死神(デス)

 

「ルーク、ちょっと良いか?」

 ある日、ルークは中庭にある大木の上でいつもの様に本を読んでいると、父に呼ばれた。今いい所なのにと思う半面、父に呼ばれる事など滅多にないのでしおりを挿み、本を閉じると漆黒の翼を大きく広げて地面に舞い降りる。

「……また本を読んでいたのか」

 父はルークが右手に持つ赤いブックカバーの分厚い本を見て仰々しく溜息をつくので「……そんな事言いに来たのですか?」前に進むと、自分よりも小さい父を見下ろして同じ様に溜息をつくと、父の米神が微妙に動いたように見えた。わざとらしい咳払いをして「そうそう、そんな話はどうでも良い」ルークを見詰め直す。どうでもいいなら言わないでくれ。

「お前にな行って欲しいんだよ、今夜」

 まだ青年に見える父の口から出た言葉に一瞬、我が耳を疑う。念の為聞いてみるが、耳に入る言葉は先程と変わりない。

「ところで、お前今何歳だ?」

 父に背を向けて両手で握り拳をつくり、嬉しそうな表情を浮かべているルークに更に質問を続ける父に視線を戻し「154歳」口元に笑みを浮かべて父の両手を持つと、言葉を続ける。「父様(とおさま)、やっと自分を認めてくれたのですね!?」

「違う」

 間髪を入れずそう答えられたので、思わず目を見開く。手に力が抜けたところを父は手を払うと「いいか、良く聴きなさい」全く……、これだからコイツに頼むのは嫌だったのに。小声で文句を言う言葉が耳に入り思わず文句を口に出しそうになったが、父の滅多に見せない真面目な顔を見て言葉を飲み込んだ。

「今回お前に頼んだのは、他の者の手が空いてなかっただけであって、お前を認めた訳ではない。168歳など――」

「154歳」すぐに素っ気無く訂正すると父はしばらく言葉を失い、再びわざとらしい咳払いをして「そうそう154歳、154歳」忘れないように繰り返していた。どうやったらそんな聞き間違えするんだと思いつつ、近くのベンチに勝手に腰を下ろす。

「154歳など人間にとってはヒョロヒョロ(じじい)だが、我々にとってはまだまだ子供(ガキ)だ」

「――! そんなに頼りないなら、他の者に頼んで下さい! (けな)しに来たのですか!?」

“まだまだ子供(ガキ)”と言われてさすがに苛立ち、勢い良く立ち上がるとそのまま扉へと足を進める。そんな事を言われて言い返すなんて、その事を認めていると同じだという事は分かっているはずなのだが、苛立ちが心を支配してそこまで考えている余裕がない。「ルーク!」後ろから父の叫び声が耳に入り、思わず体が強張った。恐る恐る振り向くと、想像していたのとは全く違う柔らかい表情を浮かべている父が立っている。

「すまない、お前を貶しにきた訳ではないのだ。ただ、お前が心配で……」

 そっと両肩に置いた手が震えているのが分かる。「父様……自分こそ、すみません」父の両手に手を添えて、俯く。

「じゃあ、お前に仕事を任せる。準備はこちらでしてあるから後で取りに来い」

 そっと手を離して話しかける父に俯いたまま頷くと、後頭部に何やら大きな温かい感触を感じた。そしてその感触はしばらくルークの頭を撫でていると名残惜しく離れ、そのまま足音がだんだん小さくなっていく音が聞こえてきて、次に扉が閉まる音が耳に入ってくると、もうこの中庭には誰の気配も感じなかった。

 

 

 死神――それは人と魂を切り放ち、魂を導く者。ただそれだけなのに、とても重要で危険な仕事である、と父はルークが小さい頃に何回も聞かせた。その話を聞いて、重要なのは良く分かったが何故危険な仕事か、今でも分からない。別に人間は我々を見えるわけでもないし、魂が死神に反抗する事も出来ない。じゃあ何故とても危険な仕事なのか……?

