ケータイ?

 

 ……アタシは今、ある事で悩んでいる。――って言っても、大した事じゃないって自分でもそう思うほど大した悩みじゃないんだけどね。そもそも、“悩んでいる”という言葉が今アタシの考えている事を表現するのにぴったりなのかと言えば……そうじゃない。だからと言って“考え事”って言うほど軽いもんじゃないし、“気になる事”とは違うような気がする……。

 取り敢えず、ナヤミゴト。

 ここら辺に生えているキノコは、余程条件が良いのか結構大きい。それはもう座れるほどの大きさと頑丈にふかふかの感触で、アタシから1番近いところに赤い水玉模様のかさ(、、)を持つキノコに座り込んでいる少女がいる。彼女の名前は、フィーア。最近あの“バカ”ネコが連れてきた新しい子なんだけど……不思議よねぇ。あの子人造人間らしいんだけど――これはもちろんあの子から聞いたんじゃなくて、勝手にあの“バカ”が話した――、何であんなに髪がさらさらなのかしら。肩にかかるほどの長さの漆黒の髪はいつもクシでといたかのようにさらさらで……はぁ、どうしてあの子をつくった人、もっと長くしてくれなかったのかしらねぇ。そしたらもっと色んな髪型にしてあげられたのに――じゃなくってッ!!

 そんな事に悩んでいるんじゃないのよ。第一、もう終わってしまった事を悩んだって時間の問題だしアタシがどうこうできる事じゃないわ。そうじゃなくって――、

 ちらっ、と横目でフィーアの横顔に視線を向ける。こう言っちゃ失礼だけど、さすが人造人間なだけあってすごく整った顔を持つ彼女は、今は眉間にシワを寄せて下を向き、手に持っている細くて彼女の髪と同じくらい漆黒の色を持つ四角いものを睨み付けていた。初めてそれを見た時、フィーアにそれが何かって尋ねたんだけど……余程その四角いものに集中していたのか、それから目を逸らさずにそれが「ケータイ」っていう名前をもつ事だけ教えてくれたの。多分フィーアの世界――フィーアが住んでいた世界とアタシ達が住んでいる世界とは別の世界なんだけど、その事は今回の“ナヤミゴト”に関係ないから省いとくわ――では当たり前のものなんだと思うんだけど……ケータイって、携帯、の事……よねぇ? ……しばらく行かない間に変な名前を持つものが出回ったわね……。

 まぁ、それはどうでも良いのよ。ただ、アタシが“悩む”のは、ここ最近――って言っても今日で3日目だけど――ずっとフィーアが難しい顔をしてそれを見詰めている事にあるの。ケータイだろうが何だろうがアタシには関係ないけど、それがフィーアの難しい顔をする原因なら話は別。

 マウスピースから口を離して溜息と共に濁った煙を細く長く吐き出した。青と白の縞模様の長いホースにマウスピースを寄りかからせて土がつかないように置き、立ち上がってゆっくりとフィーアの隣に立っても、彼女は全然気付かないのか全く反応を示さない。ただ、ケータイを押している右手が、注意深く見ていないと分からないけど微妙に動いているだけ。

 自分でも思わず眉をひそめたのが分かった。本当は今すぐにでもケータイを取り上げたい気持ちなんだけど、さすがにフィーアに対してそんな事するのは気が引けたので、取り敢えず自分を落ち着かせる為に軽く深呼吸。

「ねぇ、フィーア」

 いつもはすぐに反応して大きなステークブラウンの瞳をこっちに向けてくれるのに、返事すらしてくれない。……フィーアの視線を独り占めするケータイに苛立ちを覚える。ちょっとね。

「フィーア」

 もう一度、さっきより強めの口調で名を呼べば、余程集中していたのか本当に気付いてなかったみたいで、少し肩を強張らせて私の姿を確認すると、「ちょ……と、待って」再び視線をケータイに落として途切れ途切れにそう伝え、親指を動かして色んなボタンを高速で押し始めた。アタシにはでたらめに押している風にしか見えないけどフィーアにとっては意味ある動作みたいで、すぐにその作業を終えるとケータイを折りたたみ、顔を上げていつものようにアタシの目をしっかりと見詰めてくる。

