偶然か必然か
漆黒なカーテンで窓を覆って光を遮り、ほとんど暗闇しか存在しない部屋。そんな暗闇しか存在しないような部屋から絶えず紙をめくる音とペンで文字を書いている音だけが響いていた。こんな暗闇の中で文字を書く事など出来るのか、暗闇に目が慣れたのかそれとも暗闇だからこそ書けるのか分からないが、流れるような書き方でペンが走る。
唐突に紙をめくる音も流れるように走るペンの音も消えてしまい、三回軽く叩く音が響くといきなり暴れ出したかのように紙が宙でぶつかり合い舞う音と、ビリビリと無抵抗に破れる音が同時に響き渡った。そして、何もかも時間までもが止まったかのように再び静寂が訪れた後、
「うん、気晴らしに行こう」
やけに高めの声がそう言った後、ガタンと何かが倒れる音と足音が少しだけ響き、そして扉が乱暴に開いて閉じた余韻がこの部屋に響き渡って、そして暗闇だけがザワザワとこの部屋に残った。
「おーい、きくー! 菊地はどこー?」
先程の暗闇の部屋とは違い明るい光が差し込む静かな廊下に、唐突に現れた全身漆黒な服を纏う人物のせいでそんなうるさい声が響き渡った。「……響様、何か」ドタドタと慌しい様子で廊下を歩く響と呼ばれた人物が通り過ぎた扉から、長身の男性――菊地が同じく全身漆黒な服を纏って現れる。
「あ、きくー。ここにいたんだー」
言葉だけ聞けばやけに嬉しそうに聞こえるが声には全然感情がこもっていなく、まるで感情というものを忘れてしまったようだ。そう言った響がどう思っているのか唯一分かる表情も、目を覆い隠すほど長い前髪のせいで口元しか見えない。
軽い足取りで菊地に近付いてきた響がいきなり手を伸ばし襟元を掴み菊地の頭が自分の目に映る範囲にもってくる、それは一瞬の出来事で例え慣れていても驚くはずなのに、菊地の表情は驚きどころか眉一つ動かさなかった。「気晴らしに出かけるよ、菊地」耳元でそう呟くと手を離し、軽い足取りで廊下を進む。そんな響の後ろから、やはり無表情のまま慌てもせず菊地が追いかけた。
†
「相変わらず静かだねーこの町は」ま、静かにさせたのは僕達だけど。後からそう小さく付け加えて喋る響の言葉を菊地は黙って頷く、それが当たり前なのか響はまるで独り言のように言葉を続けた。
まるで魔王になった気分だ。放浪霊というものは昔から存在していて、けれども夜にさえ出かけなければそんなに被害をもたらすものではなく、特に問題扱いされなかった。なので放浪霊に少し“あるもの”を与えてみると、四六時中目に入った――放浪霊に目なんてあるのかな――人間に鎌を振り落としていくようになった。それが面白くて仕方ない。ちらっと横を見ると血が乾いたような茶色っぽい跡があちらこちらの壁に付着している。
「それにしても、きったない町だなー。自分の住むところぐらい綺麗にできないの? そんな人間、いなくなって当然だよ」
呆れ混じりのその言葉に、再び菊地は頷く。
肩をすくめてやれやれと首を振っている時にふと視界に入った人間一人。…………ん、一人? 思わず我が目を疑ってしまい、一度立ち止って目を擦りもう一度良く見てみるが確かに前から来る人間は一人で、周りに人どころか動物すらいない。
確か今は放浪霊退治屋とか変な職業があって、その者と一緒じゃなきゃ行動しないはずだ。まぁ、そのうち退治屋ですら退治できない放浪霊を作り出すけどね。しかし、目の前からやってくる人物は一人で、とても退治屋には見えない。空なんか見上げて呑気に歩いているのを見て思わず腹が立ち、あとで放浪霊を送ってやろうかと思った時だった。「あ」思わず小さく声を漏らしてしまい、不思議そうに尋ねてきた菊地に何でもないと早口で答えて歩き出し、その人間と――どうやら女のようだ――すれ違う。
やっぱり……。相変わらず空を見上げている女の背中を見る為に肩越しに振り返り、思わず口元が釣りあがるのが自分でも分かった。少しだけ俯いた時に見えた顔、その顔に見覚えがあった。忘れもしない、最初できっと最後の退治屋もいないのに放浪霊が仕留め損ねた獲物と、その時は子供だったが雰囲気や面影がそっくりなのである。
女の背中が見えなくなった後、思わずくすくすと小さく笑いを漏らす。久し振りに獲物と再会して、しかもその相手が一人だという好都合なのにこれが笑わずにいられるだろうか。
「菊地!」
前で無表情のまま待っていた菊地の方を弾けるように振り返り、思いっきり右腕を掴む。「面白いものを見つけたよ! 早く早く!!」自分でも驚いてしまうほどその声は嬉しさを含んでおり、戸惑っていた菊地の腕を引っ張り歩き出す。久し振りに楽しめそうだ。丁度、退屈していたところなんでね……。笑みを浮かべた口元は、これ以上ないほどの嬉しさを表していた。
End
名前決定。すみません、“響”っていう響きを気に入っちゃって…;
やはり偉い人には(一番偉い訳ではないのですが)付き人が必要ですよね。
今まで色んな人が付き人になりましたが、全員却下。理由は気に入らないとか嫌だとかそんな単純な理由で。で、無口で、感情を表に出さないところが自分と似ていたので菊地を気に入った。とまぁそんな感じで(笑)。
ちなみにこれは本名ではないという設定(え)。
この話はテレゼと響の再会…ですね。実はある話の途中の場面を響視線で書いてみたり(ある話って…そんな伏せなくても;)。…とかなんとか言って、本当は響中心で書いてみたかっただけです;ははは。
……響に「血ゲロ臭い」って言わせてみたい(は)。
04年10月28日