鏡と

 

「センセって、授業する時だけ眼鏡かけるのよね?」

 ノートに次の授業について色々と書いていたら、唐突にスカーレルに声をかけられて反射的に「え」そう聞き返してしまった。

「隣、いいかしら?」椅子にもたれかかりながらそう尋ねてくるので「あ、はい。どうぞ」頷くと、ありがとうとお礼を言いながらスカーレルは椅子に座り、意外よねーと言いながら眼鏡ケースを眺めている。

「あ……の?」

「ん、どうかしたの?」

 恐る恐る口を開いてそう言いかけるが、笑みを浮かべて逆に尋ねてくるスカーレルを見ると何も言えなくなり――というよりも、どうでもよくなり――、「いや、何でもないです」再びノートに目を移す。

「ちょっと借りていいかしら?」

 ノートに書く事に集中していたせいで思わず反射的に「はい」と答えてしまい、ふと手を止めてスカーレルの質問内容を考えてから「え、今なんて……」少し近視が入っている自分はともかく、目が良いスカーレルがかけていいのだろうかと声をかけようとした時には、もうスカーレルは眼鏡ケースから眼鏡を出してかけていた。「どうかしら?」そう尋ねてくるスカーレルの目は心なしか少し細い。

「似合っていると……思いますよ」

 目が悪くならないかという心配と本当に似合っているという思いが混ざって声に出てしまい、一瞬黙り込んだスカーレルは微笑みかけ、「大丈夫よ、かけてすぐ目が悪くなる訳じゃないから」アティの気持ちを察したのか、眼鏡を外した。

「じゃあ次はセンセの番ね」ちょっと待ってて。そういい残してスカーレルは立ち上がると鼻歌を歌いながら部屋を去っていってしまったので、アティは少しの間不思議そうにスカーレルの後姿を見詰めながらその意味を考えていたが、当たり前だがその答えは思い浮かばず、仕方なくノートに続きを書きながらスカーレルを待つ事にした。

 

 

「おまたせ」

 そう言いながら入ってきたスカーレルの手はゴムに(くし)にバレッタ、そして手鏡を持っており、そこから連想させられるのはたった一つしか思い浮かばない。「えっと……何をするんですか?」それでも、思わず尋ねてしまう。

「何って……決まってるじゃない。お礼に、アタシとお揃いにしてあげようと思って」

 その言葉に思わず声を失ってしまった。「もしかして……嫌だったかしら?」少し悲しそうな表情を浮かべてそう尋ねられてしまったので、大きく首を横に何度も振る。ただ眼鏡を貸しただけなのにそこまでしてもらえるとは思いもしなかったからである。しかもこちらはほとんど無意識のうちに頷いているのに。

「じゃあセンセ、髪触らせてもらうわね」

 はい、と手鏡を渡されたので取り敢えず後ろに立つスカーレルも見えるように自分の顔を映した。「ちょっと動かないでね」スカーレルは髪に櫛を通し、慣れた手付きで赤い髪を集めていく。少しでも髪に櫛が引っかかると大丈夫? と心配してくれるので、動いたらいけないので頷く訳にもいかずその度に「はい、大丈夫です」そう答えていた。

 集めた髪をゴムで縛り、後頭部につけてバレッタで留める。「はい、できたわよ」そう言ってスカーレルはしゃがみ込んだので、アティは横を向いて後ろがどうなっているか鏡で確認すると、髪の先は重力に従って垂れ下がっていた。

「やっぱり、スカーレルみたいにはならないんですね」

「あら、そうして欲しかった?」

 聞こえないように呟いたつもりでも、後ろにいたはずのスカーレルは横から鏡を覗き込んでいたのではっきりと聞こえていたらしい。「いえ、そんな事は……」再び首を横に振ると、そんな事するとバレッタが取れるわよ、笑みを浮かべたスカーレルに止められた。

 取るのはもったいなかったしスカーレルの好意を無駄にする事になるので、今日一日はこの髪型でいようと思っていたら、「じゃあアタシはセンセの眼鏡をかけていようかしら」まるで考えを読み取ったような事をスカーレルが口にするので、さすがにそれはダメだろうと思い止めたら「冗談よ」本当、センセは心配性ねと笑われてしまう。

「またして欲しい時は、いつでも言ってね」

 もちろんその時は眼鏡も借りるわよ。ボソッとそう呟いた言葉を、アティは聞き逃さなかった。

End

 

 

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スカ様は眼鏡に何か未練があるんでしょうか?;

素材を見ている時にたまたま眼鏡の素材があり、それを見て思いついた小説。何も考えずに指が動くまま打っていたら意味が分からなくなりました;会話文多っ!;

04年9月28日