「何でしょうか?」

 そう言って少し首を傾げるフィーアを見て、アタシはちょっと焦りを覚えた。用があった訳じゃなく、単にフィーアが何をしているのか知りたかっただけなのに、わざわざその原因を止めてアタシの方を見られるなんて……。そりゃ止めて欲しいとは思っていたわよ。けど……矛盾しているけど、そのままやり続けていてくれた方が聞きやすいのよねぇ……。最近ずっとフィーアはケータイなんかを見詰めていたからこっちを向かせる事ばかり考えていて、この子が、何か話し合いたい時はちゃんと目を見て話してくれるなんて事、すっかり忘れていた。

 ただ知りたいという、そんなくだらない理由でフィーアが夢中でやっている事を止めたなんて、彼女が知ったらどんな気持ちになるのか……。フィーアは優しいからきっとアタシには笑顔を見せて許してくれるだろうけど、やっぱり良い気持ちにはならない。

「え、っと……」少しだけ視線を逸らし、ちょっと質問の内容を考える。「何だか難しそうな顔をしていたけど、大丈夫かしら、って思って」

 視線をあわせながら恐る恐るそう口にすれば、フィーアは意外にも少しだけ目を見開いて驚きの表情を見せた。あら、気付いてなかったのかしら? 普段は笑みを絶やさない子だけあってあんなに難しそうな顔をしていたから、てっきり何か良くない事でもあったんだと思っていたんだけど……。

「え……。私、そんな顔していましたか?」

 逆にアタシに質問をしてきたので、「ええ」短く答えながら頷けば、フィーアはあごに手を当てて俯き、自分でも意外そうな表情を浮かべている。

 取り敢えず、言葉の選択を間違えなかった事に心の中で安堵の息を吐き、しばらくの間フィーアに考える時間を与えてから次の疑問を口にする事にした。「そんなに夢中になって、一体何をしていたの?」こうつなげるのはおかしくないわよ、ね……?

 不思議そうに首を傾げてまだ考えていたフィーアは、アタシのその質問を聞くと勢い良くこちらを振り向き、何だかいつもよりも輝きが増している笑みを浮かべながらケータイを指差した。

「ケータイでゲームをダウンロードしたんですが、そのゲームの世界観がここの世界観と良く似ていて……思わずハマってしまったんです」

 今まで難しそうな表情で見詰めていた漆黒の四角い物体を、まるで新しい発見をした子供が親に自分が少し賢くなった事を主張するかのように、本当に嬉しそうに紹介するものだから思考が追いつかず、目を(しばたた)いて一瞬ぽかんとしてしまったが、「そう、なの……。それは良かったわね」ゲームをダウンロードするとかその詳しい方法まではよく分からないけど、彼女の笑みにつられて思わず笑みを浮かび返す。

 バカらしい……と思ったのは、もちろん彼女に対してではなく、アタシに対して。てっきりアタシはケータイとかのせいでフィーアが悩んでいるもんだと思っていたけど――それもアタシに言えないくらい重大な――、それどころか、アタシ……達の住むこの世界と似ていると喜んでくれていたなんて……。構ってもらえなくなった子供みたいに拗ねて嫉妬していた自分がバカらしくてしょうがない。

 それならどうしてあんな顔をしていたんだろうと考えれば、1つ可能性が減った事によりすぐに答えに結びつく。フィーアの顔色を伺うと共に視界の中に入ってきた小さな光。あんな光を長時間、しかもあんなに小さい画面に出てくるものを見詰めているのだから無意識のうちに目をすぼめてしまっても仕方がないのかもしれない。――なんて事、今更気がつくなんて本当……溜息しか出ないわね。

