◇子規野球殿堂入り記念オールスター◇

 

     ◇子規殿堂入り記念オールスター観戦記 T       岡田
                         
2002年年7月13日ー松山市坊ちゃんスタジアム

      ー 2004年1月15日
プロ野球川島コミッショナーが退任表明 ー

         ー 松山市挙げての歓迎イベント ー

   私はこのニュースをテレビで観ながら二年前の夏を思い出した。ひょんなきっかけから四国・
 松山市の「坊ちゃんスタジアム」で行われるプロ野球オールスター戦の観戦をしたからである。
 この松山市挙げてのオールスターの招聘は様々な意義を持っていて松山市民にとって盆と正月
 と結婚式が来たようなものであった。松山城築城四百年祭・正岡子規没後百年祭・四国で初め
 てのプロ野球オールスター・正岡子規野球殿堂入り記念と大きなイベントの連続である。
 
   ひょんなこと、というのは日本に野球を広めた、それも松山が発祥の地であり、広めたのは
 正岡子規であるという定説は知っているが、その正岡子規が野球殿堂入りする。その子規の
 代わりに「孫」に当たる私の友人、正岡 浩氏が始球式を頼まれたというのである。
 まさか!年初に新聞記事で千葉さんがコラムで書いていたことがこんなに直ぐに実現するのか
 それもその記事はしっかりと切り取って残しておいてある。
   正岡さん、そりゃあかんで、キャッチャーまで球が届かん恐れがあるよ。などと話していたが
 結局は始球式は野球少年を抽選で選ぶことになった。そして正岡 氏は記念の盾の授与と喜び
 の挨拶をすることになった。その方がええわ!と言いながら、本人も私も心配になった。

   その心配は二つあった。一つは気の弱さである。人前で普通に話せないからどうしても酒に
 頼る傾向があってよく失敗をする。それも沢山飲むのではない、少ししか飲まないのであるが
 飲んでしまえば自分の世界、常人では考えられない行動をすることがあり、父、忠三郎の話を
 書き込んでいて思ったが、やはり血は争えない、とほほえましく思った。

   もう一つは、早口なのである。いつもの調子でスタジアムで話したらどうなるか?恐らく二倍
 速の蓄音機ではないだろうか。それも私の注意をよそに少し飲んで・・・何てことになったら何を
 言い出すかわからない。

   氏の父忠三郎が亡くなった時、氏が喪主として挨拶をしたのであるが、その時葬儀委員長を
 していた司馬遼太郎さんが「正岡君、何を言っているのかさっぱり!わからなかった」と言ったそ
 うである。それは本人は充分承知していて、それが心配だから同行してくれ、と言うことになった。
 私自身が思うには、彼は彼なりに無難にやってのけるだろうが又二人で飲む時の話の種にもと
 思ってに違いない、そう思っていた。私もたまたまオールスターの前後に松山に仕事が入ってい
 たこともあり喜んで同行した。

          

             ー 文化の薫りする松山 ー

    実は私は松山どころか四国には一度も渡ったことがなかったことと、文化の薫り高い松山
 は憧れの地であった。阪急三番街から出る夜行バスで出発したが松山には朝早く六時前には
 着いてしまった。とりあえず午前中はあちらこちらと歩いてみるつもりで先ずは子規を葬ってある
 正宗寺に行って見ることにした。新聞のコラムで千葉茂さんが「ワシもいつかはその墓に入る時が
 くるだろう、そうなったらぜひ子規先輩とキャッチボールをしてみたい」と書いてあったが、千葉さん
 は松山にオールスターを招き、子規を野球殿堂入りさせ大きな仕事をやってのけられてその年の
 十二月九日に亡くなった。私は千葉さんは最後の大仕事をされたなあ!と感じていたが、その時
 が5ヶ月後になるとは思わなかった。見事!である、球界にも地元松山にもそして子規にも恩返し
 をして自身の最後を飾ったのである。合掌!

             ー 松山城本丸からの眺め ー

   正宗寺をあとにして松山城に上ることにした。山城と言っても険しさはなく山歩きに慣れている
 私にはもの足りない気もしたが、何せ殆ど寝ていない、寝ていないから胃だけは働くのでお腹が
 空いてくると気持ちが悪くなる。本丸に上がると視界が一気に開け、雲一つない快晴だった。
 北側には石鎚と見られる山が見え南方向を見ると「坊ちゃんスタジアム」と思われるものが目に
 入り、その眺めは素晴らしかった。写真本丸には売店・トイレなどあり、天守閣もなかなかのも
 のである。松山城参考リンク)上る途中もそうだが「加藤家」という幟や提灯が目に付く、これは琵琶
 湖の奥にある賤ケ岳で秀吉と柴田勝家が戦った「賤ケ岳の戦い」で名をはせた七本槍で名高い
 加藤嘉明が25年をかけて築城したと言うことだ。そして城のある勝山という山全体に松を植えたと
 説明があるから、若しかして松山という名はここからついたのでは?と思わずにはいられない。
 高さは132Mというからそんなに高くはないが石垣はふもとから築かれており、全体適にはとても
 大きな城といえる。
     
