〜永遠を求もとめて

 

全てが黒の世界

 

 死にたい、何て思ったのは一度や二度だけではない。両手に納まらないくらいどころか普段使わない数字の数え方までに達していて、確か、百を超えたところで数えるのを止めた覚えがある。

 隙間から吹く風が藍色の髪を揺らして通り過ぎ、その風のせいか少し寒くなり、思わず身震いをする。

 長ったらしい前髪を掻き上げたくても、鎖に繋がれていて少しも動かない。自分の頭より高いところにある手を無理矢理動かして、外れないと分かっていても外そうと試してみるが、やはり手首に傷をつけただけで終わっていった。妖術さえ使えればこんな鎖……。ここでは妖術が使えないのか、鳥人(ちょうじん)の象徴である漆黒の翼が出せず、心の中で悔やんでいた。

 鎖は諦めて辺りを見回すが、やはり土でどこかの洞窟だとしか分からず、全く見覚えなどなかった。心の中で舌打ちをして、ゆっくりと土の壁にもたれかかる。声に出す事すら面倒臭かったが、何か喋らないとこの静寂に飲み込まれそうだったので、「疲れた……」何に疲れたのか自分でも分からなかったが、ゆっくり口を動かした。

 一体何年ここでこうやっているのか分からない。もしかしたらほんの数ヶ月かもしれないし、自分の存在を知っている人間が生きていないほどいるのかもしれない。第一、何故自分がこんな目に会わなければいけないのかすら分からない。気が付けば、ここに閉じ込められていた。

 意味もなく、痛くもないのに「痛い」という言葉を連呼してみる。別にずっと叫んでいた訳ではないので声はかれていなかったが、喉が痛くなってきた。あー、そういやー何も食べてないな……。小さく咳をしながらそう思うと、低い天井を睨み付ける。食べるどころか、何も喉を通していなかった。

「別に食べなくても死にはしないが……」仰々しく溜息をつく。

 特にする事もなかったので、まぶたを無理矢理閉じて再び寝ようとした時であった。かすかにではあったが、地面を踏む音が耳に入ってくる。……空耳か? 耳を澄ましてみると、確かに誰かが近づいてきている様だ。地面を踏む音がだんだんと大きくなってくる。足音が止み、何かの気配がすぐ目の前にあるのを感じてゆっくりと目を開けると、そこには見事に浅黄色(あさぎいろ)の髪が肩にかかるくらい長い青年であった。隙間風に遊ばれてなびいており、逆光のせいで表情はよく読み取れなかったが、何となく笑みを浮かべている様に見える。

「俺を殺しに来てくれたのか?」

 なるべく平常心を保っていたつもりであったが、声が少しうわずっている。見た目と気配からして人間だろうが、ここにただ遊びに来た訳ではない事ぐらいは分かっているので、只者ではないだろうと多めに見ていた。それがあっていたからといって、鎖に繋がって妖術も使えないので何か出来る訳ではないが。

「こんにちは。いや、はじめましての方が先かな? メルヴィー……君?」

 声が高いな、見た目からして二十歳(はたち)にはいっていないだろう。更に数歩近付いてしゃがみ込み、微笑みかける青年を睨み付けながらそう思った。一体何を企んでいるのか分からない表情。青年はオレンジ色のコートについているポケットに入れていた両手を出して暖かい息を吹きかけており、返事を待っているのだろうかと思い、「それとも、助けに来てくれたのか?」それでも自分の問いを優先する。

 青年は問いに答えないと何も答えてくれないと分かったのか、少し唸ってから「まぁ、そんな感じかな」曖昧な答えを出してくれた。思わず、どっちなんだよと聞き返しそうになったが何とか抑え、何か期待している様なエメラルドグリーンの瞳から目を逸らす。

「名前は知らない。覚えていない」

「んじゃ、勝手にそう呼ばしてもらうね」

 そう言った後に、あっ、と小さい声を漏らして「呼び捨てでいいかな? 何か君付けだと堅苦しいよね」勝手に話を進めるので、きっと自分の名前を名乗る事など忘れているのだろうと思い、「で、名前は?」青年と目を合わせて聞くと、何故か驚きに満ちた表情を浮かべられた。どうしたのかと尋ねようとするが、瞬時に嬉しそうな表情を浮かべる青年を見て、何も言う気がなくなる。

「すっごーい! 右と左の目の色が違うんだ」

 やっぱりと思いながら青年から目を逸らし、気付かれない様に小さく溜息をつく。初対面の相手に目の色の事を言われるのは初めてではなく、必ずと言われるほどこの耳に入ってきていた。

 もっと見たいと言いたげな表情をして覗き込む青年から目を逸らすが、すぐにまた覗き込んでくる。手が自由だったら、心の中で舌打ちすると同時に、そう言えば足は自由だったと思い出し、思いっ切り蹴りを入れる。「――っ!」どこに蹴りを入れたのか視界には青年の顔しか見えなかったので分からなかったが、押さえているところから見て腹部だと分かった。さすがに悪かったと思い、謝ろうと口を開こうとしたのと同時に青年が顔をあげたのを見て、先程の様子から想像出来ない冷たい目付きに背筋に悪寒が走る。何だ、コイツ……。