 右手で顎を持ち、ずっとその事を考えながら誰も通っていない廊下を歩いていると、いつの間にか父の部屋の前に辿り着いていた。必要以上に緊張するのは幼い頃、始めて父の部屋に入った以来で自分でもどうすればいいのか分からず、とりあえず大きく深呼吸をすると、恐る恐る扉を叩く。

「ルークです」

 中から「入れ」という小さな声が聞こえてきたので震える手でドアノブを持ち、ゆっくりと手前に引いて扉を開ける。「おぉ、随分と早かったな」忙しそうに部屋中を走り回っている父を入り口に立ったまま目で追っていると、「どうした?」黒い布の様な物を抱えたまま立ち止まる父に何でもないと首を振り、扉を閉めた。

「これは服だ。急だったからサイズが合うかどうか……」

 先程父が抱えていた黒い布の様な物を渡され、広げてみるとフードのついた長いコート。袖に腕を通してベルトで止めてみると、大きくもなく、小さくもない丁度良い大きさであった。「おー、良かった」そう言いながら後ろに回り、無理矢理フードをかぶさられると、フードはとても大きくて丁度ルークの鼻辺りまで隠れる。

「んー、やっぱりお前は髪が短いからな。全身黒尽くめで結構怪しいぞ?」

 耳が隠れるくらいの短い緑色の髪を触りながら「失礼ですね」不機嫌な声でそう言い捨てる。「今夜なのでしょう? それならさっさと仕事を終わらせてきますから、早く仕事用具を下さい」

 右手を出して用具を欲しがっているルークに父は仰々しく溜息をつくと、何やら呪文を唱え、別世界に置いていた用具――柄の長い鎌を取り出した。そしてしぶしぶ渡すと、今度はフードを取ってルークの額に人差し指を置くと、今回の仕事の情報を入力する。

「良いか? 人間の話になど耳を傾けず、仕事が終わったらすぐに戻ってくるのだ。その者の魂を導く役目は他の者に任せている」

「分かっています」未だ話を続けようとしている父に素っ気無くそれだけ伝えると、フードをかぶり、体の向きを反対にして扉を開ける。「……だから、安心してください」足を止め肩越しに振り返り、小声でその言葉を口にすると、重々しい扉を閉めた。

「――! ったく、優しいところはアイツ似だな」

 耳に入ってきた言葉に驚きを隠せず、しばらく茫然としてから思わず失笑してしまう。しかし、すぐに表情を硬くすると仰々しく溜息をつき、体の向きを変えて椅子に腰掛けると机に両肘を置き、手を組んでその上に軽く顎を乗せる。

「それが、(あだ)とならなければ良いのだが……」

 仰々しく溜息をつき、顔を上げて手を離して右手を鳴らすと、瞬時に机の上には並々と温かいコーヒーが入ったコップが現れる。一緒に現れた砂糖をスプーンですくい、三回入れるとそのスプーンでかき混ぜて一口飲み込むと、コーヒーの苦い味が微妙に残っていた。

 再びスプーンでかき混ぜながら背中にある大きな窓を肩越しで見る。夜のせいで暗いのもあったが、空を覆う雲が怪しく、一雨きそうな予感であった。

「頼む、ルークを守ってやってくれ……」

 

 

 初めて人間界の空に出た時、あまりの明るさに目が眩んだ。今は夜のはずなのに、まるで地と天が逆になった様に下は明かりが沢山あり、輝いている。こんなに明るくてよく寝られるよなぁ……。驚き半分呆れ半分の表情を浮かべてしばらく見とれていたが、すぐに仕事を思い出して翼を動かし、地へ近付く。

 地へ近付くにつれてその輝きもだんだん眩しくなってき、意味はないがフードを深くかぶり直して地に足をつける。もう夜だというのに歩いている者は少なくなく、何だかやけに騒がしい。

「……早く片付けよ」呟いたその言葉もかき消され、そそくさと逃げる様に人気のない路地へと足を踏み入れると、まるでそこは忘れられた場所の様に暗い。人間界にもこんな所があるんだ。辺りを見回しながら歩いていると、広い所に出て目の前には屋敷が閑散と建っていた。

「ここ、かぁ……」

 出しっ放しになっていた漆黒の翼を広げ、地面を蹴りバルコニーまで飛ぶと目を(つむ)り、窓をすり抜け中に入る。外の明るさが嘘の様に部屋の中は闇に包まれていたが、暗さに慣れている目で迷わず進むと、一番壁際にあるベッドの前で足を止めた。