   午後からは正岡 氏と出会い、公園の散策のあと漱石が松山中学の英語の先生として赴任す
 るがその下宿先としていた「愚陀佛庵」を探そう、ということになった。
 目安をつけて行って見るがなかなか見つからないのであるが、これからが二人の違いが出てくる。
 誰かに聞けば良いと思う正岡氏と、聞く前に先ず探してからという私の違い。結局はわからずで
 聞く事になるのだが、ところは氏は見境なくその辺を通る人に聞くが、松山は観光の町、地元の人
 でもわからない恐れがあるのに若い子に聞けばなおさら知らない。結局は誰に聞いてもわからな
 いので私が地元で古くから商っていそうな店を探して聞くと一発でわかった。
 人は気の抜ける相手だと安心して間抜けなことができるのかもしれない。
   

            ー 観光客をとても大事にする松山 −

   松山に入ってとても感心したことがある。それは横断歩道などを渡ろうとする時の車の運転態度
 である。歩道を横断するな、と思うと30M以上のところから徐行に入り、今にも止まらんという感じで
 通行者を守るために距離をとるのである。観光の町ということがあるにしてもこれは教育が行き届い
 ているな、と感心したものである。これは観光者を第一に歓迎してくれているサインと感じるものだ。
 そう言えば松山を後にする日に道後温泉本館の湯に入った時であるが、相当年配のお爺さんが
 「どこから来やした?」「大阪から?」と気安く声をかけてくれて「ゆっくりしていってください」と歓迎
 してくれた。タクシーに乗ってもそうであった。運転手さんが女性であったと言うことかも知れないが
 何でも気安く問い掛けることができたり、いろいろ話してもらえることは旅を楽しくさせるものだ。
 明日はプロ野球オールスターだ、という喜びが何か伝わって来る中で、運転手さんに、「実は明日の
 オールスターで子規の野球殿堂入り記念表彰式で受賞と挨拶をするんです」と私が言ってしまった。
 運転手さんはびっくり!して「そんな人に乗ってもらって光栄です!」と慌てた様子。やっぱり!余計
 なこと言わなければ良かった、と思いながらも、でもここで言わなきゃ、と浩氏の顔を少し見た。

           − オールスター第一戦の影響 −

   野球博物館が用意したホテルに着いて風呂に入ることにした。ホテルのテレビは東京ドームでの
 第一戦を映していた。やはり明日の第二戦の表彰式のことが気になるから二人共テレビの前に行く。
 丁度五回が過ぎてハーフタイムの時間になった。画面はコマーシャルが入り、いったい何をしている
 のやら殆どわからないテレビの画面に、「正岡さん!やっぱり!そうだ!」「表彰式はコマーシャルの
 中だ!」そう叫んでいた。でも何か納得がいかないのは、現に第一戦でも表彰式をしている様子で
 あり、明日の第二戦の正岡子規の野球殿堂入り記念表彰式がコマーシャルのためにテレビ観戦して
 いるフアンに観てもらえない事はこんな残念なことはない。「なんと!無粋なことを・・・」と思った。

   しかし表彰を受けて挨拶文を読む当人の浩氏はその方が良かったと少し安心していたのではな
 いだろうか。後で聞いた話だが、やはりテレビ局には関係者からの抗議の電話が殺到したために
 第二戦の表彰式はテレビで取り上げられ、浩氏の表彰式も挨拶もすっかり映っていたらしい。

   二人でホテルの風呂に入ったのだが、明日の挨拶の心配が風呂場の中の音響で増幅された。
 お互いに少し離れて話をするのだが氏は早口の上に、風呂場独特の音の響きで何を喋っているの
 かさっぱり!解からない。嘆いているところに急な連絡が入った。こんな夜に子規記念博物館から
 「明日のことで打ち合わせをしたいから直ぐ来て欲しい。」とのことで私も同行することになった。 
 明日はこの記念館から専用バスが出る。市の職員・学芸員・テレビ関係者の他に千葉茂氏、川島
 コミッショナー、西本聖氏など野球関係者などもすべてここから出発して、そして受賞の記念の大き
 な盾はここ博物館に収められる。その式典にも浩氏は出席する予定だ。
 きれいなテレビ局の学芸員さんがしきりに私も一緒する様に進めてくれたが「とんでもない」と思い、
 その日も翌日も「子規記念館」をねんごろに見物させてもらった。記念館は二十年近く建設する前か
 らそのことを知っていた経過もあり感慨深い思いで観させてもらった。
                                             ー  次に続く −


          


観戦記Uその他































































































































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