「……初対面の相手の顔をジロジロ見ていたら、失礼じゃないか?」

 よく考えれば怒りたい気持ちはこちらにある。それでも声が微妙に震えており、何で俺がこんなに怖がらなければならないんだと、少し苛立ってきた。

 再び小さく唸ってから、「それもそうだね」先程の面影など全くなく、相変わらず表情を読ませない笑みを浮かべて謝ってくれた。そんなに素直に謝られると何故か罪悪感が生まれ、俺って素直に謝る奴だったのかと不思議に思いつつも謝る。

「それでは、本題に戻って……」

 右ポケットに手を入れて、赤いブックカバーに包まれた本を出すと、ページをめくっていき、あるページで手を止めると、目の前に突き出してきて一番上の文を指差した。手書きだったので、ところどころ読めないところがある。日付が消されていたので後から日記だと分かる。

 その日記には“メルヴィー”という者の事が書いており、その中には捕らえた事や、その時全ての記憶を消した事まで書いてあった。

「――これが俺だと言いたいのか?」

 まだ途中までしか読んでいなかったが、日記から目を外して青年を見詰めるが、笑みを浮かべているだけで、日記を片手で閉じてポケットの中に突っ込んだ。そして、反対のポケットから銀色に輝く物を出し、人差し指に引っ掛けて回していた。それはどうやら鍵の様で、ここで鍵を使うといえば、両手の自由を奪っている鎖だけである。

「……俺を自由にしてどうするつもりだ?」

 口元を吊り上げながら尋ねると、鍵を回していた指を止めて先程まで見ていた笑みとは全く違う、自分の仕掛けた罠にハマったのを見て面白そうに笑う、嫌な笑み。どこかで見た様な感覚がするが、全然思い出せなく再び苛立つ。

「別に。僕は君を自由にしてあげたいだけだよ?」

 さぁ、どうする? と言いたげな表情を浮かべて、再び鍵を回しだした青年の事を信用した訳ではないが、裏があるにしろ自由になれる事には変わりがなかったので、「じゃあ、頼む」短く答える。何かあれば逃げればいいだけだし、外に出れば妖術も使えるようになるだろう。そう考えていた。

 返事をした後に、青年は何の迷いもなく立ち上がって手を伸ばすと、自由を奪っていた鎖を外してくれた。手首を見てみると先程の傷が消えかけており、代わりに鎖の錆と先程の血が固まって付着している。

 立とうと全身を前に傾けて立ち上がろうとした時、立ち眩みに襲われそのまま前に倒れそうになったので、急いで地面に両手をついて何とか免れた。ずっと座っていて、急に立ち上がれば立ち眩みになるのは当たり前。どうしようかと取り敢えず上半身を起こすと、右手を差し伸べて、柔らかい笑みを浮かべている青年と目が合った。

「さ、出ようよ。こんなところ」

 どこかで聞いた様な、それでも全く覚えていない言葉。もしあの日記に書いてある事が本当の事であれば、記憶がないのも納得できる。そう言えば、ここにいる前の記憶がないよな……。

 震える手で何とか青年の右手を掴むと、無理矢理足に力を入れて何とか立ち上がる。メルヴィーより十センチぐらい低い青年の肩を借りて、おぼつかない足取りでやっと外の世界に出ると、全身が一気に軽くなった感覚を感じた。やはり妖術を封印されていたのだろうと確信し、背中から漆黒の大きな翼を出すと、青年から離れて軽く壁にもたれかかって背伸びと共に翼を広げる。こんな事したら見つかるのが早まると言う事は分かっていたが、「二回も捕まるほど、俺は弱くない……」自分に言い聞かせる様に呟く。

「とりあえず、僕の家に行こうと思っているんだ。けど――」

 この中を歩いていくんだけど……、そう続けて言う青年の指が示していたのは、右を見ても左を見ても緑で埋め尽くされている森。無理矢理力を入れたせいで痙攣(けいれん)が起こっている足を見詰めた後、「無理だよね、やっぱり」青年の声は残念そうなのに、表情は嘘をつけないのか嬉しそうだ。どこに住んでいるんだよ、コイツは。

 仰々しく溜息をつくと、手で壁から背を離して分かっていながらも「飛ぶのか?」一応聞いてみる。すると、もちろんと表情で訴えている青年が目に映ったので、しぶしぶ膝を曲げると青年の重さで前に転けそうになった。

 壁を使って膝を伸ばすと、そんな自分が情けなく思えてくる。「僕さー、一回飛んでみたかったんだー」そんなメルヴィーの気持ちを知ってか知らずか、耳元で嬉しそうに騒ぐ青年にうるさいの一言ですませると、足に力を入れ地面を蹴る。転けそうになりながらも何とか足が地面から離れると、風に任せて青年が言う方向へ飛んでいった。そう言えば名前聞いていないなと思い出したが、今聞くのも面倒臭いし後でいいかと思い直す。

 久し振りに見た外は、空は雲で覆われていて吹く風はとても冷たかった。

 

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昔の小説その3、プロローグのみ。…はい。まだ完成してません;
やっぱり結構気に入っている作品です。しかし…やっぱり昔の方が話の作り方上手いんだよなー…何でだろう……。カムバァークッ!!(笑)

……あ、名前出てねーや(おい)。

04年10月5日