 ベッドの上に倒れているのは、シワが良く目立つ女の人。死が迫っている証拠に女の人の体はほのかに光を放ち、額に手をかざすと何故かとても心地良かった。

(やまい)……儚いものだな、人間は」

 腰のベルトにとめていた鎌の長い柄を両手で持つと、一気に振り上げる。誰かが来る前に、早く終わらせないと……。別に誰かがいても何の問題も無かったが、自分にとっては誰もいない方が好都合である。もちろん躊躇(ためら)いもあった。ただこの鎌を振り落とすだけで、それだけでたった一つの命がなくなると思うと、怖くて手が震えた。しかし、自分が死神に生まれてきた事を誇りに思っている。

 長い柄を両手で強く握り締め、風を切る様に鎌を女の人に向かって振り落とすと、何か太い紐を切る様な感覚がした。もう一度女の人を見詰めるとほのかに光っていた光はもうなく、額に手を乗せるとあの心地良い感覚はなくなっており、ただ体温だけが残っている。

 ……帰ろう、仕事はもう終わったんだ。(きびす)を返し、鎌の柄をベルトにはさもうとした時であった。重々しくこの部屋の扉が開く音が響く。反射的に体が強張り弾ける様に振り向くと、廊下の明かりの中にいたのはまだ幼い少年だった。見付かる心配はないと分かっているはずなのに、少年が部屋に一歩足を踏み入れると同時に思わず半歩後退(あとづさ)る。

「……お母さん?」

 まだ声変りしていない高い声が耳に入ってくる。どうやらあの女の人は少年の母親らしい。飛びつく様に少年は母親の両肩を持つと最初は恐る恐る、次第に勢いを増して強く揺すりながら母を呼んでいた。そして、本当に死んでしまったのだと分かると、最初は涙をこらえて嗚咽(おえつ)を漏らしていたが、我慢が出来なくなったのか母の動かなくなった腕で目を押さえ、声をあげて泣き出す。

 ふとこの光景に見覚えがある様な、そんなデジャビュに襲われたルークは父の言っていた事も忘れ、右手で顎を持ち考え出した。

「母さん、母さん! 返事してよ、ねぇ!?」

 少年の声がうるさく、考えに集中できないじゃないかと眉間にシワを寄せた時であった、本当に唐突に何故かこの光景に似たものを思い出す。

 

母様(かあさま)、ルークです! 分かりますか!?」

 

 幼い自分の声が、頭の中で響く。それは母と自分の、最後の思い出であった。

 全て覚えているわけではないが唐突に狂ってしまった母。美しかった黄金(おうごん)の瞳は血が乾いた様などす黒い色に変色し、焦点の合わない目でいつもどこか遠くの方を見詰めていた。自分の方へ無理矢理合わしても、自分を通り越してどこか違うところを見詰めているように見える。そして所々髪や肌に浮かぶ瞳と同じ色のどす黒い斑点(はんてん)――。

 過去へと逃げていたルークを現実に無理矢理戻したのは、未だ死を受け入れる事が出来ない少年の泣き叫ぶ声。ここには女の人と少年以外は誰もいないのだろうか? これだけ大声で泣き叫ぶ声が聞こえないはずがない。

「諦めろ、母親は使命を終わらせたのだ」

 気付けば、誰でもないこの少年に呼びかけている自分がいた。もちろんルークの声は少年の耳に届かない。まるで狂ったオルゴールの様に母を呼び続けているせいで、声が()れてきている。

 生きた人間に触る事が出来ないのは分かっているのに、思わず手を伸ばして少年を女の人から引き剥がそうとしていた。うるさい黙れさっさとこの部屋から出て行ってくれ!

「母さん! 母さんを返してよ! 母さーん!!」

 少年の言葉に、体が強張る。一体この少年は、今何を言った。一体誰に向かってそんな事を言ったのだろうか。返してくれ……だと?