「フィーア」先程まで抱いていた疑問の答えに続いて思い浮かんできた言葉を言おうと名前を呼んで、ふと気付く。やりすぎると目が悪くなるわよ、という言葉を聞いて彼女はどう思うのか……。フィーアは自分から人造人間だという事は言っていない。でも多分それはもうアタシが知っているって分かっているからあえて言っていないだけなんだと思う。つまりそれは口にしたくない事、って受け取れば、その言葉を言って彼女が気を悪くしないのか……残念ながら今のアタシはすぐにその答えを導き出せないでいた。

 名前を呼んだまま……多分顔をしかめているアタシを見て、フィーアの表情も、あんなに笑顔で輝いていたのに心配そうに首を傾げて無言で続きを促している。

 このまま、何でもないと誤魔化す事ももちろんできる。だけど、アタシがそうだったみたいに相手が悩んでいるかもしれないのに何も相談してくれないのは、色んな悪い可能性がとめどなく浮かび上がってきて余計に心配してしまうもの。あの“バカ”だったらそのまま苦悩し続けろってほっとくんだけど――そもそもアタシの事なんかで苛立つ事はあっても心配する事なんて皆無だと思うけど。たとえそうしないと世界が滅びるなんて大げさな事になってもしないわ――、フィーアには……勝手だけどいつも笑顔でいて欲しいのよね。

「え、っと……楽しむのは良いけど、やりすぎると疲れるからちゃんと休憩も取りなさいよ」

 取り敢えず遠回しの言葉を選んでみると、一瞬きょとんとした表情を浮かべたフィーアはすぐに笑顔に戻ってくれた。

「さて、と……」これ以上自分の勘違いから始まったケータイの話なんてしたくなかったので――それにアタシはフィーアをケータイから一瞬だけでも離したかっただけだし――、まるで自分にも言い聞かせるようにそう口にしながら両手を腰にあてて首だけを左の方へ向ける。

 今日も良い天気で空は雲1つない快晴。この草原に目立つものといえば、ただやけにでかい――といっても人間が座れるくらいの大きさと高さを持つキノコがそこここに生えているだけで、アタシ達を日光から遮るものは何もなかった。なので、そんな場所から見ればアタシの視界の中に入っている森の中へと続く1本の細い道は、隙間がないほど埋め尽くされた木々に隠れていつも以上に薄暗く見える。……だからといって、この森はアタシの庭のようなもんだから、恐怖も何も感じないんだけど。

「ちょっと散歩がてらにチェシを捜してくるから、もしここにきたら捕まえておいてくれないかしら?」

 視線を再びフィーアに戻せば彼女もアタシが向いていた方に顔を向けていて、すぐにアタシの方に向けた顔にいつもの笑顔を浮かべながら「分かりました」そう答えてくれたので、アタシは返事の変わりにありがとうの思いを込めて満面の笑みを浮かべ返す。

 背中を向けた途端、「いってらっしゃい」そんな言葉がアタシの耳に届いたので思わず前へ出かけた足が止まってしまった。背中全体にぞくりと冷たいものを感じたので反射的に右手で左腕を掴むと同時に肩を強張らせた為か、肩越しに振り返る動作がまるで錆付いたネジを回すかのようにやけにぎこちなく感じる。だが、視界に入ってきたフィーアはその事に気付いていないらしく、思わず動揺してしまった事を知られなくて心の中で安堵の息を吐き、

「……いって、きます」

 いつものように自然と笑みを浮かべながら、未だになれない言葉を吐く。

 いってらっしゃい、と、いってきます。そんな言葉、フィーアが来るまでは知らないも同然なほどアタシから誰かに言った事もないし、誰かがアタシに言ってくれた事もない。そんな中で生きてきたものだから初めて言ってもらった時には、理解するまでしばらく黙り込んだ後に「え?」結局もう一度言ってもらうように促す一単語しか出てこなかった。その言葉はまるで異国語を聞いているかのように、言葉とではなく音色として耳に届く。

 アタシが言葉に驚いたと同じくらいフィーアはアタシが驚いた事に驚いていた事を思い出し、今度こそ森へ足を向けながら思わず顔が緩んでしまった。背を向けているから見られていないとは分かっているけど、そんな自分を客観的に見てみると恥ずかしかったので、つい手で口を覆い隠してしまう。

