翼を広げて

 

「僕さぁ……生まれ変わったら、鳥人(ちょうじん)になりたいな」

 目の前に座っている、浅黄色の肩にかかるくらいの髪が風に弄ばれている青年――ケルアに唐突にそんな事を言われ、一瞬理解できなかった腰まである藍色の髪が同じ様に風に弄ばれていても気にしていなかったメルヴィーは、口につけようとしていたコップを離し、「……は?」取り敢えずそれだけ口にした。

「だーかーら、僕も空を飛びたいなーって事!」

 ケルアはメルヴィーと同じ形のカップをテーブルに置くと、何でこんな事も分からないのかなぁという表情を浮かべて溜息をつく。その事にはあえて触れず、いつも自分の背中に乗せて空を飛んでいるのにそれだけでは不満かと尋ねれば、

「自分で飛んでみたいの! ほら、また乗せてもらった時とは違う感じじゃない? 自分の好きなところに一人で行けるし。それに、例え今空を飛べる様になってもいつか厭きる日が来るでしょ? 鳥人だったら空を飛ぶのは当たり前だから厭きる事なんて絶対ないじゃん!」

 キラキラと目を輝かせて真剣にそう言うケルアの言葉に、いつも変な事を唐突に言うので思わず納得してしまい、頷く。お前にしてはもっともな意見だなと言えばきっとケルアを不機嫌にして無駄な時間を使ってしまう事になるので、それはあえて言わず。それにケルアを激怒させてしまったら大変な事になるのは、きっと一番一緒にいたであろうメルヴィーがよく知っている事である。

 納得してもらって満足したのかケルアはいつもの笑顔を浮かべるとコップを持ち、少し冷めてしまった砂糖たっぷりミルクティーを一口飲み込んだ。確かスプーン十杯分ぐらい入れていた様な気がする。甘い物が嫌いなメルヴィーにとってこれは嫌がらせにしか見えず、平気な顔して――というよりも笑顔を浮かべて何の迷いもなく砂糖を入れ続けるケルアを見て吐き気を覚えてしまった。一度俺の前で甘い物を見せるな、……いや、香りを漂わせるなと怒鳴った事がある。するといつもヘラヘラと笑っているケルアが真剣な顔をして甘い物がどれだけ体に良いか三時間ぐらい語り出した時があった。その後三日はまともに歩けなかったなと思い出しただけでも倒れそうだ。

 ミルクも、もちろん砂糖も入れていない紅茶が入ったコップに口をつけ一口飲み込み、唐突にケルアが言い出したので何も思わなかったがそういえばと後から思い出した事を口にする。

「……でもお前が思うほど空を飛ぶのは簡単じゃないと思うが。もちろん自分で飛ぶのだから疲れるし、調子に乗って上に上りすぎると空気が薄いから体力が消耗して飛び続けるのはもちろん、下に降りようとするのも困難だぞ」

 コイツならどこまで飛べるだろうかと試してそのまま帰らぬ人となりかねないな。本当にケルアが飛べたなら実際に起こりそうで笑えない。

 その話を聞いたケルアはコップを口から離してしばらく考え込んだ後、「それも……そうだよねぇ。それにずっと飛んでいたら筋肉衰えて歩けないだろうし……やっぱいいや。うん、止めた。僕はやっぱり人間のままでいいや」再び笑みを見せてから紅茶を飲み干した。コイツ意外と考えていない様で考えているんだな……。また紅茶入れてこよーっとと呟いてメルヴィーの後ろに行き紅茶を入れているケルアの後姿を見ながら、これからはもっと言葉に気をつけようと密かに思う。

「じゃあさ、何でメルヴィーの筋肉は衰えないの?」

 唐突にケルアが手を止め唸り出したので砂糖がなくなったのかと思ったが――入れすぎだ――、どうやら違うらしい。肩越しに振り返り、もっともな質問をされた。「あぁ……小さい頃から色々と叩き込まれたんだよ、妖術の使い方とか……。それに耐え切れた者しか翼を使用する事は許可されない」そう答えるとケルアは言葉では何も言わなかったが、予想通りものすごく嫌な顔を浮かべていた。

「うわー……それって我が子を崖から突き落とすライオンみたいじゃん。じゃあ一生地面に這いつくばって生きる鳥人もいるって事なんだ……。嫌だねー……」そう呟きながら砂糖の入った入れ物を取り出し――一体どれくらいの量の砂糖が入っているんだ?――、何の迷いもなく砂糖をスプーンですくってドバドバと入れている。

「まれにな。人間と違って長生きだから、普通は頑張らなくても自然と耐えられる様になっていくものだ」

 砂糖を入れているケルアの姿を見ないように視線を逸らし、落ち着かせる為に自分もすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干して立ち上がり、なるべく砂糖を見ないようにしてケルアの隣に並んだ。「へー……」つまりケルアの姿を見ない様にしているのでどんな表情を浮かべているのか分からないが、そんな興味のなさそうな声が耳に入ってくる。もう生まれ変わって鳥人になるのは諦めた、というよりも厭きたらしい。相変わらず面倒臭がりの厭きっぽい性格は、随分長い事一緒にいるが未だに慣れない。

「まぁ、鳥人になる事は諦めたけど……空を飛ぶ憧れはまだあるよ。と、いう事で……」そこで言葉を切るので紅茶をコップに入れ終えたのでポットを置きケルアの顔を見ようと少しコップから目を離した隙に、大量の砂糖を入れられた。「よろしくね、メルヴィー」その言葉にはちっとも心がこもっておらず、むしろいたずらが成功して喜んでいる子供の声に聞こえる。

 鼻歌を歌いながら自分の席に戻っていくケルアを見る事もできず、ただ底にたまっている塊の集まりから目を逸らせないメルヴィーは何とか意識を手ばなさない様頑張っていた。

End

 

 

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随分前に書いていた長編小説の主役達。これも頑張って続けようとしたのですが途中で終わった…;でも最後の部分もちゃんと考えているので機会があればまた書きたいですね。

最初は普通に空を飛びたいなという話を書こうと思っていたのですが、書いている途中でだんだん例えば人間に翼がはえたら足使わなくなるから筋肉衰えるだろうなと思い、母とそんな話をして、それにもし翼がはえたら手がなくなってしまうだろうとか余計な事を考えてしまい、こんな話になってしまいました;つまり簡単に言っちゃうとコウモリみたいな翼になっちゃうんですよー!(笑)ムササビでも化。というよりもこちらの方が想像つくと思う(笑)。

……シリアスでもなければグロでもない作品がやっと完成できたよヤッター!!v満足。大・満・足vvもう今までのは変に血が入っていたり暗かったりして…良かった、ちゃんと書けたんだ(涙)。大袈裟ですけど本当に嬉しかった。ギャグっぽくなってくれて嬉しいですv

面倒臭がりの厭きっぽい性格は私だ!(笑)

04年11月17日