楽しかった
ハワイ旅行。
1990年 9月 JA3ARI
2000年 2月 写真を挿入して再掲載
機会があって一家四人の家族旅行。楽しく行ってきました。と言いますのは、子供が二人とも大学生で、中学時代から親と一緒の旅行などは嫌がる様になり
ました。ですから、子供が大きくなってからの家族旅行なんて考えられないものです。子供は子供で友達同志で、親は親、これは何処の御家庭でも、だいたい同
じでしょう。
それがハワイツアーで、費用は親持ち、と言う事になれば、話は別。少し我慢すればハワイヘ行ける、と話に乗ってきました。それにパスポートも取れる
し、パスポートは数次ですので5年は有効ですし。
と言うわけで、子供達とは行きと帰り、資金支給時と、みやげ物購入時だけ一緒になり、あとは別行動となりましたが、それぞれ楽しくやってきました。
先ずは飛行機の中のエピソード。同じ飛行機には、おばたりあんの一行も乗り合わせていて、そのおばたりあん、機内をうろうろして窓から外を見て、
「あっ、この飛行機とまってるの?」とうちの子供に聞いたので「飛んでますよ」と答えたそうですが、アホやな「今赤信号で止まってます」と言うたらんかい
なー。と大笑い、そのおばたりあん、雲海を見て「雪の上を飛んでる」とも言うてましたなー。
ついでに、このおばたりあんの一人がハワイのトイ
レで、中から「誰か開けてください、開かなくなったー」と叫んでいた。と女房から聞いてまたまた大笑い。中から自分で閉めたものをと・・・・・別の女の人
が、外から中へ呼び掛けて居られたが、なんとも頼りない話で、子供が、こんな人を日本から外に出したらあかん。(失礼!)
私達はハワイ税関のええかげんさに驚いて「ええー、こんなんで通れる
のー」と言いながら通りすぎ、係の方に荷物を預けホ
ノルル市内と郊外観光に出掛けました。
この市内観光は土地勘を養うのに役に立ちました。あらかじめ地図を見て置いたのですが、地図と現地では感じがだいぶ違いました。でも、地図は頭のなか
に入れておいた方が何もしないよりは安心です。
昼食後、私達はクイリマに向かいました。クイリマはオアフ島
の地図では、ダイアモンドヘッドの見えるワイキキ
の丁度反対側に当たりますが、短い日程なので全部ワイキキ泊のほうが良いと言われる方も有ります。あっち泊まり、こっち泊まりはせわしない、と。
しかし、私達の日程は先ずタートルベイ・ヒルトン2泊です。
クイリマ迄のバスの旅も素晴らしく、火山性の山々を見てハワイへ来た
んだなと感じ、途中で停まったスーパーマーケット
でアメリカを感じ、オートマチックと外開きドアのバスで、はたまたアメリカを感じ。(さすがアメリカ、バスまでオートマチック)
クイリマは、全くのいなかで、何もありません、賑やかさもありません。でも、そのおかげで、先ずはのんびり出来ました。
ベランダには赤や黄色や緑の名も知らない鳥が遊びに来る、人を恐がらない。これぞ南国の楽園じゃ(これはワイキキでは味わえない)。
太平洋で泳ぎ、プールで泳ぎ、ゆったりした気分が味わ
える。ここで長逗留が出来たらいいだろうなと思い
ました。当然の事ながら青い目の人達が多い。(当たり前や、自分の国や)
ホテルのレストランでの出来事。私達夫婦が食事をしていたら、隣の席に外人が座った。(ちょと待て、周りは全て外人やがな。いや違う、あんたが外人や。
そうか)とにかく座った、そして、私達が食べているのを見て、あれがいい、あれ頼む、と注文していた。へーっ人の食べているのを見て同じ物を注文したり、
一人が注文するとみんなが同じ物を注文するのは日本人のお家芸かと思っていたのに、外人もするの?
