黯然(あんぜん)

 

 喉に這い上がってくるにつれてだんだん思考力を奪っていく強い粘着力。見えない細い糸がいくつも首に絡まりついてきて、理解する暇もなくまるで口をふさぐかのように力を込めてきた。反射的に空気を求めて口を開くが、狭い隙間から無理矢理入り込んできた空気が音を立てて喉にぶつかってきて、その衝撃に思わず喉に手を当てて下を向きむせ返る。それと同時に今まで這い上がってきていた粘りは重力に従って姿を現した。

 気持ち悪い感触に更に吐き気を及ぼす味覚。今まで軽々と振り回していた自分の身長ほどある大剣は、いきなり鉛の塊と化したかのように重く感じてもう持ち上げる事はできない。残り少ない力を振り絞って少し持ち上げたら重力を使って勢い良く地面に突き刺し、柄にもたれかかるように右腕を乗せてまだ溢れ出すその粘着物を自分から吐き出した。

 しかし、どれだけ吐き出してもまるで巻き戻しをされているかのように口からは粘着物が這いずり出てきて、全くきりがない。こちらばかり集中していられないので、仕方なく顎を伝って地面へと落ちる感触を覚悟して顔を上げる。

 それは簡単に例えるならば地面に伸びる影が立ち上がったような、そう思ってしまうほど“形”しかない意思なき敵――放浪霊。その例えでは間違っている所といえば、足がくっついているかのように1つにまとまり胴体と同じく太い事、丁度右手にあたる部分が鎌のように三日月形で先が鋭い事。そして決定的な違いは、辺りに漂う痛々しいほどの威圧感。目なんて視覚には映っていないのに、まるで光の届かない暗闇の奥から睨まれているような、そんな緊張感があり目が逸らせない。

 ただ目の前で動く者を停止させるだけしか脳のない、慣れれば簡単な敵だった。気をつける事は放浪霊の出方と心の油断。それさえ頭に叩き込んでいれば、自分に勝てない放浪霊などいなかった。

 何だ、あれが原因か? だがたったあれぐらいの事で……。思い当たるのは1つしかない。いくら苛立っていたからといって1人で出かけた自分のバカらしさに腹が立ち、舌打ちをもらした。

 自分の相方だと自信を持っていえる友がいた。親同士が知り合いで、自然と仲が良くなって小さい頃はよく探検だとか言って2人でこっそりと出かけた事を覚えている。学校に行き始めて学年があがるにつれて付き合いは薄れていったが、学校を卒業してから放浪霊に興味を持ったのでそれの勉強をしている時に彼と再会した。それから、小さい頃からお互い知り合っていて信頼できる相手が良いだろうという事で、自然と一緒に仕事をするようになっていった。

 しかし、やはり付き合いが長ければ長いほど相手の悪い所というのもよく目に入るようになり、口論になってしまう事もある。今日もまたくだらない事で口論になってしまい、しかしお互い譲らないのでとうとう苛立ちを抑えられなくなった自分は気分転換がてらに散歩に出かけた。しばらくして出会ったのがこの放浪霊で、八つ当たりと共に自分1人でもできるという証明の為に大剣を抜いたのであったが、結果はこの通りである。

 俺1人じゃ何もできないって事か、それとも感情が乱れているって事か――、どちらにしろ最悪だ。たまってきた粘着物を力なく吐き出しながら悪態を()く。致命傷まではいっていないが、最初に受けた左脇腹の傷が未だにわめいている。

 いつもならば軽傷を負ってもすぐに倒せる敵のはずなのに、今回は勝手が違った。停止させる事しか脳のない放浪霊は、作戦なんてものはなくただ突っ込んできて三日月形の凶器と化した腕を振り回すだけ。しかし、目の前にいる放浪霊はがむしゃらに突っ込んでくる事はなく、自分の隙をついて攻撃してきたのである。知らなかったとはいえ、最初の一撃でできた傷口は体力を奪い、冷静さも奪っていった。気をつけていたはずなのに、放浪霊の出方も心の油断もすっかり許してしまっていたようだった。

 血を流しすぎたか……! これ以上大剣(これ)を持ち続けてもいずれ殺される。だからと言って何か策がある訳でもねーし――ったく、どうすれば良いんだっ!!