「チェシャーキャットさんとは挨拶しないんですか?」

 そう尋ねてきたフィーアのステークブラウンの瞳に見詰められて、アイツと口論以外した事がない、と……いつもならすんなり出てくるはずの言葉は喉につっかえ、思わず視線を逸らしてしまった。

 ……確かそれからだったと思う、チェシとアタシが口論以外で喋るようになったのは――といってもやっぱりすぐに口論しちゃうけど――。今だって、自分からチェシを探しに行くなんて事、昔のアタシでは考えた事すらないわ。何か、新しく現れたそのたったひとりによって少しずつ溝が埋まっていくなんて本の中の話みたいで現実味がないけど、でも確実にアタシの世界は変わったと思う。空はこんなに青かったかしら? 草原はこんなに広かったかしら? アタシの頬をなで髪を弄ぶ風の温かさ、葉がこすれあう音、時の流れ――、何より、チェシと口論している時、前よりも苛立ちをあまり感じなくなった事に1番違和感を覚えたわ。思い返してみると、アタシも随分と変わったわねぇ……。

 さてあの“バカ”ネコを見つけたら何て言ってやろうかしら。アイツの言い返す言葉も予想しながら、アタシは地面を覆い尽くす枯れ葉に一歩足を踏み出した。

 

 

 ……まぁ、“バカ”ネコには端から微塵も期待はしてなかったから別に良いのよ。アイツを探すのはついでだったし、実際見付からない方が無駄な苛立ち感じなくてすむし――矛盾してるけど、まぁあれは勘違いしてちょっと恥ずかしかったから逃げる為の口実みたいなもんだったし――。

 だけどッ! そう思っていたアタシも、草原の真ん中に見える人影を見て、我が目を疑った勢いで足が止まってしまった。そう遠くない所に、アタシが森へ向かった時と変わらずフィーアは赤い水玉模様のかさ(、、)を持つキノコに座っているけど、そのキノコから、あちこちに飛び跳ねている為にやけにボサボサとしたピンクのものが生えている。しかもそのピンクが生えているが為に自然とフィーアの体とべったりと引っ付いていて、更にあの小さな漆黒の四角い物体を一緒に見ているもんだから――近い。近い近い近すぎるわよちょっとッ!!

 湧き水のように溢れ出てくる気持ちと言葉を抑え込もうとすると、自然と前へ踏み出す足に力が入る。そんなアタシの感情が漏れ出していたのか、あんなに近くで呼びかけても1回目は耳を通り過ぎていっていたフィーアも、後数メートルという所で顔を上げて、「お帰りなさい」満面の笑みで迎えてくれた。その言葉に続いてキノコに突如生えたピンクの物体ももそりと動き――アタシと目があうと、黄金に輝く瞳の中ではやけに目立つ真っ黒な縦に長い瞳孔が更に細くなった。

「ただいま」視界になるべくピンクが入らないように逸らし、フィーアに向けて同じく笑みを返す。それから軽く息を吸い込み、「ごめんなさいね、放浪癖者を留めておくのは大変だったでしょう?」

「生まれた時から害虫よりはマシだと思うけどね」

「はぁっ!? それってどういう意味よ!?」

 そこまで間髪を入れずトゲを含んだ言葉が飛び交った。いつもならばお互い視線を逸らしたまま吐き捨てるような言葉がもう少しの間飛び交っているのだが、あの“バカ”ネコの遠回しなアタシへの発言に弾けるように視線を向けて思わず声を荒げてしまう。

 タンクトップにベルボトムという、今の季節には似合わないやけに寒そうなかっこうをしている割にはもこもこと暖かそうなディープロイヤルパープルのファーを肩にかけていて――しかもそれがたとえ猛暑であろうが平然とした顔で首に巻きつけているんだから、見ているこっちが暑くなるのよ――、その毛先を振り回していた“バカ”はアタシの方を視線だけ向けると、自分の思い通りに動いた事を喜んでアタシを小バカにするように口元を吊り上げやがったのよ腹立つ―――ッ!!

