記憶を取り戻しても

 

 下がガタガタと騒がしい中、春華は丁度その騒がしい部屋の真上にある部屋の窓の近くに腰掛けて外をぼんやりと眺めていた。丁度空が赤く染まる時刻。この時の空が一番綺麗だと春華は思っていた。下がうるさくてのんびりと出来なかったが。

 どうせまた勘太郎とヨーコがくだらない事で喧嘩しているのだろうと、特に気にしなかった。というよりも、今考えている事に夢中でそんな事を考えている余裕がなかった。封印されて鬼喰いとしての力がなくなった今、“鬼よりも遥かに強いから春華”という事で勘太郎は名づけてくれたのだが、今の自分には一番似合わない名である。鬼を喰えなくなってしまった今では。

 もちろん力は取り戻したい。しかし、取り戻しても今の様に勘太郎と一緒にいれるか不安だった。傷つけてしまうかもしれないし、最悪、殺してしまうかもしれない。どうすればいいのか、自分でも分からなくて不安だった。

「春華ぁー! 春華ってば〜〜〜っ!!」

 だんだんと大きくなっていく自分の名を呼ぶ――というよりも、“叫ぶ”の方が近いか――勘太郎の声と共に響き渡る階段を上がる音。どうせヨーコに口喧嘩で負けたので泣き付きにきたのだろうと最初は思ったが、どうやら違うらしい。だんだん大きくなってくる声は涙声――アイツの事だからどうせいつもはつくっているのだろうが――どころか嬉しさが混じっているようにも感じ取れる。

 襖が勢い良く開けられたと同時に「春華ってばっ!!」言葉だけ聞けば怒っているように聞き取れるが浮かべる表情は嬉しそうだ。八つ当たりされるのか……? ぼんやりと勘太郎を見詰めたままそう思う。

「もー、春華ったら。いるならいるで返事してよね?」

 遠慮なしで部屋に入ってくる勘太郎。春華の前で立ち止ると、しばらく春華を見詰めてから唐突に腰を曲げて左腕を掴むので思わず体が強張ってしまった。全く、何をしだすか分からない。「ほらほら、さっさと立つ!」頑張って立たせようとしているようだが重くて持ち上がらないらしくしぶしぶ立ち上がると、今度はこっちこっちとまるで子供が親に何かを早く見せたくて引っ張るように引っ張り出した。用件があるならここで言うはずなので、見ないといけないものなのだろうか。勘太郎があまりにも強く引っ張るので階段から転げ落ちそうにならないよう頑張りながらふとそう考える。ただでさえ身長差が激しいのだ。勘太郎が先頭を進み階段を降りているので、腰を必要以上曲げなければいけなかった。

 いつも食事をする部屋の前で立ち止ると、「春華、驚かないでね」まるで念を押すように頷くまで勘太郎がしつこくそう言ってくるのでしぶしぶ頷くと、勘太郎は満足そうに満面の笑みを浮かべて襖に手を掛けた。その笑みはいつもの笑みとは違い、何故か心から嬉しそうに浮かべているように見えるのは気のせいだろうか。

 襖が開いて一番初めに見えたのはいつもと違い、豪華な食事が机の上に並んでいた。「ほら春華。早く座って」いまいち状況を飲み込めなく茫然と見詰めていると勘太郎に背中を押されるので、恐る恐る部屋に中に入り自分の場所に座る。幻ではないだろうか、いたずらではないだろうか、そう思ってしまうくらい目の前にある食事は豪華だったのである。味噌汁には具がちゃんと入っており、ご飯はいつもと違いつやがある。おかずも豊富だ。

「勘ちゃんがね、この日の為に頑張ったんだよ」

 お茶を入れながらそう話しかけるヨーコ。どうやらここ最近忙しそうにしていたのはそのせいだったらしい。しかし、未だに春華は今日が何の日だったか思い出せなかった。そもそも、自分など関係あるのだろうか。

「その顔、今日が何の日か分からないって顔だね」隣に座りながらそう言う勘太郎は、春華が答える前に一つ咳払いをし、自信満々にこう言い放った。「今日はね、僕と春華が出会って一年目なんだよ!」

「春華ちゃんもよく一年間頑張って付き合えていけたよね」

 ボソッと呟くヨーコに「そういう事言わないの!」と勘太郎は怒っているが、確かに、自分でもよく一年間も付き合っていけたよなと感心する。口に出すとまた色々とうるさいので黙っていたが。

「という事で、一年間付き合ってくれてありがとうとこれからもよろしくという意味を込めて……はい」

 ゴソゴソとヨーコが机の下から取り出したのは、小さい箱。勘太郎と違いヨーコはまさかこれがビックリ箱だったという事はないだろうと思い受け取り、「開けていいのか?」大きく頷くのを見てゆっくりと箱を開けてみると、中から出てきたのは綺麗な硝子細工。「こんな物でごめんね」勘太郎がそう言うが、実際とても嬉しい。「いや……」思わず顔がほころびるのが自分でもよく分かった。

「さ、冷めないうちに食べましょう」

 ヨーコの言葉に待っていましたと喜ぶ勘太郎。そんな二人を見ていて、本当に幸せだと思う。例え記憶や鬼喰いとしての力を取り戻しても、この二人を守っていきたい、そう思った。

 

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Happy Birthday Haruka!
15日までに出来上がるか心配でしたが、余裕で出来上がりました(笑)。まさか春華の誕生日を祝えるとは思いもしませんでしたよ。
しかし、この小説では勘太郎との出会い記念日になっています…。何か春華自分の誕生日とか言わなさそうですし、忘れてそうだったので;それにこっちの方が書きやすかったですし(笑)。

ゴミ部屋に置いたのは、“その他”をつくるとまた更新するの大変ですし、それに私の書く小説は全部駄文ですから(苦笑)。
…原作知らない人が読んだら何だこの貧しさはって思うだろうな;

誕生花はスイートバジル、花言葉は好意・好感。ちなみにこんな花です。

にしても、何故鬼喰い春華の誕生日があって元人間だったスギノ様の誕生日はないんだ…?;

04年10月15日