 焦れば焦るほど何も思い浮かばなく、ふとここで死んでしまうのだろうかという疑問が脳裏を横切った時、後悔という名の波が遠慮なく襲い掛かってきた。何故口論を止めなかったのだろう、何故1人で出てきてしまったのだろう、何故観察もせず油断してしまっていたのだろう――。こんな時に考える事ではないはずなのに、未だに溢れる粘着物のようにしつこく止まりはしてくれなかった。

 自問自答を繰り返している時、ふと耳に引きずるような足音が入り込んできたので思考を停止し、今の状況も忘れ弾けるように後ろを振り向く。薄れていく視界の中に飛び込んできたものは、それこそまさしく希望の光のように思えた。

 こちらに向かってゆっくりと歩いてきているのは、1人の人間。ショートヘアーの髪も外套もそこから覗くズボンも、更には背負っている剣の柄までもが全て真っ黒で、唯一外気に触れている前髪で両目を隠した顔は、もとからなのか、それとも黒に囲まれている為視覚がそうとらえるのかとても白い。一瞬はまた放浪霊が現れたのかと絶望が駆け巡るが、それはすぐに安堵へと変わった。

 この状況を見てよく平気でのんびりと歩いていけるな。心の中で悪態を吐くが、人が通りかかってくれただけでも今は感謝しようと焦る気持ちを落ち着かせる。1人で歩いているという事は、それだけ自信の表れか、それとも単に自分と同じ愚か者か――。しかし今は人を選んでいる暇はない。

「助けて、くれ……!」

 本当は感謝の気持ちを伝えたかったのだが、未だに喉に絡みつく粘着力のせいで上手く気持ちを伝えられないので、仕方なく震える声でそれだけ叫ぶ。

「ん」

 視界に入れなくても漂う冷たい雰囲気には素人ですら気付くはずなのに、まるで誰かいる事にすらたった今気付いたかのように場違いな声を出して、前髪が長くて気付かなかったが俯いていたらしく顔を上げる。

 髪の隙間から覗いているのかまるで見下すように視線を向けた相手は――なら前髪を切れば良いのに。邪魔にならねぇのか?――、その冷たいしぐさから、1人で外に出てきたくせに大剣に寄りかかって未だに口から血が滴れている姿を見て鼻先で笑い飛ばされるのではないのだろうかという考えが脳裏をよぎるが、どうやら相手は第一印象とは全く違い温厚な人物のようだった。

「君大丈夫? 出血ひどいじゃん」

 こんな所を1人で歩くほど自信があるのだからこの世の仕組みを何となく理解できているほどの年齢だと勝手に思い込んでいたのだが、用意されていた台詞を読むような声は何も知らず夢に向かって突き進む少年の響きが含まれている。その意外さと、少年の言った通り出血がひどくて頭が朦朧としてきた為に思考力が鈍ってきた自分の反応には気にしていない感じで軽い足取りでこちらに近付いてきた少年は、自分から少し離れた場所で止まるとその場に屈み込み、口元に手を当てて上から下まで見詰め始めた。そして一通り見詰め終わった後、その視線は左脇腹で止まる。

 未だに口元に手を当てたまま立ち上がり空へ視線を流し、小さく唸りながら考え込んでいる少年の姿を見つめている時にふと今の状況を思い出したので、何とか言葉を発する。すぐ後ろには放浪霊がいる。人が来た為か放浪霊は攻撃を仕掛けてはこないが、だからと言って安心して良い状況ではない。

「俺の傷、は良いから……早く、ほうろ、れい……を」

 今にも消えてしまいそうな声に気付いてくれたのか、視線を再びこちらへ向けた少年は口元に笑みを浮かべた。

「そういう訳にもいかないんだけど……。まぁまぁ落ち着きなって」まるで軽傷を負った相手に言うような、そんな緊張感が全く感じられない台詞を口にしながら右手は口元から離れゆっくりと背負っている柄を握り、刃先をこちらへと向ける。「すぐに痛くなくなるから」

 少年が軽々と握るその剣は不思議な形をしていた。それは、放浪霊が動いているものを停止させる為に右腕らしきものを変化させた時の、あの三日月形に良く似ている。必要以上に鎌よりも曲がったその剣は柄から刃先にかけてだんだん大きくなっている為、鞘に収める事はできないはずなのにこの剣には錆一つなく、鏡とまではいかなくても綺麗に地面が映っていた。

 思考力が鈍ってきても生き物は生死の事となると反射的に感じ取るらしく、先程の言葉といい剣を持っている事といい、まさか自分は殺されるのではないだろうかという恐怖が一瞬にして体を縛り付ける。だが、それにしては彼の行動は不可解だった。

