あっとほーむへ





            
               − 悪戦苦闘の三年間 

  ある日、ふと模型用の木材で山小屋をイメージして遊んで居た時に、本物を作ってみたい、
  思い出したら一直線、早速兵庫県の田舎に無心をするが聞いて貰えない、そこで考えたのが
 「既存の家を改造して建てる」
これも想いたったら一直線、来る日も来る日も想うことは山小屋
 のことばかり

  苦節三年、1日も会社を休むことなく休みの日は欠かさず吹田市から通い、ついに滋賀県西部、
 比良山の麓に建てる事が出来た。

 七〜八mはある木々を切り倒し、その根っこを掘り返すのは大変だった。一本の根が一日以上
 掛かったこともあった。
  更に大変なことは砂地だけに基礎が大事で、その為の基礎石を「比良川」から運ぶのであるが、
 比良川といえど川の石を持ち去ることは違法である。その後ろめたさから夜中を利用した。
  重い石を腹の上に抱きかかえ川底から堤防を這い上がるのである。月が出ていても眺めている
 余裕は無い。皆は寝静まっているのに自分は何をしているんだろう?そうは思うがとにかく必死だ。

  とうとう一晩中では運びきれなかった。一人のやることは知れたものだ、しかし粘り強く持続すれ
 ば成せるものだ。「必死の一人は万人に勝る」この言葉が好きな私は負けるわけには行かない
  
  なぜ?そんなことに必死になる。家族はそういう、自分でも少し不思議にも思ったが、やはり二人
 の知人の死に直面して何らかの影響をされていると感じていた。
  一人は若いときからとてもお世話になった方、もう一人は会社の同僚で、山登りに常に連れて行
 っていた方である。
  亡くなった方の家を遺児に残したい、山小屋で友を偲ぼう、そんな気持ちが強くあったように思う。
  


  −  完成  −
完成後裏側から、発電気室兼便所

こもれ日がまぶしい。木の上から見る。

   完成まで8分どおり











 工事のためのテントはトラックのシートを利用した。

 基礎のためのコンクリ練りの友人たち。

 内装も山小屋らしく、らしくないものも付けてみたり

 屋根と骨組みが立ったところを内から写す。

 砂地の土地に基礎、そこから60センチの土台

 快く手伝ってくれた友人たち。
 
周囲は子供の遊び場にもってこい。          

蝶ヶ岳から穂高を望む





 基礎工事編