「じゃあ、自分のした事は罪なのか……?」

 答えのない、問い。強く握る拳が痛く、強く握っているせいか、それとも違う理由なのか少し震えていた。右手で、先程ベルトにはさみそこねた鎌の柄を握り直す。未だ泣き叫ぶ少年に苛立ちを感じ、フードの隙間から少年を見下ろすと、「お前に何が解る!?」抑えきれない感情のままに叫んでいる自分がいた。

「母親の死を受け入れる事が出来ないのか? 今まで世話になった母親に、泣かずに別れ様という気持ちはないのか? 母親の気持ちも考えずに、自分の気持ちだけをぶつけるつもりか!?」

 一息でそれだけ言うと、足らなくなった酸素をいつも以上に取り入れる為、荒い息を吐く。そして、右手だけで持っていた鎌の柄を左手でも持つと、思いっ切り振り上げてすぐに風を切る様に振り落とすと、顔を隠していたフードが滴と共に落ちる。

「黙れ――――――っ!!」

 それは例えるなら、岩にぶつかった様な抵抗があったが、鎌はそれに勝り中に侵入すると同時に限界まで伸び切っていた無数の紐が一気に切れる様な音がそこから沢山響いた。何か硬いものにもぶつかったが、最初のよりは硬くなくすぐにそこを通り過ぎていく。そして、ゴトッと何かが床に落ちる音と共に左目の下あたりに何か生暖かいドロッとした液体が付着した。

 手の力が抜け、カランと虚しく地面に落ちた鎌を横目で見ると、鎌や柄には暗い部屋の中でも分かるくらい何かが付着している。それが自分の左頬に付着したものと同じものだと気付いたのは、左手で恐る恐る頬についた液体に触れた時であった。左手が視界に映るところまでもってきて改めて見直すと、先程こぼれた滴がどんどん床に敷いている絨毯を濡らしていく。

 返してくれだとそれなら自分たちがやった行為は無意味という事かじゃあ何故死神というものが存在しているんだそれは罪を被る為に生まれてきたのと同じではないかうるさい黙れ黙れ黙れじゃあ死という存在がなくなったらどうなるか考えた事があるのか何が何だかもう分からなくなってきた死という存在は一体何なんだ誰か教えてくれ――。

 

 

「何だと!?」

 先程予期していた通り数分も経たない内に雫が窓を叩き、今では雷まで鳴り出していた。

 ノックもせず唐突に入ってきた者は、急ぎの様なのか荒い息を正常にする暇も惜しんで口にした言葉に我が耳を疑う。窓の奥に映る勢い良く降る雨を見詰めていたが、弾ける様に振り向き視界に入れる。

「ですから、その……」言いにくそうに視線を逸らして「ルーク様が、二の舞に……」だんだん尻すぼみになっていく言葉。雨音がうるさかったが充分耳に入る音量だったので、わざわざ報告してくれた者にぶつかり部屋を飛び出すと、地下へと続く階段をこけそうになりながら下りて行く。

 階段がなくなり、そのまま真っ直ぐあの時と同じ様に本気で走った。錆び付いた重そうな扉の前に立っている二人の見張りを振り払い、片手で勢い良く開けると、

「ルークッ!」

 それ程広くはない部屋の真ん中においてある椅子に俯いて座り、後ろに手を回して縛られているルークの姿が目に映る。急いで近付こうとすると、扉の前に立っていた二人の見張りに取り押さえられた。

「――っ! 離せ、離せぇ! ルーク!!」

 何とか振り払おうと手足をバタつかせるが、取り押さえる手が強くなるだけで余計に振り払えなくなる。それでも頑張って振り払おうとすると、「見苦しいぞ、ユリア」その声に体を強張らせ抵抗をやめ、恐る恐る振り向くと予想通り、今一番会いたくない男が後ろに二人連れて立っていた。

「……裁判官」

 ゆっくり噛み締める様にそう言うと、裁判官の眉間にシワが寄った。目を逸らすとそのまま取り押さえられている父――ユリアの横を通り過ぎる。後ろの連れの二人組みは冷たい目で睨み付ける様に通り過ぎていく。

「運命とは数奇なものだ。……そう思わんか、ユリア?」

 ルークの前で立ち止まった裁判官は肩越しに振り返ると、口元を吊り上げた。苛立ちが湧き上がり、ギリッと歯を鳴らすと連れの二人組みが口元を押さえて笑いを漏らす。

「やはり罪人の子は罪人、か……恐ろしい。それも生きた人間を殺すなんて」

「いずれこうなる運命。それほど気が狂っていたのか」

 ヒソヒソ話しているが、わざとらしくユリアに聞こえる様に話しているのが良く分かる。さすがに苛立ちを抑えることが出来ず、再び抵抗を始め様とした時であった。何かを引っ叩く様な音が二つ響いたかと思うと、二人組みの連れが別々に床に倒れていく。わけがわからず下に向けていた顔を上げると、白い手袋を取り、投げ捨てている裁判官の姿が目に映る。