 いくらこちらに刃先を向けている剣が大きいからといって、自分と少年との距離は遠くもう少し近付かなければかすりもしない。それなのに少年は近付くどころか下を向くと両手で柄を持ち、腕を上げて右斜めに傾けて構える。それは丁度ゴルフをやっている時のような姿で、下に何があるのだろうと続いて視線だけ向けてみた。しかし、そこにあるのは自分の縦に伸びた大きな影があるだけ。

 疑問が更に深くなり、視線を上げた時は丁度少年が剣を振り下ろしている時だった。それを見ても何をしようとしているのか理解できない。もしかしたら見逃してしまった何かがあるのかもしれないと再び視線を下に向けてみたが――。

 何があって少年は何をしたかったのか、結局分からないままだった。

 

 

 体の底にたまった重苦しい息を短く吐き出す。それと同時に暗くて狭くて寂しい通りに何かが響き渡ったような気がしたが、自分には全く関係ない事なのでその音は(きょう)の耳を右から左へとそのまま通り過ぎていった。

 左手を柄から離し右手だけで持って1度両腕を伸ばして背伸びをし、それから左手で右肩を押さえて腕を回す。下に向かって振り落とすというのは意外と疲れる事で、それが立体でなければなおさらだ。

 一通り体をほぐした後視線を斜め下に向ける。地面には短く綺麗に、自分から見て横に真っ直ぐえぐられた線が1つ、傷付いた男性との境界線のように引かれていた。……まぁ、やったのはこっちなんだけどさぁ。

 回していた肩の力を抜くと、剣の重み分思いっ切り引っ張られた。その勢いで、先程傷付いた男性が寄りかかっていた大剣のように地面に突き刺さってしまったが、一瞥を流しただけでそのままひきずる。どこの誰だか知らないがわざわざ研いだ鋭利な刃先ががりがりと地面をえぐっていく音を響かせて、短く引かれた境界線をまたいだ。

 男性から溢れ出した、濁りが混じった暗く赤い水溜りを避けて、疲れたのか地面に顔を伏せている男性が真下に見える所まで移動する。このままでは喋りづらいが、だからと言ってわざわざ屈み込んでこちらを向かせるのも面倒臭かったので、ゆっくりと足を伸ばして少しも汚れていない漆黒の靴のつま先で軽くつついてこちらを向かせた。口から溢れ出した水溜りをつくる粘着物と同じ赤が土と混ざり、それが倒れた為か顔全体を塗り潰している。

 そんな男性の顔を見て、響は再び口元に笑みを浮かべた。無意識のうちに小さく息を吐く。

「どお? もう痛くない?」

 その問いに、答えはなかった。答えるどころか、どこを映しているのか分からないブラウンの瞳を向けて、何を考えているのか分からない表情を浮かべている男性は反応すらしない。

 しばらく待っていてもそのままの状態だったので、視線は男性に向けたまま地面に突き刺さった剣を抜き、刃先で左頬を軽くつつく。

「ねぇ、スルー? 嫌だなーせっかく痛みから解放してあげたのに。別に反応だけでもしてくれたって良いんじゃないの?」

 つつく手を止めないで再び男性の反応を待つが、やはり返ってくるのは静寂だけだった。

 あれ? 血塗(ちまみ)れで苦しそうで絶望と恐怖の色が入り混じった瞳をこっちに向けていたからせっかく痛みから解放してあげたのに、それなのに感謝の言葉も態度もなくて、当たり前だからそんなの必要ないだろうってコイツは思っている訳? そんな事を考えていると手に力が入ってしまったらしく、勢いあまって強く押してしまった。

「あ」

 反射的に小さな声を出してしまい男性に焦点をあわせて、頬を通り過ぎ地面に少し突き刺さってしまった刃先を抜くが、ふとそこで違和感を覚える。新しく出来た短い線からは、最初にこの男性を見た時口から溢れ出ていたよりも鮮やかな赤が遅れながらも姿を表しつつある。それなのにこの男性は眉1つ動かさず、ただ宙に視線を送り続けていた。

 視線だけ下に向けて剣を見てみれば刃先には土の汚れが目立って、それより上の方に男性の頬に出来た線から溢れ出た赤が付着している。自分でも眉間にシワがよるのが分かる。やっぱり倒れられると余計なもんがつくよなぁ……。

 さて付着してしまったこれをどうしようかと考えている時に、耳に誰かが慌ててこちらに近寄ってくる音が入ってきた。見なくても分かる。こんな人通りのない所に用がある人物といえば、菊地(きくち)しかいない。……もしかしたらコイツの相方かもしれないけど。消えかけていた男性の存在を思い出し、あるはずのない可能性を考えながら横目で焦点のあわない男性の瞳を見詰める。しかしせっかく思い出してもらった男性の存在も、すぐに目の前にある問題に押し潰された。

