8 俺がいるから
部活動が始まる直前
私がいつものように教室を出ようとしたときだった
「ちょっと、いいか?」
そう言われ教室に残った私と彼氏
付き合って半年ぐらい経って、結構仲が良いなんて言われていたんだ
でも、最初に声をかけられた時に嫌な予感がして、案の定
――別れてほしい
女の直感とは恐ろしいものだ
そう思った瞬間だった
まさに思いがけない別れ話に私は頷くことしかできず
そして私の恋は最初から何もなかったように跡形もなく消えてしまった瞬間でもあった
――これから部活なのに最悪なタイミング
そう心の中で私の恋人って部活なの?なんて自問しているのが尚更哀しさを引き立てる
しかし時間が刻々と進んで行き、は重い足取りでコートへ向かった
「遅くなってごめん、手塚」
「春風、遅かったな…ん、どうした?」
「ちょっとね…ま、ちゃんと部活はするから」
そう言って荷物を置きに部室の方へ行くを手塚――否、部員全員が見ていた
その重い足取りに元気のない喋り方、そして何より目が赤くなっていること部員全員が悟った
そしてまだそこにいない部員がただ一人、まだ部室から出てきていないのに気がついたのだった
「そういえば、越前まだ部室から出てきてないよね?」
声に出して言ったのは不二だった
なんと最悪な事態なんだと部員全員が円陣になって座り込み
「越前のやつ、いらねぇことしなきゃいいっすけどね」
誰もが桃城の言葉を信じたかった
だが、誰もが越前がそういう性格をしていないと確信していた
――ガチャン…
「………」
静かにしまったドア
てっきり堀尾か誰かだと思って目を向けたら
そこには遅刻してきた先輩がいて
「なんで泣いてんすか?」
我慢して泣いているのが分かった
見てられなくて、近づいたら顔を伏せたまま
「なん、で…越前がいん、のよ……」
「俺が遅刻魔だってこと、先輩がよく知ってるじゃないッスか…」
いつもみたいに元気な先輩が見たいのに
どうして、誰が泣かしたんだよ
俺は被っていた帽子を取って先輩にそっと被せてあげた
思わぬ行動だったのか先輩は驚いて顔を上げる。
誰がどうして泣かしたなんてすぐに分かっていた
でも、そういう時につけ込んで先輩と接したくはなかった
「ごめん…部活始まってるし、早く行って?」
――こんな顔、あんまり見られたくないし
はそう言うと後ろ手でドアノブを捻る
カチャ、という音が聞こえ越前を部室から出そうとした
しかし――
「先輩、今ドア開けたらきっと先輩を泣かせたヤツ殴りに行くよ?」
「っ――?!」
「だから閉めて、抱き締めさせてよ」
そう言ったと同時にの腕を掴んでそのまま抱き締めた
ぎゅっと優しく、でも強く抱き締める越前
の返答なんて待っていられるほど紳士じゃないと越前はそのままの状態でこう言った
「俺がいるから」
「…え……?」
「今は駄目って言わせてあげる…でも」
「えち、ぜん…!?」
越前の言葉に信じられず顔を見ようとしたが、
見事に後頭部に手をまわされて挙句の果てに耳元で囁かれる羽目になってしまった
「…その内、絶対『駄目』だなんて言わせないから」
そう言って体にあった暖かさと圧力から解放される
目の前には余裕綽々な笑みを浮かべている越前の姿が見え、
思いが、優しさが伝わってくるのが分かって
――後輩に慰められるのなんて、まだまだだな、私
そう心の中で溜息を零して自分自身に言ってやると少し気が晴れたような気がした
「ありがとう、越前」
「それから、ちゃんと名前で呼ばせるつもりだから覚悟してよね」
「なっ、まいきー…」
がそう言うと越前は軽く笑ってラケットを手に持ち、部室を出ようとしたその時、
丁度ドアを開けての方へ振り向いた越前は
「まだまだだね」
そう相変わらず減らず口を叩いて行ってしまった
「ありがとう、リョーマ」
そして、
そっと笑顔でそう言ったのはだけしか知らない
ナチュラルにお題の科白を言わせることに成功
ありがちシュチュエーションですが(笑)
ありがち、じゃない科白を考えに考えて越前王子に言わせてみました。
ポイントは越前boyの「す」と「ス」の使い分けですね(ポイントらしいです)
ありがとうございました!