 今にも掴みかかりそうなアタシ――それでも怒りを抑えているのは決して“バカ”の為を思ってじゃなく、フィーアを悲しませたくないからよ。それを知っててアイツは好き勝手言いやがるのよあーもー本ッ当腹が立つッ!!――を尻目に悠然とキノコから立ち上がると、右手を伸ばし左手で右腕の肘を持つと大きく背伸びをしながら数歩前へ進み、「がいちゅーだよ、が、い、ちゅ、う。……フィーアのやっているゲームでもそう書いてあったしさ」最初はあくび混じりでこもった声だったが、立ち止まると同時に勢い良く両腕を下ろすと肩越しに振り返りながら、フィーアの持っているケータイを親指で指し示した。

 ゲームと言われて、ふと先程フィーアが言った台詞を思い出す。世界観が良く似ている……とは言っていたけど人物が似ているとまでは言わなかったから、フィーアまでもがイコールさせた……って事はない、わよねぇ……? 疑いたくはなかったが、もしそうだとしたら怒りの前に落胆が現れた。

「万国共通なんだねぇー、イ」

「うるせぇ黙れ喋るな突っ込むぞ」

 思わず溜息が出そうになっている時にやけに場違いな声が聞こえてきて、更にはあの言葉を言おうとしているもんだから、フィーアの事を考えていた時には姿を消していた怒りが“バカ”の声を聞いただけで噴出し、遮る為に早口にまくし立てた。ただでさえ嫌いなそれを、アタシの自慢の髪が碧緑(へきりょく)色だからってあだ名にしないで欲しいわね……。

 その言葉に反応したのは肝心の“バカ”ネコではなくむしろアタシの唯一の抑止であるフィーアで、視界の端でびくりと肩を強張らせた彼女を見て罪悪感を覚えなかった訳ではなかったんだけど……しばしの間前方を見ていた“バカ”がゆっくりとこちらを向いてあの不愉快な気持ちにさせる笑みを見せた途端にそんな余裕は微塵も残らなかったの……ごめんなさいね本当に。今すぐ“バカ”を黙らせるからちょっとの間辛抱して頂戴。

 先に仕掛けてきたのは、“バカ”だった。

「へぇー……何をどうやって突っ込むのかな? 教えてくれない?」

「良いわよ実際にやってあげるわ」

「それはぜひとも勘弁だね。こっちよりずーっと博識なんだからさぁ、言葉で説明してよ」

「あら、百聞は一見に如かずって言葉知らないかしら? 昔の人も、聞くより見る方がはるかに理解できる、と言ってるのよ。それにアタシも百回もおバカな子猫ちゃんに聞かせる時間、もったいないと思うし。すぐに終わらせてあげるから身をもって知りなさい」

 そこで右手を上げて、ずっと前に、随分と汚れてしまったので新しいのに変えた青く塗りたくられたつけ爪を見せ付けると、“バカ”は今までの間髪を入れずに投げ合ったので言葉を使い果たしてしまったのか一瞬顔を歪めた。その表情にアタシは一瞬勝利を確信して自然と口元を吊り上げたんだけど……あの“バカ”が素直に負けを認める訳なかったわね……。

 顔を背けて仰々しく溜息をつくと、新しい内容が思い浮かんだのか最後を特に強調して吐き出した。

「あーあ。フィーアのゲームに出てきた方の方がよっぽどちっちゃくて可愛かったのにー。本当うるさいよねぇー踏み潰して黙らせたいよなぁ!」

「やれるもんならやってみなさいよ! もっとも、その為には放浪なんかに使う時間を身長伸ばす手段を考える時間に置き換えないといけなくて大変でしょうがね。さてアタシはどれだけ待ったらいいのかしら」

「あははそれならテラーは成長しすぎて大きくなっちゃったんだね。テラーも大変なんじゃないの? これから脱皮とかしてさーどれだけ大きくなったら気が済むの? さすが存在自体邪魔な害虫だね」