 あー、本当これどうしよう。いつもならば菊地が慌てて自分を捜してくれている事に喜ぶところだが、残念ながらそんな呑気な事をしている場合ではない。しかし菊地はもうそこまで来ていて考える時間など全くなく、結局やってしまった事を隠している暇はなかった。

「響様っ!」

 自分の名を叫ぶ声が耳に入ってきたので肩越しに振り返れば、案の定、自分と同じように髪も服も黒一色に染めている菊地が早足で近付いてきている姿が目に映る。いつもならば自然と笑みが浮かぶのだが、今頭の中はどうしようという言葉が高速で走り回っていた。

 響の目の前で立ち止まった菊地は、少し乱れた呼吸を一息ついただけで整える。そして、勝手にどこかへ行かないで下さいとか、多分そんな注意を言おうとしたのだろう。口は開けたのだが、視界に入ってきたものが信じられないと言いたげに目を見開き、ゆっくりと口を閉じて顔をしかめた。

 こりゃ絶対言うね。あーもー分かってるから言わないで良いのに……。心の中で願うが口には絶対しない。仕事熱心な菊地がそんな言葉を聞けば、更に聞きたくない嫌な言葉が追加されるのは安易に予想できる。なので響には、もうこの重苦しい時間が早く過ぎ去ってくれる事を祈る他何もなかった。

 しばらく菊地を不機嫌にさせたものを見詰めていた彼は、重い口を開く。あーあーあーあーさっさと言って終わらしてくれ。

「響様……あれほど血はつけないよう気をつけて下さいと」

「ん、ごめん。つい」

 真面目すぎる菊地の決められた注意。全く一言一句予想通りだったので思わず菊地の台詞を遮ってしまい、言っている途中で気付き顔をしかめる。早く終わって欲しいと願う事に集中していた為に1番注意しなければならない事をすっかり忘れてしまっていた。

 前髪の隙間から菊地の表情を窺って見れば、眉間には更にシワがよっている彼の顔が目に入る。話長くなったなぁ……。半分諦めかけていた時に菊地が仰々しく溜息をついたのでどうしたのかと見詰めていれば、まず左ポケットから漆黒な手袋を取り出し、両手にはめる。それから右ポケットに手を突っ込んで、黒一色に染められた服装の中ではやけに存在が浮いている純白なハンカチを取り出した。

「……刃をこちらに向けてもらえますか?」

 そう言いながら真っ黒に包まれた左手を差し出してきたのだが、説教が途中で止まった意外さよりも違和感のありすぎる白を見詰めていた為に反応が少し遅れてしまう。「あ、うん」反応は遅れてしまったが、何となく菊地の行動が予想できたので、手首だけを動かし差し出してきた手の上に軽く刃を乗せた。

 真面目すぎる菊地は、失礼しますと1度断ってから、まず刃の真ん中辺りに付着した赤を4つ折にした純白のハンカチで、まるでガラス細工に積もったホコリをはらうかのように丁寧に、しかししっかりと拭き取っていく。それから赤で汚れた部分を中に折りたたみ、柄の方から刃先へとなでるように拭いていった。存在を小さくしてこっそり張り付いていた赤も菊地の真面目さの前では全て拭き取られていく。

「すみませんが、反対の方も見せて下さい」

 刃先の汚れ以外綺麗に拭き終えた後、菊地の手の動きよりも真剣な表情を見詰めていたので自然と顔を上げた彼と目があう事になる。それは特に意味がないはずなのに、まるで何となく真っ直ぐ見詰めていたらたまたま振り返った人と目があったかのような焦りがあり、慌てて視線を自分が持っている剣の方へ向けて、菊地の手にぶつからないよう少し持ち上げて手首で回転させてから再び軽く乗せた。

 ありがとうございますと礼を言ってから視線を再び刃の方へ向けてくれたので、思わず心の中で安堵の息を漏らす。別に何も悪い事はしていないのだが――いっつも注意されていた事やっちゃったけど――、仕事中の菊地の前だとどうも体が強張ってしまう癖は未だに直らない。

 同じように柄の方から刃先へと汚れを丁寧に拭いていった菊地は、最後まで残していた刃先についた砂利をハンカチで(はた)いてから、汚れていない方で刃先を包み込んで汚れを拭き取っていった。

