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![]() 湯浅町から広川町に入るには、時代によって二通りある。 平安から室町時代には糸我峠を越えて方津戸峠を通り湯 浅駅の裏山の東裾を通って別所にある久米崎王子を経て 広川町名島に入った。ここから柳瀬を経て井関まで川を渡 らずに進みつがね津兼王子に至った。 江戸時代になって、広川河口付近の様子の変化により 久米崎王子への道をとらずに広川を渡り広川の南を進んだ。 3q程でまた川につき当たる。 ここで橋を渡って井関に入る。 30mほど進んだ所の左側に井関王子跡があるが、今はそ の痕跡はない。 |
![]() ものの本ではこの2つは混同されているが、 古くは津兼王子があり、後に津兼王子の遥拝 所が井関王子になった。 津兼王子跡には小さな祠があり、その所在 はかなり確かなものであったが、高速道路に インターの中央付近に埋められ、事務所裏の その地に石碑が建てられている。 津兼王子は井関王子の東方約400mにある。 これより300〜400mで2つの道が合流し南進 する。 |
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![]() 国道42号線から井関郵便局の南を旧道に折 れる。 300m程東に入ると「伏見稲荷大社」がある。 ここに、井関王子並びに津兼王子が合祀され ている。 |