「あーら自分さえ良ければ自分を信用してくれている人でさえ利用し簡単に欺く子猫ちゃんよりはマシなんじゃないのー?」

「あれーそれってフィーアのゲームにも似たような台詞があったけど……もしかしてパクっちゃった?」

「それは知らなかったわごめんなさいね。でも先にパクったのは子猫ちゃん、そちらさんじゃないかしら?」

「パクったんじゃなくて事実だし。イ」

「お口にチャックが必要なようね」

 お互い顔に笑顔を貼り付けながらまるで間を開けずにつなぎ合わせないといけないかのように言葉を並べていたけれど、やっぱりあの単語を発しようとする口の動きを見るだけで頭の中を熱い何かが走り抜ける。それが何かなんて理解するより先に口から勝手に言葉が出て、気が付けば足を一歩前に出してすぐ目の前にいる“バカ”の喉元を目掛けて右手を勢い良く伸ばしていた。が、後少しというところでまるでよろめいたかのように自然の動作で“バカ”はアタシの手を避けたもんだから、目標を失った為に手が止まれなくなったので上半身は傾き、反射的にたたらを踏んで何とか土で全身が汚れてしまうのを免れる。

 前屈みの状態のまま体中に残っている焦りを拭う為に胸を押さえながら、ふと視線を上げてみると“バカ”と目が合って、

「“イモムシ”は地面を這いつくばっているのがお似合いだよ」

 焦りと体勢のせいもあってか遮る事はできずにもろにあの単語が耳にするりと入ってきて、頭の中でそれだけがやけにうるさく強調されて響く。背筋に悪寒が走ったかどうかさえも分からないほど頭の中が一瞬真っ白になったけど、すぐにたった1つの単語が浮かび上がった。

 消す。

 

 

 結局あの後、あの“バカ”とアタシの間に飛び込んで両手を広げ、必死な表情を浮かべながら懇願するフィーアのおかげでアタシは我に返って“バカ”ネコは命拾いしたのよねぇ――別にあんなの助けなくてもいいのに……まぁそこがフィーアの優しさでもあるしアタシが惚れたところでもあるんだけどね――。本っ当……あの“バカバカバァ――――ッカァ!!”がいるせいでアタシの悩みは尽きる事を知らない……。溜息しか出ないわよ。

 …………でも、ね……認めたくはないけど、悩んで“バカ”と口論して体を動かして――、そんな日常を最近は楽しいと感じてきた自分がいる。それもこれも、ぜーんぶフィーアのおかげ。彼女が来るまではアタシの日常は真っ白だった。そこに色をくれたきっかけはフィーアだけど……色が増えたのは…………まぁ、あれのおかげなのよね、あれ。

 ……ただの生きた人形だったアタシに命を吹き込んでくれた、なんて言ったら大袈裟かもしれないけど、フィーアは数え切れない事をアタシに教えてくれて、数え切れないほどアタシを救ってくれた。だから今度はアタシが……何もできないけど、せめてアタシの大好きなフィーアの笑顔を守りたい。今回は……まぁアタシの勘違いだったって分かったから良かったけど、あんな表情を浮かべて苦しんでいるフィーアは見たくないの。

「……ねぇ、そのゲームってどんなゲームなの?」

「やってみますか? きっとテラーさんも好きになってくれると思います」

 言葉をまくし立てていた為に喉が渇いたから紅茶を入れたので、丁度向かい合わせになるように生えているキノコに座ってフィーアと紅茶を飲んでいる時に――アイツは例の放浪癖が始まったわ――、口論ですっかり忘れていたけれど、きっかけとなったケータイでやっていたゲームの内容が気になったので聞いてみれば、フィーアは膝の上に置いてあるソーサーの上にまだ少し紅茶が入っているカップを置いて、こぼれないようカップを押さえながらポケットからあの漆黒の四角い物体――ケータイを満面の笑みで渡してくれた。