「――はい、もう下ろしても構いませんよ」これ以上ないほど丁寧に扱った菊地は、ハンカチについた砂利を落としてから右ポケットに直し、せっかくつけた漆黒な手袋も外してここに来た時の格好に戻る。「でもこれはあくまでも応急処置ですから、早く帰って見てもらいましょう」

「ん、んー……」

 声をかけられたのでポケットに視線を向けたまま一応返事をするが、その答えた声の低さに思わず自分自身が驚いてしまった。別に菊地に何か反応をしてもらいたくて見詰めていた訳ではないのだが、どこかで白を持つ言い訳を聞きたい自分がいたようで、身勝手さに苛立ちを覚える。

 そんな自分の思惑通り微妙な変化にも気に留めてくれる菊地は、いつもならば促すように先に歩き出すのだが表情を硬くして漆黒の双眸で見詰めてきてくれた。心なしか憂慮の面持ちに見える。それらは全て仕事だとは分かっていても嬉しい反面、申し訳ない気持ちに包まれた。

「ほら、早く帰らないといけないんじゃないの? さっさと帰るよ」

 慌てて言葉を探して早口でそう言うが、それでも菊地は何か言いたげに怪訝な表情を浮かべるだけで動こうとしない。嬉しいのだが、苛立つものなら例え自分でも思い通りにさせるのは面白くないので、菊地の横に並び「ほら、行くよ」肩越しに振り返り口元に笑みを浮かべながら触れないよう促す。

「そう、ですね……」

 答えながら体は反転させるが、まだ納得がいかない視線をこちらに向けている。だが、剣を優先させたのか本人がそう言っているのだから深く追求しない方が良いだろうと考えたのか分からないが、意外にあっさりと身を退いて何事もなかったかのように歩き出した。

 響の性格を把握している菊地は、引率している時は決して振り返ったり立ち止まったりはしてくれない。それは単なる冷たさではなく響の為を思っての行動だと分かっているのだが、やはり何故か息苦しくなる。そうさせざるを得なくしているのは自分だと、広い背中を見詰めているといつも自分の我儘さを痛感して、思わず1人嘲笑を浮かべた。

 傍観してるんじゃなくてストッパーかけてくれたら嬉しいんだけどねぇ……。そしたら菊地の苦労も随分と減るだろうと、笑う自分に罪を擦り付けてこれ以上距離が開かないよう足を前に進める。が、ふと何か忘れているような気がしたので何となく肩越しに振り返ってみれば、まるで映りの悪いテレビのように時々波打つ、絵の具をそのまま塗りたくったような漆黒な人型の闇が視界に入ってきた。視界の隅の方でこの世界では鮮やかな、しかし汚れた赤墨色に染まった塊が入ってきていて、特に目立った事はないのにここではひどく浮いた存在になっている。

「ねぇ、アンタ」声をかけると、闇は答えるかのように、しかし怯えるかのようにまた波打つ。「暇なんなら、コレ、片付けてくれない? 通行の邪魔だし」

 それだけ伝えて前を向けば、菊地の背中はいつの間にか小さくなっていた。だが、走らなければならないほど離れている訳ではない。こんなんじゃ意味ないと思うんだけどなぁ……まぁ、そういう風にさせているのはこっちなんだけどね。短く溜息をつきながら剣を背負い、コートのポケットにそれぞれ手を突っ込んで菊地の背中をゆっくりと追いかける。

 後ろで何かにごった音が短く響き渡ったような気がするが、それは聞かなかった事にして。

End

 

 

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…えーっと;;
これ、2学期の期末テスト中に思いついたもので、プロパティを見てみれば12月24日からちまちまと頑張っていたようです。はははー道理で意味不明だと思ったよ…;思い付いたもの全部詰め込みました…。
こういう話を考えて表現するのは楽しいんだけどね…まとまらんのよ……;

軽く説明すると響の大剣は影しか斬れなく、直接体を傷付ける事は出来ないようになっています。なので砂利には結構大丈夫ですが、血がつくとすぐ錆付いてしまいます。
影を斬りつける事によってその部分が斬れて血が流れる…って感じで。だから血は余程体と影が近くにない限りつかない…
はず(おい)。

…ちなみに、一応最後のは放浪霊が男性を咀嚼している音なんですが…うん、久し振りに読んで書いた本人すら一瞬分からんかった(おいコラ待て)。

……あーそういえば、結局響に「血ゲロ臭い」って言わせるの忘れてたなぁ…。

06年3月15日