日本人だけじゃない、人間みな同じや、と心の中でニヤッとしました。
クイリマから近いのでオプショナルツアーでポリネシア文化センターへ夫婦で出掛けました。来たからには遊ぶだけでなく、少しは知識を増やしておこう
と。考えは殊勝でも中身は、やはり遊びですね。でも一応は見聞を広めたし、それでもって結構面白かった。
ポリネシア文化センターはモルモン教団の経営で、なかで仕事をしている人は全てモルモン教の信者です。ハワイにはモルモン教団経営の大学も有って、日本
からの留学生も多い。その人達はアルバイトとしてセンター内の案内係をしている。私達のグループも日本人女子学生のガイドが付いた。
モルモン教の戒律は厳しく酒(アルコール)たばこ、それにコーヒーが駄目で、したがってポリネシア文化センター内は酒も煙草も駄目で(禁酒禁煙)コー
ヒーも売っていませんので、これから行かれる方は、それだけの覚悟が必要です。ただし、煙草は決められた喫煙場所があるので、そこだけは煙草を吸えます。
ハワイへ来たからにはフラダンス漬け
になるのは仕方がない。と覚悟はしていたがあっち
でも、こっちでもフラダンス。見るのは結構楽しいが、させられるのはかないまへんなぁー。それに、太った女の人が踊っても絵になるのがフラダンス。
さあ、移動だ。次はワイキキのヒルトン・ハワイアン・ビレッジ2泊。バスは来た時と反対の方向に走りだした。これは島をぐるっと廻ってくれるのだな。
値切ったつもりはないが、バスガイドは居ない。仕方がないので本で読んだ知識をひけらかして、ここはノース・ショア、ここはサンセット・ビーチお日さん
の沈むのが綺麗に見えるところ。などと言ってます内に広大なパイナップル畑の中に入り、そしてドール・パイナップル・パビリオン到着。ここは早く言えばお
土産店。まあ土産でも買うか・・・・・
ここで珍しい光景を見た。自衛隊、いや違う米国は軍隊や・・・がヘリコプターで次々と乗用車やトラックを運んでる。この平和に見えるハワイの地にも当
然の事ながら軍隊が駐屯し、国民も当然の事とし、こんな事しても誰も驚かない。
日本だったらどうだろうか、おそらく問題化するのではないだろうか。日本人は空気と水と平和は「ただ」だと思っている。しかし、この平和なハワイも、こ
のような力で以て保たれているのだなぁーっとパイナップル畑も見ずに大きなヘリコプターに見とれていた次第です。そして、このハワイの平和も日本の平和
も、いつまでも続くように頑張って下さいね。と念じる気持ちでした。
折りしもイラクがクゥエートに侵攻して世界が騒然としている今日この頃である。
あの辺りが真珠湾か、そうするとこの辺りはパールシティだなと勝手に思いながらバスは高速道路を走ってホノルル市へ、そろそろバスの旅も終わりであ
る。
バスはデューティ・フリー・ショッパーズ(免税店)に到着、引き続きホテル迄行くが私達四人は、ここで途中下車する事にした。そして子供達とも別れ
た。
ワイキキは全く都会である。街行く車、人、人、人、日本人が多い、それも若い人が、話のタネに寄ったルイ・ヴィトンの店なんかは殆ど日本の若い人ばか
り、そして、どしどし買っている。あーあ若い人は金持ちだなー。どうしてそんなにお金があるのか、みなさん稼ぎがいいんだわ。 歩き廻った、8キロいや
10キロに達したか、とにかく歩き廻った、見て廻った。
たけしの店。カレーの店、本人も失敗したと言ってたとか、聞いたが。夕食どき
で他の店ではお客が行列しているというのに、お客がまばら、時折日本人が表のたけし人形に並んで記念写真を撮っている程度。2度通ったが同じだった。後で
聞いた話で、息子が食べに行ったが、まずかったそうな。
これは私見ですが、表に大きく「スイカはない!」とポスターに書かれていた。スイカは
ハワイの地場産業、観光事業になっている。スイカ畑もあちこちに沢山ある。したがって大いに宣伝し売りたいに違いない。それを、たけしは洒落のつもりかも
知れないが、地元の人々の気持ちを逆撫でするような事をしているのだ。あれでは先ず地元の人が行かない。そして観光客は気紛れだ、日本から来てわざわざカ
レーを食べに行かない。地元の人に愛されなくては繁盛しない、と・・・
さて夕食時、ホテルのレストランでは高いだけだし、どこで食事しようか。幸いワイキキはお店も多い、安くてうまい店、客が表に行列している店を探そ
う。
そして入ったレストランはウエイターが青い目のお兄さん、で注文がまた大変。下手くそな英語で注文するが、なかなか通じない。それぞれにパンとライスを