 最悪の場合壊そうとも思っていたそのケータイを受け取ったアタシは、複雑な思いで見詰めてから視線を逸らさずにぽつりと呟く。

「どうやるの……?」

 操作を教えてくれるだろうと予想していたんだけどフィーアが全く何も言ってくれなかったので、不安になったので顔を上げれば、取っ手に人差し指を差し込んで持ち上げようとしていた彼女のぽかんとした表情が目に入ってきた。

 どうしたの、と尋ねる前にフィーアが失笑を漏らし、そして声をあげて笑い出すものだから、今度はアタシがぽかんとする番だった。

「ご、めんなさ……い。ちょっと似、ていて……」まだ笑いが収まらないままそこまで口にし、息を吐いて落ち着いてからいつもの柔らかい笑みを浮かべてくれた。「一緒にやりましょう。百聞は一見に如かず、ですからね」

 そう言うが早いが、ソーサーごと持ち上げて「ちょっと隣、よろしいですか?」そう尋ねてきたので頷いてちょっと横にずれたら、しつれいしますと言いながらフィーアが横に座って自分の膝の上にソーサーを置き直す。

「じゃあ、携帯を貸して下さい」

「あ、ええ……」

 左手でコップを支えて右手を差し出してきたので言われるがままに手のひらの上にケータイを置くと、ぱかっと音を立てて漆黒の四角い物体を開いて、光り輝く画面をアタシの方に見せてくれながらゲームとは関係ない他の操作まで丁寧に説明をし始めてくれた。

 フィーアの笑いながら言葉にしたあの台詞が少し気になったけど、今の幸せを逃がすほどアタシは愚か者なんかじゃない。フィーアの鈴を転がしたような心地良い声を聞きながら、思わず口元に笑みが浮かんだ。

 醜い感情も抱いたけれど、ケータイ、ってヤツにちゃんと感謝しないとね……。

 

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リハビリ…。
最初から雑文と決め付けていると幾分が気が楽で、だらだらとここまで書ける事ができましたv(でもやっぱり気に入らないところはある)

真面目に書いたヤツに1度も出していないのにゴミに先に出してしまってすんませんテラーさん;
や、言い訳しますとお気に入りのキャラでもありましたし、随分前(2005年9月11日/…)にはその前の小説で“知人”と主人公の遠回しな表現でも出したし絶対に出そうと頑張ったのものの、気に入らずにさよならされてそのままで…他にも書きたいものを書いていたらいつの間にかあーれー…ってな感じ、で…(滝汗)。
でもさすがにゴミが先なんて可哀想だなとは思いましたが、ここでフィーアがしている歪アリに出てきたチェシャ猫と芋虫の関係?が、ずっと考えていたこの2人の関係にすごくマッチしていて、それで忘れないうちに、と…。
……本当にごめんね。肝心のオカマさんという事は口調で何となくわかるだけだし(おいそれ1番重要だろ)。
しかし…やっぱり書いていると色々設定が変わってきますねぇ…。チェシャーキャットとテラーの仲は最初『良く口論するが別に仲が悪くてしている訳ではない』だったし(今ではこんなにひどい;)、テラーさんは虫全般が嫌いだったんですけどそれなら森の中で暮らしにくいだろうなと思ってあれだけにしたり…。
1番大きく変わったのは、やっぱりテラーさんの性格、だな…。何だこのフィーアへのベタボレっぷりは;;

やっぱりあとがきで説明しないといけない…(失意体前屈)。いいのさ駄文なんだから。
チェシャーキャットの事を「バカネコ」とか「バカ」とか呼んでいるテラーですが、“バカ”としているのはテラーが強調して言っているという事を示す為です。
最後にフィーアが笑いながら「似ている」と言ったのはチェシャーキャットの事で、あんなにケンカしていても似ているところもあるんだなと笑っていたんです。これをあえて説明しなかったのは、もちろんテラーが知ったらあんまり良い顔をしないだろうし知らぬが仏だろうなというフィーアの配慮です一応。

しばらく書いてなかった為か、チェシャーキャットの口調忘れてたよ…;(おい)

06年11月11日