夜会話
「後で、またいつもの場所でいいかしら?」
皆と食事が終わった後、スカーレルは生徒と話しているアティの肩を指先で叩いてそう耳元で呟き、彼女が頷いて分かりましたと言ってくれたのを確認するとその場を後にする。
スカーレルとアティは時々夜に船外に出て話をしていた。もちろん彼女の方から誘ってくる時もあるし――といっても遠慮しているのか自分から誘う方が多い――、話の内容は色々で、その日あった出来事や思い出など話している。別に部屋でも良かったのだが外の方が気楽に話せるだろうし、なにより夜景を見ながら話した方がロマンチックだと、最初に誘ったスカーレルはそう思ったのだ。その時は助けてもらったお礼に手鏡を渡したくて誘ったが、今日は彼女にお願いがあって外に出てもらったのである。
「だって、アタシだけっていうのは納得できないわ……」
そんな事を考える自分に呆れを感じ溜息を吐きつつ、しかしそんな自分を納得させようとそう呟く。
†
アティはいつも生徒と話をしてから来るので、いつもスカーレルが待っている事になっていた。いつもならこの待ち時間はあっという間にすぎていくのに、今日に限っては異様に長く感じる。
「すみません、いつも待たせてしまって」
そう言いながら急いで走ってくるアティの姿が目に映った。「いいわよ。生徒の面倒を見るのが、センセの役目でしょ?」それに毎度の事なんだから、いちいち謝らなくてもいいわよ。そういっても彼女は、いいえ、待たせているのには変わりないんですから! 荒い息を整える暇も惜しんでそう言うので、分かったとしか言えなかった。
「で、スカーレルさん、今日は一体」
「そう、それよ」
アティの言葉を遮ってそう言ったので、彼女は不思議そうに首を傾げた。あーこの子、今朝同じ事を言われたのにもう忘れているのかしら? 確かに予想外の事が起こり続けているので忘れてしまっているのかもしれないが、こればかりはスカーレルもショックを受ける。
「呼び捨てで構わないって、今朝も言ったじゃない」
思い出したのかアティは「え」何故か困った表情を浮かべ、それを見られない様にする為か俯いてしまった。
呼び捨てでいいと言い出したのはカイル。仲間なんだし、いつまで経っても“さん”づけなんてまるでそれ以上仲良くなるのを避けているみたいだったのでもちろんその意見には皆賛成だった。しかしソノラはすんなりと言えたのにカイルの名前で舌を噛んでしまい、それっきりになってしまったのである。つまり、スカーレルについては何も触れていなかったのだ。
ボソボソと呟いている彼女を見ていると――俯いている為表情は分からなかったが――まるで苛めている様で、確かに普段から反応が面白かったのでからかってはいたが、これではいい気がしないし後味も悪い。
「……別に嫌なら嫌って言ってくれていいのよ?」
「いえ、そんな事はないんです!」
半分諦めつつ呟く様にそう言うと、アティは弾ける様に顔を上げて否定する。その顔が心なしか赤くなっているように見えたが、月明かりしか光がないここでは良く分からなかった。
勢い良く否定したのはいいが次の言葉は思いついていなかったのか、「だから……その」アティは再び俯いてしまった。あら、これはちょっと……面白い展開になってきたわね……。予想外の行動をとってくれた彼女を見て思わず笑みを漏らし、気付かれないよう口元に手を当てる。
「だから、なぁに?」
笑いが納まった後、腰に手を当てアティの顔を覗き込むように腰を曲げてそう聞くと、それに驚いたのか彼女は勢い良く顔を上げ口元に手を当てて数歩下がってしまった。そんな純粋な反応をした彼女を見て思わず失笑してしまい、口元に当てていた手を少し離したおかげで彼女が何か言おうと口を動かしているのが見える。
「――っ! ……分かりました。でも、スカーレルさんも一度でいいから名前で呼んで下さい」
あら、そうきたのね……。条件付きというのはあまり気に入らなかったが、確かに自分も名前で呼んでいない事に気付き、それではこちらの勝手になってしまう。まぁ今回は少し苛めすぎたし……。少し心配そうな表情を浮かべて返事を待っているアティに向かって安心させる様に満面の笑みを浮かべ、「アティ」なるべくはっきりと聞こえる様にそう言った。
「これでご満足かしら?」
何度も大きく頷くアティは、未だに口元に手を当てている。あら、アタシ何か変な事言ったかしら? 考えても答えは浮かんでくるはずはなく、まぁいいわと諦め、取り敢えず今は彼女が自分の名前を呼んでくれるのを待つ。ほら、アタシはちゃんと呼んだわよ。笑顔でそう訴え続けていると彼女は覚悟を決めたのか――何の覚悟かしら――俯いて、
「……す、スカーレル………………」
小声だったが、まるでこの島にはスカーレル達しかいないかの様に静かでアティの声ははっきりと耳に入ってきた。何だか異様に嬉しくて、自分でも何故こんなに嬉しいのか分からない。まぁ後でじっくり考える事にするわ。
未だ俯いているアティに近付き、頭に手を乗せ軽く二回叩くと「子供じゃないんですから」手を払われてしまう。「あら、そうなの?」わざとそう尋ねるとやっぱり怒られた。でもその怒り方が全然怖くなくむしろ可愛い方に入って、だからからかいたくなるの、分かっていないのかしら。自然に笑みを浮かべてしまう。昔の自分では考えも出来なかった笑み。
「随分冷えてきたわね。風邪をひかないうちに、中に入りましょ」
そう言い残し船に向かうと「話を逸らさないで下さい!」後ろからアティの怒りが混じった声が聞こえてきた。本当、センセの行動は予想できないわ……。走って隣に並ぶ彼女を見て、再び笑みを漏らす。
こんなアタシがこんな幸せを味わっていいのかしら?
でももう少しだけ……彼女の笑顔を見させて。
End
初のサモンナイト3小説。第5話突入前二人のイメージはこんな感じ。
例え駄文だろうとスカ様が書けて満足。
微妙にスカアティだったり(これは絶対影響だな)、暗い過去がある事など予定外な事ばかり書いていますが、それでも満足(おい)。
…しかし、微妙に口調が分からなかったり;何か変になってくるんですよねー…。
第3話より。何でスカ様には触れないのという私の怒り(といったら大袈裟だけど)から出来上がってしまった小説。意外とスカ様気にしていたらかわいいなーとか思いつつ。
背景黒ばっかりですね…。夜の話が多いからなー…;
次はもっと明るい時刻の時の話を書こう。
04年9月15日