「口を(つつし)め、場を(わきま)え。仮にも父親の前だ」そしてポケットからまた新しい片方の手袋を取り出すと、慣れた手付きで右手に手袋をする。「も、申し訳――」二人組みの連れが同時にそう言いかけた時、「すまないね、許してやってくれ」まるで二人組みの謝罪を聞き入れない様に裁判官が口を開く。

 ここで何か言えば裁判官の思う壺だろう。そう思い何も喋らないでいると、どうやら裁判官の方が一枚も二枚も上手の様であった。「口にしたくないほど怒り狂っているか……これは失礼。後でちゃんと罰を与えるので、御安心下さい」横目で二人組みをみる裁判官の顔つきは、まるであたらしい玩具を見つけた様な嬉しそうな顔つきをしており、それを見た二人組みは誰が見ても分かるくらい震えていた。先程は苛立っていた為そこまで気が回らなかったが、良く見てみると二人組みの顔にはあちこち傷跡が残っている。

「……貴方も仲間に入りたいですか?」

 クスクスと笑いを押さえる声が響く。「……断る」こんな奴と喋っている暇はないのに……。冷たくそう言い放つと、裁判官は予想していたのか表情を変えず「それは残念だな」ま、こっちも願い下げだが……。続けてそう言葉を呟いく。

「さて、我々は貴方と仲良く話し合っている暇はないので、さっさと仕事を終わらせて帰らせていただきます」

 体の向きをルークの方に変え、右手を鳴らすとルークの腕を束縛していた紐が地面に落ちる。するとルークは驚いたのか、顔を上げて辺りを見回した。緑色だった目は血の様に赤く、所々髪にも同じものが付着しており、その中でも左目の下にある赤い斑点が気になった。

「抵抗しても無駄だ、ここには結界が張ってある。簡単に話すとお前に罪人の証の『命令に背けし者(サイン)』をつけなければならない。どこにつけたいか希望があるなら言ってくれ」

 わざわざ前屈みになってルークと話す裁判官。しばらくルークは裁判官を見詰めた後、ゆっくりと右手をあげて指差したのは、何と左目の下にある赤い斑点であった。

「……その上にやっても血は消えないが、それでも良いか?」

 小さく頷くルーク。それを見た裁判官はゆっくり上半身を起こすと、未だ取り押さえられているユリアの方に向き直り、長い赤い前髪をかきあげて耳に引っ掛けると、口元を吊り上げた。

「どうやら彼はあの方と同じ所を選ぶようだ。さて、ここからは我々だけでやるので、貴方には退場してもらおうか」

 そう言い終わるか終わらないうちに取り押さえているだけだった見張り二人がユリアを引きずり、外に出すと重い錆び付いた扉を閉めた。抵抗する力もない。

「ユリア様、お引き取り下さい」

 そう耳に聞こえてきたが、足に力が入らないので立ち上がる事が出来ない。それでも震える足に無理矢理力を入れて立ち上がると、扉の向こうからこれまでに聞いた事のないルークの嗄れた叫び声が聞こえてきた。それでも扉を開けて中に入る勇気はなく、ゆっくりと重い足取りでその場を去った。

 これは単なる偶然なのか、それとも必然だったのか……。しぶしぶ部屋に入ると椅子にゆっくりと座り背もたれに背を預け両手で顔を覆い、声を抑えて泣いていた。

 

Top

昔の小説その2。初めてと言っていいほど真面目に完成させた作品だったり(何)。
一応書いておきますが、普通は生きた人間を殺す事は出来ません。じゃないと…ねぇ(何よ)。

あちゃー、この頃から私は妙に現実的に“アレ”を書くのが好きだったようで(笑)。
読み直してみると結構訳が分からないところが多く、それでもこの小説は何気に気に入っています。書き方は今の方がまだマシですけど、話を作るのは昔の方が上手かったようですね(苦笑)。

04年9月27日