注文したつもりがパンとライスが2人前出てきた。わーっこんなに食べたら又肥えるやん、と言いながら平らげた。くだんの青い目のお兄さんは私達夫婦の顔を
見てGood! Good!と言ってくれた。
ななめ前の席に座った日本人の若いカップル、お嬢さんが青い目のお兄さんと流暢な英語でやりとりを始めた。英会話教室にでも通っているのか自信ありげ
に会話している。そして、しばらくして出てきた料理を見て、向かいの席の彼氏に訴えた。
「私こんなの注文してなーい」。彼氏は黙って自分の皿と交換してやっていた。そんなことがあると聞いていた話が目の前にあった。
てんやわんやのレストランの話題は多い。周りが外人ばかりの店では少々心細かったが、どこでも親切だった。
日本語の分かる店は日本人が沢山食事しているので直ぐ分かる。そして日本と同じように食事が出来る。しかし便利なだけ値段が高い。エピソードを作りた
い方には、なるべく日本人の居ない店をお薦めする。ハイ、
それと果物が美味しく、豊富なのは嬉しかった。日本ではこんな値段で、こんなに沢山食べられない。ホテルのバイキングで、アラモアナショッピングセン
ターのバイキングで、はたまたスーパーで買ってホテルの部屋で堪能させてもらった。
土産物が足りなかったので、あちこちのショッピングセンターを歩き回った。市バスにも乗った。ふれ廻ったわけでも無いのに、それでも土産物を買うのに
相当の時間を費やした。反省として土産物は最小限にとどめたい。とにかく時間が足りない。
ダイヤモンドヘッドを望むワイキキの浜で泳いだ。プールでも泳いだ。クイ
リマの浜は砂浜だが海の中は背の立つところは大き
な石ころが多かった。
ワイキキの浜は、さすがに背の立つところもずーっと砂であった。これがダンプカーで運ばれてきた人工砂浜とは思えない。
泊まったヒルトンレインボータワーの最上階から見
たダイヤモンドヘッドと浜、市街地の見晴らしは素
晴らしく、まさしくハワイのこの地に私は立っているのだ。と新たな感激が沸いてきた。
サンセットも見た。太陽が海に沈み始め姿が見えなくなるまで、瞬きもせずに、と言うのは嘘だが、幸い天気も良かったので始めから終わりまで見ていた。ハ
ワイのが特に良いとは思わないが、いつ見てもサンセットには感動を覚える。それから間もなくサーッとシャワーがやってきた。
子供達は1人づつ別行動だったが、バイクに乗ったり、ハワイ大学に行ったり、それなりの体験をしたようだ。その中には深夜街を歩いていると青い目の女
の子(人)が寄ってきて、「Hしない? 学割もあるよ」と言われたそうな、その女の子、綺麗な子だったとか・・・・・
下の子は、さかんに大麻をすすめられた、と言っていた。
帰国の準備が始まった。まだまだ見てない行ってない所が沢山ある。今回の旅はハワイのさわりを見聞きしただけだ。今度来たときに行こう、などと自分を
なぐさめながら翌朝バスに乗り込んだ。
ハワイ税関での出国手続きは簡単で、どこで通ったかと思わせる。最後の買物で手持ちのドルを出来るかぎり少なくする。
機内の人となる。アメリカ側から来たツアーの団体客が多く乗っていた。そして、大阪空港へ・・・ランディング。アメリカのツアー客から拍手が沸いた。
帰りの荷物が増えたが、幸いこちらは4人も居り荷物持ちには事欠かない、通関も5分と掛からず、ああ帰ってきた! 無事に!
<完>
あとがき
ハワイから帰ってきた直後から、ハワイの魅力に魅せられて、家族全員が、また行きたい。機会があったら、お金が出来たら、ぜひ行きたい。と言っており
ます。私も同じ思いです。他の外国も沢山あるのに、なぜハワイに2度3度なのか、と不思議に思っていたのですが。
参 考
ラジオ・AM FM
AM は普通のラジオ、NHK、朝日、毎日、ラジオ大阪
が聴けるものであればOK。日本語放送もある。
FM アメリカは88MHz〜108MHzの受信出来る物
日本のFMは76MHz〜90MHzだから
日本の物だと88MHz〜90MHzの間しか聴けず
1局か2局しか聴けない。
テレビの聴けるラジカセをお薦めする。
テレビの1CH〜3CHが90〜108MHz
テレビ・ホテル据え付けの物で見られる。有料ではアメリカの最新映画も見られる
が字幕スーパーが出ないから念のため。日本語放送あり。
電 圧・アメリカは 117V(ボルト) 125〜110Vの変動はあるが、
ヘアードライアーぐらいは日本の100V用で、そのまま使える。
我が家は使ってきた、短時間では使える。但し保証は出来ない。
(日本の家電製品は電圧100Vプラスマイナス20% すなわち
80V〜120Vで稼働するテストをしております。その筈です。)
ご心配の向きは電圧変換器をお持ちください。