雨には白馬が奉納された。『京童』に「この御社は龍神なり。されば雨乞いにも、又雨をやむるにも。又夫婦の中をも守り給ふ御神なり」とある。平安末期から明治四年までは上賀茂神社の摂社。かつて社殿は現在の奥宮の地にあったが、貴船川の氾濫で流出し、天喜三年(1055)現在地へ移転。
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